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最高裁判所第三小法廷 平成元年(行ツ)54号 判決 1989年11月07日

英国

バークシャ レディングアールジー1 8ディーエヌ

ウォーターマンプレイス ケーブルズハム ブリッジ ハウス

上告人

旧商号 メタル ボックス パブリック リミテッド カンパニー

エム ビー グループ ピーエルシー

右代表者

ロバート アンソニー オーエン

右訴訟代理人弁理士

若林拡

右訴訟復代理人弁理士

柿本邦夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第七二号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一〇月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人若林拡、同復代理人柿本邦夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)

(平成元年(行ツ)第五四号 上告人 エム ビー グループ ピーエルシー)

上告代理人若林拡、同復代理人柿本邦夫の上告理由

一、原判決は、以下の点において、法令の解釈適用を誤り、経験則に反する判断を下しており、判決に影響を及ぼす事項の判断に重大なる法令の違背があるから、破棄を免がれないものである。

1 原判決は、物品の用途、機能から生ずる必然的形状を意匠の創作部分として認めて類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

2 原判決は、意匠の要部観察を誤り、意匠の要部となりえる部分を単なる微差ときめつけ類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

3 原判決は、理由不備又は理由に齟齬があると認められる。

二、上告理由第一点

意匠法第三条第一項第三号は、その登録出願前において公然知られた意匠、又は刊行物に記載された意匠と同一又は類似する意匠は、当該公知等の意匠が発揮している美的特徴と同一の特徴を発揮するものであって、同一の意匠の創作の範囲に属することから、前者の意匠を保護するために、公知等の意匠と同一又は類似する意匠は登録しない旨の規定である。

従って、意匠が類似するか否かの判断は先ずその物品における意匠の創作の要部即ち意匠の美的特徴を的確に把握しなければならないのである。

この場合、意匠の構成部分中に、公知であってありふれた形状部分、その物品の用途、機能に伴う必然的形状にすぎないような部分を含む場合は、それ自体は意匠的に何等美的特徴を有するものではないから、意匠の類否判断に当っては、これを重視して要部とすることはできないことは経験上明らかであり、意匠の類否判断にあっては、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が両者に加えられているかを検討しなければならない。

然しながら、原判決は、本願意匠及び引用意匠に係る物品である罐の用途、機能に伴う必然的形状を両者の基本的形状と捉え、当該形状が一致するという理由で、他の本願意匠独自の特徴ある意匠的工夫、創作を考慮することなく、両意匠は類似するとの結論を導き出したものであり、明らかに意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであって、その理由中には判決に及ぼすことの明らかな重大なる法令違背がある。

即ち、本願意匠及び引用意匠に係る物品である罐は、清涼飲料水等の液体を収容する容器として広く認識されており、その類否の考察にあたっては、罐の用途及び機能及び罐を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる形状は意匠の支配的要素と解すべきではなく、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が加えられているかを検討する必要がある。

清涼飲料水等の液体を収容する円柱形状の罐は、飲料用の罐の用途、機能から、罐の側面形状は略長方形に、平面及び底面形状は円形とする比較的単純な基本的な円柱形状を備えており、また当該上端には蓋体を嵌着させるための凹弧状のくびれ部が設けられ、開口部はラッパ状に広げられ、更に側面と底面とを一体成型して製造する際に必然的に底部に僅かな曲げ加工による絞りが生ずるものである。

