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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1661号 判決 1994年12月22日

アメリカ合衆国ミネソタ州セントポール スリーエムセンター

上告人

ミネソタ マイニング アンド マニュファクチュアリング コンパニー

右代表者

テリル・ケント・クォーリー

右訴訟代理人弁護士

片山英二

植竹勝

東京都豊島区西池袋一丁目三番五号

被上告人

株式会社 リスダン

右代表者代表取締役

山中稔

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

近藤惠嗣

嶋末和秀

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(ネ)第四三六三号不正競争行為差止請求事件について、同裁判所が平成六年三月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人片山英二、同植竹勝の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成六年(オ)第一六六一号 上告人 ミネソタ、マイニング、アンド、マニュファクチュアリング、コンパニー)

上告代理人片山英二、同植竹勝の上告理由

一 上告人商品の出所表示性及び周知性

1 原審判決は、商品形態の不正競争防止法による保護について、一般論としては、これを肯定するも本件については、上告人の差止請求権を否定している。

すなわち、「商標や商品名が持つ本来的な商品識別機能は・・・本件商品形態の商品識別機能に勝ると認められる。」というのである。

しかし、右判断は、旧不正競争防止法一条一項一号(以下「旧法」という。)の解釈、適用を誤るものであり、また、事実認定において明らかな経験則違反があり、破棄を免れないものである。

以下、この点につき詳述する。

そもそも、同法条の趣旨は、周知表示の実体をなす企業の信用が、他人により、商品の出所の混同を通じ勝手にその者の利益のために使用される行為から、周知表示の主体を救済し、もって、一般需要者ないし取引者を保護し、公正な競業秩序を維持することにあり、かかる趣旨から、他人の周知商品表示と同一または類似の表示を媒体として、自己の商品が他人の商品であるかのように、その出所につき混同を惹き起こすおそれのある行為を規制対象とするのである。そして、条文上、要求される要件は、<1>「広く認識セラルル他人ノ氏名、商号・・・其ノ他他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」、<2>「同一若ハ類似ノモノヲ使用シ・・・」、<3>「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」の三つである。

2 そこで、本件について右三要件を検討する。

(一) まず、上告人商品の商品形態自体が「周知商品表示」といえるかであるが、一般的に商品形態も商品表示にあたることは、多くの裁判例が示すところであり、学説もこれに反対するものはみられない。

もっとも、不正競争防止法により商品形態の保護をはかる場合、例外的に、当該商品形態を商品表示に当たらないとすべき場合があるか、すなわち、商品形態保護の限界の有無が問題となる。

この点、当該商品形態が、技術的機能に由来する必然的な結果である場合には、商品表示に当たらないとする、いわゆる技術的形態除外論が唱えられており、下級審判決中には、これを採用したものもみられる(東京地裁昭和五二年一二月二三日無体集九巻二号七六九頁)。これは、ある特定の商品形態が、特許発明や実用新案にかかる考案の対象となっている場合には、当該商品形態がたとえ二次的に出所表示機能を有するに至っても不正競争防止法の保護は受けられないとするものであり、その根拠とするところは、かかる場合に、不正競争防止法によって、当該商品形態を保護すると、技術的思想を保護するための特許権及び実用新案権に存続期間の制限を設けたことの意義を没却するということにある。

しかし、仮に同法によって形態の周知表示を保護することにより結果的に技術自体をも保護することになったとしても、その保護の持続のためには、右周知表示を現実のものとして常時維持する企業努力の継続が必要なのであるから、右技術自体に関する永久権の設定とは到底いい得ないものであり、さらに、旧法自体その六条において「第一条第一項第一号・・・ノ規定ハ特許法、実用新案法、意匠法又ハ商標法に依リ権利ノ行使ト認メラルル行為ニハ之ヲ適用セズ」と定めており、工業所有権の行使を不正競争防止法による保護の適用除外として位置付けるに止まり、より積極的に工業所有権を行使した場合に、不正競争防止法上の商品表示に当たらないとする明文を規定しているわけではない。かかる明文下において、法文の根拠もなく前述の如き例外を認める解釈を採ることは妥当でないといわなければならない。実質的にみても、商品表示として保護されるためには、周知表示を現実のものとして常時維持管理する企業努力の継続が必要なのであるから、技術自体に関する永久権の設定とは到底いい得ないのである。かかる意味において、もっぱら、工業所有権各法との均衡から技術的形態を除外しようとする見解は妥当でない。

