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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(オ)625号 判決 1987年4月16日

上告人 国

代理人 菊池信男 大藤敏 小見山道有 城正憲 澤山喜昭 大田黒昔生 井口博 田辺澄子 ほか七名

補助参加人 堺市養鶏農業協同組合

被上告人 八尾飼料株式会社

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人菊池信男、同大藤敏、同小見山道有、同城正憲、同澤山喜昭、同大田黒昔生、同松山亘昭、同井口博、同田辺澄子、同一色春男、同内田満太郎、同西村省三、同中村繁夫、同西田幸示、同瀬川富美夫の上告理由第一点及び第二点について

一  原審が適法に確定したところによれば、(1) 被上告人は、訴外奥村郁二(以下「奥村」という。)に対する執行力のある公正証書正本に基づいて奈良地方裁判所五條支部(以下「五條支部」という。)に奥村所有の不動産につき強制競売の申立をし、同裁判所は、右競売手続の開始決定をした、(2) これに対し、奥村が五條支部に被上告人を相手方として請求異議の訴えを提起するとともに、右競売手続の停止を求めたところ、同裁判所は、五〇〇万円の保証を立てることを条件として右手続の停止決定をした、(3) そこで、奥村は、昭和五一年二月一七日、被上告人を被供託者として奈良地方法務局五条支部(以下「五条支局」という。)に五〇〇万円の供託をした。(供託番号昭和五〇年度金第三六九号。以下この供託金を「本件供託金」という。)、(4) 奥村は、同年一二月本件供託金取戻請求権及び利息払渡請求権を補助参加人に譲渡し、同月七日付けの確定日付ある通知書をもつて五条支局供託官に右譲渡の通知をし、同書面は同月八日支局供託官に到達した、(5) その後昭和五二年一二月二二日、前記請求異議訴訟の控訴審において、被上告人と奥村との間で、奥村が、被上告人に対し、二五五八万三〇三一円及びこれに対する利息・遅延損害金並びに三三五万九七三九円及びこれに対する遅延損害金の支払義務あることを認め、右金員を昭和五三年三月一日限り支払う旨の訴訟上の和解が成立した、(6) ところが、奥村が右和解の和解調書に基づく義務の履行をしなかつたため、被上告人は、昭和五三年三月一四日、右和解調書を債務名義として、奥村の本件供託金取戻請求権及び利息払渡請求権を目的とする債権差押え及び転付命令(以下「本件差押え及び転付命令」という。)を取得し、本件差押え及び転付命令の正本は同月一六日五条支局供託官に送達された、(7) そして被上告人は、本件供託金について、担保権者(被供託者)として担保取消に同意した上、五條支部に担保取消の申立をしたので、同裁判所は担保取消決定(以下「本件担保取消決定」という。)をした、(8) そこで、被上告人は、同年五月一八日、五条支局供託官に対し、供託原因消滅の証明のある供託書、本件差押え及び転付命令正本、同送達通知書等の書類を添付した上、本件供託金及びその利息の払渡請求をしたところ、同日、同支局供託官は、本件供託金五〇〇万円及び利息二五万円につき払渡認可処分(以下「本件認可処分」という。)をし、被上告人に右金員の合計五二五万円を交付した、(9) その後五条支局供託官は、昭和五六年四月一三日付けをもつて、被上告人に対し、本件認可処分を取り消す旨の通知書を送付するとともに、五二五万円を同月二三日までに返還すべき旨の請求書を送付した、(10) 一方、五条支局供託官は、補助参加人から本件供託金及びその利息の払渡請求を受け、同月一四日本件供託金の元利金を補助参加人に払い渡した(以下「本件供託金払渡」という。)、その際、同支局供託官は、補助参加人から本件供託金払渡請求について供託書及び裁判所書記官作成の供託原因消滅証明書の提出を受けなかつた、というのである。

二  上告人は、民法七〇三条、七〇四条に基づき、被上告人に対し、五二五万円及びこれに対する昭和五三年五月一九日から支払済みまでの利息の支払を求めて本件訴えを提起したが、被上告人は、抗弁の一つとして、五条支局供託官が補助参加人に対してした本件供託金払渡は、供託金払渡請求書に必要な添付書類の添付がないのに払渡をしたものであつて違法であり、これによつて被上告人の有する担保権の目的物である本件供託金を滅失させ、被上告人に対して損害を与えたとし、右損害については国家賠償法一条により上告人がこれを賠償する義務を負うものであるとして、右損害賠償債権と被上告人の上告人に対する本件不当利得返還債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をした旨主張した。

原審は、前記事実関係に基づき、被上告人の右相殺の抗弁を理由があるものと判断した。

これに対し、論旨は、本件供託金払渡は、被上告人の権利・利益を何ら侵害するものではないから、被上告人との関係において国家賠償法上違法と評価される余地のないものであり、この点において、原判決には法令の解釈適用の誤り、審理不尽ないし理由不備の違法がある。また、原判決の損害の認定には経験則違背、審理不尽ないし理由不備の違法がある、というのである。

三  そこで、判断するに、原審の確定した前記事実関係によれば、被上告人は、本件供託金について担保権者(被供託者)の地位にあつたところ、右担保権の被担保債権(なお、本件においては被担保債権の発生ないしその額は何ら確定されていない。)ではなく、一般債権たる和解調書に基づく債権を執行債権として、供託者たる奥村の本件供託金取戻請求権について本件差押え及び転付命令を取得し、右転付命令に基づく本件供託金取戻請求権を行使するため、本件供託金につき、担保権者として自ら担保取消に同意する旨の意思表示をした上、五條支部に担保取消の申立をしたので、同裁判所は、右申立に基づき民訴法一一五条二項の規定により本件担保取消決定をし、同決定は確定したことが明らかである。してみると、本件担保取消決定の手続に瑕疵はないものというべく、同決定の確定により本件供託金に対する被上告人の担保権は消滅したものと解するのが相当である。なお、奥村が有していた本件供託金取戻請求権については、五条支局供託官に対する本件差押え及び転付命令の正本の送達より先に、奥村から補助参加人に債権譲渡され、その旨の確定日付のある通知書が同支局供託官に到達しているので、その後にされた本件差押え及び転付命令によつては被上告人は本件供託金取戻請求権を取得し得ず、その意味で本件転付命令は無効なものであるが、担保権者たる被上告人が自ら担保取消に同意する旨の意思表示をして担保取消の手続をしたものである以上、本件転付命令が右のような理由により無効であるとの一事をもつて本件担保取消決定がその内容に適合した効力を生じないものとすることはできないというべきである。

してみると、本件供託金払渡の当時既に本件供託金に対する被上告人の担保権は消滅していたものであつて、本件供託金払渡により被上告人の権利・利益が侵害されるという関係にないことは明らかである。しかるに、原判決は、本件供託金払渡時における被上告人の本件供託金に対する権利関係につき何ら具体的な説示をすることなく、卒然と本件供託金払渡により被上告人は担保物の滅失による損害を被つたとの判断をしているものであつて、原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいて理由不備の違法を犯したものといわざるを得ない。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

同第三点について

民法七〇七条一項の規定は、債務者でない者が他人の債務を自己の債務と誤信して債権者に対する弁済をした場合に、右債務についてその債権者に同項所定の事由が生じたときの規定であるところ、供託官が、供託金取戻請求権につき、無効な転付命令を有効なものと誤信したため、正当な取戻権者以外の者に供託元利金の払渡をした場合には、右供託元利金の払渡を受けた転付命令取得者が当該転付命令の執行債権につき証書の毀滅、担保の放棄等の理由を生じさせたとしても、右払渡に係る供託元利金の不当利得返還請求権について同項を類推適用すべきものではないと解するのが相当である(大審院大正七年(オ)第八五号同年三月八日判決・民録二四輯三九一頁参照)。けだし、この場合は単に供託官が誤つて正当な債権者以外の者に供託元利金の払渡をしたという事実があるにすぎず、転付命令取得者に対する供託元利金の払渡行為と右転付命令の執行債権の消長とは法律上何ら関係がないのであつて、右転付命令取得者が供託元利金の払渡を受けたのち転付命令の執行債権につき証書の毀滅、担保の放棄等の事由を生じさせたとしても、それは、右転付命令取得者において転付命令が有効でありこれによつて法律上当然に執行債権が消滅したと誤信したことに基づくものにほかならないとみるべきものであつて、同項を類推して適用すべき根拠を欠くからである。

しかるに、原審は、前記事実関係の下において、五条支局供託官は、無効な転付命令を有効なものと誤信して本件供託金の元利合計の払渡を行つたものであり、奥村の被上告人に対する債務(すなわち和解調書に基づく債務)を自己の債務と誤信して弁済したものでなく、単に供託金につき弁済すべき債権者を誤つたにすぎないものである旨正当に判示しながら、一転して、被上告人は右供託官の払渡を有効な弁済と信じたものであるから、無効な弁済を有効と信じたという点においては被上告人も民法七〇七条一項にいう善意の債権者と何ら異ならない関係に立つと判示した上、同項の類推適用により、被上告人の奥村に対する和解調書に基づく債権額のうち八六万五一二一円と同額につき、上告人の不当利得返還請求権が制限されるとしたものであつて、原審の右判断は、同項の解釈適用を誤つたものといわざるを得ず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないというべきである。

