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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(オ)840号 判決 1991年11月28日

上告人

田中秀幸

右訴訟代理人弁護士

別紙上告代理人目録(一)記載のとおり

被上告人

株式会社日立製作所

右代表者代表取締役

三田勝茂

右訴訟代理人弁護士

橋本武人

草野隆一

同訴訟復代理人弁護士

秦不二雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

別紙上告代理人目録(二)記載の上告代理人の上告理由第一点について

一1  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、右事実によれば、(1) 上告人は、昭和三五年四月一日被上告人に雇用されてその武蔵工場に勤務し、トランジスターの品質及び歩留りの向上を所管する製造部低周波製作課特性管理係に属していた、(2) 被上告人の武蔵工場の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、被上告人は、業務上の都合によりやむを得ない場合には、上告人の加入する日立製作所武蔵工場労働組合(以下「組合」という。)との協定により一日八時間の実働時間を延長することがある旨定められていた、(3) そして、被上告人(武蔵工場)とその労働者の過半数で組織する組合との間において、昭和四二年一月二一日、「会社は、① 納期に完納しないと重大な支障を起すおそれのある場合、② 賃金締切の切迫による賃金計算又は棚卸し、検収・支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、③ 配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、④ 設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、⑤生産目標達成のため必要ある場合、⑥業務の内容によりやむを得ない場合、⑦ その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがある。前項により実働時間を延長する場合においても月四〇時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ず月四〇時間を超える場合は当月一ヶ月分の超過予定時間を一括して予め協定する。」旨の書面による協定(以下「本件三六協定」という。)が締結され、所轄労働基準監督署長に届け出られた、(4) 上司である石橋主任は、同年九月六日午後四時三〇分頃、上告人に対し、同日残業をしてトランジスター製造の歩留りが低下した原因を究明し、その推定値を算出し直すように命じたが、上告人は右残業命令に従わなかった、というのである。

2  思うに、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる三六協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該三六協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働する義務を負うものと解するを相当とする(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁、最高裁昭和五八年(オ)第一四〇八号同六一年三月一三日第一小法廷判決・裁判集民事一四七号二三七頁参照)。

3  本件の場合、右にみたように、被上告人の武蔵工場における時間外労働の具体的な内容は本件三六協定によって定められているが、本件三六協定は、被上告人(武蔵工場)が上告人ら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、前記①ないし⑦所定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。なお、右の事由のうち⑤ないし⑦所定の事由は、いささか概括的、網羅的であることは否定できないが、企業が需給関係に即応した生産計画を適正かつ円滑に実施する必要性は同法三六条の予定するところと解される上、原審の認定した被上告人(武蔵工場)の事業の内容、上告人ら労働者の担当する業務、具体的な作業の手順ないし経過等にかんがみると、右の⑤ないし⑦所定の事由が相当性を欠くということはできない。

そうすると、被上告人は、昭和四二年九月六日当時、本件三六協定所定の事由が存在する場合には上告人に時間外労働をするよう命ずることができたというべきところ、石橋主任が発した右の残業命令は本件三六協定の⑤ないし⑦所定の事由に該当するから、これによって、上告人は、前記の時間外労働をする義務を負うに至ったといわざるを得ない。

二  石橋主任が右の残業命令を発したのは上告人のした手抜作業の結果を追完・補正するためであったこと等原審の確定した一切の事実関係を併せ考えると、右の残業命令に従わなかった上告人に対し被上告人のした懲戒解雇が権利の濫用に該当するということもできない。

三  以上と同旨の見解に立って、被上告人のした懲戒解雇は有効であるから、上告人の雇用契約上の地位の確認請求並びに昭和四二年一一月以降の未払賃金及びこれに対する遅延損害金の支払請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官味村治の補足意見は、次のとおりである。

私は、就業規則と残業義務との関係について、多数意見と見解を同じくするが、原判決は、労働協約及び就業規則において時間外労働をさせることができる旨の定めがされ、かつ、いわゆる三六協定が締結されたときは、使用者は、時間外労働を命ずることができるとしたのに対し、上告理由第一点においては、労働協約及び就業規則は残業義務の根拠とならないとの主張があり、労働協約と残業義務の関係は重要な問題と考えるので、これについて私の意見を述べておきたい。

思うに、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)三二条は、労働時間の最長限を定めていて、同条に違反した者は刑事責任を負うとともに、この最長限を超えて労働時間を延長する労働契約ないし労働協約の定めは、原則として、効力を生じない。しかし、労働基準法三六条本文は、労働時間の延長に関して、労働者保護のためいわゆる三六協定の締結及びその行政官庁への届出を要件として同法三二条の例外を定めているから、同法三六条本文の適用がある場合には、当該三六協定の範囲内で、使用者は同法三二条違反の刑事責任を免れるとともに、同条違反を理由として労働契約ないし労働協約の効力が否定されることはないこととなる。

しかるところ、労働組合法一六条は、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準について、これに違反する労働契約の部分又は労働契約に定めがない部分は当該基準の定めるところによるとして、労働協約にいわゆる規範的効力を認めている。これは、労働協約が、労働者が主体となってその経済的地位の向上を図ることを目的として組織する労働組合と使用者との間の団体交渉の結果締結されるものであることによるものである。労働時間が労働条件の重要な一部である以上、労働時間に関する労働協約の定めは規範的効力を有するというべきである。もっとも、労働基準法三二条の定める労働時間の最長限を超えて労働時間を延長することは、労働者にとって不利であるが、労働協約は、右のような団体交渉の結果締結されるものであって、団体交渉の結果によっては、労働者にとって有利な定めと不利な定めとが相まって全体としての労働条件その他の労働者の待遇に関する基準とされるなど、労働者にとって不利な定めが労働協約に含まれる場合もあり得るから、右のように労働時間を延長することを内容とする労働協約の定めは、労働者にとって不利であるとの理由のみで規範的効力を否定されることはない。

そうすると、いわゆる三六協定が締結され、行政官庁に届け出られた場合において、労働協約に使用者は労働基準法三二条の定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定められているときは、その労働協約を締結した労働組合に加入している労働者と使用者との間の労働契約は、当該三六協定の範囲内でその労働協約の定めによることとなり、労働者は、これにより時間外労働の義務を負うこととなると解するのを相当とする。

原審の認定した事実によれば、被上告人と上告人の加入する日立製作所武蔵工場労働組合(以下「組合」という。)の上部団体である日立製作所労働組合連合との間で昭和四一年一〇月三一日締結された労働協約において、被上告人は、業務上の都合によりやむを得ない場合には、組合との協定により一日八時間の実働時間を延長することがある旨の定めがされ、これに基づき、被上告人武蔵工場と組合との間で、昭和四二年一月二一日、有効期間を同年九月三〇日までとし、法廷意見の掲記する内容の三六協定が締結され、行政官庁に届け出られた、というのである。そうすると、本件の場合、上告人と被上告人との間の労働契約は、右労働協約の定めによることとなり、上告人は、これによっても残業義務を負うこととなったと解すべきである。

(裁判長裁判官四ッ谷巖 裁判官大内恒夫 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治)

別紙上告代理人目録(二)記載の上告代理人の上告理由

目次

はじめに

第一 原判決は、懲戒解雇に正当な理由があると判断した点において、判決の結論に影響を及ぼす法律の解釈・適用の誤り、理由不備、採証法則違反、経験法則違反の違法がある。

一 原判決は、石橋主任が発した残業命令が会社三六協定に該当するものとして正当な理由があると判断し、この命令が就業規則第五一条第一項第六号の「業務に関する上長の指示」に該当すると判断した点において、法令適用の誤り、理由不備、採証法則違反、経験法則違反の違法がある。

(一) 残業の緊急の必要性はない

(二) 上告人には「手抜き」作業はない

(三) 残業命令は就業規則に該当しない

二 原判決は、上告人が時間外勤務の義務を負うものと解した点において法令解釈の誤りがある。

(一) 原判決の論旨

(二) その誤り

三 原判決は上告人が残業命令に従う義務はないとの考え方を変えなかったことをもって就業規則第五一条第一項第一二号の「悔悟の見込のないとき」に該当するとした点において、法令適用の誤り、理由不備の違法がある

(一) 原判決の判断

(二) 残業拒否の悔悟

(三) 「考え方」の変更を求めることは許されない

(四) 残業についての考え方と企業秩序

(五) 仮処分判決と原判決

四 原判決は、懲戒解雇権の濫用として許されないものとすべき事情は認められないと判断した点において、法令適用の誤りがある。

(一) 原判決の論旨

(二) 始末書は反省を示している

(三) 会社の態度は過酷にすぎる

(四) 会社の求める反省の意味

(五) 解雇の動機

(六) 勤務態度

(七) 本件以前の処分について

第二 <省略>

はじめに

被上告人株式会社日立製作所(会社という)は、昭和四二年一〇月三〇日、上告人を懲戒解雇した。解雇の理由は、就業規則第五一条第一項第一二号所定の「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みのないとき」に該当するということであるが、その中心は上告人が、昭和四二年九月六日、会社石橋主任の残業命令を拒否したことにある。このため、本事件は、残業義務があるかないかを中心的な争点として争われてきた。

会社武蔵工場は、本件解雇前の二年間に三名の労働者を懲戒解雇しており、そのいずれもが不当・違法なものであった。上告人は会社の不当解雇に反対し、被解雇者を支援して闘っていた。上告人に対する解雇は会社から上告人を排除することが目的であったので上告人は地位保全仮処分を申請した。

東京高等裁判所は、昭和四六年一月二二日、上告人の請求を認め、本案第一審においても、東京地方裁判所八王子支部は、昭和五三年五月二二日、上告人の請求を認め、上告人が、会社との間に雇用契約上の地位を有することを確認し、賃金の支払を命じた。

これに対し、原判決は、結論を全く逆転させて、上告人の請求を全部棄却した。

原判決は、会社の残業命令を有効なものとするために、残業をなす緊急の必要性があった旨を強調し、懲戒解雇を有効なものとするために、上告人が残業義務についての考え方を変えないことを理由として、「悔悟の見込み」がないと判断した。

しかし、原判決のこの判断は全く常識に反するものであり、証拠上も認められないものである。

残業の緊急の必要性は仮処分の第一審判決、第二審判決においても特に強調されておらず、本案第一審判決はこれを明確に否定して、必要性は認められないと判断している。原審の審理において、会社提出の証拠により、会社は、九月生産の予定必要量の獲得を図る準備をしていないことが明確となっていた。にもかかわらず、原判決は、この証拠に言及することなく、上告人の主張に対しても判断をしめさずに緊急の必要性を認定した。このような恣意的な認定は裁判所のなすべきことではない。

原判決は上告人が考え方を変えないことをもって「悔悟の見込みのないとき」に該当すると判断して懲戒解雇を有効とした。この判示は、今日の民主主義社会において最も基本的な自由である内心における良心、信条の自由を侵害しようとするものである。この点、仮処分第一審判決は、内心における信条の自由又は言論の自由として許される範囲においては上告人の考え方を許容すべきであると判示し、仮処分第二審判決も、「考え方自体は、不合理なものといいきれないものであり」上告人を「責めるのは酷というべきである」と判断した。

これに対し、原判決は、一回の残業拒否に対し、上告人が反省書を提出したにもかかわらず、会社が上告人の「残業についての考え方を問いただしたところ、依然として従前の考え方を変えていなかった」(原判決認定)ため、反省の態度が認められないとして悔悟の見込みがないとしたのである。

この判断は、まさに考え方それ自体を処罰の対象とするものであり、仮処分第一審判決のいう「内心における信条の自由」を侵すものである。使用者に対し、このようなことを許すべき理由はない。原判決は、仮処分第二審判決、本案第一審判決と重ねられてきた上告人勝訴の結論を逆転させるために、信条の自由を奪うという大きな誤りを犯してしまったものである。

原判決は、いわゆる時間外労働義務の問題について、労働者は義務を負うという結論をしめしたが、労働基準法の法理についてなんらの言及をせず、判断の理由をしめしていない。八時間労働制のもとにおいて何故、時間外にまで働く義務が生ずるのかという疑問に答えようとしていない。原判決の結論は労働基準法の趣旨に反するばかりか、労働時間短縮の動向にも反し、国際世論上も非難をあびかねないものである。

原判決は、上告人が詳細に主張・立証した不当労働行為の問題、即ち、会社が本件解雇を強行した真の目的についても具体的な検討を加えることなく排斥した。

こうして、原判決は、労働時間の問題および労働者の内心の信条の自由の問題という重大問題について、法令の解釈、適用の誤りをもち、更に、理由不備、採証法則違反、経験法則違反の違法があり、これらはいずれも判決の結論に直ちに影響するものである。上告人は、最高裁判所が労働者の基本的権利を守り、国民の基本的自由を守るという任務を全うすることを確信して上告をしたものである。

第一、原判決は、懲戒解雇に正当な理由があると判断した点において、判決の結論に影響を及ぼす法令の解釈・適用の誤り、理由不備、採証法則違反、経験法則違反の違法がある。

一、原判決は、石橋主任が発した残業命令が会社三六協定に該当するものとして正当な理由があると判断し、この命令が、就業規則第五一条第一項第六号の四「業務に関する上長の指示」に該当すると判断した点において法令適用の誤り、理由不備、採証法則違反、経験法則違反の違法がある。

(一) 残業の緊急の必要性はない

1 原判決の認定は経験法則違反、理由不備、採証法則違反の違法がある

原判決は、

「本件残業命令当時、被控訴人(上告人)担当に係る二SB三七〇の昭和四二年七月以降の選別実績歩留が同年度上半期の当初歩留予算は勿論九月生産の修正予算も大幅に下廻る数値を示す状況にあったのであるから、そのままの状態で推移するときは、九月生産の当初計画の実現に支障をきたし、その結果控訴人(会社)に多大の損害をもたらすおそれがあったのであるから、控訴人としては、昭和四二年度上半期の最終締切日の九月二〇日を控えて、早急に九月生産の正確な選別実績歩留の推定値を得て、これに基づいて改めて九月生産の予定必要量を確保するための善後策を講じる必要が生じるに至ったことは容易に推認されるところである。」

と認定した。

そして、原判決は右認定に基づいて、上告人の歩留推定値の「是正措置を緊急に講じる必要性」を認定した。

しかし、会社は九月生産の当初計画の実現を、そもそも予定していなかった。さらに、本件残業命令当時、すでに、九月生産分は全部着工済みであり、仮に九月生産の予定必要量というものが存在したと仮定した場合においても、残業命令の遂行によりその確保を図ることは不可能であった。上告人の歩留推定に誤差が存在したとしても、この誤差は、本件残業命令と九月生産の実現とに、何ら関係ないことは、明らかであった。これらの事実は、当事者の主張・立証を通じて明確になっていた。

したがって、本件残業命令にもとづいて、上告人の歩留推定値の「是正措置を緊急に講じる必要性」が存在することはありえないのであって、本件残業の緊急性・必要性の存在を認定した原判決は、経験法則違反の違法がある。

原判決は、上告人が具体的理由を挙げて本件残業の緊急性・必要性が存在しないことを主張していたのに対し、何らの判断も加えていない。のみならず、原判決認定の具体的理由を明らかにしていない。したがって、原判決には、理由不備の違法もある。

さらには、原判決の右認定の過程において、客観的証拠に矛盾する会社側証人の証言を採用したことは、採証法則違反の違法があり、しかも、その証拠判断について理由を具体的に明らかにしていない点で理由不備の違法が存在する。

以下この点について詳述する。

2 生産計画の実現は予定されていない

(1) 生産計画実現が予定されていないことは、生産予算と生産実績および着工数を対比すれば明白である。

生産実績は、<書証番号略>より明らかである。<書証番号略>は、二SB三七〇の管理グラフ(<書証番号略>)をもとに作成されたものであり、そこに記載された数字に誤りのないことは、会社小川証人の主尋問の中で確認されている(小川公煕・第一〇回八丁裏、九丁表)。

着工数は<書証番号略>の検査累計の数値と同一である。これは、<書証番号略>の管理グラフから次のとおり算出できる数値とほぼ一致している。

<書証番号略>の管理グラフにおいては、着工数はロット数で示されている。右グラフの選別実績歩留欄の最下段の検査完了日を右に見ていくと、八月一七日から九月一四日までが九月生産である。その上に各記載されている⑤等の数字は選別実績歩留を算出する検査伝票に含まれるロット数を示すものである。九月生産においては、合計九三ロット着工したことが客観的に明らかである。一ロットの個数は四〇〇〇個から四五〇〇〇個である(第一一回小川公煕一一丁表)から、多く見積もって4500個×93ロット=418,500個を着工したということになる。この数値は、<書証番号略>の九月分累計欄の数値(四一万五〇〇〇個)とほぼ一致する。従って九月分の良品生産予算は四七万〇五〇〇個で、着工数は四一万五〇〇〇個ということになる。

そこで、生産予算が記載されている<書証番号略>と右の<書証番号略>とを対置して、二SB三七〇の各月の生産予算と生産実績及び歩留ならびに着工数を一覧表にすると次のとおりとなる。

生産予算(個)

生産実績(個)

歩留(%)

着工数

四〇万〇五〇〇

不明

77.6

不明

四〇万〇五〇〇

三九万〇〇〇〇

80.8

四八万三〇〇〇

四〇万〇五〇〇

四二万八〇〇〇

80.4

五三万三〇〇〇

四三万〇五〇〇

三〇万二〇〇〇

67.6

四四万六〇〇〇

四五万〇五〇〇

二九万〇〇〇〇

75.2

三八万五〇〇〇

四七万〇五〇〇

三〇万五〇〇〇

73.5

四一万五〇〇〇

この表を一見すれば、生産予算に比べて生産実績がきわめて低いことが理解される。とりわけ、八月及び九月の場合は着工数が生産予算を下廻っており、仮に歩留が一〇〇%であっても、生産予算達成は不可能である。

