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最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ツ)43号 判決 1997年9月18日

東京都北区浮間五丁目五番一号

上告人

中外製薬株式会社

右代表者代表取締役

永山治

右訴訟代理人弁護士

尾﨑英男

同弁理士

樫出庄治

東京都新宿区新宿二丁目一五番二号

被上告人

農研テクノ株式会社

右代表者代表取締役

永井明

同北区滝野川一丁目四七番二号

被上告人

三和肥料株式会社

右代表者代表取締役

堀江要三郎

静岡県袋井市豊沢七六七番地

被上告人

東海化成株式会社

右代表者代表取締役

坊下堅太郎

宮崎市大字赤江字飛江田九四五番地

被上告人

宮﨑みどり製薬株式会社

右代表者代表取締役

岩切好和

松江市西持田町一〇七一番地

被上告人

株式会社パイテク中国

右代表者代表取締役

後藤武

高知市萩町二丁目二番二五号

被上告人

東洋電化工業株式会社

右代表者代表取締役

入交一雄

山梨県北都留郡上野原町上野原四七一三番地

被上告人

日本ハルマ株式会社

右代表者代表取締役

伊徳行

鳥取県八頭郡河原町大字水根一一番地二

被上告人

錦生燃料有限会社

右代表者代表取締役

倉持昭男

北海道上川郡下川町錦町六二番地

被上告人

下川町森林組合

右代表者理事

佐々木剛

岩手県九戸郡大野村大字大野第七〇地割二番地

被上告人

有限会社北部産業

右代表者代表取締役

佐々木重五郎

熊本県球磨郡上村大字上二七七番地の一五

被上告人

株式会社尾鷹林業

右代表者代表取締役

尾鷹義弘

長野県上水内郡鬼無里村大字鬼無里二五五二番地

被上告人

鬼無里村森林組合

右代表者理事

松本武治

茨城県稲敷郡阿見町大字荒川本郷二二〇六-五

バイオカーボン研究所内

被上告人

秋月克文

右一三名訴訟代理人弁理士

清水猛

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一四八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年一〇月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人尾崎英男、同樫出庄治の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成六年(行ツ)第四三号 上告人 中外製薬株式会社)

上告代理人尾﨑英男、同樫出庄治の上告理由

Ⅰ 上告理由の根拠条文

民事訴訟法395条6号 判決の理由不備

Ⅱ 事案の概要

1.本件特許と本件発明

上告人は特許第1250452号「有用植物の発芽発根促進剤」(以下、「本件特許」)の特許権者であり、本件特許にかかる発明(以下、「本件発明」)の要旨は「木酢液を有効成分として含有することを特徴とする有用植物の発芽発根促進剤」である。すなわち、本件発明は木酢液(木材を乾留する時発生するガスを冷却して得られる液体の成分)に植物の発芽発根促進効果があることを初めて発見したものである。発芽発根促進効果とは芽や根が細胞分化によって形成されることを促進する効果である。植物の全ての細胞には、根にも茎にも葉にもなりうる潜在的能力があり、種子中の細胞があるものは根に、あるものは茎にその形態を変化させる。この同一の細胞から植物の諸器官が形成される形態変化を細胞の分化といい、発芽発根の促進とは、細胞が芽や根に細胞分化するスピードを早くする効果である。本件発明は本件特許の明細書中(甲第2号証)に実施例として開示されているように、微量な濃度の木酢液を施用した場合と木酢液を添加しない場合の比較対照実験を行い、木酢液を施用することによって顕著な発芽発根の促進効果が得られることを発見してなされたものである。

2.無効審判審決と引用例

本件特許に対し被上告人らから平成3年4月2日無効審判の請求がなされ平成3年審判第6678号事件として審理されたがその結果平成4年5月21日本件特許を無効とするとの審決がなされた。同審決においては「木さく液の製法とその活用」1ないし16頁(熊本営林局昭和22年6月1日発行。甲第3号証。以下「引用例」)が引用され、本件発明は引用例記載のものと同一であるという認定がなされた。

