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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(行ツ)121号 判決 1980年4月03日

神戸市灘区日尾町二丁目二番二〇号

上告人

志水三二

右訴訟代理人弁護士

川上忠徳

川上博子

神戸市灘区泉通二丁目一番地

被上告人

灘税務署長 谷照夫

右指定代理人

小林孝雄

右当事者間の大阪高等裁判所昭和四九年(行コ)第四一号更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年六月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人川上忠徳、同川上博子の上告理由について

所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は。ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗)

(昭和五四年(行ツ)第一二一号 上告人 志水三二)

上告代理人川上忠徳、同川上博子の上告理由)

原判決は法令に違背するものであり、かつ理由不備ないしは理由に齟齬がある。

一、原判決はその理由において、訴外志水芳恵所有に係る芦屋市奥地一四番の土地(以下本件土地という)につき、「その所有名義にかゝわらず控訴人の所有であったと認めるべきである」と認定しており、その論拠として概要次の諸点を掲げている。

<1> 「甲第三号証の一、三、乙第二、第三号証によれば、控訴人は昭和四二年三月一五日自ら訴外会社との間で前記契約を締結しているのであるが、その条項においては一四番の土地も控訴人の所有とされている」

<2> 「本件土地の全部について訴外会社との交渉は一切控訴人がしていること、控訴人の債務のため芳恵名義の右土地も控訴人名義の他の土地とともに一括して訴外会社の所有名義に移されていること」

<3> 「昭和五〇年七月二九日に叙上の新主張をするまで控訴人が一四番の土地の所有権が自己に帰属していなかったとの主張をした形跡がないこと」

<4> 芳恵は控訴人の妻であること

しかしながら、右論拠は次に述べるとおりいずれも不動産登記簿が有する事実上の推定を覆えすに足るものではない。

すなわち、本件土地は昭和三六年五月二〇日競落を原因として同三九年一二月九日志水芳恵名義に所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争いはない。したがって反証のないかぎり、登記簿上の所有名義人である志水芳恵が本件土地を所有するものと推定すべきである(最判昭和三四年一月八日民集第一三巻一号一頁)。ところが原判決は右推定を覆えし、本件土地は上告人所有のものであると認定しているが、右認定に至るまでの証拠判断は著しく経験法則に反し、事実を誤認したものであり、ひいては前記最高裁判例に示された民法第一七七条の法意に違反する結果となっているのである。

二、まず、原判決が右認定の論拠として掲げている前記<1>について検討してみる。

1 甲第三号証の一(乙第三号証と同じ)、および甲第三号証の三(乙第二号証と同じ)はいずれも上告人が昭和四二年三月一五日に訴外株式会社長谷ビル(以下訴外会社という)との間で締結した契約書である。前者は私文書であり、後者は公正証書であり、その条項中において本件土地も上告人の所有である旨の記載がある。しかしこれらの契約書はいずれも訴外会社が上告人のために代位弁済してくれるとのことで上告人の債権者らが多数、公証役場まで押かけていたなかで作成されたものである。これらの契約書が作成されたならば訴外会社は金を出すが、さもなければ代位弁済はしないといった緊迫した状況のもとに十分な検討をする余裕もなく、訴外会社が用意してきた書面に上告人が署名し、それに基づいて公正証書が作成されたものである。

2 また、その内容についてみると、甲第三号証の一の契約書第一条に上告人所有の土地と一緒に本件土地も記載されているが、続いて「右不動産の登記簿上の名義は甲の名義なるも第三者に売却する便宜上のものにして真実の所有権者は乙であることを昭和四拾弐年弐月弐拾四日京都地方法務局所属公証人黒田俊一役場作成第拾万六拾六号公正証書を以て之れが所有権を確認する」と明記されている。そして右不動産の所有権を確認する公正証書は、甲第九号証として提出されているものであるが、同号証においては本件土地を除外して他の土地が上告人のものであることが確認されているにすぎない。なお乙第一号証は甲第九号証と同じ公正証書写を被上告人が証拠として提出したものである。右乙号証中には本件土地が後から書きくわえられているが、右加入を示す文言も訂正印もなく、かつ加入の態様その筆跡などから判断しても右公正証書原本ないし正本には本件土地は記載されていないことは明らかであるにも拘らず右乙号証中に、本件土地が記入されているのは如何なる経緯で誰が加筆したのか誠に不思議といわざるをえないのである。

3 さらに、上告人と訴外会社間で作成された甲第三号証の二の公正証書においては第一一条抵当物件の表示中に、本件土地が志水芳恵所有のものであることが明記されているのである。

