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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(あ)1480号 決定 1990年11月29日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

第一上告趣意に対する判断

弁護人大槻龍馬の上告趣意のうち、憲法三八条三項違反をいう点は、原判決が被告人丙沢三郎の捜査段階での自白調書のみによって、同被告人を有罪としたものでないことは、判文上明らかであるから、前提を欠き、その余の点は、違憲をいう点を含め、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、弁護人前堀政幸、同大槻龍馬、同前堀克彦、同村田敏行の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、弁護人村田敏行の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、いずれも適法な上告理由に当たらない。

第二職権判断

所論にかんがみ、職権により検討する。

一  本件事件の概要

原判決の認定によれば、次の事実が認められる。

(1) 千日デパートビル(以下「本件ビル」という。)は、日本ドリーム観光株式会社(以下「ドリーム観光」という。)が所有・管理する地下一階、地上七階、塔屋三階建の建物(延床面積二万七五一四・六四平方メートル。屋上を含む。)であり、同社が直営する店舗と同社からの賃借人(いわゆる「テナント」)が経営する店舗とが混在する雑居ビルであって、同社が六階以下を「千日デパート」として使用し、同社の子会社である千土地観光株式会社がドリーム観光から七階(床面積一七八〇平方メートル)の大部分を賃借して、キャバレー「プレイタウン」を経営していた。 (2)  ドリーム観光とテナントとの間の賃貸借契約等によれば、テナント側の当直は禁じられ、ドリーム観光が営業時間外のテナントの売場設備及び商品の警備を含む防火、防犯に関する業務を行うこととされ、右業務は、ドリーム観光の千日デパート管理部が担当していた。 (3)  被告人甲野一郎(以下「被告人甲野」という。)は、同管理部管理課長として、本件ビルの維持管理を統括する同管理部次長丁海四郎(第一審相被告人、第一審当時死亡)を補佐する立場にあるとともに、「千日デパート」の消防法八条一項(昭和四九年法律第六四号による改正前のもの)に規定する防火管理者(以下「防火管理者」という。)の地位にあった。 (4)  被告人乙川二郎(以下「被告人乙川」という。)は、右千土地観光株式会社の代表取締役であって、「プレイタウン」の同項に規定する「管理について権原を有する者」(以下「管理権原者」という。)に当たり、被告人丙沢三郎(以下「被告人丙沢」という。)は、「プレイタウン」の支配人であって、同店の防火管理者の地位にあった。 (5)  「千日デパート」の各売場は、午後九時に閉店し、その後は多量の可燃物が置かれた各売場には従業員は全く不在になり、通常、千日デパート管理部保安係員の五名のみで防火、防犯等の保安管理に当たっており、七階の「プレイタウン」だけが午後一一時まで営業し、多数の従業員や客が存店しているという状況にあった。 (6)  「千日デパート」の各売場内には防火区画シャッター及び防火扉(以下「防火区画シャッター等」という。)が設置されていたが、これらは閉店後閉鎖されておらず、また、その六階以下の全館に一斉通報のできる防災アンプが設置されていたが、七階の「プレイタウン」に通報する設備はなく、午後九時以降は一階の保安室から外線によって電話をする以外に同店に連絡する方法はなかった。 (7)  本件ビルの構造上、「プレイタウン」のある七階より下の階から出火した場合「千日デパート」の各売場から完全に遮断された安全な避難階段は、七階南側の「プレイタウン」専用エレベーター脇のクローク奥にある、平素は従業員が使用していた階段(別紙図面のB階段。以下、階段の符号は同図面による。)のみであったが、同階段を利用しての避難誘導訓練はもとより、階下からの出火を想定した訓練は一切行われていなかった。 (8)  「プレイタウン」に設置されている救助袋は一個であり、それも一部破損しており、また、これを利用した避難訓練も行われていなかった。 (9)  このような状況の下で、昭和四七年五月一三日午後一〇時二五分ころ、当時本件ビル三階(床面積三六六五平方メートル)の大部分を賃借していた株式会社ニチイから電気工事を請け負っていた業者の従業員らが同階売場内で工事をしていた際に、その原因は不明であるが、本件火災が同階東側の右ニチイ寝具売場から発生し、二階ないし四階はほぼ全焼した上、火災の拡大による多量の煙が、「プレイタウン」専用の南側エレベーターの昇降路、E階段、F階段及び本件ビル北側の換気ダクトを通って上昇し、七階の「プレイタウン」店内に流入した。 (10) 当夜本件ビルの宿直勤務についていた保安係員は、欠勤者が一名出たため、四名であったが、火煙の勢いが激しかったため、消火作業をすることができないまま全員避難せざるを得なかった。その際、保安係員らは、いずれも「プレイタウン」に電話で火災の発生を通報することを全く失念しており、右通報をした者はいなかった。 (11) 被告人丙沢は、右換気ダクトや南側エレベーターの七階乗降口から煙が流入してきた初期の段階で、従業員らを指揮し、客等を誘導して安全なB階段から避難させる機会があったのに、これを失し、また、救助袋が地上に投下されたのに、従業員が救助袋の入口を開ける方法を知らなかったため、結局それを利用することもできなかった。 (12) 本件火災の結果、一酸化炭素中毒や救助袋の外側を滑り降りる途中の転落等により、客及び従業員一一八名が死亡し、四二名が傷害を負った。

