大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成2年(あ)767号 決定 1990年10月16日

本店所在地

名古屋市昭和区曙町二丁目八番地

有限会社西幸商事

右代表者取締役

寺西直美

本籍・住居

名古屋市昭和区曙町二丁目八番地

会社役員

寺西直美

昭和一四年四月八日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、平成二年六月一八日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人有限会社西幸商事に関する弁護人小栗厚紀の上告趣意書は、上告理由の記載がないから、不適法である。また、被告人寺西直美に関する同弁護人の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項二号、三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

平成二年(あ)第七六七号

上告趣意書

被告人 有限会社 西幸商事

被告人 寺西直美

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は左記のとおり上告趣意書を提出する。

平成二年九月一日

右弁護人 小栗厚紀

最高裁判所第三小法廷 御中

原判決は被告人寺西直美に対し懲役一年八月の実刑に処した第一審判決の量刑が重過ぎで不当であるとは認められないと判示して、控訴を棄却したが、本件事案において同被告人に対し、執行猶予を付さなかつたのは、刑の量定が甚だしく不当であつて、これを破棄しなければ、著しく正義に反する。

まず原判決は本件犯行の動機は自己と四人の子の生活の安定及び資産の増殖を目的とするものであり、特段酌むべきところがないと判示する。

被告人には夫死亡後、長男裕紀(昭和五四年八月生)の養育が残されていたが、被告会社は休眠状態であり、手芸店ゆきは赤字状態であり、自分の生活をたて、長男の養育することに危惧をいだくあまり、被告人は夫敏が河村と立案した架空手数料計上の税務申告をしてしまつたものである。

夫をがんでなくした生活力のない妻が小学校に入つたばかりの子供を残され、生活を安定させるためにやむなく亡夫の指示に従つたものであり、被告人の置かれた立場をみれば、その動機は同情に値するものである。

次に原判決は犯行態様が架空の支払い手数料一二億六、二〇〇万円を計上し、後日の税務調査に備え、その証拠資料も捏造しておくなど悪質であると判示する。

本件は河村繁広の供述調書をみても被疑者調書になつているとおり、河村がかなり主体的な立場で関与したものである。

右河村は受領した支払手数料のうち一六%、約二億円を収受して、敏に対しこの範囲内で税金が処理できると確約したので、敏はその気持ちになつたものである。

河村と敏との間で、手数料の支払い、一六%収受し、残金を還流させ、全額について領収証の発行するなどの一連の手続が協議実行されたのである。

被告人は申告にあたり、すでに敏と河村とで計画実行されてきた方針をそのまま引き継いだにすぎないものである。

被告人は申告時にすでに準備されていた領収証を使用したにすぎないものであつて、原判決のいう捏造をなしたのは敏と河村とである。

架空支払手数料を計上したマルビシケミカル商事有限会社は、架空の会社ではなく、名古屋市中区大須三丁目八番二〇号に本店をおき、代表者河村繁廣、営業目的が人工大理石を使つた置物などの製造販売を目的とする実在の会社であり、河村供述調書によれば、従業員もおり、現実に営業活動もなし、関与の税理士もいる会社なのである。

従つて、仮に被告会社が領収証を整備して形式的に整つた申告書を提出することができたとしても、マルビシケミカル有限会社は膨大な手数料収入を計上することとなり、右会社が被告会社にかわつて法人税を申告することになるものである。

右会社が手数料を取得後解散し、代表者が行方不明になるようなことがあれば、確かにその架空の手数料が架空かいなか判明しないことになるが、実在の会社名義では、その会社が申告しなければ架空であることは直ちに判明することは火をみるより明かであつて、格別の巧妙な手段とも思えないものである。

河村自身も関与税理士の指導を受け、現金が通過するだけなら問題ないとの理解をしたものであり、たんに口座を貸しただけの経理処理をなしているものである。

従つて税務調査をされれば、容易に架空であることが判明するものであり、実際本件の調査過程で、そのことは直ちに明かにされたのであるが、極めて初歩的手段にすぎないものである。特別に悪質と言い難いものである。