例えば、問題の九月生産の予算は四七万〇五〇〇個であり、右予算を達成するには、八〇%の歩留が確保できた場合であっても五五万八一二五個着工する必要がある。ところが、現実の着工数は四一万五〇〇〇個にすぎない。歩留が一〇〇%であったとしても、九月生産予算の達成は不可能である。

このように、会社は、明らかに右生産予算を達成しようとしていないのである。

(2) ところが、原判決は本件残業命令当時「そのままの状態で推移すれば九月生産の当初計画の実現に支障をきたし、その結果控訴人に多大の損害をもたらすおそれがあった」と認定している。会社は生産予算を達成しようとしていなかったのであり、原判決が認定した「当初計画の実現」は、会社が、もともと放棄していたのであって、原判決のこの認定は、明らかに経験法則違反である。

そこで、会社は、<書証番号略>記載の「予算歩留がその後各月生産月毎に修正予算となるのと同様に、その絶対数についての予算も六ヶ月前に立てた方針を基礎に、当月生産分毎に実際の注文数量等に基づき修正予算を組み、修正予算歩留等を参考にして具体的に着工数を決定する」と主張した(昭和五七年七月八日付準備書面五三ページ)。けれども会社は、問題の九月生産について、もしそれが存在するとした場合においてであるが、修正されて具体的に決定した計画を一切明らかにしていない。そればかりか、この会社の主張に反し、会社の小川証人はこれが現場のエンジニアに指示された数字だと証言している(小川公煕第一一回二一丁裏〜二二丁表)のである。原判決はこの小川証言をどう評価したかも明確にせずあえて「九月生産の当初計画の実現に支障をきた」すと認定した。

しかし、この認定は、会社が生産予算を達成しようとしていなかったという上告人の主張していることに対し、何の理由ある反論を加えていない。原判決の判断には、理由不備の違法がある。

3 残業命令は生産計画実現と無関係である

(1) 歩留推定の目的が異なる。

一般的に歩留推定の目的は、毎月の生産について選別後の歩留の平均を予想し、これを基準として、予算を設け、製造に必要な個数を見込んで着工するという点にある。けれども、この歩留推定の目的は、生産月内の各段階に応じて異なるものである。

トランジスターの製造工程のうち、「焼付、組立、封止、選別の四工程を通過するのに約一五日間を要する」(原判決二六丁)ことは、会社が主張することであり事実である。

それゆえ、一生産月の途中で行う歩留推定は、当該生産月の着工数の増減には役立たない。

焼付工程着工後選別までは約一五日かかるのであり、一生産月の実績分は、その月半ばまでには、焼付工程に着工される。したがって、生産月の半ばに行う歩留推定では、当該生産月の着工数の増減に役立たないのである。

本件残業命令では、昭和四二年九月四日におこなった歩留推定のやり直しが命ぜられている。九月生産というのは、出荷が八月二一日から九月二〇日までであり、会社の主張においても、「検査完了日が八月一七日から九月一四日までの分」(原判決二九丁裏)であり、これは事実である。後述するように九月生産分は、九月四日に全部着工したのであり、九月四日の歩留推定は、九月生産の着工数の増減に役立たない。したがって、九月四日の歩留推定およびそのやり直しを命じた九月六日の本件残業命令は九月生産の実現を目的としたものではないことは明らかである。

(2) 現に、昭和四二年九月の生産については、九月四日までで九月生産の全数を着工済みである。上告人はこの点を昭和五六年九月一七日付準備書面五八頁、五九頁において主張しており、会社も昭和五八年七月八日付準備書面五四頁においてこの点を認めている。

したがって、九月四日の歩留推定作業の結果によって、九月生産の生産数を確保することは到底できないし、予定されてもいなかったことが明らかである。ましてや、歩留の悪化が予想されたとしても九月六日の本件残業命令で命ぜられた歩留推定のやり直しによって、九月生産の着工数を増加し、九月生産の予定必要量を確保することは、現実的に不可能だったのである。

会社は、九月六日中に歩留推定のやり直しがなされていれば、九月生産目標達成が可能だったと主張した。けれども、どうして可能なのかは、具体的に全く明らかにしていないし立証もなされていない。

(3) このように、九月四日の歩留推定そのものが九月生産計画達成を目的にしたものでないこと、および現実にも九月四日には九月生産の全数が着工済みとなり、同日から一〇月生産の着工が開始されていたこと、したがって、九月六日のやり直しを命じた本件残業命令は、九月生産計画実現と無関係であることがいずれも明らかである。

本件残業命令当時、「昭和四二年度上半期の最終締切日の九月二〇日を控えて、早急に九月生産の正確な選別実績歩留を得て、これに基づいて改めて九月生産の予定必要量を確保するための善後策を講ずる必要が生じるに至った」ということは、全くありえない。したがって、これを事実として「容易に推認されるところである」とした原判決の認定の仕方は、明らかに経験法則に違反するものである。

しかも、原判決は本件残業命令が九月生産計画実現と無関係であることを上告人が具体的に主張した(原判決八丁、九丁)ことに対して、何ら判断を示していないので理由不備の違法もある。

4 歩留推定の誤差も生産計画実現には無関係である

(1) 歩留推定の誤差が生ずるの意味に関して、原判決は、次のとおり認定した。

会社においては、「トランジスターを生産する際、生産効率を高めるため、毎月の製品の選別実績歩留(良品率)を予想し(予算歩留)、これを基準に予算を組み、製造に日数及び数量を見込んで着工し、右歩留の維持向上のため製造工程の各工程を管理する生産をとっていることから、被控訴人(上告人)の属する製造部低周波製作課特性管理係において、右選別実績歩留の推定を誤ると、直ちに製造原価の増大、製品出荷の遅延を招来し、当初の生産計画の実現に支障をきたし、その結果控訴人(会社)は多大の損害を被ることになるおそれがある」。

しかし、これは、常に妥当するものではない。あくまで、当月の生産予算(計画)と生産実績、着工数との関係を関連づけて具体的に検討しなければならない。本件残業命令当時、会社は生産計画を実現しようとしていなかったのであるから、これが妥当しないことは明らかである。

さらに、歩留推定の行われる時期および歩留推定の時期によっても、歩留推定の誤差がもつ意味が異なってくる。当該生産月半ばを過ぎて行う歩留推定により、当該生産月の着工数を増減することは不可能であって、当該生産月の生産計画実現と無関係であることはすでに述べたとおりである。

したがって、本件歩留推定の誤差の持つ意味は、前記原判決の判断の妥当しないところである。本訴一審判決も、この点において原判決と同様の判断を行った(二九丁)。けれども<書証番号略>は会社が原審においてはじめて提出したもので一審当時は生産予算や着工数の決定の仕方について判断する資料を欠いていたものであって、右判断は無理からぬところであった。

しかしながら、原審においては、まさに、当事者の主張の上でも論争となり、<書証番号略>も会社によって提出されていたのであるから、原判決が一般的に、歩留推定の誤差の持つ意味について右の判断を行ったことは経験法則に違反し、かつ理由不備の違法がある。

のみならず、この点で原判決と同様の判断をした本訴一審判決は、他方で「原告(上告人)のなした選別後歩留の算定が誤りであったとしても残業をしてまでその日のうちに算定のやり直しをしなければならない程の緊急の必要性があったことを認める証拠がない。」と明確に判断した。これに対し、原判決は、一審判決当時に加えて、右緊急の必要性を証明する証拠はなんら存在しないにもかかわらず、むしろ、原審において提出された<書証番号略>等によって、右緊急の必要性が存在しないことが明確になっていたにもかかわらず、本件残業の緊急性を肯定し、しかも、その理由を具体的に述べていない。原判決に理由不備の違法が存在することは、この点からも明らかである。

(2) 上告人の歩留推定の「誤差」は、現実に生産目標の達成に何らの影響もない。

毎月の累計(実績)歩留は<書証番号略>によると73.5%である(この<書証番号略>の数字は工務課と経理課の実績によるものである。)。上告人は九月四日に七七%の推定歩留を出した。この3.5%の誤差は生産目標に影響しない。

生産の実績をみると、七月が生産予定より約一三万個、八月が約一六万個、九月が約一七万個少ない生産実績しか上げていない。

九月、仮に七七%の歩留に基づく生産実績があったとしても、415,000個(着工数×77%=319,550個)の生産実績しか上げえない。九月の生産予算四七万五〇〇個には、はるかに及ばない。七七%の歩留の場合、九月の生産予算四七万〇五〇〇個を達成するには六一万一〇三九個の着工が必要となる。これに対し、七四%の歩留であれば、着工数は六三万五八一一個が必要となる。

ところが、七七%と推定した九月四日には、九月生産の全数をすでに着工済みだったのであるが、その実際の着工全数は四一万五〇〇〇個にすぎなかった。原判決は本件残業命令によって九月六日中に七四%の歩留推定がなされていたとすれば、追加着工して九月生産の予算四七万〇五〇〇個の確保が不可能だったとでも言うのであろうか。否、そのためには、歩留七四%で右予算達成に必要な六三万五八一一個と、実際の着工数四一万五〇〇〇個の差二二万個以上の追加着工が必要となるのであって、たとえ会社において、あらゆる対策をとったとしても、これが不可能であることは誰の目にも明らかである。

したがって、本件残業命令当時「緊急に九月生産の正確な選別歩留の推定値を得て、これ基づいて改めて九月生産の予定の必要量を確保するための善後策を講じる必要が生じるに至った」と認定した原判決には、あきらかに経験法則違反の違法がある。

原判決は、上告人の行った歩留推定の誤差が九月生産計画実現に何ら影響を与えるものではないにもかかわらず、何ら具体的な理由を示さないまま、これと結びつけて「特に当時被控訴人が算定した選別実績歩留の推定値よりも実績歩留の数値が下廻った結果が生じていたのであるから、その是正措置を緊急に講じる必要性があった」と判断したが、これも理由不備の違法がある。

この点においては、当時のトランジスターの製造技術をもってしては生産の歩留は常に変動しており推定歩留が実績と相違することは、さけられないことであったことを確認しておく必要がある。

会社の主張・証拠でさえ左のように述べている。

「トランジスターは、工程上のすべての条件を統御できるわけではなく、僅かの条件の相異とくに焼付におけるゲルマニウムとインジウムの合金の出来具合、合金間のゲルマニウムの厚さ等によって、大きな影響を受け、その電気的特性にバラツキを生じる」(会社昭和四七年六月一四日付準備書面三、11)「ゲルマニウム合金型トランジスターは多数の工程において、原材料のゲルマニウム自体又は他の金属部品と共に加熱変化させ製造する関係及び製品が微少であり女子作業者の繊細な技能と勘に頼る部分が多い関係から不安定な要素が多く、更に時代の最先端をゆく技術であるために学問的にも明らかでない分野が多いわけです。」(<書証番号略>石橋主任の陳述書・二・2)

5 採証法則違反、理由不備

(1) 会社側の証人は証言において、九月の生産目標達成が重要であること、期末予算達成の切迫さを強調した。しかし、その証言はいずれも抽象的であり、具体的なものではなかった。

これに対し、<書証番号略>「42/上期生産予算」は、昭和四二年上期(三月二一日から九月二〇日まで、即ち四月生産から九月生産まで)の各種トランジスターの生産予算を数量で表示したものである。会社小川証人の証言によると、武蔵工場工務部技術課において、客の需要を予測して作成されたもので、これは二SB三七〇の上期の生産予算を知るうえで極めて重要な資料とのことであった。この予算は、売上予算ではなく生産工場である武蔵工場の各品種の生産の予算であり、完成品(良品数)の数額を示しており、二SB三七〇に関する数量は備蓄も含まれているものである(小川公煕第一一回九丁裏)。この予算表に表示された数字自体が現場のエンジニアに示され、その数だけ完成品を作るように指示されていた(同二一丁裏〜二二丁表)。

会社は、小川証人に対する主尋問において、この予算達成の重要性を繰り返し強調した。工務課は「お客様と工場との接点……工場の生産計画を立案するところ……」であり、<書証番号略>は「各品種をどのくらい生産するか計画した資料」(第一〇回三丁表)であり、「九月は四七万〇五〇〇個ということで……予算が組まれておりました」(同四丁表)。生産が間に合わないと「片方の二SB七五が計画どおり生産できても……お客様の信用をなくす」(同四丁裏〜五丁表)というのである。

この証言によれば、<書証番号略>の上期生産予算表は、武蔵工場全体の生産の目標となり、その目標達成をいわば至上命令として一丸となって目ざしていたということになる。

(2) ところが、生産予算を示す<書証番号略>、生産実績および着工数を示す<書証番号略>によれば、前述のとおり、会社が生産予算を達成しようとしていなかったことは明らかである。また、<書証番号略>によれば、本件残業命令によってやり直しを指示された歩留推定が行われた九月四日の当時、すでに九月生産の全数は着工済みであって、本件残業命令にもとづいて九月六日中に歩留推定をやり直しても、これが九月生産目標の達成に何ら影響のないことも明らかである。

前記、生産予算達成を至上命令であるかの如く証言した小川証言らは、このように客観的証拠から結論される事実と明らかに矛盾する。ところが、原判決は何ら具体的な説明なくして<書証番号略>すら採用せず、本件残業の緊急性を認定した。

したがって、原判決の右認定の過程には明らかに、採証法則違反ならびに理由不備の違法がある。

(3) 原判決の認定がいかに不合理なものであるかを明らかにするために、原審における小川証人の弁解を検討することは有益である。

上告人は、昭和五六年二月五日の小川証人に対する反対尋問で、九月の着工ロット数を示し、多くても着工数は四一万八五〇〇個である事実を示した。

そして生産予算よりも、着工数がはるかに少ないのはどうしてかと問い質した。

「選別歩留というのは、完成品に対しての着工数のパーセンテージなんでしょう。

はい。

ですから歩留以前の問題としてですね、着工数が少なければ、一〇〇パーセント歩留やったって完成品は少ないわけでしょう。

はい。

だから、予算上四七万〇五〇〇個の完成品を予定しているんであればですね、すくなくてもそれと同数の着工数がなければ、一〇〇パーセントの場合でも良品数は得られないわけでしょう。

では、<書証番号略>で説明さしていただきますと、確かに九月は、九月の欄の右側のほうに、検査累計が四一五――いわゆる四一万五〇〇〇個――良品累計三〇五――三〇万五〇〇〇個――ということで先程のロット数と合うわけですが、八月の欄を見ますと検査累計三八五、良品累計二〇九ということで、もう七月からずっと確かに歩留が悪くてですね歩留が悪いということは、はっきり言えば、うんと着工しても会社としては損になるわけですから、当然のことながら着工数も落とすということでございます。」(小川公煕第一一回一二丁裏〜一四丁表)。

小川証人は着工数が少ないのは歩留が低下し、着工数を増しても原価高になるだけで会社が損をするからだとして逃げようとした。

では客からの需要にはどう応じるのか、客の信頼を失わないのか、との問いに対しては、小諸工場移転の為の備蓄をしないで移転を延ばしたと逃げた(小川公煕第一一回一四丁裏)。(ここで、はしなくも九月頃、備蓄生産をしていなかったことが露呈されてしまった。)

しかし、備蓄を延期するだけで需要は足りたのか、客に迷惑をかけてもいいのか、との問いに対し、それは客に迷惑をかけるか、会社が損をするかどちらを選ぶか、ということで、結局は、「私たちの判断では何とも言えません」(二〇丁)と言うことになった。

以上のとおり、小川証人は、予算つまり九月生産の目標は実現が予定されていなかったことを認めざるをえなかった。

これは、それまで、生産目標達成を至上命令としてこれを一丸となって目指していたという証言と明らかに矛盾する。

歩留が下がったら着工数も落とすという小川証人自身の弁解によって、本件残業命令の緊急性、必要性が存在しないことが明らかになった。更に、小川証人にとってどうにも説明できない問題は歩留が上がったことについてである。

「歩留が下がり原価高になるというのであれば、歩留が上がった翌月一一月には着工数はふえていなければいけない。それまで実績がはるかに予算に及ばないのであるから、それをばん回するためにも少しでも着工数をふやさねばならない。しかし実際は一一月の着工数は逆に減少している。」

この事実をつきつけられるや、小川証人は全く言い逃れができなくなってしまった。そして裁判長にも助けられ、着工数を決めるのは自分ではなく、全工場的なものであり、、「細かいことはわからない」(同二四丁表)と逃げてしまった。しかし結果的には、会社の主張した緊急性に関する自らしたすべての証言は、会社の捏造に基づく主張に沿う証言をすべく根拠のない証言をしていたことを露呈してしまったのである。

ところが、原判決は、このような小川証言をまのあたりにしながら、本件残業の緊急性、必要性を認定したものであって、これは、採証法則に違反するものに他ならない。

(二) 上告人には「手抜き」作業はない

1 原判決の認定

原判決は昭和四二年九月四日、上告人が会社に提出した選別実績歩留の推定作業につき、「少なくとも焼付先行試作の歩留及び既往の選別実績歩留を参考にして選別実績歩留の推定をすべきであったのにこれを怠り、単に焼付先行試作の歩留と手元のデーターのみに基づいて九月生産の選別実績歩留を修正予算と同一値の七七パーセントと算出したうえ、その旨の歩留推定表を作成し、同月四日午後四時過ぎころこれを石橋主任に提出した。ところが石橋主任は、九月の選別実績歩留が、被控訴人の算定した右推定値を下廻り、同月四、五日は六〇パーセント台を低迷し、同日になってもやっと七五パーセントに達する状況にあることを発見したことから、同日午後四時三〇分ころ被控訴人に対し、右歩留推定表の数値の算出方法を問い質したところ、被控訴人は、前記のような手抜き作業を行ったことを認めた。」と認定した(四〇丁)。

