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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)121号 判決 1997年9月09日

奈良県生駒市壱分町四五〇番地の一八二

上告人

濱田秀雄

右訴訟代理人弁護士

武田純

東京都豊島区東池袋三丁目七番四号

被上告人

株式会社 倉本産業

右代表者代表取締役

倉本馨

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第一九五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年二月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人武田純の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当しとて是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)

(平成九年(行ツ)第一二一号 上告人 濱田秀雄)

上告代理人武田純の上告理由

第一点 原判決は、特許発明の要旨を特許請求の範囲に基づかず、発明の詳細な説明に基づいて認定した点で、特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願について言えば、昭和六〇年法律第四一号による改正前の特許法三六条五項の規定、以下同様)の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(1)、原判決は、特許発明が特許法二九条一項に定める特許要件を具備するかの判断にあたって発明の要旨を認定するにあたり、本件特許請求の範囲の記載が明確でありかつ特段の事情がないにもかかわらず、明細書の発明の詳細な説明の項の記載を参酌して特許請求の範囲の記載とは異なるように発明の要旨を認定している。従って、原判決は、「特許請求の範囲には特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」旨定めている特許法三六条五項二号の規定の解釈適用を誤った違法がある。

(2)、特許発明が特許法二九条一項各号に定める特許要件を具備するかの判断にあたっての発明の要旨は、特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。

すなわち、特許法三六条五項二号には、「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない。」と規定してあるのであるから、特許請求の範囲の項の記載が明確であって、その意味内容が直ちに把握できる場合には、本来その記載のみに従つて解釈すべきであり、発明の詳細な説明や図面の記載を用いて限定的に解釈したり、逆に特許請求の範囲で限定している限定事項を離れて拡大解釈することは許されない。

このような解釈は、最高裁判例にも示されているところである。

すなわち、最高裁平成三年三月八日第二小法廷判決(いわゆる「リパーゼ判決」)は、発明の要旨認定に関し次のように判示している。

「特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法第三六条五項の規定)から見て明らかである。」

また、最高裁昭和四七年一二月一四日第一小法廷判決は、「特許請求の範囲の訂正が許されるかどうかを判断する前提として、特許請求の範囲は、ほんらい明細書において、対世的な絶対権たる特許権の効力範囲を明確にするものであるからこそ、前記のように、特許発明の技術的範囲を確定するための基準とされるのであって、法一二六条二項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、もとより、明細書中の特許請求の項の記載を基準としてなされるべく、所論のように明細書全体の記載を基準としてなされるべきものとするとの見解は、とうてい採用し難いのである。」と判示する。

さらに、下級審の判例にもこの旨を明示するものが多い。

例えば、東京高裁昭和五八年八月一六日判決は、「しかしながら、特許請求の範囲の欄は、出願人が特許を請求する対象としての発明を記載すべきものであるとともに、そこには、発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載すべきものであるから、特許出願が直接対象とする発明の具体的内容は、特許請求の範囲の記載に基づいて把握し、それについて審査をすべきが当然である。そして、もし特許請求の範囲から把握した発明の具体的内容と発明の詳細な説明の欄に記載された発明の目的ないし効果とが対応しないことがあれば、そのこと自体を明細書の記載の不備とするのはともかく、特許請求の範囲の記載を無視して、発明の目的及び効果に関する記載のみから、出願が直接対象とする発明の内容を定めて、それを審査の対象とするのは相当でない。」と判示している。

また、東京高裁昭和四五年四月一五日判決も、「『特許請求の範囲』の記載が明確であって、その記載により発明の内容を適確に把握できる場合に、この『特許請求の範囲』に何ら記載されていない、『発明の詳細な説明』に記載されている事項を加えて、当該発明の内容を理解することは、右のようにすでに『特許請求の範囲』に記載されている事項の説明を『発明の詳細な説明』の記載に求めることではなく、『特許請求の範囲』に記載されているものに、新たなものを付加することであって、前記のごとく発明の内容の理解が『特許請求の範囲』の記載を基本とし、これによってなされるべきことに反するものであり、出願発明の要旨認定においても、特許発明の技術的範囲の確定にあたっても、許されないことである。」と判示している。

