大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)184号 判決 1993年4月06日

横浜市磯子区森一丁目五番二一号

ヴェルドミール磯子二三六号

上告人

関澤琴子

右訴訟代理人弁護士

菊地史憲

杉浦智紹

中野辰久

同訴訟復代理人弁護士

早野貴文

横浜市南区南太田町二丁目一二四番地の一

被上告人

横浜南税務署長 山下光敏

右指定代理人

畠山和夫

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行コ)第一三二号所得税決定処分無効確認等請求事件について、同裁判所が平成四年七月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人菊地史憲、同杉浦智紹、同中野辰久、同復代理人早野貴文の上告理由について

本件遺産分割協議が本件借地権の代価を上告人を含む共同相続人間で分割する趣旨の換価分割であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は採用することができない。

よって行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

(平成四年(行ツ)第一八四号 上告人 関澤琴子)

上告代理人菊地史憲、同杉浦智紹、同中野辰久、同復代理人早野貴文の上告理由

原判決は、第一に、憲法の解釈・適用を誤り、租税法律主義等の要請(憲法八四条)に反し、国民の財産権(憲法二九条)を不当に侵害するものであるだけでなく、第二、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反を含むものである。

第一 憲法違反

一、原判決の論理

(一) 原判決は、一審判決とほぼ同様の事実関係を認定しながら、一審判決の認定の中核であり、結論ともいうべき箇所(一審判決三三丁裏五行目から同三四丁裏八行目)を次のとおり「訂正」している。

「4 結局、右各事実を総合すると、本件分割協議においては、狛江及び鵠沼の各物件は各登記名義人の所有とし、残った遺産(主たるものは本件借地権のみ)を分割することにしたこと、本件借地権については、本件分割協議が成立した時、既に三井不動産を買主として売却の合意が事実上成立していたものとみられ、三井不動産から譲渡人は単独名義にするよう要望があったので、形式上信衛が単独相続したことにし、その代金から必要経費等を差し引いた額を代償金の名目で各相続人に分配することにしたこと、控訴人に支払われた一億五〇〇〇万円は右の売却代金額に基づいて決定され、分割協議書作成と同時に控訴人に支払われていることを考え合わせると、本件分割協議は、分割協議書の文言にかかわらず、既に売却が決定していた本件借地権の代価を分割する趣旨でなされた実質上換価分割であるとするのが相当である。」

その骨子となる論理は、「本件借地権については、本件分割協議が成立した時、既に三井不動産を買主として売却の合意が事実上成立していた」のであり、「本件分割協議は、分割協議書の文言にかかわらず、既に売却が決定していた本件借地権の代価を分割する趣旨でなされた実質上換価分割である」という点にある。

この論理の問題性を検討するために、改めて本件の基本的な事実関係の概要を見てみよう。

(二) 本件分割協議書の記載内容は、これを素直に読めば、代償分割の合意を定めたものと解するほかないものである。この点は、一審判決でも「・・・したがって、これらの規定だけを取り上げ、その文理を重視すれば、本件共同相続人らは、一見代償分割をしたかのように考えられる・・・」(一審判決二八丁表)という表現で是認されており、原判決もこの一審判決の評価を踏襲している(原判決の「理由」一の冒頭の二行参照)。右に引用した原判決の「・・分割協議書の文言にかかわらず・・・」というくだりも、「文言」自体は、代償分割を定めたものであることを認める趣旨のものと解することができる(分割協議書の各条項を総合的かつ整合的に解釈すれば、代償分割を定めたものと見ざるを得ないことに、一審の審理を通じてほぼ決着のついた事柄である。被上告人も実質的にはこれを認めている。上告人平成元年九月四日付準備書面、同平成二年五月二八日付準備書面参照)。

そしてこの分割協議書には、共同相続人全員が署名捺印している。

とすれば、共同相続人らは、代償分割を定めたと解される協議書に署名捺印することによって同書面の記載事項を内容とする意思表示を行ったことになるつまり代償分割の合意が成立したことは、疑う余地のない事実である。

では実際の分割の経過はどうか。協議書に署名捺印する前に本件借地権は換価されていたであろうか。否である。協議が成立したのが昭和五六年一〇月一二日、本件借地権の譲渡契約が取り交されたのが同年一〇月一四日、代金が支払われたのが同年一〇月一四日と一〇月三〇日である。このとおり換価処分は、協議書が成立した後に行われ、決済もその後である(上告人の受けた金員も立替金に過ぎない)。つまり分割協議書に規定するとおりに事態が展開したのである。

これらの事実を前にすれば、本件分割が代償分割であることは、あまりにも明白なことといわなければならない。

(三) にもかかわらず、どうしても課税当局を勝訴に導きたかった一審判決は、「協議は成立していない」(一審判決三四丁表)という摩訶不思議な論理を作り上げた。それが法律行為論や意思表示理論に照らしておよそ成り立つ余地のない理論であることは、上告人平成四年二月一日付準備書面において詳細に指摘・批判したところである(同準備書面二~一九頁、特に九頁以下。)さすがに原判決も一審の理論を採用しかねたらしく、この理論は排除(「訂正」)されている。

しかしなお一審判決の結論を維持するために、一審判決の理論に代わって原判決が持ち出したのが、「実質上」の「換価分割」という理屈である。そしてその理屈を支えるために、原判決は、本件借地権の処分の時期についても、分割協議が成立したときに、売却の合意が「事実上」成立したと認定した。

