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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)32号 判決 1958年6月14日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人弁護士森良作、同石川泰三、同飯沢進、同山田尚の上告理由第一点及び第三点について。

原判決はその挙示の証拠によつて、昭和二〇年一〇月九日上告人柚木忠七は自己の所有に属し且つ自己名義に所有権取得登記の経由されてある本件土地を上告人佐野金太郎に売り渡し、上告人佐野は同二一年四月一〇日被上告人にこれを転売し、それぞれ所有権を移転したが、上告人両名間の右売買契約は昭和二二年一二月二〇日両者の合意を以て解除されたものと認定し、次いで、右契約解除は合意に基くものであつても民法五四五条一項但書の法意によつて第三者の権利を害することを得ないから、既に取得している被上告人の所有権はこれを害するを得ないとの趣意の下に、被上告人が上告人佐野に代位して上告人柚木に対し上告人佐野金太郎名義に本件土地の前示売買に因る所有権移転登記手続を求める請求及び右請求が是認されることを前提とした被上告人の上告人佐野に対する前示売買に基く所有権移転登記手続請求をそれぞれ容認したものであることは、判文上明らかである。思うに、いわゆる遡及効を有する契約の解除が第三者の権利を害することを得ないものであることは民法五四五条一項但書の明定するところである。合意解約は右にいう契約の解除ではないが、それが契約の時に遡つて効力を有する趣旨であるときは右契約解除の場合と別異に考うべき何らの理由もないから、右合意解約についても第三者の権利を害することを得ないものと解するを相当とする。しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が本件のように不動産の所有権を取得した場合はその所有権について不動産登記の経由されていることを必要とするものであつて、もし右登記を経由していないときは第三者として保護するを得ないものと解すべきである。けだし右第三者を民法一七七条にいわゆる第三者の範囲から除外しこれを特に別異に遇すべき何らの理由もないからである。してみれば、被上告人の主張自体本件不動産の所有権の取得について登記を経ていない被上告人は原判示の合意解約について右にいわゆる権利を害されない第三者として待遇するを得ないものといわざるを得ない(右合意解約の結果上告人佐野は本件物件の所有権を被上告人に移転しながら、他方上告人柚木にこれを二重に譲渡しその登記を経由したると同様の関係を生ずべきが故に、上告人柚木は被上告人に対し右所有権を被上告人に対抗し得べきは当然であり、従つて原判示の如く被上告人は上告人柚木に対し自己の登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有しないものとは論ずるを得ないものである)。のみならず、原判決は上告人佐野が上告人柚木に対して有する前示両者間の売買契約に基く所有権移転登記請求権を被上告人において代位行使する請求を是認しているのであるから、上告人柚木が被上告人に対し右売買契約は上告人佐野との間の合意解約によつてすでに消滅していることを主張し得べきは当然の筋合であると云わなければならない。けだし上告人柚木としては上告人佐野から前示移転登記手続方を直接に請求された場合当然に主張し得べき前示合意解約の抗弁を被上告人が上告人佐野に代位して移転登記手続を請求してきた場合これを奪わるべき理由がないからである。但し、右合意解約が当事者間の通謀による虚偽の意思表示であるとか、或は被上告人が原審以来主張している事情の立証されたときは格別である。

以上のとおりであるから、本上告論旨は結局理由あるに帰し、従つて本件上告はその理由あり、原判決は到底破棄を免れないものと認める。

よつて、爾余の論点に対する判断を省略し民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

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