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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1156号 判決 1949年1月18日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人浦本貫一上告趣意第一點について。

原判決の證據により認定したところによれば、被告人俵弘は、漁業用資材買入の代金として、封鎖預金一〇萬圓をその兄俵豊に支拂ったが、その後買入契約を解除して、右代金の返濟を受けるにあたり封鎖支拂にあらざる現金一〇萬圓を、二回にわたって受領したというのである。金融緊急措置令及びその附屬法令は購買力を抑制して惡性インフレーションを防止するために、金融機關における預金等を封鎖し、特定の場合の外これが支拂を禁止し、且つ特定の場合に認められる支拂についても、所謂自由支拂を極度に制限し、原則としては封鎖支拂の方法に依るべきことを規定している。本件の被告人が、漁業用資材の買入代金に充てるための一〇萬圓を、その封鎖預金の中から封鎖小切手により拂出を受けることができたのは、右の漁業用資材の買入が、金融緊急措置令施行規則第六條第五號(乙)所定の、「公認セラレタル平和産業ノ業務ノ遂行ノ爲ニ必要ナル原材料、施設又ハ用役ノ入手」の場合に該當することを認められたからであること明かである。のみならず同條同號は、「當該原材料、施設又ハ運送其ノ他ノ用役ノ必要ニシテ且公認セラレタル價格ニ依ル入手ノ確実ナルコトヲ證スルニ足ル書類ノ呈示アリタル場合ニ限」り、かような「使途ニ充ツル爲必要ナル費用ニシテ大藏大臣ノ定ムル基準ニ依リ認メラレタル金額」を封鎖支拂に依って支拂うことを許しているのであるから、右の一〇萬圓は、かような條件を具備するものと確認せられた前記漁業用資材の買入以外の目的に費消することのできないものである。しかるに原判決引用の證據の示すところによれば、被告人は、右の一〇萬圓の封鎖小切手をその兄俵豊に交付した後僅かに數日の中に事業資金に行詰ったという理由で買入契約を解除し、一〇萬圓の中の大部分八萬圓を現金で受領し、更らに約一ケ月半の後に殘額二萬圓をやはり現金で受領してこれを事業資金として他に費消している。若しかような手段によって封鎖預金を容易に現金化し、これを最初拂出を受けた目的とは異なる目的のために自由に費消することが合法的にできるものとするならば、前掲法條の厳重な統制規定は充分な効果を舉げることができなくなるであらう。金融緊急措置令の目的とする金融統制の成果を舉げるためには、かような抜け道を塞ぐ規定がある筈である。果して金融緊急措置令施行規則第一三條の二第三號には、「預リ金其ノ他之ニ準ズル債務ニシテ自由支拂以外ノ方法ニ依リ爲サレタ」金錢債務の辨濟は、封鎖支拂の方法に依って爲すべきことを要求している。本件のような契約解除による原状回復義務に基く返戻金債務は、預り金の返還債務ではないが、両者共に前に交附を受けた金錢を債權者に返還することを内容とする債務である點に於ては、共通の性質を有するから、これを「預リ金ニ準ズル債務」として、その辨濟は封鎖支拂の方法によってなすことを要すると解するのが相當である。

從ってこの場合の債權者は、同規則第一三條の五に從い、現金支拂に依る辨濟を受領することを得ないものとしなければならぬ。しかるに被告人は、この債務につき現金支拂の方法による辨濟を受領したのであるから、原判決がその所爲を金融緊急措置令第七條、第一一條、同施行規則第一三條の五、第一三條の二、刑法第五五條に該當するものとしたのは相當であって、所論のように法令を不當に適用した不法はない。本件の如き場合においては、金融緊急措置令の立法の目的に照らして、金融機關から封鎖預金を引出した行爲より返還金の受領に至る迄の一聯の所爲を綜合的に判斷すべきであるに拘らず、論旨は、これを分斷して個々の行爲の適法なることを主張し、ために同令の趣旨を看過するに至ったものであって、理由がない。(昭和二二年(れ)第一二〇號事件、同二三年二月一〇日言渡最高裁判所第三小法廷判決參照)。(その他の判決理由は省略する。)

以上の理由により刑事訴訟法施行法第二條、舊刑事訴訟法第四四六條により主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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