原判決のこの認定は、上告人が、「焼付先行試作のみによる歩留推定論」と呼んだ会社主張を基本として、九月四日の上告人の推定に手抜き作業があったことを認めようとしたものである。

上告人は、会社が仮処分第一審以来主張してきた「焼付先行試作のみによる歩留推定論」は、全く虚偽の主張であり、文字どおり捏造したものであることを繰り返し主張してきた。

その結果、本訴第一審においては、その虚偽性が明確にされ、生産現場を直接知っている会社申請の石橋和証人でさえこれを、そのままには供述することができなくなり、第一審判決は、この会社主張を採用しなかった。原審においては、明らかに、控訴人たる会社および会社代理人でさえ、本気になってこの主張を維持しようとはせず、その破綻を十分に認識した蕪山裁判長が、会社に新しい職務怠慢の主張を整理させるために釈明権を行使するに及んだため、上告人が同裁判長を忌避申立するにいたった。

ところが、原判決は、いったんは捨て去られた主張を拾いあげ、これに第一審判決の事実誤認の部分をつなぎあわせ、いかにも説得的であるかのごとき作文をつくりあげた。

しかし、原判決がいかにとりつくろうと努力してみても、もともと会社捏造による主張の破綻はおおいようがない。

以下において、原判決認定の誤りを端的に指摘する。この事実誤認は、経験法則違反、採証法則違反および理由不備の違法があり、この違法は、残業命令の適法性に大きな影響を与え、判決に影響を与えるものである。

2 「実績歩留値を参考にしない」ということはありえない

(1) 原判決は「既往の選別実績歩留を参考に」しないで選別実績歩留を算出したと認定した。

しかし、このようなことがおこりえないことは、上告人が繰り返し、主張・立証してきたところであり、会社側証人も、このことの故に、「焼付先行試作のみによる歩留り推定論」を維持しようとすることを放棄した。

「既往の選別実績歩留」を「参考にしないことがない」ことは、上告人が作成した「歩留推定表」により一目瞭然である。

<書証番号略>は、上告人が九月四日に歩留推定を書いて会社に提出した用紙と同一の歩留推定表である。このことは、会社も認めている。<書証番号略>の主要部分の形式は左記<編注・下表>のとおりである。

この用紙には、測定上がり日までの歩留の実績を記入する欄が存在する。<書証番号略>においては、「八一・七」と記入されている。これが会社のいう選別後歩留(選別実績歩留)である。

すなわち、この歩留推定表に普通に記入されていて、推定表が上司に提出されていれば、選別実績歩留を参考にしないということはおこりえない。

上告人は、九月四日に歩留推定表を提出した。当日提出された推定表が、問題とされたことはない。

小川も石橋も、九月四日には上告人の推定が妥当であると判断したと、証言している(小川証人一一回六〇丁、石橋和一三九五丁)。

この事実により、選別実績歩留を参考にしないで推定したということがありえないことであることは十分証明されている。

月生産選別歩留予定

月予算

実績

推定

月トータル

推定

実績

選別上り日

10/18~25

10/26~11/1

11/2~11/17

アロイ日

9/27~10/4

10/2~17

10/7~20

ロット数

22

23

36

81

歩留

81

81.7

80.6

80.1

80.7

不良内訳

ICBO

6.5

5.6

6.8

6.8

6.5

ICEO

2.0

1.25

1.2

1.5

1.4

VCBX

3.0

3.3

3.7

3.7

3.6

IB大

4.0

5.0

5.0

3.5

4.3

IB小

3.0

2.25

2.0

3.7

2.8

その他

0.5

0.9

0.7

0.7

0.7

配分

370A

26

33.5

24

20

25.8

B

54

55.3

51

50

51.8

C

20

11.3

25

30

22.4

備考

上告人が九月四日に提出した推定表は、生産月半ばの推定であるから、石橋証人の証言によると、九月一日あるいは八月三一日までの選別実績歩留の数値が管理グラフに打点されており、九月四日の推定表にも8/17〜9/1あるいは8/17〜31の間の選別実績歩留(選別日は8/17から<石橋和第一三四四丁裏>)の数値が記載されていたのである(石橋和第一三九五丁裏)。

表の不良内訳の欄にも、不良の内訳が実績に基づき記載されていた。右のとおりであったからこそ、小川チーフリーダーも、石橋主任も上告人の提出した九月四日の推定表に承認印を押した。

(2) 原審において、この推定について証言した会社側証人は小川公煕である。

小川証人は第一一回口頭弁論において次のように答えている(六一丁以下)。

「(<書証番号略>を示す)

九月四日、田中が推定した日も期の中間ですからそれまでの選別実績歩留は書かれていたということですね。

おそらくそうおもいます。

もちろん田中はその選別実績歩留の数字を承知して歩留推定をしたと考えられますね。

はい。

会社が本訴において、田中がこの歩留推定をするのに、単に焼付先行試作の結果のみをみて推定したと主張したのは、あなたは御存知ですか。

いいえ、知りません。

期の中間において推定する場合に、選別実績歩留を書かないということはそもそもないでしょう。

それはないと思います。

当時の実情からしてもまず選別実績歩留をみないで歩留推定をすると、会社がどうしてそんな主張をしたのですか。あなたはそれに関与していないのですか。

私は一切わかりません。

会社の石橋主任がこの仮処分の当初そういう陳述書を出しているんです。本訴で石橋主任とそういうことをあなたは話したことがありますか。

ありません。

会社が焼付先行試作の結果のみに基づいて田中が推定したという主張をしているのですが、そういう主張を会社が出すについて、田中の上司であるあなたが関与したかどうか。

しておりません。

あなたに対して会社が確かめるようなことも全然なかったのですか。

ありませんでした。

会社の陳述や証言によると、当時解雇処分になる前に既に手抜きのことが今私のいった意味で焼付先行試作の結果のみに基づいて推定したということが問題となっていたといわれているのですが、あなたは聞いてないんですか。

私は聞いておりません。」

会社主張のごとく、もし、九月六日「手抜き」が石橋との間で問題となったのであれば、翌七日に上告人のなした歩留再推定作業に関与した小川が、これを全く知らないということは全く考えられない。

これは原審において、会社の主張が虚偽であることを、小川証人は全面的に認めたものと断言できる証言の内容である。

(3) 以上の指摘により次の二点が確認できる。

① 「既往の選別実績歩留」は、上告人の作成提出した歩留推定表に書き込まれてあり、これを参考にすることを怠ったということはありえない。

② 原審において、上告人の職務怠慢行為を立証しようとして、会社申請の証人として証言したチーフリーダーであった小川公煕証人が、この会社の「焼付先行試作のみによる歩留推定論」にそう内容を会社代理人のした主尋問において証言せず、反対尋問においては、会社のこの主張をきいておらず、ありえないことであると明確に証言した。

この二点からみても「焼付先行試作のみによる歩留推定論」を原判決が採用するなどということは夢想すらできないことであった。

(4) 念のため事実はどうだったのかを確認しておく。

それは、原判決も証拠として採用した証人大川政美の証言に明らかである。

「スタッフは歩留がどういう状態か日に何度も見ていた」(一〇頁)。

「(焼付先行試作の歩留のみに基づいて歩留推定をしたと言われているが)これはあり得ないと思います。というのは特性管理係の職場は<書証番号略>のグラフを中心に働いているところなので焼付先行試作の歩留だけを見てその直ぐ上に出ている選別実績歩留を見ないで選別後歩留を推定することは考えられないからです。封止抜取歩留も直ぐ上に示されているのであるから、それについても同じことが言えると思います」(一二頁)。

という状況である。

(5) 本訴第一審判決は前記の小川公煕の証言は聞いていないのであるが、それでさえも、会社主張を採用しなかった。上告人は原審においても、会社主張の虚偽を繰り返し主張した。原判決は、上告人のこの指摘になんの反論を加えることもなく、会社主張を採用した。

原判決は、上告人の主張に真面目に耳をかたむけたのであろうかと、疑わざるを得ないのである。

(6) 原判決は、会社のした「焼付先行試作のみによる歩留推定論」に加えて、本訴第一審判決が事実誤認した最新の封止先行試作のデーターを検討しなかったという点をつなぎあわせた。そのうえ上告人が、「前記のような手抜き作業を行ったことを認めた。」と認定した。

しかし、会社側証人の誰一人として、上告人がこのような「手抜き作業を行ったことを認めた」などと供述、証言しているものはいない。

どうみても、原判決は、事実を探求するという姿勢を捨て去り、検討を加えることなく、捨て去られた会社主張と事実誤認である第一審判決認定をつなぎあわせたにすぎないと判断せざるを得ない。

3 職務怠慢論と蕪山裁判長の釈明権の行使

(1) 会社は仮処分第一審において、この「焼付先行試作のみによる歩留推定論」を主張した。仮処分第一審判決はこの会社主張を前面的に認めたうえ、「のみならず前示認定によれば、申請人は上長が残業命令を発するきっかけとなった推定歩留の算出の際の申請人自身の怠慢についても何ら反省の態度が認められないのであるから、申請人の請求は一層悪いと言わなければならない。」と説示して、解雇を有効と判断する有力な根拠とした。

この判断に端的に示されているように、会社はたった一回の残業拒否を実質的な理由とする解雇について、上告人の責任を強調するためにこの主張をつけ加えた。

しかし、審理が進むにつれて、この会社の主張が維持しえないものであること、端的にいうと、意図的に捏造したものであることが次第に明確となり、ついに訴訟関係者の共通の理解となった。

(2) 原審の審理の最終段階の昭和五六年六月一二日、蕪山裁判長は、会社に対し、「(上告人の)職務怠慢、労務の不完全提供が選別実績歩留の低下をもたらした、と主張するのであれば、その関係をより具体的に主張すること」ということについて釈明権を行使した。

この釈明権の行使は違法不当なものであるが、それにしても、それまでの会社主張・立証によっては、上告人の手抜き作業が認定できない状態にあったからこそ、上告人の反対にもかかわらずあえてなされたものである。

この点は上告人のなした異議の申立に対する決定(昭和五六年九月一日付)に明確に語られている。

求釈明事項の二項は、「被控訴人の職務怠慢が本件残業命令を『惹き起こした。』という関係の成否につき更に説明すること。」であるが、九月四日の歩留推定において、会社の主張の「手抜き」が認められるのであれば、(会社主張によると)その推定のやり直しを命じた残業命令なのであるから、右の「手抜き」が残業命令を「惹き起こした」ことは明白である(仮処分第一審判決が認定したところであることは前述した)。蕪山裁判長が、それをあえて、求釈明に及んだのは、それまでの会社主張の歩留推定における「手抜き」が認められないと判断したためである。

(3) 蕪山裁判長の訴訟指揮により、会社は新たな職務怠慢、労務不完全提供を主張し、八月以降、九月四日まで選別実績歩留が低下したことの責任が上告人にあることを主張し、これを立証しようとした。

会社は、右選別実績の歩留の低下が上告人の職務怠慢、労務の不完全提供にあるとするために、選別実績歩留が低下した八月二六日から九月六日の期間より、更に約一五日遡る期間における上告人の職務怠慢を主張した。蕪山裁判長の釈明権の行使も、焼付から完成までの工程が一五日を要することに着目し、九月四日頃の歩留低下についての上告人の責任を主張させようとしたことにあったからである。

(4) しかし、原判決が認定した手抜き作業の点は、蕪山裁判長が会社に主張させようとした職務怠慢行為とは、全く異なる点であることが明らかである。

蕪山裁判長が会社に主張させようとした点は、前記決定に従うと「被控訴人によるコントロールポイント操作の不完全ないし焼付炉切替後のフオローアップ・ケアの不充分をいうものであ」り、「従前主張」と「具体的内容を異にする事項」である。

ところが原判決は、蕪山裁判長の釈明権行使により会社に主張させようとした事項を認定することができずに、乱暴にも反古になっていた会社の主張をもちだしたのである。

(5) 原判決の認定には、この外にも多くの誤りが含まれているのであるが、以上の考察により、原判決の事実誤認が経験法則違反、採証法則を大きく逸脱したものであることが明確にされたと確信する。

(三) 残業命令は就業規則に該当しない

原判決は、上告人が九月四日に石橋主任に提出した歩留推定表に、上告人の手抜きがあり、このため九月六日、石橋主任が原因の究明と歩留推定のやり直しを命じたことについて、残業命令を発する緊急の必要性があったと認定したのであるが、以上述べたように、上告人には手抜き作業はなく、九月生産の予定必要量を確保するという点も認められず、残業命令を発する緊急の必要性もなかったのであるから、三六協定の(6)「業務の内容によりやむを得ない場合」、(5)「生産目標達成のため必要ある場合」、(7)「その他前各号に準ずる理由のある場合」に該当せず、石橋主任の残業命令は違法なものであり、就業規則第五一条第一項第六号の「業務に関する上長の指示」に該当しないのであるから、原判決は、法令適用の誤りがある。

この誤りが判決の結果に影響を及ぼす重大なものであることはいうまでもない。

二、原判決は、上告人が時間外労働の義務を負うものと解した点において法令解釈の誤りがある。

(一) 原判決の論旨

原判決はつぎのように判示した。

「当該労働協約及び就業規則において、業務上やむを得ない事由のある場合には、控訴人は従業員に時間外労働をさせることができる旨の定めがされ、かつ、いわゆる三六協定が締結されているときは、控訴人は、右三六協定所定のやむを得ない事由のある場合には、時間外労働を命ずることができ、当該従業員はこれに従い時間外労働を行う義務を負うものと解するのが相当である」

そして原判決は、労働協約(<書証番号略>)にもとづいて締結された武蔵工場における三六協定に時間外労働の事由として列挙された項目のうち、

「(5) 生産目標達成のため必要ある場合」

「(6) 業務の内容によりやむを得ない場合」

「(7) その他前各号に準ずる理由のある場合」

の三点について

「いささか概括的な規定内容ではあるけれども、前判示のような被控訴人の具体的な業務内容に徴すると、被控訴人に予測困難な残業の内容及び時間を一方的かつ無限定に課する結果となるものとは認められず、また、控訴人の企業経営上、製品の需給関係の変化に即応して生産計画を適正円滑に実施する必要性等を考慮するときは、右(5)ないし(7)の各項目のような規定方法によるもやむを得ないものであり、これをもって控訴人に残業の内容を指定して時間外労働を命ずる権限を包括的に委ねるものであるというべく、右規定を不相当であるということはできない。」

とし、本件残業命令については

「前記三六協定の(6)の「業務の内容によりやむを得ない場合」に該当するとともに同協定の(5)、(7)にそれぞれ該当するものとして正当な理由があるということができる。」

とした。

(二) その誤り

1 論証なき独断

右三六協定の(5)(6)(7)は、きわめて抽象的、包括的な規定である。これでは実際問題として、被上告人会社が「やむを得ない場合」と言いさえすれば、この(5)(6)(7)のいずかに含めることができるわけで、「やむを得ない」の一言によって労働者にとって予測困難な残業の内容や時間を一方的に課することになる。

ところが原判決は、これらの規定が「いささか概括的」ではあるけれども「具体的な業務内容に徴すると」そういう一方的な残業を課する結果になるものとは認められない、という。しかし、その根拠は、なにひとつ示されていない。原判決はただ、「企業経営上製品の需給関係の変化に即応して生産計画を適正円滑に実施する必要性」を言い、そこから右の(5)(6)(7)のような規定方法によるも「やむを得ない」と言うのみであって、それは単に被上告人会社の主張を繰り返したものに過ぎず、その具体的な理由づけは、なんら示されていないのである。 三六協定は、労働基準法の大原則である八時間労働制に対して、その例外を許容するものである以上、三六協定の規定内容も、規定の解釈運用も、当然のことながら曖昧であることは許されない。労働者にとって予測困難な残業を一方的に課せられる結果をまねくような「業務の内容によりやむを得ない場合」などという抽象的な規定は、三六協定の文言として決して、許容されるべきものではない。ところが原判決は、具体的な根拠、理由づけを、なにひとつ示さぬまま、そのような曖昧な規定でもやむを得ない、そのために労働者が予測困難な残業を一方的に課せられることはない。と言い放った。判旨は論証なき独断にすぎない。

2 労基法の本旨を無視

そもそも原判決は、労働協約・就業規則の規定と三六協定により使用者が、時間外労働を命ずることができ労働者はこれに従って時間外労働を行う義務を負う、としながら、なぜ労働協約・就業規則と三六協定が結びついたときにそれが時間外労働を命ずる根拠になるのか、この肝心の理由については、「……と解するのが相当である」と言うだけで、それ以上なにも論及していない。

