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最高裁判所第三小法廷 昭和34年(オ)120号 判決 1962年1月23日

上告人 津地方法務局長

訴訟代理人 林倫正 外一名

被上告人 山口金次郎 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人林倫正、同高橋秀丸の上告理由について。

同一不動産につき内容の矛盾抵触する二個以上の登記が出現することは、一不動産一登記用紙主義を定めた不動産登記法一五条の趣旨に反するものであるから、爾後の登記の申請に対しても、その受理を停止して、登記簿上の権利関係の混乱と取引安全の阻害を可及的に防止するのが、同条の趣旨からみて、望ましいことはいうまでもない。

しかしながら、いわゆる二重登記といえども当然無効のものではなく、それが登記名義人を異にする場合、何れの登記が有効であるかは、専ら実体法上いずれの登記名義人が真の権利者であるかによつて決定されるのであり、しかも不動産登記法は、登記事務の単純、迅速を図り物権の公示を完からしめるために、登記官吏に対し、登記事項が真実に符合するかについての審査権限を与えることなく、当該申請が申請書及び附属書類に徴し形式上の要件を具備していると認められる限り、申請を受理すべきことを命じているのであるから、登記名義人を異にする二重の保存登記のある場合においても、何れか一方の登記名義人を登記義務者とする所有権移転登記の申請があれば、登記官吏としては、その登記名義人の保存登記が有効であるかどうかに関係なく、他の形式上の要件に欠くるところがないと認める以上、右申請を受理すべきである。所論のごとく登記簿上の権利関係の画一化を期せんとするところから、このような場合には、申請が有効とされる保存登記の登記名義人と一致していることを判定し得ないとして、同法四九条六号の規定を援用し申請を却下すべきものと解することは、登記官吏において二個の保存登記の効力の優劣を斟酌して所有権移転登記申請の適否を決定することを容認する前提に立つてはじめて可能であつて、かかる前提そのものが、登記事務の単純迅速を図り、物権の公示を完からしめんとする不動産登記法の建前に違反することは、前叙の説示によつて明らかである。

原判決は右と同趣旨に出たものであつて、その判断は、正当として是認すべく、右と相容れない見解を主張する論旨は、結局理由なきに帰し、採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 石坂修一 河村又介 垂水克己 五鬼上堅磐 高橋潔)

上告理由書

原判決には、不動産登記法第十五条及び第四十九条第六号の解釈適用を誤つた違法がある。

本件はいずれも三重県三重郡川越村大字豊田百九十四番地に所在する家屋番号天神町三十二番木造かわらぶき平家建居宅一棟建坪十七坪の家屋(以下甲建物という)と家屋番号天神町三十二番の二木造かわらぶき平家建廐一棟建坪七十七坪五合附属建物木造かわらぶき平家建廐一棟建坪六坪の家屋(以下乙建物という)の二個の建物について、津地方裁判所四日市支部がいずれも登記権利者を被上告人両名、登記義務者を三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめとする競落による所有権移転登記の嘱託を津地方法務局富洲出張所に対してなしたのであるが、その当時甲乙両建物とも二重登記がなされ、いずれも一方の登記用紙(いずれも競売申立の登記がなされている用紙)の所有名義人の表示は右の登記義務者の表示と一致するが他方の登記用紙の所有名義人は甲建物は三重郡川越村大字豊田五百四番地生川むめであり、乙建物は同郡同村同字百九拾四番地三泗酪農農業協同組合(原判決は甲建物と同様、豊田五百四番地生川むめと認定しているが嘱託当時の所有名義人が三泗酪農農業協同組合であることは当事者間に争いのないところであり、又登記簿謄本(甲第三号証)によつても明かである)であり、登記義務者の表示と一致しないという事案である。しかして原判決は、かかる場合に、所有権移転の登記嘱託を不動産登記法第四十九条第六号により却下することはできないと判示しているのであるが、これは次に述べるように同条同号、の解釈(又その前提として二重登記における登記の効力の解釈)を誤つたものである。

