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最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)678号 判決 1990年10月02日

東京都新宿区高田馬場二丁目一四番二号

上告人

フロイント産業株式会社

右代表者代表取締役

伏島靖豊

右訴訟代理人弁護士

荒木孝壬

福屋登

畑口紘

田中晋

右輔佐人弁理士

富田幸春

武田賢市

大阪市西区靫本町一丁目六番六号 華東ビル

被上告人

株式会社 パウレック

右代表者代表取締役

高嶋武志

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(ネ)第五六八号特許権侵害差止請求事件について、同裁判所が平成二年一月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒木孝壬、同福屋登、同畑口紘、同田中晋、上告輔佐人富田幸春、同武田賢市の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(オ)第六七八号 上告人 フロイント産業株式会社)

上告代理人荒木孝壬、同福屋登、同畑口紘、同田中晋、上告輔佐人冨田幸春、同武田賢市の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな経験則違背、及び、特許法第七〇条の解釈違背がある。

一、はじめに

本件発明は、医薬用錠剤等の粒体(以下「錠剤」ともいう)に、特定の薬剤層や糖衣などを被覆(コーテング)させ、さらにその上に仕上げ用のコーテングを行う機械装置に関するものである(甲第一号証一欄二五乃至二七行参照)。

右コーテングのためには、粒体を回転する容器の中に入れて、回転させ、かつその中に乾燥空気を流通させる方法がとられているが、本件発明は、錠剤層に効率的に乾燥空気を流通させてコーテングを行うことを目的としている。

本件発明の構成要件は次のとおりである。

A 横型ドラム状回転容器の周壁数個所を適当な広さの多孔板で形成すること。

B その各多孔板部分を容器外周面から吸引ダクトで被覆すること。

C そのダクトの外端を容器後面の固定排気管に容器の回転で特定の位置に回転してきたときに流通するようにすること。

D 容器前面の開口部に送風口を臨ませたこと。

E 以上を特徴とする粒体被覆機であること。

原判決は、被上告人の機械装置は、構成要件Aを充足しないものとして上告人の請求を斥けているが、以下に述べるとおり経験則上明白な誤りがあり、かつ、特許法第七〇条に違反する。

二、構成要件Aの「周壁」とは最大外周部分のみを指し、テーパ部分は含まれないという、原判決の判断について

1.構成要件Aにいう回転容器の周壁とはどこを指すかを考えるには、粒体被覆機における回転容器の機能、意義をまず考える必要がある。

<省略>

緑 回転容器

青 テーパ部分

赤 最大外周部分

橙 錠剤

右図(本件特許発明の明細書実施例図)によると軸を中心に回転容器が回転することになる。ここにおいて、回転容器とコーテングされる粒体との関係で最大外周部分とテーパ部分の果たす機能及び意義を考えると、両者を区別する理由は全くない。何故なら回転容器が回転する際には、粒体は最大外周部分及びテーパ部分によって構成される容器内の下方部分で転動し、かつ、最大外周部分及びテーパ部分に等しく接することになるからである。

次に構成要件Aの「周壁数個所を適当な広さの多孔板で形成し」という点から、「周壁」の意義を考える。右多孔板は、容器内に乾燥空気を流通させるための孔であることは、論ずるまでもなく明白であるが、空気は自由に空間を移動するものであるから、回転容器内において、最大外周部分とテーパ部分との何れに多孔板を設けるかによって何らの差異を招来しない。

すなわち、粒体被覆機における回転容器の機能、意義の点からみて最大外周部分とテーパ部分を区別する理由は全くないのであり、だからこそ、特許請求の範囲において「テーパ部分」に何ら言及していないのである。

また、そもそも「周壁」とは「まわりの壁」(広辞苑)、あるいは「まわりにめぐらされた壁」(大辞林)のことであり、「テーパ部分」がまわりの壁であることは、あまりにも明らかである。

以上より「構成要件Aの「周壁」とは最大外周部分のみを指し「テーパ部分」は含まれない」との原判決の判断は経験則上明らかに誤りである。

なお、この点、被上告人の製品の特定において、各物件目録の(イ)の項に「周壁に多数の細孔が分布している」との記載があるが、ここでいう周壁とは、原審で上告人が主張しているとおり、「最大外周部分」の意であ

