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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)223号 判決 1977年2月03日

上告人 山本国雄

被上告人 国 ほか一名

訴訟代理人 大内俊身 浅野克男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田口隆頼の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右事実関係のもとにおいては、本件事故の生じた歩道につき、国家賠償法二条一項にいわゆる道路の設置管理に瑕疵がある場合にあたるとまではいえない旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の各判例は、事案を異にし、本件に適切でない。それゆえ、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 下田武三 岸盛一 団藤重光)

上告代理人田口隆頼の上告理由

第一原判決の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の違背がある。

一 原判決の要旨は、「本件道路の窪み、上蓋のない側溝の存在は我が国道路事情のもとでは、都市部の舗装道路において珍しいものではなく且つ本件歩道上の通行に危険を感じさせる情況ではなかつた。従つて、本件道路は通常有すべき安全性を欠いたものと云へず、国家賠償法第二条第一項の道路の設置・管理に瑕疵がある場合にあたらない。」と云うにある。

二 原判決は右判断の前提として、道路行政(権力作用)の側面を基本的立脚点として、その経済的期待可能性の困難なることを念頭におき、本件道路の通行の安全性(瑕疵の有無)を判断するに被上告人ら(権力作用側)提出の証拠のみを採証している。

即ち、<証拠省略>及び被上告人ら申請証人<省略>の証言のみを以つて本件道路には「瑕疵」がないと擅断し、上告人申請の証人<省略>及び上告人らの証言等は、にわかに信用し難い、としている。

三 同法第二条第一項の「瑕疵」の解釈・適用にあたつては、同法の基底をなす憲法第一七条の趣旨に即してなされるべきであること明らかである。即ち、同法は危険主義に基く無過失責任の規定である。同法「瑕疵」の後記の趣旨乃至定義からしても、上告人提出の証拠上からして、本件道路附近の住民が本件「アナボコ」についてその道路状況からして通行上の危険(その程度はともあれ)を感じていたことは明白であり、従つて「瑕疵」の存在あるのに不拘、之を恣意に排斥して結論先取りの判断乃至誤謬を犯している。

第二原判決は最高裁判所の判例に相反する判断をした違法がある。

一 最高裁判所昭和三七年九月四日第三小法廷、同四五年八月二〇日第一小法廷の判決は、国家賠償法第二条第一項「瑕疵」とは、道路の管理者がこれを常時安全良好な状態において維持する義務があり、通行の安全の確保において管理が完全でなく道路として通常備えるべき安全性を欠いている場合を謂う、旨判示している。

二 偖て、本件道路状況であるが、本件「アナボコ」の段落差について技術的改良の可能なること、同三八年夏以降の水取りボツクスは蝶つがい式鉄製が使用されその段差は多くても五ミリメートルしか生じていないこと<証拠省略>即ち本件水取りボツクスの場合通行の危険性あるために段落差を小さくするために改良開発されている事実、照明の点について街灯の設置をすべきであつたこと、第一審判決書添付図面のとおりの本件歩道の巾員であり曲り角直近に位置すること、特に「アナボコ」との関係において重要なことは側溝上蓋の設置がなかつたこと等々からして、本件道路が通行について常時安全良好な状態において維持され且つ安全の確保において完全であつた、と云い得ないことは極めて明白である。

三 本件「アナボコ」の段落差は二・二乃至二・四センチメートルであり、本件道路情況下夜間通行人が「アナボコ」に躓きよろけて上蓋のない側溝に落ち込む(側溝まで七八センチメートル)ことは十二分予測しうることであり、本件事故発生の防止が不可抗力乃至回避可能性のない場合に該らないことは明白である。

原判決は前記判決の趣旨をその結論的部分である「通常有すべき安全性」とのみ解して、その基幹である「安全の常時性」「安全確保の完全性」について、本件「瑕疵」の判断から之を欠落して、本件道路の「瑕疵」を否定したものであつて、その判断は明らかに前記判例に相反するものである。

以上のとおり原判決は違法であり破棄されるべきである。

以上

【参考】 第二審判決

(控訴人 国及び山口県 被控訴人 山本国雄)

主文

原判決中控訴人等敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求(当審における請求拡張部分を含む)を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

