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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)27号 判決 1950年7月06日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士清瀬一郎上告理由第一点について

所論は、原判決は道府県制一八条八項及び二二条ノ九第七号を適用しない違法があるというのである。道府県制一八条八項は「自ラ議員候補者ノ氏名ヲ書スルコト能ハザル者ハ投票ヲ為スコトヲ得ズ」と定めている。これは、無筆者には投票の権利を与えない趣旨であることは、上告代理人の言うとおりである。しかしながら、投票は何人かを選挙しようとする選挙人の意思を表現しようとする手段であるから、たとい投票に記された文字に誤字、脱字があり又は明確を欠く点があつても、その記された文字の全体的考察によつて当該選挙人の意思がいかなる候補者に投票したかを判断し得る以上、これを有効投票として選挙人の投票意思を尊重することが、すべての選挙を基調とする代表制民主主義政治の根本理念に合致するものと言うべきである。すなわち、法律の要求する選挙人の書名能力は、必ずしも候補者の氏名を正確に書き得る能力ではなくして、文字をもつて特定の人を選挙する意思を表現する能力をもつて足るものと解すべきである。また上告代理人は、昭和二二年五月三日施行になつた地方自治法には前記道府県制一八条八項に該当する規定がないから、地方自治法による選挙については原判決のように考えることはできようが、これに反し本件の選挙は地方自治法の施行直前たる四月三〇日に行われたのであり、従つて道府県制一八条八項の適用があるべきであるが故に、原判示のように解するは誤りであると言う論法を用いている。しかし、この論法の組立て方には一つの見誤りが存する。というのは、地方自治法三七条は、衆議院議員選挙法三〇条を準用し、同条には「自ラ議員候補者ノ氏名ヲ書スルコト能ハザル者ハ投票ヲ為スコトヲ得ズ」と規定しているから、この点に関しては所論のように地方自治法の施行の前後によつて解釈を異にすべき根拠は全然ないからである。

さて、上告代理人が道府県制一八条八項に該当するが故に無効だとする所論各投票は、前述の理由により何れも有効と認めるを相当とするから、この点においては原判決に所論の違法はない。また上告代理人が道府県制二二条ノ九第七号に該当するが故に無効だとする所論各投票は、不明確なところはあるが、二、三後述する理由によつて無効とすべきものの外は、いずれもそれがためにこれらの投票を「議員候補者ノ何人ヲ記載シタルカヲ確認シ難キモノ」として無効とすべきものとは認定し難いのである。論旨は採ることを得ない。

同第二点について。

所論は、原判決は参加人細田作一よりも他の県会議員候補者の氏名に類似した記載のある投票を、細田作一の有効投票と認定した違法があると言うのである。

原判決は乙一号証の六について「ホシダ」と記されてあることは明らかであるが、丙一号証によれば候補者中「ホシダ」という氏を有する者はなく、これに類似する氏を有する者は参加人以外にないとし、第二字の「シ」は「ソ」の誤記と認め細田作一に対する有効投票と認定したのである。しかしながら、右丙一号証によれば所論のごとく候補者中に吉田なる氏の者があつたことは明白であるから、「ホシダ」は「ホソダ」の誤記であるか又は「ヨシダ」の誤記であるか不明の投票である。これを原判決が細田の有効投票と認めたのは違法である。右一票は道府県制二二条ノ九第七号に該当し無効である。

乙一号証の九「ホダ田」について所論は他の候補者帽田の投票と認むべきだと主張するが、これを細田の有効投票と認めた原判決の認定に違法のかどはない。

乙一号証の一〇「ポン田」については、所論のごとく候補者中に帽田なる氏の者があつたことは明白であるから、「ポン田」は「ホソ田」の誤記であるか又は「ボウ田」の誤記であるか不明の投票である。これを原判決が細田の有効投票と認めたのは違法である右一票は道府県制二二条ノ九第七号に該当し無効である。

乙三号証の一は「ホソ」と記されているから、所論のごとく他の候補者本間の得票と認むべきものではなくこれを細田の有効得票と認めた原判決の認定に違法のかどはない。

同第三点について。

所論は、原判決が、本件選挙と同時に行われた姫路市会議員選挙の候補者の氏名と同一又は類似の記載ある投票を、細田に対する有効投票と認めたのは違法であると言うのである。

県会議員選挙と市会議員選挙とが同時に行われた場合においては、現時における一般選挙人の知識の程度においては両者の投票を間違えてするおそれがあるから、県会議員選挙の投票用紙に市会議員候補者の氏、名又は氏名を明確に記載した投票があるときは、たとい県会議員候補者中にこれと類似の氏、名又は氏名の者があつても、その者に対する有効投票とは認めることができない。しかし、県会議員候補者の氏、名又は氏名にも、市会議員候補者の氏、名又は氏名にも明確に一致しないが、その何れにも類似する投票は、これを無効とするよりは県会議員選挙の投票用紙になされている事実からその投票者の心理を推測尊重し、その記載に類似する氏、名又は氏名を有する県会議員候補者に対する有効投票と認めるを相当とする。そこで、かかる見地に立つて所論の投票について検討すれば乙一号証の六及び一〇が無効投票であることはすでに第二点において述べたとおりであるが、乙一号証の七は「ホンダ」と記されており所論のごとく市会議員候補者中にこれと明確に一致する本田なるものが存することは原審の認めているところであるから、これを細田の有効投票と認定した原判決には所論の違法がある。

