大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)847号 判決 1990年4月12日

主文

上告人(附帯被上告人)の上告を棄却する。

附帯上告に基づき、原判決中、被上告人(附帯上告人)敗訴部分(二二一一万円を超える金員の支払請求を棄却した部分)を破棄し、右部分につき上告人(附帯被上告人)の控訴を棄却する。

上告費用並びに附帯上告費用及び控訴費用は、上告人(附帯被上告人)の負担とする。

理由

上告代理人津田聰夫の上告理由について

論旨は、原判決には民法五〇四条の解釈適用を誤つた違法があるというのであるが、論旨の採用できないことは、次に説示するところに照らして明らかであるから、上告人(附帯被上告人。以下、単に「上告人」という。)の上告は棄却すべきものである。

附帯上告代理人広瀬達男の上告理由について

一  原審の確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

1  訴外江口護は、上告人及び許斐憲生(第一審共同被告、原審共同控訴人。以下「許斐」という。)の連帯保証のもとに訴外住友生命保険相互会社から三〇〇〇万円を借り入れに当たり、昭和五一年二月一六日被上告人(附帯上告人。以下、単に「被上告人」という。)に対し、江口が住友生命からの借入金を弁済しないため被上告人が住友生命に弁済したときは、江口は被上告人に対し、右弁済額全額及びこれに対する弁済の日の翌日以降年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払うとの約定により、住友生命からの借入金債務につき信用保証の委託をしたが、その際、上告人は、被上告人との間で、被上告人が住友生命に弁済したことにより江口が被上告人に対して負担すべき求償債務につき連帯保証をし、被上告人に差し入れられた担保又は保証人につき変更、解除、放棄、返還等がされても保証人の責任には変動を生じないものとする旨の担保保存義務免除の特約を結んだ。

被上告人は、同日、右信用保証委託契約に基づき、江口の住友生命からの借入金債務を保証し、翌一七日、江口に対する右信用保証委託契約に基づく求償債権を被担保債権として江口所有の原判示直方市大字頓野字西尾の山林一筆(以下「甲山林」という。)につき極度額三六〇〇万円の根抵当権の設定を受けた(同日設定登記)。

2  そこで、住友生命は、同月二五日、上告人及び許斐の連帯保証のもとに、江口に対し、利息は年一〇・六パーセント、期間内前払とし、元本は昭和五一年九月から同五六年二月までの間、毎月九日に五六万円宛(最終月は三二万円)分割弁済するものとする旨の約定にて三〇〇〇万円を貸し付けた。

3  ところが、昭和五一年九月、被上告人は、江口の担保差換えの要請により、担保物件を江口所有の甲山林から許斐所有の原判示直方市大字上頓野字山ノ田の山林四筆(以下「乙山林」という。)に交換するべく、同月二二日、許斐から、同人所有の乙山林につき、江口に対する前記信用保証委託契約に基づく求償債権を被担保債権として極度額三六〇〇万円の根抵当権の設定を受けたうえ(同月二四日設定登記)、同月二八日、江口との間で甲山林についての根抵当権設定契約を解約した(翌二九日設定登記抹消登記)。

4  江口は、住友生命からの借入金につき同年一一月九日までの利息と元本一一二万円(二回分)を支払つただけで、その余の支払をしなかつたので、特約により期限の利益を喪失した。

そこで、被上告人は、住友生命の請求により、保証人として、昭和五二年一一月二九日、残元本二八八八万円と利息三二二万九〇二一円(昭和五一年一一月一〇日から同五二年一一月二九日までの三八五日間の年一〇・六パーセントの割合による利息)の合計三二一〇万九〇二一円を弁済した。

二  右事実関係のもとにおいて、被上告人が、右住友生命に対する弁済により江口に対して取得した求償債権につき、連帯保証人である上告人に対し、右弁済額の三二一〇万九〇二一円及びこれに対する右弁済の日の翌日である昭和五二年一一月三〇日以降支払済まで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めたところ、原審は、以下の理由により、上告人に対し二二一一万円の支払を求める限度で被上告人の請求を認容し、その余の部分を棄却した。

1  本件信用保証委託契約により、被上告人が江口の住友生命に対する借入金債務の保証人としてこれを弁済したことによつて江口に対して取得した求償債権は、甲山林についての根抵当権の被担保債権となりうるものであつたと認められ、上告人が江口の右求償債務を連帯保証人として被上告人に弁済したときは、民法五〇〇条により被上告人に代位する地位にあつたものであるから、被上告人が右根抵当権設定契約を解約したのは民法五〇四条にいう担保の喪失又は減少に該当すると認められるところ、本件においては、被上告人と上告人の間に担保保存義務免除の特約が結ばれているが、担保保存義務免除の特約があつても、連帯保証人が物的担保のあることが動機となつて連帯保証したような場合にあつては、債権者が故意若しくは重大な過失により担保を喪失し、又は担保の価値を減少させたようなときには、債権者は、信義則上、右特約の効果を主張することはできないものと解するのが相当である。