山口県下関市汐入町一番七号坂田喜代正方前の国道一九一号の道路管理者が控訴人国であり、その費用負担者が控訴人山口県であることは、当事者間に争いがない。

<証拠省略>によれば、被控訴人が、昭和四三年二月一六日午後七時三〇分頃、仕事を終つて帰宅するため、右国道西側の歩道上を北方の武久橋方面から南方の下関駅方面へ向つて歩行中、舗装された右歩道中央附近に埋設された都市ガス用の水取りボツクスと路面との段落差約二・四センチメートルの窪みにつまずき、そのため、西側によろめき、右歩道の西側に設置されている側溝の上蓋のない部分の中に左足を踏み入れた結果、左下腿両骨骨幹部骨折および骨粗鬆症の傷害を受けたことが認められ、これに反する証拠は存在しない。

被控訴人は、本件事故が控訴人国の道路の設置または管理に瑕疵があるために生じたものであると主張するので、先ず、本件事故現場附近の道路の設置または管理に瑕疵があるかどうかについて検討する。

国家賠償法第二条第一項には、道路の設置または管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国または公共団体は、これを賠償する責に任ずる旨規定されているが、右にいう道路の設置または管理の瑕疵とは、道路が通常有すべき安全性を欠いていることを指称するものと解すべく(昭和四五年八月二〇日最高裁判所第一小法廷判決、民集二四巻九号一二六八頁参照)、そのような瑕疵の有無については、固より、諸般の事情を勘案して決すべきことではあるが、就中、道路の不良状況の性質およびその程度を考慮すべきであつて、例えば、道路に窪みがあるからといつて、常に瑕疵があるというのではなく、通常、一般の歩行者がその窪みにつまずいてけがをするような交通上の危険性のある場合でない限り、国家賠償法上、道路の設置管理に瑕疵があるとはいえないものと解するのを相当とする。

ところで、前記歩道の幅員が被控訴人主張のとおりであること、右歩道の側溝の前記部分に上蓋がないこと、本件事故当時、現場附近に街灯が設置されていなかつたことは、当事者間に争いがなく、右の事実に<証拠省略>を総合すれば、次のような事実が認められる。

本件事故現場附近の状態は原判決添付別紙図面のとおりであつて、歩道は、コンクリート製の正方形の歩道板を敷き詰め、その路面はほぼ平担であり、幅員は、北から南へ進むにつれて狭くなつており、事故現場で約二・六メートル、それから約三・五メートル南の地点では約一・五メートルであつて最も狭くなり、約一四〇度の角度で南西方向に右折し、東側は車道に接し、西側には歩道に沿つて内幅約四〇センチメートル、深さ約五八センチメートルのコンクリート製の側溝が昭和三四年頃以来設けられている。右の側溝には沿道の家屋の出入口附近にコンクリート製の上蓋がしてあるだけで、その他の個所には蓋はない。そして、前示坂田喜代正方店舗前の右歩道が車道と接する東端から約一・二五メートル、側溝の西端から約〇・七八メートルの個所に、昭和三八年一月頃、下関瓦斯株式会社が道路管理者から道路占用の許可を得て埋設した都市ガス用のコンクリート製の水取りボツクスがあつて、一辺が二〇センチメートルの正方形の鉄板の落し蓋がしてあるが、昭和四二年三月末に右歩道の舗装工事が完了してからは、右水取りボツクスの表面は、右の蓋をしたままの状態で路面から深さ約二・四ないし二・二センチメートル、内幅約二一センチメートル四方の窪みになつている。そのような窪みがないと、水取りボツクスの蓋がとれ易く、かえつて交通上危険であるから、下関市内各所に埋設されたいずれの水取りボツクスにも右と同じ程度の窪みができている。また、本件事故当時、側溝に上蓋がしてなかつたし、反対側の歩道上(本件水取りボツクスから二四・三メートルの地点)に街灯がある以外附近に街灯も設置してなかつたが、本件事故現場から東方約三〇〇メートル附近の国鉄線路に、強度の照明燈を設備した数本の高い鉄桂があり、その照明の影響で月のない夜でも本件現場附近は約三メートル先の歩道板の継目がわかる程に薄明るくなつているので、本件窪みや上蓋のない側溝の存在が、歩道上の通行に危険を感じさせる情況ではなかつた。そして、これまで、本件のような事故が発生したことは一度もなかつた。

以上のとおり認められる。原審における<証拠省略>のうち右の認定に反する部分はにわかに信用し難く、<証拠省略>によつても右の認定を左右するに足らず、他に右の認定を動かすに足りる証拠は存在しない。