従って、罐における当該各形状部分は、飲料用の罐の用途、機能から必然的にもたらされるものであって、これらの形状は意匠の支配的要素と解すべきではないものである。

然しながら、原判決は、「別紙(一)及び(二)によれば、審決が本願意匠と引用意匠の一致点と摘示した<1>『胴体部を長円筒状とした点』、<2>『肩部を丸面状とした点』、<3>『首部をやや凹弧面状に絞った点』、<4>『上端の開口部をややラッパ状に広げた点』・・・両意匠はその基本的構成態様において具体的に一致しているものということができる。」(原判決第一五丁表第五行乃至第同丁裏第一行)(尚、『』内は上告人の記載)、「本願意匠及び引用意匠はその基本的構成態様において一致しており」(原判決第一七丁表第二行乃至第三行)、「しかし、本件全証拠によるも、右審決摘示の一致点が原告主張のように必然的な形状に係るものであることを認めることはできない。しかして、基本的形状に係わる構成は両意匠において共通しており・・・」(原判決第一七丁裏第六行乃至一八丁表第一行)と判示し、本願意匠及び引用意匠に係る物品である罐の用途、機能に伴う必然的形状を両者の基本的形状と捉え、当該形状が一致すると認定することにより、意匠の創作部分の観察を誤り、これがために、他の本願意匠独自の特徴ある意匠的工夫、創作がなされた要部となるべき部分を見過し、これを考慮することなく、両意匠は類似するとの結論を導き出したものであって、明らかに意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、原判決がいう基本的構成態様は、通常の飲料用罐に見受けられる一般的な構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではない。

このような部分はその物品自体の必然的要部となりえても、意匠の類否判断の対象となる意匠の要部とはなりえないことから、本願意匠と引用意匠はその用途機能からもたらされる必然的形状において共通するといえども、このような部分の形状は看者の関心や注意を惹くこともないことから、意匠の類否判断においては、その意匠的評価は低くみるべきである。

この点、原判決は物品の用途機能からもたらされる必然的形状部分を本願意匠及び引用意匠の創作部分と誤って認定したものであって、判決に影響を及ぼす事項の判断に重大なる法令の違背があるといわざるをえない。

三、上告理由第二点

原判決は、意匠の要部観察を誤り、意匠の要部となりえる部分を単なる微差ときめつけ類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、原判決は本願意匠の肩部、底部、上端開口部において、引用意匠とは全く別異の看者が注目しやすい意匠的工夫創作が存在しながら、その相違を単なる微差と判断した結果、両者における「罐」の用途機能からもたらされる必然的形状において基本的構成を共通することを理由に、本願の意匠は全体として引用意匠に類似するとしており、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるから、その理由中には、判決に及ぼすことの明らかな重大なる法令違反がある。

本願意匠と引用意匠における「罐」の特質から、これに意匠を創作するといっても限界があり、公知の意匠とある程度の共通性を有することは避けられないものであり、従って、このような必然的形状を基礎として、一つの物品の外観から意匠創作の要部を把握するとともにこの要部によって発揮されている美観を受得するという観察作業を行うことによって意匠の類否判断が正しく行われるのである。

然しながら、原判決は本願意匠には次のような看者の注意を引き、類否判断を左右するほどの美観を起させる部分が存在しながら、その部分を単なる微差に過ぎないとの誤った判断を下し、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、本願意匠と引用意匠とは、その用途、機能からもたらされる物品の持つ必然的形状において共通しているといえども、そのような共通点を越えて看者の美観に訴える意匠的工夫創作に全く別異のものがあるから、両者は類似しないものである。