り、本件特許発明の特許請求の範囲に記載されている「周壁」とは異なることを念のため指摘しておく。

原判決は、右のような、あまりにも明白な経験則違背に基づく判断を出発点として構成要件Aを解釈しているから、破棄を免れないのである。

なお、原判決のいう「周壁」と上告人のいう「周壁」の違いを図で示すと左の通りであり、この図を見れば原判決の判断の誤りはより一層明らかである。

原判決のいう「周壁」

<省略>

青 テーバ部分

赤 周壁

上告人のいう「周壁」

<省略>

緑 周壁

青 テーバ部分

赤 最大外周部分

2.周壁の解釈に関し、原審が判断の根拠とした点も不合理である。

(一) すなわち原審は、まず、「本件明細書においては、従来技術において、最大外周部分と両側のテーパ面部分の三部分をもって回転容器全体としていること、並びに、本件発明の回転容器が、「周壁」、「容器前面」及び「容器後面」の三部分で構成されるとしていることが認められる」と認定(原判決三五丁表二行乃至一〇行)している。次に、それらの認定事実及び甲第一号証、第二九号証の各図面の記載によると、本件明細書上、「従来技術の最大外周部分」と「本件発明の周壁」、「従来技術のテーパ部分」と「本件発明の容器前後面」がそれぞれ対応すると認定(三五丁表一一行乃至三五丁裏三行)し、その結果、本件明細書上の「周壁」に「テーパ部分」は含まれないとするのである(三五丁裏三行乃至六行)。

(二) しかし、前提となっている事実認定には全く根拠がない。なぜなら、本件明細書(甲第一号証)中には、本件発明の回転容器が「周壁」、「容器前面」、「容器後面」の三部分からなるという趣旨の記載はどこにもないからである。それにもかかわらず、ただ単に「周壁」、「容器前面」、「容器後面」という文言が出てくるからといって、回転容器がこの三部分で構成されると認定することは不合理である。

このことは右1で検討した回転容器における最大外周部分とテーパ部分との持つ機能を考えても明らかである。

(三)(1) また、本件明細書上、「従来技術の最大外周部分」と「本件発明の周壁」、「従来技術のテーパ部分」と「本件発明の容器前後面」が対応しているとの認定もおかしい。なぜなら、甲第一号証、第二九号証の各図面を見ても、「従来技術の最大外周部分」と「本件発明の周壁」、「従来技術の回転容器両側のテーパ面部分」と「本件発明の容器前後面」がそれぞれ対応していることを窺わせる記載はどこにもないからである。

たしかに、回転容器が最大外周部分とテーパ部分とで構成されている点に限れば本件発明と従来技術とは類似するが、だからといって、当然に「従来技術の最大外周部分」に該当する部分を本件発明で「周壁」と言い、「従来技術のテーパ面部分」に該当する部分を本件発明で「容器前後面」といっていることにはならないこと余りにも明白である。

(2) かえって、本件発明の明細書(甲第一号証)中の「前面」、「後面」、「周壁」という文言からは、原判決の言うような対応関係のないことが明らかに認められる。

実施例は単なる一事例にすぎないが、この実施例をみて検討するに、まず「前面」という文言についてみると、二欄三三行の「前面に・・・の開口を有し」との記載によれば、図面上「開口」があるのは、明らかに回転容器の前端部分(切口の部分)であって、テーパ部分ではないのだから、「前面」とは回転容器の前端部分のみを指し、テーパ部分を含まないとしか解せない。また、三欄一行の「前面」という文言は、図面に示された通風管5と蓋6の位置関係から見て前端部分をさしているという外ない。さらに、三欄四行の「前面」も、図面から明らかなように転子8は回転容器の前端部分にあるのだから、やはり前端部分を指しているという外ないのである。

なお、三欄一二行の「容器後端に設けた排気ダクト3・・・」との記載は、一実施例における「容器後面の固定排気管」(一欄二〇行、二欄二〇行)の説明であるが、ここでは「後面」の説明として「後端」という文言を用いているのであるから、「テーパ部分」を含んでいないことは明白なのである。

従って、一欄二二行、二欄二二行にある「前面」という文言も、実施例図のように前端部分のみを指すと解釈するか、そうでなければ、特定の場所を指すのではなく、単に、容器の「前の方」を意味すると解釈する以外にないし、一欄二〇行、二欄二〇行にある容器の「後面」という文言にも同じことが言えるのである。

さらに、「周壁」という文言についてみるに、前述のとおり「周壁」を回転容器の最大外周部分に限定する趣旨の記載はどこにもないし、日常用語例に照らしても「周壁」を最大外周部分に限定することは全く不合理なのである。

三、「回転容器の数個所を部分的に多孔板で形成する」という文言の解釈について

1 原判決は、「本件発明において、多孔板は、回転容器の周壁の数個所を部分的に多孔板で形成するという構成に限られ、かつ周壁のうちその全面ないしほとんどが多孔板で構成されるようなものは含まれない」とする(三六丁裏八行乃至三七丁表四行。なお、ここにいう「周壁」とは最大外周部分のみを指しており、かかる限定が不合理であることは右二で主張したとおりである。)。