右の事実に弁論の全趣旨を総合すれば、本件の窪みおよび上蓋のない側溝が、それ自体、或は本件窪みの近くに右上蓋のない側溝が存在するということが、一般歩行者の歩行に危険なものであるとは考えられないし、わが国現下の道路事情のもとでは、都市部の舗装道路においても、この程度の窪みおよび上蓋のない側溝の存在は珍しいものではなく、本件のような事故が生ずることは、通常予測し得ないところであるから、たとえ、道路管理者において、かような場合にまで備えて危険の発生を未然に防止するため、右の窪みを、補修し、側溝に上蓋をし、街灯を設けるなどして万全の措置を講ずることがなかつたとしても、国家賠償法第二条第一項にいわゆる道路の設置管理に瑕疵がある場合にはあたらないものと解するのを相当とする。

そうしてみると、本件道路の設置管理に瑕疵があることを前提とする被控訴人の本訴請求および当審における請求拡張部分は、もはや、この上の判断を加えるまでもなく、失当であることが明らかであるから、棄却を免れない。これと異なる趣旨の原判決は相当でないから、本件控訴は理由があり、本件附帯控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九六条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本冬樹 浜田治 野田殷稔)

第一審 判決

主文

被告国および被告山口県は原告に対し、各自、金五一万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年三月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告らは原告に対し各自金一二九万七、五〇〇円およびこれに対する昭和四四年三月一日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二 請求の趣旨に対する被告らの答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 敗訴の場合は仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は昭和四三年二月一六日午後七時三〇分頃、下関市汐入町一番七号坂田喜代正方前の国道一九一号西側歩道を、北方武久橋方面から南方下関駅方面へ向かつて歩行中、暗やみのため、歩道の状況が判然とせず、同歩道舗装の「アナボコ」に右足がつまずき右横側によろめいて自由を失い、左足を側溝内に踏み入れて治療一年以上を要する左下腿両骨骨幹部骨折及び骨粗鬆症の傷害を受けた。

2 本件事故当時における右事故場所たる道路の管理者は被告国であり、その管理費用の負担者は被告山口県である。

3(一) 本件事故現場は、下関駅方面に向け直角屈折の起点であり、そのため、歩道も二・五五メートルから一・六五メートルに狭まり、歩行安全のための道路の十全なる管理が要請されるところである。

(二) しかるに、本件歩道には、西側の側溝寄り中央付近に「アナボコ」があり、かつ、側溝には上蓋がなく、本件事故発生時刻の暗さの場合等には、歩行者が「アナボコ」につまづいて転倒するとか、さらには側溝に足を踏み入れて傷害を受けることの危険性が極めて大である。

本件事故当時の「アナボコ」の段落差は三センチメートルあつたし、右側溝に上蓋もなく、照明灯の設置もない。

(三) 以上の事実からすれば、本件事故現場歩道は、道路として通常そなえるべき安全性を欠き、すなわち道路の設置または管理に瑕疵があつたものである。

4 しかるに、本件道路の管理者である被告国は、右3のとおりの道路状況であるのにかかわらず、事故発生防止に必要な措置を施していなかつた。すなわち、「アナボコ」の補修をすることなくこれを放置し、また側溝上蓋の設置をすることもなくこれを怠慢し、あるいは夜間通行の安全のため街灯を設置することすらしなかつたものである。

5 原告は後記のとおり、本件事故により損害を受けたが、この損害は、被告国の道路の設置または管理に瑕疵があつたために生じたものであるから、被告国は国家賠償法第二条第一項により、被告山口県は本件道路の管理費用の負担者であるから同法第三条第一項により、それぞれ原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

6 原告は本件事故により次のとおりの損害を受けた。

(一) 入院費 一七万五、七〇六円

(二) 通院費 一四万一、八二四円

(三)休業損失金 四八万円

これは昭和四三年二月一六日(事故の日)以降昭和四四年二月一五日までの間毎月四万円の割合

(四) 慰藉料 五〇万円

原告は身寄りもなく天涯孤独の身であり、本件事故によつて一年もの間生活に多大な辛酸をなめ、左足破行、骨萎縮により今後の労働にも困難を生じるに至つた。

これに対する慰藉料は少なくとも五〇万円をもつて相当とする。

以上(一)ないし(四)の合計金一二九万七、五三〇円

7 よつて、原告は、被告らに対し、被告らが各自原告に右金一二九万七、五三〇円および昭和四四年三月一日以降支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをすることを求める。