(3)、さて、本件発明の明細書の特許請求の範囲の項には、「離型性を有する剥離シートAの離型性保有面に、接着剤による所定のパターンの印刷層Bを設け、ついで該印刷層B上に、前記と実質状同一のパターンを描くようにインクによる単色または多色の印刷層Cを設け、さらにその印刷層Cの上から、前記パターンよりも広い面積を覆う剥離可能な保護シートDを設けた構成を有する転写印刷シート。」が記載されており、それ自体、明確であることは言うまでもない。

そして、原判決自身が、理由中において、本件発明の特許請求の範囲には層の「形成順序が記載されている」と認定している(原判決の二〇頁二行)ことも明らかである。

しかるに、原判決は、特許請求の範囲が右のように明確であるにもかかわらず、「特許請求の範囲の記載に前記一認定の本件明細書の発明の詳細な説明を参酌すると、本件発明は・・・(中略)・・・『物の発明』の範疇に含まれるというべきである。」(原判決の二〇頁二行ないし七行)として、いきなり発明の詳細な説明に基づいて発明の性格を認定し、さらに右発明の性格から、層の形成順序に関する記載は発明の要旨に含まれないとの結論を演繹的に導き出し、結果的に特許請求の範囲に明瞭に記載された層の形成順序に関する記載が完全に無視されるに至っている。

しかし、発明の末尾がもの(転写印刷シート)で表現されていることが発明の要旨を特許請求の範囲に基づかずに認定するべき特段の事情にあたるとは到底言えず、このことは、特許庁の審決も認めているところであって、原判決がかかる特段の事情もないのに、発明の詳細な説明を参酌し、特許請求の範囲に記載された層の形成順序に関する記載を発明の要旨に含まれないとした点には、明らかに特許法三六条五項二号の解釈適用を誤った違法がある。

第二点 原判決には、明細書に基づく発明の要旨の認定において、前提として認定した事実と結論との間に論理の飛躍ないし矛盾があり、理由不備ないし理由齟齬(民事訴訟法三九五条一項六号)の違法がある。

(1)、原判決が、特許請求の範囲に基づかずに発明の要旨を認定した違法については、すでに第一点で述べたとおりである。

さらに、本件においては、仮に発明の要旨の認定において特許請求の範囲の記載に加え、発明の詳細な説明を参酌することが許されるとしても、それを参酌すれば、層の形成順序に関する記載が発明の要旨に含まれることは一層明らかであり、原判決は、明細書の記載に関する事実認定の中でこのことを認めていると思われるにもかかわらず、最終的な発明の要旨の認定においては、奇妙にも層の形成順序に関する記載を除外しており、前提として認定した事実と結論の間に論理の飛躍ないし矛盾がある。

(2)、すなわち、原判決は、理由中において、まず、本件特許発明の明細書の特許請求の範囲に「層の形成順序が記載されている」と認定している(原判決二〇頁二行)。

さらに、原判決は、明細書の発明の詳細な説明の欄に「本件発明は、剥離シートAの離型性保有面に、まず接着剤による所定のパターン(文字、図形、模様など)の印刷層Bを設け」、「その接着剤印刷層B上に、それと実質状同一パターンを描くようにインクによる単色または多色の印刷層Cを設ける」、「そして、印刷層Cの上から、上記パターンよりも広い面積を覆う剥離可能な保護シートDを貼付等の手段により設けることによって、転写印刷シートの製造が完了する」との記載が存在することを認めているのであり(原判決一八頁二行ないし一〇行)、右記載が層の形成順序を限定していることは争う余地がない。

したがって、原判決の明細書の記載に関する事実認定を前提とするかぎり、論理法則にしたがえば、本件発明の要旨には、当然、層の形成順序に関する記載が含まれるとしなければならないところ、原判決は、これと相反する結論に到達しており、その論理の筋道が明らかでない。

右の点は、民事訴訟法三九五条一項六号の理由不備ないし理由齟齬にあたるものとして原判決の破棄事由になると言うべきである。

第三点 原判決は、「物の発明」においては、特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているときは、記載された製造方法は、便宜的になされた最終的な製造物を特定する一手段に過ぎず、当該発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないと述べているが(原判決二〇頁一二行ないし一八行)、右の解釈にも、特許法二条三項、三六条五項二号の解釈適用を誤った違法がある。

(1)、第二点で述べたように、原判決は、明細書の記載に関しては、層の形成順序が記載されていることを認めながら、発明の要旨の認定においては、層の形成順序に関する記載はそれに含まれないとしている。