次に原判決はほ脱した資金は他人名義で債券や不動産に再投資して更に利殖を計ろうとしたことをあげる。

他人名義で不動産を取得した点であるが、利殖をはかろうとしたのではなく、岐阜の物件は河村から有利な物件だからと強く売りこみを受けたものであり、その当時被告人としては河村には大変世話になつたと思つていたので、その申し出にことわりきれなかつたものである。

また、天白の物件は岩田直志が持ち込んできたものであるが、この岩田にも被告人は世話になつてきたので、やはりことわりきれず応じたものである。

いずれも亡夫の知人達が被告人が資金を持つていることに目をつけ、勧誘してきたケースであり、被告人が更に利殖を計ろうとしたケースではない。

他人名義といつても東海電気センターは長年敏が経営してきた実在の会社であり、この会社は現在被告人が自宅でゆきの名称で手芸店を営んでおり、被告人と一体のものである。岩田直志名義は実際には岩田が取得したかつたが、資金がないため被告人がいわば立替えて出金したもので、その後は証拠として提出した契約書に明かなとおり、真実岩田のものとして売却されているものであつて、特別に問題視することではない。

債券の取得は他人名義ではなく、架空人名義であるが、もともとほ脱した資金であるから、そのようにしか処理されなかつたものであり、原判決が述べるような問題にされる行為ではないと考える。

原判決言渡後、被告人は箱根の土地についての仮登記の仮登記上の権利を二億七千五百万円で売却し、昭和区役所、高辻県税事務所等に支払い国税局には八五二九万一、六一四円を納入した。

よつて未納分は五億九、四七〇万円となつた。

次に原判決は土地転売利益の隠匿方法について被告人が亡夫の立案を実行したものを中途から引き継いだものであることを被告人に有利な情状と斟酌しながら、その判断の中で被告人が単なる手足的に行動していたにすぎないとの主張を排斥しているが、その根拠とするところは、確定申告書提出日より亡夫の死亡は約八ヶ月前であり、被告人の単独で脱税の実行行為をしたことは明かであるとする。

たしかに申告時には被告人が単独に申告したのであるが、その申告内容は亡夫が立案実行した内容をそのまま引き継いだものであることも間違いない事実であり、このような内容の申告しかありえなかつたものである。

また亡夫の指示に従い、隠匿行為に関わつていたともするが、これは亡夫が直腸ガンのため行動の自由がなく、運転手兼看護婦としていつも一緒に行動し、亡夫が動けない時は、その指示どおり行動したというにすぎないものであつて、被告人自らの判断で加担したものではない。

また他人名義で土地を三回購入したというがそのうち二回については前記のとおりであり、三回目の箱根の物件については亡夫がすでに二億五千万円の手付金を支出したにもかかわらず、登記上の権利が何もなかつたので、河村の指示によりさらに二億五千万円支出して仮登記の仮登記を受けたものであり、新たな取得ではなく保全的な行動なのである。

従つて被告人は亡夫の計画を了解し、これを実行実現せしめたとの評価は全く事実経過とは異なるものであり、被告人は亡夫の指示に従い行動し、亡夫の立案どおり申告してしまつたものである。

以上の次第であつて、原判決が量刑上被告人に対して不利に勘案した諸点はいずれも誤りであつて、被告人の脱税が他の同種事犯に比して特に悪質といわれる筋合いはないと考える。

被告人には原判決も評価しているように有利な情状が存在する。

現在、被告人には犯行によつての利得は全くなく、ほ脱した金員はすべて納税及び経費及び差押え物件購入に使用されているのである。

被告人はこれまで一家の主婦として夫の世話や子供の養育に専念して円満な家庭生活、社会生活を送つてきた人物であり、犯罪歴は全くないこと。

本件については公判廷において十分な反省を述べていること。

被告人自身が乳ガンのため乳房切断の手術を受け、現在なお治療を要する身体状況にあること。

長男は昭和五四年八月生まれであり、被告人の他、世話するものがないこと

今後再犯は全くありえないこと

起訴判決の際、新聞、テレビ、ラジオなどに大きく報道され、すでに社会的制裁を十分受けていること。

等を勘案すれば、被告人に対しては執行猶予の恩恵にあずからせるのが、至当であり、第一審判決をそのまま維持した原判決は極めて過酷であつて、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものである。

<省略>

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