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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(オ)228号 判決 1968年8月20日

上告人

山田楳太郎

代理人

加藤義則

福永滋

復代理人

村瀬鎮雄

被上告人

田中光治

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人加藤義則、同福永滋の上告理由第二点について。

原判決は、その理由において、被上告人は上告人から相当の報酬を受けうべきであるとし、証拠により、宅地建物取引業者が売買の媒介をする場合の報酬額は、売買額が非常に大きいときに当事者間の特約をもつて後記最高額より少なく定める場合を除き、県知事が定めた基準による最高額をもつてすることが通常である旨認定し、右特約が認められない本件では、右最高額が当事者間の報酬と認めるべきである旨判示している。

しかし、愛知県宅地建物取引業者の報酬額に関する規則(昭和二七年愛知県規則第五九号)二条によれば、売買の媒介を行なう場合の報酬の額は、当事者双方について、取引の金額一〇〇万円以下の部分は一〇〇分の五以内、一〇〇万円を超え三〇〇万円以下の部分は一〇〇分の四以内、三〇〇万円を超える部分は、一〇〇分の三以内と定められていたが、右規則は、宅地建物取引業法(昭和三九年法律第一六六号による改正前のもの)一七条一項に基づいて、業者が不当に多額の報酬を受領することを抑止する目的で、報酬の最高額を定めたものと解すべきであり、これに対し、具体的に売買の媒介が行なわれる場合に報酬として当事者間で授受される額は、その場合における取引額、媒介の難易、期間、労力その他諸般の事情が斟酌されて定められる性質のものというべきである。そうすると、右最高額による被上告人の本訴請求を認容するにあたり、報酬として右最高額が授受されることが通常であるとか、慣行とされているとか、何らかの慣習が存在するとするためには、なおこれを相当として首肯するに足りる合理的根拠を必要とするものといわなければならず、また、もし右慣習の存在が認定できないならば、本件当事者間における相当の報酬と認めるべき額が、右最高額にあたるものであることを証拠に基づいて明らかにすることを要するものというべきである。しかるに、原審が、何らかような点について説示することなく、その挙示する証拠によつてたやすく右慣習の存在を認定し、これを基礎として被上告人の本訴請求を認容したことは、審理不尽、理由不備の違法があるものといわざるをえず、論旨は理由があるに帰する。

よつて、その余の点に関する判断を省略し、原判決中、上告人敗訴の部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人加藤義則、福永滋の上告理由

第一点 <省略>

第二点 原判決には商法第五一二条の解釈を誤つた違法があり且つ、理由不備の違法がある。

(1)(イ) 前記の如く原判決は本件手数料請求権の発生原因を商人としての相当の報酬請求権に求めているように思われる。

右にいう「相当の報酬」の具体的金額の決定は裁判所の自由裁量に委ねられるべき事柄ではあるが、その決定には合理的基準が無ければならない。原判決はいとも簡単に「宅地建物取引業者が売買の媒介をする場合の報酬額は宅地建物取引業法に基いて県知事が定めた最高限である」と判断している。その根拠としてあげているのは証人榊原貞之助と証人渡辺菊太郎の各証言である。ところが右証言のいづれを見てもさような判断は到底出てこない。

先づ証人榊原貞之助なる者は不動産業者ではなく一銀行員に過ぎない。従つてその仕事経歴からしても不動産業界の解釈慣行等につき述べる資格はもつていない。しかも右証人ですら大きな金額に亘る売買の仲介については事前に手数料につき話合をするのが通常であり、話合わない場合が稀有であることを明らかにしている。そして手数料につき話合わなかつたときは東海銀行に於ては愛知県知事の定める最高限度を支払うことになつており、本件の場合も話合つていないと証言しているが調査嘱託の結果、東海銀行は本件に於いて代金額の百分の参という右最高限度額を下廻る手数料を支払つたのみであることが判明しているものである。

又、渡辺菊太郎証人は不動産業者であり一応不動産業界に通じている者であるが、同証人は手数料につき事前に話合わないなどという実例は知らないと証言している。そして事前の話合の際、通常の場合、不動産業者は最高限度額を要求しているというに過ぎず、話合により右要求額は当然之を下廻つた額に決定をみるという趣旨の証言をしているのである。判決のいうように手数料につき事前に全く話合がない場合に右最高限度額の支払を受けているなだという趣旨の証言は同証人の記録をいかに精査するも見当らず、この点原判決の理由がいかに不備不当であるかを物語るものである。

