大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)98号 判決 1993年3月30日

上告人

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

志岐守哉

右訴訟代理人弁護士

吉井参也

同弁理士

大岩増雄

高田守

竹中岑生

被上告人

株式会社ソディック

右代表者代表取締役

古川利彦

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

安田有三

同弁理士

高野昌俊

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人吉井参也、同大岩増雄、同高田守、同竹中岑生の上告理由について

一原審の確定した事実関係は次のとおりである。

1  本件発明の特許請求の範囲の記載は、「加工材と加工電極との間の加工電圧と基準電圧との差電圧に応動し加工材または加工電極を相対的に駆動するサーボ装置と、予定された加工形状を前記加工電極が追跡するようにデジタル量として指令信号が記憶されている記憶媒体と、前記指令信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各指令信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記記憶媒体を移動しかつ前記加工材と加工電極との短絡に際しては前記記憶媒体を逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得ることを特徴とする数値制御通電加工装置。」というものである。

2  特許庁は、昭和六〇年九月二四日、本件発明は、その先願に当たる昭和四三年特許願第四一〇二九号の発明(以下「先願発明」という)と同一の発明と認められるとして、被上告人の本件特許を無効とする旨の本件審決をした。

3  先願発明の特許請求の範囲の記載は、「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定され加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有するデジタル制御による通電加工装置。」というものである。

二原審は、被上告人主張の主位的な審決取消事由を理由があるものと認め、先願発明には、本件発明における「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」との構成(以下「逆方向軌跡の構成」という)は、先願発明についての明細書の発明の詳細な説明の欄から読み取ることができるものの、特許請求の範囲にはその記載がないことを理由に、この記載の構成を先願発明の構成に加えて先願発明の要旨を認定し先願発明を本件発明と同一のものとした本件審決は違法であるとして、これを取り消した。

三しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

原審の確定したところによると、先願発明の前記特許請求の範囲の記載は、数次の補正を経ているものであり、逆方向軌跡の構成に当たる文言は前記の特許請求の範囲の記載に補正される前には存在していたところ、先願発明に係る特許出願における審判手続で、右の「文言は所望の動作を述べたものとしか認められない。動作は発明の構成に欠くことができない事項に該当しない。」との拒絶理由通知が示されたことから、先願発明の特許出願人は逆方向軌跡の構成に当たる文言を削除する補正をしたというのである。これによると、逆方向軌跡の構成は単に他の構成から生ずる作用を示したにすぎず、したがってまた、本件発明の逆方向軌跡の構成も、発明の構成に欠くことのできない事項には当たらないと認める余地があるというべきである。しかるに、原審はこの点について何ら説示を加えないまま、逆方向軌跡の構成の文言の有無のみをもって、本件発明と先願発明の同一性の有無を判断したものであり、原判決にはこの点において理由不備の違法があるといわなければならない。

また、先願発明の特許請求の範囲の記載にある「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成は、逆方向軌跡の構成を包含するものであることが明らかであるところ、逆方向軌跡の構成が、発明の構成に欠くことのできない事項に当たるとすれば、被上告人の本件発明は逆方向軌跡の構成のみを採択したものであるといわなければならない。この点に加え、その余の構成すべてにおいて本件発明は先願発明と同一のものであるとするならば、本件発明は、先願発明の構成に更に限定を加えたものにほかならないことになる。そして、被上告人は、逆方向軌跡の構成以外の構成においては、本件発明は先願発明とすべて同一のものに帰するとした本件審決の認定を争っておらず、また、本件発明の構成が先願発明の構成に包含されるとしても、なお本件発明と先願発明との同一性を否定することができるような特段の事情についての主張はないから、本件発明は先願発明に包含されるものであり、先願発明と同一の発明であるというべきである。他方、右にみたところからすると、逆方向軌跡の構成が、前記のように他の構成から生ずる作用を示したにすぎないものであるとすれば、本件発明が先願発明と同一の発明であることはいうまでもない。そして、更に進んで本件をみるのに、本件発明と先願発明の対象となっている通電加工装置のうち、特に線状電極を用いて任意の連続形状を加工する態様のものにおいては、先願発明の「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成を採択すれば、加工電極は追跡軌跡を逆方向にたどる以外の作用を呈することはないのであって、先願発明においても、逆方向軌跡の構成が包含されていることは明らかである。そのような通電加工装置においては、本件発明と先願発明は同一の構成に係るものであることは疑問の余地がなく、結局、本件発明は先願発明に包含されるもので、先願発明と同一の発明といわざるを得ない。