ところで、被上告人は、被上告人に対する本件供託金の元利合計五二五万円の払渡は供託官の過失に基づく不法行為であり、被上告人は右払渡があつたために奥村に対する債権五二五万円について回収、確保の手段を逸し、損害を被つたものであるとし、上告人に対する右損害賠償債権と本件不当利得返還債務とを対当額において相殺する旨の意思表示をした旨の主張をしているところ、原審は、その認定に係る前記八六万五一二一円については民法七〇七条一項の類推適用により上告人の不当利得返還請求を認めないのであるから損害はなかつたものといわなければならないとの理由により、被上告人の右相殺の抗弁を排斥している。しかし、本件において民法七〇七条一項の適用の余地のないことは前述のとおりであるから、原審の右判断も失当というべきである。そこで、被上告人の右相殺の抗弁の当否を含め、上告人の本訴請求の当否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤哲郎 角田禮次郎 高島益郎 大内恒夫)

上告理由

原判決には、以下に述べるとおり、法令の解釈・適用の誤り、経験則違背、審理不尽ないし理由不備の各違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第一点 国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項の「違法」についての法令の解釈・適用の誤り並びに審理不尽ないし理由不備の各違法

原判決には、供託官の補助参加人に対する供託金の払渡し(以下「本件供託金払渡し」という。)が、被上告人に対する関係において国賠法上違法であるとした点において、国賠法一条一項の「違法」についての法令の解釈・適用の誤り並びに審理不尽ないし理由不備の各違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、本件供託金払渡しにつき、「五条支局供託官が補助参加人に対してなした本件供託金の払渡しは、元来、これをなしえないものであるにもかかわらず、注意義務を怠つた結果、違法にこれをなしたもので、右供託官の過失に基づく不法行為にあたる」(原判決書一四丁表二行目ないし五行目)とし、「右供託官の右行為によつて第一審被告(引用者注、被上告人)に対し与えた損害については国家賠償法一条によつて第一審原告(引用者注、上告人)がこれを賠償すべきものといわなければならない」(同一五丁表二行目ないし四行目)と判示している。

しかしながら、以下に述べるとおり、本件供託金払渡しは、被上告人の権利・利益を何ら侵害するものではないから、被上告人との関係において国賠法上違法と評価される余地のないものである。

二 すなわち、被上告人は、本件供託金払渡し以前に、本件供託金の上に有する担保権を放棄していたから、本件供託金払渡しによつて被上告人の権利・利益が侵害される余地はない。

1 まず、本件の事実関係について見ると、原判決が適法に確定したところによれば、(1)被上告人が、奥村郁二(以下「奥村」という。)に対する執行力ある公正証書正本に基づいて奈良地方裁判所五條支部(以下「五條支部」という。)に奥村所有の不動産につき強制競売の申立てをしたところ、五條支部は、右手続の開始決定をした、(2)このため、奥村は、五條支部に被上告人を相手方として請求異議訴訟(五條支部昭和五一年(ワ)第八号)を提起するとともに、強制競売手続の停止を求めたところ、五條支部は、五〇〇万円の担保保証の供託を条件として、右手続の停止決定をした、(3)そこで、奥村は、被上告人を被供託者として昭和五一年二月一七日奈良地方法務局五条支局(以下「五条支局」という。)供託官に五〇〇万円の供託をした(供託番号昭和五〇年度金第三六九号)、(4)奥村は、右供託金取戻請求権及び利息払渡請求権を補助参加人に譲渡し、昭和五一年一二月七日付確定日付ある通知書をもつて五条支局供託官にその旨の通知をし、同書面は翌八日同供託官に到着した、(5)その後、右請求異議訴訟の控訴審(大阪高等裁判所昭和五二年(ネ)第九五四号)において、昭和五二年一二月二二日被上告人と奥村との間で原判決認定のような訴訟上の和解が成立した、(6)ところが、奥村が右訴訟上の和解に基づく義務の履行をしなかつたため、被上告人は、昭和五三年三月一四日右和解調書を債務名義として、奥村の本件供託金及びその利息の払渡請求権について、債権差押え及び転付命令(五條支部昭和五三年(ル)第七号、同年(ヲ)第八号)を取得した、(7)その後、被上告人は、本件供託金五〇〇万円の担保権者(被供託者)として、右担保の取消しに同意した上、五條支部に担保取消しの申立てをし、同支部は担保取消決定をした、というのである。

2 ところで、本件のような裁判上の保証供託の一つである強制執行の停止のための保証供託がなされた場合、被供託者は、供託金の上に質権者と同一の権利を有する(昭和五七年法律第八三号による改正前の民訴法五一三条三項、民訴法一一三条)ことになるが、右担保権の性質について、判例(大審院昭和一〇年三月一四日決定・民集一四巻三五一ページ、福岡高裁昭和三九年一二月一二日判決・金融法務事情四〇三号一二ページ)及び先例(昭和五年一二月一三日民事第一二八八号民事局長回答・現行供託総覧(3)三七一九ページ)は、供託者が有する供託金取戻請求権を目的とする法定質権(債権質)と解している。したがつて、被供託者は、強制執行が停止されたことによつて被る損害の賠償請求権を被担保債権とする法定質権を有しているのであるから、損害を被つた場合には、直接取り立てる方法(民法三六七条)として供託金還付請求権を行使することができるほか、右被担保債権に係る債務名義に基づいて、供託者の有する供託金取戻請求権を差し押さえ、質権の実行方法によることを明示した転付命令を得て供託金の払渡しを受け得ることはいうまでもない。しかし、右損害の発生及び損害額等を明らかにすることが煩さなため、実務上では、実体上の債権自体についての債務名義に基づいて、供託者の有する取戻請求権に対する債権差押・転付命令を得る方法が利用されることが少なくない。ところが、この方法による場合、右転付債権者は、供託者の有する供託金取戻請求権の承継人であり、被供託者の有する担保権の制約を受けることになるのであるから、その承継人と被供託者とが同一人であるからといつて右転付命令によつて取得した取戻請求権を直ちに行使することはできず、これを行使するためには、裁判所の担保取消決定を得る必要がある(供託法八条二項、供託規則二五条二号)。

そして、裁判所が担保取消決定をしなければならない場合としては、(1)「担保ヲ供シタル者カ担保ノ事由止ミタルコトヲ証明シタルトキ」(民訴法一一五条一項)、(2)「担保ヲ供シタル者カ担保取消ニ付担保権利者ノ同意ヲ得タルコトヲ証明シタルトキ」(同条二項)、(3)「訴訟ノ完結後裁判所カ担保ヲ供シタル者ノ申立ニ因リ担保権利者ニ対シ一定ノ期間内ニ其ノ権利ヲ行使スヘキ旨ヲ催告シ担保権利者カ其ノ行使ヲ為ササルトキ」(同条三項)が法定されており、担保提供者が担保提供の原因が消滅したことを証明した場合に、裁判所が担保取消決定をすることとなるのである。しかして、右(2)の場合における担保権利者の同意とは、担保権利者が供託物に対して有する権利を放棄する旨の意思表示であるということができる(斎藤秀夫編著・注解民事訴訟法(2)一三四ページ(斎藤秀夫執筆))。

3 これを本件について見ると、前記事実関係から明らかなように、被上告人は、本件供託金について被供託者(担保権者)の地位にあつたところ、その後昭和五三年三月一四日、本件供託金取戻請求権について債権差押・転付命令を得たものであり、その執行債権は、右供託金の上に存する担保権の被担保債権ではなく、被上告人が本来有する和解調書に基づく債権であるから、被上告人は、本件供託金について、被供託者(担保権者)の地位とともに右転付命令によつて、取戻請求権者としての地位をも取得するに至つたというべく、そこで、被上告人は、取戻請求権者として右取戻請求権を行使するため、担保権者として担保取消しに同意する旨の意思表示をし、裁判所から担保取消決定を得たのである。

したがつて、被上告人は、自己の意思に従つて担保権を放棄したものであり、右担保権放棄を前提とする担保取消決定は確定しているから、被上告人が本件供託金の上に有していた担保権は消滅したものというべきである。そうすると、供託官の本件供託金払渡しにより、被上告人の権利ないし利益が侵害される余地はないのである。

4 しかるに、原判決は、上告人が被上告人の本件供託金還付請求権は本件供託金の上に存した担保権を放棄し、担保取消決定が確定したことにより消滅した旨主張しているにもかかわらず(原審における上告人の第四準備書面二2(一)参照)、右担保取消決定の効力の有無、被上告人の本件供託金還付請求権の存否等について何ら判断することなく、被上告人の本件供託金還付請求権が存続していることを前提とした上、供託官の本件供託金払渡しにより被上告人の右還付請求権が侵害されたものとしている。

したがつて、原判決には、右の点において、国賠法一条一項の「違法」についての法令の解釈・適用の誤り並びに審理不尽ないし理由不備の各違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三 また、仮に、被上告人が本件供託金還付請求権を有していたとしても、本件供託金払渡しによつて被上告人の右還付請求権は何ら侵害されていないから、本件供託金払渡しが被上告人との関係で国賠法上違法になることはあり得ない。

1 前述のとおり、強制執行の停止のための保証供託がなされた場合、被供託者は、将来、強制執行の停止によつて生ずることのあるべき損害の賠償請求権について、右供託金の上に質権者と同一の権利を有する。すなわち、右執行停止によつて被供託者に損害が生じたときは、被供託者は、供託金還付請求権を行使することができるのであり、被供託者にそのような損害が生じなかつたときには、供託者において、供託金取戻請求権を行使することができるのである。

右供託金還付請求権と供託金取戻請求権とは、権利としては別個独立のものであるが、当該供託の目的は、強制執行の停止によつて将来被供託者について生ずることのある損害賠償請求権を担保することにあるから、供託金還付請求権は供託手続上供託金取戻請求権に対して優先する地位に立つ。したがつて、供託者が供託金取戻請求権を第三者に譲渡したとしても、右譲受人は、供託原因が消滅した後でなければ取戻請求権を行使することができず(供託法八条二項)、また、右譲受人は被供託者が強制執行の停止によつて生じた損害賠償請求権に基づいて還付請求権を行使することに対抗することができないのである(明治四五年五月二三日民事第五八二号民事局長回答・現行供託総覧(2)二九三七ページ)。