乙一号証の九の「ホダ田」を細田に対する有効投票とした原判決の認定には別段違法はない。

乙二号証の一乃至三三に「細川」と記された投票のあることは原審も認定している。県会議員候補者中氏の下に「川」の字がある者はなく、市会議員候補者中に細川姓の者がないのであるから、これを細田の有効投票と認定した原判決には違法はない。

甲五号証の一三、一五、二八、三〇、三一、三八、四二、四七、五〇、五一、五六について、所論は「ホンダ」「ホン」「ホンデン」と記されていると主張するが、これらは原審認定のごとく「ホソダ」「ホソタ」「ボソタ」「ホソ田」と読むを相当とするから、原判決がこれを細田の有効投票と認定した原判決には違法はない。

甲五号証の二六、四五、四六、五四について、所論は「ホンダ」と読み得ると主張する。その中二六、四六、五四は判示のごとく「ホンダ」と認められるから、乙一号証の七について前述した理由によりこれを細田の有効投票と認定した原判決には所論の違法がある。その中四五は「ホシダ」と記されているから、乙一号証の六について前述した理由によりこれを細田の有効投票と認定した原判決は違法である。同様に甲五号証の五三の「ホシダ」と記されたのを細田の有効投票と認定した原判決は違法である。

甲五号証の一一については、原審認定のごとく「ホソク」と判読し得られるから、これを細田の有効投票と認定した原判決には違法はない。

同第四点について。

所論は、選挙の当時におけるその地方の情勢により、投票用紙の記載が候補者以外の何人かを表示したものと推定すべき強い事実の存する場合には、むしろその者に対する投票と解するのが自然であると言うのである。成る程個々の具体的場合によつては、右様に考えるを相当とすることもあるであろう。所論は、かつて県会議員であつた細野浜吉、細川恭平に対する投票と認めるべきものを、原判決が細田に対する有効投票としたのは違法であると主張する。乙第二号証の一、七、一一乃至一八、二四、二五、三一乃至三三には漢字、平仮名、片仮名又はこれらを混用して細川と記載されていることは原審の認定するところである。所論は、これらの投票は細野に対する投票と見るべきか又は何人に対し投票したものか判断し難いというのであるが、細野浜吉はすでに五年前に死亡しているし、投票の記載が地方的著名人等の氏名に明確に一致するのではなく、単にこれに類似するというだけの理由で、他に類似の氏名の候補者がある場合にその候補者の有効得票たることを否定することはできない。されば、原審が候補者細田に対する投票と認めたことに違法はない。

同様に甲五号証の七四の「ホソノ」についても、原審が「ホソダ」の誤記と認め細田に対する有効投票としたことは違法でない。

同様に甲五号証の七二、七三については、「ホソ川」と記されているのであり、これを原審が細田の有効投票と認めたことは違法でない。

同第五点について。

所論は選挙の候補者中に投票表示の姓又は名と類似したものがあつても、他にその地方に候補者ではないが姓又は名の全く一致する者があるときは、類似をすてて一致した方を採り、議員候補者でない者の氏名を記載した投票としてこれを無効とすべきであると主張する。成る程、投票の記載が候補者以外の他の実在する人の氏名を完全明確に記載している場合には、これと類似の氏名の候補者があつても、その候補者の氏名の誤記と認めるよりは候補者にあらざる実在の人物に投票する意思が表現されているものと認めるを相当とし、従つてこれを無効とすべきである。しかしながら、所論の投票は畑田、細川、ホソカハ、佃田、(略)、(略)のごとく細田候補者に類似の姓だけを記したものに過ぎないのであるから、候補者以外の特定の人物に投票する意思が表現されているものではなく、細田の誤記と認めるのが相当であつて論旨は理由がない。

また甲五号証の四一、四九、六四については、所論とは異り「ホソタ」「ホソダ」と記されているから、細田の有効投票と認めた原判決に違法はない。

同第六点について。

所論は原判決には候補者の氏名以外の他事を記載した投票を有効とした違法があると主張するのである。投票に墨点があつても、それは誤つて汚染した場合もあり、慣習的な打点の場合もある、特に意識的に何事かを記載したものと認められない限りは道府県制二二条の九第一項五号の「議員候補者ノ氏名ノ外他事ヲ記載シタルモノ」としてこれを無効とすべきものではない。甲四号証の二、三について原審は細田の下に「さん」を記載したものと認めたのであり、そしてかく認めたことは相当であるから、同号但書の敬称に該当し所論のごとく他事記載と認めることはできない。またその余の所論投票には、単に墨点墨痕等が不用意についたと認められるが、意識的な他事記載とまでは認定することができぬ。論旨は理由がない。