二、憲法解釈の誤り

しかしこの原判決の理論も甚だしく粗雑であり、到底、採りえないものである。

「実質上」といった概念内容の曖昧な基準によって課税要件の具備の有無が判定されるとなれば、国民の財産処分の安全性は著しく脅かされることになろう。課税当局による課税要件の認定のタガが外れて、国民は予想のつかない課税処分に戦々恐々としていなければならなくなる。なぜなら「実質上」という概念は、何を「実質」として措定するかという点においても、また、その「実質」を判定する材料としてどこまでの事実関係(「形式」)を取り入れるかという点においても客観的な基準がなく、そのために、恣意的な判定を許す危険性があるからである。本件はまさにその危険性が具体化した事例である。

憲法が明文で租税法律主義を規定し(憲法八四条)、租税要件法定主義が強調されるのは(憲法八四条とともに憲法三一条、二九条参照)、課税という国家権力の行使に対し、国民の財産権の保障(憲法二九条)と国民の経済生活の安定を図ろうとするものである。ところが原判決の「実質」論は、その客観性を担保するものがなく、課税当局の主観的な判断、すなわち、「実質」的な観点による課税権の濫用を招来するものである。

かくして原判決の理論は、租税法律主義の要請(憲法八四条)に反し、国民の財産権(憲法二九条)を不当(憲法三一条の適正手続違反)に侵害する意味で、憲法の解釈ならびに所得税法の課税要件の解釈・適用を誤ったものである。

第二、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反

一、経験則違反

分割協議書の内容は代償分割を示すものである。このことからも明らかなように、本件の遺産分割協議は、あくまで代償分割の合意であった。

ところが原判決は、本件の遺産分割が換価分割であったと結論づけている。

しかしながら、これは本訴訟における間接事実の認定とその取捨選択を誤り、加えてこれをもとにした推論の過程においても経験則の適用を誤ったために判決に影響を及ぼす事実誤認に陥ったものである。

二、代償分割の合意の存在

(一) 信衛の意思に関する原判決の説明

1.原判決は、一審判決の結果部分の論理を「訂正」したが、それによっては、なぜ「実質上」の換価分割であるかを説明したことになっていない。一審判決の悩みは、表示行為の意味内容にしても、実際の事態の推移にしても、代償分割と見るほかないものをどうして換価分割にするか、にあった。そのための方法が「信衛の意思は、他の共同相続人のそれとは異なる」という理屈であった。ではこの理屈を捨てた原判決は、それに代りうるものを提示しえているだろうか。否である。したがって原判決には明白な理由不備がある。原判決は、この一点だけでも破棄を免れないものである。しかし、何れにせよ争点は、信衛の意思にあることは明らかであるので、以下では、この点にしぼって論述する。

原判決は、信衛に代償分割の意思がなかったとの結論を導くために幾つかの点を指摘している(原判決の「理由」一の冒頭二行・一審判決二九丁裏から三三丁裏)。<1> 借地権の処分のための交渉が本件分割協議書の作成前に始まっており、同書作成の二日後には契約が締結されていること、<2> 本件分割協議書には、借地権の処分を予定した記載と代金の分配方法の定めがあること、<3> 「本件借地権については、遺産分割の協議と並行して売買交渉が進められ、協議成立の直後に売却されることが決定されていたのであって、信衛がこれを実際に利用することは予定されておらず、また、当時、同人はその経営していた前記東京医療器や玉川医科器械工業が倒産し、多額の負債を抱えており、資金を必要としていたところ(甲三六)」、「もし同人が本件借地権を単独相続して直ちにこれを売却し、他の相続人に約束の「代償金」を支払うとすれば、ひとり多額の税金を支払うだけの結果となるのもかかわらず、あえて同人がこのような方法を選択したこと首肯するにたりるだけの理由も見当たらない。」こと、<4> 信衛が「二億円近い持ち出しになること」、<5> 信衛が本件借地権を単独相続したのは「便宜」的なものであったこと、<6>「信三死亡による相続」につき信衛が全員の相続税を納付していた以上、本件分割協議において、この「相続 税の負担についても、改めて共同相続人間で協議がなされて然るべきところ、かかる協議がなされた事実はない」こと、<7> 原告が譲渡所得税を負担しないのは、信衛に対する関係や「共同相続人が実質的に取得しうる財産は、全体で一億九〇〇〇万円に過ぎないことになるところ、原告と三枝の取得額だけでも合計二億四〇〇〇万円にのぼり、右金額を超過することになる」ことからも不合理であること、がそれである。

これらは何れも第一審および原審において反駁し尽くした点であり(例えば、上告人平成元年九月四日付準備書面。特に<4>については、上告人平成二年七月一五日付準備書面。もっとも<6>は原判決の独自の視点のようであるが、的外れに過ぎて論評に値しない)、何ゆえに原判決がこのような主張に執着するのか理解に苦しむ。

何れにせよ信衛に代償分割の意思がなかったことを論証するために原判決が指摘するところを煎じつめれば、第一に、本件借地権を信衛が単独相続する必要性はなかったこと、第二に、上告人が譲渡所得税を負担せず、信衛がこれを一身に被るとすれば、信衛に過重な負担になること、という点に帰着しよう。