(一)本願意匠と引用意匠における罐の形状

原判決は、「その構成態様は、本願意匠においては別紙(一)のとおりであって、罐の胴体部を長円筒状とし、(イ)胴体部の上部は外面から内方へ小さな丸みを帯びて屈曲し、胴体部外面の沿直線を基準に内方へ約四二度の角度で傾斜した部分を形成した後、(ロ)外方へラッバ状に再傾斜して胴体部直径の約八八%の径の外径(胴体部直径対開口部外径が一対約〇・八八)の開口部を形成し、また、(ハ)胴体部の下部も外面から内方へ小さな丸みを帯びて屈曲し、胴体部外面の沿直線を基準に内方へ約二七度の角度で傾斜して逆円錐台形状の底部周縁部を形成したうえ胴体部直径より小さい直径の底部に至っているものであり」と認定し(原判決第一三丁表第八行乃至同丁裏第八行)、「引用意匠において別紙は(二)のとおりであって、罐の胴体部を長円筒状とし、(イ’)胴体部の上部は外面から内方へゆるやかな丸みを帯びて傾斜した部分を形成した後、(ロ’)外方へラッパ状に再傾斜して胴体部直径とほぼ等しい外径の開口部を形成し、(ハ’)胴体部の下部は外面から内方へわずかに丸みを帯びて絞られた底部周縁部を形成したうえ胴体部直径よりやや小さな直径の底部に至っているものであることが認められる。」(原判決第一三丁裏第八行乃至一四丁表第四行)と認定し、これにより、「審決が本願意匠と引用意匠の一致点と摘示した<1>『胴体部を長円筒状とした点』、<2>『肩部を丸面状とした点』、<3>『首部をやや凹弧面状に絞った点』、<4>『上端の開口部をややラッパ状に広げた点』は、罐全体の外観、飲み口周辺の形状に関するもので、いずれも清涼飲料水等の容器に使用される罐を物品とする両意匠において、基本的形状に係わるものと認められるから、両意匠はその基本的構成態様において具体的に一致しているものということができる。」(原判決第一五丁表第五行乃至第一六丁表第一行)(尚、『』内は上告人の記載)と判示することにより、両意匠は類似していると認定するに至ったものである。

しかし、当該本願意匠と引用意匠の一致点と摘示した個所は通常の罐に見受けられる一般的な構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではない。

即ち、罐の側面形状は路長方形に、平面及び底面形状は円形として比較的単純な円柱形状とする基本形状を備えており、また当該上端には蓋体を嵌着させるための凹弧状のくびれ部が設けられ、開口部はラッパ状に広げられ、更に胴体部と底部とを一体成型して製造する際には必然的に底部に僅かな曲げ加工による絞りが生ずるものである。

従って、このような「罐」の特質から、これに意匠を創作するといっても限界があり、公知の意匠とある程度の共通性を有することは避けられないものである。

(二)本願意匠と引用意匠の相違点について

<1>「肩部」の差異について、

原判決は「前記1認定の(イ)(イ’)によれば、本願意匠及び引用意匠ともかかる意味での「肩部」を有することは明らかである。」「そして、その傾斜度合に差異は存するものの、別紙(一)及び(二)の両意匠を一見すれば・・・看者は両者の肩部について視覚上ほとんど別異感を抱くことはないものと認めて差し支えない。そうであれば、両意匠において、「肩部を丸面状」としている点を一致点と認めた審決の判断に誤りはない。」(原判決第一四丁表九行乃至同丁裏第八行)と判示し、更に「仮に引用意匠の肩部から首部にかけてのくびれが原告主張のように罐を一体成型して製造する際に必然的に生ずる形状であったとしても、そのことにより本件における両意匠の類否判断自体が直接に左右されるものではない。」(原判決第一四丁裏九行乃至一五丁表第四行)と判示している。

しかし、本願意匠は大きく傾斜して肩部を形成しているが、引用意匠の罐の上部は本願意匠のように胴体部外方から内方へ傾斜していない結果、本願意匠のような「肩部」は形成されておらず、単に首部周縁にやや凹弧面状に絞ったくびれ部が設けられているにすぎない。

つまり、原判決が判示する引用意匠における「肩部」とは、胴体部外方から当該くびれ部に至るに際し、一体成型して製造する際に必然的にもたらされる極めて僅かな曲げ加工部分であって、当該部分は長円筒状の胴部外面の沿直線を基準に内方へ丸面状に傾斜しておらず、何等「肩部」と認識できる部分は設けられていないものである。

更に、原判決別紙(一)の図面からも明らかなように、本願意匠の開口部の内径は胴体部の直径を一とすると〇・八〇であり、胴体部の直径に比し二割程度小さいことから、本願意匠には胴体部外方から内方へ大きな傾斜面で構成された肩部が存在することは明らかであり、この点、引用意匠における単なるくびれ部とは看者において別異な美観が生じるものである。