同第七点について。

所論甲六号証の五の投票が破れていることは原審の認めるところである。選挙人が投票にあたり投票用紙を破つた場合には、その投票は選挙意思なきものとして無効となる。しかし、投票が破れていてもそれは直ちに選挙人が破つたものとは速断ができない。投票されている以上破損の原因が明かでない場合には原判示のように投票整理の際破れたものと見るが相当である。所論は、原判決が検証調書に右一票の破損は投票整理の際生じたものであることについて当事者間に争がなかつたとしているのは違法であるというが、原判決は検証調書によつてはただ破損している事実を認めたのに過ぎない。記録によれば右破損原因については当事者双方は口頭弁論において何等の主張もしていないから、原判決が右投票を破損を理由として無効としなかつたのは違法でない。なお「細田作一」と記載した上これを消し更にその右側に「細田作一」と記載してあるが、かゝる書損書き直しのために投票は無効となることはない。論旨は理由がない。

同第八点について。

所論は、甲四号証の二八、九の右側に「ケンカイ」「ケンカ」とあるは他事記載で無効投票だと主張する。しかし、かかる記載は、市会議員と県会議員の選挙が同時に行われた本件において県会議員候補者たることを指示するために記載したに過ぎないものと認められるから、道府県制二二条一項五号但書に該当するものとしてこれを無効とすべきでない。論旨は採るを得ない。

同第九点について。

所論は、原判決が丙二号証の一〇、一一の「タツミ。サブロウ」「タツミ。三郎」の二票を無効としたのに対し「。」は他事記載と認むべきではなく右二票は辰巳三郎の有効投票であると主張する。現今においては法文その他の文章等において句読点をつけることは一般の慣例として広く行われているのである。されば、右二票の氏と名の間の「。」は一般の慣例に従つて氏と名を区分するために附したに過ぎないものであるから、これを意識的な他事記載と認めるのは不当である。原判決がこれを無効としたのは道府県制二二条一項五号の解釈適用を誤つた違法があり、右二票は所論のごとく辰巳三郎の有効投票と認むべきものである。 同第一〇点について。

所論は、原判決が丙三号証の八の「多田三郎」「オオタジユウゾウ」に対する投票と判断したのは違法であると主張する。しかし、原判決は右一票を候補者中の大多量藏の有効投票としたのではなく、大多も多田も共に「オオタ」と発音せられるから、「多田三郎」の一票は辰巳三郎の誤記であるか、大多重藏の誤記であるか不明であるが故に、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効投票としたのである。論旨は理由はない。

同第一一点について、

所論は、丙四号証の一は、原審において辰巳三郎の有効投票であることに争いがなかつたにかかわらず、原判決がこれを無効としたのは民事訴訟法の原則に反すると主張する。原判決は同票については開票管理者が有効と判定し、被上告人も原判決において有効投票とした事実について争いがないとしたに止まる。本訴において補助参加人は右投票の無効を主張しており、被参加人たる被上告人はその有効を認めているのではないから、右参加人の訴訟行為は被参加人の訴訟行為と抵触するものではない。それ故、原判決が補助参加人の主張を容れ争あるものとしてその無効を判断したのは毫も違法ではない。論旨は採るを得ない。

同第一二点について。

本件は当選訴訟であるから当時者はその原因として選挙無効を主張することは許されない。昭和二二年五月三日施行の地方自治法においては同時選挙について規定を設けたが、その施行直前たる四月三〇日本件選挙の行われた当時の道府県制には同時選挙の規定がない。昭和二二年法律一五号、昭和二二年内務省告示第六八号は、都道府県及び市町村その他これに準ずるものの議会の議員の選挙を四月三〇日に行うこととした。本件選挙はこれに基づいて行われたものである。所論は、右法律は、ただ同日に選挙の日を指定する途を開いたのみであつて、同じ部屋を用い、同じ時間に行い、同じ投票箱を用いることは、道府県制の立前上許すべからざるものであると主張する。しかしながら、同日に二つの選挙を行うに当り、別室を用い、時間を前後して施行することは、各地の従来の施設に微しても実際上極めて不便困難であるのは多言を要しないから右法律が同日に二つの選挙の日を指定したことは、その実施に当り同室を用い、同時間に行い、同一投票箱を使用することをも認めているものと解するを相当とする。ただその実施にあたり現実に選挙の公正を害し投票の秘密保持を侵す具体的事態が生ずるにおいては、初めてその選挙の無効の問題が起こるものと言うべきである。だが、単に同時選挙のために本件におけるがごとく県会選挙と市会選挙の立会人や事務員が、互に入り込むというだけの事態を捉えて所論のように秘密の保持が害されると認めることはできない。それ故に、選挙無効を主張する論旨は採ることができぬ。

要するに、原判決の認定にかかる参加人細田作一の有効投票中無効とすべきもの八票あり、また上告人辰巳三郎の無効投票中有効とすべきもの二票ある。よつて、本件参加人の得票数は、原判決の判示数より八を減じ七、七九二となるべく、上告人の得票数は原判決の判示数に二を加え七、七七五となるべきである。その結果参加人の得票数は上告人のそれより尚多く、従つて上告人の当選は無効であつて、結局原判決の投票の効力に関する判断の違法は、原判決の結果に影響がなく本件上告は理由なきものである。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

本判決は、全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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