大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)58号 判決 1997年9月04日

埼玉県大宮市土手町一丁目二番地

上告人

株式会社ナチュラルメートの会

右代表者代表取締役

木村富男

東京都狛江市駒井町三丁目一四番一号

上告人

森山光夫

右両名訴訟代理人弁護士

浅岡輝彦

田村恵子

三森仁

福岡県前原市大字浦志六〇〇番地

被上告人

糸島農業協同組合

右代表者代表理事

福井正志

右訴訟代理人弁護士

赤井文彌

船崎隆夫

清水保彦

小林茂和

舟久保賢一

宮﨑万壽夫

渡邊洋

岡崎秀也

相澤重一

小菅稔

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(ネ)第四〇三三号商標権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成八年一〇月二日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人浅岡輝彦、同田村恵子、同三森仁の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成九年(オ)第五八号 上告人 株式会社ナチュラルメートの会 外一名)

上告代理人浅岡輝彦、同田村恵子、同三森仁の上告理由

判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背―商標権の効力・侵害に関する商標法の適用・解釈の誤り、理由不備

一1 原判決は商標「法三条は、自他商品の識別機能を有しない商標は登録できない旨定めているのであるから、法三六条一項により保護されるべき登録商標とは、このような要件に適合したものであり、また商標の本質は自己の営業にかかる商品を他人の営業によるそれと識別するための標識として機能することにある。そこで、右条項は、右のような登録商標が他の商標により自他商品の識別機能を妨げられ又はその虞れがある場合に、商標権者等がその侵害の停止又は予防を請求し得る旨を定めたものと解される。したがって、自他商品の識別機能を有しない商標の使用もしくは自他商品の識別機能を有しない態様による商標の使用は、登録商標の使用権を侵害するものということはできない。」と判断している。しかしながら商標法にこれに沿う明文の規定がなく、その旨を述べる指導的な最高裁判所の判例もないことから、かかる解釈が許容されるかどうかはその理論的な面でも、また現実の適用の場面においても法が商標権者に登録商標の専有使用を認め他人の使用から生ずる誤認混同や稀釈化から商標権者を保護した趣旨や、法全体の構造からその正当性が検証されなければならない。

2 これを前提として検討すると商標法(以下、単に「法」という)は、三七条一項で指定商品若しくは指定役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用は当該商標権を侵害するものと擬制し、商標権の効力が及ばないとされる二六条一項各号の場合を除き、それには何らの例外も付されていないのであるから、その論理的帰結として、法は第三者による登録商標と同一若しくはこれに類似する商標の使用は、原則的に登録商標権を侵害するとの立場を採っていることが明らかである。

二1 したがって法二六条一項各号に該当しないで、しかも登録商標と同一若しくは類似する商標の使用が登録商標権を侵害しないとされる例外的場合がありうるとしても、それは前記の法の立場から、それが明らかに記述的または意匠であると認められ、誤認混同を生ずる可能性が全くない場合の外はごく制限的に解されなければならない。

法二六条一項は性質の異なる慣用商標を除き、自己の肖像・氏名・著名名称、商品または役務の普通名称・産地・品質・原材料・効能・形状・生産若しくは使用の方法等を「普通に用いられる方法で表示する商標」について商標権の効力が及ばないと定めているから、その反対解釈として原材料・生産方法等の表示であってもそれが普通に用いられる方法で表示されない場合は商標権の効力が及ぶと解さなければならない。

法がこのように定めた趣旨は、たとい原材料・生産方法等の表示であってもそれが普通に用いられる方法によらないときは他人の登録商標を付した商品との間で出所の誤認混同を生ずる可能性を否定できず、類型的に登録商標の自他識別機能を害するとみなしたからであって、この趣旨は前記の例外的場合を考える際に一般的に及ぼさなければならない。

即ち、ある表示が例外的場合に該るか否かは、それが「普通に用いられる方法で表示」されているかどうかを判断のメルクマールとすることが必要不可欠である。そうでないとすると法二六条一項の反対解釈からは「普通に用いられる方法で表示」されてないとの理由で商標権侵害との結論が出されるケースを、その制約をかぶせることのないまま正反対の結論を出すことが可能となって法二六条一項の形骸化をもたらし、これを避けるため、原材料・生産方法等、当該条項各号に掲げる事由についてのみ、その制約が課されたものとすると商品等の情報の中でこれらにのみ制約を課することの合理性を説明し得ない。いずれにしても法の整合的理解に破綻をきたすからである。

