大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)100号 判決 1991年11月19日

上告人

土屋忠巳

上告人

髙木辰夫

右両名訴訟代理人弁護士

杉田邦彦

被上告人

松林俊己

右訴訟代理人弁護士

本多俊之

河西龍太郎

中村健一

宮原貞喜

右当事者間の福岡高等裁判所昭和六三年(ネ)第七七一号損害賠償事件について、同裁判所が平成元年一〇月一六日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人村田利雄、同杉田邦彦の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、上告人らの本件行為が違法なものとして不法行為に当たるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

(平成二年(オ)第一〇〇号、上告人 土屋忠巳 外一名)

上告代理人村田利雄、同杉田邦彦の上告理由

第一 原判決には、以下に述べるとおり、民法七〇九条の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄されるべきである。

一 原判決は理由三において「管理者が襟章着用の指示に従わない職員に対し、服務規律違反として対処するは格別、本人の意思に反して、実力をもって襟章の着用を強行することは、許容されないというべきである」(第一審判決七枚目裏七行目とし、「控訴人(上告人)両名の前記行為は、意思を共通にしてなされた被控訴人(被上告人)の意思に反する実力行為というべきであり、相当な方法による指導の範囲を逸脱した違法なものといわざるをえない「(第一審判決七枚目裏一一行目から)と判示しているが、なぜ本人の意思に反する襟章着用行為が許されないかについての理由を示すところはない。さらに上告人らの「控訴人(上告人)らのした前記行為は、被控訴人(被上告人)の意思に反するものではなく、また、その程度も指導の範囲を越えない軽微な助成行為であって違法ではない」(第二審判決五枚目表三行目から)との主張に対しては、「前記電気技術センターの職場における管理職員らと国労組合員たる職員の対立状況のもとで、控訴人(上告人)らによる襟章とり着け行為に対して被控訴人がこれを容認しない意思を有していたことは明らかであり、控訴人(上告人)らもこれを十分認識していたものというべきであるし、控訴人らが被控訴人のかかる意思を無視して一方的に行なった前記行為をもって指導の範囲を超えない軽微で妥当なものと解することはできず、むしろ行き過ぎの感を免れない」(第二審判決五枚目表六行目)と結論づけているが仮に行き過ぎの感を免れないとしてもそのことが直ちに違法性を帯びることにはならないはずであって、原判決は違法性の有無についての詳査を怠っているとしか考えられない。上告人らの本件襟章とり着け行為が、被上告人の意思に反していないことは後に詳述するとおりであるが、原判決のいうとおり、仮に被上告人の意思に反していたとしても、上告人らの行為は違法なものでなく、民法七〇九条の不法行為に該当しない。理由は以下のとおりである。

二 不法行為というためには単なる有形力の行使にとどまらず、その有形力の行使が違法性を有するものでなければならない。そして、違法性の有無は、侵害される利益の種類、性質と加害行為の態様との相関関係によって決すべきものであり(我妻栄「事務管理・不当利得・不法行為」一二二頁等)、この相関関係理論について批判はあるものの、違法性の有無あるいは不法行為の成否にあたって、侵害される利益の種類、侵害の程度、方法、加害行為の目的等を総合的に勘案して違法性の有無あるいは、不法行為の成否が決せられることについては異論のないところであり、以下、順次違法性の有無について検討を加える。

1 被侵害利益の種類

本件において侵害された利益は、原判決からは明らかではないが原判決が「本人の意思に反して実力をもって襟章の着用を強行することは許容されない。」(第一審判決七枚目裏八行目から)と判示するところからみると、被上告人の意思決定の自由、あるいは身体的自由を侵害したと判断しているものと思われる。原判決は理由三において「日本国有鉄道においては、服制の定めのある職員は定められた服装を整えて作業することおよび制服の左右の各襟に襟章を着けることが義務づけられていたが、旅客公衆に接する職種及び部外者との識別を要する職種を除き、襟章の着用を省略することができることとされていたことが認められる。そして、前述のとおり、原告は本件事件発生当時、武雄温泉電力区電気技術センターにおいて電気技術係の職務に従事しており、弁論の全趣旨によれば、電気技術係職員は、電気設備の保全新設及び改良を主とする業務に従事し、その作業箇所は国鉄の駅構内はもとより、駅構外、国鉄宿舎等にも及び、旅客及び部外者と接触する機会も少なくなかったことが認められるから、原告(被上告人)は、部外者との識別を要する職種に従事していたというべきである。」(第一審判決七枚目表四行目から)と判示し、被上告人に襟章着用義務があることを認めているのである。