しかし、一方において、当該商品がその機能を果たすために取り得る形態が唯一のものである場合は、それを保護することにより、かえって市場における自由競争を阻害することになり妥当でない。

したがって、不正競争防止法による商品形態保護の限界は、当該商品の市場において、他の形態を取ることにより、競争可能か否かに求められるべきである。すなわち、ある商品の機能を果たすために唯一の形態しか取り得ない場合(代替が不可能な場合)には、公正な競争秩序を維持するためには、例外的に、当該商品形態の不正競争防止法による保護を否定する必要があろう。

(二) ところが、原審判決は、理由中「三 商品形態の保護とその限界」において、上告人製品の形態、すなわち、軟質合成樹脂の線条複数本をもってコイル形状を形成してなる泥砂防止用マットば、「溶解した樹脂をノズルから射出し、射出された糸状の溶解樹脂を冷却水に落下させることによって、冷却水表面で糸状の樹脂をループ状に屈曲させるという製法によって必然的に生ずる形態である」とし、かかる商品を商品表示として保護する場合には、「この種のマットを泥砂防止用に用いるため製造販売する第三者の営業行為をすべて禁圧することにつながり、・・・同法条が目的とする出所の混同を排除することを超えて、商品そのものの独占的、排他的支配を将来し、自由競争のもたらす公衆の利益を阻害するおそれが大きい」と述べており、これは、ある商品形態が、製造方法によって必然的に生じる場合に、不正競争防止法の限界を求めようとするものである。

しかし、ある製法によって必然的に生じる形態の場合に、当該形態が商品表示として保護されないとする判断は誤りである。本来、商品形態が、その製造方法によって必然的に生じるものかどうかは、形態の保護とは無関係である。例えば、コカ・コーラの瓶の型を用いて瓶を製造する方法を考えてみると、そのような製法を用いる限り、コカ・コーラの形の瓶が必然的に製造される。しかし、だからといってコカ・コーラの瓶の形態が保護されないことにはならない。形態がその製法から必然的に生じるものであったとしても、当該形態自体が、企業の絶え間ない営業努力により勝ち得た信用と顧客吸引力を有するとき、不正競争防止法は、まさに、右の信用ないし顧客吸引力を保護の対象としているからである。

原審判決は、商品形態の不正競争防止法上の保護の限界を、形態の不可避性にではなく、特定の製法によって必然的に生じる場合に求めている点で旧法一条一項一号の解釈、適用を誤ったものである。

(三) 加えて、前述した本件プロセスを使用しても、上告人商品と識別可能な形状のマットを製造することが可能なことは証拠に照らして明らかであり(検乙二九、乙一一三ないし一一五、乙九五)、この点においても原審判決には誤りがある。

なお、本件プロセスとして、原審判決が論じる製法をわずかに工夫するだけで、上告人商品の形態とは、全く異なる形状を作り出すことが可能であり、現実に、本件プロセスを基盤として、わずかな工夫を施した製法により製作された物件は、明らかに上告人商品とは識別可能な形態のものである。

(四) 以上、要するに、商品形態自体の出所表示性及び周知性を備えた場合には、市場において他の形態を取ることが不可能な場合を除いて、商品表示として保護されると解するべきである。