従って、原判決における「別紙(一)及び(二)の両意匠を一見すれば、肩部から開口部まで占める部分は罐全体に比し、いずれもきわめて小さく、且つその占める割合もほぼ等しいとの印象を受けるものということができるから、看者は両者の肩部について視覚上ほとんど別異感をいだくことはないと認めて差支えない。」(原判決第一四丁裏一行乃至六行)との判示は明らかに本願意匠の特徴部分を看過したものである。

尚、罐の首部をやや凹弧面状に絞ることは、上端に蓋体を嵌着させるために行われるものであって、このこと自体、単なる用途機能からもたらされる必然的形状に過ぎず、本願意匠においても、肩部を形成した後に、首部をやや凹弧面状に絞っていることは、原判決別紙(一)の図面からも明らかである。

このように当該くびれ部が、罐を一体成型して製造する際に必然的に生ずる形状であれば、意匠の類否判断の対象となる意匠の要部とはなりえないものであり、且つこのような部分の形状は看者の関心や注意を惹くこともないことから、意匠の類否判断における意匠的評価は低くみるべきものである。

しかしながら、原判決は「原告主張のように罐を一体成型して製造する際に必然的に生ずる形状であったとしても、そのことにより本件における両意匠の類否判断自体が直接に左右されるものではない」と判示するが、必然的に生ずる形状であれば当該部分は意匠の要部とは成りえず、他の具体的構成態様部分の意匠的評価が高まるという意匠の類否判断に重要な意味が生ずるものであり、この点、原判決は明らかに意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるといえる。

<2>「開口部の直径」の差異について、

原判決は「本願意匠の開口部の外径と胴体部の直径の比は一対約〇・八八であるから、両者がほぼ等しい引用意匠と対比し外観上著しく近似しているものと認めて差し支えなく」(原判決第一五丁裏第八行乃至第一一行)と、また「原告は本願意匠の開口部内径と胴体部直径を比較しているが、開口部において看者の視覚に訴えるのはその外径というべきものであるから、内径を比較の対象とすることは相当ではない。」(原判決第一六丁裏第二行乃至第五行)と判示する。

しかし、本願意匠及び引用意匠は、共に上端の開口部をラッパ状に広げているものであるが、原判決別紙(一)の平面図からすれば本願意匠の開口部の内径は、胴体部の直径を一とすると〇・八〇であり、胴体部の直径に比し二割程度小さいことから、看者において与える影響は極めて強く、外観上著しく近似しているものとは認められない。

特に、当該二割の差は正面図において、本願意匠における胴体部と首部とで構成される肩部を明確に顕現するものであって、この点、引用意匠とは明らかに別異の美観を生じさせるものである。

従って、原判決が認定した「内径を比較の対象とすることは相当ではない。」との判示は明らかに意匠法第三条第一項第三号の類似の解釈適用を誤ったものである。

尚、罐の開口部は清涼飲料水等の液体を収容し、上端に蓋体を嵌着させるためにラッパ状に広げられており、このこと自体、単なる用途機能からもたらされる必然的形状に過ぎない。

<3>「底部の周縁」の差異について、

原判決は「底部周縁部については、引用意匠においても傾斜度合に差異はあるものの、本願意匠同様胴体部から内方へ絞られた形で形成され胴体部直径より小さい直径の底部に至っているのであり、また、部位が底部周辺であることに徴すれば、その外観上の差異は看者に対し特段の印象を与えるものと認めることはできない。」(原判決第一五丁裏第一一行乃至第一六丁表第五行)と判示している。

然し、引用意匠の底部周縁は、胴体部から内方へ絞られているというよりも、当該個所は罐における胴体部と底部を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる極めて僅かな曲げ加工部分にすぎず、特に引用意匠の下部は、本願意匠のような逆円錐台形状を形成していないものである(傾斜部が設けられていない)。