前述のとおり、本件事案の大きな特徴は、ただ一回の残業拒否が、それも翌日には夜遅くまで残業して前日命ぜられた仕事を完了したにもかかわらず、出勤停止さらには懲戒解雇の理由とされたことにある。そして原判決が、すでに本件仮処分高裁判決さらに本訴一審判決の、再度にわたって本件懲戒解雇を違法無効とした結論をも、あえて覆えしたのは、原判決が、本件当日の残業命令は絶対無条件のものであり、直ちに従わなかった上告人の所為は格別に重大な職務違反である、という判断を、判旨の基調に据えたからにほかならない。しかし原判決は、それほどまで強力な拘束力を本件残業命令について認めた根拠を、具体的には、なにも示していないのである。労働協約と就業規則に三六協定が結びつくとき、そこから時間外労働とこれに従う義務が生ずるものと解する。と言い放つだけで、「解する」ということの根拠に言及することもなく、その時間外労働命令が即座に無条件で従わなければ懲戒解雇にまで連動するほどの絶対的な拘束力を有することの法的根拠についても、原判決は全く触れていない。

昭和四二年九月六日の本件残業命令について、本件の仮処分高裁判決も本訴地裁判決も、理由づけの差はあれ、そこまで絶対的な拘束力は認めなかった。その結論を一挙に覆えすというのに、原判決の論旨は抽象的な形式論にとどまっている。ここに原判決の特徴がある。

原判決は、本件残業命令の根拠について、八時間労働制の原則と例外を定めた労基法の本来の制度の趣旨に論及することなく、抽象的な形式論をつなぎ合わせて逆転の結論を導き出した。ここに、以下、原判決が避けて通った労基法の制度の趣旨を、あらためて念のため、本件事案に即して再論したい。この原判決が素通りした論点を現時点で再検討することこそ、原判決の論旨の根本的な誤りを白日のもとにさらすキメ手になるからである。

(1) 制度の趣旨

① 周知のとおり労働基準法は、労働者の人間らしい生活の実現のために、その必要な労働条件の最低基準を定立することを目的とするものである(労基法第一条。憲法第二五条)。八時間労働、週休制を原則とするわが国の労基法における労働時間規制も本来的に労基法の目的に即してとらえなければならない。したがって、労基法第三六条のような緩和・例外規定の解釈にあたっては、なによりも労基法の法目的に由来する労働時間規制の基本理念にもとづく体系的把握が必要とされる。その緩和・例外規定が決して別個独立的に解釈されてはならないことは、言うまでもない。

② 国際的にみても、すでに七〇年前のILO第一号条約(一九一六年)が鉱業労働について厳格な八時間労働制(時間外労働は一日一時間を限度とする)を定めて以来、各国の法制において、八時間労働の原則に対する例外は、きわめて厳格な制限を課せられている。たとえば西ドイツでは、時間外労働は一日二時間、一年に三〇日を限度とし、イタリア、ベルギーでも時間外労働は一日二時間を限度としている。またアメリカ、フランスでは、時間外労働の規制を実行あらしめるため、その割増賃金の率を五割増としている。(原審第一八回口頭弁論、青木宗也教授証言)

またILOの一九六二年労働時間の短縮に関する勧告(第一一六号)も、八時間労働に対する時間外・休日労働の例外については、「真に許容される必要性があること」「一定期間内に許容される総超過労働時間数の限度が定められること」など、超過労働に厳格な制限を要求しているところである。

その一方、わが国の労基法においては、時間外・休日労働の例外について真の必要性の明記もなく、ほとんど適用事業制限も超過労働時間数の制限もなしに時間外・休日労働を安易に許容したことは、国際的にはあまり例をみない取扱いであり、多くの労働法学者から立法上のミスであるとの批判をうけている(青木宗也・金子征史教授、昭和五六年一一月二二日付意見書。<書証番号略>)。

しかしながら、わが国の労基法第三六条、第三七条は、不十分ながら超過労働に対する制限的機能をはたすべく条件を規定していることもまた事実であって、労基法の基本理念をふまえつつ第三六条、第三七条所定の超過労働許容のための条件が存在する法構造を勘案するかぎり、労基法第三六条はあくまでも八時間労働、週休制の原則に対する例外として把握されなければならない。すなわち、労基法第三六条は、同法所定の手続をふませ、さらに第三七条所定の割増賃金の支払を義務づけることによって、恒常化・長時間化する時間外・休日労働を廃除し、八時間労働制への復帰を予定したものと考えなければならない。したがって、労基法第三六条の立法趣旨は、まさに臨時例外的におこる時間外・休日労働についてのみ、その必要最小限度でそれを認めたうえで、労働者の健康で文化的な最低限度の人間らしい生活を保障する点にあるといわなければならない。(前掲、青木・金子意見書)

③ 以上のような労基法第三六条の立法趣旨のとらえ方は、近年の労働時間短縮の動向にも即したものである。

前掲一九六二年のILO労働時間短縮に関する勧告(第一一六号)につづいて、一九七〇年ILO第一三二号条約、一九七四年ILO第一四〇号条約など、一九七〇年代以降、労働時間短縮の動向は、休憩時間、週休制、年次有給休暇日数の増加および有給教育休暇の権利を盛り込んだ形で、一層の進展をみた。

わが国でも一九七〇年代後半に至って、労働行政が労働時間短縮をめざして活発化した。一九七七年一一月の中央労働基準審議会「労働時間対策の進め方」に関する提言が引きがねとなり、これを受けて一九七八年五月二五日発基五六号「労働時間対策について」労働事務次官通達が出され、これを受けて同年六月二三日基発三五五号「労働時間短縮の行政指導について」労働省労働基準局長通達が出され、以来、労働時間短縮、休日、休暇の増加にむけての行政指導が本格化する。そして、その後、一九八〇年一二月には「週休二日制労働時間対策推進計画」が策定され、労働時間短縮は今日における労働行政の中心となった。これらはいずれも、労働者の労働時間短縮要求の正当性が、社会的にも、ますます明確に承認され、使用者としても労働時間短縮の実現がその社会的責任となっていることを、端的に示すものである。それだけに、労働時間規制の臨時例外的性格を法構造的にもつ労基法第三六条は、今日においてより一層制限的把握をすることが要請されているといわなければならない。(以上、前掲青木・金子意見書、青木証言、各参照)

(2) 残業義務の根拠

① 以上のように、労基法第三六条の立法趣旨を総合的に考察するならば、労基法第三六条、第三七条の手続によって時間外労働が臨時例外的に許容される場合にも、その私法上の超過労働義務(違反に対して懲戒罰をともなう)がいかなる場合に、いかなる範囲で発生するかは、さらに厳格に、より制限的に解することが要求される。

② 三六協定自体から労働者の時間外・休日労働義務は発生せず、三六協定は使用者に対して労基法第三二条、第三五条違反の処罰(労基法第一一九条)を免れさせる効果を有するにすぎない、という理解は、周知のとおり、すでに確立された学説・判例理論の大勢となっている。その私法上の義務の発生する根拠について理論上の対立はあるけれども、残業義務の根拠についてどのような見解に立とうとも、従来の判例は、残業義務違反に対する懲戒処分とのかかわりにおいて、残業命令に一定の制約を加える論旨が、判例理論として共通の特徴を示している。原判決は、この点、極端な例外であった。この点、判例理論の形成過程からの考察と批判は後述するとして、まず時間外・休日労働義務の根拠について論点を端的に要約すれば、つぎのとおりである。

労働者の最も基本的な自由は、言うまでもなく自由な意志によってのみ労働力を売ることにある。それゆえにこそ、憲法第一八条は強制労働を禁止し、労基法第五条では「暴行、脅迫、監禁、その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって労働を強制してはならない」と、精神的な拘束による労働を強制することまでも排除している。しかもその違反に対する罰則が労基法第一一七条によって一年以上一〇年以下の懲役とされ、一般の労基法違反の罰則が第一一九条で六ヶ月以下の懲役とされていることと対比して非常に重い刑が科せられる。

労働者は、使用者との就業規則を媒介として、契約に基づいて、一定時間労働力を売り渡す。その時間は自由な意志で売り渡した以上、使用者の命令によって拘束され働くことを義務づけられる。しかし、それ以上の労働力を売るか売らないか、すなわち時間外労働をするか否かは労働者の自由であって、この自由は、就業規則や労働協約の一般的な規定(業務の都合によっては残業をさせることができる、というような概括的な規定)によって他律的・制度的に奪われるものでは決してない。そのような労働協約や就業規則の一般的概括的な規定は、結局、残業をさせることがある、ということを意味するに過ぎないのであって、残業の業務は、あくまでも労使の個別的な合意を媒介としてのみ生ずる問題である。(以上、前掲青木教授証言、青木・金子意見書、青木教授著「労働時間の研究」<書証番号略>を各参照)

3 判例理論の形成過程

さらに、残業業務をめぐる判例理論の形成過程をふまえてみるならば、本件の一回の残業命令が、即時無条件に従わなければ懲戒解雇にまで連動するほどの絶対的な拘束力を有するものでは決してないことが、どのような理論構成によっても一致して結論づけられるものであって、その要旨は以下のとおりである。

(1) 片山工業事件判決の意味するもの

古くは、判例上、労基法の法理に対する理解が十分でなかった。池貝鉄工事件・東京地裁判決(昭二五・六・一五)、あるいは大窪精機工業事件・神戸地裁判決(昭和三八・八・一三)が、三六協定自体から労働者の残業義務を漫然と直結して論ずる誤りをおかしていた。しかし、やがて学説の展開を反映して、片山工業事件・岡山地裁判決(昭四〇・五・三一)は、つぎのように判示した(労民一六―三―四四三)。

三六協定は、

「刑事免責にその効力があるのであって、時間外・休日労働に服すべき労働者の義務が三六協定から直接に生ずるものではなく、使用者が労働者の義務としてこれを命じうるためにはその権利が労働契約上使用者に与えられていなければならない」

以来、判例理論においても、この判旨が基調としてつらぬかれることとなった。その転機を画した判決として、片山工業事件判決は判例史上、重要な意味をもつ。

と同時に、この判決の指摘する「その権利が労働契約上使用者に与えられていなければならない」ということの意味内容は、これをさらに詳しく理論構成する場合、その構成の仕方は一様でない。その後の判例理論は、この片山工業事件判決のいう「労働契約上」の根拠をめぐって展開することとなった。

(2) その後の判例理論の展開

以来、判例は、労働協約、あるいは就業規則、あるいは個別の合意に、残業義務の根拠を求めることとなる。この点の判例理論の形成過程は、つぎのとおりである。

(a) 労働協約に根拠を求めるもの

全日本検数協会事件・名古屋地裁判決(昭四三・一〇・二一)は、三六協定が労働協約として締結された場合、それは、組合員が使用者から

「命ぜられた際は時間外勤務に服する義務を負担する趣旨」である以上、組合員は「労働協約の性格を有する三六協定上」使用者に対し「一般的な時間外勤務義務を負担するに至ったものというべきである」

とした(労民一九―五―一三二六)。

この点、判旨は、三六協定と労働協約とのかかわりについて、つづけて次のようにいう。

三六協定は使用者に対して免責を与えるのみで労働者に残業義務を課するものではない、という見解は、

「いわゆる三六協定が、その純粋な形態においてそのような効力しかもち得ないとの趣旨であれば、当裁判所としてもこれを正当として是認するところである」

と(同一三二六〜一三二七)。

つまり判決も、三六協定自体から労働者の残業義務が生じないことは認める。しかし労働協約の場合は別だというのである。なぜであろうか。前掲のとおり判旨は「労働協約の性格」と、当該協約の残業義務負担の「趣旨」を論拠に挙げる。ここに問題があった。

もともと、三六協定自体から残業義務は生じないのに、その同じ中身が労働協約の衣をまとった途端に労働者に残業を義務づけるというのは不合理ではないか。判旨は「労働協約の性格」からそうなる、という。しかし、もともと労働協約は、労働者の権益を守るためにこそ労組法が制度化したものであって、労働者に対し時間外労働のような労基法の例外を、そのような特別の負担を、当然に義務づけるという性格のものではない筈である。労働協約の直律効(労組法一六条)は、労働協約の内容の如何を問わず無条件に妥当する性格のものではない。判旨は、この点、三六協定と労働協約との形式上の相違に眼を奪われて、その内容が同一であることの意味を見落した。判旨は、片山工業事件判決が残業義務の根拠として掲げた「労働契約」を、労働協約の直律効から引き出そうと試みた。

しかし、それは、あくまでも労働協約の一般論であって、個々の協約内容の具体的な検討を素通りしたまま、もともと労働者に残業義務を負わせることのできない三六協定の内容までも労働協約の形式をとれば直ちに労働者を義務づけるというのは、あまりにも形式論に過ぎる。全日本検数協会事件判決は、形式論以上なにも論拠を提供せずに終った。この点の解明と批判は、その後の判例理論の発展に委ねられたのである。この点は後述するとして、ここでは、まず、もうひとつの判例理論の傾向と問題点を検討する必要がある。

(b) 就業規則に根拠を求めるもの

日本鋼管事件・横浜地裁川崎支部判決(昭四五・一二・二八)は、つぎのように判示する。

三六協定だけで使用者が直ちに労働者に残業を命ずることはできない。しかし本件では「就業規則の規定があり原告が右規定と異なる労働契約を結んでいたことを認め得る証拠もないから、右就業規則の法規範的効力により」使用者は適法に残業を命ずることができる(労民二一―六―一七八〇)。(同旨。西日本新聞事件・福岡高裁判決、昭四〇・一一・一労民一六―六八一九)

判決は、残業義務の根拠を「就業規則の法規範的効力」に求めた。就業規則の法的性質については周知のとおり様々な議論があるけれども、それはさておき、判旨は、就業規則に法規範としての効力を承認する立場から、当該就業規則によって労働契約の内容が規定され、その規定された内容の労働契約が労働者に所定の残業を義務づけるという論理構成をとった。片山工業事件判決が残業義務の根拠に挙げた「労働契約」の成立過程を、全日本検数協会事件判決は労働協約から、日本鋼管事件判決は就業規則から論証しようとしたわけである。

しかしながら、その根拠を就業規則に求めようとすると、これまた論旨は矛盾する。なぜなら、ここでも問題は、就業規則の一般論ではなくて、その内容にある。いかなる内容の就業規則でも労働契約を適法に規制するという理屈は、もはや今日では判例理論上も到底通用する筈がない。そして、三六協定自体には労働者に残業を義務づける効力が認められないのである。とすると、その同じ中身が就業規則の衣を着れば途端に労働者を、その意に反してまで義務づけるというのは、あまりにも不合理であろう。

片山工業事件判決が三六協定と残業義務を結びつけた媒介項は「労働契約」であった。ところが、その根拠を就業規則に求めるとなると、もともと労働者が義務づけられることのない三六協定の中身が、使用者の一方の権限で定められる就業規則に盛り込まれると途端に、もはや労働者として拒否することのできない契約内容に転化するという、大変に無理な理論をあえて押し通さなければならなくなる。このような理論で個々の事案を割り切るのは、とても無理であった。事実、以下に引用するとおり、その後の判例も、一般論として残業義務の根拠を就業規則に求める立場に立ちながら具体的な残業命令については個々の事案に応じて一定の制約を加えるという傾向が見られるようになる。この点は労働協約に一般的な根拠を求める立場の判例においても共通の傾向になっている。

(c) 残業命令に制約を加える契機

労基法が、刑罰の制裁を置いてまで厳しく定める労働時間規制の趣旨からすれば、そこに例外が許容されているからといって、その例外として許容された時間外労働を、正常な時間内労働と全く同一視して、両者について使用者の指示命令に、一切、差を認めないというのは本来不合理なことである。後述のとおり日本鋼管事件判決の後の判例が、その理由づけは一様でないけれども、残業命令に一定の制約を加える論旨を残しているのは、そのことの反映にほかならない。そしてまた、制度の趣旨を解釈に生かす以上、残業命令を制約する論理は、いわゆる法内超勤の場合にも共通して妥当する。

以下まず、労働協約であれ就業規則であれ、なんらかの根拠から使用者の一般的・包括的残業命令権を承認する立場にありながら具体的事案に応じ結局は残業命令に一定の制約を加える判旨を残した判例を、典型例について検討してみる。

(イ) 東洋鋼板控訴事件判決(広島高裁昭四八・九・二五)

事案は法定休日労働に関する三六協定が労働協約として締結された場合の、休日出勤命令拒否。これに対する懲戒処分(減給半日分)を原審は容認したが(山口地裁徳山支部判決、昭四四・八・二七)、控訴審では原審判決を取り消し、懲戒処分を無効とした。判旨は、その休日出勤拒否をめぐる具体的な事実経過を総合的に判断した結果、その「諸般の事情」から本人はその「休日の出勤を拒絶するについて相当な理由があったと解されなくはない」とし、懲戒権の濫用を認めた(判時七二四―九一)。

判旨は、休日労働義務の根拠を労働協約に求めるもので、この点は前掲の全日本検数協会事件判決と共通する。しかし、原審が、そこから休日労働という例外を平常の労働日の労働と全く同視して、休日の出勤命令違反を職務命令違反の一般論に解消し懲戒処分を容認したのと異なり、この控訴審判決は、当該休日と休日労働拒否をめぐる労働者側の事情も具体的に詳しく総合判断に加えた上で、その「諸般の事情」から処分は懲戒権濫用と判断した。

(この結論は、上告審判決でも維持された。最判昭五三・一一・二〇。労判三一二―一六)

(ロ) 北九州市清掃局事件・福岡地裁判決(昭五二・一二・二)