この前提事実と結論との結びつきが必ずしも明確でないことはすでに述べたとおりであるが、原判決が、かかる結論について唯一理由らしきものとして述べているのが、いわゆる「物の発明」に関する解釈論である。

すなわち、原判決は、「特許発明は、『物の発明』と「方法の発明』とに大別される(特許法二条三項等)が、ここに『物の発明』とは、技術的思想の創作が物の形で具体的に表現され、かつ経時的要素を要しないものというべきところ、」(原判決一九頁一六行ないし一九行)と個々の事例を離れた普遍的解釈を行い、「記載された製造方法は、便宜的になされた最終的な製造物を特定する一手段にすぎないというべきである。」(原判決二〇頁一五行ないし一六行)との説明のもとに、結論として、特許請求の範囲の記載のうち製造方法にかかる限定条件を一切見ずに発明の要旨を認定している。

(2)、しかしながら、発明の要旨の認定にあたり、「製造方法による限定付きの物の発明にあっては経時的要素を要しない」という解釈を、特許請求の範囲の記載に優先する大前提とすべき法的根拠がない。

確かに、特許法二条三項は、特許発明を「物の発明」、「方法の発明」及び「物を生産する方法」に分類し、各々の発明における実施の態様を規定している。

しかし、特許請求の範囲に記載された事項が「物の発明」の要素と「方法の発明」の要素をともに含むような場合、「製造方法付きの物の発明」として特許されることは、何ら妨げられないと言うべきであり、特許法二条三項が右のような解釈を禁じているとする理由は見いだせない。

ここで「製造方法による限定付きの物」の発明について、若干観点を変えて検討してみる。

特許法一条は、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定しており、実用新案法のように「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」という限定はない。

そして、特許法二条一項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定しているのみであって、一条でいう「発明」には、二条一項の限定以外の制約はついていない。

右の規定を受けて、特許法二九条では、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定しており、ここにも新規性、進歩性に関する要件を除けば、「発明」に関する特別の限定は付されていない。

そして、ここで出願にかかる発明と対比されるべき特許法二九条一項各号に言う発明(刊行物等の公知技術)は、あくまで技術的思想としての発明であって、カテゴリーに拘束された発明ではなく(現実問題としても、たとえば特許法二九条一項三号に言う刊行物記載の発明は、最終物は物の発明であっても、その製造方法、作動機構、用途をはじめ、種々様々なことが記載されているのが常である)、出願にかかる発明も、カテゴリーにとらわれることなく、技術的思想として公知技術である発明と対比すべきである。

したがって、たとえ「物の発明」の形式で出願された発明であっても、特許請求の範囲に製造方法の記載があるときは、特段の事情のない限り、当該製造方法の記載を含めて特許請求の範囲に記載されたとおりのものを発明の要旨として認定すべきであり、本件特許発明にかかる無効審判請求事件において、特許庁の審決が、層の形成順序を含めて特許請求の範囲に記載されたとおりのものを発明の要旨と認定したことは、すこぶる正当であって、何らの違法はないと言うべきである。

しかるに、原判決は、「物の発明」の解釈論を特許請求の範囲の記載より優先し、特許請求の範囲に明瞭に記載されている事項を発明の要旨から意図的に除外したものであって、その誤りは明白である。

(3)、次に、仮に、(2)のようにカテゴリーにとらわれずに発明の要旨を認定することが許されないとしても、「物の発明」の形式で出願された発明について、特許請求の範囲に製造方法の記載が存在するときは、当該製造方法の記載が最終物の特定にとって欠くことのできないものであるか否かを検討すべきであり、これが肯定される場合には、当該方法的記載を含めて発明の要旨に含まれると解すべきであって、かかる検討を抜きにして、「物の発明」においては製造方法の記載は一般的に発明の要旨に含まれないが如き解釈を行うことは許されない。

原判決には、特許法二条三項、三六条五項二号を右のように誤って解釈適用した違法がある。

すなわち、一般に「物の発明」において特許請求の範囲でわざわざ製造方法を規定している場合、その方が他の規定の仕方よりも物の構成要素、構成要素間の相互関係、最終物の構造を特定するのに適しており、さらには技術的範囲の解釈に紛れを生じないと出願人が自ら信じ、かつ客観的にもそうであるからこそ、そのような記載の仕方をしているのである。

