大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)1928号 判決 1997年2月25日

上告人 玄敬蘭

被上告人 高信栄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人○○の上告理由について

一  所論は、大韓民国国籍を有する夫婦間の離婚事件において、有責配偶者である被上告人からの上告人に対する本件離婚請求を認容した原審の判断には、大韓民国民法の解釈適用を誤った違法があるというものである。

二  記録に照らすと、大韓民国民法上有責配偶者からの離婚請求を許さない旨を定めた明文の規定は存在しないが、同国大法院1965年9月21日判決をリーディングケースとする大法院の判例により、有責配偶者からの離婚請求は排斥すべきものとされてきていたところ、1987年以降、有責配偶者からの離婚請求であっても、既に婚姻関係が完全に破綻して形骸化し、かつ、相手方配偶者の実質的離婚意思の存在が客観的に明白である場合には、例外的に認容することができる旨を判示した大法院の判例が出現するに至っていることが認められる。

三  これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係によれば、(一)被上告人と上告人は、昭和18年11月15日に婚姻の届出をした夫婦であり、昭和19年から同34年までの間に、一男四女をもうけた、(二)被上告人と上告人は、昭和35、6年ころから、神奈川県川崎市に居住するようになり、被上告人は、会社を設立して土木建築業を営んできたものであるが、結婚して以来、上告人ら家族と共に過ごすことが少なく、生活費も十分に渡さなかったため、上告人において、昭和26年ころから同52年までの間、廃品回収業や川崎市による就労者事業に従事するなどして、子供らとの生活を支えてきた、(三)被上告人は、昭和42年ころに知り合った沢村晶と同45年ころから同棲するようになって、同女との間に一男(同45年3月19日生)をもうけ、これに伴って、上告人が子供らと一緒に生活していた川崎市内の自宅にほとんど戻らなくなった、(四)上告人が被上告人と沢村との関係の解消を強く求めたため、昭和50年7月21日、被上告人と沢村は、男女関係解消及び養育費支払確認の公正証書をいったん作成したが、両者の関係は解消されないまま現在に至っている、(五)その後、被上告人と上告人は、双方とも弁護士を代理人として選任した上で離婚に関する話合いを行い、昭和52年1月20日、被上告人から上告人に対し、慰謝料及び財産分与として、被上告人所有の前記川崎市内の自宅不動産の所有権や預貯金等を分与することで、離婚することになり、同月27日に双方弁護士立会いの下で合意書を作成して右合意内容を履行する運びとなったが、被上告人が所定の場所に現れなかったため、合意書への調印に至らなかった、(六)被上告人と上告人は、その後も別居を続け、夫婦関係の調整についての話合いをすることもなく、また、夫婦としての交流もないまま経過したが、その間に上告人は、被上告人から所有名義の移転を受けていた前記川崎市内の自宅不動産を売却して、神奈川県大和市内に新たな住まいを求め、そこを生活の本拠として子供らとの生活を続けた、(七)被上告人は、平成4年、横浜家庭裁判所に離婚調停を申し立て、財産分与として1,000万円の支払を申し出たが、上告人が5,000万円の支払を求めたことから、右調停が成立しなかったため、本件訴えを提起した、というのである。右事実関係に照らせば、上告人は、表面的には離婚に応じていないが、実際においては婚姻の継続と到底両立し得ない行為をするなど、その離婚の意思が客観的に明白であるということができるから、被上告人の本件離婚請求につき、大韓民国民法上有責配偶者からの離婚請求が例外的に許容されるべき場合に当たるとして、これを認容した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 可部恒雄 大野正男 尾崎行信)

上告代理人○○の上告理由

一 結論

原判決には、法令解釈の誤りと判例違背があり、破棄されるべきである。

二 準拠法と判例

本件は、上告人及び被上告人ともに大韓民国国籍を持つものであって、法例16条及び14条により離婚の準拠法は大韓民国民法である。

大韓民国民法840条の解釈として、永らくいわゆる有責配偶者からの離婚請求は認められないものと解釈されてきたが、近時、事情によっては、有責配偶者からの離婚請求も例外的に認容される場合があると解釈されている。

しかし、この例外的に認容される場合の解釈は、我が国の民法において有責配偶者からの離婚請求を例外的に認める場合に比較しても、よりいっそう限定的である。

大韓民国大法院1987年4月14日判決(86む28、判例月報202号111頁)によれば、相手方配偶者において報復的感情から離婚に応じないで来たものの、自らも離婚請求をし、婚姻の維持とはとうてい両立し得ない行為をするなど、離婚の意志が客観的に明白な場合にはごく例外的に有責配偶者からの離婚請求を認容するとしている。

そして、この一般論に該当する事例として、同大法院1988年2月9日判決、同88年3月22日判決、同88年12月8日判決が存在する。

これらの判決に共通する条件は、第一に、刑事告訴、姦通罪などによる実刑判決、医師資格の剥奪ないしは妻の騒乱による職場への悪影響があったこと、第二に、妻の側からの離婚請求、反訴など離婚の合意が明白に存在すること、第三に、夫の側から慰謝料ないしは子どもの義育費がある程度支払われていることという、三つの条件が備わっていることである。