本件において、仮に被上告人が本件供託金還付請求権を有していたとすれば、それは補助参加人の本件供託金取戻請求権に優先するものであるから、補助参加人に対して本件供託金の払渡しがされても、補助参加人はそれをもつて被上告人に対抗することができないのであり、被上告人の本件供託金還付請求権が消滅するものではないから、被上告人の右請求権は何ら侵害されるものではない。

2 右のように、被上告人の権利が侵害されないということは、次のような点から見ても首肯し得るところである。

すなわち、供託は、供託根拠法令により供託を義務づけられ又は供託を許容された者が、国家機関である供託所に対してある財産を提出して、その管理に委ね、右財産を供託所を通じて権利を有する者に交付し、もつて右法令の立法趣旨に沿つた権利の満足を得させることにより一定の法律上の目的を達成しようとするものであり、供託手続は右のような供託の目的を実現させるために機能する手続であるから、権利を有しない者に対して誤つて供託物が還付され、また供託原因が消滅していないにかかわらず供託物が取り戻される等、供託物が何らかの事情により誤つて払い渡されたとしても、それによつては、供託根拠法令が当該供託により企図した一定の法律上の目的が達成されたことにならないのであり、したがつて、供託関係は終了しないものというべきである(もつとも、供託物が有価証券である場合は、特定物の供託であるという性質上、誤払いされた後に当該有価証券を第三者が善意取得した等の事由により返還を求め得ない場合においては、それが誤払いであつても供託関係は終了すると解さざるを得ない。)。

本件において、補助参加人に対する本件供託金の払渡しが供託法令所定の手続によらない過誤払いであり、補助参加人が実体上本件供託金につき取戻請求権を行使し得ないものであつたとしても、それは単なる誤払いにすぎないから、それによつては供託関係は終了するものではなく、被上告人の本件供託金還付請求権には何らの消長を及ぼさないのである(弁済供託の場合であれば、供託者は、被供託者が供託を受諾せず、又は供託を有効とした判決が確定するまでは自由に供託物を取り戻すことができ(民法四九六条一項前段)、右取戻しにより還付請求権も消滅し、供託関係は終了するが、裁判上の担保供託については、供託者は錯誤その他の理由に基づく供託無効ないし供託原因の消滅を証明しない限り取戻しの請求はできず(供託法八条二項)、仮に右のような事由がないのに誤つて払い渡されたとしても被供託者の還付請求権は消滅しないのである。)。

3 しかるに、原判決は、補助参加人の取戻請求権行使に基づく本件供託金払渡しによつて被上告人の還付請求権が消滅し、権利侵害が生じるとして、被上告人の損害賠償請求を認めたものであり、したがつて、原判決には、右の点において、国賠法一条一項の「違法」についての法令の解釈・適用の誤り並びに審理不尽ないし理由不備の各違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 損害認定についての経験則違背、審理不尽ないし理由不備の各違法

原判決には、被上告人の相殺の抗弁に係る損害の認定につき、経験則違背、審理不尽ないし理由不備の各違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、被上告人の相殺の抗弁に対する判断において、被上告人の有する国賠法に基づく損害賠償請求権における損害は、強制執行停止によつて生じた損害であるとし、さらに、同損害につき、「原審証人南眞一の証言及び弁論の全趣旨によると、右強制執行停止の間に奥村が無資力となり右債務名義の元金中、本件供託金である五〇〇万円以上のものが回収不能となつている事実が認められるから、右損害は少なくとも右供託金相当額について発生している」(原判決書一五丁裏三行目ないし七行目)と判示している。

二 ところで、強制執行停止決定に伴う保証によつて担保される損害は、執行債権者が強制執行を停止されることによつて被る損害であることはいうまでもないが、執行債権者は当該強制執行により差押財産の価値を確保しているのであるから、強制執行が停止されていることにより生じた差押財産自体についての価値の下落ないしは配当金の減少等が右担保されるべき損害に当たることは格別、強制執行停止中に執行債務者が他の一般財産を失い、差押財産以外無資力となつたため、執行債権者において債務名義の元利金の一部が回収不能となつたとしても、その損害は右執行停止との間に因果関係のあるものとはいい難いというべきである。

また、右の点はおくとしても、強制執行の停止によつて生じた損害とは、債権者が執行停止を受けなければ満足を受け得た額から現実に満足を受けた額を控除した額であるというべきであるが、原判決は、被上告人の被つた損害について前記のとおり判示するのみであつて、奥村の執行停止時の資産状況、無資力となつた時期、債権債務の内容・数額、その他強制執行の停止と相当因果関係にある損害の範囲を確定するために不可欠な諸事情について何ら認定、判断をしていないのみならず、右各事情は、原判決挙示の証拠によつては到底認定し得ないものである。

したがつて、原判決には、右の点において、経験則違背、審理不尽ないし理由不備の各違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三点 民法七〇七条についての法令の解釈・適用の誤り

原判決には、民法七〇七条についての法令の解釈・適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、上告人の被上告人に対する不当利得返還請求権(以下「本件不当利得返還請求権」という。)について民法七〇七条を類推適用した上、右請求権は制限されるとし、その理由として第一審判決理由を引用して、「五条支局供託官は、無効な差押、転付命令を誤つて有効と信じ、供託金の元利合計の払渡しを行なつたものであり、奥村の被告に対する債務を自己の債務と誤信して弁済したものでなく、単に弁済すべき債権者を誤つたにすぎないものである。」(一審判決書二〇丁表一一行目ないし裏四行目)としながら、被上告人が、「無効な弁済を有効と信じたという点においては、本件の被告(引用者注、被上告人)も、民法七〇七条に善意の債権者と何ら異ならない関係に立つ」と判示し(一審判決書二〇丁裏八行目ないし一〇行目)、被上告人が五条支局供託官の払渡しを有効な弁済と信じた結果、原判決認定に係る不動産競売事件において配当要求をしなかつたため配当を受けられなかつた八六万五一二一円につき、本件不当利得返還請求権が制限されるとした一審判決の認定、判断を正当として是認している。

二1 ところで、不当利得については、民法は、不当利得の一般的規定(七〇三条、七〇四条)のほか、特殊の不当利得として、広義の非債弁済(七〇五条ないし七〇七条)と不法原因給付(七〇八条)について規定している。そして広義の非債弁済のうちに、狭義の非債弁済(七〇五条)、弁済期前の弁済(七〇六条)及び他人の債務の弁済(七〇七条)に関する特則を設けている。弁済者が債務がないのに誤つて弁済した場合においては、右弁済は法律上の原因を欠くものであるから、弁済者において不当利得としてその返還を請求し得べきものであることは民法七〇三条の一般原則から明らかであるが、この場合右一般原則による返還請求に一定の制限を加えているのが、狭義の非債弁済に関する同法七〇五条と他人の債務の弁済に関する同法七〇七条である。

民法七〇五条は弁済者が自己の債務が存在しないことを知りながら弁済をした場合に関する規定であり、自己の債務が存在しないことを知りつつ弁済した者は法的な保護に値しないという理由によるものである(我妻榮・債権各論下巻一(民法講義V4)一一一九ページ、一一二六ページ、四宮和夫・「事務管理・不当利得・不法行為」上巻(現代法律学全集10)一四六ページ、石田喜久夫「注釈民法(18)」六一二ページ)。

民法七〇七条の立法理由については、未定稿本民法修正案理由書に「債権者ハ債務者以外ノ者ヨリ弁済ヲ受クルコトヲ得ルハ固ヨリ法律ノ認ムル所ナレバ、債務者ニ非ザル者ガ錯誤ニ因リテ債務ノ弁済ヲ為シ、之ガ為メニ債権者ニ損害ヲ及ボスコトヲ得ザルハ当然ノ事タルベシ。(中略)故ニ(中略)本条第一項ノ規定ヲ設ケ、債権者ノ保護ヲ全カラシメタリ。」(同理由書六〇七ページ)と述べられているように、債務者でない第三者が他人の債務を自己の債務と誤信して債権者に弁済した場合には本来右弁済は無効であり、真実の債務者の債務は消滅しないから債権者が弁済として受領したものは常に不当利得となるはずであるが、債権者が第三者の弁済を有効な弁済と信じ、証書の毀滅等の行為に及んだり、時効によつて当該債権を失つた場合には、右のような債権者の信頼を保護するため、右第三者の不当利得返還請求を許さないとするものである。

民法七〇七条の弁済の場合、債権者の側からすれば、真実債権を有するのであり、しかも債務者でない者からの弁済も受け得るのであるから、債権者としてはその弁済を有効な弁済と誤信したとしても相当程度無理からぬ事情があるといい得るのである。したがつて、債権者について証書の毀滅等同条一項所定の事由が生じていなければ格別、債権者がその弁済を有効な弁済と誤信して同項所定の事由が生じている場合には、この弁済を無効として債権者に損害を及ぼすことは不当であり、「そうした事態を招く種を蒔いた」(石田喜久夫「注釈民法(18)」六二七ページ)弁済者からの返還請求を許さず、債権者に右利得を保有させることとして債権者の信頼を保護するのが妥当であるというのが七〇七条の立法趣旨とするところである。