実務上、「物の発明」にかかる出願の発明において、少なからぬ割合で製造方法の記載が存在するのは、製造方法付きで規定する方が他の表現をするよりも発明の内容を正確に特定しやすいことがあるからである。

一例をあげると、「摂氏五〇〇~五五〇度で焼成して得た素焼」は、強度や多孔性、吸水性、吸着性、艶、風合などの点で、それより高い温度、例えば、摂氏六〇〇度以上で焼成して得た素焼とは顕著に性質が相違するが、その構造を最終物の各種物性で規定するのは極めて困難であり、もし無理に物性で規定すれば、本来意図されていないものまで含まれることがあり、技術的範囲の解釈にも紛れを生ずるおそれがある。この場合、「摂氏五〇〇~五五〇度で焼成して得た素焼を用いた物」と規定すれば、権利者にとっても第三者にとっても容易に発明を把握することができ、技術的範囲がどこまで及ぶかも一義的に定めることができる。同じ操作(摂氏五〇〇~五五〇度で焼成)をすれば客観的にも同じ物が得られるのであるから、「摂氏五〇〇~五五〇度で焼成して得た素焼」を用いた物の発明を見い出したときに、そのまま直接的に特許請求の範囲で「摂氏五〇〇~五五〇で焼成して得た素焼」と表現することは極めて自然なことである。むしろ無理に最終物の物性などで他の表現で規定すれば、どのような物性を取り上げるかで主観が働き、かえって物の特定に不明確さを生じてしまうことがある。

物の発明で製造方法を限定していることがあるのは、発明が自然法則を利用するものである以上(特許法二条一項)、「同じ操作をすれば客観的にも同じ物が再現される」という経験則に基いているからである。

ある素材を用いる場合(たとえば、鋼、織物、染色布、再生紙、プラスチック成形物、陶磁器)、天然物や化学物質でない限り、素材自体がある工程を経て得られたものであることを意味している。物の発明の場合、素材などの構成要素を「単純な物」と見るか「製造方法付きの物」と見るかというような観点は必要とは思われない。「焼き入れ刃」とあれば、「焼きを入れていない刃」とは違うであろうから、焼きを入れたものと入れていないものとの金属結晶構造の違いを云々するまでもない。

発明は、技術の多様性を反映してまさに多様である。発明を表現するのに、必要以上の制限を課すべきではない。

したがって、特許請求の範囲に記載の発明が「製造方法付きの物」の発明であるかどうかにかかわらず、特段の事情がない限り、発明の要旨を特許請求の範囲のとおりと認定することは、右の理からすれば当然のことである。これは、最終物の特定にとって当該製造方法の記載が不可欠だからであり、このことと「方法」それ自体を特許とすることとは全く別のことである。

(4)、そして、後述するように、本件転写印刷シートの発明においては、当該特許発明にかかる「物」を製造するためには、特許請求の範囲記載の層の形成順序によるほかはなく、異なる層の形成順序によった場合には、得られる最終物自体が相違する。

したがって、最終物の特定のために製造方法の記載は不可欠であり、原判決がかかる点につき何ら検討することなく、「物の発明」であるという一事をもって製造方法の記載は発明の要旨に含まれないとしたことには、特許法二条三項、三六条五項二号の解釈適用を誤った違法がある。

第四点 原判決は、本件発明と引用例1との対比に当たり、本件発明の特許請求の範囲の記載から四つの構成要素とその配列順序のみを抽出すると共に引用例1記載の発明から四つの構成要素とその配列順序のみを抽出して、両発明を対比し、両発明の構成要素間の相互関係(共働、連動関係)や最終物を構成する各層の構造について一切判断することなく、本件発明は引用例1記載の発明と同一であると認定しており、この点には、理由不備(民事訴訟法三九五条一項六号)、審理不尽ないし釈明権不行使(民事訴訟法一二七条違背)の違法がある。

(1)、原判決は、「『物の発明』において特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているときは、その発明は、全体としてみれば、製造方法の如何にかかわらず、最終的に得られた製造物であって、記載された製造方法は、便宜的になされた最終的な製造物を特定する一手段にすぎないというべきである。」としながら、製造方法により特定されたはずの本件発明の最終製造物について、その構成要素間の相互関係(共働、連動関係)についても、製造物を構成する各層の構造についても、最終物の構造及びそれにより得られる作用効果についても、一切判断することなく、特許請求の範囲の記載から四つの構成要素とその配列順序のみを抽出して引用例1と対比しており、最終物の同一性を判断する上で不可欠の事項について判断していない。