同審決が引用例に本件発明と同一発明が記載されていると認定した、引用例の記載事項は次のような内容である。

「(引用例には)秋苗代跡作収穫後木さく液をまき打ち返し、翌春種まき前苗代作業の際落水した苗代へ再び粗木さく液をまき約一昼夜後注水播種すると、苗の発育良好で、しかも丈夫であること、畑地に粗木さく液をまき、二、三日放置たがやした後種をまくと害虫の幼虫や雑草が死滅し、作物の生育を盛んにすることが記載されている。」(原判決5頁3-10行)

審決は引用例中に「苗の発育良好でしかも丈夫であること」、「作物の生育を盛んにする」旨の記載があることから、本件発明と引用例記載のものは木酢液を有効成分とする生育促進剤である点で一致し、該生育促進剤を本件発明では発芽発根促進剤としているのに対し引用例ではかかる限定がなされていない点で相違するものと認定した。(原判決5頁11-16行)

審決はその上で上記相違点について検討し、結局本件発明は引用例記載のものと同一であるとの結論に至った。(原判決7頁3行-8頁7行)

3.原審における審決取消事由と上告理由

上告人は原審において、審決が本件発明と引用例の相違点について検討して認定判断した三つの事項(原判決9頁4行-10頁1行)の各々についてそれが事実誤認であることを審決取消事由1として主張した。(原判決における取消事由1の<1>乃至<2>)

特に取消事由1の<2>では引用例が本件発明と同一であるとの認定の根拠とされた引用例の記載事項、すなわち「苗の発育良好で而も丈夫である」や「作物の生育を盛にする」について上告人の解釈を主張し、引用例記載のものにおいて発芽発根が当然に促進すると判断すべき根拠はないと主張した。

しかし原判決は上告人の引用例の解釈に関する主張を退け(原判決27頁1行-30頁14行)、次いで原判決31-35頁において甲第8、第9号証、乙第1号証を引用して、最終的に、「当業者であれば本件出願当時の技術常識から、引用例の「苗の發育良好で而も丈夫である』こと及び「作物の生育を盛にする」ことの記載から、引用例記載のものが、植物の分裂生長を促す作用効果をも有し、有用植物の発芽発根の作用効果をもたらすことを十分に読み取ることができたということができる。そうすると、引用例記載粗木酢液が本件発明に係る発芽発根剤と同様に発芽発根をも当然に促進すると認めた審決の認定判断に誤りはないというべきである。」(原判決34頁16行-35頁5行)と結論している。

しかしこの結論に至る原判決の理由は以下に述べるようにおよそ理由としての体裁をなすものではないので、原判決には判決の理由不備の違法がある。

Ⅲ 原判決の理由不備

1.原判決は当業者であれば本件出願当時の技術常識から引用例の「苗の發育良好で而も丈夫である」こと及び「作物の生育を盛にする」ことの記載から引用例記載のものが植物の分裂生長を促す作用効果をも有し、有用植物の発芽発根促進の作用効果をもたらすことを十分に読み取ることができたと結論している。(原判決34頁16行-35頁2行)

すなわち、引用例の上記各記載事項をみれば当業者には木酢液が発芽発根促進効果を有することが技術常識からわかるという結論である。

2.原判決はこの結論に至る前提として当業者の本件出願当時の技術常識に関して次のような認定を行っている。

「これらの認定事実によれば、植物の生長が植物の種々の代謝作用と環境条件との相互作用した総合成果であり、植物の生長には根、茎の先端等における分裂生長と細胞が大きくなる伸長生長とがあり、植物ホルモンの作用機構の多くはまだわからなかったとはいえ、植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用するものであることは、本件出願当時技術常識に属し、当業者であれば、植物ホルモンとして植物の生長促進作用のあるものは分裂生長をも促進する作用があり、逆に植物ホルモンが発芽発根促進作用を有するならば、植物の分裂生長とともに伸長生長をも促す作用を有し、結局広く生長促進作用を有することを当然に理解できたということができ・・・」(原判決33頁11行-34頁3行)

この認定によれば、原判決の前記結論の直接的根拠となっている技術常識とは、植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用するものであること、植物ホルモンとして植物の生長促進作用のあるものは分裂生長をも促進する作用があり、逆に植物ホルモンが発芽発根促進作用を有するならば植物の分裂生長とともに伸長生長をも促す作用を有し、広く生長促進作用を有すること、を内容とするものである。