2.念のため第一の点について一言すれば(第二の点については別に論じる)、遺産分割の実務においては、当事者は、ある相続財産の単独相続の必要性にそれほどの重さをおかずに代償分割の方法を採用している事実を裁判所も知るべきである。

単独相続の必要性は、家事審判で代償分割を採用する際の判断要素はなりうる(代償分割では代償金債権者の利益の保護という課題が出て来るので、それを採用するには「特別の事由」を要求するのである)。しかし家事審判外での遺産分割において当事者が任意に代償分割を採用するときにはこれを持ち出す必要性も合理性もない。本件においてもそうである。信衛も相続財産の単独相続の必要性とは別の考慮(それが右の第二の点について以下に述べることである)から代償分割の方法を受け入れたのである。

(二) 「信衛の真意」についての検討

原判決は、前述したとおり、信衛に代償分割の意思がなかったことを論証するために、次の二つの理由を挙げた。即ち、<1> 本件借地権を信衛が単独相続する必要性はなかった。<2> 上告人が譲渡所得税を負担せず、信衛がこれを一身に被るとすれば、信衛に過重な負担になること。――である。

<1>の点については、それが、代償分割の意思がなかったことを論証するに足りる理由になりえないことを(一)項において指摘した。

ここでは、主として、右<2>の点を中心にしながら、「信衛の真意」がどのようなものであったかを、更に検討する。しかし、右<1>の点の信衛が本件借地権を単独相続する必要性のあったことも<2>の点と密接に関連していることに留意する必要がある。

ところで原判決は、「信衛が全額税金を自己負担する約束をする筈がない」「原告(上告人)が譲渡所得税を負担せず、信衛がこれを一身に被るとすれば、信衛に過重な負担になる」として、「共同相続人が実質的に取得しうる財産は、全体で一億九〇〇〇万円に過ぎないことになるところ、原告(上告人)と三枝の取得額だけでも合計二億四〇〇〇万円にのぼり、右金額を超過することになる」から不合理である等の理由を示した。

しかし、仔細に検討すれば、以下に示す各理由により、信衛は代償分割の意思をもって遺産分割協議書に署名押員したこと明らかである。

1.「信衛が全額税金を自己負担する約束をする筈がない」とする原判決の理由づけについて反論する。

(1) まず第一に、遺産分割協議書に調印する必要性は、信衛自身にあったことは、次に述べる事実からして明白である。

<1> 信衛は、遺産分割協議書調印時に、経済的に切迫した状況におかれていたこと。

<2> 暴力団関係(?)者に、本件借地権上の建物を占拠されていたこと。

<3> 山本紘三兄弟(信衛に対する債権者)から、債権取立の追求を受けていたこと。

<4> 山本紘三らが、信衛の資産(相続財産取得分。これは、本件借地権のみならず、信衛が長男として相続により父信衛から承継した訴外東京医療器株式会社および同玉川医科器械工業株式会社の株式とその経営権並びに甲第一号証の狛江市和泉三丁目二五八五番一所在の建物、甲第二号証の同所二五八五番二の土地、甲第三号証の狛江市東和泉三丁目二五八八番四の土地等を含む。特に、信衛の実質的取得分の中には、幸枝名義のものが含まれることに留意する必要がある。)を支配し、実質的に管理していたこと。

<5> 右各会社が前後して倒産(昭和五六年三月三一日)し、信衛としては、それらの会社の再建を図るためには、遺産分割協議を緊急にとりまとめ、再建のための資源を少しでも獲得する必要のあったこと。

<6> 上告人は勿論のこと信衛を除く他の共同相続人には、信衛について述べたような遺産分割協議を成立させ調印せざるを得ないような経済的な事情乃至理由は無かったこと。

<7> 昭和五四年七月に横浜家庭裁判所に対し信衛が行った「遺産分割調停の申立」を、山本紘三らは同人をして同五六年五月、取下げさせたが、取下げ直前の調停期日に、信衛は山本紘三らを突然出頭させて、遺産分割協議を家裁の調停外で、かつ、共同相続人間で協議して解決すべきであると主張させたこと。そして、その時から、同年一〇月一二日遺産分割協議成立時までの間、信衛の代理人として山本紘三がその協議のとりまとめに従事し、山本紘三らとともに信衛自身も主体的にその協議を行ったこと。こうした経過の異常性は、一に、信衛自身の原因によって遺産分割協議を成立させる必要性のあったことを示すものである。

<8> この信衛の経済的状況等については、上告人提出の平成二年七月十五日付準備書面につおいて、具体的かつ詳細に主張したところである。特に同書面の中の(経過表)を時系列的に検討していくと、信衛が父信三の経営していた前記各会社を承継し、狛江市の不動産(幸枝分を含む)を取得したこと、訴外玉川医科器械工業株式会社名義の土地(甲第三号証)を金一億六〇〇〇万円で売却して、栃木県今市市に工場を新設したこと、信衛が幸枝名義の土地(甲第二号証)を、訴外五十嵐医科工業株式会社に担保提供して金五〇〇〇万円の借受けを行ったこと、信衛が、横浜家庭裁判所の調停の最中の昭和五六年二月二七日、訴外ユニバーザルインダストリーズ株式会社(千代田区神田三-一七-四を本社とする)を設立し、前記東京医療器株式会社(同年三月三一日倒産。なお、訴外玉川医科器械工業株式会社もその頃連鎖倒産。)の取締役貿易部長の小山幸吉を代表取締役に就任させ、同二会社の倒産後の信衛自身の再建策を講じたこと。

