大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)8号 判決 1990年10月18日

名古屋市中村区五反城町一丁目五五番地

上告人

豊國志な

右訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

伊藤誠一

名古屋市中村区太閤三丁目四番地一

被上告人

名古屋中村税務署長 河崎進

右指定代理人

福永敏和

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和六三年(行コ)第一三号更正の請求棄却決定の取消請求事件について、同裁判所が平成元年一〇月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岩本雅郎、同伊藤誠一の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巌 裁判官 大掘誠一 裁判官 橋元四郎平)

(平成二年(行ツ)第八号 上告人 豊國志な)

上告代理人岩本雅郎、伊藤誠一の上告理由

第一 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈の誤り(民訴法三九四条)がある。右解釈の誤りは主として審理不尽(による理由不備)によってもたらされた(民訴法三九五条一項六号)ものである。

一 まずはじめに指摘すべきことは、上告人は、行政各当局の緩慢な対応により被害が増大した豊田商事事件の被害者であり、本件土地譲渡によって実質的に何らの収益も享受していない老女である。

結果として上告人に雑損控除を認めず課税することは、本人にとって「この世は闇」と思わせるものであり、我々の法感情に合わず、正義感情に反するものである。

裁判において、大事なのは正しい結論であり、不当な結論へ至る法令の解釈は誤っているか、さもなくば法自体が根本規範たる憲法に違反していると考えるべきである。

二 所得税法第七二条の雑損控除は「居住者・・・・の有する資産についての災害または盗難若しくは横領による損失が生じた場合・・・」と規定されているが、右「横領」とは刑法のそれと同義であり、かつ限定列挙であると解するべきとする被上告人の解釈は、課税行政当局の恣意的な解釈にすぎず、これを無批判に認める原判決は破棄されるべきである。

その理由を以下詳述する。

1 一方で、上告人は実質課税の原則(所得税法一二条)から検討すると「収益を享受」した者とはいいがたい。他方、訴外豊田商事は実質課税の原則から検討すると「不法な利得も課税の対象」となるからたとえ詐欺による利得であっても所得に対して法人税が課税される。このように課税については、実質課税の原則として税負担は担税力に即して公平に分配されなければならない。

ところで、実質課税の原則(担税力)から所得税法七二条の趣旨を解釈すると次のようになる。即ち、所得があった者に形式的に公平な課税をした場合でも、担税力という観点からすると、その所得が生じた期間内に別の出来事(災害など)が発生して損失が出ているために実質的には不平等となってしまうケースを、社会的に類型化・定型化して所得からの雑損控除を認めたものである。したがって、所得税法第七二条は、憲法一四条の実質的平等を実現するため、担税力に応じた課税をなし、納税者間の負担の公平化、課税の適正化を求めるため、立法化されたものである。

よってその解釈は「実質的平等」を念頭におきなされるべきものである。

2 被上告人の主張する「課税の明確性・公平の観点」は何ら被上告人の主張を根拠づけるものではない。

即ち、本来「課税の明確性」の要請は、課税の作用は国民の財産権への侵害であるから、課税要件につき、納税者の立場より課税についての課税要件が明確でなければならないという意味で自己の財産を守るため、過大な課税がなされないように働くものである。租税法律主義・課税要件明確主義という「課税するとき」に作用する原則である。よって課税とは反対方向へ作用する雑損控除規定の解釈において明確性の要請を強調することは、この原則の適用すべき場面を誤っている。

公平原則については、実質的公平を求めるとき言及すべきである。上告人に対し雑損控除を認めると「誰れとの関係で」公平でなくなるのか全く検討がなされていない。公平の原則は、横領であれ、詐欺であれ、はたまた、強盗であれ、恐喝であれ、犯罪行為によって財産を侵害された被害者の間で実質的な公平が確保されているかどうかを検討するに際して適用されるべき原則なのである。

3 上告人の訴を認めても課税行政の混乱は生じない。仮に、たとえ一時的な課税行政の小さな混乱があっても、それを理由として実質的な不平等な課税制度を維持すべきではない。

実際の課税行政においても、雪国でき雪おろし費用を「災害」に含ませて雑損控除を認めたり、昭和二五年の所得税法の改正で雑損控除として「災害または盗難による損失」と規定されていたのであり、昭和三七年に「災害または盗難若しくは横領による損失」と「横領」が追加される以前においても、解釈、運用により「横領」による損失も雑損控除として認められていたのである。