(ロ) 「相当の報酬額」を裁量決定するに当つて県知事の定める最高限度額をそのまま基準とすることはいかにも軽卒を免れない。参考として東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第六八〇〇号事件昭和三五年三月二十九日民事第十三部判決(判例タイムズ一〇六号五一頁)をみても「そこでその額について考えてみると、この点当事者間に明示的決定のあつた事実は前記の通りこれを認め得ないところであり、又それかといつて黙示的に原告主張のその存在について当裁判所に明らかな東京都告示所定の最高報酬に依る合意のあつたものとも認め得ない。なぜならば右告示は文字通りその最高額であつて宅地建物取引業法の規定の趣旨とするところからみても業者が不当な高額の報酬を要求することを防止するためにのみ定められた額であつていわゆる公定価格ともいうべきものではないからである。又右告示所定の最高額を業者が請求していることは証人脇坂浩治の証言によつて明らかであるが、業者と低頼者との間にその最高額について支払いが行われるのが慣習となつているということは到底これを認めることはできないところである。従つて右告示所定の最高額のみを以つて報酬の額を決定することはできないものであり、その額は不動産仲介業者の業務の特色というべきところの契約成立の機縁の譲成ということから考えてその提供した情報と成立した情報と成立した契約の関係を特に考慮してこれを定めるべきであり、取引額あるいは契約成立過程に提供した労務のみに重点を置くべきでないというべきである」と判断しており、右判断こそ正しいと思料するのである。(同趣旨判決例、東地方裁判所、昭和三十二年八月十五日判決昭和三一年(ワ)第四七四〇号事件判例時報一二六号)

つまり相当報酬額の算定に当つては前記最高限度額の範囲内に於いて仲介委託を受けるに至つた経緯、目的地発見の経緯、仲介に当つた期間、その間の間の有形無形の労力の程度、これにより稗益した委託者の直接間接の利益等諸般の事情が参酌されなければならない(東京地裁、昭和三十六年十月二十日判決下級審民事判例集第十三巻十号二四九七頁参照。)そして右事情が仲介業者に最も有利に認定される場合にはじめて右の最高限度額に達すると解釈するのが相当である。

本件に於いては何等判断されず参酌されていないものであり、商法第五一二条の解釈適用を誤り、且つ理由不備の違法を認めざるを得ない。仮に原判決の如き解釈基準が不動産業界に於いて採用されることになれば、まことに由々しき問題であり、その取引に対する影響はまことに甚大である。即ち不動産仲介業者は常に事前の話合を避けて事後に於いて最高限度額を堂々と請求すれば間違いなく右限度額まで手数料が認められるという大変な事態を招来するのである。

(2) 原判決は前記の如く本件手数料額を認定するにつき商慣習を適用したようにも思われる。若し、そうであるとするならば、この点につき、やはり審理不尽理由不備の違法がある。即ち、原判決が民法九十二条により商慣習の存在を認定、且つ之を適用したものであるならば、その判決理由中に先づ商慣習の存在を認定した合理的根拠並びに当事者が之に従う意思があつたことを判断しておかなければならない。ところが原判決はその理由中に之を示していないのみならず審理を尽していないことを記録上明白であり明らかに違法である。

前記の如く証人榊原貞之助、証人渡辺菊太郎の各証言では全然原判決のいう商慣習の存することを認定できない。むしろさような商慣習の存することを否定しているものと認められるのである。

かような証拠にならない証拠のみを基にして、不動産取引業界全体を支配すべき商慣習を安易に認定するなど全く論外である。なお仮に不動産仲介業者間では手数料額を定めない場合に於て、媒介による手数料を県知事の定める最高限度額を請求している慣習があつたとしても、ただその一事をもつて之を業者と一般委託者との間をも支配する慣習となすことは論理的飛躍があり之を認定せんとするならばなおその面に於ける審理を尽し充分なる合理的根拠を見出さなければならない。この点原判決は理由不備審理不尽のそしりを免れない。

以上

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