また、同法七〇七条一項に該当し、弁済者から債権者に対する不当利得返還請求ができないこととなる場合債権者は給付されたものを終局的に保有することができ、真実の債務者の債務は消滅することとなるが、右債務の消滅については弁済者が真実の債務者のため第三者の弁済をしたことになつて消滅するものと解されているのであり(四宮・前掲一五〇ページ)、このようなことも、同法七〇七条が真実の債務者が負つている債務そのものにつき、第三者が真実の債権者に対して弁済するという場合を予定していることによるものということができる。

2 本件においては、五条支局供託官は、無効な差押・転付命令を有効なものと誤信したため弁済すべき相手方を誤つて被上告人に対し供託金の払渡しをしたにすぎないのである。

五条支局供託官は供託金の払渡しについて交付すべき相手方を誤つたものであるが、被上告人の供託金取戻請求に応じて供託金の払渡しをしたものであつて、奥村の被上告人に対する債務の履行として弁済したものではない。被上告人も自らは権利を有しないところの供託金取戻請求権を誤つて行使し、その請求に対するものとして五条支局供託官から供託金の払渡しを受けたものであつて、自らの奥村に対する債権につき奥村の債務の履行として右供託官から弁済を受けたものではない。民法七〇七条は、債権者でない者から債務の弁済として給付されたものであつても、弁済を受けた者が真実債権を有する者であり、その弁済も真実の債務者の負担する債務の弁済としてなされたものである場合に、前述のような理由から真実の債権者の信頼を保護しようとするものであるから、本件の被上告人のように供託金の払渡しを受ける権利を全く有しない者が誤つて供託金の払渡しを受けたようなときとは全く場合を異にしており、本件の被上告人については、原判決のように民法七〇七条の類推適用をすべき実質的理由は全く存しない。民法七〇七条では真実債権を有する者にその給付として受けたものを保有させることになるが、原判決のような類推適用においては何の債権も有しない者にこれを保有させることになるのである。

また、民法七〇七条は、前述のとおり、真実債権を有する者が債務者でない者からその債務につき弁済を受け、真実の債務者から有効な弁済を受けたと誤信したため、その債権についての証書毀滅等の行為をしたり、時効によつてその債権を失つた場合におけるものであり、真実の債務者の弁済があつたと誤信したことと証書毀滅等の事由の発生は同一の債権に関するものであつて、直接の因果関係が存する場合であるが、本件において、五条支局供託官の被上告人に対する供託金の払渡しと、被上告人の奥村に対する債権とは何の関連性もない全く別個のものであつて、このような被上告人の債権について、仮に同条一項所定の事由に準ずる事由があるといえるとしても、原判決のように同条の類推適用を認めることは何ら合理性を有しないといわなければならない。

前述のとおり、民法七〇七条においては、弁済を受けた債権者は給付を受けたものを終局的に保有できることとなるとともに、真実の債務者の債務は消滅し、弁済者と債務者との間では弁済者から債務者への不当利得返還請求の問題が残ることとなる。本件において、原判決のように同条の類推適用を認める考え方をとるとすれば、<1>被上告人は本来そのような給付を受けるべき債権を有しないのに本件供託金を保有し得ることとなるが、本件のような場合、そのような結論を肯定するに足りる実質的理由は果たしてあるといえるであろうか、<2>また、被上告人に対する奥村の債務は払渡しを受けた供託金と同額につき消滅することとなるのであろうか、<3>民法七〇七条の場合、弁済者が債務者のための第三者の弁済をしたこととなつたということが債務者の債務の消滅する理由であるが、五条支局供託官のした供託金の交付は供託金の払渡しとしてなされているのであつて、奥村の被上告人の対して負担する債務の弁済としてはなされておらず、債務者のための第三者の弁済と見る余地はないから、奥村の債務が消滅するとすれば、それはどのような実質的理由によるものということになるのであろうか、いずれも甚だ疑問である。

以上のとおりであつて、原判決のように本件不当利得返還請求権について民法七〇七条の類推適用を認めることは、不当であり、解釈論としては到底採り得ないものというべきである。

三 したがつて、原判決には、本件不当利得返還請求権につき民法七〇七条を類推適用した点において、法令の解釈・適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

【参考】第二審(大阪高裁昭和五八年(ネ)第二五七〇号、同五九年(ネ)第四七号昭和六一年二月二七日判決)

主文

一 第一審被告の控訴に基づき、原判決中、第一審被告敗訴部分を取り消す。

二 第一審原告の請求を棄却する。

三 第一審原告の控訴を棄却する。

四 訴訟費用は、参加費用を除き、第一、二審とも第一審原告の負担とし、参加費用は補助参加人の負担とする。

事実

一 当事者の求めた裁判

1 昭和五八年(ネ)第二五七〇号事件

(一) 控訴の趣旨

(1) 主文第一、二項同旨。

(2) 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

(二) 控訴の趣旨に対する答弁

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は第一審被告の負担とする。

2 昭和五九年(ネ)第四七号事件

(一) 控訴の趣旨

(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) 第一審被告は第一審原告に対し、金五二五万円及びこれに対する昭和五三年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

(二) 控訴の趣旨に対する答弁

(1) 主文第三項同旨。

(2) 控訴費用は第一審原告の負担とする。

二 当事者の主張

次に補正・付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決の補正

原判決一〇枚目裏一〇行目の「抗弁4」を「抗弁3」と訂正し、一一枚目表五行目の次に行を改めて次のとおり挿入し、同六行目冒頭の(四)を(五)に改める。

「(四) 五条支局供託官は第一審原告の公権力の行使に当る公務員であるところ、職務を行うに際し、過失によつて第一審被告に対し供託元利金の払渡をしたため、第一審被告は債権確保の機会を失い、第一審被告をして供託元利金相当額の損害を生じさせたので、第一審原告は国家賠償法一条に基づき第一審被告に対し右損害を賠償する義務がある。」

2 第一審原告の当審主張

(一) 第一審被告の代理人及び取締役は、次のとおり、本件供託金払渡請求当時自己に取戻請求権の存在しないことを知つていたもので、第一審被告は悪意の受益者である。

(1) 第一審被告の代理人であつた田中弁護士は、法律に精通した専門家として、第一審被告の得た債権差押・転付命令が補助参加人への債権譲渡に劣後することを知つていたものであり、このことは同弁護士が奈良地方法務局五条支局に対する証明申請書(甲第四号証の一)の「証明申請の目的欄」に「債権差押及び転付命令の効力」との記載のあること、及び同弁護士が詳細な告訴状(乙第三号証)を作成し、強制執行不正免脱罪で奥村郁二を告訴し、刑事面から右債権譲渡の効果を否定しようとしていたことから明らかである。

(2) また、右取戻について第一審被告の取締役としてその衝に当つた南眞一も田中弁護士の意を受けて五条支局供託官に対し証明申請書(甲第四号証の一)を提出し、右供託官から証明書の交付を受けたほか、前記告訴状(乙第三号証)を五條警察署に提出し、同署警察官の事情聴取に応じているのであるから、右債権差押・転付命令が補助参加人への債権譲渡に劣後することを知つていたものである。

(二) 第一審被告に対する本件供託元利金の払渡について民法七〇七条を類推適用すべきでない。

民法七〇七条は、その一項において債権者が善意で証書を毀滅し、担保を放棄し又は時効によつてその債権を失つたときは弁済者に返還請求権がない旨を、その二項において弁済者から債務者に対し求償権の行使を妨げない旨規定したもので、その趣旨は、単に債権者に返還請求拒絶権を与えただけでなく、弁済者が債務者のためにしたのと同一の効果を生じさせ、その弁済を有効とするとともに、他方弁済者に対し債務者への求償権の行使を許したものである。

これを本件についてみるに、第一審被告の奥村に対する債権は売掛代金債権であるところ、五条支局供託官が供託元利金の払渡を行なつたのは、奥村の第一審被告に対する右売掛代金債務を自己の債務と誤信して弁済したのではなく、無効な債権差押・転付命令を有効なものと信じて右払渡をしたものである。民法七〇七条は正当な債権者保護の規定であるところ、第一審被告は本件供託元利金の払渡を受けるべき正当な権利者でなく、かつ、右払渡がなされたからといつて正当な取戻権利者である補助参加人の権利が消滅する関係にあるものでないから、このような場合にまで民法七〇七条一項を類推適用すべきでない。

(三) 仮に、五条支局供託官が本件供託元利金を第一審被告に払い渡したことに過失があり、かつ、右過失により第一審被告が奥村に対する債権回収確保の方法が取れず、なんらかの損害を被つたとしても、第一審被告の代理人として一連の手続を行なつた田中弁護士は法律事務に精通した専門家として、右払渡を有効と信じ、奥村に対する五二五万円の債権が回収できたものとして、右債権確保の方法を講じなかつたことについて重大な過失のあつたことは明らかであるから、第一審被告の損害を定めるにあたつては過失相殺をしてその額を定めるべきである。

(四) 第一審被告の後記当審主張(一)は争う。

(五) 同主張(二)も争う。

五条支局供託官は、昭和五六年四月一四日、補助参加人の本件供託元利金取戻請求に基づきこれを払い渡しているが、右手続にはなんらの違法もない。

もつとも、右取戻のための払渡請求書には供託書正本の添付もなく、更に、担保取消決定正本・同決定確定証明書又は供託実務上これに代わるものとして取り扱われている裁判所書記官作成の供託原因消滅証明書の添付もなかつたが、五条支局供託官は第一審被告が昭和五三年五月一八日本件供託元利金の取戻を請求した際提出していた供託金払渡請求書(甲第七号証の一)に添付の供託書正本(甲第一号証の一)及び供託原因消滅証明書(同号証の二)が未だ同支局に保管されていたところから、これらをもつて右供託書正本及び右証明書の添付に代え、補助参加人の前記払渡請求に応じたものである。元来、既に提出された供託書正本をもつて同正本の提出に代えることになんらの支障もないし、また、既に提出された供託原因消滅証明書も供託者奥村の承継人である補助参加人との間においても有効でその証明力に変動はなく、仮に補助参加人が裁判所書記官から供託原因消滅証明書の交付を受けてこれを添付したとしても、これによつて証明される事実は既に提出ずみの旧証明書と同じであるから、改めて補助参加人に供託書正本及び新証明書の提出を求めることなく供託元利金の払渡を認可した五条支局供託官の措置は適法である。