そこで、上告人商品が、そもそも出所表示性及び周知性を有するか、また、上告人商品の形態が、前述の代替不可能な形態に当たるかを検討する。

この点、原審判決は、次の事実を認定している。すなわち、昭和五〇年に上告人製品が初めて輸入される以前、我が国内で製造販売されていた泥砂防止用マットは、裏地の付いた布製マット、すのこ形状の金属マット、塩ビ製のフラットタイプのマット及び芝状成形のマット等であり、上告人製品のような軟質合成樹脂の線条複数本をもってコイル形状を形成してなるものは存在しなかったこと、そのため、昭和五一年六月二一日に上告人住友スリーエム株式会社(以下、「上告人住友スリーエム」という。)が我が国における上告人製品の販売を開始した当初から昭和五五年ころまでは、上告人製品の形態が取引者及び需要者から特異な形態であると受け止められ、その違和感を取り除くための営業上の苦労も多大のものがあったこと(甲一〇、証人荒木、同金森)、上告人住友スリーエムは、上告人住友スリーエム製品の販売促進のため、発売開始直後、の昭和五一年から昭和五八年にかけて継続的に、業界誌「ビルメンタイムス」及び「日本ビル新聞」、専門誌「安全衛生のひろば」、「新建築」、「設備と管理」、「工場管理」「機械技術」及び「ベース設計資料」等に多数の広告を掲載し、カタログ等を配布するなどの宣伝広告をしてきており、その広告やカタログ等には、一貫して、「ノーマッド」(上告人ミネソタの商標)、「3M」(上告人の略称)、「住友スリーエム株式会社」(上告人住友スリーエムの商号)が記載され、上告人製品を示す写真やマットの断面図が表示されていること、上告人は、昭和五二年から昭和五六年にかけて、ビルメンテナンス用品ショウやビルメンテナンス資材展において上告人製品を展示し(甲八九ないし九二、九五)、また、カーペット用品発表会を開催したり、取引業者にサンプルを配布するなどの宣伝活動を行ってきたこと(甲九四、検甲二、証人荒木)、上告人製品の販売実績は、販売開始以来一貫して伸び、平成元年度の販売高は、上告人製品の約三一パーセントを取り扱う代理店であるミズシマ工業株式会社において約一億円弱となったこと(証人荒木、同金森)などの事実である。

(五) 右の事実関係の下においては、上告人製品の商品形態は、自他識別機能を備え、商品表示として機能し、周知性も同時に獲得するに至ったと評価されるべきである。すなわち、上告人製品は、従来の泥砂防止マットとは、全く異なる形状を持つ商品として、泥砂防止マット市場に新規参入したものであり、その独自的な形態と上告人の不断の宣伝広告活動により、泥砂防止マット市場において、そのシェアを次第に拡大したものであって、上告人製品の商品形態は、商品が本来具有すべき機能を合理的に発揮し、商品の生産を効率的に行うために形成されることを超えて、取引者及び需要者に、その出所が上告人であることを示す表示として機能し、同時に周知性も具備するにいたっているのである。

(六) この点につき、原審判決は、理由中「四、本件差止請求権の成否」の中で、上告人製品等が、その製造元からコイル状マットをいわば原材料として仕入れ、これを施工販売もしくは規格品として加工販売するにつき、自社製品として自社の商標の下に、独自の商品名を付して販売することが普通に行われていることなどを理由に、商標や商品名が持つ本来的な商品識別機能が本件商品形態の商品識別力に勝ると認めているのである。これは、当該商品形態が出所表示性を具備するか否かを商標など他の商品識別表示との比較によって判断するものである。

しかし、商品形態の出所表示性の判断において、右のような判断を要するとすれば、商品が市場に出回る際には、商標等が付されているのが通常であるから、商標等が本来的な商品識別機能を有するというのであれば、およそ商品形態が商品表示として保護される余地はなくなってしまうといわなければならない。平成五年改正不正競争防止法(以下、「改正法」という。)が、商品形態の保護を厚くしていることからみても、右結論は明らかに不当であろう。裁判例においても、「他社の名で販売されていたとしても、商品形態がなにびとかの商品たることを示す表示としての周知性を取得することの妨げになると考えなければならない理由はないというべきである」とされており(東京高裁平成三年九月一二日、判例時報一三九七号一〇九頁)、商品形態の出所表示性は、それ自体独立して判断されるべきものである。

また、本件においては、上告人製品は、前述したように、従来の泥砂防止マットとは、全く異なる形態を有し、その形態の特異性、新規性を有し、上告人商品の出現によって、泥砂防止用マットに新時代を切り開いたのであり、いわばパイオニア商品として、前述の上告人による不断の宣伝営業活動により、上告人商品の出所が上告人であることは、取引者及び需要者の間では、自明かつ周知のものとなっていたものである。したがって、いかなる商標が付されていようとも、それによって、上告人商品の形態自体の出所表示性が失われるものではない。更に、上告人製品の形態の示す圧倒的な顕著性に比し、本件において、商標は、表示されることがあっても商品の端部に付されるに過ぎないのであり、商品形態の自他識別力が否定されることは常識的にあり得ないものである。