2 しかし、この判断も次に述べるとおり明らかに経験則に違反する。

(一) 原判決は、回転容器の最大外周部分の全面ないしほとんどが多孔板で構成されるものは構成要件Aに該当しないとし、「周壁の数個所」の文言及び「適当な広さの」の文言をその根拠として挙げる。

(二) しかし、「周壁に数個所」といえるためには、ある多孔板と他の多孔板が屈折部、ダクト等で区別されていればよいのである。この趣旨は原判決も四一丁表四行乃至六行で認めるところである。したがって、「周壁の数個所」の文言から「回転容器の最大外周部分の全面ないしほとんどが多孔板で構成されるものは構成要件Aに該当しない」といった限定が出てくる余地はない。

なお、原判決四一丁表六行乃至四一丁裏末行の論旨は必ずしも明らかではないが、四一丁裏三行乃至六行では本件発明におけるダクトと多孔板の果たす機能につき、「右機能を果たすために、容器周壁の全面ないしほとんどを多孔板で形成し、これをダクトで被覆するという構成は必要でないことが認められる」とされ、右の如き構成であってはならないとは認定されていないのである。ということは、逆に言えば、本件発明は右のような構成であってもよいということを原審自身認めているのである。

(三) また「適当な広さの」という文言は、多孔板それ自体に関することであり(原判決も、三六丁表二行乃至三行において「適当な広さ」という文言が多孔板の構成を規定したものである旨を認めている)、この文言は、多孔板と多孔板との間に無孔部分が必要かどうかなどといったこととは全く無関係である。したがって、この文言からも「回転容器の最大外周部分の全面ないしほとんどが多孔板で構成されるものは構成要件Aに該当しない」といった限定が出てくる余地はないのである。

(四) さらに、本件発明の作用効果の点からみても、無孔部分の有無による作用効果上の差異は全くない。原判決は全面多孔のものと帯状板のあるものとで作用効果上の差異はないとするが(三九丁表六行乃至八行)、帯状板も無孔部分であることは言うまでもないのだから、結局、無孔部分があってもなくても作用効果は同じなのである。したがって、作用効果の点からも、右の如き限定が不合理であること明らかである。

3 また、原判決は、「発明の詳細な説明」中の単なる一実施例のみを根拠として、特許請求の範囲を単なる一実施例に限定してしまったのであるが、このような特許請求の範囲の限定が経験則違反となるのみならず、特許法第七〇条の解釈を誤ったものであることは明らかである。

そもそも特許法第七〇条の「特許請求の範囲」の意義を解釈するに当たっては、原判決も言及するように(三七丁裏一〇行乃至三八丁表四行)発明の詳細な説明や実施例図面を参酌することも許されると解される。

しかしながら、言うまでもなく、発明の詳細な説明の記載は、当業者に実施可能な程度に技術を公開することを目的とするものであり(特許法三六条三項)、特許請求の範囲の記載を限定することを目的とするものでないのだから、特許請求の範囲を単なる一実施例に限定することが許されるはずがない。

この点につき、原判決は、多孔板の回転容器の周壁に対する割合について本件明細書に明確な記載がないこと、及び、本件明細書には唯一の実施例しか示されていないことを理由に、唯一の実施例の記載を参酌して本件特許請求の範囲の意義を解釈するのは当然であるとする(三八丁表四行乃至三八丁裏二行)。

しかし、原審のしたことは、特許請求の範囲を単なる一実施例に限定すること以外の何物でもなく、「実施例の参酌」などとは到底言えないものである。

さらに、原判決が挙げる右限定の理由も全く不合理である。まず多孔板の回転容器の周壁に対する割合について本件明細書中に記載がないとの点について検討するに、このような記載がないのは割合などが全く問題にならないからにほかならない(無孔部分の有無、その割合によって作用効果上何らの差異も生じないことは前述のとおり)。また本件明細書に唯一の実施例しか示されていないという認定についても本件発明の実施例がこれ以外にはおよそありえないという意味ならば、明らかに誤りなのである。なぜなら、本件明細書にも図面にも、他に実施例はありえないという趣旨の記載は全くなく、かえって、本件明細書四欄二六行の「・・・以上は本発明の一実施例であるが・・・」との記載からは、本件明細書及び図面記載の実施例が、単なる一実施例にすぎないことが明らかだからである。

四、結論

以上から、「本件発明において、多孔板は、回転容器の周壁の数個所を部分的に多孔板で形成するという構成に限られ、かつ周壁のうちその全面ないしほとんどが多孔板で構成されるようなものは含まれない」とした原判決は、明らかに経験則及び特許法第七〇条に違背する。

以上

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