大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)1562号 判決 1997年7月17日

上告人

田辺貢

右訴訟代理人弁護士

楠本博志

被上告人

山本敏子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

冨永長建

被上告人

津布久倫子

外七名

右八名訴訟代理人弁護士

柏原晃一

花沢剛男

岩島のり子

同訴訟復代理人弁護士

岩崎健一

主文

原判決のうち別紙記載の部分を破棄する。

前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の上告を棄却する。

前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人楠本博志の上告理由一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同二について

一  本件訴訟において、上告人は、被上告人らとの間において上告人が第一審判決別紙物件目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有権並びに同目録一及び二記載の土地(以下「本件土地」という。)の賃借権を有することの確認等の請求をし、その請求原因として、上告人が、昭和二一年ころに、高木佐助から本件土地を賃借し、その地上に本件建物を建築したとの事実を主張した。被上告人らは、これを否認し、本件土地を賃借して本件建物を建築したのは、上告人ではなく、上告人の亡父田辺定次である旨を主張した。原審は、(1) 上告人主張の右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、被上告人らの主張するとおり、本件土地を賃借し、本件建物を建築したのは定次であることが認められるとして、(2) その余の点について判断することなく直ちに、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人の請求をすべて棄却した。

二  しかしながら、右(2)の点は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  原審の確定したところによれば、定次は昭和二九年四月五日に死亡し、定次には妻田辺正美及び上告人を含む六人の子があったというのである。したがって、原審の認定するとおり、本件土地を賃借し、本件建物を建築したのが定次であるとすれば、本件土地の賃借権及び本件建物の所有権は定次の遺産であり、これを右七人が相続したことになる。そして、上告人の法定相続分は九分の一であるから、これと異なる遺産分割がされたなどの事実がない限り、上告人は、本件建物の所有権及び本件土地の賃借権の各九分の一の持分を取得したことが明らかである。

2 上告人が、本件建物の所有権及び本件土地の賃借権の各九分の一の持分を取得したことを前提として、予備的に右持分の確認等を請求するのであれば、定次が本件土地を賃借し、本件建物を建築したとの事実がその請求原因の一部となり、この事実については上告人が主張立証責任を負担する。本件においては、上告人がこの事実を主張せず、かえって被上告人らがこの事実を主張し、上告人はこれを争ったのであるが、原審としては、被上告人らのこの主張に基づいて右事実を確定した以上は、上告人がこれを自己の利益に援用しなかったとしても、適切に釈明権を行使するなどした上でこの事実をしんしゃくし、上告人の請求の一部を認容すべきであるかどうかについて審理判断すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和三八年(オ)第一二二七号同四一年九月八日第一小法廷判決・民集二〇巻七号一三一四頁参照)。

三  原審がこのような措置を執ることなく前記のように判断したことには、審理不尽の違法があり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、右の趣旨をいうものとして理由がある。したがって、原判決のうち別紙記載の部分は破棄を免れず、右部分につき、被上告人らの抗弁等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、右破棄部分以外の原判決は正当であるから、この点に関する上告を棄却することとする。

よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、八九条に従い、裁判官藤井正雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官藤井正雄の補足意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見に同調するものであるが、なおこれに若干の意見を補足しておきたい。

本件は、上告人の建物所有権及び土地賃借権に基づく請求の訴訟において、被上告人らが、上告人の主張した所有権及び賃借権(以下「所有権等」という。)の取得原因事実は否認したが、「上告人の父の所有権等の取得と同人の死亡」という別の取得原因事実を先行的に陳述した場合に、裁判所のとるべき措置に関する。

ある当事者が訴訟上自己に不利益な事実を陳述したとき、相手方がその陳述を援用すると否とにかかわらず、裁判所はこれを訴訟資料として斟酌すべきであると説かれる。法廷意見の引用する最高裁昭和四一年九月八日判決は、原告の所有権に基づく土地明渡請求訴訟において、原告が、被告に対して土地の使用を許したとの事実を先行して陳述したという事案である。使用貸借は被告側から主張すべき権利障害事由であるが、原告がこれを先行陳述したことにより、自己の請求の有理性(首尾一貫性)を欠如させる結果となっており、被告の援用いかんにかかわらず、請求棄却を免れないことになる。