次に、第一審被告主張の損害は、第一審被告が奈良地方裁判所五條支部昭和四九年(ヌ)第一三号不動産強制競売事件において債権届出をして既に配当を受けているものであるから、更に右損害を主張できない。

3 第一審被告の当審主張

(一) 五条支局供託官は、第一審被告に本件供託元利金の払渡をしたのち、これが誤つていたとしてその返還を請求しながら、補助参加人の払渡請求についてはこれに応ずべきなんらの理由もないのに、唯々諾々としてこれに応じているのである。これは結局、自己の責任を第一審被告に転嫁することにほかならず、本訴請求は信義則上許されない。

(二) 五条支局供託官が補助参加人に対し本件供託元利金の払渡をしたことは違法である。

本件供託元利金の取戻請求権が奥村から補助参加人に譲渡されていたとしても、補助参加人が右供託元利金を取り戻すためには、供託官に対し供託書正本の提出が必要であるほか、裁判所書記官作成の供託原因消滅証明書の提出がなければならず、右証明書を得るためには裁判所の担保取消決定正本とその確定証明書がなければならないのであり、右担保取消決定を得るためには担保の事由の止んだことを証明するか、担保権利者の同意のあつたことを証明しなければならないのである。しかるに、補助参加人の本件供託元利金の取戻については供託書正本の提出がなかつた。また、同人はその際担保の事由の止んだことを証明する書面も、また、担保権利者である第一審被告の同意書も入手してなかつたので担保取消決定がなされてなく、したがつて、裁判所書記官作成の供託原因消滅証明書も存在しなかつたため、補助参加人は右証明書を五条支局供託官に提出していなかつた。そうすると、右供託官は補助参加人の本件供託元利金の取戻請求に応ずることができなかつたものであるが、右供託官は、先に第一審被告が本件供託元利金の取戻請求をした際に提出した供託金払渡請求書(甲第七号証の一)に添付の供託書正本(甲第一号証の一)及び供託原因消滅証明書(同号証の二)が同支局に保管されていたところから、これらをもつて前記供託書正本及び供託原因消滅証明書の提出に代え、補助参加人の前記請求に応じ、昭和五六年四月一四日、本件供託元利金を補助参加人に払い渡した。しかし、先に提出されていた供託書正本及び証明書は、第一審被告が本件供託元利金を取り戻すためのものであつて、補助参加人がこれを取り戻すために流用できるものでないことはいうまでもないから、右供託官は補助参加人の本件供託元利金の取戻請求を拒否すべきであつたにもかかわらず、これに違法に応じたものといわなければならない。

五条支局供託官は、補助参加人に対し本件供託元利金の払渡をするについては、注意義務を怠り、右違法な払渡をしたのであるから、これは右供託官の過失に基づく不法行為である。

ところで、供託官は公権力の行使に当る公務員であるところ、同人の右不法行為はその職務の執行についてなされたものであるから、これによつて第一審被告に対して与えた損害については国家賠償法一条により第一審原告がこれを賠償する義務を負うものである。

そこで、右損害についてみるに、本件供託金は、第一審被告の奥村に対する債務名義に基づく強制執行についてこれを停止することによつて生ずる損害を担保するものであるところ、右停止によつて右債務名義に基づく強制執行が遅れることによる遅延損害金合計額は、右停止時である昭和五一年二月一七日から強制執行停止申立事件の本案である請求異議事件の和解条項で定めた弁済期が経過したことによつて右停止の効力が失われた昭和五三年二月二八日まで元本二五五八万三〇三一円に対する日歩四銭の割合による七六〇万三二七六円であり、これは本件供託元利金五二五万円を超えるものであり、また、右停止の間奥村は無資力となり、右債務名義元金の回収も不能となりその損害は右五二五万円を超えるものであるから、いずれにしてもその損害は本件供託元利金を超過するものである。

第一審被告は、昭和六〇年二月八日当審第八回口頭弁論期日において第一審原告に対し、第一審原告に対する不当利益返還債務と、担保権消失に基づく損害賠償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたので、右不当利得返還債務は消滅した。

(三) 第一審原告の前記当審主張(三)は争う。

五条支局供託官が第一審被告に対し本件供託元利金の払渡をしたことに違法があるとすれば、その原因はすべて右供託官にある。法律実務でも特殊領域に属する供託実務の専門家である供託官の重大な過失による違法行為に基づく損害賠償請求について、被害者である国民について過失相殺など考慮すべき余地はない。

三 証拠関係 <略>

理由

一 第一審原告の請求原因に対する判断及び第一審被告の原審主張の各抗弁に対する判断は、次に補正・付加するほかは、原判決理由説示と同じであるから、これを引用する。

1 原判決の補正

原判決一六枚目裏二・三行目の「原告」を「被告」と、一八枚目表一・二行目の<証拠略>を「前記」と、二〇枚目表七行目の「債権証拠」を「債権証書」と、二一枚目裏九・一〇行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と各訂正する。

2 第一審原告の当審主張(一)ないし(三)に対する判断

(一) 同主張(一)について

第一審被告が五条支局供託官から本件供託元利金の払渡を受けるにあたり、自己にその払渡を受ける権利のないことを知つていた悪意の受益者でなかつたことについては、先に引用した原判決理由説示中の該当部分(原判決一七枚目表五行目から一八枚目裏五行目まで)のとおりである。第一審原告の当審右主張は右判断を非難するに尽きるものであるが、その論拠とするところを考慮しても右判断を左右するものとは認められない、したがつて、右主張は採用できない。

(二) 同主張(二)について

第一審原告の第一審被告に対する本件供託元利金の返還請求について民法七〇七条を類推適用すべきことについては、先に引用した原判決理由説示中の該当部分(原判決二〇枚目表三行目から二三枚目表六行目まで)のとおりである。第一審原告の当審右主張は右類推適用を非難するものであるが、右非難の失当であることは先に判断したところによりおのずから明らかというべきである。したがつて、右主張も採用できない。

(三) 同主張(三)について

同主張は、第一審被告が原審で主張した相殺の抗弁の自働債権に関するものであるが、当裁判所は既に判断したとおり、右債権は存在しないものとして右抗弁を排斥しているのであるから、右主張については判断の必要がない。

二 そこで、第一審被告の信義則違反の抗弁(当審主張(一))について判断する。

1 五条支局供託官が第一審被告に対し本件供託元利金の払渡をしたのち、これが誤つていたとしてその返還を求める一方、補助参加人の右供託元利金の払渡請求に応じていることは、当事者間に争いがない。そして、右補助参加人に対する右供託金の払渡が違法になされたものであることは、後記三で認定するとおりである。

2 しかし、右供託官が補助参加人に対し違法に本件供託金の払渡をしたからといつて、第一審被告に対し同じく違法に払渡された右供託元利金の返還を求めることが信義則に反するものとは到底考えられないところである。

3 したがつて、右主張は採用の限りでない。

三 次に、第一審被告の相殺の抗弁(当審主張(二))について判断する。

1 五条支局供託官が補助参加人から本件供託元利金の取戻請求を受け、昭和五六年四月一四日、これを補助参加人に払渡をするにあたり、補助参加人提出の供託金払渡請求書に供託書正本及び裁判所書記官作成の供託原因消滅証明書の添付を受けなかつたことは、当事者間に争いがない。

ところで、補助参加人が供託者として右供託官に対し、本件供託金の取戻を請求するについては、担保事由の止んだことを証明するか、担保権利者である第一審被告の同意のあつたことを証明して裁判所の担保取消決定を得(民訴法一一五条一、二項)、その確定を待つたうえ、右決定正本とその確定証明書を裁判所に提出し、これと引換に裁判所から供託書正本と裁判所書記官作成の供託原因消滅証明書の交付を受け、これらを添付した供託金払渡請求書を右供託官に提出して、右供託官から供託金の払渡を受けることが、民事訴訟法及び供託規則所定の供託金取戻の運用として、裁判所に顕著な事実である。

そうすると、五条支局供託官が補助参加人に対してなした本件供託金の払渡は、元来、これをなしえないものであるにもかかわらず、注意義務を怠つた結果、違法にこれをなしたもので、右供託官の過失に基づく不法行為にあたるものといわなければならない。

第一審原告は、右払渡については、第一審被告が昭和五三年五月一八日本件供託元利金の取戻請求をした際提出していた供託金払渡請求書(<証拠略>)に添付の供託書正本(<証拠略>)及び供託原因消滅証明書(<証拠略>)が未だ同支局に保管されていたところから、これを流用したものであつて、右各書面添付の要件は具備していた旨主張するが、本件供託金について第一審被告の取戻と、補助参加人の取戻とは全く別個の法律関係に基づくものであつて、第一審被告が右取戻について兼有する担保権利者としてこれに同意していたとしても、補助参加人の右取戻についての同意とならないことはいうまでもなく、右各書面を互いに流用し合うことの許される関係にないことは多言を要しないところであるから、右主張は採用の限りでない。

2 次に、五条支局供託官が公権力の行使に当る公務員であり、同人の補助参加人に対する本件供託金の払渡がその職務の執行についてなされたものであることは、第一審原告において明らかに争わないので、自白したものとみなされる。