被上告人には、襟章着用の義務があるのであるから、襟章を着けるか否かについての意思決定の自由はないのであって、かえって着用しなければならない立場にあり、意思決定の自由といってもそれは自分自身ではなく他人の手によって勝手に着けられることはないというだけの狭い自由しかないと考えられるにすぎない。

2 侵害の程度

上告人らの行為が被上告人の意思に反していると仮定しても、その侵害の程度は原判決が認定しているごとく、「上告人高木が被上告人の制服の上衣の左襟を引っ張り、千枚通しで穴をあけ、襟章を一個つけ、次に上告人土屋が制服の右襟を引っ張り、まずボールペンで、次いで千枚通しで穴を開けようとしたが、被上告人が「作業に行くから止めてくれ」と言ったので、直ちに、右作業を中止したもの」(証拠略)であって、被上告人の身体的自由を拘束したのは、証拠上正確な時間は明らかではないものの、右事実関係から見るとわずか数分間にすぎないと考えられる。またその意思決定の自由の侵害についても襟章着用義務ある職員に対して管理者が再三にわたり着用の指示をしたにもかかわらず、被上告人ら職員がこれを無視したため、管理者が、その義務に従わせるべく襟章のとり着け行為を行ったものであって、前記1において述べたように、その自由についても業務上の義務ある職員が管理者の指示に従わない状況下の問題であってその侵害の程度はごく軽微なものと考えるべきである。

3 侵害の方法

襟章着用の方法については、原判決事実認定のとおりであり、上告人らは被上告人に危険が及ばないようにそれぞれ制服の襟を外側に引っ張り、千枚通し、ボールペンを用いて穴を開け、あるいは開けようとしたものでこれは当時の国鉄職員間において通常行なわれている極く普通の方法(証拠略)であって何ら問題はない。

4 行為の目的

当時、国鉄は莫大な赤字をかかえるなかで、経営の効率化が必要とされ、これと並行して、職員の規律の乱れが社会的に批判されることとなり、職員個々の職場内における規律を正して行くことが急務であって職場規律の確立があらゆる経営施策の基盤をなし、国鉄再建の前提であることから、これを喫緊の課題として、本社、鉄道管理局、現場が一体となりこれに取り組んでいたのである。このような状況の中で武雄温泉電力区においても、点呼を厳正に行なうことと共に、服装の整正に努めていくことに取り組んでいかなければならない情勢にあり、特に、本件事件当時は武雄温泉電力区電気技術センターが発足しての初めての上衣着用時期にあたり、服装の乱れを正し、襟章をきちんと着用させるためには絶好の機会であったところから、当日、襟章着用の指導がなされたのであって、被上告人がこの指導、業務命令に従わなかったので、上告人らが襟章をとり着けたのである。上告人らは、上部機関からの服装整正の一環としての襟章着用の指導という業務上の命令を忠実に履行するために、いいかえれば自己の業務遂行行為として襟章着用指導、そのとり着け行為を行ったもので、その目的は自らの業務を遂行するためという正当なものなのである。

原判決は、理由三において「管理者が原告(被上告人)に対して相当な方法によって襟章の着用を指導することは何ら違法なものではない。」(第一審判決七枚目裏五行目から)と判示しているが、そこにいう「相当な方法」とは具体的にどのようなものを指すのか明らかではないが、「管理者が襟章着用の指示に従わない職員に対し、服務規律違反として対処するは格別、……」(第一審判決七枚目裏七行目から)との判示からみると、原判決のいう「相当な方法」とは服務規律違反を理由とする懲戒処分をいうものと思われる。しかしながら、はたして業務命令に従わない職員に対し、直ちに懲戒処分手続をとることは管理者としてとるべき道であろうか。業務上の指示に従わない職員に対し、上告人らが行なったごとく襟章をとり着けてやり、服務規律違反としては不問にすることの方こそが、懲戒処分に付されるよりも職員にとってははるかに利益になるのであって、服務規律違反として対処することは他に方法のない最後の手段と考えるべきで、この点に関する原判決の判断は明らかに誤っている。

以上のように違法性の有無について、被侵害利益の種類、侵害の程度、方法及び行為の目的等を詳細に検討すれば、当然に上告人らの行為は違法性を有しないとの結論に達するはずであるにもかかわらず、原判決はこの点についての詳査、検討を怠り、本人の意思に反するという点だけをもって安易に違法であると判断しているものとしか考えられず、これは民法七〇九条の解釈適用を誤ったものであり、違法であって、これが判決に影響を及ぼしたことが明らかであるから破棄されるべきである。