事案は法内超勤の拒否であるが、判旨は、つぎのようにいう。

「法内超過労働の場合には就業規則ないし協約で残業義務づけ規定を設けても同法三二条違反とはならず労働条件の基準として労働契約の内容となり得ると解される。しかし就業規則や協約に一般的概括的な残業規定がある場合に個々の労働者の残業義務を全面的に肯定すれば事実上所定労働時間制の建前を崩し恒常的な超過労働を容認する結果となり同法一五条の労働条件明示義務違反の疑問も生じる。したがってこのような場合には労働者にも超過労働を拒否しうる場合のあることが承認されるべきである。そしていかなる場合に労働者の拒否が正当とされるかは、基本的には、超過労働を命じる使用者側の必要性と、労働者側の拒否事由の合理性との利益衡量によって判断すべきものと考える。」(労判二九二―四七)

法内超勤の場合でも、その超過勤務命令は平常の所定労働日、所定労働時間内の職務命令とは同視できないとする判旨は、労基法の立法趣旨に照らして、「恒常的な超過労働を容認する結果」を招くような解釈論は許されない、という理解を基調に置いている。三六協定を必要としない法内超勤の場合にも、所定労働日の所定労働時間内の勤務と、これを超える勤務とを同視することはできないこと(同旨、函館東郵便局事件・函館地裁昭四八・三・二三判決。判時七〇三―七)。この判旨は、三六協定を必要とする超過勤務の場合には、なおさら強く妥当するはずである。

(ハ) 理研精機事件・新潟地裁長岡支部判決(昭五四・一〇・三〇)

判旨は、前掲片山工業事件判決が残業義務の根拠を、「労働契約」に求めた論理を基調として受けつぎながら、そのことの意味内容を、それまでの判例理論の展開過程をふまえて、ひとつ掘り下げている。すなわち、

「労働者が、いわゆる私法上の残業義務を負担するかどうかは、要するに労働契約(その内容は、労働協約・就業規則・慣習等によって定まる場合もある)によってきまるものである。

しかしながら、残業義務は、使用者の業務命令によって初めて具体化するものであり、通常の労働とはその性格を異にするものであること、労働者としては、時間外労働についてはあらかじめ予定していないことも多く、他の何らかの社会的諸活動を予定していることがありうること、および、労働基準法第三六条の立法趣旨などを考えると、残業命令の拒否が経営秩序違反になるかどうかの判断については、通常の場合と同じ規律をもって律するのは妥当でなく、使用者側の残業を求める臨時の必要性と労働者側の残業を拒否する理由の相当性との比較において、個々具体的に検討されるべきものと考える。」(労判三三〇―六八)

判旨が「いわゆる私法上の残業義務……」というのは、三六協定が労基法上の免罰効果(公法的効果)しか有しないこと(すでに確立した判例理論)を前提にした立論である。そして判旨は、残業を現実に命ぜられたときの労働者の立場と、労基法三六条の制度の趣旨などを考慮すれば、残業命令拒否にたいして「通常の場合と同じ規律をもって律するのは妥当ではなく」個々具体的に労使双方の諸事情を比較検討しなければならない、とした。

判旨は前掲のように、労働協約や就業規則等に根拠規定があれば三六協定を締結後は使用者の業務命令によって残業義務が具体化する、という見解に立つ。しかし残業拒否は通常の業務命令拒否と同じレベルでは評価できないとした。労働時間規制の例外による負担をかけられた労働者の現実の立場を率直に見つめ、労基法三六条の本来の制度の趣旨を考えれば、もし判旨のように労働協約や就業規則から使用者の残業命令の権限を容認する立場に立ったとしても、その命令に一定の歯止めをかける理論構成をとらざるを得ない。判旨のいう具体的比較検討論は、その一つの試みであった。三六協定を野放しにせず、労働協約や就業規則によるとしても残業命令を野放しにしないで何らかの歯止めをかけようとする判旨の発想は、たしかに労基法の制度の趣旨に照らして一定の積極面を有している。

しかしながら、このような比較衡量論は、現実に明確な判断基準の一線を提供するものであろうか。それは労基法三六条の解釈適用をめぐる法律論として、はたして十分な理論構成といえるであろうか。ここで判旨が残業命令と通常一般の業務命令とを峻別する根拠に援用した労基法三六条の立法趣旨について、その具体的な意味内容を、いま少し深く分析する必要がある。そこから、個々の事案ごとの比較検討というような一面では不安定な判断基準よりも、さらに明確な判断基準を導き出す理論構成を求める努力が、なされて然るべきであろう。

そして現に、その要請に答える判例が、以下のとおり、すでに判例理論の有力な潮流を形成しているのである。

(d) 「契約」の本来の意味

三六協定は使用者に対する免責的な効果を有するにすぎない。つまり三六協定は決して、労働条件に関する最低基準ないし規範として労働者の労働条件を規律する性質を有するものではない。この点を直視するならば、かりに労働協約や就業規則のなかに三六協定の内容をとり入れた残業の根拠規定が記されていても、そこから直ちに使用者の一般的・包括的な残業命令が許容されると解することは、そもそも制度の趣旨に反する。もともと、三六協定は、多数決原理による八時間制・週休制の原則の修正を意味し、実際問題として個々の労働者に不当な作用をおよぼす危険を常にともなう。この現実に照らしても、それが労働協約や就業規則の衣をまとったことから直ちに労働協約や就業規則の一般論を媒介に労働者が残業を義務づけられると解するのは、形式論に過ぎる。三六協定が労働協約や就業規則と結びついても労働者の時間外労働義務(使用者の時間外労働命令権)は発生しない。

この理解は、すでに以前から有力な学説によって詳しく理論づけがなされている(吾妻光俊「新版労働基準法」日本評論社・昭四六。青木宗也『労働時間法の研究』一八〇〜一九九頁。<書証番号略>)。判例もまた、前掲のような使用者の残業命令権を一応承認しつつ一定の歯止めを加える理論構成とは別に、労基法の制度の趣旨と時間外労働の慢性化している実態とを深く見つめる立場から、労働者の具体的な合意なしには残業義務の発生を認めないという判例理論が形成されたのであった。

(イ) 明治乳業事件・東京地裁判決(昭四四・五・三一)

判旨は、つぎのとおりである。

「労基法に定める基準労働時間を超えて時間外勤務を行う義務を認める労働契約、就業規則は、三六協定のもつ前示公法上の効果を超えて個々の労働者に時間外勤務に関する具体的義務を定めるものであるならばその限度において労基法に違反して無効であり、また労基法所定の最低労働条件以下の労働条件を労働協約に定めることは、協約の本質に背反するばかりでなく、前示の限度において労基法違反として無効であるといわねばならない。けだし、労働者は、労基法に定めるところに従って従属労働から解放される自由を享受する利益を保障されなければならないからである。このように時間外労働に関して三六協定、労働契約、就業規則、労働協約などいかなる形式をもって取り決めをしてみても労働者にその義務を生ずることがないが、ただ三六協定成立後、使用者から具体的な日時、場所などを指定して時間外勤務に服して貰いたいとの申込みがあった場合に、個々の労働者が自由な意思によって個別的に明示もしくは黙示の合意をしたときは、それによって労働者の利益が害されることがないから、その場合に限り、私法上の労働義務を生ずるものと解するのが相当である。」(労民二〇―三―四九二)

(ロ) 七十七銀行事件・仙台地裁判決(昭四五・五・二九)

これも同旨の判例である。すなわち、三六協定の締結は

「使用者が労働者に時間外休日勤務を命じても労働基準法違反に問われないという免責条件にすぎないのであって、労働者の時間外休日勤務の義務を生ぜしめるものではない。また労働協約ないし就業規則に個々の労働者の残業を義務づける規定があったとしても、労働基準法が保障する労働条件を低下させるような義務は労働協約ないし就業規則によってもできないので、残業義務を生ずるのは個々の労働者が合意した場合にかぎるのである。」(労民二一―三―六八九)(同旨日本金属工業事件・横浜地裁判決、昭四五・一二・二四労旬別冊七六七―一三)

(ハ) ゼネラル石油精製事件・横浜地裁川崎支部判決(昭四七・三・七)

同じく、この判決も端的に、つぎのように指摘する。

「時間外労働に関し、三六協定、労働契約、就業規則、労働協約などいかなる形式をもって取決めても、労働者に対し、時間外の労働に服すべき私法上の義務を生ぜしめるものではなく、ただ三六協定の成立後に使用者が個別的、具体的に時間外労働についての申込みをし、個々の労働者が自由な意思によって該時間外労働に服すべきことを承諾したときにはじめて当該時間外労働に関し労働義務が生じると解するのが相当である。」(労旬八〇七―八一)(同旨前掲北九州市清掃局事件、昭五二・一二・二判決の、法外超勤を論じた前段部分。労判二九二―四七)

(ニ) 東京現像所事件・東京地裁八王子支部判決(昭五四・七・二)

同旨の判決であるが、労基法三六条の解釈にあたって、当該労働者の職場では三六協定が「実際には超過労働促進の機能しか果していないこと」と、「社会、経済事情の変遷」の意味するものを考慮に入れて、いっそう豊かな理論構成を示している点に、特徴がある。判旨は、つぎのとおり。

「労基法の趣旨、即ち恒常的な長時間労働が労働者の心身にきわめて悪い影響を及ぼすこと及び労働者も国民として、いわゆる生存権を有することから、一定限度の従属労働より解放された後は、自由な時間を自己の福祉のために使用する当然の権利を有すること等の理由に基づき、八時間労働制を最低労働条件として定立し、これを、刑罰を以ても強行せんとしている労基法の精神にかんがみれば、右原則の除外事由となるのは、きわめて例外的、臨時的な場合に限られ、八時間労働の原則を危くするような恒常的又は長期の時間外労働は、たといいわゆる三六協定によっても、これを許容すべきものではないこと、しかるに前示就業規則の「業務上の必要」というのは、きわめて広い概念であって、ともすれば安易に「経営上の必要」ということと同視され易く、右三六協定が本来時間外労働抑制の役割を果すべきであるのに、実際は超過労働促進の機能しか果していないことと相まって、結果的には恒常的、慢性的又は苛酷な時間外労働を惹起せしめる原因となっていること、以上の諸点に社会、経済事情の変遷、特に雇用の増大、週休二日を始めとする労働時間の短縮及び余暇の活用に対する国内国外の強い要望並びに社会意識の変化を併せ考えると、三六協定及び前示の程度の定めを含む就業規則が存在しても、従業員は、直ちに使用者に対し、業務上の必要を理由とする時間外労働命令に服すべき私法上の義務を負わないと解するのが相当であって、もし前示就業規則の規定が従業員に対し使用者に対する右時間外労働義務を定めたものであるとするなら、該規定は労基法に反し無効であるというの外ない。従って、使用者は、業務上の必要に基づき従業員に時間外労働をさせる場合には、前示就業規則の規定があっても、その都度、三六協定の範囲内で、個々の従業員と具体的な日時、場所、仕事の内容及び時間数等を特定して、時間外労働契約を締結することが必要であって、使用者の具体的な時間外労働の申込みに対し従業員が明示又は黙示の承認をした場合においてのみ、従業員は右合意にかかる日時及び時間数等についてだけ時間外労働義務を負うものというべきである。してみれば、この場合、使用者は単なる時間外労働の申込みにすぎないものというの外ないから、右申込に対し承認するか否かは個々の従業員が自由にこれを決定し得るところであって、右申込を拒否するにつき相当の理由があること又は右拒否の理由を使用者に告知することを要するものでないことはいうまでもない。」(労判三二三―四四)

昭和四〇年に片山工業事件判決が、残業義務の根拠として、「労働契約」を指摘して以来、判例理論は、その契約内容を、労働契約あるいは就業規則によって規制されるものと解する傾向と、これを端的に個別の時間外労働契約によると解する傾向とにわかれた。

前者の判例は、しかし、そこから使用者の包括的な時間外労働命令権を認めつつも、時間外労働と時間内労働との質的な差異に着目して、労働者の時間外労働拒否を通常一般の業務命令違反とは区別し、時間外労働命令に一定の歯止めをかける理論構成が顕著にみられる。しかしながら、いったん協約や就業規則から包括的な残業命令の権限を導き出すとすると、その残業命令について通常一般の業務命令よりも大きな制約を加えるという理論は、その制約の具体的基準が、実際問題として、どうしても不明確になることは避けがたい。その制約の論拠を労基法の制度の趣旨に求める以上は、三六協定を労働協約や就業規則に結びつける屈折した論理操作を介在させるよりも、むしろ労基法の制度の趣旨それ自体に、いま少し立入った考察を加えることから残業命令に対する明確な歯止めの理論を構築することが、ことの筋道であろう。

後者の判例は、前者の判例と発想の基礎において共通するものを有しながら、制度の趣旨をより率直にとらえたところから、個別の「時間外労働契約」に残業義務の根拠を見出すもので、片山工業事件判決(昭四〇)の指摘した「労働契約」の意味内容は、東京現像所事件判決(昭五四)に至る前掲判例理論の形成過程を通じて、「時間外労働契約」論に集約されることとなった。理論構成として明確であることは言うまでもない。学説の大勢が、判例について後者の理論構成を支持し、前者のそれを批判しているのは、もっともなことである。(青木前掲書・<書証番号略>のほか、水野勝「時間外労働・休日労働」現代労働法講座一一巻二一八頁。最新の論文として、盛清吾「三六協定と時間外労働義務」(一)(二)労働判例四四〇号二一頁、同四四一号四頁。学説の形成過程を深く分析された論文として、中山和久「労働時間法制と人間性の回復――松岡説の変化をたどる」労働基準法の法理《松岡三郎教授還歴記念論文集》九三頁)

(3) 本件仮処分一審・二審・本訴一審判決の位置づけと青木・金子説の意味

(a) 各判決の時期と内容

(イ) 仮処分一審判決の出された時期(昭四四)は、片山工業事件判決の後、残業義務の根拠をめぐって判例理論が展開をはじめた当初のころで、労働協約に根拠を求める全日本検数協会事件判決(昭四三・前掲)と同じく、労働協約なるがゆえに個々の労働者(組合員)が拘束される、と言い放つだけであった。しかし、当時すでに、三六協定を労働協約や就業規則に結びつけるだけで労働者の残業義務を肯定する考え方に対しては、学説上、きびしい批判が有力になされていた。ことの形式でなくて内容を直視するなら、労働協約や就業規則の本来の制度の趣旨からしても、そこに八時間労働制の例外として特別の負担を個々の労働者に義務づけるような機能まで簡単に容認することは、無理があったからである。

げんに、判例上も、本件仮処分一審判決(東京地裁八王子支部)と同じ年に(昭四四)、東京地裁(本庁)は明治乳業事件判決のなかで、前掲のとおり、この点を詳細に解明していた。この論旨は、その後、七十七銀行事件判決(昭四五)、日本金属工業事件判決(昭四五)、ゼネラル石油精製事件判決(昭四七)、北九州市清掃局事件判決(前段部分。昭五二)、そして東京現像所事件判決(昭五四)に受継がれていく。その一方では、労働協約や就業規則に残業命令の根拠を求める判例も、時間外労働を時間内労働と同一視できないことから、使用者の残業命令に何らかの歯止めをかける理論を構成するようになった。東洋鋼板控訴事件判決(昭四八)、北九州市清掃局事件判決(法内超勤についても歯止めの理論を示す。昭五二)、理研精機事件判決(昭五四)などがその主な事例である。

(ロ) 本件仮処分二審判決(昭四六)は、このような判例理論の新たな発展過程のなかで、その論理の形式は仮処分一審判決のそれを引継ぎながら、本件の残業命令と拒否をめぐる具体的な事実経過を詳しく検討した上で、本件懲戒解雇は重きに失し無効であると判示した。残業義務の根拠に関する判決の論旨は、上述の批判を免れない。

しかし、その論理形式はさておき、その論旨の内容は、労働協約にもとづく残業命令を野放しにしないで一定の歯止めをかけた点、判決の当時の判例理論の展開過程に照応するものであった。

(ハ) 本件の本訴第一審判決の出された時期(昭五三)は、すでに判例理論の上で、残業義務の根拠についてどのような論理構成をとろうとも、労基法の制度の趣旨から残業命令に歯止めをかける論旨が、大勢として定着していた。その推移を反映して判決はつぎのようにいう。

「労働基準法は、長時間労働が常態化すると、労働者の健康が害され、ひいては公共の利益に反する結果を招くとの立場から、八時間労働を基本原則と定め、これに対する例外を厳しく制限しているものであることは、その立法趣旨に照らし明らかである。したがって、時間外労働が常態化して八時間労働の基本原則が事実上崩壊することを防止するために、八時間労働に対する例外を認めた同法第三六条の要件については、これを厳格に解釈する必要があるといわなければならない。右の見地からすれば、いわゆる三六協定で定める時間外労働の内容が一般的・抽象的であって、時間外労働をさせる必要のある具体的事由、労働に従事すべき時間、労働者の範囲、労働の内容等が明確ではなく、あるいは残業の具体的必要性が未だ発生していないのに、将来予想される事態を概括的網羅的に定め、協定の内容から労働者がいかなる場合にいかなる残業をなすべきであるのか、具体的に予測することが困難であって、結局残業の必要性の有無あるいは残業の内容が使用者の判断に委ねられているような場合には労働基準法の趣旨に照らし、たとえ形式的には適法な三六協定が締結されていても個々の労働者に時間外労働に従事すべき雇傭契約上の義務を生じさせる効力はないものと解するのが相当である。」(判決第三六丁裏〜三七丁表)

これが判旨の中心部分である。当初の仮処分一審判決(昭四四)から九年の後、同じ東京地裁(八王子支部)は、仮処分一審判決も同控訴審判決も何ら論及することのなかった労基法の立法趣旨を、当時までの判例理論の発展過程をふまえて、率直に検討し論及した。この点の検討・論及のないまま、たんに労働協約の一般論を三六協定と形式的につなぎ合わせるだけで労働者の残業義務を漫然と導き出す論理をとった仮処分一・二審判決とは異る。