即ち、「絞られている」という言葉を使用すれば、本願意匠の底部周縁は強弱を設けて二段に亘って絞られているということになる。この強弱を設けた二段の絞りによって、本願意匠の下部が逆円錐台形状を形成することになり(傾斜部を設けている)、この逆円錐台形状に本願意匠の意匠的工夫、創作の一つがなされ、引用意匠に係る製造工程(曲げ加工)において必然的にもたらされる下部形状(傾斜部を設けていない)とは明らかに別異な美観を惹起させるものである。

この点、原判決も本願意匠においては「胴体部の下部も外面から内方へ小さな丸みを帯びて屈曲し、胴体部外面の沿直線を基準に内方へ約二七度の角度で傾斜して逆円錐台形状の底部周縁部を形成したうえ胴体部直径より小さい直径の底部に至っているものであり」(原判決第一三丁裏第四行乃至同丁裏第八行)と、引用意匠においては「胴体部の下部は外面から内方へわずかに丸みを帯びて絞られた底部周縁部を形成したうえ胴体部直径よりやや小さな直径の底部に至っているものであることが認められる。」(原判決第一四丁表第一行乃至同丁表第四行)と認定して、引用意匠には本願意匠のような逆円錐台形状を有していないと認めている。

また、原判決は「原告主張のように罐を一体成型して製造する際に必然的に生ずる形状であったとしても、そのことにより本件における両意匠の類否判断自体が直接に左右されるものではない」と判示するが、必然的に生ずる形状であれば当該部分は意匠の要部とは成りえず、他の具体的構成態様部分の意匠的評価が高まるという意匠の類否判断に重要な意味が生ずるものであり、この点、原判決は明らかに意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるといえる。

<4>「側面形状」の差異について、

原判決は、「引用意匠も本願意匠と同様上部及び下部に傾斜部が存するから、肩部、胴体部、下部の三部分に区別できるのであり・・・側面形状の外観には著しい差異はないものというべきである。」(原判決第一六丁表第五行乃至第一一行)と判示している。

しかし、清涼飲料水等の液体を収容する罐は、自動販売機等の販売方法、使用の常態からいって、側面真横から観察されることが最も多いものであり、看者は前記差異を有する三つの部位の形状に最も引き付けられやすいものである。すると、前記<1>乃至<3>に詳述したように、引用意匠には肩部が形成されていないこと、また肩部と下部の胴体部外方から内方へ向って大きな傾斜面を有していないこと、更に底部の直径は胴体部の直径と同一であると認識されることから、引用意匠は本願意匠のように罐全体を観察した場合、肩部、胴体部及び下部の三つの部分に明確に区別することはできないものである。

従って、この点からしても、本願意匠と引用意匠とは全体的な美的特徴が相違するものである。

(三)本願意匠と引用意匠との非類似性

繰り返すが、本願意匠及び引用意匠に係る物品である罐は、清涼飲料水等の液体を収容する容器として広く認識されており、その類否の考察にあたっては、罐の用途及び機能及び罐を一体成型して製造する際に必然的にもたらされる形状は意匠の支配的要素と解すべきではなく、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が加えられているかを検討する必要がある。

即ち、罐の側面形状は略長方形に、平面及び底面形状は円形として比較的単純な基本形状を備えており、また当該上端には蓋体を嵌着させるための凹弧状のくびれ部が設けられ、開口部はラッパ状に広げられ、更に一体成型して製造する際に必然的に底部に僅かな曲げ加工による絞りが生ずるものである。

従って、このような「罐」の特質から、これに意匠を創作するといっても限界があり、公知の意匠とある程度の共通性を有することは避けられないものである。

原判決は外観上、もっとも看者の目に付く意匠の主要部と認められる部分を軽視し、ありふれて創作力がなく何等美観を起させるに足りない物品の持つ必然的形状を重視するあまり、個々に創作力があり美観を生ずる部分である要部を看過した結果、経験則または判例を無視し、意匠法第三条の解釈の適用を誤ったものである。