そうすると、右供託官の右行為によつて第一審被告に対し与えた損害については国家賠償法一条によつて第一審原告がこれを賠償すべきものといわなければならない。

3 そこで、右損害についてみるに、当事者間に争いのない第一審原告の請求原因1の(一)、(二)の各事実によると、本件供託金は第一審被告の奥村に対する債務名義に基づく強制執行についてこれを停止することによつて生ずる損害を担保するものであることが明らかであるから、右損害は右担保権滅失に基づく損害にほかならないものというべきであり、結局右強制執行停止によつて生じた損害と解することができるところ、右強制執行停止によつて生じた損害とは、右停止期間中債務名義に基づく強制執行が遅れたことによつて生じた遅延損害金がこれにあたることはいうまでもないにしても、<証拠略>によると、右強制執行停止の間に奥村が無資力となり右債務名義の元金中、本件供託金である五〇〇万円以上のものが回収不能となつている事実が認められるから、右損害は少なくとも右供託金相当額について発生しているものというべきである。

第一審原告は、右損害は第一審被告が奈良地方裁判所五條支部昭和四九年(ヌ)第一三号不動産強制競売事件において債権届出をして既に配当を受けることによつて消滅している旨主張する。しかし、既に認定の事実によると、本件供託元利金相当の債権についてはこれを除外して債権届出をしており、これについては配当を受けていないことが認められる。もつとも、のちに本訴において第一審被告が第一審原告に対し本件供託元利金の返還をなすにつき、もし第一審被告が右金額について債権届出をしていたならば受けられたであろうところの配当額を控除してその返還を命ずることとなつているのであるから、右損害の範囲は右の限度で減少しているものということができる。しかし、第一審被告が既に弁済を受けえなくなつている債務名義元金が右減少額を遙かに上回ることは、<証拠略>によつて明らかであり、結局前記認定の損害額には消長がないものと認められる。したがつて、右主張は採用できない。

4 第一審被告が昭和六〇年二月八日の当審第八回口頭弁論期日において第一審原告に対し、第一審原告に対する不当利得返還債務と、担保滅失による損害賠償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。

以上認定の事実によると、第一審被告の第一審原告に対する不当利得返還債務は四三八万四八七九円及びこれに対する弁済期日の翌日である昭和五六年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金であり、損害賠償債権は少なくとも右金額及びこれに対する不法行為の日である同月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金であるから、右債務は第一審被告の前記相殺により相殺適状の日である同月一四日に遡つて消滅するに至つたものと認められる。

5 したがつて、第一審被告の右抗弁は理由がある。

四 以上の次第であるから、第一審原告の本訴請求は理由がなく、失当として棄却を免れない。

五 よつて、右判断と異なり第一審原告の本訴請求を一部認容した原判決は、その限度で不当であるから、第一審被告の控訴に基づき、これを取り消したうえ、右請求を棄却し、第一審原告の控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 高田政彦 磯尾正)

【参考】第一審(奈良地裁昭和五七年(ワ)第一八〇号 昭和五八年一二月二三日判決)

主文

一 被告は原告に対し、金四三八万四八七九円及びこれに対する昭和五六年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金五二五万円及びこれに対する昭和五三年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 本件払渡認可処分の取消の経緯

(一) 被告が、同人の奥村郁二(以下「奥村」という。)に対する執行力ある公正証書正本に基づいて奈良地方裁判所五條支部に右奥村所有の不動産につき強制競売の申立をなしたところ、同裁判所は、右手続の開始決定をした。

(二) そこで、奥村は、同裁判所に被告を相手方として請求異議の訴(同裁判所同支部昭和五一年(ワ)第八号)を提起するとともに、右強制競売手続の停止を求めたところ、同裁判所が、五〇〇万円の担保保証の供託を条件として、右手続の停止決定をしたので、被告を被供託者として昭和五一年二月一七日奈良地方法務局五条支局(以下「五条支局」という。)供託官に対し五〇〇万円の供託をした(供託番号昭和五〇年度金第三六九号)。

(三) 奥村は、右供託金取戻請求権及び利息払渡請求権を堺市養鶏農業協同組合(以下「堺市農協」という。)に譲渡し、その事実を五条支局供託官に対し、同五一年一二月七日付確定日付ある通知書で通知したところ、翌八日、右供託官に到着した。

(四) その後、右請求異議事件の控訴審(大阪高等裁判所昭和五二年(ネ)第九五四号)において、昭和五二年一二月二二日被告と奥村との間で

(1) 奥村は、被告に対し

(a) 二五五八万三〇三一円及びこれに対する昭和四九年二月二八日から同年七月三一日まで元金一〇〇円につき日歩二銭の割合による利息、同年八月一日から完済まで元金一〇〇円につき日歩四銭の割合による遅延損害金、

(b) 三三五万九七三九円及びこれに対する昭和四九年一二月一一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金、

の支払義務のあることを認め、これを昭和五三年三月一日限り支払う。

(2) 奥村が、昭和五三年二月二八日までに三〇〇〇万円を支払つたときは、被告は、残額の支払いを免除する。

旨の和解が成立した。

(五) ところが、被告は、奥村が右和解に定められた義務の履行をしなかつたため、昭和五三年三月一四日右訴訟上の和解調書を債務名義として奥村の前記供託金及びその利息の払渡請求権を差押え、それに対する転付命令(奈良地方裁判所五條支部昭和五三年(ル)第七号、同年(ヲ)第八号)を取得した。

(六) その後の昭和五三年三月二三日、被告の代理人弁護士田中章二から五条支局供託官に対し、奥村の右供託金及びその利息の払渡請求権の第三者への譲渡及びその通知の有無につき照会がなされたので、右供託官は、前記のとおり奥村が右請求権を堺市農協へ譲渡した旨の確定日付ある通知が、昭和五一年一二月八日、五条支局に到着している旨の証明書を、右田中に交付した。

(七) しかし、被告は、前記供託金五〇〇万円のいわゆる担保権者(供託の関係で言えば被供託者)として、右担保の取消に同意したうえ、前記五條支部に担保取消の申立をなしたところ、同裁判所がその担保取消の決定をしたので、五条支局供託官に対し、昭和五三年五月一八日、右供託原因消滅の証明のある供託書、債権差押転付命令正本、同送達通知書、被告の資格証明書、印鑑証明書、被告代理人宛委任状を提出したうえ、代理人田中章二名下で、還付又は、取戻しの特定をしないまま右供託金及びその利息の払渡請求をした。その際、供託官から右請求書の還付、供託受諾に丸印をつけるよう指示を受けたため、その指示に従つた。そして、被告の右請求に対し、右供託官は、右供託金五〇〇万円及びその利息二五万円につき払渡認可処分(以下「本件認可処分」という。)をなし、被告に右金員の合計五二五万円を交付した。

2 (本件認可処分の違法性(瑕疵))

本件の供託金取戻請求権及び利息金払渡請求権は、前記のとおり、転付命令送達前に、堺市農協に譲渡され、その旨の確定日付ある通知書が、五条支局に到達していたのであるから、右各請求権に対する差押、転付命令は、第三債務者に対し何ら債権を有しない債務者に対して為された無効なものであり、従つて、無効な転付命令債権者たる被告に対する払渡認可処分には違法が存する。

3 (本件認可処分に対する取消処分)

五条支局供託官は、昭和五六年四月一三日、前記1(七)の供託金及び利息金の払渡認可処分を取消し、同日、被告に対しその旨の通知書を送付するとともに金五二五万円を同年四月二三日までに返還すべき旨の請求書を送付し、いずれもその頃、被告に到達した。

4 (被告の悪意)

被告は、本件の供託金及び利息の払渡しを受けた当時、既に供託金取戻請求権及び利息金払渡請求権が奥村から第三者に譲渡されており、自己に右請求権のないことを知つていた。

よつて、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基く金五二五万円及びこれに対する利得の日の翌日である昭和五三年五月一九日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は、そのうち(三)の事実を除き、その余の事実を認める。同(三)の事実のうち、通知に対応する債権譲渡の事実は否認するが、その余の事実は認める。

2 同2の主張は争う。

なお、奥村から堺市農協へなされた本件供託金及びその利息の払渡請求権の譲渡は、無効であり、仮に無効でないとしても、右譲渡を被告に対して対抗することはできない。

すなわち、右払渡請求権譲渡は、本件供託金の被供託者である被告の同意もなく、まだ担保の事由が止まない時期になされたものであるから奥村はその払戻しを受けることができないのであり、従つて堺市農協がその譲渡を受けたとしても、右供託金払渡請求権を取得するに由なく、右譲渡は無効と言わざるをえない。また、仮に無効でないとしても、本件供託金は、被供託者たる被告の損害を填補するために保証として供託されたものであるから、堺市農協は、その供託金及びその利息の払渡請求権につき差押、転付命令を取得した被告に対し、その取得を対抗することはできない。

又、本件訴えにおいて原告が主張する本件認可処分の取消事由は、奈良地方法務局長のなした裁決の取消事由と相違しているが、右のような取消事由の差し換えは許されず、本件訴えにおいて原告が主張する取消事由を前提として本件認可処分の取消を求めることができず、右取消処分は無効といわざるをえない。