一不動産一登記用紙主義は、不動産に関する権利関係を明確にし、これを公示することを目的とする不動産登記制度にとつて不可欠の要請である。二つの登記用紙の存在を放置したまま、当該不動産の権利に関する登記申請を受理することは、既に二重登記によつて生じている権利関係の混乱を一層甚だしくすることはいうまでもないことであつて、不動産登記法第十五条の一不動産一登記用紙主義に反することは明かだからである。それゆえ、もし誤つて二重登記がなされていることを後日発見した場合は、登記官吏はこの後になされた保存登記を職権で抹消しなければならない(同法第百四十九条の二)。このように後になされた保存登記の方が本来無効なものであり、これが抹消され、従つてその登記のなされた登記用紙が閉鎖されるべきものであることは多く説明を要しないところであろう。従つて、もし常に後になされた保存登記が無効であるとするならば、この抹消されるべき保存登記を基礎としてその登記用紙に他の登記がなされたときは、この登記もまた同法第十五条に違反するものであつて、同法第四十九条第二号に該当するものであり、これを登記官吏は職権で抹消すべきであるということになるであろう。又それが原則でなければならない。しかし、例えば実体上の無権利者が保存登記をなした後、真実の所有者乙が保存登記をした場合に、もし形式的に登記の前後で効力を判定すれば、乙の登記を無効として抹消せざるを得ず、次いで甲の保存登記を実体的権利と符合しないことを理由に抹消し、一旦当該不動産を未登記の状態にした後に更めて乙から保存登記をなすべきことになるわけである。又保存登記は共に真の所有者である甲によつてなされていても、前に保存登記のなされている登記用紙には保存登記以外の登記はなく、後に保存登記のなされている登記用紙には乙の抵当権設定の登記がなされている場合には、右の形式的判定の原則に従えば、乙の抵当権設定の登記及び後になされた保存登記を抹消した上で、前に保存登記のなされた登記用紙に、更めて甲乙の共同申請に基き乙の抵当権設定の登記をすべきこととなるわけである。しかし、これらの場合には、前記の原則の例外として、後になされた保存登記を有効とし、その反面前の保存登記を無効として抹消しても、実害の生ずることはなく、実体上の権利者を保護し登記手続を簡便にする利益を有する。従つてかかる場合には例外を認めざるを得ないのである(大判昭和八、五、一三新聞三五七四号一三頁、大判昭和四、一〇、一一新聞三〇六八号一一頁)。しかして、この例外は右の理由に基くものであるからその認められる範囲は次のように限定されることになるであろう。すなわち、

(一) 所有名義人が異る場合には、実体上の所有者の登記を有効とする。

(二) 所有名義人が同一である場合に、後に保存登記のなされた登記用紙に現に効力を有する所有権の登記以外の登記が存し、前に保存登記のなされた登記用紙にかかる登記の存しない場合には、後に保存登記のなされた登記用紙の登記を有効とする。

ということになり、これ以外の場合には原則に従い、形式的に保存登記の前後によつて効力を判定し、後に保存登記のなされた登記用紙の登記は無効であつて、これを登記官吏は職権で抹消すべきこととなるわけである。