原判決には、特許法三九条一項の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響することは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。本件発明が先願発明と同一のものであるとした本件審決の認定に違法があるとする被上告人の主位的な審決取消事由は失当である。

四ところで、被上告人は、先願発明について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした明細書の補正はその要旨を変更するものであり、その特許出願日は本件発明の特許出願日よりも後の日に繰り下がるものとされ、先願発明は本件発明の先願とはいえないことになるから、先願発明が本件発明の先願に当たるものであることを理由に本件発明は特許を受けることができなかったとした本件審決は違法であるとの予備的な審決取消事由を主張している。この事由については、本件審決で明示の判断が示されていないところであるが、本件審決は、先願発明は本件発明の特許出願日より前の日に特許出願されたものに係るものであると認定しているのであるから、その前提として、先願発明には要旨変更を伴う明細書の補正はなかった旨の黙示的な判断を加えていることが明らかであり、本訴においては、進んで、予備的な審決取消事由について審理判断をする必要がある。そこで、予備的な審決取消事由の存否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)

上告代理人吉井参也、同大岩増雄、同高田守、同竹中岑生の上告理由

一 まえがき

原判決は『引用発明の要旨の認定に当たって特許請求の範囲に記載されていない「短絡事故に際し加工物または電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっている」ことを加えて認定し、その結果、本件発明と引用発明は実質的に同一の発明であるとした本件審決の認定判断は誤りである』(判決書九三頁五行〜一〇行)との判断を下した。しかしながら、原判決には、特許法第三九条第一項の規定の解釈、適用において判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、また理由不備の違法がある。

二 上告理由

原判決は、特許法第三九条第一項の解釈、適用を誤っており、右は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があり、また理由不備であるから、破毀されるべきである。

(一) 原判決は、本件発明と引用発明とが特許法第三九条第一項の規定の適用のうえにおいて同一の発明であるかどうかを判断するに際して、次のとおり説示している。

(1) 原判決が特許法第三九条第一項の規定につき示した法律解釈

原判決は、

「特許法第三九条第一項の同一性の判断に当たっては、先願と後願の特許請求の範囲に記載された事項を対比すべきものであり、先願の特許請求の範囲の記載内容に表された技術的思想を理解するために明細書の発明の詳細な説明の欄の記載を参酌することができるのは当然であるが、他方、明細書の発明の詳細な説明の欄の記載からすれば発明の必須の構成とされている事項であっても、特許請求の範囲に全く記載されていない事項を記載があるものとすることはできないものというべきである。」

との基本的立場のもとに、「特許請求の範囲に記載された事項」と認め得る場合として、左記の三つの場合を挙げている(判決書九〇頁五行〜九二頁九行)。

① 特許請求の範囲の記載中に当該構成の直接の記載(上告人注・「明文をもってする記載」)がある場合(以下「第一の態様」という)。

② 特許請求の範囲には直接の記載はないけれども、実質的には当該構成が記載されている場合。すなわち、発明の詳細な説明の欄の記載を参酌しなくても、特許請求の範囲の記載それ自体が、実質的には当該構成を記載している場合(以下「第二の態様」という)。

③ 特許請求の範囲には直接の記載はないけれども、発明の詳細な説明の欄の記載を参酌すれば、特許請求の範囲の記載中には、実質的には当該構成を表すものであると解することのできる記載があると認められるが故に、実質的には当該構成が記載されている場合(以下「第三の態様」という)。

(右の第一、第二、第三の態様という名称は、上告人が便宜上つけた名称である。)

(2) 原判決が本件事案につき示した判断

原判決は、特許法第三九条第一項の規定を右のように解釈したうえ、後願の本件発明(特願昭四三―六五一八二号、特公昭四八―三七三二〇号)を先願の引用発明(特願昭四三―四一〇二九号、特公昭五三―一三八三八号)と対比して、本件発明と引用発明とは実質的に同一の発明であるとは認められないとの判断を下したのであるが、その理由として述べるところは、次のとおりである。

