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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(あ)1416号 決定 1980年12月09日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人組村真平、同藤本昭夫の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、人の現在する本件漁船の船底部約三分の一を厳寒の千島列島ウルップ島海岸の砂利原に乗り上げさせて坐礁させたうえ、同船機関室内の海水取入れパイプのバルブを開放しで同室内に約19.4トンの海水を取り入れ、自力離礁を不可能ならしめて、同船の航行能力を失わせた等、本件の事実関係のもとにおいては、船体自体に破損が生じていなくても、本件所為は刑法一二六条二項にいう艦船の「破壊」にあたると認めるのが相当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官団藤重光、同谷口正孝の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

一艦船覆没罪(刑法一二六条二項)が既遂になるためには、覆没・破壊の結果を生じた時点において艦船に人が現在することを要するものと解しなければならない。ところで、本件においては、被告人が本件漁船を坐礁させたうえその機関室内に約19.4トンの海水を取り入れて自力離礁を不可能ならしめた時点においては、同船内に人が現在していたことはあきらかであるが、さらに数時間後にその機関始動用の圧縮空気を放出した時点において、被告人および共犯者以外の者がなお同船内に現在していたことについては、その証明がない。したがつて、圧縮空気放出の事実は、本件犯罪の既遂の成否については、これを除外して考えなければならないのであつて、これをも包括して本件犯罪の既遂をみとめた原判決は、その点で誤つているというべきである。しかし、本件の事実関係のもとにおいては、この事実を除外しても、なお犯罪の既遂をみとめることができるのであるから、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすものではない。

二艦船を坐礁させたうえ自力による離礁を不可能ならしめることが、当然に艦船の「覆没」または「破壊」にあたるものと考えることはできない。沿革的には、ボワソナード刑法草案四六二条の二および明治二三年刑法草案二五〇条一項はこれを覆没と同じく論じるものと規定していたが、これをもつて当然の事理をあきらかにした解釈規定とみるのは困難であつて、多少とも創設的な意味をもつ規定と解するのが相当であろう(ちなみに、その後の諸草案では、この種の規定は削られ、そのかわりに、行為として覆没のほかに破壊が加えられた。これが現行法につながつているのである。)。

しかし、坐礁させたうえ自力による離礁を不可能ならしめることは、艦船の航行能力を失わせるものである。器物損壊罪(刑法二六一条)における「損壊」が目的物の物理的・物質的損傷だけでなく効用の毀滅をも含むものとされていることとの対比から考えれば、艦船の航行能力を失わせることは、それが船体そのものの物理的・物質的損傷によるものでなくても、艦船の「破壊」にあたるものといつてよいであろう。ただ、器物損壊罪が個人の財産を保護法益とするものであるのに対して、艦船覆没罪は公共危険罪である。しかも、法が「人の現在する艦船」を本罪の客体としているのは、覆没・破壊が艦船に現在する人の生命・身体に対する危険の発生を伴うものであることを構成要件として予想しているというべきである。通常の形態における覆没・破壊は当然にかような危険の発生を伴うものと法がみているのであるが、自力離礁の不可能な坐礁は、それが航行能力の喪失にあたるからといつて、ただちに艦船の「破壊」にあたるものと解するのは早計であり、それが艦船内に現在する人の生命・身体に対する危険の発生を伴うようなものであるばあいに、はじめてこれにあたるものといわなければならない。本件の事実関係のもとでは、右のような要件が充たされているものと解されるので、そのような意味において艦船破壊罪の既遂の成立が肯定されるのである。谷口裁判官の補足意見も、私見とほぼ軌を一にするものとおもわれる。

裁判官谷口正孝の補足意見は、次のとおりである。

被告人の本件所為が刑法一二六条二項所定の艦船破壊罪に当ると解することに異論はない。以下その理由について私なりの意見を少しく述べておきたい。

右刑法の罪はいわゆる抽象的危険犯とよばれるもので、法は艦船の覆没とか破壊の行為があれば、多数人の生命・身体に危険を生ぜしめたか否かを具体的に問わないで直ちに右の危険があるものとしている、と一般に解されている。行為の性質に着目して危険を抽象的に論定しているというわけである。あるいは、危険を擬制しているといつてもよい。