更に、被告が本件認可処分を受けたのは、同人が前記奥村のなした堺市農協への債権譲渡が強制執行免脱罪に該当するということで同人を五條警察署に告訴した際、同警察署から五条支局供託官に対する「右の債権の譲渡通知がなされていても、転付債権者たる被告がその払渡請求権を行使すれば、五条支局供託官として被告に対し、前記供託金の元利合計の支払いをなすか否か」という照会に対し、同供託官がその支払いをなす旨回答したことに基づくもので、その手続も、同供託官の指示に従つたものである。したがつて、仮に、原告主張の如き違法性(瑕疵)が存在するとしても、本件認可処分が前記のとおり五条支局供託官の指示に基づいて受けたものであり、また、本件認可処分の取消時期も、右認可後三年も経過した後のことであるから、右取消は信義則(禁反言)に反し、また、行政行為の恒常性、安定性からみて許されるべきではない。

従つて、いずれにせよ、原告の同2の主張は理由がなく、被告の前示五二五万円の受領は法律上の原因に基づくものである。

(右なお書き部分に対する認否)

なお書き部分に関する事実のうち、被告が奥村を強制執行免脱罪で五條警察署に告訴したことは不知、五条支局供託官の取消処分が本件認可処分の後三年を経過した後であることは認め、その余の事実は否認し、同部分における主張は、すべて争う。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は否認する。

三 抗弁

1 (悪意の非債弁済)

仮に、被告の取得した債権差押、転付命令が無効であるとしても、五条支局供託官は、被告に対し、供託金及び利息を払渡した当時、被告に供託金払渡請求権がないことを知つていた。

2 (債権の準占有者に対する弁済)

仮にそうでないとすれば、被告は転付命令を得たものであり、五条支局供託官は、被告を真の債権者と信じて、第三債務者として被告に対し供託金及び利息金を払渡したものであるから、五条支局供託官の供託金・利息金の払渡には民法四七八条が適用されるべきである。

3 (他人の債務の弁済)

五条支局供託官は、被告に対する債務者ではないのに錯誤によつて供託金・利息金合計五二五万円の払渡をなし、被告はそれを有効な弁済を受けたものと信じ、その結果奥村に対する同額の債権を回収し得る方法を失つた。即ち、

(一) 奥村の堺市農協に対する供託金取戻請求権及び利息金払渡請求権の譲渡行為に対して詐害行為取消権を行使しうべかりしにかかわらず、これを行使しないこととした結果、詐害行為取消権は、消滅時効が完成してしまつた。

(二) また、奥村に対する昭和四九年(ヌ)第一三号不動産競売事件の配当手続において、払渡を受けた供託金及び利息金合計五二五万円については弁済を受けたものとして、これを計算書から除外し、同額を控除した残額の債権のみで配当を受けた。

(三) 右競売において、被告が提起した配当異議訴訟においても、五二五万円の払渡を受けたことを前提にして、和解をなし、和解金一三〇万円の支払を受けて、右訴訟を取り下げた。

右はいずれも、民法七〇七条一項にいう証書を毀滅し、担保を放棄し、又は時効によつてその債権を失つたときに準ずるものである。

4 (相殺の抗弁)

(一) 五条支局供託官は、本件取戻請求権及び利息金払渡請求権に対する差押、転付命令送達前に、奥村から堺市農協に債権譲渡した旨の確定日付ある通知が到達していたのを知つていたのであるから、供託事務の専門家としては、差押、転付命令が無効であり、被告に供託金及び利息の払渡請求権がないことを知るべきであつたにもかかわらず、過失によつてこれを知らず、供託金・利息金合計五二五万円の払渡を行つた。

(二) 被告は、右払渡を有効と信じ、奥村に対する五二五万円の債権は回収できたものとして、抗弁4の(一)ないし(三)記載のとおり、五二五万円の債権を確保する手段をとらなかつた。

(三) 右各手段をとつていれば、奥村に対する五二五万円の債権は回収し得たにもかかわらず、現在、奥村には資産がなく、右手段をとらなかつたことにより回収不能となり、同額の損害を蒙つた。

(四) 被告は原告に対し、昭和五七年一二月一〇日の本件口頭弁論期日において右損害賠償債権と、原告の本訴債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。

2 同2の抗弁は争う。なお、五条支局供託官の被告への本件供託金及びその利息の支払いには、債権者を誤つた過失がある。

3 同3のうち(一)ないし(三)の事実は不知、その余の主張部分は争う。

4(一) 同4(一)の事実は認める。

(二) 同4(二)の事実は不知。

(三) 同4(三)の事実は否認する。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因1の事実は、奥村から堺市農協へ対し、本件供託金取戻請求権及びその利息払渡請求権が、原告主張のように、真実譲渡されたものであるか否かの点を除き、当事者間に争いがなく、また、同3の事実も当事者間に争いがない。

二 本件認可処分の取消処分の有効性

1 本件の如く、強制執行手続を停止するにあたり、その停止を申請した者によつて、右手続停止により被供託者が蒙るかもしれない損害を担保するため供託された金員の払渡しを受ける手続としては、右供託の被供託者がその払渡しを受けるいわゆる還付手続と、供託者自身がその払渡しを受ける取戻手続の二態様があろところ、前記当事者間に争いのない事実によれば、被告は、本件供託者奥村が五条支局供託官に対して有していた右供託金(元利を合わせて)取戻請求権(以下「本件取戻請求権」という。)を差押、転付命令によつて取得したうえ、兼有する被供託者たる地位により右供託金の取戻に合意し、本件取戻請求権に基づいて、五条支局供託官から、前記のとおり供託金の支払いを受けたものであるから、右払渡請求手続は、取戻請求手続であつたと認めるのが相当である(なお、この点につき、被告は、いわゆる還付請求手続であつた旨主張し、それに沿う事実として、被告が右払渡しを受ける際の五条支局供託官の指示内容を指摘するが、それらは、前記認定事実に照らして誤りであり、その他前記認定事実を覆すに足りる証拠がないから、右被告の主張を採用することはできない。)。

2 ところで、訴訟上の保証として供託がなされた後、その供託金の払渡しがなされるまでの間、供託者は、供託物取戻請求権を自由に第三者に譲渡できるものであるところ、供託物取戻請求権につき、本件の如く一方において、これが第三者に譲渡され、他方において右第三者以外の者がこれにつき差押、転付命令を取得した場合、両者の間の優劣関係は、民法四六七条二項によつて決せられることになる。これを本件についてみるに、<証拠略>によれば、奥村は、従前、堺市農協に対し債務を負担していたので、その弁済のために、堺市農協に対し、本件取戻請求権を昭和五一年一二月に譲渡したものであることが認められ、同月七日付の確定日付ある譲渡通知書が、翌八日に五条支局供託官に到達したこと前記のとおりであり、他方、被告が本件取戻請求権の差押、転付命令を取得したのが昭和五三年三月一四日であることは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、右債権差押及び転付命令正本が、同年三月一六日、第三債務者である原告に送達されたことが認められる。そうすると、右命令正本が五条支局供託官に送達されたのは、奥村の譲渡通知が同供託官になされた後のことに属することは明らかであるから、被告は、五条支局供託官及び堺市農協に対して本件取戻請求権の取得を対抗することはできない。従つて五条支局供託官が被告に対してなした本件取戻請求権に対する認可処分には、債権者を誤つた重大な瑕疵があると言わなければならず、右瑕疵を理由とする本件認可処分の取消には理由があるものといわざるを得ない。

3 なお、この点につき、被告は、奥村の堺市農協に対する本件払渡請求権の譲渡が、本件供託がなされた原因、すなわち担保取消原因止まざる時期になされたもので、かつ、被供託者の同意を得たわけではないから右譲渡自体無効であり、仮に、右譲渡が有効であつても、その譲渡を被供託者たる被告に対抗できない旨主張するが、前記のとおり、本件の如き供託物取戻請求権は、被供託者の意思とは無関係に供託者が自由にその譲渡をなしうるものであり、また、本件の如く供託物取戻請求権が第三者に譲渡されたとしても、被供託者が有している還付請求権には何等の消長を来たすものではないので、被告の右主張は、それ自体失当と言わざるをえない。

4 又、被告は、本件における審査請求及び取消処分がなされた際の取消事由と本訴における取消理由との間に相違があり、このような取消事由の差し換えは許されない旨主張するが、本件認可処分取消の取消を求める訴訟の訴訟物は、本件認可処分の取消処分に対する違法性一般であるから、特段の制限規定のない限り、本件認可処分の取消処分を維持するため、右取消処分及び審査請求の際に考慮されなかつたとしても、その取消処分当時客観的に存在した事実である以上、当該事実を新たに主張することも許されると解するのが相当であるから、右主張自体もまた理由がない。

5 更に、被告は、本件認可処分につき、前記のとおりの瑕疵が存したとしても、同処分によつて被告が本件の供託金の支払いを受けたのは、五条支局供託官の指示を受け、その指示に従つたものであり、また、本件認可処分に対する取消処分も、同認可処分の後三年も経過した後になされたものであるから、五条支局供託官が同取消処分をすることは、自己の従前の行為に矛盾する行為、すなわち禁反言に反するものであり、また、行政行為の安定性の要請にも反するものであるので認められない旨主張する。しかし、なるほど、前記のとおり、被告が五条支局供託官から本件供託金元金五〇〇万円及びその利息二五万円の支払いを受けたのは、同供託官の払渡認可処分に基づくものであり、また、本件取消処分がなされたのは、認可処分の後三年余経過した時期であることも被告が主張するとおりである。

しかしながら、前記のとおり、被告が本件取戻請求権の取得を堺市農協及び五条支局供託官に対して対抗しえない以上、原告は本件認可処分を受けうる地位にはなく、被告は、本件供託金の元利合計を取戻請求手続によつてその払渡しを受けることはできないのであつて、それは、五条支局供託官が被告に誤つて本件認可処分をしたとしても同様のことである。また、右三年の経過ということで被告の右供託金の受領それ自体が正当化されるものでない以上、五条支局供託官のなした右取消処分が信義則に反し、許されなくなるとすることはできず、本件認可処分の取消は違法と言わざるをえない。従つて、被告の右主張は、理由がないから採用することができない。