――等が明らかである。

(2) これらの事実は、信衛が本件借地権以外に、父信三所有の資産の多くを承継し、取得していたことを示している。

原判決が、これらの点について、資産分割協議書記載の遺産のみに限定的に解し、かつ、同協議書記載の信衛名義のものだけが、信衛の取得した遺産であると断定して、「信衛が全額税金を自己負担する約束をする筈がない」と即断したことは明らかな誤りといわなければならない。

加えて、前述した(経過表)に沿って、原判決のいうところの「共同相続人が実質的に取得しうる財産は、全体で一億九〇〇〇万円に過ぎないことになるところ・・・」の点を検討すれば、まず右平成二年七月一五日付準備書面三六乃至三七頁五項において述べたように、信衛名義の借地権の売却代金五億四〇〇〇万円が、<1> 借地権譲渡承諾料・四〇〇〇万円、<2> 仲介手数料・一八〇〇万円、<3>中川への支払分・三二〇〇万円(以上<1><2><3>は、昭和五六年一〇月一四日分)、<4> 信衛取得分・七〇〇〇万円、<5> 信義取得分・七〇〇〇万円(但し、これは既に指摘したように信衛取得分であることは明らかである)、<6> 幸枝取得分・七〇〇〇万円(但し、これも既に指摘したように信衛が自由に管理し、信衛取得分であることは明らかである)、<7> 三枝取得分・九〇〇〇万円(但し、うち一〇〇〇万円は、同年一〇月一四日に支払われた。)、<8> 山本紘三への支払分・一億五〇〇〇万円(但し、うち二〇〇〇万円は、同年同月一四日に支払われた。)に充てられたこと明らかである。

従って、信衛の実質的取得分は、代金五億四〇〇〇万円から三枝に支払った金九〇〇〇万円と山本紘三が上告人に立替払いしたための精算金と思われる一億五〇〇〇万円の計金二億四〇〇〇万円を差し引いて三億円であることは明白である。なぜならば、譲渡承諾料にしても、仲介手数料にしても、また中川への支払金にしてもすべて信衛取得の借地権処分に伴う必要経費と目されるもの、および信衛固有の借金もしくはその精算金と考えられるものであり、信衛の取得分と算定してよいものだからである。

以上の理由によって、原判決のいう「共同相続人」というのは「信衛」と解すべきものであり、「信衛が実質的に取得しうる財産は、」「一億九〇〇〇万円」ではなくて「三億円である」ことは明らかである。従って、原判決の述べる「原告(上告人)と三枝の取得額合計二億四〇〇〇万円が一億九〇〇〇万円を超過するから、それは不合理である」との理由づけは明らかに誤っている。

(3) このように、この点に限ってみても、原判決は、意識的にか、「信衛が実質的に取得する財産」を過少に認定した上、「信衛が全額税金を自己負担する約束をする筈がない」と理由づけ、かつ代償分割の意思がなかったとの結論を導き出している。

原判決は、この点においても恣意的な判断を行った誤まりがある。

ちなみに、信衛が、本件借地権以外に多くの遺産を取得したことは既に指摘した。その額は、少なく見積っても、今市市新設工場の資産となった土地売却代金一億五〇〇〇万円、幸枝名義の土地を利用して借入れた金五〇〇〇万円、および父信三が経営していた会社(東京医療器と玉川医科器械等)の株式とその実質的経営権等を考えれば、総額数億円を下廻らないものであったことは明らかである。

2.「本件分割協議は」「既に売却が決定していた本件借地権の代価を分割する趣旨でなされた実質上換価分割である」との判断に対する反論。

原判決は先に引用したとおり「右各事実を総合すると、本件分割協議においては、狛江および鵠沼の各物件は各登記名義人の所有とし、残った遺産(主たるものは本件借地権のみ)を分割することにしたこと、本件借地権については、本件分割協議が成立した時、既に三井不動産を買主として売却の合意が事実上成立していたものとみられ、三井不動産から譲渡人は単独名義にするよう要望があったので、形式上信衛が単独相続したことにし、その代金から必要経費等を差し引いた額を代償金の名目で各相続人に分配することにしたこと、控訴人に支払われた一億五〇〇〇万円は右の売却代金額に基づいて決定され、分割協議書作成と同時に上告人に支払われていることを考え合わせると、本件分割協議は、分割協議書の文言にかかわらず、既に売却が決定していた本件借地権の代価を分割する趣旨でなされた実質上換価分割であるとするのが相当である。」と判示した。ここでは原判決が「実質上換価分割である」との認定を導き出した間接事実、すなわち「右各事実」について検討しながら、遺産分割協議書作成の経緯について明らかにし、本件分割協議において代償分割の合意が成立したことを指摘したい。

(1) 「右各事実」を要約すれば、次のとおりである。

<1> 本件借地権処分の交渉が先行しており、本件分割協議書完成時には契約内容は細部にわたって確立していたこと。

<2> 本件分割協議書も、信衛は速やかに本件借地上の建物を収去したうえ、本件借地権を五億四〇〇〇万円で他に売却し、譲渡代金の分配方法を定め、上告人に対する代償金を立て替えた山本紘三に同額の補償をしていること。