しかし、私は抽象的危険犯をこのように考えることには疑問を感ずる。抽象的危険犯を右のように形式的にとらえる限り、およそ法益侵害を発生することのありえないことが明らかであるようなばあいにも、法所定の行為があれば直ちに抽象的危険があるものとして処罰されることになる。そうだとすると、法益侵害の危険のないばあいにまで犯罪の成立を認めることになり、犯罪の本質に反し不当であるとの非難を免れまい。私は、いわゆる抽象的危険犯と具体的危険犯とが異なるところは、後者では法益侵害の危険が現に生じたことを処罰の根拠とするのに対し、前者では行為当時の具体的事情を考えて法益侵害の危険の発生することが一般的に認められる行為がなされたばあいに限り、危険が具体化されることを問わずに処罰の理由が備わつたものとする点にあると考える。特に、本件の如く破壊の語を規範的、目的論的に理解するばあい、行為じたいがすでに一義的に限定されないものであるから、拡張して用いられるおそれがあるので、抽象的危険犯の性格に即した考慮が一そう要求される。

本件のばあい、艦船の航行能力の全部又は一部を失わせたという点で破壊と価値的に同一視できるということだけで艦船破壊罪に当るとし、しかもそのような行為があれば直ちに抽象的危険犯としての同罪が成立するという考え方には賛成できないのである。私としては、先に述べたように、抽象的危険犯の実質に即して、本件についても、行為当時の具体的事情を考えて多数人の生命・身体に対する危険の発生することが一般的に認められる艦船の航行能力の全部又は一部の喪失行為があつたばあいにはじめて、法にいう破壊に当る行為があつたと考える。そして、そのように解することによつて、破壊の語を拡張して解釈することを抑えることができるものと思う。

以上のような考え方に従つて、被告人の本件所為を、危険に満ちた厳冬の北洋海域におけるものであることなど行為当時の事情を考えて評価すれば、本決定の示すとおり、まさに艦船破壊罪に当るものと考えられるのである。

(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

弁護人組村真平、同藤本昭夫の上告趣意

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすべき法令の違反がありこれを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

本件艦船覆没の事案につき、原判決は既遂を認定し、弁護人の未遂の主張を退けた。この点に於いて法令の違反がある。

艦船覆没罪の構成要件は、人の現在する艦船を覆没または破壊することである。

覆没とは、顛覆及び沈没であり底触座礁させたに過ぎない本件ではその何れでもないこと明らかである。

破壊とは、通説判例によれば「交通機関としての機能、効用の全部または一部を失わせる程度に物質的に損壊すること」と定義されており、「機能・効用の喪失」と「物質的損壊」の二要素が必要条件と考えられる。

本件で第八よし丸は海岸砂利原に底触座礁せしめられ、次に二〇トン程度の海水が海水取入バルブ開放の結果流入された。更に機関開始用の圧縮空気が全部放出された。かくて一時的にもせよ機能・効用の喪失があつたことは確かである。

然し本船は座礁の際幸いにも船底亀裂その他の損傷はなかつた。取入れられた海水はこれを排水すれば旧に復し、放出された圧縮空気は補助空気ボンベにより、または付近の僚船から補充すれば足りる筈であつた。何かの理由で航行中圧縮空気の放出があつた場合に備えて本船程度の船舶は補助ボンベを登載しているのが普通であるし、それもない場合は付近航行中の僚船から補給を受けるのが漁船員の常識である。第八よし丸乗組員救助のために第八佳栄丸が付近に居たのであるからその気になればこの船からの圧縮空気補給は至極簡単であつた。

従つて機能効用の一時的喪失はあつたが物質的損壊にまで至つていなかつたのが本件である。即ち本件は破壊にも該当しなかつたものと言わざるを得ない。被告人はこの船を海岸に底触座礁させた場合、或は船底に亀裂を生じ浸水することがあるかも知れないと未必的に考えており、その旨の調書も存在し、本船破壊の故意があつたことを弁護人は争う積りはない。然し結果的には被告人の未必的意図に反し破壊という事態が発生しなかつたものである。そうすると本件はどの様に考えても既遂ではなく未遂である。

第二点、第三点 <省略>

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