3.この技術常識の認定が正しいものかどうかは別として、原判決の前記結論に至る論理は、植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用し、(すなわち双方を促進するように作用するの意であろうと解される。)植物ホルモンとして植物の生長促進作用のあるものは分裂生長をも促進する作用があり、逆に植物ホルモンが発芽発根促進作用を有するならば植物の分裂生長とともに伸長生長をも促す作用を有し、広く生長促進作用を有するのが当業者の技術常識であるとの前提に立って、この技術常識によれば引用例の「苗の發育良好で而も丈夫」や「作物の生育を盛にする」との記載(すなわち伸長生長が良好との記載)から引用例記載のものが分裂生長すなわち発芽発根促進の作用効果をもたらすことを当業者は十分読み取ることができた、というものである。

4.しかし、原判決のこの結論に至る論理には致命的な欠陥がある。原判決は引用例の木酢液がそもそも植物ホルモンであることを判決中どこにも認定していないのである。引用例には木酢液が植物ホルモンであると記載されている訳ではない。引用例の木酢液が植物ホルモンであることが示されなければ、原判決の認定する技術常識に基づく上記論理に従っても、引用例の木酢液が発芽発根促進作用を有することを当業者は読み取れるとの原判決の結論は導き得ないものである。仮に原判決の認定するような植物ホルモンに関する当業者の技術常識が全て正しいとしても、当業者は引用例の木酢液が植物ホルモンであることを知っているという事実が認定されなければ、当業者は引用例の記載に基づいて引用例の木酢液に発芽発根促進効果があることを知りうるという原判決の論理は成り立たないのである。

原判決の論理は、「技術常識によれば、伸長生長を促進する植物ホルモンは分裂生長(発芽発根)をも促進する。」(大前提)、「引用例の木酢液は伸長生長を促進する植物ホルモンである。」(小前提)、「故に、引用例の木酢液は分裂生長(発芽発根)をも促進する。」(結論)という三段論法の小前提を認定せずに、大前提の認定のみからいきなり結論に至っているのである。

従って、原判決にはその結論に至る理由を構成する重要な事項の認定が全く欠落しているから理由不備である。

5.原判決の中でも「植物ホルモンの作用機構についてはまだわかっていないことが多い。」(原判決32頁1、2行)と認定されているように、植物ホルモンの研究は近年ようやく少しずつ盛んに行われるようになって来た分野であって、植物ホルモンとして知られている物質の数も未だそれ程多くはない。しかも、事実としては、木酢液は植物ホルモンとは認められていないのである。

木酢液成分に微量にして発芽発根促進作用があることを発見したのは本件特許の発明であって、それまでは誰も知らなかったことである。そのような発見は本件特許の明細書中で説明されているように木酢液成分を施用した処理区と比較対照のための無処理区で対照実験を行い、例えば実施例1では発芽勢という指標により発芽促進効果を確認し、実施例2では発根数により発根促進効果を確認し、実施例3では活着株率という指標により発根促進効果を確認し、実施例4では発芽勢という指標により発芽促進効果を確認し、実施例5では平均発根数という指標により発根促進効果を確認してなされたものである。(甲第2号証第3-6欄)このように、特定の物質に発芽発根促進効果のような作用があるか否かは、実験をしてみてはじめて確認できることであって、引用例の「苗の發育良好で而も丈夫である」とか「作物の生育を盛にする」という記載から当業者の常識に基づいて知りうるようなことではないのである。

6.なお、ちなみに、原判決が技術常識であると認定している「植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用するものである」(原判決33頁15-17行)ということは一般論としては正しくない。原判決がこの認定の根拠にしているのは乙第1号証「増補植物の事実」の中の「植物ホルモンは伸長生長にも分裂生長にも作用をおよぼす。」(原判決32頁6、7行)との記載であろうと考えられるが、乙第1号証の上記記述は必ずしも一つの植物ホルモンについてそれが必ず伸長生長と分裂生長の双方に作用すると述べているのではなく、ある植物ホルモンは伸長生長に作用をおよぼし他の植物ホルモンは分裂生長に作用をおよぼすというように、植物ホルモン一般について述べていると考えるのが妥当である。なぜならば、一つの植物ホルモンで伸長生長と分裂生長の双方に作用するものもあるが、そうでないものもあり、原判決の理解するようには一般化できないからである。