二 請求原因に対する被告らの答弁等

1 請求原因に対する答弁および反ばく

(一) 請求原因1の事実は不知。ただし、原告主張の事故現場が国道一九一号線の歩道上であることは認める。

(二) 請求原因2の事実は認める。

(三)請求原因3の(一)のうち、歩道の幅員の点は認めるが、その余は否認する。

同3の(二)のうち、側溝に蓋がないことは認める。原告のいう「アナボコ」は、同歩道上に訴外下関瓦斯株式会社が、道路管理者の占有許可を受けて設置している「水取りボツクス」の蓋(ガスバルブコツクの蓋)であり、多少の高低はあるが、通常いわれるアナボコではない。右水取りボツクスの蓋と歩道路面との段落差は約一・五センチメートルであり、このような水取りボツクスは全国いたるところにおいて使用されているもので、この程度の段落差は、道路として通常そなえるべき安全性に欠けるものではない。市電軌道敷内の切石敷に若干の陥落箇所があつたとしても瑕疵がないとする神戸地判昭和四三年一一月四日(交民集一巻四号一二六四頁)が参照されるべきである。

(四) 請求原因4のうち、街灯を設置していないことは認めるが、その余は争う。

すなわち、原告は、側溝上蓋を設置しなかつたこと、夜間通行の安全をはかるため街灯を設置しなかつたことに瑕疵があると主張するが、しかし、側溝に上蓋を設置する場合は、家屋連続地区で道路幅員がなく、自動車交通処理上歩行者の通行に危険があると認められる場合であり、本件現場はそのような場所ではないから、上蓋を設置する必要がないものである。また、道路照明は、従来、保安の維持、風紀取締り等の防犯ないし商業の発展を目的とした道路利用者の立場から、附近住民が設置することが多く、道路管理者が設置する場合は、交通安全上必要な場合に限られるのであり、本件現場は特に道路の照明を必要とする場所ではない。したがつて、これらの点に瑕疵があるということはできないものである。

(五) 請求原因5、同6はいずれも争う。

2 被告らの主張

仮に、道路管理に何らかの瑕疵があつたとしても、原告が道路歩行上通常なすべき注意義務に違反した結果、水取りボツクスにつまずき、さらに側溝に足を突込むという異常な結果を招来したものであり、損害額を算定するに当り、原告の過失がじゆうぶんにしん酌されるべきである。

三 被告らの主張等に対する答弁等

1 被告らの主張事実(右二の2)は否認する。原告は暗さのため十二分に注意して歩行していたのに本件事故に遭つたものである。

2 被告らの反ばくに対する反論

(一) 被告らは本件水取りボツクスの段落差程度の水取りボツクスは全国いたるところで使用されていて瑕疵がないというが、道路通行の安全性は、道路の破損のためかあるいは構造物設置の結果かの如何によつて判断されるべきものではなく、そのいずれであるかは重要ではなく、要は、通行の安全を欠く状態であれば、それがアナボコであれその他のものであれ、道路が道路として通常そなえるべき安全性を欠くものである。水取りボツクスが本件の如き構造であるため、仮に段落差を生ずるとすればその上蓋の設計構造等につき研究開発すべきであつて、仮に全国いたるところで使用されているとしても、道路の管理について瑕疵あることを否定されるものではない。

(二) 被告ら引用の判決は、その判断が適正であるとしても、瑕疵の場所が市電軌道敷内であつて、本件の如く歩道上の曲り角にして側溝上蓋のない暗い場所と同一に論ずることのできないことは明白である。

(三) 道路の管理は画一的にされるべきものではなく、場所的特殊性に応じて個々具体的になされるべきである。その瑕疵についても、本件でいえば、アナボコ自体からのみこれを論ずべきではなく、周囲の道路状況との関連において論ずべきである。本件現場においては、側溝上蓋および照明灯の設置を必要とすることは付近住民も述べており、これを必要としないとの反ばくは即ち住民不在の行政であり、公の営造物の設置管理についての基本的な理解を欠く態度である。