三 判例違背

そこで、本件が、このような例外として有責配偶者からの離婚請求を認容すべき事案に当たるかが問題となるが、本件においては、右の三条件を満たしていないことは、第一審の1993年12月13日付け被告準備書面などにおいて主張したとおりである。

さらに、第二審東京高等裁判所における審理によって、新たに被上告人すなわち控訴人の有責性がいっそう明らかになっている。具体的には、現在被上告人が同棲している沢村晶以前にも、福井県や東京都葛飾区内において不貞行為が行われていたこと、子どもたちが小さいとき毎月何百万円も被上告人は収入があったのに上告人に生活費を渡さずやむなく上告人はいわゆる失業対策事業で働いていたことなどが、被上告人の証言(第三回口頭弁論期日における控訴人本人尋問調書)によって、明らかとなっている。

くわえて、右審理手続きによって、上告人すなわち被控訴人における離婚合意がきわめて不確定であったことも明らかとなっている。すなわち、昭和52年1月20日に離婚することを前提とした養育費などを取り決めた和解契約書(甲第4号証)を作成した後間もない昭和52年7月18日には沢村晶と関係を解消することや上告人と離婚するのではなく別居だけをするという和解契約書が、被上告人によって作成されている(甲第10号証)。もしも、上告人において離婚に応じる意思が明白であって残るは財産の問題だけであったのだとしたら、甲第10号証の書面を改めて被上告人が作成して上告人に承諾を求める必要は全くない。これは、上告人の離婚意思が明白ではなかったこと、それを被上告人も重々承知していたことを意味している。

しかるに、第二審東京高等裁判所判決は、本件を例外として認容している。第二審の審理によって、控訴人すなわち被上告人の有責性がいっそう明白となり、同時に被控訴人すなわち上告人の離婚に応じる意思がきわめて不安定であったことを示す証拠が提出され、原審の段階よりもいっそう、例外的許容の限界を超える事例であることが明白になったにも関わらず、第二審東京高等裁判所は本件離婚請求を認容したのである。

これは、大韓民国大法院の判例違背であるといわざるを得ない。

四 法律解釈の誤り

第一審である横浜地方裁判所平成4年(タ)第114号離婚請求事件判決(平成6年10月24日言い渡し)においては、「原告の離婚請求を認容することは、婚姻の破綻した原因を作りながら別居後の妻の生活の維持にも関心を示さず、沢村晶との関係を解消すると約束しながらこれを破り、一度は離婚の合意に応じる意向を示した被告に対しても、その過程で原告が提示した約束を履行することなく放置し、長期間の別居が継続した事実を盾に離婚を迫る原告の単なる男の身勝手を容認するに等しい。かような結果は、あまりに被告の人間性を無視し、社会正義に反するものというほかなく、原告の請求は信義誠実の原則に照らして許されず、例外的にいわゆる有責配偶者による離婚請求を認容しうるとする大韓民国民法の解釈の限界を超えるというべきである」と解釈され、原告すなわち被上告人の離婚請求は棄却された。

ところが、第二審である東京高等裁判所平成6年(ネ)第4585号離婚請求事件判決においては、字句修正の範囲内にとどまる程度の事実認定の変更しかしていないにも関わらず、控訴人すなわち被上告人の離婚請求を認容した。

これは、明らかに、大韓民国民法840条の解釈について、第一審と第二審との間で相違があることを意味している。

そして、上告人は、東京高等裁判所の判決は、もっぱら破綻主義のみを重視し、有責配偶者からの離婚請求を広範に認めたという意味で、大韓民国民法840条の解釈を誤っていると考える。

五 訴訟関係者の裁判所に対する信頼について

およそ、事実認定に大きな違いがなくして判決の結論が異なることは、訴訟関係者を驚かせる。法例や判例の解釈の違いによって結論が異なってくるときには、その理由が示されなくては、訴訟関係者やひいては国民の裁判所に対する信頼は保てない。被控訴人側のみならず、控訴人側も、第二審東京高等裁判所の判決に先立って、第一審と異なる結論が出されるとは予想していなかった。これは、控訴人のみが弁論再開の申し出をしていることからも明らかである。しかるに、第二審判決においては、なぜ結論が異なるかに付いての理由は示されていない。

さらに、本件は、外国の法律を準拠法として我が国の裁判所が判断を示す事例である。このような場合には、我が国の法律を適用して裁判を行う場合に比べて、より一層、法例調査と判例検索に慎重を帰する必要がある。その点について明示のないままに結論が変わることは、訴訟関係者ひいては一般国民、そして、準拠法として適用された法律を持つ国の国民の、我が国裁判所に対する信頼を揺るがしかねない。

六 まとめ

よって、上告人は、御庁におかれて大韓民国民法840条の法例解釈及び判例を精査され、第二審東京高等裁判所の判決を取り消し、被上告人の上告人に対する離婚請求を棄却することを求める。

以上

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