以上、述べたところからすれば、原審判決の上告人製品等が、その製造元からコイル状マットをいわば原材料として仕入れ、これを施工販売もしくは規格品として加工販売するにつき、自社製品として自社の商標の下に、独自の商品名を付して販売することが普通に行われていることなどを理由に、商標や商品名が持つ本来的な商品識別機能が本件商品形態の商品識別力に勝るとする認定は、事実認定において重大な経験則違反があるとともに、旧法一条一項一号の解釈、適用を誤るものであり、破棄を免れない。

(七) 次に、上告人製品の形態が、市場において、他の形態を取り得ないものであるかについて検討する。

確かに、上告人製品は、原審判決も認定しているとおり、その形態に由来する次のような優れた機能的効果を有している。すなわち、<1>軟質合成樹脂の線条でコイル形状を形成しているため、優れたクッション性を歩行者に与える、<2>コイル形状が靴底についた泥をきっちり捕捉し、泥はマット内を通って下に落ちるから、表面はいつもきれいに保ちながら、しかも泥とり効果において優れている、<3>掃除も、マットを裏返しにして容易に泥を取り除くことができるため、非常に簡単で誰にでもすることができる、<4>雨の日も、水を下に通すため、表面がぐちゃぐちゃになることがなく、床を汚さないばかりでなく、スリップ事故も防ぐことができる、などである。

しかし、泥砂防止用マットに期待される機能的効果は、結局のところ、靴底に付着した泥砂が建物内に持ち込まれることを防止することに集約されるのであり、それは、上告人商品に固有のものではなく、従来からある各種形態のマットであっても十分発揮しうるものである。上告人製品の右のような機能的効果は、泥砂防止用マットに期待される効果を備えることを前提として、それに付加される商品の特徴にすぎない。すなわち、需要者ないし取引者は、泥砂防止用マットを選択する場合、泥砂が建物内に持ち込まれることを防止するという泥砂防止用マットの機能的効果に加えて、上告人商品の右のような特徴をも判断要素の一つとして、他の従来から存在する裏地のついた布製マット、すのこ形状の金属マット、塩ビ製のフラットタイプのマット及び芝状成形のマット等との比較により、その嗜好による選択を行うのである。

また、泥砂防止用マット市場においては、レンタルマットが多く、売切りマット(上告人商品は、これに属する。)は、全体の三割にすぎない(乙九三)。そして、右売切りマットの内訳を見ても上告人商品が右市場に参入する以前から存在する裏地の付いた布製マット、すのこ形状の金属マット、塩ビ製のフラットタイプのマット及び芝状成形のマット等が主流である。

このように、いずれの形態のマットであっても、靴底に付着し建物内に入る泥砂を除去するという泥砂防止用マットの機能は果たし得ること及び泥砂防止用マット市場における各種形態の占める割合とを考慮した場合、泥砂防止用マット市場においては、従来からの形状を有するマットと上告人商品は全く代替可能であり、その選択は、もっぱら需要者及び取引者の嗜好に任されているのである。

したがって、上告人商品の形態は、泥砂防止用マットの市場において、その機能を果たすために取り得る唯一のものであるとは到底いい得ないのであり、本件は、商品形態保護の限界にあたる事例ではないのである。原審判決における、本件が商品形態保護の限界事例であるとの認定は、明らかに事実認定上の経験則違反及び旧法一条一項一号の解釈、適用を誤ったものであり、破棄は免れない。

(八) また、原審判決は、理由中「二 我が国におけるコイル状マットの販売の実情 3 その他の製品」において、上告人商品及び被広告人商品の形態と同一若しくは類似する形態を有する泥砂防止用マットが、市場に見られ、あるいは、市場に参入しようとしている旨判示しており、これら、第三者製品の存在が、上告人商品の出所表示性及び周知性の判断に影響していると考えられる。