(2)、しかし、本件発明は、場が印刷にかかるものであり、印刷層は剛体ではなく重力および表面張力(分子間引力により液滴が丸くなる性質)の影響を受けて土台上に特有の構造を固着形成するものであるから、層の形成順序を逆にしたときに、決して同一の「物」は得られない。

すなわち、本件発明における印刷層Bおよび印刷層Cは、文字通り印刷層であって、板のような剛体ではない。「印刷」とは、液状のインクを対象物に印刷してミクロン・オーダー(一ミクロンは一ミリメートルの一〇〇〇分の一)で制御される極薄の液膜パターンを乾燥または硬化させて被膜パターンとなす操作を言うのであるから、必ず土台となる対象物の存在を前提としている。

印刷層Bは、剥離シートAを土台としてその上に「固着形成」(但し土台が剥離シートであるので後に剥離可能となる)されている上、その底面は剥離シートAの表面の平滑性により平滑となっており、また重力および表面張力(分子間引力により液滴が丸くなる性質)により、印刷層Bの上面のエッジに垂れを生じるとともに丸くなっている。そして、さらに印刷層Cは、印刷層B上でエッジに垂れを生じるともに丸くなっている。つまり模式的に描写すると、印刷層Cは、印刷層Bのエッジを覆うようになっている。

つまり、印刷層Bと印刷層Cとは、剥離シートA上に「二枚の皿を重ねて伏せた」ような状態(印刷層Bが下で印刷層Cが上)で固着している。

前記のように、本件特許請求の範囲において、剥離シートAの離型性保有面に印刷を行って印刷層Bを設け、ついで剥離シートA上にある印刷層Bの上から印刷を行って印刷層Cを設け、さらにその印刷層Cの上から剥離可能な保護シートDを設けるということは、層形成の順序を示しているだけでなく、層間の固着状態および印刷層B、Cの形状をも規定しているのである。

上記のことは、自然法則に基づくものであるから、印刷に多少とも心得のある業者であれば、発明の詳細な説明を見るまでもなく、特許請求の範囲のうち印刷という用語のみからも理解できるものである。

もし逆の順序で印刷を行ったとすれば、転写操作シートでもある柔軟な保護シートDを土台としなければならないので、その上に印刷層Cを形成することは工業的には不可能と言ってよい(本上告理由書に添付する実験報告書のとおり)。

仮にできたとしても、印刷層Cは保護シートDに強く固着してしまうので、円滑に転写することは絶対にできず、さらに、印刷層Bと印刷層Cとは、保護シートDを上にしたとき、本件発明とは逆に、剥離シートA上に「二枚の皿を上向きに重ねて載せた」ような状態(印刷層Bが下で印刷層Cが上)になってしまう。また、後から載せる剥離シートAは、単に乗っかっているだけであるので、保管、流通過程においていつずれるかもわからない。

加えて、仮に転写ができたとしても、被写体にパターン印刷層が「二枚の皿を上向きに重ねて載せた」ような状態で転写されるので、接着剤(粘着剤)印刷層Bのエッジが露出してしまう。

このように本件発明の目的物は、特許請求の範囲に記載の形成順序で層を形成していったことにより独特の構造を有しており、逆方向から層を形成していったものとは、要素間の共働関係や最終物の構造自体が大きく相違している。

したがって、本件発明が層の形成順序を限定した発明であることは明白であり、層の形成順序を逆にした製造物と本件発明にかかる製造物が相違することは明らかである。

(3)、右の点を原判決の引用例1との関係で考察すると、次のとおりである。

すなわち、引用例1記載の発明は、土台としての[張力を与えると容易に延伸できる透明な又は半透明なフィルムのシートよりなる担体シート上に、印刷インクの図、その上から前記図と合致して或いは担体シートの印刷域の全域にわたって「感圧性接着剤」をつけたものである。転写材料に例えばシリコン処理した挿入用紙を間に挟むことが望ましいが、この紙は接着層に対してかたく接着することはなくそれ自身の重みで離れるのが普通である。」との記載もある。