判決のいうように「八時間労働に対する例外を認めた同法第三六条の要件については、これを厳格に解釈する必要がある」ことは、その趣旨において今日もとより異論のないところであろう。ここを基点として判決は、三六協定の一般論ないし形式論ではなく、本件の、労働協約にもとづいて作成された現実の三六協定の、具体的な内容の分析に入る。形式ではなく内容を問題にする当然の判断過程であった。そこから判決は、本件三六協定が、結局は将来の会社の必要に応じて「その都度個々の労働者に、残業の内容を指定して時間外労働を命ずる権限を被告会社に包括的に委ねたもの」である以上、このような協定のもとで「会社が自由に時間外労働の命令を出すことができるとすると、労働者にとって予測することのできない時間外労働義務を課せられ、あるいは時間外労働が常態化するおそれがあるというべきであるので、このような協定に基づいて会社が時間外労働の命令を出しても直ちに労働者に時間外労働の義務が生じるものと解することはできない」と判示する。

一方では三六協定プラス労働協約によって労働者の残業義務の発生を認める論理形式は残しながら、その論旨の内容において労基法の制度の趣旨を深く考察したことから、判決は労基法三六条の要件の厳格な解釈をつらぬいて、その面から三六協定の野放しに歯止めをかけた。歯止めをかけるという発想の基本において(あるいは少なくとも結果において)、判決は本件仮処分控訴審判決を含む前掲の数多くの判例――今日では判例理論の大勢――と共通する。判決の優れた特色は、本件仮処分事件の一、二審判決の後に、その一、二審判決とも触れることのなかった労基法の立法趣旨に正面から迫って分析を加え、三六協定の要件の厳格な解釈という判断基準を導き出したことにある。三六協定の中身がルーズであってはならないこと、この、いわば自明の理を、判決は柱に据えて論旨を展開した。この意味で、判決の論旨は、労基法の立法趣旨を法解釈に生かした一つの典型例として、とりわけ将来の具体的な事案における合理的な対応を現実に可能にする指針ともなるものであって、判例理論の発展のため貴重な契機を提供したものと言えよう。

判決は、以上の検討を経た上で、本件の事実問題については、上告人が「残業してまでその日のうちに算定のやり直しをしなければならない程の緊急の必要性」もなかったことを加え、結論として、石橋主任が昭和四二年九月六日の午後四時頃に上告人に命じた残業命令は不適法であって残業義務は生ぜず、これを拒否した上告人の行為は就業規則所定の懲戒理由に該当しないことを、明確に指摘した。

(b) 青木・金子説の意味するもの

原審で青木宗也教授は、金子征史教授との協同執筆による前掲意見書(昭和五六・一一・二二・<書証番号略>)に基づいて、労基法が許容する時間外労働の立法趣旨と法解釈の基準について、総合的な分析検討の結果を詳細に証言された(第一八回口頭弁論昭和五六・一二・八)。

教授は、労基法三六条の解釈にあたって、まず労基法による時間外労働規制のしくみが、わが国の現実において、どのような機能をはたしてきたかを、その社会的・経済的背景の特徴的な推移に即して具体的に論述された。その現実の機能を直視しつつ、労基法の労働時間規制(国際レベルの比較では労働者保護の面で非常に不備であるが)の本来の趣旨を考察し、労基法の緩和・例外規程が決して別個独立的に解釈されてはならないものであり、労基法三六条は、あくまでも八時間労働、週休制の原則に対する例外として解釈されなければならないことを、教授は指摘される。すなわち、「労基法三六条の立法趣旨は、まさに臨時例外的におこる時間外・休日労働についてのみ、その必要最小限度でそれを認めたうえで、労働者の健康で文化的な最低限度の人間らしい生活を保障する点にあるといわなければならない。」(青木・金子意見書九頁)

この点、とくに教授は近年の国際的・国内的な労働時間短縮の新たな動向、わが国の労働行政における一九七〇年代後半以降の対応措置(一九七七年一一月の中央労働基準審議会答申。一九七八年の労働事務次官通達と労働基準局長通達。一九八〇年一二月の「週休二日制等労働時間対策推進計画」の策定など)の推移に照らすとき、労基法三六条が今日において、より一層制限的に把握されなければならないことを指摘される(同意見書一〇〜一三頁)。

このように、教授の理論構成は、労基法三六条の現実の機能と、その背景をなす国際・国内的な社会情勢の変化をふまえた総合的な観察・思考の論理が基調におかれている。この角度から、従来の判例理論の推移を改めて見つめてみるとき、判例のなかの正論と膠論の峻別は、いっそう容易になるであろう。

たしかに、時間外・休日労働義務の発生根拠については論争がある(詳しくは菊谷達彌「法内・法外残業の法律問題」季刊労働法一〇八号一七頁)。この点、青木教授は、その根本にある理論問題を明確に呈示された(意見書一六頁。証言速記録二六丁)。すなわち、労働協約や就業規則に残業義務の根拠を求める立場は「労働協約、就業規則など形のうえで労使合意的経過を媒介とする」もので、それは「本来、個々の労働者が自由な意思にもとづいてみずからの労働力を売るか否かを決めるべき筋合いのものである(憲法一八条、労基法五条参照)にもかかわらず、そうした自由を他律的・制度的に強要することを承認することにほかならない結果をもたらす点で、とうてい承服し難いといわなければならないであろう。」根本的には、結局のところ「労基法三六条の立法趣旨との関連で考察されなければならない」問題であって、恒常化・長時間化する超過労働は排除されるべく、労基法三六条は臨時例外的におこる時間外・休日労働についてのみ必要最小限度でそれを求める趣旨であるから、「私法上の超過労働義務発生の効力においても、より厳しく制限的に解することが要求されているというべきである」(同意見書一七頁)。そうしてみると、おのずから、もう一つの立場、すなわち、「あらかじめいかなる形で超過労働義務を明記してもそれは労基法違反で無効であり、超過労働義務は発生しないが、ただ三六協定締結後、使用者から残業の申込みがあり、個々の労働者が自由意思により個別に明示または黙示の合意をした場合にのみ超過労働義務が生ずる」とする立場(同意見書一五〜一六頁)に立つ見解が、「労基法の労働時間規制と三六条との関係に最も妥当する」(同意見書一七頁)と。

以上、その立論の基調を振りかえってみるとき、青木・金子説が労基法三六条について労基法の「労働時間規制の基本理念」にもとずく「体系的把握」(同意見書七頁)の必要を説かれることの意味、そして時間外・休日労働が許容されるのは「臨時的・例外的」に、「必要最小限度」の範囲に限られるものである以上、私法上の超過義務発生の根拠や効力を考える場合にも「より厳しく制限的に解することが要求されている」と指摘されることの意味を、本件に即して考えてみたい。

前述のように、本件仮処分一、二審判決から本訴一審判決に至る判旨の推移は、片山工業事件判決以来の、同種事案をめぐる判例理論の形成過程を、凝縮して再現するものであった。本件仮処分一審判決の理論上の根本的な誤りは、三六協定プラス労働協約の図式によって、本来は臨時的例外的であるはずの時間外労働を時間内の正常な労働と完全に同一視してしまったことにある。仮処分二審判決は、仮処分一審判決の形式論一辺倒を改め、本件残業命令とその拒否をめぐる事実経過に立入って、その制裁としての懲戒解雇は無効とした。しかし、ここでもなお、労基法三六条の立法趣旨に対する考察・論及は何ら示されず、この理論問題については仮処分一審判決の誤りを依然として引継いでいた。

そして本訴一審判決は、仮処分第二審判決が、たんに事実論のレベルで本件残業命令と拒否の当否を判断したことと異なって、仮処分事件では一、二審判決ともに避けて通っていた労基法三六条の立法趣旨の分析検討を、論旨の基調に据えた。その「時間外労働が常態化して八時間労働の基本原則が事実上崩壊することを防止するために」と把えた視点は、まさに問題の核心を解明するものであった。そこから、おのずと導き出される論理が、「労基法三六条の要件については、これを厳格に解釈する必要がある」という判示に要約された。この論旨自体は、もとより現代の学説・判例理論の大勢からも異論のあろう筈がない。そこからすすんで判決は、本件三六協定の具体的な分析検討に入る。その趣旨において、三六協定の野放しを防ぐ歯止めを、さまざまな角度から理論構成するという発想の基礎においては、従来の判例理論と共通するところである。ただ本訴一審判決は、その判旨全体の論理の形式において、三六協定の野放しを防ぐための理論構成として従来の判例にみられる、大別して二種類(前述)の、いずれにも属さない外形を残した。仮処分二審判決と同じく労働協約や就業規則に残業義務の根拠を求めることを一般論としては書きながら(判決第三六丁裏)、しかし前掲のように労基法の制度の趣旨を率直に把える論理過程を通じて、実際には個別の残業契約に残業義務の根拠を求める議論と結果において大差のない論旨を展開したからである。

この判決の、制度の趣旨を尊重した率直な解釈論は、既存の論争点となった論理構成に把われることなく、一般論はさておいて、三六協定の中身がルーズであってはならないと、その角度から、いま一つの歯止めの論理を提起したものにほかならない。被上告人会社は、この判決の論旨が奇異なものであるとして、もっぱらこれを非難したけれども、その非難は当らない。その判旨の本体が、労基法三六条の制度の趣旨から同条の要件を厳格に解釈すべきであるとした後段の論旨にあることを見落してはならない。その本体の論旨は、決して無理のないものである。この点、会社の非難は、いわば木をみて森をみない類のものと言えよう。(同判決に対する研究として、盛前掲論文のほか、砂山克彦「包括的残業規定と個々の残業義務」季刊労働法一〇九号一四〇頁)

なお、念のため一点補足すると、静内郵便局事件・最高裁判決(昭五九・三・二七。労判四三〇―六九)は、本件とかかわりを持たない。

その二審判決は、現業公務員の特殊性に重点を置き、「国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法」第六条により主務大臣等が職員の勤務時間等について一方的に規程を定める権限を有し、この規程に基づく所属長の時間外勤務命令は国家公務員法九八条の職務上の命令にほかならず(就業規則はその確認規程であり、労働協約は右命令権の範囲を規制するもの)、職員はその命令に従う義務がある、と判示した(札幌高判昭五四・一・三一。労判三一六―六八)。この二審判決を最高裁は維持した。事案は本件と異なる現業公務員の問題で、もともと本件には直接関係ない。そしてこの最高裁判決は、三六協定と時間外労働義務の関係について、従来からの、さまざまの議論のなかで、そのいずれの立場に立つか明示していないのである(山本吉人「現業公務員の時間外労働義務」ジュリスト八一四―五二)。

4 いかなる意味においても本件処分は無効である

(1) 本件残業命令(昭和四二年九月六日)の当時、会社では、武蔵工場においても、三六協定の範囲(月四〇時間)を大幅に超える長時間の残業が慢性化していた。その実態は、すでに原審においても詳しく立証されたとおりである。その三六協定は、本来なら時間外労働に歯止めをかける筈のものが逆に、現実には、協定の範囲を超えた時間外労働まで恒常化させる引金になっていた。その三六協定は、まさに長時間の時間外労働を慢性化させる機能をはたしていたのである。そして上告人も、現実に、長時間の時間外労働を耐え忍んで勤務をつづけていた。

しかし、九月六日の終業間際になって石橋主任から命ぜられた残業の仕事は、残業してまでその日のうちに仕上げなければならない程の緊急性はなく、上告人も当日は、所用のため定時に退社する予定があったので、当日の残業は断った。そして翌七日、午後九時すぎまで残業して、前日に残業を命じられていた所定の仕事は完了した。

以上の事実経過は、それ自体、上告人の九月六日の残業拒否を、ことさら就業規則五一条一項六号の「故なく業務に関する上長の指示に従わなかったとき」に当てはめて懲戒処分を行うことが、きわめて不合理であることを示している。この経過を労基法の解釈適用の場面で把えてみるならば、すでに詳述した判例理論の形成過程に照らすとき、九月六日の残業拒否は、残業義務の根拠を個別の合意ないし残業契約に求める立場、あるいは本訴一審判決のように三六協定の内容を厳格に解釈する立場からは、未だ残業義務が発生していない以上、本件の残業命令拒否を懲戒処分に問うことは理由がなく、他方、残業義務の根拠を労働協約や就業規則に求める立場からしても、本件の具体的な事実経過をつぶさに検討するときは、本件の残業命令拒否は、まさに正当な理由があるものというべく、結局、本件においては、残業命令の根拠についていずれの立場に立とうとも、上告人が違法に残業命令を拒否したことはない、との結論に変りはない。本件残業命令拒否に対する懲戒処分は、いずれの立場からも違法無効とされるものである。

(2) しかるに原判決は、労基法第三六条の立法趣旨についても判例理論の意味するものについても、なにひとつ論及することなく、労働協約と就業規則に定めがあり三六協定が締結されれば労働者は時間外労働命令に従う義務がある、との結論を述べるだけで、これに対する被上告人会社の懲戒処分(出勤停止さらに懲戒解雇)を漫然と容認した。

原判決は、上告人に対する本件時間外労働命令が、その一回の拒否ですら懲戒解雇にまで連動するほどの絶対的な拘束力を有すると解した点において、労基法の本旨を無視し法令解釈を誤り、理由齟齬をおかしているのである。

三、原判決は、上告人が残業命令に従う義務はないとの考え方を変えなかったことをもって、就業規則第五一条第一項第一二号の「悔悟の見込のないとき」に該当するとした点において、法令適用の誤り、理由不備の違法がある。

(一) 原判決の判断

原判決は、出勤停止処分後、会社が、更に、上告人を懲戒解雇処分にした点について左のとおり判断した(原判決五一丁・五二丁)。

「控訴人は、前記3の出勤停止処分後、被控訴人に対し、再三にわたり本件残業命令拒否についての始末書の提出を求め、反省を促したにもかかわらず、被控訴人は、一〇月二〇日形式的に始末書(前掲<書証番号略>)を持参したに止まり、あくまで残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、本件残業命令拒否が就業規則に違反するものとは考えないという態度をとり続けたため、控訴人としては、被控訴人には反省の態度が認められず、もはや悔悟の見込みがないものとして、前記①ないし④の各懲戒処分と相まって、これをもって就業規則第五一条第一項第一二号所定の「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みのないとき」に該当するものと判断して、本件懲戒解雇処分をしたものということができる。

してみると、控訴人が、被控訴人について、就業規則第五一条第一項第一二号に該当する解雇事由があるとした判断は相当であり、本件懲戒解雇は、正当な理由があり、その違反行為に相応して妥当な処分というべきである。」

この原判決の判決文そのものにより明瞭であるが、原判決が懲戒解雇処分が正当な理由があると判断した根拠は、上告人が、「あくまで残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、本件残業命令拒否が就業規則に違反するものとは考えないという態度をとり続けた」ことをもって、就業規則所定の「なお悔悟の見込みのないとき」に該当すると判断したことにある。

ここで原判決により問題とされていることの核心は、上告人の考え方であり、その考え方を変更しなかったことが、「なお、悔悟の見込みのないとき」に該当すると判断された対象となる事実である。

上告人は、会社の求めに応じ、一〇月二〇日、始末書を持参して会社に提出しようとしたが原判決がこの始末書の持参を「形式的」であると判断した理由も、上告人が「あくまで残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、本件残業命令拒否が就業規則に違反するものとは考えない」という考え方をもち、会社の求めにしたがい、その旨表明したためである。

(二) 残業拒否と悔悟

上告人は、九月六日、石橋主任の命じた残業命令を拒否した。そもそも上告人には前述のとおり時間外労働を行う義務はないのであるから、この残業拒否を理由として懲戒処分を行うことができないのであるが、仮に、会社が一〇月四日になした出勤停止一四日間の懲戒処分が有効であると仮定した場合においては、上告人はこの懲戒処分に応じ、何を反省すべきであるか。何をもって悔悟したといいえるか。

このように改めて問うまでもなく、その解答は容易かつ明白である。上告人が懲戒処分を受けたのは残業を拒否したためであり、石橋主任と口論となった際、残業に協力できないという態度をしめしたためである。

このことの故に懲戒処分となったのであるから、上告人がなすべきことは、当日残業を拒否したことを反省し、残業に協力できないという態度を(将来にむかって)撤回し、その後において残業をなす態度をしめすことである。

上告人のなすべき反省は、右の点をもってその要件を十分みたしており、これをもって悔悟をなしたものと評価される。

企業としての被上告人が有する懲戒権は、職場の秩序を維持し、生産を向上させるために有するものであるから、残業命令を拒否して懲戒権が発動されたことに対する反省としては、拒否したことそのものに対する反省と、その後残業をなす態度の表明がなされさえすれば、懲戒権を発動した目的は達成される。

この点は、理論的に明らかであるだけでなく、常識的にみても、何人にも明瞭な結論である。

この観点から上告人の態度をみると、上告人は会社に対し、出勤停止処分を受ける以前に、十分に、右に述べた反省をして、これを会社に対し表明している。

原判決はこの点について左記のとおり認定した(原判決四二丁)。

「しかし、同月(九月)二九日被控訴人が提出した反省書(<書証番号略>)は、その文面から一応反省の趣旨が窺われるうえ、被控訴人もこれ以上のものは書けないと申し立てたことから、控訴人は一応これを受理することにした。」

