大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(行ツ)8号 判決 1968年10月31日

上告人 岸野博子

被上告人 川越税務署長 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人縄稚登の上告理由第一点について。

原判決およびその引用する第一審判決によれば、第一審判決添付物件目録(一)および(二)記載の不動産(以下本件不動産と称する。)は、もと亡榎本新吉の所有に属したが、同人からこれを訴外榎本マサまたは同榎本政雄に贈与あるいは遺贈したような事実は全くなく、右新吉の死亡により上告人および訴外榎本志満がこれを相続によつて取得し、さらに右両名において右新吉の相続人にあたらない前記マサおよび政雄に贈与したものであり、従つてその贈与が仮装あるいは名目的のものと認むべき余地はないというのであつて、その認定判断に違法と目すべき点は存しない。

ところで、譲渡所得に対する課税は、原判決引用の第一審判決の説示するように、資産の値上りによりその資産の所得者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法(昭和二二年法律第二七号、以下同じ。)九条一項八号の規定である。そして、対価を伴わない資産の移転においても、その資産につきすでに生じている増加益は、その移転当時の右資産の時価に照して具体的に把握できるものであるから、同じくこの移転の時期におい七右増加益を課税の対象とするのを相当と認め、資産の贈与、遺贈のあつた場合においても、右資産の増加益は実現されたものとみて、これを前記譲渡所得と同様に取り扱うべきものとしたのが同法五条の二の規定なのである。されば、右規定は決して所得のないところに課税所得の存在を擬制したものではなく、またいわゆる応能負担の原則を無視したものともいいがたい。のみならず、このような課税は、所得資産を時価で売却してその代金を贈与した場合などとの釣合いからするも、また無償や低額の対価による譲渡にかこつけて資産の譲渡所得課税を回避しようとする傾向を防止するうえからするも、課税の公平負担を期するため妥当なものというべきであり、このような増加益課税については、納税の資力を生じない場合に納税を強制するものとする非難もまたあたらない。

本件において上告人が訴外榎本マサおよび同榎本政雄に本件不動産を贈与したのに対し旧所得税法五条の二の規定を適用して上告人に課税したのは、右不動産の増加益の帰属者に対する課税であつて、同法三条の二の趣旨に反するところはなく、租税の公平負担の原則にたがうものでもないことは、前叙したところから明らかである。また原審においては、上告人が右課税によつて生活に窮したとする主張立証もないのである。してみると、前記五条の二の規定自体あるいは右規定を上告人について適用したのをもつて憲法二九条一項、二五条一項および一三条に違背するものとする所論は、法律の定めるところによる納税を国民の義務とする憲法の条項を看過しながら、違憲に名を藉りて単なる税法規の解釈適用ないしその租税政策上の当否を争うものにすぎず論旨は理由がない。

同第二点および第三点について。

上告人の本件審査の請求においては、不動産の所有権移転の関係から上告人が譲渡所得課税および資産再評価税課税を受けるいわれはないものとして争われたのであるから、その請求を棄却するにつき決定通知書に附記すべき理由としては、論旨引用のごとき説示があれば不備とはなしがたく、これと判断を同じくする原判決に所論の違法は認められない。論旨の引用する当裁判所の裁判例も、また本件については適切でない。論旨は、なお行政不服審査法四一条一項の趣旨に違背するというが、同法施行前に再調査の請求または審査の請求のなされた本件の場合に、右規定の適用あるものではない(行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律附則三項参照)。論旨は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

上告理由

第一点原判決は憲法第二十九条第一項、同第二十五条第一項に違反した違法がある。

即ち、被上告人川越税務署長がなした本件所得税課税処分は、所得税法第五条の二第一項の規定を適用して課税処分をなしているけれども、右法令同条項は憲法に違背している疑があり、従つて右法令を適用した原判決は憲法に違背している違法がある。

そもそも所得税法が、同法第三条の二によつて示している如く、実質課税の原則を基本として制定せられているものであり、その趣旨は何れも公正な帰属の判定と課税の公平を期そうとする趣旨であつて、これは実質課税主義の思想の表現に外ならない。所得税法があくまでも負担能力に応じた課税の公平を期しているからには、経済的にみて実質上、実際上所得が帰属すると認められる者を所得者とするのであつて、米国内歳入法においても、「所得税は所得の帰属者に対して課税される」との解釈が確立されており、その真実性を可能な限り探求して、真実の所得者を捕捉しなければならないことは実質課税主義の要請する根本理念である。この理想、趣旨に反して、所得税法第五条の二第一項は実質課税主義と相反する規定であり、右実質主義の本質を否定するが如き例外規定と解するの外はない。

ところで、本件において、榎本マサ並に同政雄に本件不動産が実質上、又実際上帰属し、従つて実質上、同人等に所得が帰属し、上告人には実質上所得は帰属していないことは明らかであることは、特別事情が弁論の全趣旨により推察される結果からも容易に首肯される顕著な事実である。さればこそ、所謂「みなす譲渡」として前述の法条の適用によつて課税処分を決定して来たことからも明らかである。