第三証拠<省略>

理由

一 請求原因1の事実について判断するに、<証拠省略>によれば、原告は昭和四三年二月一六日午後七時三〇分頃、下関市汐入町一番七号坂田喜代正方前国道一九一号の西側歩道上を、仕事現場から帰宅すべく、北の方同市武久町武久橋方向から南の方下関駅方向に向かつて歩行中、舗装された右歩道に設置されている都市ガス用「水取りボツクス」のくぼみ(以下「本件くぼみ」という。)に左足がつまづき、そのため右側によろめき、一たん右足を路上についたが身体の安定を保つことができず、同所同歩道の西側に設置されている側溝の上蓋のない部分(以下「本件無蓋側溝部分」という。)内に左足を踏み入れ(ただし、側溝の底に足は着かなかつた。)、上半身は溝の外側(西側)にはみ出る状態で西側(すなわち右側)に倒れ、その際左足の脛部分が溝の西縁の角にあたり、その結果左下腿両骨骨幹部骨折および粗鬆症の傷害を受けたこと(以下「本件事故」という。)が認められ、右認定を左右する証拠はない。

二 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三 請求原因3および同4について判断する。

<証拠省略>によれば、以下の各事実が認められる。

1 本件くぼみについて

(一) 本件くぼみは、訴外下関瓦斯株式会社が昭和三八年一月頃地中にコンクリート用の水取りボツクスを設置し、その後昭和四二年三月末に完了した歩道舗装工事の結果、水取りボツクスの蓋と歩道表面との段落差として形成されているものである。しかして、水取りボツクス内には、地中のガス管から分れて上方に出ている縦管があり、その頭頂部にガスバルブコツクがあつて、コツクの上に前記蓋がある。その蓋は、一辺二〇センチメートルの正方形で厚さ五ミリメートルの綱板製であり、水取りボツクスの上部は、上方から見て、その外周が一辺二九センチメートルの正方形であり、一辺の縁の幅四センチメートルで(この幅の表面が右舗装工事により歩道板の表面と殆んど高低なくつらなり平面となつている。)右四センチメートル内側のところで下の方に三センチメートル落ちこみ、この落ち込んだ底面は一辺二一センチメートルの正方形を成し、続いて水平に三センチメートルの段(いわば棚のような形)になり、その棚は四周とも同じく造られていて、棚の内織の線を上方から見ると一辺一五センチメートルの正方形であり(その内縁は中空で、ここに前記ガスバルブコツクがある。)、右棚(段)に前記綱板製の蓋を落してはめ込んである(以下この蓋を「落し蓋」という。)。

なお、水取りボツクスは、都市ガス中に含まれている水分が温度の変化によつて分離し、導管内にたまるので、これを除去するための設備である。

(二) 本件事故当時の本件くぼみの深さ、すなわち前記段落差(後記四のいわゆる壁の高さである)は、くぼみの東南端の隅で二・四センチメートル、西南端の隅で二・二センチメートル、右両端の中央部分は約二・三センチメートルであつた。右(一)の認定事実によれば右段落差は二・五センチメートル(落ち込み三センチから落し蓋の厚さ五ミリを差し引く)であるはずであるが、いわゆる棚の部分に塵埃が多少積つているため右のとおりの段落差となつていた。

(三) 本件事故当時、本件くぼみには落し蓋がかぶせられていた。

(四) 原告は本件事故の際、左足を本件くぼみに踏み入れ(前認定のとおり)、くぼみ内南側の縁(くぼみの底面すなわち落し蓋の表面からみて、いわば壁に当たる部分)につまずいたものである。

(五) 本件事故当時、右南側縁(右のいわゆる壁)はなめらかな斜面とはなつておらず、いわゆる壁の中間にややふくらみはあるが、歩道表面となす角がほぼ九〇度の鋭角をなして切り立つていた。

(六) 本件くぼみの周囲はコンクリート製の正方形の歩道板を敷きつめて舗装されており、この舗装工事は昭和四一年四月から昭和四二年三月末までの間、道路管理者が施行したものであり、本件当時歩道の表面は平たん(坦)であつた。

(七) 右舗装工事により、さきに設置されていた水取りボツクスとの関係で前記(一)のとおり本件くぼみができたのであるが、道路管理者は右舗装工事以降本件事故発生時まで、本件くぼみおよびその直近周囲には何らの手も加えなかつた。

