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最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)186号 判決 1995年1月24日

東京都目黒区上目黒三丁目三七番一九-二〇一号

上告人

坂口豊幸

右訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

中馬義直

舟木亮一

東京都目黒区東山三丁目二四番一三号

被上告人

目黒税務署長 中村直記

右指定代理人

村川広視

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行コ)第一一号所得税の更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成六年六月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人多賀健次郎、同中馬義直、同舟木亮一の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成六年(行ツ)第一八六号 上告人 坂口豊幸)

上告代理人多賀健次郎、同中馬義直、同舟木亮一の上告理由

第一、原審判決は、民法第七六二条、第七六八条の解釈、適用を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、破毀さるべきである。

一、上告人は、

1.第一審において、わが国夫婦財産制が別産制を採用することを前提としつつも、民法第七六二条第一項の「婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。」との法解釈は、わが国夫婦の実情に応じ、柔軟かつ弾力的になさるべきである。と主張し、

2.第二審において、わが国の現行夫婦財産制は、別産制と所得共有制の複合形態であると解すべきである。すなわち、民法の夫婦財産制の法的更正は、七六二条によって夫婦の財産の帰属と第三者との関係を規定し、婚姻家族内部の夫婦間の婚姻中の所得の帰属は七六八条によって規定されると解するのが最も妥当である。

と主張した。

二、1.親族ほ相続に関する民法の規定は、戦前、戦後では画期的変革があったが、更に戦後個人主義、民主主義の滲透とともに、最も見直しを求められている。

法務省は、婚姻及び離婚制度全般のための検討作業を行い、平成四年一二月「婚姻及び離婚制度の見直し・審議に関する中間報告(論点整理)」を公表し、関係各期間に意見照会をしている。清算的財産分与の問題点は次の通りである。

 清算の対象-夫婦が協力して得た財産は、物や権利だけでなく、所得能力や無形財産(将来受給するであろう退職金・年金・医師・弁護士等所得を生む専門職の資格等)も、清算の対象とすべきである。

 清算の基準-夫婦財産の清算の割合については原則として二分の一と規定すべきである。

婚姻はパートナーシップであり、夫婦それぞれの金銭的寄与と非金銭的寄与とは同等に評価せらるへきである。夫婦が婚姻中蓄積した財産は夫婦の共同体の財産というべきであり、各自がこの財産に対し二分の一の持分を有すると推定される。従って二分の一ずつ分割するのが公平である。実務では、現在清算の割合を夫婦の貢献の度合いに応じて具体的ケース毎に定めているが、これでは寄与度認定のために結婚生活のこまごましたことを審理しなければならず、これを避けるためにも一律割合での分割が妥当である。

以上は、立法論であるが、右のごとく法改正を必要とすることは、現行夫婦財産制並びに離婚給付制度が破綻を来しておることを如実に示すものである。

2.学説上も、民法第七六二条第一項について、実質的には共有制であると捉え、共有とされる財産が清算の対象とする考え方がある。

これを所得共同制という。

我妻栄教授は、「共同生活に必要な家財・家具など」と「名義は夫婦の一方に属するが実質的には共有に属するとなすべきものであって、婚姻中に夫婦が協力して取得した住宅その他の不動産、共同生活の基金とされる預金、株券など夫婦の一方の名義となっているもの」が共有財産であるという。(我妻栄・親族法《一九六一年》一〇二頁)

又、家計に組み入れられた財産は夫婦の共有財産となるという考え方がある。これを家計財産制と呼ぶことにする。有泉亨教授は、「家計に組み入れられた財産または収入は特有財産としての性格を失う。例えば夫の収入だけに依存する家計の中で買い入れた電気冷蔵庫も『夫の名で得た財産』には該当しないであろう。むしろ夫婦の共有に属する。・・・・問題は、夫が、社会的に活動して収入を得る場合、妻が直接にこれをに協力し(農家の場合を考えよ)、あるいは内にあって家事を処理していても(俸給生活者を考えよ)、収入は家計に繰り入れられない部分については通常すべて夫の所有に帰し、妻の協力が直接に財の帰属に現れないことである。・・・婚姻が解消する際に右事情を考慮する。・・・・しかしそれでは不十分であって、事情によっては夫名義の不動産・株式等について、実は妻の持分が存することを認めるべきである。」(我妻栄、有泉享・民法Ⅲ第四版《一九九二年一粒社》八五頁)

深谷教授は、「家族消費共同生活の維持のために提供される財産(その使用権、収益権又は処分権)、すなわち夫又は妻が婚姻費用の分担として拠出した財貨は夫婦共同体の経済的側面として家計に帰属する。それはもはやそれを拠出した者の個人財産ではなくて、婚姻共同生活にのみその用途を限定された特別財産になったのであり、夫婦共同体に法的主体性がない以上、その拠出された財産は実質的には夫婦の共有というべきである。またその潜在的持分は、・・・家族法の保護目的及び夫婦の平等から、夫婦各自二分の一である。」と述べる。(深谷松男・新版現代家族法《一九八八年青林書院》五八~九頁)潜在的な所得共同制であると捉え、婚姻によってこれが顕在化する考え方である。