従つて上告人においては、実質上所得はなく、特別事情のため、単に形式上登記簿上、所有権の移転があり、右登記簿上の表示は、実質上の表現、具現ではない。原判決は単に登記簿上の名義の存在をもつて、又、それに反する証拠はない旨判示し、第二審においては証拠申請即ち唯一の、且つ、重要なる人証の申出を排斥し、単に登記簿上の表示をもつて、実質上の権利移転の存在を肯定し、更に飛躍して、従つて、実質上の所得又は譲渡とみなされる場合に該当するとして、所得税法第五条の二、一項の適用たる本件課税処分の妥当性を認容している。次に無償譲渡であつても対価を得ていないから所謂課税対象とならないとの上告人の主張に対しても、原判決は「もつとも所得税において資産の値上り益自体を所得と考え資産が無償で贈与されたような場合にまでこれを課税するという課税理論は、納税者の立場からみれば常識的に納得し難いものがあることは想像に難くない云々」とある如く、その矛盾、不当性を看取される。

かくの如く、上告人は登記簿上形式上名目上所有名義を、亡新吉の資産を同人の跡を事実上承継しているマサや、政雄に取得させようとし、その方便のため相続も出来なかつたし、又登記簿上相続の効を発生せしめられ、贈与という用語を用いてマサ等に所有権が移転されたもので、全く無償によるものである。それにもかかわらず、一方的な課税理論を根拠にして、課税処分をなしたことは、納税者としても納税する財産がないのに、課税納税を強制せられる結果となる。これは憲法により保障せられた私有財産の保護(憲法第二十九条第一項)を侵害又は否定するものであるというべきであり、所得税法第五条の二第一項は右憲法に違背する違憲の法律というべきである。且つ又、本件において、右に述べた理由からみれば、他に何等の納入すべき財産もない上告人にとつてみれば、同法第五の二により課税処分を受け納税を強要せられることは、憲法に保障されている生存権(憲法第二十五条)を否認するものであり、且つ個人の尊重を規定する憲法第十三条に違背する違憲の法律というべきである。

従つて同趣旨から、関東信越国税局長の審査決定の何れも(甲第四号証の一及び二)是認する原判決も結局右憲法右法条に違反する違法がある。

よつて、所得税法第五条の二第一項、並にそれを基にした各審査決定の正当を認め、何等、何れの点よりするも原判決が正当だと判示するところのものは、違憲の法令を適用したものであると思料するから、違法であると主張する次第であり、原判決は破棄を免れないと思料する。

第二点原判決には理由齟齬の違法がある。

即ち、本件甲第四号証の一及び二の審査決定通知書によると、その理由として、「故榎本新吉氏から相続されたあなたと榎本志満殿との下記共有財産を昭和三五年二月二九日、榎本マサおよび榎本政雄両氏に贈与されたことによつて、贈与者であるあなたに譲渡所得税を決定した原処分は所得税法第五条の二第一項の規定により正当と認めます」(甲第四号証の一)及び又、「あなたが榎本マサ、榎本政雄両氏に贈与(みなす譲渡)された不動産に対し、資産再評価法第八条および第九条の規定を適用して再評価し、再評価差額に再評価税を決定した原処分は正当と認めます」(甲第四号証の二)として、被上告人関東信越国税局長の本件審査決定処分の理由となつているだけである。これは行政不服審査法第四一条第一項の趣旨に違背し、上告人をして理解せしめる程度のものではない。且つ又、判例(最高裁第二小法廷、昭和三七年十二月二六日判決)の示す趣旨と相反している。

然るに原判決の理由は、右理由附記の程度でも原処分を取消さねばならぬ程不十分であるとすることはできないと述べているが、本件事案についてみれば、右原判決のいう如き簡単な理由で排斥されることはできない。結局理由不備、齟齬の違法があるといわなければならない。

第三点原判決には最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。

即ち、被上告人関東信越国税局長が審査決定通知書において、その理由として附記していることは極めて簡素であり、上告人を理解せしめる程度のものということはできないから、理由附記したことにはならない。

右理由附記の程度としては原処分を正当として維持した判断の根拠を納税者に理解できる程度に具体的に記載すべきであるのに、原判決は、単に必らずしも不充分であるとすることはできないと判断していることは、審査決定機関の公正を保障し、請求人たる上告人の不服事由に対応してその結論に至る過程を明らかにしていない点を看過しているのであつて、最高裁判所昭和三六年(オ)第四〇九号事件の判例(第二小法廷、昭和三七年十二月二六日言渡)に相反する判断をした違法がある。右判例は事案は元より異にするけれども右審査決定機関による審査決定の理由附記の程度についてどの程度の必要性が要求されるかの点を示すものとして本件事案に誠に適切なものであるというべきである。

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