本書面末尾添付の「本件発明と引用発明との各特許請求の範囲の文言の対比表」(別紙第一表)に記載のように、本件発明は第一ないし第六構成要件から成り、一方、引用発明は、第一ないし第四および第六構成要件から成っている。しかして、両発明の第一ないし第四および第六構成要件はそれぞれ対応し、文言上の相違は、引用発明は第五構成要件を明記していないところにある。つまり、引用発明の特許請求の範囲には、「短絡事故に際し加工材または加工電極が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっている構成」(判決は「逆方向軌跡の構成」と略記している。―判決書二一頁九行)が明記されていない。

ところで、引用発明の「特許請求の範囲に記載された事項」につき前記の三つの場合の視点から検討すれば、

(a) 引用発明の特許請求の範囲の記載中には「逆方向軌跡の構成」について直接の記載はない。すなわち、第一の態様に当たらない(判決書九二頁一行〜三行)。

(b) 発明の詳細な説明の欄の記載を参酌しないで引用発明の特許請求の範囲の記載を見た場合、その記載には、実質的には、「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載は認められない。すなわち、第二の態様に当たらない。(判決書九二頁三行〜四行)。

(c) 引用発明の発明の詳細な説明の欄の前記認定のような記載を参酌しても、引用発明の特許請求の範囲の記載中には、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載は認められない。すなわち、第三の態様に当たらない。(判決書九二頁四行〜八行)。

判決は、以上(a)、(b)、(c)の認定のもとに、引用発明の特許請求の範囲に「逆方向軌跡の構成」を加えることはできないとの判断を示した。

(二) 上告人が不服とする点

上告人は、原判決が特許法第三九条第一項の規定につき示された一般的な法律の解釈について異論はないが、本件事案について示された判断適用について不服とするものである。すなわち、前記(b)および(c)の認定は、特許法第三九条第一項の解釈適用を誤ったものであり、理由不備と言わねばならない。

(1) まず、(b)の認定について述べる。

原判決は、前記のように引用発明は第二の態様に当たらないと認定している。

しかしながら、引用発明の特許請求の範囲の文言には、構成として第一ないし第四構成要件および第六構成要件が明記されているが、この記載のみによっても(発明の詳細な説明の記載の助けを得ないでも)、「逆方向軌跡の構成」が実質的に記載されていると充分に認めることができる。

すなわち、第一構成要件は、「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動する」とあるが、これは短絡に際しても応動することを意味している。

次に、第四構成要件は、短絡に際してテープ(第二構成要件である予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記憶されているテープ)を逆方向に移動させる制御装置が働くことを意味している。

また、第三構成要件は、逆方向に移動するテープの信号を読み取リサーボ装置に伝達することを意味している。

さらに、第一構成要件に「電極または加工物を相対的に駆動するサーボ装置」とあるのは、右のように読み取られたテープの信号に基づいて、加工物または加工電極を逆方向に動かすことを意味している。

右のように各構成要件中に部分的に記載されている逆方向軌跡の構成を、そこに用いられている文言のみによって総括すれば次のような表現になるが、それは正しく逆方向軌跡の構成なのである。

「短絡に際し、サーボ装置が電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し(第一構成要件)、予定された加工形状を電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記憶されているテープ(第二構成要件)を制御装置により逆方向に移動させ(第四構成要件)、この逆方向に移動するテープの信号を読取装置により読み取りサーボ装置へ伝達し(第三構成要件)、サーボ装置が読み取られたテープの信号に基づいて加工物または加工電極を相対的に駆動する(第一構成要件)。」

このように、第一ないし第四の構成要件は右のような技術的内容を包含するものであるから、引用発明の特許請求の範囲には、「逆方向軌跡の構成」(第五構成要件)が実質的に、かつ完全に記載されていると認めることができる。

ひるがえって、本件発明において、第五構成要件が明記されているのは何故であるかということを探求しておく必要があるが、本件発明において第五構成要件が明記されているのは、「逆方向軌跡の構成」を「まとめ」て明らかにしておく意味において記載されていると解するのが正当である。換言すれば、「逆方向軌跡の構成」は第五構成要件として二重に記載しなくても、技術的範囲に差異はないのである。

