大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1279号 判決 1997年7月03日

上告人

黄英雄

右訴訟代理人弁護士

安藤裕規

安藤ヨイ子

齊藤正俊

被上告人

株式会社星建設工業所

右代表者代表取締役

星貴司

被上告人

星貴司

森祥子

右三名訴訟代理人弁護士

渡辺秀雄

右当事者間の仙台高等裁判所平成四年(ネ)第七六号建物明渡等請求事件について、同裁判所が平成六年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安藤裕規、同安藤ヨイ子、同齊藤正俊の上告理由第二点について

留置物の所有権が譲渡等により第三者に移転した場合において、右につき対抗要件を具備するよりも前に留置権者が民法二九八条二項所定の留置物の使用又は賃貸についての承諾を受けていたときには、留置権者は右承諾の効果を新所有者に対し対抗することができ、新所有者は右使用等を理由に同条三項による留置権の消滅請求をすることができないものと解するのが相当である。

原審の適法に確定した事実関係等によれば、被上告会社は、合資会社山家屋商店に対する第一審判決添付物件目録一の3記載の建物の建築請負残代金債権に関し、同建物につき留置権を有し、上告人が右建物の所有権を取得する原因となった不動産競売が開始されるよりも前に、山家屋商店からその使用等について包括的な承諾を受けていたというのであるから、上告人に対し、右建物の使用及び右競売開始後に第三者に対してした賃貸を対抗することができるものというべきである。そうすると、被上告会社による右建物の使用及び賃貸を理由とする上告人の留置権の消滅請求の主張は採用することができず、上告人の本件建物の所有権に基づく明渡請求に対する被上告会社の留置権の抗弁は理由があり、原審の判断は、右と同旨をいうものとして、是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものであって、採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、原審において主張しなかった事由に基づいて原判決の法令違反をいうか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官井鳴一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人安藤裕規、同安藤ヨイ子、同齊藤正俊の上告理由

第一点 原判決はその理由に齟齬があるとともに判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がありその破棄は免れない(以下の不動産の表示は、第一審判決添付の別紙物件目録記載の表示に従っている)。

一 即ち、留置権はその物の占有者がその物に関して生じた債権を有している場合、その債権の弁済を受けるまで物を留置できるとするものであるが、留置権者は当然にその物を使用する権限を有するものではなく、債務者又は所有者の承諾があった場合に初めてその物を使用できるに過ぎない。

二 ところで、原判決はその「第四当裁判所の判断」の二項3において「控訴人星はこのころ、自己の債権を確保するため、小久保から本件二の建物の引渡を受け、控訴会社は、昭和六〇年七月ころ、山家屋から本件一の建物の引渡を受けた。控訴人星は本件二の建物につき、控訴会社は本件一の建物につき、小久保及び山家屋から右引渡と同時に包括的な利用についての承諾を得た。」と判断している。

他方、原判決は同二項5において「控訴人らは、本件二の建物を占有しているのは控訴会社であると主張するが、甲七、控訴人代表者兼控訴人星貴司=原審によると、控訴人星は借主として小久保との間で本件二の建物についての賃貸借契約書を作成していること、右賃貸借契約書を作成したのは、控訴人星の山家屋に対する債権を確保するには控訴人星が本件二の建物を占有していることが必要であるとして作成されたものであることが認められ」ると認定している。

即ち、原判決は本件一、二の建物についてそれぞれ賃貸借契約書(甲七、甲八)が作成されたのは債権確保が目的であったと認定しながら、これをもって本件一、二の建物の利用についての包括的な承諾をも含まれていると認定したものである。

しかし、一般的に債務者が倒産するに際して、不動産に賃借権の仮登記を設定するとか賃貸借契約を交わすということはよく見受けられるが、これらの借置は債権者がその債権を確保するために行うことが通常であり、その中に当該不動産の実質的な使用を含めている趣旨を含んでいるのは極めて稀であると言っても過言ではない。

現に、本件においても被上告会社代表者兼被上告人星貴司の尋問結果を見ても、「甲第七号証及び甲第八号証の建物賃貸借契約書は、債権を確保するため作成したもので、実際に小久保に本件建物を賃貸(賃借?)しているという認識はありませんでした」と明言しているのである(同人の平成三年七月九日付本人調書一三項)。

まして、原判決は「控訴会社及び控訴人星は、右引渡を受けた後、特段の使用はせずに管理のみをしていた」と正当に認定しているものであり、右賃貸借契約が実質的な使用、利用を含めた趣旨で作成されたものでないことは被上告人らの行動をみても明らかである。