引用例1記載の発明にあっては、担体シート上に図が固着しており、その上に感圧性接着剤が固着している。挿入用紙は、感圧性接着剤にほとんど接着することなく単に接触しているだけである。

担体シート上への印刷インクの形成にあたっては、自然法則によりエッジに垂れや丸まりができ、感圧性接着剤の印刷にあたっては、自然法則により図のエッジにまで感圧性接着剤が覆うようになる。

これを本件発明の目的物と対比して示したのが、別紙図面一である。

引用例1記載の発明の目的物を上下逆転させて本件発明と対応すれば、本件発明における剥離シートA上の接着剤印刷層Bは底面が平滑で皿を伏せた形状を有し、かつその上から形成された印刷層Cも皿を伏せた形状を有し、接着剤印刷層Bのエッジは上からの印刷層Cの垂れで覆われているのに対し、引用例1記載の発明の目的物は、挿入用紙上に感圧性接着剤が皿を上向けて置いた形状を有し、さらにその上に図が皿を上向けて重ねた構造を有し、感圧性接着剤層のエッジは図のエッジ部分をも覆うようにして露出しており、図の上面はフラットになっている。

そして、転写にあたっては、本件発明の接着剤印刷層B、引用例1の感圧性接着剤の側が対象物にくっつくのであるから、本件発明においては転写パターンのエッジに爪がかからず、一方引用例1においては爪がかかる上、エッジに感圧性接着剤が露出して汚れやすく剥がれやすい構造となっている。このような構造の差は、製品として市販可能か否かという根本的な性能の差となって現れる。

加えて、引用例1記載の発明の目的物は、対象物に極めて高圧の圧力をかけて転写するものであり、実施例においては、圧力を一点に集中すべく先端が〇・一ミリメートルの直径のボールのついたボールペンで圧力をかけるようにしているが、このような転写操作は著しく現実性を欠くものである。

さらに引用例1の発明にあっては、担体シートを延伸して図を剥がすようにしなければならないが、それは、本件発明の保護シートDとは全く異なる使い方をするものである、

以上の説明からも明らかなように、引用例1で得られた最終物は、本件発明のように「被写体に直刷りしたのと同様のパターンをワンタッチで転写印刷できる」、「接着剤のはみだしがない」という作用効果を持つものでなく、本件発明の最終物とは作用効果上も大きく相違するものである。

(4)、しかるに、原判決は、両発明の二種の印刷層の構造及び固着構造の差異を無視し、さらには両発明の転写時の機構や操作性の違いを無視し、最終物の構造から有機的一体構造を度外視して、単に各層の対応関係があることのみをもって、本件発明と引用例1の発明が同一であると判断したものであり、最終物の同一性についても判断しておらず、また、それを判断する上で不可欠な構成要素間の共働関係や製造物の作用効果に関する判断が一切欠落している。

右は、判断遺脱として、民事訴訟法三九五条一項六号の理由不備に該当すると言うべきである。

(5)、なお、上告人は、特許庁の無効審判手続において構成要素の共働関係をはじめとして、最終物の相違点につき詳細な主張を行っていたことは、本上告理由書に添付する口頭審理陳述要領書からも明らかである。

しかるに、原審の審理手続においては、右の争点に関する主張、立証が十分尽くされておらず、これは、原審の裁判官が当事者双方に対して、かかる重要な争点につき主張、立証を十分尽くさせずに審理を終結したことによるものである。

すなわち、上告人は、原審の被告第一準備書面において、発明の要旨認定等の問題を原告が克服しえたなら、その段階で甲各号証が本件特許の新規性及び進歩性に何の影響も与えないことを述べるとして、今後、甲各号証と本件特許発明の詳細な対比を行うことを予告していた。この際には、無効審判手続において上告人が行ったのと同様の主張を当然行う予定であった。ところが、原審においては、上告人がこのような主張を行う前に、いきなり審理が終結されてしまい、最終物の同一性という重要な争点に関し、上告人が十分な主張を行う機会が与えられないまま原判決に至ったものである。

右の点は、裁判所として当然なすべき釈明権の行使を怠ったもので、訴訟手続に関する法令(民事訴訟法一二七条)に違背するものとして上告理由にあたるというべきである。

以上のとおりであるから、原判決は、破棄されるべきである。

以上

(附属書類省略)

別紙図面一

<省略>

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