2  本件においては、(1) 上告人は、江口から、被上告人との間の本件信用保証委託契約については不動産を担保に供していて迷惑はかけないから連帯保証をしてほしいと依頼され、甲山林を見分して十分の担保価値があるものと信じて連帯保証をすることを承諾したものであり、甲山林は、後に江口が約四〇〇〇万円を投じて宅地として造成し、一億一〇〇〇万円で他に売却したものであつて、客観的にも十分担保価値のあるものであつた、(2) 被上告人の担当者である林彪は、本件信用保証委託契約後の昭和五一年九月二〇日頃、江口から、担保に供している甲山林は造成したので、売却してその代金を被上告人の保証を受けている銀行からの借入金債務の弁済に充当したいから、根抵当権設定登記を抹消してもらいたいとの要請を受けるや、代替の担保物件を提供することを条件にこれを承諾し、そして、江口が許斐所有の乙山林を代替担保物件として提供する旨申し出たので、林は、現地を見分し、銀行にその評価額を尋ね、付近の分譲地の地価を考慮に入れて八七七八万六〇〇〇円と評価し、前記一3説示のとおり担保の差換えに応じたが、右差換えについて上告人の承諾を得ていない、(3) ところが、江口は、甲山林の売却代金は、前記銀行からの借入金債務の弁済にではなく、他の債務の弁済に充て、同年一二月下旬には倒産状態になつて行方をくらました、(4) 被上告人は、甲山林の売却代金の支払先に全く関心を示さなかつたが、その後、前記住友生命に対する弁済により江口に対して取得した求償債権の弁済に充てるため、福岡地方裁判所直方支部に乙山林の競売を申し立てたところ、最低競売価額を二二一一万円と定められて手続が進んだが、競落人がいないため最定競売価額は八五八万八〇〇〇円まで逓減され、それでも競落人がいないため、被上告人は競売申立てを取り下げた、との事実が認められる。

3  右事実に徴すれば、被上告人は江口から担保の差換えの要請を受け、代替担保物件につき客観的価格の四倍もの評価をするという粗雑な評価しかないまま、右評価額が被担保債権額を超えるということのみで、右江口の要請を安易に承諾したものであつて、このような場合、担保保存義務につき重大な過失があつたものとみるのが相当であり、したがつて、担保保存義務免除の特約があつたとしても、連帯保証人として弁済すべき立場にある上告人は、右担保差換えによつて江口又は他の連帯保証人である許斐から償還を受けることができなくなる限度において免責されるものというべきである。そして、右差換え後の担保物件である乙山林の所有者は許斐であり、上告人は、許斐に対しては被上告人に対する債務弁済額の二分の一を求償しうるにとどまるものであるから、右二分の一又は差換え後の担保物件である乙山林の価額のうちの低額の方を超える債務額については責を免れるものというべきところ、上告人の被上告人に対する現在の元利債務金額の二分の一と右担保物件の相当価額であると認められる前記最低競売価額とを比較すると、後者の方が低額であることが明らかであるので、上告人は後者の価額二二一一万円を超える債務額についてはその責を免れるものというべきであり、したがつて、被上告人の本訴請求は、上告人に対し二二一一万円の支払を求める限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

三  しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、以下のとおりである。

保証人が債権者に対し、債権者の担保保存義務を免除し、民法五〇四条により保証人の享受すべき利益を予め放棄する旨を定めた特約は、有効であるところ(最高裁昭和四七年(オ)第五五五号同四八年三月一日第一小法廷判決・裁判集民事一〇八号二七五頁参照)、右特約の効力を主張することが信義則に反しあるいは権利の濫用に該当するものとして許されないというべき場合のあることはいうまでもないが、原審確定の前記事実関係によれば、被上告人の担当者である林彪は、江口の担保差換えの要請に応じるに当たり、代替担保物件として提供申出のあつた許斐所有の乙山林につき、その現地を見分し、銀行にその評価額を尋ね、付近の分譲地の地価を考慮に入れて八七七八万六〇〇〇円と評価したというのであつて、これらの事実に照らせば、たとえその後の競売手続において乙山林の最低競売価額が二二一一万円と定められ、競落人がいないため最低競売価額が八五八万八〇〇〇円まで逓減され、それでも競落人がいないため被上告人が競売申立てを取り下げたとの事実があるとしても、右担保差換えにより結果的に担保が減少し保証人たる上告人の代位の利益を害する結果となることにつき被上告人に故意があるといえないことはもちろん、右担保差換え当時の状況のもとにおいて取引上の通念に照らし被上告人に重大な過失があるということもできず、その他被上告人が上告人に対して本件担保保存義務免除特約の効力を主張することが信義則に反しあるいは権利の濫用に該当するものとすべき特段の事情があるとはいえないから、被上告人は、上告人に対して本件担保保存義務免除特約の効力を主張することが許されるものといわなければならない。この点について、上告人が江口から、被上告人との間の本件信用保証委託契約については不動産を担保に供していて迷惑はかけないから連帯保証をしてほしいと依頼され、甲山林を見分して十分の担保価値があるものと信じて連帯保証することを承諾したとの原審確定の事実は、本件担保保存義務免除特約を締結した当の相手方である被上告人との間においては、特段の意義を有するものとはいい難い。したがつて、原判決には信義則に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、原審の適法に確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告人は、上告人に対して本件担保保存義務免除特約の効力を主張することができることは右に説示したとおりであり、上告人の要素の錯誤、信義則違反ないし権利濫用、相殺等の主張が理由のないことは明らかであるから、被上告人の本訴請求を遅延損害金の請求も含め全部認容した一審判決は相当であり、上告人の本件控訴は理由がないものとして棄却すべきところ、原審は、被上告人の本訴請求を遅延損害金の請求も含め全部認容した一審判決のうち、二二一一万円の支払請求を認容した部分につき上告人の控訴を棄却し、右二二一一万円を超える金員の支払請求を認容した部分につき上告人の控訴を容れて右部分の請求を棄却したものであるから、原判決中右請求棄却部分を破棄し、同部分につき上告人の控訴を棄却することとする。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、三七四条、四〇八条一号、九五条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷 厳 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例