原判決が、「その文面からは一応反省の趣旨が窺われる」と被上告人の西村課長が判断したと述べた反省書(<書証番号略>)は、左のようなものである。

「西村課長殿

九月六日、私は主任と残業の問題で口論となり、感情的になって、今後、残業はやらない、したがって責任ある仕事はできないと言って帰りました。

私は、ここにその事を反省致します。

これからも残業に協力し、仕事に責任を持ち、誠意を尽して行きたいと思います。

一九六七年九月二九日

低製課特性管理係

田中秀幸」

この反省書は、反省すべき行為について簡潔に述べたうえ、反省の意をしめし、今後残業をなす決意が誠実に述べられており、前述した反省書として十分の内容をもっている。上告人は、会社に対し、書面をもってこれを表明したのであるから、反省の態度の表明の手段においても十分なものがある。

上告人は、こうして反省の態度をしめしたにもかかわらず、会社は一〇月四日に出勤停止処分を言い渡した。

原判決は右引用部分において、「その文面から一応反省の趣旨が窺われる」として、「一応」とことわっている点と、この反省書の提出にもかかわらず、出勤停止処分を言い渡した経緯は、原判決の認定によると左記のとおりである。

「ただその際西村課長が被控訴人に残業についての考えを問いただしたところ、以前として従前の考え方を変えていなかった。そこで、西村課長から相談を受けた湊勤労課長は、被控訴人に真意を確認したところ、被控訴人は「残業は労働者の権利であり、サービスである。」などと主張して、残業に対する従来の態度を改めることはなかった。そのため控訴人は、(中略)被控訴人に対し、出勤停止一四日間の懲戒処分を言渡した。」

すなわち、会社の西村課長が、上告人に対し、「残業についての考え」を「問いただし」、更に、湊勤労課長が上告人に「真意を確認したところ」、上告人が『「残業は労働者の権利であり、サービスである。」などと主張し、残業に対する従来の態度を改めることはなかった』ため、会社は出勤停止処分を言い渡したというのである。

(三) 「考え方」の変更を求めることは許されない。

会社は、上告人が反省書を提出した際、上告人の「考え方」と「真意」を問い直し、上告人が「残業に協力し、仕事に責任を持ち、誠意を尽して行きたい」と述べたのは、残業が義務であるという考え方に基づいてしめされたものでないので認められないという態度に出て、上告人に出勤停止処分を言渡した。出勤停止処分後、会社の阿部部長は上告人の持参した始末書に対し、「『反省している始末書とは思えないので、会社は受取ることはできない』として、これを受理しなかった。」が、この際にも、上告人が「考え方」(原判決認定事実)を変更していない点が「反省」していない理由とされている。原判決は、会社が上告人に対し、この「考え方」の変更を求めたことを正当とし、上告人が会社の求めに応じて「考え方」を変更しなかったことをもって「反省」していないとしたことも正当と判断して、解雇を正当とした。

しかし、ここで問題とされている上告人がもった「考え方」は、一言でいうと会社に雇用されて働く労働者が本人の同意なしには残業義務を負わないという考え方であり、上告人本人尋問の結果(第一審原告本人尋問調書一八八〇丁)によると左記のとおりである。

「会社は残業命令が出たらよっぽどのことがない限り従うべきである。残業命令には無条件で従うのが原則だと考えているのに対し私は、残業命令はそれが出ても自分の考えで拒否できるんだ、その拒否によって会社が大損害を受けるとか緊急性がある場合以外は残業命令が出てもそれを拒否する権利が労働者にあるんだと考えておりました。会社の増産とか儲けの追求のために残業命令が出ても労働者は私生活を犠牲にしてまでその命令に服さなくてもいいんではないかというように考えているのです。」

上告人がもっていたこの「考え方」は、特異な、あるいは奇異な考え方ではなく、現に、わが国における多くの労働者と労働組合がもっている考え方であり、法的にみても、労働基準法の趣旨にそう正しい考え方である。裁判所においても労働者の個別の同意がない限り残業義務は発生しないと判断した判例を多く出している。労働法学者の多くが同様の学説を主張しており、本事件においても、青木宗也・金子征史両教授が前述した上告人の考えを支持する意見書を提出し、青木教授が証言している。本事件の第一審判決も、理由は異なるとはいえ、会社においては個々の労働者が時間外労働に従事すべき義務を負っていないという結論は、上告人の考え方と一致している。

このような状況の下において、上告人が、本人の同意なしには残業義務を負わないという考え方をもっている場合において、会社がこれと異る見解を有しているからといって、上告人に対し、「考え方」の変更まで求めることは許されない。

もともと労働契約は、「当事者ノ一方カ相手方ニ対シテ労務ニ服スルコトヲ約シ相手方カ之ニ其報酬ヲ与フルコトヲ約スル」(民法第六二三条)ことを基本として成り立つ。ここに労働者は労働力の提供を義務づけられるが、その内心の自由まで使用者に拘束されるものでは決してない。

この残業についての「考え方」は、会社と労働契約を結んで雇用されている上告人にとっては、労働者として仕事をなすうえでの基本的な事柄についての認識の問題であり、己の行動について判断する際の規範とすべきものである。この「考え方」それ自身はまさに内心におけるものの見方ないし考え方であり、労働基準法第三条の信条の範囲に入り、思想及び良心の自由(憲法第一九条)の領域に属する。労働基準法第三条は、使用者は労働者の信条を理由として労働条件について差別的取扱をしてはならないと定めており、この趣旨は当然に、信条を理由として懲戒処分の対象としてはならないことを含んでいる。

会社が、上告人の残業についての「考え方」の変更をせまり、上告人がこれに応じないことをもって「悔悟の見込のないとき」に該当すると判断したのは、労働基準法第三条により許されないものであり、憲法第一九条にも違反する。原判決がこの会社の評価を正当と判断したのは重大な法令解釈・適用の誤りを犯したものである。

(四) 残業についての考え方と企業秩序

残業についての考え方は、法律論としても多岐に分れ、労働者の考え方としてとらえた場合においても必ずしも一様とはいえないのが現状である。会社が、労働者は残業をする義務を負っているのだという考え方をもっていたとしても、企業秩序維持を理由として、それを直ちに、全従業員に押しつけて考え方を統一しようとし、これに従わない労働者を懲戒処分の対象としようとするがごときは、労働者の信条を不当に束縛しようとするものであり、許されるべきものではない。

最高裁判決も指摘するとおり、「労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできない」のである(富士重工事件、最高裁昭和五二年一二月一三日判決)。

上告人は、九月六日の石橋主任の残業命令に必要性と緊急性があったとは考えておらず、残業義務が発生しているとも考えてないのであるが、仮に、石橋主任の残業命令に応じて上告人に残業義務が発生したという原判決の判断に従ってみた場合においても、上告人がこの拒否を反省し、その後において必要性と緊急性に応じて残業をなす意思をもち、これをしめせば企業秩序を維持するに十分である。企業内に残業について企業とは異る考え方をもつ労働者が存在したとしても、企業はこれをことさらに排除することはできない。

会社武蔵工場においては、昭和四二年頃は、当時の日立製作所武蔵工場労働組合が述べるように「武蔵工場における時間外労働は野放しに近い状態で」(<書証番号略>)であり、昭和四二年一二月頃、四〇時間以上の残業を行うとして協定を行っているものが、一〇〇〇名以下の対象者のうち約三〇〇名いたという。不正常極まるこのような状態のもとにおいては、労働者が、残業についての自己の確信をもち、それに基づいて判断し行動しようとするのは当然のことである。

ひとり会社ばかりでなく、日本の長時間労働の実状は、先進諸外国に比べて、著しく立ち遅れた状態にあるが、この改善のためには、立法的措置、行政当局の指導も大切であるが、労働者一人一人の自覚も重要であり、上告人のもつ考え方は、ますます多くの労働者に共有されるべきものである。

会社が、あえて、上告人に対し残業についての「考え方」の変更をせまったのは、本来の企業秩序を維持するという目的からはなれ、第一に、武蔵工場における野放しの長時間労働を維持し、これに対する労働者と労働組合の運動をおさえ込もうとするためであり、第二に、会社がなした不当な解雇に反対し、労働者の権利を守るために敢然と闘っていた上告人を職場から排除するための口実をつくろうとしたからに他ならない。

(五) 仮処分判決と原判決

本件の仮処分二審の東京高等裁判所の判決(<書証番号略>、労民集二二巻一号)は、時間外労働義務があると判断した点において原判決と同じであるが、上告人を勝訴させた点において原判決と正反対の結論に達した。そのポイントはまさに上告人が残業についての「考え方」を変更しなかったことをどう評価するかにある。

右判決はこの点について左のとおり判断した。

「控訴人(上告人)の時間外労働に対する考え方は、己の主張あるいはその実現の方法においてあやまっているとはいえ、考え方自体は、不合理なものとはいいきれないものであり、それを一回の出勤停止期間中に考えを変えないからといって、残業には協力するとの態度を示しているにもかかわらず、控訴人を責めるのは酷というべきである。」

上告人は、この判断についても、上告人の主張とは相違する前提に立っている点において不服なのではあるが、「一回の出勤停止期間中に考えを変えないからといって、残業には協力するとの態度を示しているにもかかわらず、控訴人(上告人)を責めるのは酷というべきである。」とした点については、健全な社会の良識をしめした判断であるものと評価することができる。

本件の仮処分第一審判決(東京地方裁判所八王子支部昭和四四年一〇月二日言渡)は、結論においては原判決と同様に上告人の申請を却下した。上告人はこの判決を不満として控訴して前記東京高裁判決にいたったのであるが、この判決はこの残業についての考え方について左記のとおり判示した。

「もっとも、申請人が右の学説と同旨の見解をとるとしても、それが内心における信条の自由又は言論の自由として許される範囲においては、無論これを許容すべきである」

この判決は、こうして上告人の考え方を許容した点においては、原判決とは大いに異なっている。この判示は当然のことをいったにすぎないのであるが、原判決の述べることの不当性を明らかにしている。

原判決は、上告人が一回残業を拒否したことをとらえ、仕事をとりあげ、何回にもわたり反省書の提出を求め、上告人が十分な反省書を提出したにもかかわらず、考え方を変えないというので出勤停止処分にし、更にこれを解雇した被上告人の行動を正当と判断した。この判断は、企業の行き過ぎた行動を容認しようとするものである点において、批難に値する。今日の民主主義社会において、このような企業の専制的支配は許されるべきものではない。

原判決は会社の就業規則の適用についての判断を誤り、解雇を正当とした点において理由不備の違法があり、判決の結論に直ちに影響するものであるから、原判決は破棄されるべきである。

四、原判決は、懲戒解雇権の濫用として許されないものとすべき事情は認められないと判断した点において、法令適用の誤りがある。

(一) 原判決の論旨

原判決は、

「本件懲戒解雇の理由とされた前記①ないし④の各懲戒処分自体について、いずれも懲戒権の濫用を是認すべき事情の認められないことは、すでに判示したところである。また本件懲戒解雇処分についても、控訴人(被上告人)が就業規則に基づいて、企業秩序を維持確保するため、使用者に許容されている懲戒処分についての裁量権に基づいて行った秩序罰であるところ、本件全証拠によるも、本件懲戒解雇が、客観的にみて右裁量権の範囲を著しく逸脱し、懲戒権の濫用として許されないものとすべき事情は認められない。」と判断した(原判決書五二丁裏―五三丁裏)。

懲戒解雇の引き金となったのは、会社が④の「出勤停止処分後、被控訴人に対し、再三にわたり本件残業命令拒否についての始末書の提出を求め、反省を促したにもかかわらず、被控訴人は、一〇月二〇日形式的に始末書(前掲<書証番号略>)を持参したに止まり、あくまで残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、本件残業拒否が就業規則に違反するものとは考えないという態度をとり続けたため、控訴人としては、被控訴人には反省の態度が認められず、もはや悔悟の見込がないもの」と判断したことである。そして「前に①ないし④の各懲戒処分と相まって、これをもって就業規則第五一条第一項第一二号所定の『しばしば懲戒・訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みのないとき』に該当するものと判断して、本件懲戒解雇処分をしたものということができる」とし、その違反行為に相応して妥当な処分というべきであると判断した(判決五一丁裏―五二丁裏)。

しかし、以下に述べる事情を考慮すると右判断には誤りがあることが明らかである。

(二) 始末書は反省をしめしている。

1 上告人が一〇月二〇日提出し、湊勤労課長が受理を拒否した「始末書」(<書証番号略>)は次のとおりである。

「私は、昭和四二年九月六日、友人との約束があったので、残業をせず帰ろうとしましたが、石橋主任がやって行けと言うので一時間やって、明日やるから、と帰りました。その時、感情的になって残業には、協力できないと言いましたが、翌日は午后九時まで残業して帰りました。数日して、西村課長より仕事を外され、また組合からも残業に協力して欲しいと言われて、態度を改めました。今後、残業に協力し、誠意をもって仕事をするよう努力致します。

製造部低製課特性管理係

田中秀幸

昭和四二年十月二十日

伴野工場長殿」

原判決は、始末書を「形式的に」持参したにとどまると判示した。始末書とは「事故や過失があったときその報告や記録保存又は、自己のいましめなどのためその間の事情を書いて差し出す文書」である(学研国語大辞典八六五頁)。

始末書は、譴責、減給、出勤停止などの懲戒処分を行う場合、これに付随して始末書を提出させることとしている場合が多く、懲戒処分の対象となったことの事情を書き記し、あやまちを詫びさせることを目的とした文書である。

右始末書には、九月六日上告人が残業を拒否した事情と、翌日命じられた仕事を午後九時まで残業して終了させたことの経過を述べ、残業拒否の態度を反省し、今後残業に協力し誠意をもって仕事に従事する事を約束した旨が記述されている。

2 右文書をもって九月六日の残業拒否を反省している旨認められないということはできないし、再び残業拒否をするおそれがあるとの事情が存在するということはまったくできない。

のみならず上告人が残業を拒否したことは九月六日の一回きりであり、その後もない。翌日の九月七日にも残業をしている。上告人は昭和四二年四月・一三時間、五月・三六・二五時間、六月・一七時間、七月・六六・五時間、八月・一五時間、九月・一〇時間の残業をしている(<書証番号略>三頁参照)。このように、上告人が九月まで残業に従事していることとあわせて、前記始末書を検討すれば、上告人が会社にとがめられた、一回の残業拒否について、十分の反省をし、今後、残業をする態度をしめしていることは一層明確である。

(三) 会社の態度は過酷にすぎる

1 上告人が昭和四二年九月六日の残業拒否以後一〇月三〇日懲戒解雇される日まで残業拒否問題について、どのように考え、会社の要求に対処してきたか等々の諸事情を検討すれば上告人に反省の態度がないと言うことはできず、会社の態度こそ過酷にすぎるものであることが明らかとなる。

2 上告人は、九月六日友人と会う約束があったので石橋主任が命じた担当機種二SB三七〇の選別歩留の推定値算定作業の残業を翌日すると言って断った。そして九月七日午後九時まで残業し、右作業を終了した。ところが、九月九日(土)西村課長が、上告人を呼び九月六日残業を拒否した事実を確認し上告人の特性管理の仕事をとり上げた。上告人は担当すべき仕事もなく、非常に不安になり西村課長に仕事を与えてほしい旨要求した。

九月二〇日上告人は、残業に協力するから仕事を与えてほしい旨、要望したところ、西村課長は反省書の提出を求めた。上告人は残業は強制できない、残業をさせるには労働者の合意が必要と考えていたので一回の残業拒否が反省書まで提出しなければならないほどの非違行為とは考えられなかったが、仕事をしたいため反省書を提出した。上告人は今後残業に協力する旨の反省書を提出したが、西村課長は九月二一日二度(<書証番号略>)、同月二五日二度(<書証番号略>)、同月二六日一度(<書証番号略>)、同月二七日一度(<書証番号略>)と反省書の受理を拒否した。特に同月二六日西村課長は反省書に過去にも残業を拒否したことがあること、本件残業拒否を反省する旨、および今度違反したならばいかなる処分にも応ずる旨の三点を書き加えることを要求した。上告人が、このあまりに不当な要求に応じなかったところ、西村課長は同月二九日上告人の考えているとおりの反省書の提出を求めたので、上告人は<書証番号略>の反省書を提出し、会社はこれを受領した。この反省書の全文は、三項(二)に掲載した。

この反省書は、残業義務の存否について石橋主任と見解を異にするけれどもしかし主任と口論して感情的になって残業を拒否したことは率直に反省し、今後残業命令に対しては、そのような態度をとらず、残業には協力し、仕事に責任をもち誠意を尽すという上告人の気持が率直に表明されている文書である。

会社西村課長は、この文書に対し、上告人の残業についての考え方を問いただし、つづいて、一〇月二日勤労課による事情聴取をした。湊課長は、上告人に対し残業についての考え方をききただしたうえ、残業拒否は就業規則に違反しているときめつけた。これに対し上告人は、残業義務があるとは考えず、就業規則に違反したとは思わないが、しかし残業を拒否したことについては、反省書を提出してあると答えた。

会社は、上告人が残業に協力すると言っても上告人の残業義務に対する考え方を変えないことに反省したと認められないとして、上告人に対し出勤停止一四日間の懲戒処分を行った。

会社の就業規則第四九条第三号は、「出勤停止は始末書をとり、三〇日以内の期間出勤停止し、その期間の賃金は支払わない」と規定している(<書証番号略>)。会社は前記のとおり、始末書にあたる「反省書」を受理した。会社は昭和四二年一〇月五日から同月一八日迄の間上告人の出勤を禁止して労務の受領を拒否し、右一四日間の賃金を支払わなかった。

