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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)754号 判決 1999年9月28日

上告人

水谷秀旭

右訴訟代理人弁護士

小見山繁

河合怜

片井輝夫

仲田哲

竹之内明

被上告人

仏世寺

右代表者代表役員

笠原建道

右訴訟代理人弁護士

松本保三

西村文茂

尾崎高司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小見山繁、同河合怜、同片井輝夫、同仲田哲、同竹之内明の上告理由について

上告人の請求は、上告人が被上告人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求めるものであるが、原審は、要するに、阿部日顕が被上告人の包括宗教法人である日蓮正宗の法主として上告人に対してした住職罷免処分の効力の有無が本件請求の当否を決する前提問題となっており、阿部日顕が日蓮正宗の教義にいう血脈相承を受け右処分の権限を有する法主の地位に就いたかどうかが、本件紛争の本質的な争点となっているとともに、右処分の効力を判断するために不可欠であるところ、右の点を判断するためには、日蓮正宗の教義及び信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが必要であるから、本件訴訟は、結局、法令の適用によって最終的解決を図ることのできない訴訟であり、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないとして、これを却下している。

所論は、原審の右判断の違法、違憲をいうが、本件記録によって認められる本件紛争の経緯及び当事者双方の主張に照らせば、本件は、宗教団体とその外部の者との間における一般民事上の紛争などとは異なり、宗教団体内部における教義及び信仰の内容を本質的な争点とするものであり、訴訟の争点につき判断するために宗教上の教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないものであるから、本件訴訟は法令の適用によって最終的解決を図ることのできないものであって、上告人の訴えを却下すべきものとした原審の判断は、是認することができる。また、所論は、本件請求が法律上の地位の確認を求めるものであり、請求原因事実に争いがないのであるから、宗教上の教義及び信仰の内容に係る抗弁事実を不適法として排斥し本件請求を認容すべきであるというが、法律上の地位の確認を求める請求であっても、請求の当否を判断するために抗弁事実について判断することが不可欠であり、かつ、当該抗弁事実が宗教上の教義及び信仰の内容に係り裁判所がこれを審理判断することが許されない場合においては、抗弁事実のみを不適法として排斥することは許されず、当該訴えは不適法として却下されるべきものである。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は採用することができない。

よって、裁判官元原利文の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官元原利文の反対意見は、次のとおりである。

一  本件は、上告人が、被上告人の代表役員及び責任役員の地位を有することの確認を求めるのに対し、被上告人は抗弁として上告人に対する住職罷免処分の存在を主張し、上告人は再抗弁として右処分の無効を主張している事件である。上告人が処分の無効を主張する根拠は、懲戒処分を行った阿部日顕が日蓮正宗の管長の地位になかったこと、懲戒処分が宗規に定める手続にのっとり行われていないこと、上告人に宗規に反する行為のなかったこと等である。

二  多数意見は、右抗弁並びに再抗弁を判断するに当たっては、日蓮正宗の教義及び信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが必要であり、そのためには教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないから、本件訴訟は法令の適用によって最終的解決を図ることができず、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというのである。

三  そこで考えるに、宗教法人がその信教の自由に基づいてした宗教上の行為や宗教上の事項の決定、あるいは宗教上の役職員の任免等の効力につき判断をせず、裁判所はかかる事項について裁判権を有しないとして判断を回避するとすれば、宗教法人を法の適用範囲の外に追いやることとなるであろう。その結果、宗教法人は、礼拝施設等の所有・管理や、法人の事業のための取引などの世俗的行為、さらには教義の普及、信者の教化、役職員の任免等の宗教上の行為を行うことに著しい支障を来すであろうことは、容易に想定することができる。

憲法に特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有する裁判所としては、かかる結果を回避するために、宗教上の行為や宗教上の事項の決定、役職員の任免等の効力に関しては、宗教法人自らが宗教上の行為を行なったこと、宗教上の事項の決定や役職員の任免を自律的に行なったことが認められる場合には、その結果をそのまま承認し、それを前提として裁判をすることができると解すべきである。このように解することが、宗教法人法八五条の趣旨とする宗教法人の自律権を尊重することになると考える。

四  日蓮正宗においては、代表役員は管長の職にある者をもって充てるとされ、管長は法主の職にある者をもって充てるとされており、さらに、次期法主の選任手続は法主が「血脈相承」という宗教的儀式によって「選定」するとされているところ、「血脈相承」は日蓮正宗の教義ないし信仰の内容にかかわる宗教的儀式であるから、その意義と内容は、裁判所の判断の対象となり得ないことは明らかである。しかしながら、日蓮正宗が自律的に法主の「選定」をしたかどうかは、「血脈相承」の有無を直接判断することなく、代表役員選任登記のある法人登記簿の謄本や、登記申請書に添付された宗教法人法六三条二項に定める登記事由を証する書面の存在、就任式の挙行や就任あいさつ状の送付、あるいは新法主による儀式の開催の事実等によって、教義や信仰の内容に立ち入ることなく認定・判断することが可能であると考える。

また、上告人に対してされた罷免処分の効力についても、その処分が日蓮正宗の宗規に従い、被処分者に懲戒条項に該当する行為があったとして、宗規に定める手続により行われたか否かを審理すれば足り、懲戒条項への該当性の判断が宗教上の教義の解釈を要するときは、法人が自律的にした判断を尊重して判決するをもって足りると解すべきである。

五  以上説示したとおり、第一審裁判所は、本件訴えを不適法として却下すべきものではなく、日顕の日蓮正宗における代表役員及び管長の地位の有無並びに上告人に対する懲戒処分の効力について判断をし、進んで上告人の請求の是非につき本案判決をすべきものであった。よって、第一審判決を正当として上告人の控訴を棄却した原判決を破棄し、第一審判判決を取り消して、本件を第一審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官元原利文 裁判官千種秀夫 裁判官金谷利廣 裁判官奥田昌道)

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