右の次第であるから、引用発明においては、前記第二の態様において「逆方向軌跡の構成」が特許請求の範囲に記載された事項として存在していると言わなければならない。

しかるに、原判決は、前記のように第二の態様に当たると解することのできる記載は認められないとの結論を示しているだけである(判決書九二頁三行〜四行)。しかしながら、前記のように引用発明の特許請求の範囲を一読すれば、「逆方向軌跡の構成」を読みとることができるし、ことに引用発明の第四構成要件には、「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる」との記載が存在するのであるから、原判決のように、第二の態様に当たらないとの結論を示すに際しては、少なくとも第四構成要件中の右の文言が「逆方向軌跡の構成」と何ら関わりのない表現であることにつき、判決にその理由を付する必要があると考えられる。

したがって、その点についての説示を欠く原判決は、特許法第三九条第一項の規定の適用を誤り、また、判決に理由を付せず、判断遺脱であると言わなければならない。

(2) 次に、(c)の認定について述べる。

原判決は、引用発明の発明の詳細な説明の欄の記載を参酌しても、引用発明の特許請求の範囲の記載中には、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載は認められないのであり、第三の態様に当たらないとの判断を示している(判決書九二頁四行〜九行)。

しかしながら、前記のように、引用発明の特許請求の範囲の文言自体に「逆方向軌跡の構成」が実質的に記載されているのみならず、引用発明の発明の詳細な説明の欄に記載されている発明の目的、構成、効果さらに実施例を読めば、「逆方向軌跡の構成」は実質的には特許請求の範囲に記載された事項であると認めるべきものであることは、ますます明らかであると思料する。

すなわち、引用発明の本質的な技術は短絡に際して如何に対処するかという技術であり、それを解決課題(目的)として明記し(<書証番号略>)、解決手段(構成)を詳しく説明し、好適な実施例(第4図に示された実施例―判決書八〇頁九行)によって更に具体的に示し、また、その効果を記載し(<書証番号略>)ているのであって、これらの記載は特許請求の範囲の記載と完全に符号しているものであり、また、出願当時の特許法第三六条所定の明細書の作成方法を完全に遵守している。

しかるに、判決は、単に第三の態様に当たらない旨述べるだけであって、前記の第四構成要件の「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる」との文言その他第一ないし第四の構成要件の文言が、発明の詳細な説明に示されている解決課題、解決手段、効果の記載ならびに実施例に支持されて「逆方向軌跡の構成」が特許請求の範囲に記載された事項を形成していることを看過している。

しかも、判決は、「引用例の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、右3のとおり、逆方向軌跡が引用発明の目的とされており、右4、5のとおり、実施例においては、テープが正方向の送り状態にある場合と、短絡が生じて、テープが逆方向の送り状態にある場合とを明確に区別しており、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解し、線状電極又は加工物が追跡軌跡を逆方向にたどり得るための解決方法が記載されていて、逆方向軌跡を達成する具体的手段が開示されているものである」(判決書九一頁三行〜末行)との積極的認定をされているのにかかわらず、前記の構成要件の文言「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる」との文言との関連性について説示されていないのである。

この点もまた特許法第三九条第一項の規定の適用を誤り、また、判決に理由を付せず、判断を遺脱していると言わねばならない。

三 上告理由を支持する若干の点について次に述べる。

(一) 引用発明の出願人が昭和五二年一一月二八日付け手続補正書(<書証番号略>)によってした補正は、引用発明の「特許請求の範囲に記載された事項」が「逆方向軌跡の構成」を包含していると認定することの妨げとならないことについて

(1) 原判決の認定

原判決は引用発明の出願人が昭和五二年一一月二八日付け手続補正書で、特許請求の範囲から「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」とある部分を削除したことについて、次のとおり認定している。

すなわち、『引用発明の出願人は、右最終補正前の「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」との記載がなくてもその前に記載された構成に逆方向軌跡の構成が含まれるものと判断を誤り、右の記載は引用発明の構成に欠くことのできない事項ではないとして、自らの判断で、ことさらに右の記載を削除したものであり、その結果、引用発明の特許請求の範囲には、引用発明が「逆方向軌跡の構成」を有する旨の直接の記載も、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載も、更に引用例の発明の詳細な説明の欄の前記認定のような記載を参酌して実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載もない状態になったものであることが明らかである。』(判決書九八頁四行以下)と認定している。