上告人としては、九月九日から一〇月四日まで二六日間も仕事をはずされ、その間西村課長や湊勤労課長らから残業義務に対する考え方を変えるように迫られた上で右処分をうけたのであり、収入が半減したうえに精神的苦痛と非常な恥辱を受けた。

3(1) ところが出勤停止処分終了日の翌日である一〇月一九日、上告人が出勤すると、勤労課警備員が上告人の就労を阻止し、上告人の両腕をおさえるようにして工場応接室へ連行した。その部屋には湊勤労課長、岡崎労務主任、西村課長がおり、上告人は湊課長から九月六日の残業拒否にかかる始末書の提出を求められた。上告人は既に九月二九日前掲の反省書(<書証番号略>)を提出しており、懲戒処分も終了し、新しい気持で自分の仕事に着手しようと出勤して来たのに、またまたこと改めて始末書の提出を命ぜられるのは、納得がいかなかった。

そこで上告人は、すでに提出してある反省書以上の文書は書けないと断った。すると湊課長らは、二〇日迄に始末書を書いて提出する事を命じ上告人に退場を命じて工場から排除した。この日上告人が「始末書」を書けないとその提出を断ったのは、すでに反省書を提出済みの上告人としては自然の気持である。上告人は、前記反省書において、残業拒否の事実経過を述べ今後残業に協力する旨を約し、反省をしているのであるから、これは就業規則の始末書に該当し、且つ出勤停止処分が終了しているのであるから会社が再び同じ残業拒否に対する始末書の提出を強要する点に問題があり、その上就労を拒否して退場を命ずるのは、行きすぎであり、懲戒権の濫用である。

(2) 上告人は翌二〇日(金曜日)出勤すると、又勤労課の警備員に職場での就労を阻止され右応接室に連行され、湊勤労課長らに始末書の提出を求められた。

上告人は無用のトラブルを避けるつもりで、前日退社後に作成し当日所持していた始末書を即座に提出した。湊勤労課長らは「反省している始末書とは思えないので会社は受け取ることが出来ない」と受理を拒否し、警備員に付添わして上告人を退場させた。

始末書の内容は前述のとおり始末書の目的に反する内容のものではないのに、湊課長らが受領を拒否したことおよび、上告人の就労を拒否し警備員を使って上告人を工場外に退出させた行為は、上告人に屈辱感を与え、上告人の人格を無視した行きすぎの行為と言うべきである。

(3) 一〇月二三日(月曜日)、上告人は、勤労課に呼び出され、始末書を提出するよう命じられた。上告人は、一〇月二〇日に提出し受理されなかった始末書であれば提出すると述べたところ、会社は、就業規則第五二条に基づき懲戒処分決定まで休業することを命じた。

そして、湊課長は、警備員を使って上告人の両腕を掴み、門外へ連れ出した。

会社は、出勤停止処分の後に更に別箇の懲戒処分を追加しようとしていた。会社はそのための口実として会社の要求する内容のとおりに始末書を書くことを再三にわたり要求したのである。

上告人は会社の処置についてどうしても納得できなかったが、事の重大性を考慮して一〇月二六日日立武蔵工場労働組合の委員長を通じてつぎの始末書を提出した(<書証番号略>)。

「この事については、迷惑をかけた点もあり、反省してお詫び申し上げます。今後誠意をもって仕事を遂行して行きたいと考えていますので、何分にもよろしくお願い致します。」

「この事」とあるのは、九月六日の残業拒否をさす。しかし会社は、右始末書も就業規則違反を認めていないという理由で受領を拒否した。一〇月三〇日、会社は上告人に対し懲戒解雇を通告した。

(四) 会社の求める反省の意味

会社の求めている反省とは、すでに論及したように、残業は何時でも一方的に命令できるものでなく、労働者の事情も勘案して個々の事案ごとに当該労働者の同意を得て実施されるべきであるという上告人の考え方が間違っているという前提のもとに、労働者は残業命令に従う義務があるとする会社の考え方に上告人の考えを変更することである。会社は上告人に対し、この考え方を変更したうえで、就業規則に違反したことを認める旨文書で表明することを求めたのである。

長時間残業が行われている職場の中で自己の文化的な生活や健康を守るため自分の権利を主張し、残業を断ることができると考えている上告人の残業に対する考え方は、労働者として当然の考え方である。その考え方を変更しないとして懲戒することは許されないと言うべきである。

会社との雇用契約において労働者は労務の提供を義務ずけられているが、「その労働者の意思感情までもその取引の対象としているわけでなく……雇用契約に基く拘束を超えて全人格的服従義務、いわば封建下の忠誠義務のようなものはないのである」(近鉄タクシー事件、大阪地判昭和四二年一〇月一八日、労民集一六巻五号七三一頁)。

右近鉄タクシー事件では、始末書の不提出自体を不都合な行為として懲戒事由とすることは間接強制となり許されず無効とした。本件では残業拒否を理由として出勤停止をした後に再び始末書を求めた事案であり、しかも上告人は二度も「始末書」を提出しているにもかかわらず、会社の指定する内容の文書を書かなかった事を反省していないとして懲戒解雇したのであるから一層著しく過酷である。著しく過酷で不合理な懲戒解雇は解雇権の濫用である。

(五) 解雇の動機

会社は「悔悟の見込みがない」として上告人を懲戒解雇にふみ切った動機について、上告人の残業に対する考え方を表面にかかげている。

しかし会社は上告人を一〇月四日の出勤停止処分にした後、上告人が懲戒規定にはまったく該当しない次の行為をしたことを嫌悪し、仕返しとして上告人を職場から排除することを望んだためであり動機の不純な懲戒解雇である。

1 昭和四二年一〇月五日の証言

上告人は昭和四二年一〇月五日東京地方裁判所八王子支部の法廷に向坂、遠藤地位保全仮処分事件同裁判所昭和四〇年(ヨ)五二六号事件に証人として出廷証言した。同日、日立武蔵工場の元組合副委員長松木守が証人として会社の職場支配の実態、臨時員の人員整理に反対して以来現場の組長の地位を奪われ、生活保護費以下の低賃金で他の労働者と賃金差別されつづけたこと、出廷前に上長の福島技術課長から「余り会社の為にならぬことを証言するな」など圧迫をうけたことなどを証言した(<書証番号略>、松木証言一二三三丁―一二四一丁)。

つづいて上告人が会社の長時間残業の実態、会社の組合活動に対する干渉、臨時員や女子パートに対する退職強要など会社の労務政策を明らかにし、会社が外部に知られたくない事実を証言した(原告本人一七六九丁裏―一七七〇丁表)。

一〇月五日は正に出勤停止処分一四日間の第一日目であった。

2 一〇月二一日「日立武蔵首切反対闘争二周年集会」

上告人は出勤停止期間が開けた一〇月一九日出勤以来、会社から始末書の提出を求められ、不当な要求を求めつづけられたが、その最中である同月二一日小金井市の小金井婦人会館において、上告人が中心となって準備した「日立武蔵首切反対二周年集会」(<書証番号略>、向坂弘時一二九四丁裏)を開催した。上告人は集会の議長をつとめ集会を成功させた。

集会は向坂、遠藤、岡崎ら三名の解雇を即時撤回し職場に復帰させるよう求めた武蔵工場長宛の抗議文を採択した(<書証番号略>、原告本人一七七〇丁―一七七二丁裏)。集会場近くには会社が派遣した遠藤警備員外勤労課の職員が監視しており、上告人が集会に参加し議長として運営の中心にいることを会社は知悉していた(<書証番号略>、原告本人第一七七一丁裏―一七七五丁)。

こうして、上告人は、出勤停止期間中に会社と争っている向坂、遠藤裁判の証人に立ち、出勤停止期間後も向坂らの解雇反対の決起集会の中心になって活動した。会社はこの時期にそれらの上告人の行動を許し難く同月二三日に休業を命じ、残業拒否の始末書の提出問題を口実として上告人を懲戒解雇したことが十分に推認される。

原判決は出勤停止処分後の二週間のなかでの上告人の行動、およびこれに対する会社の反応などの事情を考慮せずに懲戒解雇を相当としたのであり、不当である。

(六) 勤務態度

上告人の勤務態度など上告人の有利な事情をまったく考慮せず懲戒解雇を相当としたことは、過酷な処分であり懲戒解雇権の濫用である。

1 仕事の態度

(1) 上告人は、入社以来解雇されるまで、会社において誠実に働いてきた。これは上告人が自負するところであり、上告人の同僚達も異口同音に述べている。

西沢友光は、昭和三四年四月会社武蔵工場に入社し、昭和三九年六月から、昭和四二年一〇月まで上告人と同じ特性管理係で働き、この間八年余にわたり、同じ独身寮で生活を共にしてきた。

同人は、上告人について、

「実にてきぱきと仕事をし、機械科出の技術を発揮して数々の作業改善を行い、大きな成果をあげました。同工程には機械関係の人がいなかったため田中君の存在は貴重なものであった。」

と<書証番号略>陳述書において述べ、その旨証言した(仮処分第一審、第五回、第六回口頭弁論、<書証番号略>参照)。

大川正美は、昭和四一年五月、会社武蔵工場に入社し、六月末日に特性管理係に配属になり、検査伝票の整理・管理グラフへの打点を業務とし、上告人の担当していたトランジスターの一品種である二SB三七〇も担当していた。

同人は左記のとおり証言した(一五六二丁)。

「昭和四二年一〇月頃およびその以前における原告の勤務状況は残業時間は少なかったようです。それは定時間内に一生懸命仕事をして残業の分も定時間内にやってしまうからです。又、私は同人が仕事に対し熱意がないというようなことを聞いたことはありません。」

矢島陸夫は、昭和三六年四月、会社武蔵工場に入社し、昭和四二年七月退社するまでトランジスターの特性管理業務を担当し、退社前は上告人と同じ、特性管理係に所属していた。

同人は上告人の仕事ぶりについて、<書証番号略>陳述書において定時間内にむしろ他の同僚以上に熱心に仕事を進めており、その充実した仕事ぶりは同人の目には特異に映ったと述べ(八項)、その旨証言した(仮処分第二審、第六回口頭弁論、<書証番号略>参照)。

上告人の残業が少ないという点は、会社内の異常な長時間残業と比較した場合のことである。これらの陳述証言において、上告人の熱心な仕事振りが明らかにされている。

(2) 上告人は、担当した業務における作業改善にも積極的にとりくみ、左の成果をあげた。

① 昭和三六年、ペレット片面貼付治具を考案し、約一三名のラインを一人で一日六時間位で済むよう作業改善に貢献し、改善一等賞を受賞した。

② その直後には、油洩れ検査治具を考案し、改善賞を受賞し、課内では発表会まで行なわれた。

③ 昭和四〇年ころ、リード線切断機を考案し、作業能率を向上させ、この時改善実施賞を受賞した。

④ 2SB三七〇トランジスターのエミッター・ドツトの合金化により歩留向上・品質改善で貢献した。

これらの事実は、<書証番号略>、第一審原告本人尋問の結果(一八四八丁乃至一八五二丁)において述べられている。

会社も上告人のこの成果について改善賞等を授与し表彰してきた。原判決は本件懲戒解雇についてこれらの事情をまったく検討していない。

(七) 本件以前の処分について

原判決は、本件以前の上告人に対する「各懲戒処分と相まって」上告人に悔悟の見込なしと判断した、という会社主張をそのまま容認した(第五二丁)。

しかしながら、この点、問題にされた①昭和四〇年三月三一日付の落書事件による出勤停止処分、②昭和四二年一月一〇日付の話しかけ事件による譴責処分、③同年七月二五日付の上長印押捺事件による出勤停止処分をみると、①は本件解雇の二年七か月以前の処分であり、②は譴責、③は就業後、労働組合の大会出席後に残業するため、ことわって上長印を押捺したもので、いずれも懲戒解雇処分の理由とするには到底ほど遠い些細なことがらにすぎない。(本訴第一審判決が「残業拒否及び始末書の問題を除外してそれ以前に既に懲戒処分を受けた事由のみをもって同条項に該当するものとして本件懲戒解雇処分を是認することは許されない」としているのも、当然のことである。)

したがって、これらの処分を本件に結びつけても、それによって本件懲戒解雇が根拠を増すようなことには決してならない。

これら懲戒処分事由を結びつけた懲戒解雇の処分を行った会社の処分は、懲戒解雇権の濫用で許されずこれを相当とした原判決は判断を誤った点、法令適用の誤りがある。

第二<省略>

別紙 上告代理人目録(一)

川口巖  二上護

平和元  上条貞夫

塩沢忠和  鹿又喜治

大久保賢一  山本正道

中丸素明  石井正人

藤田真由美  矢花公平

和田裕  井上猛

保田行雄  坂井興一

蒲田哲二  加藤文也

坂本福子  小松雅彦

鎌田正紹  青柳孝夫

平山知子  今村征司

原口紘一  坂本修

今野久子  橋本佳子

前田茂  水口洋介

小林克信  林勝彦

竹中喜一  赤沼康弘

成瀬聰  吉田健一

岡田啓資  松井繁明

梨木作次郎  中村洋二郎

小林和恵  高橋高子

高橋修一  蒲田孝代

川名照美  藤本齊

山本政明  青柳盛雄

船尾徹  桒原周成

島田修一  清水恵一郎

南惟孝  川村武郎

小寺貴夫  黒岩哲彦

宮原哲朗  小山久子

高橋融  小林亮淳

小木和男  小部正治

蔵本怜子  井口克彦

鈴木亜英  杉井静子

葛西清重  山本哲子

斉藤展夫  飯塚和夫

木村廣定  関島保雄

村田由美子  高木一彦

佐々木良博  中野直樹

中村正紀  須合勝博

阿部和子  西村隆雄

星山輝男  森卓爾

関本立美  加藤啓二

森山文昭  杉浦豊

石坂俊雄  中谷雄二

佐藤真理  松岡康毅

森川明  松井豊明

小川達雄  佐藤克明

田中伸  中島晃

夏目文夫  川中宏

山下潔  大江洋一

村松昭夫  正木みどり

野仲厚治  藤本哲也

佐治融  窪田之喜

山下正祐  志田なや子

佐川京子  吉田榮士

伊藤嘉章  高木敦子

盛岡暉道  渋田幹雄

間部俊明  堤浩一郎

古川武志  寺島勝洋

林豊太郎  松村文夫

恒川雅光  鷲見和人

野村裕  小川恭子

上野正紀  渡辺哲司

村山晃  加藤英範

村松いづみ  北条雅英

高田吉爾  湖海信成

坪田康男  南野雄二

宮地光子  長野真一郎

豊川義明  細見茂

渡部吉泰  小貫精一郎

土田嘉平  梶原守光

長岡麻寿恵  石田正也

白垣政幸  椛島敏雅

永仮正弘  吉原稔

渥美玲子  平松清志

長谷川一裕  竹内平

中村和雄  吉田容子

山原和生  戸田隆俊

中野和信  幸田雅弘

名和田茂生  吉田邦夫

木村靖  玉木昌美

岩月浩二  小島高志

水野幹男  安藤巌

川人博

別紙 上告代理人目録(二)

川口巖  二上護

平和元  上条貞夫

塩沢忠和  鹿又喜治

大久保賢一  山本正道

中丸素明  石井正人

藤田真由美  矢花公平

和田裕  井上猛

保田行雄  坂井興一

蒲田哲二  加藤文也

坂本福子  小松雅彦

鎌田正紹  青柳孝夫

平山知子  今村征司

原口紘一  坂本修

今野久子  橋本佳子

前田茂  水口洋介

小林克信  林勝彦

竹中喜一  赤沼康弘

成瀬聰  吉田健一

岡田啓資  松井繁明

梨木作次郎  中村洋二郎

小林和恵  高橋高子

高橋修一  蒲田孝代

川名照美  藤本齊

山本政明  青柳盛雄

船尾徹  桒原周成

島田修一  清水恵一郎

南惟孝  川村武郎

小寺貴夫  黒岩哲彦

宮原哲朗  小山久子

高橋融  小林亮淳

小木和男  小部正治

蔵本怜子  井口克彦

鈴木亜英  杉井静子

葛西清重  山本哲子

斉藤展夫  飯塚和夫

木村廣定  関島保雄

村田由美子  高木一彦

佐々木良博  中野直樹

中村正紀  須合勝博

阿部和子  西村隆雄

星山輝男  森卓爾

関本立美  加藤啓二

森山文昭  杉浦豊

石坂俊雄  中谷雄二

佐藤真理  松岡康毅

森川明  松井豊明

小川達雄  佐藤克明

田中伸  中島晃

夏目文夫  川中宏

山下潔  大江洋一

村松昭夫  正木みどり

野仲厚治  藤本哲也

佐治融  窪田之喜

山下正祐  志田なや子

佐川京子  吉田榮士

伊藤嘉章  高木敦子

盛岡暉道  渋田幹雄

間部俊明  堤浩一郎

古川武志  寺島勝洋

林豊太郎  松村文夫

恒川雅光  鷲見和人

野村裕  小川恭子

上野正紀  渡辺哲司

村山晃  加藤英範

村松いづみ  北条雅英

高田吉爾  湖海信成

坪田康男  南野雄二

宮地光子  長野真一郎

豊川義明  細見茂

渡部吉泰  小貫精一郎

土田嘉平  梶原守光

長岡麻寿恵  石田正也

白垣政幸  椛島敏雅

山原和生  戸田隆俊

中野和信  幸田雅弘

名和田茂生  吉田邦夫

永仮正弘

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