そこで、この点につき検討するに、これら第三者製品は、いずれも、本件訴訟が係属した後に、現れたものであり、上告人商品がその形態につき、周知性を獲得した後に出現した違法なものである。したがって、原審判決が、これら第三者製品の存在をもって、上告人商品の出所表示性及び周知性を否定したとすれば、旧法一条一項三号の解釈、適用を誤ったものといわなければならない。

以上、検討したように、上告人商品の形態は、出所表示性及び周知性を具備するものであり、これは、仮に、技術形態除外説を採用したとしても何ら影響を受けるものではない。

二 上告人商品と被上告人商品の類似性及び混同のおそれ

1 次に、第二の要件である被上告人商品の形態が上告人商品の形態と同三若しくは類似するかという点であるが、この点は、原審判決が認定しているとおり、上告人商品と被上告人商品とはほとんど同一の形態であり、両者をその形態によって区別することは、通常の取引者、需要者にとっては、ほとんど不可能といって差支えない状態なのである。

2 このように、上告人商品の形態に出所表示性及び周知性が認められ、かつ、上告人商品と被上告人商品とがほぼ同一形態を有する場合においては、他に特段の事情のない限り、両商品はその出所について混同のおそれがあるものと認められる。そこで、右特段の事情があるか否かが問題となるが、前述したように、原審判決は、この特段の事情の一要素として考慮すべき、商標等の混同防止策を上告人商品の出所表示性具備の要件として判断しており、この点においても旧法一条一項一号の解釈、適用を誤るものである。

3 そこで、右特段の事情の有無につき、証拠をもとに検討して見ると次の事実が認められる。すなわち、上告人商品や被上告人商品には、刻印を施していないものも存在しており(検甲四)、刻印を施してあっても小さく、両商品の形態的特徴に比べて受ける印象は著しく弱いこと、被上告人商品は、その色彩、使用目的、使用場所を上告人商品とほぼ共通にし、かつ、上告人商品とほとんど同一の特性を有し(甲一、二)、さらに、商品の種類(裏地の有無、フィラメントの直径及び商品の厚さによる区別)や、規格(規格品及びロール又は長尺用という商品の区別とそれぞれの寸法)の点においても被上告人商品は上告人商品とほとんど対応する形となっており、かつ、対応する商品についてはほぼ同一の価格が設定されているから(甲一一七、一一八)、上告人商品と被上告人商品とは、その実物を見ただけでは、これを取り扱う代理店の者でも区別がつかないこと(証人荒木)、上告人商品と被上告人商品とは、形態だけでなく、色彩、規格及び使用目的等においてほとんど同じであるから、両者は、実際の商品の販売に当たっては競合していること(証人荒木)、被上告人は、本店所在地及び代表者を同じくする株式会社リスロンの子会社であるところ(証人金森)、右株式会社リスロンは、上告人住友スリーエムとの間に、昭和五七年八月二五日、上告人商品の販売に関する特約店契約を締結し(甲一二一の一)、その後、昭和六三年七月一日に右契約を解約するまで(甲一二一の二)、上告人商品を販売していたことなどである。

これらの各事実が存するにもかかわらず、商品の出所について混同のおそれがないと判断することは、明らかに経験則に反し、かつ、旧法一条一項三号の解釈、適用を誤るものであり、破棄を免れない。

原審判決は、被上告人商品に付されている商標が、上告人商品に付されている商標と類似するものではないことをもって、出所の混同を避ける手段としては、十分であると判断しているが、かかる判断は、上告人商品の形態に出所表示性を否定すべきとの価値判断が先行するあまり、右のような事情を全く無視する結果となっていることは明らかである。

三 以上、検討したように、上告人商品の形態は、旧法一条一項一号によって保護されるために必要とされる三要件に欠けるところはなく、同法条によって保護されるべき商品表示である。

しかるに、原審判決は、商品形態保護の限界について誤った解釈論を展開したうえ、本来、混同のおそれの存否を判断する際の特段の事情の一要素にすぎない商標の非類似性を過大に評価し、前述のごとく商品表示として認められるべき上告人商品の形態について、商品表示足り得ないとする不当な判断をしたものである。

したがって、原審判決は、旧法一条一項一号の解釈、適用を誤るものであり、また、事実認定において明らかな経験則違反があり、これらは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないものである。

以上

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