(2) 右についての上告人の見解

しかしながら、出願人がした削除は、特許請求の範囲に記載された事項から「逆方向軌跡の構成」を削除する意図を出願人が示したものと解することはできないし、またそのような結果を招来すると解することは到底できない。

すなわち、前記の文言の削除は、審判官が拒絶理由通知書(<書証番号略>)によって「右文言は所望の動作を述べたものとしか認められない」と指摘されたのを受けて、出願人は、手続補正書と同日付けの意見書(<書証番号略>)において当該文言は「その前に記載した本願発明の構成から得られる一つの作用状態を記載したものでありますので削除します」とわざわざことわり書をして補正したものである(判決書九六頁一行〜九八頁三行)。この経過によってみれば、削除された文言(第五構成要件)を、拒絶理由通知書は「動作」と解し、出願人は「作用状態」と解し、共に構成要件と見ていない。一方、上告人は当該文言は、前記のように、他の構成要件の中に記載されている「逆方向軌跡の構成」の「まとめ」として二重に記載したものと解するのであるが、いずれにしても、当該文言の削除は、引用発明が「逆方向軌跡の構成」を含まない発明に変化したことを意味するものではないのである。

(ちなみに、前記のように補正によって削除された部分を除くその余の特許請求の範囲の記載が「逆方向軌跡の構成」を記述していると解すべきことについて、審判官ならびに出願人の見解と上告人の見解との間には何らの差異はみられない。ただ、削除に係る部分を審判官ならびに出願人は「動作」「作用状態」と解するのに対して、上告人は「逆方向軌跡の構成」を二重に記載したものであると解する点において相違がみられる。しかし、この点の相違は、上告理由を左右するものではない。何故ならば、いずれの見解によっても、「逆方向軌跡の構成」は第二の態様もしくは第三の態様にて、削除された部分を除くその余の特許請求の範囲の記載によって実質的に記載されていると認められるからである。)

(二) 特許法第三九条第一項の規定は、第三者が重複特許によって長期にわたり実施を制限されることを防止することが目的であるといわれているが、原判決の判断に従うときは、右の目的を達成することができないことについて

原判決は、引用発明の「特許請求の範囲に記載された事項」には「逆方向軌跡の構成」を包含していないとの理由によって本件発明と引用発明とは同一でないと判断され、結局本件特許は有効であるとの結論を示された。

この結果、引用発明の特許権者も本件発明の特許権者も、共に、それぞれの特許発明の技術的範囲に属する第三者の権原なくしてなした実施行為に対して、特許権侵害として差止請求権および損害賠償請求権を有する。

ところで、引用発明については、その「特許請求の範囲に記載された事項」には、前記のように第二の態様もしくは第三の態様において「逆方向軌跡の構成」が包含されていると特許権侵害訴訟を担当する裁判所において判断される蓋然性が極めて高いと考えるのが正当である。

したがって、原判決の立場をとるときは、第三者は引用発明の特許権のほか、本件発明の特許権に基づいて、同一の行為について特許権侵害の追及を受けることになるのであり、特許法第三九条第一項の規定が防止しようとした重複特許による弊害が発生するという不都合が生じる。

別紙

第一表  本件発明と引用発明との各特許請求の範囲の文言の対比表

本件発明

(ソディック特許の特許請求の範囲第1項に記載された発明)

引用発明

第一構成要件

加工材と加工電極との間の加工電圧と基準電圧との差電圧に応動し加工材または加工電極を相対的に駆動するサーボ装置と、

電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極または加工物を相対的に駆動するサーボ装置、

第二構成要件

予定された加工形状を前記加工電極が追跡するようにデジタル量として指令信号が記憶されている記憶媒体と、

予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記憶されているテープと、

第三構成要件

前記指令信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、

前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、

第四構成要件

前記各指令信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記記憶媒体を移動しかつ前記加工材と加工電極との短絡に際しては前記記憶媒体を逆方向に移動させる制御装置とを有し、

前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有する

第五構成要件

短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得ることを特徴とする

第六構成要件

数値制御通電加工装置。

デジタル制御による通電加工装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例