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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)293号 判決 1948年3月09日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人高橋武夫上告趣旨第一點は『原審公判調書を閲するに「裁判長は證據調をする旨を告げ一、栗野守三郎に對する司法警察官聽取書一、栗野守三郎提出の始末書一、渡辺秀孝に對する司法警察官聽取書一、原審公判調書の各要旨を告げ各其の都度意見辯解の有無を問ひ且利益の證據あれば提出し得る旨を告げて」とあって原判決が證據に援用した書類の作成者又は供述者に付訊問を請求し得べき旨を告げた事跡が全然ない之は明に日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急措置に関する法律第十二條に違反し從て憲法所定の基本的人權に對する侵害となるから原判決は此の點に於て破毀を免れない』といふのである。

しかし、刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條は、裁判所が進んで被告人に對し、同條の趣旨を説明し、その權利の行使を促す義務ありというのではない。從って原判決が被告人から證人の申請がなかったので、公判期日において訊問しなかった渡辺秀孝に對する司法警察官聽取書を證據としたことは同條の違反でないから論旨は理由がない。

同第二點は「加之原審公判調書證據調の部の記載を見るに(第一點に引用)原判決が證據に援用した本義富の世帶異動申告書(證第三號)本義富の家庭用食糧購入通帳(證第四號)及び山口清賢の世帶異動申告書(證第八號)山口清賢の家庭用食糧購入通帳(證第九號)に付ては證據調を爲した事跡がない從て原判決は適法に證據調をしない書類を證據に援用した違法があって破毀を免れない」というのである。

しかし、原審公判調書を見ると、所論の各世帶異動申告書(證第三號及び第八號)各家庭用食糧購入通帳(證第四號及び第九號)については裁判長がいづれもこれを被告人訊問中に被告人に示している。しかして、刑事訴訟法第三百四十一條第一項は「證據物ハ裁判長之ヲ被告人ニ示スベシ」と規定しており、證據物は被告人訊問終了後一括して證據調をする必要はないのであるから原審には所論のような違法はない。從って論旨は理由がない。

同第三點は『原判決の理由には「農業會係員をだまし」との記載かあるが農業會係員をだました點即ち詐欺罪の構成要件たる詐罔手段が右記載では認められないから原判決は此の點に於て理由不備の違法がある』というのである。

しかし、原判決は被告人が自己の使用する人夫山口清賢外一名の家族に和田儀一など九名の人員(架空者)がいるように裝ひ中野村農業會で係員をだましたと判示しているのであって、事実摘示に缺くるところがないから、理由不備の違法なく、從って論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法第四百四十六條により主文のとおり判決する。

以上は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保)

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