有泉教授は、現行法は別産制と所得共通制とを結合させた夫婦財産制であって、規定の沿革から「第七六二条と第七六八条とを合わせて夫婦財産制について規定されたとみて、婚姻継続中を前提として対外関係の夫婦財産のあり方を定めたのが第七六二条であり、婚姻解消に際して、対内的に夫婦財産の帰属を定めたのが第七六八条で、婚姻中の協力で得た財産は平等に清算される。」といわれる。(有泉享・家族法概論《一九九〇年法律文化社》九二頁)

3.判例も最近は次第に寄与分二分の一の定着化傾向がみられ、特に共稼型・家事協力型については、原則二分の一とする例が多い。専業主婦についても、二分の一とするものがみられる。

共稼型 広島高判昭和五五・七・七(家月三四巻五号四一頁)

家事協力型 名古屋高金沢支判・昭和六〇・九・五(家月三八巻四号七六頁)

専業主婦型 浦和地判昭和六〇・九・一〇(判タ六一七号一〇四頁)

東京高裁昭和五七・二・一六(判例時報一〇四一号七三頁)

三、上告人が、原審において主張する本件土地建物の取得の事実関係は次の通りである。

<1> 婚姻期間-四〇年九ケ月。<2>当事者の職業-上告人は典型的なサラリーマン中間管理職として同一企業に終身雇用され、収入は給与、退職金、年金以外なし、妻は専業主婦。<3>当事者の財産-原告所有名義の本件土地建物以外見るべきものなし、しかも本件土地建物は夫婦の居住用不動産。<4>本件土地建物の取得財源-上告人の給与・退職金による底地権、現建物の建築。<5>当事者の年齢、就労可能性、将来の機会-上告人七二才、妻六九才、上告人現地位に二、三年止まる事は可能だがそれ以後は就労可能性なし、妻はなし、上告人は厚生年金、妻は国民年金の受領以外収入なし。

上告人は、本件土地建物の取得財源として、妻の実家の金銭的物質的援助による当初借地権、旧建物建築を挙げたが、第一審、第二審とも右事実は認定できないとしているが、右取得財源が上告人の給与即ち家計又は婚姻費用から支払われたことは否定し得るべきもない。

以上の事実関係に立って、上告人は、本件土地建物は、その登記名義のいかんにかかわらず、実質的には上告人夫婦の共有財産(持分二分の一)であること、又上告人夫婦の右所有権帰属についての認識即ち、内心の意思は、夫婦の共有財産(二分の一)である。と主張しているのである。

四、原審判決は、右上告人の主張に対して、右客観的事実を認めながら「本件不動産は、原告固有の収入により、原告の名義で取消された原告の特有財産であって、その所有権は原告に帰属する。」と判断している。(第一審判決理由第一の四、第二審判決理由一)

原審判決が、第三項記載の本件土地建物の取得の事実関係については、<1> 婚姻期間、<2> 当事者の職業、<3>当事者の財産、<5> 当事者の年齢、就労可能性、将来の機会については、これを認め、ただ<4> 本件土地建物の取得財源にのうち「妻の実家の金銭的物質的援助による当初借地権、旧建物建築については「志満子が本件土地の建物や旧建物の取得について経済的に相当程度の貢献をしたとの原告の事実関係を認定することはできない」としているが、上告人の給与即ち家計又は婚姻費用から支払われていることは否定し得べくもない。

即ち原審判決は、その点につき「原告は、・・・昭和二六年、自ら賃借人となって本件土地を賃借しその地上に旧建物を建築した。原告は、右借地の際、知人の坂勘造から、権利金として地主に支払う六万円を借り入れ、月々のボーナスにより自らが注文者となって旧建物の建築を業者に請け負わせ、・・・・昭和二七年一二月二九日までに、その請負代金三三万円余りを何度かに分割して支払った。原告は、昭和二六年六月、右請負代金を工面するため、旧建物に抵当権を設定して住宅金融公庫から二六万円を借り入れたものであるが、給与やボーナスから分割弁済ずることにより、昭和四一年一月二八日までにその借入金を完済した。」と事実認定をしている。原審判決は当初借地権取得、旧建物建築の所要資金が給与以外にないことを認めているのである。

五、民法第七六二条第一項の「婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。」という規定は、第三者の公信性を慮っての規定であって、夫婦間内部の実質的所有関係をも規制するものではない。夫婦が内心の意思は共有と認識しながら何れか一方の所有名義にすることをも禁ずるものではない。本件の場合は、第三項にあげた本件土地建物の取得の事実関係からは夫婦関係内部の所有意思は顕示たると黙示たるとを問わず、共有と認識したというべきである。