2 したがって原判決がいうところの「自他商品の識別機能を有しない商標の使用若しくは自他商品の識別機能を有しない態様による商標の使用」が二の冒頭で述べたところの、登録商標権を侵害しないとされる例外的場合にあたるとしても、右の意味での商標の使用であるかどうかはそれが「普通に用いられる方法で表示」されることにより、登録商標権者の商品との間で出所の誤認混同を生ずる可能性を排除しているかどうかを判断の中に含ましめなければならない。

にもかかわらず原判決が引用する第一審判決(第一審判決書二七丁表七行目)では「被告標章は、被告商品に天然カルシウムであるカルゲンを使用していることを表示するもの」、原判決も「被控訴人標章は、いちごについて『天然カルシウムであるカルゲンを使用したものである』との商品情報を得ることができるもの」と判示するだけて「普通に用いられる方法で表示する」されたものであるかどうか、商品間の出所の誤認混同を生ずる可能性がないかどうかを検討して判断することをしていない。

3 法二六条一項二号の産地・販売地・品質・原材料・効能・用途・生産若しくは使用の方法といった類のものは商品情報に外ならなず、同条項は商品情報であっても「普通に用いられる方法により表示」されていないものは登録商標権の効力がおよぶとしているのであるから、法は商品情報であることと自他識別機能を有することとが互いに排斥しあう関係にないとみなしたうえ、「普通に用いられる方法により表示」することで自他商品の出所の誤認混同が生ずる可能性が排除されると解していることが明らかである。換言すると商品情報の性質を有するものであっても商品に他人の登録商標を使用するときは、商標と誤認され、登録商標権者の商品との間で出所の誤認混同をきたす可能性が大である。右に引用した原判決が被控訴人標章の使用について、カルゲンを使用していることを表示する、商品情報を得ることができる表示とだけ判示し、「普通に用いられる方法に」よっているかどうか、出所の誤認混同の可能性がないかどうかを検討することなしに被告標章の使用は自他識別機能を有さないと結論づけるのは、法の解釈適用を誤ったものか、または理由不備を冒したことのいずれかである。付言すれば、原判決が判示するとおり仮に被上告人の標章が「いちごに天然カルシウムであるカルゲンを表示している」とすれば、それは法二六条一項二号の原材料・生産方法に該るもの、ないしはこれに類するものであるから直接、同条項が適用されるとの解釈も充分に合理的であり、これに立てば「普通に用いられる方法」によったかどうかの吟味が請求の当否の判断に不可欠であるから、この吟味をしない原判決には法の解釈適用の誤り、理由不備があること明らかである。

三1 そして法二六条一項各号の「普通に用いられる方法により」表示されているかどうかは「商標自体の外観上の表示態様として、特に一般の注意を惹くに足るような特別の書体や図案により技巧を加えている標章ではなく、普通の書体または普通に使われる図形で単純に表示された外観めものであることを要する。また、その商品の取引界において、自己の名称や略称を当該商品又は商標表示物件に表示する場合に、その位置や大きさに関して経験則上ある程度の常識的な制約が認められる場合には、その制約内の位置や大きさで表示されることを要する。」と解されている(内田敏彦「判例商標法」発明協会七一〇頁)。実際にも名称使用例について「大アカフダ堂」の文字が多分に図案化され特に一般の注意を惹くべく表示されている」ことを理由に(岐阜地判昭和四〇年五月一〇日判決・判例タイムス一七八号二〇〇頁)、東京山形屋海苔店の表章について「それが付される缶、瓶、または箱の大きさとの対比において相当程度大きく、かつ、需要者の注意を惹きやすい場所に標示され、かつ特徴のある崩書きの書体により書かれていること」を理由に(山形屋海苔店事件東京地判昭和五七年六月一六日、判例タイムス四七一号二二三頁)、それぞれ普通に用いられる方法で表示することに該らないと判断されている。

2 被上告人商標は原判決引用にかかる第一審判決に添付された目録(一)のとおりであるが、重要なのは<1>「博多とよのか」をはじめとする他の表示は(「天然カルシウム」「使用」を含め)透明な皮膜みに白色で印刷され、<2>ひとり「カルゲン」のみが緑地を背景に白色で印刷されていること、<3>「カルゲン」の表示の位置は中央部やや右下の要部に、いちごのイラストと共にあること、<4>その書体はデザインされた書き文字であり、注目を惹くに充分な大きさを持っていること、<5>「天然カルシウム」「使用」の語は「カルゲン」の記載の上下にあるものの、緑地の外に置かれ、かつ通常のゴシック活字体が用いられ、<6>カルゲンに較べ数段に小さく扱われていること等から前記の確立された解釈、裁判例に照らし、「普通に用いられる方法により表示する」ものでないこと明らかである。