第二 原判決には、採証法則を誤り、著しく経験則に反した違法がありこれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄されるべきである。

一 原判決は、「電気技術センターの職場における管理職員らと国労組合員たる職員の対立状況のもとで、控訴人(上告人)らの襟章とり着け行為に対して被控訴人(被上告人)がこれを容認しない意思を有していたことは明らかであり、控訴人(上告人)らもこれを十分認識していたものというべきであるし(被控訴人が控訴人らの行為に対して強い拒絶の態度を示したことは認められないが、このことは右の判断を左右するものではない)、控訴人(上告人)らが、被控訴人(被上告人)のかかる意思を無視して行った……」(第二審判決五枚目表六行目から)と判示し、被上告人が上告人らの襟章とり着け行為を容認していなかったと認定しているが、以下に述べるごとくこれは採証法則に反し証拠の取捨選択を誤ったもので明らかに経験則に反する。

二 原判決が、上告人らの襟章とり着け行為が被上告人の意思に反するものと認定した理由としては「前記電気技術センターの職場における管理職員らと国労組合員たる職員の対立状況のもとで……」(第二審判決五枚目表六行目)との判示から推察すると、このような対立状況のもとでは国労組合員たる被上告人が管理者たる上告人らによる襟章とり着け行為を容認するわけはないとの判断があるものと考えられる。しかしながら、これは明らかな誤りである。国鉄労働組合と当局が対立していたことは原判決指摘のとおりであるが、当時の主たる対立点は原判決が認定するごとく立席呼名点呼であり、また組合バッヂ着用、赤腕章の着用など組合本部から反対指令の出ている点であって、不着用の指示がなされていない襟章については、対立する状況にはなかったのである。被上告人ら職員は、全員が国鉄労働組合に所属し、組合的な仲間意識が強く、点呼で返事をしない、立たない、指定された場所へ出ない、組合バッヂや赤腕章着用などは組合の指示に基づくものであり(証拠略)組合役員である被上告人は、この組合の指示には忠実に従っていたのである。これに反して、襟章については、組合から不着用の指示はなく、この点は被上告人が「襟章を着けることは個人の意思に任されていた」と自認しており(証拠略)、また他の組合員も認めるところである(証拠略)。このように組合は襟章については、国労バッチ、赤腕章、ワッペンなどとの扱いは異にして不着用の指示はなされていなかったのであって、管理者の職員と国労組合員たる職員とが対立していたのは組合の指示が出されていた事項に関してであって、すべての事項について対立していたものではない。原判決は、この点について十分に検討することなく、当局と国労組合との対立状況下にあれば、組合員は管理者の行為に対し、ことごとく反対するものとの予断のもとに、安易に被上告人の意思に反すると結論づけており、これは証拠の詳査を怠り、その取捨選択を誤ったものと判断せざるを得ない。

三 さらに、被上告人は、第一審において「国鉄に入社後博多電力区に配属になったとき襟章の配布を受け、これを着けていたが、制服の洗濯のときの取り外しや取り付けが面倒ということと、他の者も付けていなく別段注意とか指示がなかったので着けなかった。そのうちに襟章をなくした」と供述しており(証拠略)、この供述からみると、襟章着用の有無について無関心であることがうかがわれるのであって、襟章着用に対し積極的に反対する意思はうかがわれないのであって、このことは自ら積極的に着用するつもりはないものの管理者がとり着けることにも別に反対しないとの意思を有していると判断するのが自然である。原判決が認定するごとく、国鉄労働組合と当局が対立する状況の下で、被上告人が上告人らの襟章とり着け行為を容認しない意思を有していたならば、被上告人は当時国鉄労働組合佐賀電気分会武雄温泉電力区電気技術センター班の副班長という組合役員をしていたのであるから明確に拒絶の態度を示していたはずである。原判決は、被上告人が上告人らの行為に対して強い拒絶の態度を示したことは認められないとの正しい結論に達していながら、国鉄労働組合と当局との対立を過大に評価し対立状況がすべてに及んでいるものと短絡的に誤った判断をなし、さらに被上告人が組合の役員であるとの事実認定をしながらこの点を全く考慮し忘れた結果、被上告人が上告人らの行為を容認しないとの誤った判示をなしたものであり、原判決が正しい経験則を適用していればこのような結論に達することは全く考えられないのであって、原判決には経験則違背の違法があり、直ちに破棄されるべきである。

以上いずれの点からみても原判決は違法であってこれが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきものである。

以上

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