そうすると、原判決がかかる建物賃貸借契約書の存在を根拠に本件一、二の建物の利用について包括的な承諾があったと認定したのは経験則に反するものであって、理由に齟齬があるか、ないしは判決に影響を及ぼすべき法令の違背があったものと言うべきである。

第二点 次に、原判決は、留置物の所有者が変更した場合に改めて新所有者の「使用若クハ賃貸についての「承諾」が必要であるにもかかわらず、「留置権者は留置物の所有権が第三者に移転されたことを予め知りうる立場にはないのに、第三者に所有権が移転されたことによって、右第三者に対する関係では留置物の旧所有者から与えられた承諾は有効ではなくなり、留置権の使用状態は義務違反となって、右第三者は留置権消滅を請求することができるとすることは、留置権の第三者に対する対抗力を実質上無に帰するものであり採用することはできず、留置権者が旧所有者から承諾をされた状態をそのまま継続している場合は、新所有者に対する関係でも同条三項の義務違反は成立していないと言うべきである。」とした。

しかし、留置権は前記のように、その物に関して生じた債権を担保するために目的物を占有するものに過ぎないものである。そして、例外的に債務者又は所有者の承諾があった場合に限ってその使用が許されるに過ぎないものである。

しかも、右承諾には債権的効力しか有しないと解するほかなく、従って、右承諾は留置権者と債務者又は所有者間において効力を有するに過ぎないと解すべきである。

この点に関して、原判決は留置権の第三者に対する対抗力を実質上無に帰せしめてしまう旨述べているが、そもそも留置権の第三者に対する対抗力は目的物の占有にあるものであって、それ以上のものでもなければそれ以下のものでもない。しかし、原判決のように単なる占有を超えて「旧所有者からの承諾」をも引き継いだ形で、留置権に第三者に対する対抗力を付与するならば、本来の留置権の権能以上のものを留置権に与えることになるという不当な結果を招くのである。

むしろ、留置権が債権担保のために目的物を占有するという内容を有する権利からするならば、留置物の所有者が変更したことが明らかになった段階で、留置権者は新所有者に対して速やかに留置物の使用についての承諾を求めることとし、承諾が得られない場合には直ちにその使用を中止すればよいと解すべきである。そして、このように解したからといって留置権の第三者に対する対抗力を無視することにはならないと言うべきであり、むしろ、留置権の本来の権能と留置物の所有者の利益とを合理的に調整する解釈と言うべきである。

原判決は、かかる留置権の権能についての解釈を誤っており、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があるものとして破棄されるべきである。

第三点 原判決には理由不備ないしは審理不尽の違法があるものであって、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があり破棄されるべきである。

原判決は被上告人星貴司、同森祥子に対する賃料相当損害金の算定にあたって、同人らが占有しているのは本件二の建物及び本件二2の土地部分であるとして、その賃料相当損害金の算定にあたって本件二1及び本件二3の土地部分についての価格を全く考慮しなかった。しかし、本件二1、2、3の各土地は一体のものであり、本件二の建物の使用にあたっても右一体となった土地の利用も付随してなされていることは明らかである。

即ち、本件建物二の賃料相当損害金の算定にあたっては、右建物の利用に付随して使用される土地全体の価格をも含めて計算されるのが相当であるにもかかわらず、原判決はこれを理由なく排斥したものであって理由不備ないし判決に影響を及ぼすべき法令の違背があると言うべきである。

第四点 前記のように、被上告人らの留置権は発生せず、また消滅しているものであるが仮に留置権が発生しており、被上告人会社が留置物たる本件建物を従前の状態で使用することが許されるとしても、これは新所有者である上告人に対する関係で不法行為等を構成しないというだけであり、その使用により得た利益は上告人に対する関係では不当利得になると言うべきである。

即ち、留置権は留置権者をして利得せしめることを目的とするものではなく、その利用により生ずる利得まで保持せしめ得る権限を付与するものではない。従って、その利得は所有者に対し返還しなければならないものである。

しかるに、原判決は、適切な釈明権の行使をすることなく、また、上告人が本件建物を含んだ賃料相当の損害金の支払いを求めているにもかかわらず、これについての判示すらなさなかったものであって、審理不尽の違法ないし理由不備の違法があると言うべきであり、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があるものであって、その破棄は免れない。

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