<3>イ.本件借地権については、遺産分割の協議と並行して売買交渉が進められ、協議成立直後の売却が決定されていたこと。

ロ.このことは、信衛がこれを実際に利用することは予定されていないこと。

ハ.当時、信衛はその経営していた前記東京医療器や玉川医科器械工業が倒産し、多額の負債を抱えており、資産を必要としていたところ、もし同人が本件借地権を単独相続して直ちにこれを売却し、他の相続人に約束の「代償金」を支払うとすれば、ひとり多額の税金を支払うだけの結果となるにもかかわらず、あえて同人がこのような方法を選択したことを首肯するに足りるだけの理由も見当たらない。

<4>イ.本件借地権を五億四〇〇〇万円で譲渡した場合、所得税等は約二億六〇〇〇万円で、信衛が「実質的に取得するのは七〇〇〇万円に過ぎない」から、「二億円に近い持ち出し」になること。

ロ.信衛に支払われるべき七〇〇〇万円は、実質上信衛が取得することになっていたとしても、なおかなりの持ち出しになる。ところが本件分割協議に際し、右信衛の負担すべき税額がいくらになるかを具体的に話し合ったことはないし、もし信衛に右のような多額の税金を負担させるだけの結果となるような合意をしたのなら、後の争いを防ぐ目的で念のためなんらかの形で書面化するはずのところ、本件分割協議書は、右につき全く言及するところがないこと。

ハ.右事実に乙第五号証(信衛の聴取書)を考え併せれば、代償金を受領する側の代理人らが、右譲渡取得税等を信衛一人に負担させようと考えていたとしても、「これを肝心の信衛に説明し、その納得を得たものとは到底認めることができず、これに反する証拠(乙第六号証、小池証言)は信用できない」こと。

<5> 信衛単独名義で本件借地権を売却したのは買主(三井不動産)からの要請により、契約の締結及び履行の便宜のために行われたこと。

<6> 信衛は、共同相続人全員の相続税を納付したから、「原告(上告人)が手取り額で金銭を取得することになれば、」「相続税の負担についても、改めて協議されるべきなのに、かかる協議がなされた事実はない(乙第五号証、同第六号証)」こと。

<7>イ.「本件借地権の譲渡にかかる所得税等の負担につき信衛との間で実質的協議はなされて」いないこと。

ロ.相続人名義になっていながら実質的には遺産であると争われたものは信衛名義のものに限らないこと。

ハ.「原告(上告人)以外の相続人に特別受益があったとしても」「分割の対象とすべき遺産の範囲が右物件目録記載のものに限られるとすれば」本件借地権の譲渡代金から、「共同相続人が実質的に取得しうる財産は全体で一億九〇〇〇万円に過ぎない」こと、原告(上告人)と三枝の取得額だけでも合計二億四〇〇〇万円にのぼり、右金額((注)一億九〇〇〇万円か)を超過することになるので、この点も看過できない」とすること。

――を指摘できる。

(2) 「右各事実」の要点について以下検討する。

<1> まず、右(1)<1>の点について、

本件借地権処分の交渉が、代償分割協議完成時より先行して行われることは、実質の遺産分割協議の中で、屡々行われることである。そうでないと、代償金支払の資源が確保されないからである。相続開始時に、多額の現金を有しておればともかく、そのようなケースは余りない。そして、本件分割協議書の完成時に、処分の契約内容が細部にわたって確立していたとする点についても、代償金の資源を確実なものとして目安をつける上からは当り前のことである。つまり代償金獲得の目安をつける必要性、代償金受領者に対する確実な説明乃至交渉のために、そしてその説得のための根拠を得るためにもその必要性があるのである。

換言すれば、

イ.売却交渉が先行していたことは、代償分割を否定することにはならない。

原判決は、右処分のための交渉が「売主側の仲介業者はこれより((注)これは、遺産分割協議書調印の昭和五六年一〇月一二日よりの意か)約半年も前からこの取引に関与して」いたとか、「(買主の)三井不動産との交渉も同年八月から、進められ、本件遺産分割協議書が完成したときには既に契約内容は細部にわたって確立した」とか述べるが、これは代償分割をすることからすれば、支払う側(信衛)は代償金支払の目途をつける上で、また支払を受ける側(上告人)も、代償金の支払が確実に行われるかどうかその資金源の確認をして、代償金の支払が確実であることを理解した上で協議書に署名調印することを欲するのであって、右はいずれも当然のことである。しかるに原判決は、その独善的な結論を導くために借地権等の処分取引の実態と、遺産分割協議の内容の解釈とを、無理に結びつけて、遺産分割協議の内容をねじまげて解釈したものである。

ロ.また、分割協議成立時と処分のための事前交渉乃至その処分時とが偶々、時間的に接近していたとしても、そのことをもって代償分割を否定する理由にはならない。

なぜならば、遺産分割協議書は、遺産分割の内容(代償分割か換価分割か)についてのものであり、物件(本件では借地権)の処分は、取得者が代償金の資源を得るための取引行為であるにとどまり、処分が行われるに先立って分割代償が行われておれば、その取引代償は、遺産分割後のいわば事務処理にすぎないものだからである。