原審判決は「夫名義の資産形成に対する妻の貢献は、あくまでも具体的な財産分与が行われた後に特定の財産に対する所有権又は共有持分としうて顕在化するに過ぎず、財産分与以前の段階において既に妻の貢献の度合いに応じて夫名義の特定財産に対する共有持分が発生しているとすることは到底できないところである。」としている。右は民法第七六二条第一項の「婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。」との法規定が第三者との関係を規定することを本来の目的として、夫婦間内部の実質的所有関係を規制するものでないことを忘却した立論といわざるを得ない。

婚姻中得た財産で夫婦一方の名義とするものについて、原審判決認定のような一般的な場合もあるが、本件のごとく取得原因が夫婦の婚姻費用によって取得された場合は、上告人の主張するごとく、夫婦間内部においては確定的持分による共有を認定し得る場合もあり得るのである。

原審判決は、本件土地建物取得の事実関係を無視し、民法第七六二条第一項の解釈、適用を誤ったものというべきである。

六、原審判決は、「また、夫名義の資産形成に対する妻の貢献が顕在化するまでの間、妻が夫名義の財産に対しなんらかの潜在的な持分が存するとしても、それは未だ持分割合も定まっていない抽象的な権利というべきものであり」「現実の財産分与手続きがされて初めて具体的な権利として確定するものである。」として、「したがって、財産分与が単に右潜在的持分を顕在化させ、それを正式に帰属させるだけの手続き」でなくて、「財産分与によって初めて夫名義の財産に対する妻の所有権が発生するといわざるを得ない」から「そこに資産の譲渡と目される実質があることは明らかである。」と説示している。

上告人は、本件の場合は、潜在的未確定の共有関係ではなく、潜在的、確定の共有関係を主張するものであるが、仮に原審判決の認定するごとく妻の持分が潜在的未確定であるとし、その顕在化確定が財産分与によってなされたとしても、妻の右潜在的未確定の持分は、厳に存在するのである。

潜在的持分を顕在化させ、それを正式に権利者に帰属させる手続きというべきである。夫婦共有財産の清算手続きというべきである。

しかるに原審判決は「財産分与によって初めて夫名義の財産に対する妻の所有権又は共有持分が発生するといわざるを得ない」から「そこに資産の譲渡と目される実質があること明らかである。」と説示している。民法第七六八条第一項は、財産分与について契約・調定等が成立する以前から分与義務があり、契約・調定等の成立後も存在することを前提としての規定である。

原審判決の右論旨は、固有の意味の財産分与(夫婦共通財産の清算の意味における財産分与)としての財産の移転は、その実質は夫婦共有財産の分割であって資産の譲渡に当たらないことを無視し、妻の潜在的未確定の持分の存在を認定しながら、財産分与時に資産の譲渡かあったとするものである。

このような論理は財産分与権の発生と具体的確定との関係を正しく反映したものと考えられない。

原審判決の右判旨は詭弁的であり、説得力に欠ける。

第二、最高裁昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決(昭和四七年(行ツ)第四号所得税更生処分取消請求事件)の有償譲渡である慰謝料支払部分と無償譲渡である財産分与を区別しないで、一括して譲渡所得の課税原因となるとの判断は固有の意味の財産分与については変更さるべきである。

一、固有の意味の財産分与は、配偶者一方の潜在的持分の清算としてなされる。潜在的持分が未確定の場合もあれば確定の場合もある。右を顕在化し確定化する手続きは、財産分与と称するもその法律関係は共有持分の確定並びに分割手続きというべきである。

二、財産分与といっても、その内容は、<1>夫婦財産の清算、<2>離婚後の扶養または補償給付から構成され、更には慰謝料等損害賠償給付が加わり夫婦財産の清算の占める割合が確定し難いという現状にあることは確かである。されど、それ故に財産分与全体について資産の譲渡があったとして譲渡所得税を賦課することを正当化するものではない。前示の判例については「法律専門家の間においても賛否の結論が分かれており、少なくとも通常の一般人にとっては、財産分与者に譲渡所得が発生するとの理解は必ずしも容易ではない。」(東高平三三・一四判決・判時一三八七号六二頁)

三、本件事案は、譲渡所得税賦課の是非をめぐる係争であり、夫婦間の財産。関係の確定を求める事案ではない。

「原審判決の財産分与によって初めて夫名義の財産に対する妻の所有権又は共有持分が発生し、そこに資産の譲渡と目される実質があることは明らかである。」との論旨の詭弁性については既述したが、それも前記最高裁の判示に引きつづられての結果というべきである。

四、何れにしても、前記最高裁の判旨は、法律専門家にとっても納得し得る合理性を欠き、一般人には到底解し難いところでる。少なくとも固有の意味の財産分与については変更さるべきである。

以上

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