しかして、本件は、甲乙二個の建物とも、いずれも所有名義人が同一でない場合である。従つて右の(一)の例外の場合に該当するわけであつて、後になされた保存登記(競売申立の登記のある登記用紙の保存登記)を当然に無効とすることはできない。(もし右の例外を認めず保存登記の前後により形式的に効力を判定すべきであるとすると、この後になされた保存登記及び競売申立の登記は、登記官吏の職権により抹消されることになり、従つて本件競落による所有権移転登記の嘱託は、前になされた保存登記用紙の登記を基礎としてその受否を決すべきこととなり、所有名義人と登記義務者の表示の不一致及び競売申立の登記の不存在から却下されざるを得ないであろう。)すなわち、本件の場合の登記の効力は実体上の所有者がいずれであるかによつて決せられることになるわけである。ところが実質的審査権を有しない登記官吏は、真実の所有者がいずれであるかを判定することはできない。従つて前後いずれの保存登記も職権で抹消することができない。換言すれば、登記官吏は本件の如き場合には、いずれか一方の抹消の登記申請があるまでは、二重登記のままで放置せざるを得ないのである。しかしそうかといつて、かかる場合にいずれか一方の所有名義人を登記義務者とする登記申請(又は嘱託)をも受理する他はないということにはならない。前記のとおり、もしこれを受理するとなると、登記が混乱し、登記簿上の権利関係がより一層錯雑する結果になり、不動産登記法第十五条に違反することはいうまでもないからである。それゆえ、いずれか一方の登記用紙が、それになされている登記の全部の抹消によつて閉鎖されるまでは、右のような登記申請はこれを却下すべきである。しかしてかかる登記申請は右に述べたように不動産登記法第十五条に違反するものであるが故に、本来は同法第四十九条第二号により却下すべきものというべきであろう。しかし同条同号に該当するものであるとすると、もしこの登記申請が誤つて受理された場合には、同法第百四十九条ノ二以下の規定によりこれを登記官吏は職権抹消しなければならないことになる。ところが、前記の二重登記における登記の効力につき認められるべき例外と照し合せるとき、右のような登記を職権抹消の対象とすることは困難である。けだし、もしこのような登記が誤つてなされた場合に、その登記のなされた登記用紙の他の登記が有効の場合にも、なおこの登記だけは職権抹消さるべきものとすることは前記の例外を認めた趣旨に反するものといわざるを得ないからである。すなわち、本件競売申立の登記がなされたときには、既に二重登記の状態にあつたのであるから、いずれの保存登記が有効であるかはさておき、少くともこの競売開始申立の登記は職権抹消の対象となるごとくであるが、前記の例外を認める以上は、必ずしも二重登記後になされた右登記が当然に同法第四十九条第二号に該当するものということはできない。(しかしてかかる問題が生ずるのは、常に二重登記の各登記用紙の所有名義が異る場合に、そのいずれか一方の名義人を登記義務者とする登記申請(嘱託)の場合に限られるわけであり、他の登記用紙の所有名義人と登記義務者の表示が一致しない場合ということになる。)しかも元来登記申請は不動産を特定してなされるものであり、登記用紙を特定してなされるものではない。換言すれば、登記官吏は登記申請があつた場合には、当該不動産について起されている登記用紙の登記を基礎としてその受否を決すべきであり、二重登記の場合には、二つの登記用紙があるわけであるから、この二登記用紙の登記を基礎にして形式的に審査する以外にないわけである。原判決が、本件所有権移転の登記嘱託は、その登記原因が競落である以上、競売開始申立の登記ある登記用紙の登記を基礎にして受否を決すべきであるとしているのは誤りであるといわなければならない。それゆえ、本件の場合には、二つの登記用紙が各所有名義人と登記義務者の表示とが一致するか否かをまさに審査すべきであつて、その結果一方の所有名義人と一致しない以上、不動産登記法第四十九条第六号に該当するといわなければならないであろう。登記官吏には、登記名義人の表示と登記義務者の表示とが一致する方の登記用紙に登記すべき義務は何等存しないからである。従つて本件の所有権移転の登記嘱託を同条同号により却下した登記官吏の処分は相当であり、この処分を相当とした上告人の本件決定は正当なものといわなければならない。原判決は、本件登記嘱託が右に述べたような理由から不動産登記法第四十九条第六号により却下すべきものであることを理解せず、これを受理すべきものとしているのであつて、結局同法第十五条、第四十九条第六号の解釈を誤つたものといわなければならない。(原判決は、同法第四十九条第六号に該当しないというのであるならば同条第二号に該当するか否かを当然に判示すべきであつたと考えられる。)

以上の如く、原判決には不動産登記法第十五条、第四十九条第六号に違背する違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決を破毀し、更に相当の判決を求めるものである。

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