即ち、本願意匠と引用意匠の相違は、全体として顕著な特異性を有するものでありながら、このような相違は単に部分的な軽微な相違に過ぎないと見ることはできず、むしろ意匠の重要な要素に関するものであって、このような相違の各所は全体観察をしても十分類似の域を脱しているものである。

原判決は、「審決が本願意匠と引用意匠の一致点と摘示した<1>『胴体部を長円筒状とした点』、<2>『肩部を丸面状とした点』、<3>『首部をやや凹弧面状に絞った点』、<4>『上端の開口部をややラッパ状に広げた点』は、罐全体の外観、飲み口周辺の形状に関するもので、いずれも清涼飲料水等の容器に使用される罐を物品とする両意匠において、基本的形状に係わるものと認められるから、両意匠はその基本的構成態様において具体的に一致しているものということができる。」(原判決第一五丁表第五行乃至第一六丁表第一行)(尚、『』内は上告人の記載)と判示し、また「原告が両意匠の顕著な相違点と主張する開口部の直径・・・個別的な差異はあるものの、それらがいずれも、外観上特に看者の目を引きつける程度のものとまで認めることはできない。」(原判決第一五丁裏第二行乃至第七行)と、更に「それ以外の部分の構成態様に差異は存するものの、全体として両意匠を観察した場合、その差異が看者に対し右の基本的構成態様における一致点により受ける印象を越え、両者について別異の印象を与える程顕著なものとは到底認めることはできない。」(原判決第一七丁表第四行乃至第八行)と判示するに至ったが、斯かる原判決が認定した基本的構成態様は、通常の罐に見受けられる一般的な構成にすぎず、その構成自体何ら特徴的なものではないのである。

然し乍ら、原判決は前述の如く本願意匠の肩部、底部、上端開口部において、引用意匠とは全く別異の看者が注目しやすい意匠的工夫創作が存在しながら、その相違を全く認めず、また単なる微差と判断した結果、両者における「罐」の用途機能からもたらされる必然的形状において基本的構成を共通することを理由に、本願の意匠は全体として引用意匠に類似するとしており、原判決は意匠の要部観察を誤り、意匠の要部となりえる部分を単なる微差ときめつけ類否判断した結果、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものである。

即ち、両意匠は、それぞれ全体として観察する場合、その間に前認定のような差異があり、本願意匠は、このため、前掲共通点にかかわらず、引用意匠とは異なる美観を見るものに与えるものであると認めるを相当とするから、両意匠間に前掲の共通点があるからといって、直ちに本願意匠をもって引用意匠と類似するものとすることはできない。

四、上告理由第三点

原判決は、次の点において、理由不備又は理由に齟齬があると認められる。

意匠は、物品の形状、模様、色彩、又はこれらの結合であって、視覚を通じて人に美観を起させるものであり、意匠が類似するか否かの判断は、意匠を表わすべき物品自体の性質、特徴を理解し、その物品の意匠における従来からの傾向を見極め、その意匠の創作がどこにあるかを検討し、看者に強い印象を与える程度の意匠上の差異があるかどうかを検討しなければならないものである。

然しながら、原判決は本願意匠の肩部、底部、上端開口部において、引用意匠とは全く別異の看者が注目しやすい意匠的工夫創作が存在しながら、その相違を全く認めず、また単なる微差と判断した結果、両者における「罐」の用途機能からもたらされる何等意匠の創作的特徴のない必然的形状において基本的構成を共通することを理由に、本願の意匠は全体として引用意匠に類似すると判示しており、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるから、その理由中には、判決に及ぼすことの明らかな重大なる法令違反がある。

更に、どのような部分に意匠の創作的特徴があり、意匠全体に影響を及ぼし、類否判断を作用するほどの支配的要素として重視され得るか否かは、特許庁における登録例(甲第四号証乃至第一〇号証)において明確にされるべきところ、このような登録例にもかかわらず原判決の判断がなし得るのか、その過程が判決に影響を与える最も重大な理由となるべきところ、この点に関し原判決は何ら判示するところがない。

