大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(あ)1945号 判決 1967年10月03日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人フランクリン・E・N・ウォーレンの上告趣意(昭和四一年一〇月五日付および同月二〇日付補充)について。

所論は、まず、被告人が本件と同一犯罪事実について、すでにアメリカ合衆国の軍事裁判所において無罪の判決を受けているのにかかわらず、日本国裁判所である原審広島高等裁判所が本件につき被告人を有罪とする裁判をしたことは、憲法三九条に違反する旨を主張する。しかしながら、憲法三九条は、同一の犯罪につきわが国の憲法による裁判権によって二重に刑事上の責任を問うことを禁じた趣旨であり、このことは当裁判所の判例(昭和二七年(あ)第六〇一〇号、同二八年七月二二日大法廷判決、刑集七巻七号一六二一頁。昭和二九年(あ)第二一五号、同三〇年六月一日大法廷判決、刑集九巻七号一一〇三頁。)とするところであるから、被告人が、たとい日本国におけるアメリカ合衆国軍当局の裁判により、本件と同一犯罪事実につき無罪の判決を受けたとしても、本件につきわが国の裁判所で裁判をすることは、なんら憲法三九条に違反するものとはいえない。右論旨は理由がない。

また、所論は、日本国裁判所が本件につき迅速な審理裁判をしなかったとして、憲法三七条に違反する旨を主張するが、本件記録によって明らかな本件訴訟の経過に照らし、その審理裁判が遅延して迅速性を欠いたものとは認めがたいので、憲法三七条違反の主張はその前提を欠き、適法な上告理由に当らない。

その余の所論は、憲法一一条、一三条、三一条、九八条違反を主張する部分もあるが、その実質はすべて、本件につき日本国裁判所に裁判権のあることを認めた原判決の法令ないし条約解釈を非難する単なる法令違反の主張に帰するものであって、適法な上告理由に当らない。

なお、本件については、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年六月二三日条約七号)一七条三項(b)により、日本国の当局が裁判権を行使する第一次の権利を有するのであって、日本国が同項(c)により自己の裁判権を行使しない旨の通告をし、あるいはこれを放棄してアメリカ合衆国軍当局に移譲した事実の認められないことは、原判決の説示するとおりであるから、たといアメリカ合衆国軍当局が日本国裁判所の裁判をさしおいて本件と同一と認められる犯罪事実につき無罪の判決をしたとしても、この裁判は同協定一七条の規定に従ってなされた裁判ということはできず、同条八項にいわゆる一事不再理の規定は適用がないものと解すべきである。したがって、わが国の裁判所が本件につき被告人を審理裁判することは、なんら右条項に違反するものではなく、この点に関する原判断は正当である。

よって、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 柏原語六 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例