ちなみに、代償分割か換価分割かの区別は、原判決も示すとおりの成立ようけん差違によってこそ区別されるにすぎない。

それにも拘らず原判決が、その指摘する理由を根拠に代償分割当らないとする結論を導き出す姿勢は、理解し難いものといわざるをえない。

<2> 次に(1)<2>の点について。

本件分割協議書に代償金支払を確実なものとして、譲渡代金の分割方法を定めておくことは、一向に不自然なことではない。

しかも原判決も認めるように、その遺産分割協議書の規定は、「その文理を重視すれば、本件共同相続人らは、一見代償分割をしたかのように考えられる。」として「原告(上告人)に有利な事情」であるとしている(原判決の「理由」一の冒頭の二行・一審判決二七丁、二、2、(一))。

況してや本件では、上告人は、代償金一億五〇〇〇万円を、信衛の本件借地権の売買代金の中から直接にその支払を受けていないのである。即ち、信衛の代理人山本紘三が、信衛の承認している代償金の支払をするに当っては、右売買契約締結前のために、山本紘三自ら、自己所有の――秋葉原電気街の発祥地であり、今日でもその中心的存在である――ラジオセンタービルの持分を担保にして借入れをしたこと(甲第三六号証第二、七項後段。乙第六号証)、そしてそれによって確保した山本紘三の借入金一億五〇〇〇万円が、山本紘三によって上告人に対する代償金一億五〇〇〇万円としてその支払にあてられたのである。

このように客観的にも認められるような事実についてさえ、本件分割協議書作成時と本件借地権処分時とか、時間的に接近していたとか、先行していたとかの理由を挙げたり、また山本紘三の立替金の清算が処分代金の中から行われたから、同一性がある等と述べて代償分割を否定しようとするのである。

誠に奇妙なかつ詭弁に類する考え方といわざるをえない。原点に立ち返って、代償分割を認定すべきものと考える。

附言すれば、

原判決は、前述したとおり、「分割協議書の規定によれば、代償分割をしたものと考えられる」としている。「文理を重視する」ことは当然であり、この定めによれば、代償分割であることは明白であるというべきであろう。

原判決がそれにも拘らず、異なった解釈を打ちたてようとして、「一見代償分割をしたかのように」とか「それらの規定だけを取り上げ」れば等と附加するのは、結局、原判決が極めて恣意的かつ独善的な結論を得ようとする試みにすぎない。

分割協議書の規定を中心に、共同相続人らの合意の内容を正しく解釈することこそが、本件遺産分割の内容を正確に理解することになる筈である。

<3> (1)<3>の点について

a、イについて

この点についての原判決の理由づけが、具体的な遺産分割の実態乃至進め方に照らし、符号しない不合理なものであることは、前<1>項において指摘した。

b、ロについて

この点については、既にその問題点を指摘し反論した(一一頁乃至一二頁)。

c、ハについて

この点も既に、その考え方の誤まりを指摘した(一三頁乃至一四頁)。

附言すれば、前(1)<3>ロの利用の問題も含め信衛は、本件借地権を単独で取得する積極的な「理由」があったと考えるのが、自然である。

なぜならば、既に述べたように、信衛自身のためにも、信衛が代表取締役をしている会社自身のためにも、遺産分割協議を成立せしめて、確定的な資金の確保を図る必要性のあったこと、そして、そのためには、被相続人の配偶者である上告人と同協議について合意し、そのために代償金の支払をもって解決する以外に、解決策がない中で手っ取り早く、換価性のある本件借地権を単独取得して、代償金支払の資源を確保する積極的な「理由」があったと見るのが、相当だからである。

すなわち、もし、遺産分割が換価分割であり上告人もまた譲渡取得税等の税負担を被る趣旨のものであれば、上告人が遺産分割協議に応ずることはありえず、信衛は、早急に必要としていた資金を確保する途を完全に閉ざされていたからである。

このような意味において、原判決の理由とするところのものは、理解し難いものといわざるをえない。

<4> (1)<4>の点について

a、イについて

この点についての原判決の理由づけが、誤っていることについては指摘した(一四頁乃至二三頁)。

b、ロについて

この点の判決の理由づけも、奇妙なものである。

なぜならば、分割協議書の規定・文理から代償分割である(原判決も認めざるを得なかったこと)。ととしたのであるから、共同相続人の認識は一致して代償分割であると解すべきである。しかも、信衛が、本件借地権を単独で相続し、信衛自身が同人名義でそれを処分するとしたのである。代償分割であること明白な事例であるから、所得税等の負担について、同分割協議書において全く言及しないのは、当然の事理ではなかろうか。

このような考え方の上にたって同協議書の規定を見れば、例えば一四条において相続人らは、本件相続に関しては以上のほかに何等の権利義務もないことを確認したのであるから、信衛が単独で相続した本件借地権を単独で処分したことに伴う公租公課は、信衛自身において負担し、処理すべきものと解すべきであろう。

原判決のこの点の理由とするところのものは誤っているというべきである。

c、ハについて

乙第六号証(岡野隆男の調査報告)、甲第一八号証(信義代理人岡野隆男作成の陳述書)、甲第一九号証(三枝代理人芽根熙和作成の報告書)、甲第二〇号証(信衛代理人山本紘三作成の説明書)、甲第二五号証(琴子代理人宮川泰彦作成の陳述書)及び甲第三六号証(岡野隆男作成の報告書第二、六項「信衛・信義がそれを了解していたとしている。」)によれば、信衛の意思が、代償分割であったことは一致して認めているところである。