これに対して、本件は、被告ら(被上告人ら)が原告(上告人)の主張すべき請求原因事実を先行陳述した場合である。不利益陳述に関するさきの理論は、原告の場合と被告の場合とを区別せず、請求原因についてであろうと抗弁についてであろうと、等しくどちらについても妥当するというのが、一般的な理解のようである。しかし、本件では、被上告人らの陳述した「父の取得、死亡」の事実は、上告人の所有権等の全部を理由あらしめるものではなく、その一部(九分の一の共有又は準共有持分)を基礎づけるに過ぎないのである。そして、(準)共有持分権は、所有権等の割合的一部ではあるけれども、共有物の利用管理等については、単一の所有権等とは異なる種々の制約があり、単純な分量的一部とはいえない。訴訟物としては所有権等の中に包含されているといってよいが、被上告人らが持分権の取得原因事実を先行的に陳述しているからといって、裁判所が、上告人に何らの釈明も求めることなく、直ちに所有権等の分量的一部として共有持分権の限度でこれを認容してよいということにはならない。もしそのようなことをしたならば、当事者、殊に被上告人らにとっては、予期しない不意打ちとなるであろう。したがって、相続分の限度での一部認容判決をするためには、裁判所としては、上告人に対し、九分の一の共有持分権の限度の請求としてもこれを維持する意思があるかどうかについて釈明を求めた上、予備的に請求の趣旨を変更させる措置をとるのが普通である。裁判所がそのような措置をとらないままで、上告人の所有権等の取得は認められないとする請求棄却の判決をし、これが確定したときは、上告人は目的物の所有権等を有しないとの判断につき既判力が生じるから、上告人が右判決の既判力の標準時以前に生じた所有権等の一部たる共有持分権の取得原因事実、すなわち亡父の遺産の相続の事実を再訴で主張することができないということになる(最高裁平成五年(オ)第九二一号同九年三月一四日第二小法廷判決・裁判集民事一八二号登載予定)。そうした事態はなるべく起こらないことが望ましい。

しかし、このことは、裁判所が常に当然に釈明義務を負うということを意味するものではない。本件において、上告人は、本件土地建物の所有権等が自己の固有の財産であるとする主張に固執し、一、二審を通じて、遺産の共有持分の限度での請求をする気配を見せていなかったのであり、このようなときに、裁判所が、遺産共有を前提として共有持分権の主張をするかどうかについて釈明を求めてまで、請求の一部を認めてやる義務があるというべきかは一考を要する。相続開始後年月を経て、他の相続人間では格別の紛争もなく、一定の事実状態が形成されてきているような場合だと、裁判所の介入がかえって紛争の拡大を助長する結果となることもあり、事案に応じた慎重な配慮が求められるのである。

記録によると、父定次が死亡したのは昭和二九年で、本訴が提起されたのはそれから三六年後であり、相続紛争としては今更の感が深い。しかし、上告人は、被上告人らの主張に対する反論としてではあるが、仮に被上告人らのいうように本件土地建物が亡父の遺産であるとするなら遺産分割協議は未了であるということを述べているのであり、遺産とされた場合の法律関係のことも一応念頭にあったことがうかがわれる。のみならず、平成元年の母正美の死亡後に、被上告人津布久倫子と同山本敏子、同内野桂子、同宝地戸〓子及び日方省子(一審相被告)の間で、遺産をめぐる紛争が起こっており、本件土地建物の所有権等の帰属は、今なお未解決の状態にある。そうすると、本件においては、父定次の死亡から相当の年月を経ているとはいえ、事態はなお流動的であるので、本件土地建物に関する上告人の相続上の権利の有無について、この際判断を加えておくことを躊躇する理由はないことになり、これを拒んだ場合には上告人の再訴における主張が既判力で妨げられる結果になることをも考慮すると、原審としては、上告人に対し所要の釈明を求めて判断をすべきであったということができる。以上の理由により、上告人の共有持分権に関する部分につき、審理不尽、釈明義務違背があるものと認めるのを相当と考える。

(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友)

(別紙)

上告人の左記各請求について持分九分の八の限度を超えて請求を棄却した部分

一 第一審判決別紙物件目録三記載の建物の所有権確認請求

二 同目録一及び二記載の土地について上告人が第一審判決別紙賃借権目録記載の賃借権を有することの確認請求

三 右建物についての真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続請求

上告代理人楠本博志の上告理由

原審判決には、次のとおり理由不備・理由齟齬(民事訴訟法第三九五条一項六号)及び審理不尽(同法第三九四条)の違法があり、当然破棄されるべきである。

一、理由の不備及び理由齟齬(略)

二、審理不尽

原審判決には、次のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽の違法がある。

(一) 原審判決は、定次が本件借地権を取得し、且つ、本件建物を建築してその所有権を取得した旨認定し、上告人の請求を全部棄却した。

(二) しかしながら、仮りに、原審認定のとおり本件借地権及び本件建物所有権を定次が取得したとしても、上告人は、昭和二九年四月五日死亡した定次の相続人として定次の遺産につき九分の一の法定相続分を有する。

(三) しかして、右訴外人の相続人は、妻である田辺正美と、子である上告人、被上告人山本敏子、同津布久倫子、同内野桂子、同宝地戸睾子及び訴外日方省子の合計七名であったが、定次の死亡当時正美と上告人以外の五名の者は未成年であったところから、遺産分割協議をするには右五名につき家庭裁判所による特別代理人の選任が必要であったが、定次死亡時から現在に至るまで、右特別代理人の選任が全くなされておらず、且つ、遺産分割協議がなされていないことは、原審における当事者双方の主張及び全証拠によって明らかである。

(四) しかるに、原審は、本件借地権及び本件建物所有権が定次の権利に帰属したと認定したのみで、未分割の遺産である本件借地権及び本件建物所有権について上告人が九分の一の割合の権利を有することを看過し審理を尽さず、上告人の請求の全部を棄却したことは、判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽の違法がある。

(五) 即ち、原審は、少なくとも、本件借地権及び本件建物所有権の九分の一の権利については、上告人の請求を認容すべきであった。

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