2 側溝について

(一) 本件無蓋側溝部分を含めてこれにつながる側溝は道路の付属物として道路(車道および歩道を含む国道一九一号)の管理者の管理のもとにある<証拠省略>。

(二) 側溝の位置関係は別紙図面のとおりであつて、歩道の西側に歩道に沿つて側溝があり(歩道の東側は段落のあるしきりがあつて直ちに車道である。)、本件くぼみから側溝までの距離は最も近いところで七八センチメートルであり、右最短距離地点付近を中心に南北約二・七七メートルの間は側溝に上蓋が施してなく(この部分が本件無蓋側溝部分である。)、その南北両側とも数メートルはコンクリート製の上蓋が施されてあり、本件事故当時、右北側の有蓋部分は坂田喜代正方への、南側の有蓋部分は某運送会社の貨物倉庫への、それぞれ出入口に当たつていた。

(三) 本件くぼみから本件無蓋側溝部分の南端までの距離は一・七三メートル、その北端までは一・四五メートルである。

(四) 本件側溝の内幅は四〇センチメートル、溝の縁の幅は一五センチメートル、溝の深さは約五八センチメートルである。

(五) 右側溝は昭和三四年頃設置されたものであり、それ以来何らの手も加えられていない。

(六) 付近の住民も本件無蓋側溝に危険を感じている。

3 本件事故現場の歩道の状況について

(一) 右歩道の状態は別紙図面<省略>のとおりであり(なお<証拠省略>参照)、武久町(北方)方向から下関駅(南方)方向に向かい、ほぼ直線の歩道で、本件くぼみ手前付近から漸次狭くなり、本件くぼみから南の方約三・五メートルの地点で最も狭くなり、その地点から約一四〇度の角度で南西方向に右折している。そうして、歩道の幅員は、本件くぼみ付近で約二・五五メートル、くぼみから約六メートル北寄りの地点で二・九〇メートル(これより以北は二・九〇メートル)、本件無蓋側溝部分北端付近で二・八五メートル、同南端付近で二・三六メートル、前記最狭隘地点で一・五〇メート.ルである。

(二) 右歩道の歩行者通行量は、ここ二、三年間の平均で、一昼夜に八〇〇人、最も多い午後五時から同六時までの一時間に一二〇人、これを分単位に平均すると一分間に二人という数である。

4 本件事故現場付近の照明について

(一) 本件事故当時、反対側の歩道上にして本件くぼみから二四・三〇メートルの地点の電柱に街灯が設置されている以外には、近辺には全く街灯はない。また、本件事故現場から東方約三〇〇メートル付近に、南北に走る山陽・山陰並行の国鉄線路があり、この線路を照らすために線路に沿つて適当な間隔を置いて設置された数本の高い鉄柱上部にかなり強い光の電灯があるが、右のとおりの各距離があるため右国鉄の照明および前記電柱の街灯によつても、月の出ていない夜間には、事故現場付近の路上は薄暗く、歩道通行人にとつて本件くぼみはわかりにくい状態である。

なお本件事故当時は月は出ていなかつた。

(二) ただし、本件事故当時は、前記坂田喜代正方店舗(入口の狭い、小さな果物店)は閉店しておらず、店内の奥の方に電灯がついていた<証拠省略>。本件くぼみから右果物店の入口までの距離は約四メートルであつて、右店内から幾分もれる明りと前記両照明の極めて薄い明りとがあるため、よく注意すれば本件くぼみが発見できる状態にあつたことが推認される。

<証拠省略>中以上の認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

四 ところで、右三の4(二)の坂田果物店から明りがもれていたという事実については、同店が夜遅くまで開店しているわけではなく、その閉店後でも人が通行することは当然であるから、瑕疵の有無を判断するに当たつては、右事実を除外して考慮すべきであることはいうまでもない。ただし、右事実は、過失相殺に関して原告の過失の有無を判断するに当たりこれを一資料にすべきである。

そこで、以上三の1ないし4(一)の事実および状況をもとにして、本件くぼみおよび本件無蓋側溝部分につき、国家賠償法第二条第一項にいう道路の設置または管理に瑕疵があつたというべきか否かについて考察する。

まず、同条項の道路の「瑕疵」というのは、前記認定のとおり道路の附属物である側溝をも含めて、道路の広狭、舗装の有無、当該道路が車道であるか歩道であるかの点、田舎の砂利道・ならし道ないし凹凸の多い農道であるか都市部の道路であるかなど道路の地理的或いは使用上の特性、交通量、照明状況等諸般の事情からみて、道路が通常そなえるべき安全性に欠けている場合をいうものと解すべく、そうして、瑕疵の有無は右の諸事実関係から客観的に判断すべきものと解すべきである。