さらに、ホルモンが「作用をおよぼす」と言う時には、ある生理過程に対する促進作用のこともあれば逆に抑制作用のこともある。(例えば、動物ホルモンの例ではあるが、黄体形成ホルモンは排卵促進作用を有し、黄体ホルモンは排卵抑制作用を有することは良く知られている。このようにホルモンには促進作用だけでなく抑制作用もある。)従って、仮にある植物ホルモンが分裂生長と伸長生長の双方に作用するとしても、分裂生長を抑制し、伸長生長を促進するということもあるのである。植物ホルモンの作用が一般に複雑な生命現象を調節しているものであることを考えれば、原判決の「植物ホルモンとして植物の生長促進作用のあるものは分裂生長をも促進する作用があり、逆に植物ホルモンが発芽発根促進作用を有するならば、植物の分裂生長とともに伸長生長をも促す作用を有」するとの認定(原判決33頁17行-34ページ2行)は著しく経験則に反するものである。

7.さらに、当業者には引用例の記載から木酢液に発芽発根促進効果があることが読み取れるという原判決の結論も、それ自体として著しく一般経験則に反するものである。原判決の結論するように「苗の發育良好で而も丈夫である」とか「作物の生育を盛にする」との記載から発芽発根促進効果を知り得るとしたら、木酢液を施用しないでも、例えば肥料を十分に与えるなど他の理由から「苗の發育良好で而も丈夫」であったり「作物の生育が盛」になったりすることがあるが、そのような場合でも発芽発根促進効果が存在することになってしまう。

原判決の結論によれば「苗の發育良好で而も丈夫である」とか「作物の生育を盛にする」という記載があればそれは発芽発根の促進をも意味することになってしまうが、そのような関係が成り立つものでないことは当該分野の専門家ならずとも明らかなことである。原判決は、本件発明によって発見された木酢液の発芽発根促進効果を知っているからこそ、後知恵によって、引用例の記載から発芽発根促進効果を読み取れると結論するのである。本件発明を知らなければ、引用例の上記記載から何か意味のある結論を導き出そうとすることすら不可能である。

8.ところで、原判決は甲第8号証の平成2年11月13日付文書を引用して、上告人は同文書により、本件発明に係る特許権を有することを理由に、植物生育促進の目的で木酢液又はそれを有効成分とする製品を販売している者に対し特許侵害の警告を発したことが認められると認定している。(原判決33頁6-10行)そして上告人は植物生育促進の目的で木酢液を販売することは本件発明の特許権を侵害すると判断していたとも認定している。(原判決34頁3-7行)

しかし、これらの事実は引用例の記載から引用例の木酢液が発芽発根促進効果をもたらすことを当業者が技術常識に基づいて読み取ることができたという原判決の結論に何らの合理的な根拠を与えるものではない。

上告人が前記文書中で正確に言えば発芽発根促進というべきところを一般的な生育促進という表現を用いていたとしても、それによって上告人が同文書作成当時その存在を知らなかった引用例の「苗の發育良好で而も丈夫である」や「作物の生育を盛にする」の記載について、それが発芽発根促進効果を意味するものと認めたことになるはずもない。又、このような文書が存在したからと言って、原判決の前記結論に至る論理の飛躍が正当化されるものでもない。

9.なお、原判決は上告人が取消事由2の主張において本件発明と引用例記載のものとは作用効果に顕著な差異があると主張したことに対しても、前記取消事由1の<2>に関する検討の結果に基づき、「引用例には、苗の発育を良好にし、作物の生育を盛んにする作用効果があることが記載されていること、植物ホルモンは分裂生長と伸長生長の双方に作用して広く生長促進作用を有することが本件出願当時技術常識であったことが明らかであるから、当業者であれば、引用例記載のものには分裂生長を促す作用効果と伸長生長を促す作用効果があり当然に発芽発根促進の作用効果もあると理解できたというべきである」と結論し、上告人の作用効果の差異についての主張を退けている。(原判決38頁15行-39頁8行)

前述のとおり、仮に原判決の技術常識の認定が全て正しいとしても、原判決は引用例記載の木酢液が植物ホルモンであることを何ら認定していないのであるから、その結論には重大な論理的飛躍があり、原判決はおよそその結論に対する理由を付しているものとは言えない。

従って、原判決は民事訴訟法395条6号の判決の理由不備があるものとして破棄されるべきものである。

以上

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