このように協議書調印に関与した代理人の認識が、代償分割であったことは明らかな事実である。

換言すれば、共同相続人らは、それぞれ委任した代理人を通じて、本件遺産分割の協議を行い、代償分割をすることで合意が成立していたのである(甲第三六号証、第二、六項参照)。特に信衛は、木村英三郎弁護士を代理人として横浜家裁へ調停申立を行ったが、その後、信衛の債権者である山本紘三・泰弘らを代理人として、本件分割協議を行い、かつ、最終的には信衛が本件遺産分割協議書の規定を理解し、署名押印したのであるから、本件遺産分割協議がその規定に照らし代償分割であると認めるのが、当然の事理と解すべきである。

ところで、原判決が唯一の根拠とする乙第五号証(信衛の聴取書)は、信衛が分割協議書作成時の昭和五六年一〇月一二日から約七年間経過後の昭和六三年一一月七日乃至一四日の間に、しかも本裁判提起後に、その裁判対策に向けて信衛に対し、国税当局の誤導乃至誘導的な事情聴取を行った結果、作成されたものであることに、特に留意する必要がある。原判決は、信衛の「相続人全員が取り分に応じて税金は納めるべきであると思っていました」との説明を特に引用し、それを根拠に、既に指摘したとおりの誤った結論を導くに至る判断経路は、論理的であるとは言い難く、極めて独善的な認定といわざるをえないものである。

なぜならば、本件遺産分割協議の規定による内容こそは、信衛の意思表示そのものだからである。

更に、信衛の事情聴取書につき検討を加えると、それは右に述べたように本裁判提起後に、国税当局によって意図的に行われたものである。即ち、その事情聴取書は、本件遺産分割協議書に合意した当時の信衛の経済的状況及びそれを踏まえた条件下での意思表示を行った時とは、全く異なった状況下で作成されたものである。料作成時期との間には約七年間の時間的経過がある。原判決の引用する事情聴取(乙第五号証)の内容を検討するに当たっては、このような信衛を取りまく客観的状況の違いについて、充分に理解すべきである。従って、七年経過した時点における信衛の置かれた状況(被相続人から承継した企業は倒産している等)での自己弁護的な説明は、到底信用性のないものであるといわざるをえない。

附言すれば、右事情聴取書は、

<イ> 遺産分割協議書に調印した当時の信衛の経済的状況等を全く無視した立場での一方的な説明であること。

<ロ> そして、右それぞれの経済的事情の違いを踏まえて検討すれば、事情聴取書(乙第五号証)には、内容的に矛盾があり、今日、改めて課税問題等で問題視されたくないとの信衛の自己防衛的な、かつ手前勝手な考えに貫かれていること。

――等が、指摘できるのである。

本件借地権処分の契約(書)が、形式面からも信衛単独名義の処分であること。また、実質面からも信衛単独名義の処分であること。――に明らかなように信衛単独名義で行われていることは、本件分割協議が代償分割そのものであることを如実に示すものといわざるをえない。

<5> (1)<5>の点について

この点については、これまで検討してきたところと対比して考えれば、それが代償分割を否定する根拠たりえないものというべきである。

<6> (1)<6>の点について

この点については、前<4>ロ及びハにおいて述べたとおりである。

<7> (1)<7>の点について

a、イについて

この点については、前<4>ロ及びハにおいて述べたとおりである。

b、ロについて

この点についての原判決の論旨は不明瞭である。

ちなみに共同相続人信衛は、鵠沼の多くの不動産を実質的に取得した。また、信衛も前述したとおり、本件借地権以外に多くの資産を実質的に取得した。幸枝は、信衛が後見人として実質的にその資産を管理される境遇となっていた。

代償金以外に、遺産の取得をしなかったのは、上告人と三枝だけである。

このような実質的な資産取得関係並びに(二)(3)で述べたとおりの信衛の遺産取得関係の中で、信衛が、上告人に対し、代償金の支払を決意し、協議書に調印したのは、当然の事であったというべきである。

上告人は、妻であり、本来、その法定相続分の範囲内であれば、相続税等の課税のされない立場にあった者である。

この点と、本件問題を考えあわせれば、本件課税処分が不当なものであることが明らかとなろう。

c、ハについて

この点については、既に、原判決の理由づけが誤っていることについて指摘した。

特に、この項での特徴を指摘すれば、「・・・特別受益があったとしても」「・・・限られるとすれば」との前提条件を仮定して結論を導き出していることである。「特別受益のあったこと」は証拠上明白なことではないか。

また、「物件目録記載のものに限られるとすれば」とする点は、実は実質的な遺産の範囲が「物件目録記載のものに限られないこと」は、証拠上、明らかなことではないのか。このように、原判決の結論を導く考え方を仔細に検討してくると、それは、原判決が既に、「一定の結論」を予定した上での、苦しい理由づけの何ものでもないといわざるをえない。

3.まとめ

以上のとおり、原判決が自らの結論を導き出すための理由に結びつけようとする各事実について検討を重ねてくると、それらはいずれも、証拠を無視した、独善的な認定であるといわざるをえない。

(1) 重ねて分割協議書の規定を中心に検討してみても、その問題点を次のとおり指摘できるのである。

<1> まず、(代償分割と解釈される規定)どおりの代償金の支払があるのは当然であること。

<2> 原判決が山本紘三によって上告人に対する代償金の立替払いがあった事実を認めていることは、とりも直さず上告人が信衛の取得した売買代金からの支払を直接に受けていないことが明白であること。

