大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)68号 判決 1998年12月18日

上告人

杉田正弘

上告人

千葉和芳

被上告人

髙瀬一太郎

右訴訟代理人弁護士

石津廣司

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を浦和地方裁判所に差し戻す。

理由

上告人らの上告理由について

一  本件は、被上告人が加須市(以下「市」という。)の市長として市立加須平成中学校(以下「本件学校」という。)の建設のために二四億〇七三〇万八〇〇〇円を支出したことが、違法な公金の支出に当たり、これにより市に右同額の損害を与えたとして、市の住民である上告人らが、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、市に代位して、被上告人に対し右損害の賠償を請求する住民訴訟であり、原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  市は、公金を支出して本件学校を建設し、平成八年四月一日に同校が開校した。

2  上告人らは、同年六月二八日、市監査委員に対し、住民監査請求(以下「第一回監査請求」という。)をした。上告人らが提出した監査請求書には、表題として「加須市立加須東中学校の分離校は建設する必要があったのかの監査請求書」、監査を請求する理由として「東中の分離校を三一億円の公金を投じて建設する必要はなかったと考えられる。故に分離校建設は正当であったのかの監査を請求する。」と記載されていた。

3  市監査委員は、同年七月一三日、上告人らに対し、書面をもって第一回監査請求を却下する旨の通知をした。却下の理由は、第一回監査請求が一般的な行政運営を対象としており、それゆえ不適法であるというものであった。

4  上告人らは、同年八月一二日、市監査委員に対し、再度の住民監査請求(以下「第二回監査請求」という。)をした。上告人らが提出した監査請求書には、表題として「加須市立加須東中学校の分離校は建設する合理的理由があったのかの監査請求書」、監査を請求する理由として「三五学級、一四〇〇人迄対応出来る規模の用地面積があるのであるから、東中の分離校を三一億円の公金を投じて建設する必要はなかったと考える。故に分離校建設は正当であったのかの監査を請求する。」と記載されていた。

5  市監査委員は、上告人らに対し、同年九月五日付け書面をもって第二回監査請求を却下する旨の通知をした。却下の理由は、第一回監査請求における請求人及び対象となる監査請求の内容が同一であるため、一事不再理の原則に従い却下するというものであった。

6  上告人らは、同年一〇月三日、本件訴えを提起した。

二  第一審は本件訴えは出訴期間を経過して提起されたものであるから不適法であるとして却下し、原審もこれを支持して上告人らの控訴を棄却した。原審の判断の概要は、次のとおりである。

1  上告人らの第一回監査請求は、請求の特定を欠くものとはいえず、適法である。したがって、市監査委員が第一回監査請求を却下したことは不適法である。

2  上告人らの第二回監査請求は、第一回監査請求と同一の財務会計上の行為を対象とするものである。

3  同一住民が同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として再度の住民監査請求をすることは許されないから、上告人らの第二回監査請求は不適法である。また、同一の財務会計上の行為について二回にわたり監査請求がされた場合には、右行為についての住民訴訟の出訴期間は、前の監査請求を基準として計算すべきである。

4  第一回監査請求については、監査委員による監査又は勧告が行われていないことになるから、上告人らは、法二四二条の二第二項三号により、第一回監査請求をした日から六〇日を経過した日から三〇日以内に住民訴訟を提起しなければならなかったところ、本件訴えは、右期間を経過した後に提起されたものであるから、不適法である。

三  しかしながら、原審の右二3及び4の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 監査委員が適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合、当該請求をした住民は、適法な住民監査請求を経たものとして、直ちに住民訴訟を提起することができるのみならず、当該請求の対象とされた財務会計上の行為又は怠る事実と同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として再度の住民監査請求をすることも許されるものと解すべきである。住民監査請求の制度は、住民訴訟の前置手続として、まず監査委員に住民の請求に係る財務会計上の行為又は怠る事実について監査の機会を与え、当該行為又は怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正させることを目的とするものであると解される。そして、監査委員が適法な住民監査請求により監査の機会を与えられたにもかかわらずこれを却下し監査を行わなかったため、当該行為又は怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正する機会を失した場合には、当該請求をした住民に再度の住民監査請求を認めることにより、監査委員に重ねて監査の機会を与えるのが、右に述べた住民監査請求の制度の目的に適合すると考えられる。また、監査委員が住民監査請求を不適法であるとして却下した場合、当該請求をした住民が、却下の理由に応じて必要な補正を加えるなどして、当該請求に係る財務会計上の行為または怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする再度の住民監査請求に及ぶことは、請求を却下された者として当然の所為ということができる。そうであるとすれば、当初の住民監査請求が適法なものであるため直ちに住民訴訟を提起することができるとしても、当該請求をした住民が住民訴訟を提起せずに再度の住民監査請求に及んだ場合に、右請求が当初の請求とその対象を同じくすることを理由に不適法であるとするのは、出訴期間等の点で当該住民から住民訴訟を提起する機会を不当に奪うことにもなって、著しく妥当性を欠くというべきである。

2 監査委員が適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合、当該請求をした住民が提起する住民訴訟の出訴期間は、法二四二条の二第二項一号に準じ、却下の通知があった日から三〇日以内と解するのが相当である。同項一号ないし四号の規定は、住民監査請求の対象となる財務会計上の行為又は怠る事実について、いつまでも争い得る状態にしておくことは、法的安定性の見地からみて好ましくないため、これを早期に確定させようとの趣旨から、住民監査請求をした住民において、当該請求に係る行為又は怠る事実について住民訴訟を提起するか否かの判断を、その提起が法的に可能となった時点から三〇日以内の期間にさせる趣旨のものである。そして、監査委員が適法な住民監査請求を不適法であると認めてその旨を書面により請求人に通知した場合には、当該請求に対する監査委員の監査は行われていないものの、当該請求に対する監査委員の判断結果が確定的に示されている点において、監査委員が請求に理由がないと認めてその旨を書面により請求人に通知した場合と異なるところがない。そうすると、当該請求をした住民は、却下の通知を受けた時点において、当該請求に係る行為又は怠る事実について住民訴訟を提起することが法的に可能な状態になったものとして、同項一号にいう監査委員の監査の結果に不服がある場合に準じて、却下の通知を受けた日から三〇日以内に住民訴訟を提起しなければならないと解するのが、住民訴訟の出訴期間を規定した同項の趣旨に沿うものというべきである。

3  これを本件についてみると、原審の判示したとおり、市監査委員が上告人らの第一回監査請求を不適法であるとして却下したのであるから、上告人らは、法二四二条二項その他の適法要件を満たす限りにおいて、第一回監査請求と同一の財務会計上の行為を対象とする再度の住民監査請求をすることも許されると解される。そして、上告人らの第二回監査請求が右にいう再度の住民監査請求として適法なものであれば、本件訴えに係る出訴期間については、上告人らが第二回監査請求に対する却下の通知を受けた日から三〇日以内と解すべきところ、前記事実関係によれば、上告人らは、右却下の通知を受けた日から三〇日以内に本件訴えを提起していることが明らかである。そうすると、右と異なり、上告人らの第二回監査請求が第一回監査請求と同一の財務会計上の行為を対象とする再度の住民監査請求であることを専らその理由として第二回監査請求を不適法であるとした上、本件訴えに係る出訴期間について、第一回監査請求をした日から六〇日を経過した日から三〇日以内であるとし、本件訴えが出訴期間の経過後に提起された不適法なものであるとした原審の前記判断は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。右の点に関する論旨は理由があり、原判決は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、以上によれば、本件訴えを不適法であるとして却下した第一審判決を取り消して、本件を浦和地方裁判所に差し戻すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例