二  被告人甲野の過失について

1  原判決は、本件火災の拡大を防止するためには、「千日デパート」閉店後は本件ビル一階ないし四階の各売場内の防火区画シャッター等のうち、三階の自動降下式の防火区画シャッター四枚を除く、その余の全部の防火区画シャッター等を閉め、工事が行われている場合は、その工事との関係で最小限開けておく必要のある防火区画シャッター等のみを開け、保安係員を立ち会わせ、開けたものについてはいつでも閉めることができるような体制を整えておくべきであり、被告人甲野が右義務を履行できなかったような事情はみとめられないとして、その過失責任を肯定した。

2  所論は、ドリーム観光としては、防火区画シャッター等は、本来、火災の発生時に閉鎖できるようにしておけばよいのであって、閉店後に全部の防火区画シャッター等を閉鎖すべき法令上の根拠はなく、また、工事の際の立会いについても、工事をするテナント側で立会いを付けるべきであって、千日デパート管理部の保安係員を立ち会わせるべき義務はない旨主張する。

3 そこで、検討するに、閉店後の「千日デパート」内で火災が発生した場合、前記一(5) の状況の下では、容易にそれが拡大するおそれがあったから、ドリーム観光としては、火災の拡大を防止するため、法令上の規定の有無を問わず、可能な限り種々の措置を講ずべき注意義務があったことは、明らかである(最高裁昭和三〇年(あ)第二八二二号同三二年一二月一七日第三小法廷決定・刑集一一巻一三号三二四六頁参照)。そして、そのための一つの措置として、平素から防火区画シャッター等を全面的に閉鎖することも十分考えられるところであるが、本件火災に限定して考えると、当夜工事の行われていた本件ビル三階の防火区画シャッター等(自動降下式のものを除く防火区画シャッター一一枚及び防火扉二箇所)のうち、工事のため最小限開けておく必要のある南端の二枚の防火区画シャッターを除く、その余の全部の防火区画シャッター等を閉め、保安係員又はこれに代わる者を工事に立ち会わせ、出火に際して直ちに出火場所側の南端東側の防火区画シャッター一枚を閉める措置を講じさせるとともに、「プレイタウン」側に火災発生を連絡する体制を採っておきさえすれば、煙は、東西を区画する東側の防火区画シャッターによって区画された部分にほぼ封じ込められるため、ほとんど「プレイタウン」専用の南側エレベーターの昇降路からのみ上昇することになり、全面的な閉鎖の措置を採った場合と同様、「プレイタウン」への煙の流入を減少させることができたはずであり、保安係員又はこれに代わる者から一階の保安室を経由して「プレイタウン」側に火災発生の連絡がされることとあいまって、同店の客及び従業員を避難させることができたと認められるのである。そうすると、ドリーム観光としては、少なくとも右の限度において、注意義務を負っていたというべきであり、このことは、原判決も肯定しているところと解される。

4  そうであれば、ドリーム観光の千日デパート管理部管理課長であり、かつ、「千日デパート」の防火管理者である被告人甲野としては、自らの権限により、あるいは上司である管理部次長の丁海四郎の指示を求め、工事が行われる本件ビル三階の防火区画シャッター等を可能な範囲で閉鎖し、保安係員又はこれに代わる者を立ち会わせる措置を採るべき注意義務を履行すべき立場にあったというべきであり、右義務に違反し、本件結果を招来した被告人甲野には過失責任がある。

三  被告人丙沢の過失について

1  原判決は、被告人丙沢において、「プレイタウン」の防火管理者として、平素から救助袋の維持管理に努め、従業員を指揮して客等に対する避難誘導訓練を実施し、煙が侵入した場合、速やかに従業員をして客等を前記B階段に誘導し、あるいは救命袋を利用して避難させることにより、客等の避難の遅延による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったとする。

2  所論は、本件の前年の七月に一回行われた消防訓練の際にも、消防当局の係員からは、B階段からの避難が最も安全であるという指導はなく、それに沿う訓練も指示されていないし、被告人丙沢としては火の気のない六階以下からの出火を日常絶えず心配している必要はない旨主張する。

3  そこで、検討するに、原判決の判示するように、被告人丙沢において、あらかじめ階下からの出火を想定し、避難のための適切な経路の点検を行ってさえいれば、B階段が安全確実に地上に避難することができる唯一の通路であるとの結論に到達することは十分可能であったと認められる。そして、被告人丙沢は、建物の高層部で多数の遊興客等を扱う「プレイタウン」の防火管理者として、本件ビルの階下において火災が発生した場合、適切に客等を避難誘導できるように、平素から避難誘導訓練を実施しておくべき注意義務を負っていたというべきである。したがって、保安係員らがいずれも「プレイタウン」に火災の発生を通報することを全く失念していたという事情を考慮しても、右注意義務を怠った被告人丙沢の過失は明らかである。

四  被告人乙川の過失について

1  原判決は、被告人乙川についても、「プレイタウン」の管理権原者として、防火管理者である被告人丙沢ともども、前記三1の注意義務があったとする。

2  所論は、被告人丙沢についてB階段を利用した避難誘導訓練をしておくべき注意義務はないから、被告人乙川についても、右の点の注意義務は認められない旨主張する。

3  そこで、検討するに、被告人丙沢には、前述のとおり、避難誘導訓練をしておくべき注意義務があったと認められるところ、被告人乙川は、救助袋の修理又は取替えが放置されていたことなどから、適切な避難誘導訓練が平素から十分に実施されていないことを知っていたにもかかわらず、管理権原者として、防火管理者である被告人丙沢が右の防火管理業務を適切に実施しているかどうかを具体的に監督すべき注意義務を果たしていなかったのであるから、この点の被告人乙川の過失は明らかである。

第三結論

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 橋元四郎平)

別紙<省略>

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