以上の諸点を総合すると<1>は本件土地が上告人所有のものであることの論拠とはなしえず、むしろ他の証拠と合して本件土地が志水芳恵所有のものであることを認定する根拠とすらなりうるものである。

三、原判決の論拠<2>、<4>については、それのみでは本件土地が上告人所有のものであることの論拠とはなしえないことは明らかである。

すなわち、上告人と志水芳恵とは夫婦であるが、上告人は明治生れであり、芳恵は大正生れである。その生育した年代からして上告人らは男女同権の薫風に同化されることもなく、多分に夫唱婦随的なところがあり、対外的な折衝事は上告人が、家庭内のことは芳恵がするのが日常であった。また夫の債務のために妻がその所有の物件を提供することなどは夫婦である以上当然のことであるとする気風があり、このようなことは上告人らだけでなく、世上年配の夫婦間においては、よくあることであり、何ら奇とするには足らないものである。したがって芳恵所有の本件土地に関して、上告人が芳恵を代理して訴外会社と交渉したこと、上告人の債務のため、上告人の名義の他の土地とともに本件土地も訴外会社の所有名義に移されたことをもって、本件土地が上告人の所有であることは認定しえないことは明らかである。

四、原判決の論拠<3>について

1 上告人が昭和五〇年七月二九日までに、本件土地が芳恵所有のものであることを主張しなかったのは、右主張をするまでもなく、裁判所では上告人が主位的に主張しているように、日本国有鉄道および株式会社間組(以下国鉄等という)から訴外会社が受領した土地の賃料は上告人の不動産所得ではないとの主張が認容されるものと確信していたからであり、上告人が右のとおり確信するについても次のとおり合理的な根拠を有していたからである。

2 すなわち、本件訴訟の重大な争点の一つは本件土地を含む芦屋市奥山一二番ないし一五番、一六番一の土地を国鉄等に賃貸していたことにより、訴外会社が受領した賃料が上告人の不動産所得となるか否かという点である。

この争点につき、上告人は終始一貫して右賃料は上告人の所得ではない旨を主張し、その論拠として次の諸点を掲げてきた。右土地に関し国鉄等と賃貸借契約を締結したのは訴外会社であり、上告人は全く関与しておらず、賃料等契約の具体的な内容についても全然知らなかったものであり、現実に一銭の金員も上告人は受領していないのである。

訴外会社によれば、右賃料は上告人の借入金六、五〇〇万円の利息に充当したということであるが、上告人はいまだかつて訴外会社から賃料の処理、清算等について何らの報告を受けていないだけでなく、上告人は甲三号証の四契約証書第四項において昭和四五年一〇月三一日までの賃貸料を、同号証の変更契約証書において同年九月三〇日までの賃料は訴外会社の所得とする旨を確約せしめられているのである。

原判決は右証書の作成年月日に照らすと、これらの証書が措信しがたいかの如くに判示しているが、むしろ右各証書が作成された同年七月二七日および九月一二日の段階では訴外会社は国鉄等から受領していた賃料を利息には充当しておらなかつたことを推認させるものである。

もし利息として充当し、会計上処理しておれば、右のような約定は無意味である。したがつて右証書の如き確約が上告人と訴外会社との間に成立したことによつて少なくとも昭和四五年九月三〇日までの本件土地の賃貸料は訴外会社の所得とすることに確定したものと判断するのが相当である。

3 ところが、第一審において、上告人の主張は容れられなかたため、控訴するとともに、控訴審である原審において万一のことを慮つて本件土地に関する主張を予備的になすに至つたものである。したがつて右経緯からみて右主張の時期がやゝ遅れているからといつて、それをもつて本件土地が上告人所有のものである根拠となすことは不当といわざるをえない。

五、以上のとおり、原判決の論拠はいずれも本件土地が上告人所有のものであることを認定しうるに足るものではない。これに反し、本件土地が志水芳恵所有のものであることを認定しうる証拠としては甲第三号証の二公正証書、甲第八号証の三土地登記簿謄本、甲第九号証公正証書、原審証人志水芳恵の証言、原審における上告人本人尋問の結果等が存在するものである。ところが、原判決はこれらの証拠を採用せず判旨に副うような証拠のみを採用しているが、かゝる採証方法は証拠に基づき事実を判断したものではなく、先に結論があり、その結論に合わせて採証したきらいが多分にあり、一般人を首肯させるに足るような合理的な理由は何ら付されていないものと言わざるをえないのである。

したがつて、原判決は合理的な反証がないにも拘らず、不動産登記簿の有する事実上の推定機能を無視し、これに反する事実を認定したことになり、民法第一七七条、前記最高裁判例に違反したものである。しかも右のような法令に違反して為された認定が、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄されるべきものである。

以上

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