本件においては、本件くぼみは前記三の1に認定したとおりの形状であり、歩道表面との段落差(深さ)は南側縁の両隅が二・四センチメートルおよび二・二センチメートル、中央部分で二・三センチメートルであるから(三の1(二))かなり浅いくぼみではあるが、その南側縁は鋭角に切り立つていたし(三の1(五))、本件くぼみの周囲の歩道表面は平たんだつたのであるから(三の1(六))、その幅員(三の3(一))、付近の照明状況・本件くぼみ付近の暗さ(三の4(一))からすれば、右のとおりくぼみが浅いとしても、本件くぼみに至るまでは平たんな舗装道路上を舗装されていることに安心して歩いているうち突然本件くぼみに足を踏み入れ、それが右鋭角な縁にひつかかつてつまづき、さらには転倒するに至るという危険性があるものというべく、ゆえに本件くぼみは歩道としての安全性に欠けていた、すなわち瑕疵があつたものといわなければならない。

なお、右瑕疵はやや軽度というべく、このことは被告らの過失相殺の主張の判断をするに当たり考慮すべきであろうけれども、前記法条にいう瑕疵に当たらないほどの極めて軽微ということはできない。

また本件事故現場で本件事故の前後を通じて他に原告と同様の事故に遭つた人があることを認めるべき何らの証拠もないが、同様の事故がないという事実をもつて、本件くぼみが瑕疵に当たることを否定するに足りる事情とはなしがたい。

また、被告らは、本件の水取りボツクス(落し蓋の構造を含む)と同型のものが全国いたるところで使用されているというが、本件の水取りボツクスは終戦以後使用されてきたもので、その後交通の安全のために研究改良が加えられ、昭和三八年夏以降は蝶つがい式の鉄製蓋が使用され、この場合の段落差は多くても五ミリメートルしか生じないものであることが証人小田一誠、同西郷百合年の各証言によつて認められるところであり、昭和三八年夏以降新たに設置されたものが相当多いはずであるから、全国いたるところで本件のと同型の水取りボツクスが使用されているとはいえず、仮に各地で右同型のものが設置されているとしても、瑕疵の有無は当該場所の具体的諸事実関係および諸状況によつて定まるものであること前説示のとおりであるから、そのことによつて本件につき瑕疵のあることが否定されるものではない。

次に、本件無蓋側溝部分については、前認定の歩道の幅員、歩道の通行量から見て、無蓋側溝そのものにのみ着目すれば、未だ前記法条にいう瑕疵とはいいがたいが、同側溝についてもまた具体的状況のもとに瑕疵の有無を判断すべきこというまでもないから、前認定のとおり右無蓋側溝部分は本件くぼみから最も近いところで七八センチメートルという近距離にあること、歩道が前記三の3(一)のとおり北方より本件くぼみ・本件無蓋側溝部分付近手前から漸次狭くなつていること、および、照明状況が前認定のとおりであること(もちろん三の4(二)を除く)からすれば、本件無蓋側溝部分も本件くぼみと右のとおり併存することによつて歩道通行上の危険性を増強するものと認められ、右併存の状態となつたことによつて本件くぼみともども道路の瑕疵を成すものというべきである。

すなわち、本件くぼみは、側溝を慮外に置いても前記諸事情のもとにおいて道路の瑕疵を成すが、本件無蓋側溝部分は本件くぼみを含めた右事情のもとにおいてはじめて道路の瑕疵を成すのである。

前認定のとおり本件側溝の設置されたのが昭和三四年頃、水取りボツクスの設置されたのが昭和三八年一月頃、歩道の舗装工事の完了したのが昭和四二年三月末であり、証人大玉茂夫の証言によれば右舗装工事の完了によつて本件くぼみを現出したものであることが認められるから、右工事完了のとき本件の道路の瑕疵が生じたものである。そうして、右のように本件くぼみが現出した事実をもつて何かの「設置」ということはできないが、(なお道路そのものは従前から存在していた)、右瑕疵現出以来本件事故発生時までに、道路管理者において本件くぼみの段落差を小さくするための工事を前記瓦斯会社になさしめ、または本件くぼみから約四メートルのところにある電柱(検証の結果から推認される。検証見取図電柱A)に街灯をつけ或いはその他の方法で照明を施すなどの、右瑕疵の除去・改善・危険防止措置をなさないで放置していたことは当事者間に争いのないところであるから、管理者の過失の有無にかかわりなく、道路の管理に瑕疵があつたものというべきである。