6 そうすると、本件認可処分の違法な取消処分により、前示供託金元利合計金五二五万円を被告が受領する法律上の原因はないものといわざるを得ない。

三 被告の悪意の有無

<証拠略>によれば、被告会社の従業員であつた南が五条支局供託官から、昭和五三年三月二三日、奥村の堺市農協への本件取戻請求権の譲渡に関する証明書(<証拠略>)の交付を受け、被告代理人弁護士田中章二(以下、田中という。)に渡したこと、そして、右田中は、右証明書により本件の差押転付命令前に、本件取戻請求権及び利息金払渡請求権が堺市農協に譲渡され、その旨の確定日付ある通知書を五条支局供託官が受領していることを認識し、そのままでは、前記差押転付命令によつて、本件の供託金の払渡が受けられないことを慮つて、右債権譲渡を否認する一手段として奥村郁二を強制執行免脱罪で五条警察署に告訴しようとしたこと、南が五条警察署に告訴におもむいた際、事情聴取を担当した警察官が、電話で五条支局に対して行なつた照会、すなわち差押転付命令を得ている被告に供託金の払渡を行うか否かという照会に対し、五条支局供託官が右差押転付債権者たる被告に本件供託金の払渡を行うと回答したと南に伝えたこと、右田中は、この五条支局供託官の回答に従い払渡請求手続を行つたことが認められるうえ、<証拠略>には、「元来強制執行停止のために保証として供託した供託金は、事件終了まで供託をなしていなければならないのに被告訴人は告訴人の強制執行を免れるために敢えて譲渡したのである」との記載があるところ、以上の事実を総合すると告訴当時、田中は、本件取戻請求権の法的性格を正確に認識していなかつたと推認することができ、この事実に照し合わせると前記証明書及びその内容を被告の代理人田中自身が知悉していたとしても、それをもつて直ちに被告(同代理人の田中を含む)が本件供託金払渡請求当時に、自己の請求権がないことを知つていたと推認することはできず、その他に、利得するに当つて被告の悪意を認めるに足りる証拠はない。従つて、被告の返還すべき債務は、期限の定めのない債務となるところ、被告は、前記のとおり、適法に昭和五六年四月二三日までにその支払いを催告されていたにも拘らず、その返済をしていないので、同債務につき、その翌日から遅延損害金を支払うべき義務を負う。

四 悪意の非債弁済の成否

<証拠略>によれば、五条支局供託官が、被告への供託金払渡をした当時、差押、転付命令正本が送達される前に、奥村から供託官に対し、本件取戻請求権の譲渡通知がなされていたことは、前記のとおりであり、右供託官が右通知のあつたことを知つていたものと推認されるけれども、一方では、前項認定のとおり、五條警察署の警察官の照会に対し、転付債権者である被告に供託金払渡を行うことができると回答している事実があり、又、弁論の全趣旨によれば何ら被告と特別な関係が認められない供託官が、被告に対し、供託金払渡請求権がないことを知つているのに、敢えて払渡しをなすことは経験則上考えられないのであるから、右認定事実によつては、被告の主張する如く、供託官に悪意があつたと即断することはできない。その他に、被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

五 債権の準占有者に対する弁済の成否

債権の準占有者に対する弁済が民法四七八条によつて有効となるためには、弁済者が債権の準占有者を弁済受領権限ある者と信じ、かつ信じたことに過失がないことが必要であると解されるところ、前記四認定の事実によれば五条支局供託官は、供託金払渡当時、差押、転付命令送達前に本件取戻請求権が譲渡され、その旨の確定日付ある通知があつたことを知つていたのであるから、供託事務の専門家としては、被告が取得した差押、転付命令が、堺市農協に対してなされた債権譲渡につき、供託官らに対抗できず、被告に供託金払渡請求権即ち弁済受領権限がないことを知り得べきであつたにも拘ず、過失によつてこれを知らず払渡をなしたと推認することができる。従つて、この点の被告の主張もまた、理由がない。

六 民法七〇七条の主張について

1 民法七〇七条は、債務者に非ざる第三者が、他人の債務を自己の債務と誤信して弁済をした場合、その弁済は、弁済としての効力を生じないところ、債権者において、債務者に非ざる者が錯誤によりて右弁済をなしたものであることを知らず、これを有効と信じ、そのうえで債権証拠を毀滅したり担保を放棄したり、また、時効によつて債権を失つたような場合、債権者を保護するため、錯誤によつて弁済した弁済者の不当利得返還請求権を制限する趣旨の規定である。

2(一) これを本件についてみるに、前記のとおり、五条支局供託官は、無効な差押、転付命令を誤つて有効と信じ、供託金の元利合計の払渡しを行なつたものであり、奥村の被告に対する債務を自己の債務と誤信して弁済したものでなく、単に弁済すべき債権者を誤つたにすぎないものである。しかし、被告は、右供託官の払渡しを有効な弁済と信じ、それにより、右払渡しの範囲の債権については、後記のとおり、奥村に対する債権の行使ないし債権確保の手段を採らなかつたものであるから、無効な弁済を有効と信じたという点においては、本件の被告も、民法七〇七条に善意の債権者と何ら異ならない関係に立つものと解される。

(二) そこで、被告の主張する債権喪失の各場合について検討する。

(イ) 仮に被告主張のとおり、奥村、堺市農協間の前記債権譲渡につき、詐害行為取消の訴訟を提起していたとしても、それ自体、本件供託金の支払いとは、直接関係がないうえ、前記債権譲渡に関する前記認定事実に照らし合わせると、その各訴訟における請求が認容されるかは極めて疑問の残るところであり、以上の事実を総合すると、右各訴訟の不提訴それ自体が民法七〇七条一項所定の事由に準ずるとはいえない。

(ロ) また、被告が主張する配当異議の訴自体、<証拠略>に照し合わせるとそれが認容され、認容判決が確定することにつき疑問が残るところであり、また、右異議が仮に、認容され、確定したとしても、被告が奥村に対して有していた売掛代金債権(但し、被告が本件供託金及びその利息につき差押、転付命令を取得した被保全債権を除く。)に関する部分の配当額が増加するものであるに過ぎず、右除外債権には何等の影響を与えるものでなく、右諸事情からすると、右訴を和解を原因として取下げたとしても、それによつて、被告の右除外債権の回収が困難又は不可能となつたとは言えない。

(ハ) 然しながら、<証拠略>を総合すれば、被告は、奈良地方裁判所五條支部昭和四九年(ヌ)第一三号不動産競売事件の配当手続において、差押、転付命令にかかる売掛金請求債権については、計算書から除外していたこと、同債権は、配当期日までの利息を加えると五二五万円を超えること、もし、五二五万円を加算して計算書を提出しておれば、被告の奥村に対する売掛金債権総額は、少なくとも四六六五万三五七三円となつて、その配当額は二四〇七万四六八〇円となり、右五二五万円を加算することなくなされた場合に受けた配当金より八六万五一二一円の増加配当が受けられたこと(なお、右計算については、別紙計算表記載のとおりである。)が認められ、同事実及び<証拠略>を総合すれば、被告が右差押、転付命令によつてその払渡を受けていなければ、五二五万円の売掛金債権を右競売時における計算書に加算していたであろうこと、そして、右競売手続によつて現実に受けた配当額にプラスして八六万五一二一円の配当を受け得たこと、又、奥村は現在無資力状態にあると認められるところ、本件においては、配当を受けられなかつた八六万五一二一円につき、被告は、本来であれば、弁済を確保できたにも拘らず、五条支局供託官の本件供託金等の支払いが有効と信じた結果、右配当要求をしなかつた為現実には確保出来なかつたのであるから、右事実は、民法七〇七条一項に掲げられた事由に準ずるものと解するのが相当である。

(三) そうすると、本件の如き被告は、前記のとおり、無効な弁済を有効と信じたという点において、民法七〇七条の予定した債権者と同様の立場にあり、同様の趣旨で保護すべき者に当たると言うべきであるから、同条を類推適用し、右金員の範囲の債権額につき、原告の不当利得返還請求権は制限されると解するのが相当である。

七 相殺の抗弁について

抗弁4(四)の事実は、当裁判所に顕著な事実であるところ、被告が主張するとおり同3(一)及び(三)の各事実が仮に認められるとしても、詐害行為取消の訴又は、配当異議の訴を提起ないし維持したからと言つて同人の奥村に対する五二五万円の売掛金債権を回収し得たであろうことは本件における証拠によつてしてもこれを認めることはできない。また同3(二)の事実は、前記認定のとおり、これを認めることはできるが、配当を受けられなかつた額については原告の不当利得返還請求を認めないのであるから、損害はなかつたものと言わなければならない。よつてその余の点について判断するまでもなく、相殺の抗弁は理由がない。

八 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、金四三八万四八七九円及び弁済期日の翌日である昭和五六年四月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣 山田賢 中村哲)

別  紙

計算表

<1> 強制競売目的物の売却代金       金4258万3578円

<2> 競売手続費用             金105万9388円

<3> 優先債権               金742万6000円

<4> 被告の売掛代金(但し、525万円除く) 金4140万3573円

<5> その他の債権             金1942万4248円

<6> 被告の受けた配当金          金2320万9559円

2 <1>-(<2>+<3>)=<7>3409万8190円

(← 一般債権者に対する配当対象金)

3 (<4>+本件525万円の債権)÷(<4>+<5>+525万)×<7>=<8>2407万4880円

(← 被告が受くべき配当金額)

4 <8>-<6>=86万5121円

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