四1 原判決はその一六頁において「仮に、一般消費者が、カルゲンの表示に接した場合、カルゲンが土壌改良剤であることを知らないため、その記載の意味内容を直ちに理解できない場合が相当あるとしても、右各証拠によれば、そのような場合でも、被控訴人標章以外の印刷部分の記載、すなわち、「博多とよのか」「福岡」「JA糸島」などの品種、産地、生産者の名前などの記載との対比において、三段に並んだ中断の「カルゲン」の文字と、上段にある「天然カルシウム」、下段にある「使用」の記載を一連のものと理解し、被控訴人標章は、いちごについて「天然カルシウムであるカルゲンを使用したものである」との商品情報を得ることができるものと認められる。」と判示する。しかしながらそこにいうところの「博多とよのか」「福岡」「JA糸島」などの記載はそのうち、博多とよのかについては産地表示、品種表示であって商標でないこと明らかであり、後二者は生産者を示す商標であって、商品「いちご」についてのものは他にないのであるから、ひとり「カルゲン」表示のみが商品「いちご」についての直接的な商標として一般需要者に認識されること明らかである(甲第二二号証、田倉整意見書六頁下から六行目以下)。少くともきわめて短時間の中で商品の選択をする一般消費者が「カルゲン」表示をいちごの商標と解し、登録商標を付した上告人の商品と誤認混同する可能性が少ないなどということはありうべくもない。したがって右の記載と対比したとしても、判示するごとき商品情報を得るのみで自他商品識別機能を有さないと判断することができる筈もない。

2 被上告人がその有利に援用するところの網野誠氏でさえその鑑定書乙二九号証の一の一〇頁一一行目以下において「商品「いちご」の取引者需要者は「カルゲン」の文字を一見した場合においては「カルゲン」は「いちご」を栽培する特定農園が、「いちご」について使用する名称であり、「とよのか」なる品種の「いちご」で、特定農園が栽培する特定種類の「いちご」の商品標であると認識するか、ないしは、「カルゲン」は「とよのか」なる品種の「いちご」の販売業者が、その法人名の略称を販売標として表示したものであるかの如くに認識するものであると解される。」と述べて、一見した場合の自他商品識別機能を有していることを肯定している(もっとも網野氏は右の記述に続けてさらに近づいて観察する場合にはカルゲンの文字の上下の「天然カルシウム」「使用」の文字に気づくであろうとしたうえ、気づいた場合であって、かつ全体としての表示を商品「いちご」との関係において判断すれば、との二重の仮定にたって本件登録商標の商標権の効力が被控訴人標章に及ばないと強引に結論づけている。その結論の不当さは論理のプロセス自体から明らかである。いちごの主たる需要者である一般消費者は不注意きわまりない存在であってしばしば一見の観察、記憶によりその購入意思を決定するのであるから、一見したところ商品標、販売標として認識されるとすれば、それだけで自他識別機能を有するとの結論に至るのが当然である。網野氏はいちごに近づいた時点での消費者には<1>カルゲンの上下の「天然カルシウム」「使用」の文字を見落とす者、<2>その記載に何らの関心を払わない者、<3>全体的な表示についての意味づけをしない者、さらにまた<4>意味づけをする者であっても天然カルシウムを使用した「カルゲン」といういちごであるといった別の解釈を施す者など多種多様の者が存在し、これらの者によって実際の取引がなされていて、網野氏が想定する注意深く、かつ一瞬の間に同氏と同じ特定の解釈を施す消費者は皆無ではないとしても、ごく少数にとどまる可能性を考慮していない)。そうであれば登録商標を付した上告人の商品と被上告人商標を付した商品とが誤認混同され、さらに商標の稀釈化の危険が存在すること明らかである。

3 したがって本件の被上告人の標章が原判決が述べるところの、商品情報を伝える表示でありうるとしても、それと同時に自他商品識別機能も併せ有し、商品間の誤認混同を生ずる可能性が大であること明らかであるから被上告人の標章に同機能がないとし、商品間の出所の誤認混同の可能性の視点からの考察を欠いた原判決の判断は商標法の解釈適用を誤ったものである。

五 そして被上告人の標章中のカルゲンは上告人の登録商標である「CALGEN」と称呼を共通とし、その論理的帰結として当然に商標権の侵害の結論に至るのであるから原判決の法令の解釈適用の誤り、理由不備は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

以上

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