従って、このような点を検討することなく、両意匠が類似するとしたことは理由の体を成さないものである。

即ち、特許庁の類否判断においても、

(一)引き輪杆付蓋を被せた円筒状の包装用びんにおいて、上端開口部周縁及び底部周縁の形状が同一でありながら、その上部及び中間部の周縁がやや下幅広の斜状面を、上部から中間部に至る形状が下細の斜状面を形成し、中間部で上下二段に区画された意匠登録第六二一九七四号(甲第四号証)と上部から中間部に至る形状が緩やかな凸弧面状を形成し、中間部で上下二段に区画された意匠登録第六二一九七五号(甲第五号証)が各々独立して登録されている事実

(二)上部形状及び胴部上端の周縁にくびれ部を設けた形状を共通にした包装用噴霧器において、

<1>胴部の中央から下端に向け僅かに先細り状とし、下部に凸面状の周縁部を設けた意匠登録第六七五〇二四号(甲第六号証)

<2>胴部の高さの約三分の一の両側から内方へ僅かにくびれさせ、下端に向け僅かに幅広とし、下端の周縁にくびれ部を設けた意匠登録第六七五〇二五号(甲第七号証)

<3>胴部上端から胴部の高さの約三分の一まで緩やかな凸弧面状とし、胴部の高さの約三分の一から下端に向け緩やかな曲面を描き、高さの約四分の三から底部にかけて僅かに先細り状とした意匠登録第六七五〇三一号(甲第八号証)

<4>胴部の高さの約一二分の一の両側から内方へ僅かにくびれさ、下端に向け僅かに幅狭とした意匠登録第六七五〇三二号(甲第九号証)

<5>胴部の中央部分に上部と下部の区切部を設け、下部は上部より僅かに直径を大きくし、下端の周縁にくびれ部を設けた意匠登録第六七五〇三三号(甲第一〇号証)

が何等類似とされることなく各々独立して登録されている事実

以上の登録例は、意匠に係る物品の用途機能からもたらされる一般的な形状は意匠の支配的要素と解すべきではなく、これを基礎としてこれにいかなる意匠的創作が加えられているかを検討することによって登録されたものである。

即ち、当該登録例は、特定の物品に対して新しい外観を創作して構成する場合、その構成はその物品の機能から本来固有している基本的な形態による制約を受けるものであり、この場合の単純な周知な形状は一般の需要者の注意を引くことはないため要部となり得ず、これを基礎として意匠的創作を判断しなければならないことの証左である。

五、結論

以上、上告理由の第一点及び第二点で述べたとおり、本願意匠と引用意匠とはその、「開口部の直径」、「肩部」、「底部の周縁」において形状が特に大きく相違し、このことが六面の中でも側面形状が最も看者の注意をひく箇所である罐においては重要な意味を有するものである。

即ち、両意匠を側面から観察した場合、本願意匠は円柱形状の上部に円錐台形を下部に逆円錐台形をそれぞれ合体させたような形状に認識されるのに対し、引用意匠は従来より知悉されている罐と同様にほぼ円柱形状に認識される。

しかも、肩部と下部には外側から内側へ共に大きく傾斜している傾斜面を有し、罐全体を観察した場合、肩部、胴体部及び下部の三つの部分に明確に区別されるが、引用意匠は胴体部のみが強詞され、本願意匠のように罐を三つの部位に区別することはできない。

このように、本願意匠と引用意匠は明確な相違を有することにより、明らかに異なった印象を看者に与えるものであるにも拘わらず、前記の一致点を凌駕して看者に別異感を与えるほどには夫だ至っていないとして、本願意匠は全体として引用意匠に類似するとした原判決は、意匠法第三条第一項第三号の解釈適用を誤ったものであるから、原判決は民事訴訟法第三九四条の規定に該当し、その判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるとともに、上告理由第三点において述べたとおり同法第三九五条第一項第六号にいう理由不備又は理由に齟齬があると確信し、此処に上告理由を開陳し、最高裁判所の適正な判断を仰ぐ次第である。

以上

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