五 次に、請求原因6(原告の損害)について判断する。

1 <証拠省略>によれば、原告は本件事故のため前認定のとおりの傷害を受けて救急車で病院に運ばれ、事故当日から昭和四二年五月三一日まで下関市豊前田町の喜多整形外科医院に入院し、その後も同医院に通院して治療を受け、右治療費は生活保護法の医療扶助によつて支払われたことが認められるが、右治療費の金額については何らの立証もない。

2 <証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告は家庭用のポンプ修理・配管工事・水道修理を本職とするが、そのかたわら植木の剪定・造園の手入れ、ペンキ塗装および日雇人夫として稼働してきたものであり、昭和四二年八月から昭和四三年一月までの平均月収(実収入)は少なくとも四万円を下らなかつたところ、原告は本件事故のため昭和四三年二月一六日から(ただし、同日分は全日当を受給している。)同年五月三一日まで前記のとおり入院し、退院後下関市東大和町の共栄寮に入寮して休養しながら通院し、同年一〇月末までは全く稼働できず、同年一一月以降は時々仕事に出たが本件傷害ゆえに稼働できた日数が少なく、同日以降昭和四四年三月初めまでの一ケ月平均の収入は九、〇〇〇円程度にとどまつた。

以上の事実が認められ、<証拠省略>中右後段の認定に反する部分は<証拠省略>の結果に照らして措信しがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。右事実からすれば、原告は本件事故に遭わなかつたならば、昭和四三年二月一七日から同年一〇月末までは一ケ月平均約四万円の収入を得ることができたはずであり、同年一一月以降昭和四四年三月初めまでは現実に得た収入のほかになお一ケ月平均約三万一、〇〇〇円の収入が得られたはずであり、以上をもとにして昭和四三年二月一七日から昭和四四年二月末までの間に原告が失つた得べかりし利益は金四五万円と認定する。

3 被告らは本件事故の発生につき原告にも過失があつたから過失相殺すべきである旨主張するので按ずるに、前記四で認定したとおり本件くぼみの瑕疵はやや軽度であること、前記三の4口のとおり本件事故当事は前記坂田果物店店内の電灯の明りが幾分もれていたことに加え、<証拠省略>によれば原告は自分の先を歩いていたその日の仕事仲間に追いつこうとして急いでいたことが認められ(この認定と矛盾する<証拠省略>は措信しない。)、また<証拠省略>によれば原告の先の方を歩いていた仕事仲間五各は本件くぼみにつまづいていないことが認められ、以上の事実からすれば、原告が歩行しながらもつと注意すれば本件くぼみの存在を発見し得たものとみられるのにその注意がいささか不じゆうぶんであつたものというべく、この点において原告にもやや過失があつたといわなければならない。よつて、原告の右過失をしんしやくし、右逸失利益から三割を減ずるのを相当とするので、これを減ずれば金三一万五、〇〇〇円となる。

4 (慰藉料)<証拠省略>によれば、原告は本件事故のため前記のとおり入院し、最終的には昭和四四年一月まで通院したが、膝および足関節に著明な骨萎縮が存し、骨折箇所がやや屈折したまま固定していることが認められて、精神的肉体的にかなりな苦痛を感じたことがうかがわれ、右事実に加え本件事故の発生につき原告にも前記のとおり過失があつたことその他原告の境遇等本件にあらわれた一切の事情を考慮するとき、本件の慰藉料は金二〇万円をもつて相当とするものと認める。

六 本件事故当時本件事故現場の道路の管理者が被告国であり、その管理費用の負担者が山口県であることは前記のとおり当事者間に争いがなく、道路管理の瑕疵と本件事故と右五の損害との間には優に相当因果関係が認められるから、被告国は国家賠償法第二条第一項により、被告山口県は同法第三条第一項により、各自原告に対し、右五の3と4との合計金五一万五、〇〇〇円およびこれに対する右損害発生のあとである昭和四四年三月一日以降支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求は右限度において正当としてこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用し、なお仮執行の宣言はこれを付さないのを相当するから同宣言の申立てを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保園忍)

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