<3> また分割協議書の規定が代償分割と解されるものであれば、信衛が本件借地権を「単独相続」し、他の共同相続人に対して代償金債務を負担する積極的な「理由」があったとすることは明白であるのに、原判決はそのような理由が「見当らない」としていること。

<4> 更に、以下に述べるところは、前述したところと若干重複するけれどもあえて指摘すると、原判決は信衛の経済的に匹迫した状況を認定しながら((注)判決はそのような「側面」というが、当時の信衛の経済的状況は「側面」等という生易しいものではなかった筈である。)、信衛にかかる譲渡所得税が「約二億六〇〇〇万円」にのぼるのに、「信衛が本件遺産分割で実質的に取得するのは七〇〇〇万円」にすぎないから「所得税だけを考えても一億二〇〇〇万円」「地方税も含めれば二億円近い持ち出しになる」こと、「信衛に支払われるべき七〇〇〇万円は、実質上信衛が取得することになっていた(甲三二)としても、なおかなりの持ち出しになる。」として、自らの結論を導き出すための理由としていること。しかし、その認定は次に挙示する証拠を無視した事実認定が行われたというべきである。

即ち、信衛が取得した遺産の総額は、まず信衛の取得した七〇〇〇万円の他に信衛名義の七〇〇〇万円を信衛が取得したこと(甲第三〇号証)は明らかであるから、信衛はこれを含めて一億四〇〇〇万円を実質的に取得したことになる。そして、更に、信衛は幸枝名義の七〇〇〇万円も取得した(甲第三一号証)ことは明らかである。従って、この点だけでも信衛は計二億一〇〇〇万円を取得したことになる。加えて、信衛は本件借地権以外に、父信三経営の会社の株式乃至経営権を本件分割協議前に事実上取得し、狛江の不動産等も取得していたから、その総額は右二億一〇〇〇万円プラス数億円を実質的に取得したことになる。従って判決のいうような「七〇〇〇万円に過ぎない」ものではなかったこと、「かなりの持ち出しになる」ような僅少の取得ではなかったこと明らかだからである。この一点をとりあげてみても原判決が、自らの結論を導くために証拠を無視したところの誤った事実認定を行ったことが明白である。

(2) 更に原判決が、右事実に加えて「乙第五号証(関澤信衛の聴取書)を考え併せれば」として引用する同信衛の聴取書が、既に指摘したように実は分割協議書成立時から約七年後に、国税当局によって本裁判目的のために作成されたことの経過を考えれば、それが全く信用性のないものであることは前述したとおりである。

(3) また原判決は、「肝心の信衛に説明し、その納得を得たものとは到底認めることができず、これに反する証拠(乙六、小池証言)は信用できない」とするが、信衛の代理人であり、同人の債権者として信衛のために本件分割協議に関与していた山本紘三の説明書(甲第二〇号証)に照らし検討すれば、信衛が本件遺産分割の内容を本件遺産分割協議書記載のとおりに理解し、署名押印したことは否定すべきもないのである。遺産分割協議書の規定上、それが代償分割としてしか理解しようのない同協議書に信衛が自ら署名押印したことは、信衛が右協議書の規定・内容どおりに納得し理解していたことを示すものである。

このように、この点についてもその疑問の余地がないにも拘わらず、原判決が、代償分割について信衛が「その納得を得たものとは到底認めることができ」ないと論ずるのは、証拠を無視した独善的な見解といわざるをえない。

(4) そして、上告人を含めた他の共同相続人が代償分割を定めた遺産分割協議書の記載を内容とする協議(意思表示)を成立させ、代償分割を合意したことは原判決も認めるとおり明らかな事実なのである。

(5) したがって、全共同相続人が代償分割を合意したことは明白である。

第三、最後に――本件課税処分の過程・経過の問題点

一、本件課税処分は、被上告人において処分およびその前提となる構成が二転三転し上告人を著しく不安定な地位に置き続け、納税関係がすべて処理済みであったのを不意打ち的に覆して断行されたものであり、処分の過程・経過においても極めて異常かつ問題のあった事案であることを裁判所は十分認識すべきである。

すなわち、被上告人は、遺産分割協議が成立した後四年以上も経過したのちに、それまで何の課税処分も行って来なかった(当然譲渡取得税は生じないとの前提であったと考えられる。)にもかかわらず、いきなり上告人に対して関澤信衛が単独相続したことを前提としたうえで贈与税の課税処分を行った。上告人は、代償分割であることを理由に異議を申し立てたところ、被上告人が贈与税課税処分を取り消すことを条件として異議の申立てを取下げ、被上告人は、約束どおり本件分割が代償分割であることを認めて贈与税の課税処分を取り消した。これで課税問題はすべて処理されたはずであった。被上告人は、除斥期間経過際になって今度は共同相続を前提として換価分割であるとして本件課税処分を行ったのである。

右経緯は、被上告人がどうにかして理屈(それが無理な構成であると否とにかかわらず)をつけて課税しようとした本件課税処分の異常性を如実に示している。

二、本件課税処分の結果、課税庁は、上告人に対しての他の相続人と比較して極めて不公平な取扱いを行って、妻としての相続権を実質的に否定し去り、今、また上告人の財産の多くを奪って裁判を受ける権利すら否定しようとしているのである。

三、上告人は、裁判所が右事情を十分勘案して本件課税処分を取り消し、法の公平・公正の理念を実現することを強く求めるものである。 以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例