ところが、一審、二審の判決は上告人の雑損控除を認めると「類推ないし拡張解釈によってもたらされる課税行政の混乱」があって、しかもそれがあたかも収拾がつかないほどの大混乱であるかの如く表現して、訴を排斥する理由付けに使っている(一審判決一八丁)。申告に際して、現実は、たとえば、窃盗による雑損控除は警察に対する盗難届けを添付して申立てるのであり、横領についても同様であろう。横領による雑損控除の実例は一審の税務職員の証言通り皆無に等しく、詐欺や恐喝による雑損控除を認めても課税行政の混乱はない。ありもしない課税行政の混乱を訴えを排斥するための理由とするのは本末転到であって、審理不尽かつそれによってもたらされた理由不備の指弾をまぬがれない。

4 財産についての犯罪行為による損失を蒙った被害者の担税力の低下は犯罪の種類にかかわらず生じるものであり、罪名をせんさくし、罪名により雑損控除の適用につき差別することは極めて不合理である。

実際にも強盗罪と恐喝罪、横領罪と詐欺罪の区別は刑事裁判実務においても微妙かつ困難なものがあり、被告人の言を借りれば、そのような「課税行政上の問題が多い」判断を立法府が課税当局に委ねたとは考えられない。

米国では、すでに、日本の窃盗罪・詐欺罪・恐喝罪・占有離脱物横領罪・賍物罪・横領罪及び背任罪にあたる犯罪がセフト罪(Theft)として単一の犯罪類型とされ(アメリカにおける欺瞞取引の調査・研究 全弁協叢書四〇~四三頁)、その被害は一率に所得からの控除が認められている

( 六四~六五頁など文献多数有)。

現代社会の課税原則(特に担税力の有無)から考察すると、たとえば、強盗罪による被害と恐喝罪による被害とで雑損控除できるか否かといった区別をもうけることは何ら合理的な理由が見つからない。日本刑法の罪名は、近代市民社会において罪刑法定主義から要請された犯罪類型の明確化として残ってきたのであって、その限りでのみ意義を持ち、少なくとも課税に際して控除を受けることができる社会的な損失発生類型として意味を持つものではない。担税力が無くなったことによる実質的な公平課税を貫けば、財産権を侵害する犯罪行為による損失の発生はすべて課税から控除すべき社会的な損失の発生類型として一括できる。

5 語句解釈上も「災害」とは「異常な自然現象や人為的原因によって生じる被害」であり、本来人災を含むものである。

所得税法施行令第九条も「自然現象の異常による災害・・・・その他人為による異常な災害・・・」と規定し、犯罪行為による損失すべてを含めうる概念である。

さらに「盗難」とは「金品を盗まれる災難」である。

ところで「盗む」とは「他人のものをひそかに自分のものにする」ことであるが、「ひそかに」とは「おおっぴらに」あるいは「公然と」の反対語である。

よって強盗の場合被害者本人に知られても、世間一般には知られていないので「盗む」ことになり「盗難」に含まれる。

これと同様に「恐喝」「詐欺」も被害者の暇疵ある意思に基づく損失であっても「他人のものをひそかに自分のものにする」のであるから「盗む」ことになる。

表記上も「盗む」ときは「取る」は「盗る」とも書くのである。

よって詐欺は「だまし盗る」のであり、恐喝は「おどし盗る」とも表記する。

右のごとく語句解釈上も「詐欺」「恐喝」は「盗難」に含めうるのである。

「横領」とは「他人もしくは公共のものを不法に奪うこと」であり「盗む」と同義語である。(広辞苑・大辞林)

以上のごとく考えれば「災害または盗難若しくは横領」とは語句として互に重複する概念の言葉である。

それゆえにこそ文理上「または」「若しくは」と続けられているのであり、一体として広く解釈するべきである。

さらに「横領」を刑法上の「横領」と同義と解するならば、同一条文上で法律用語たる「横領」と日常用語たる「盗難」を使用していることになり、極めて不体裁な表現をしていることになる。

これは、文理解釈上も原判決の解釈が不当であることの証左であると言いうる。

三 所得税法第七二条の合憲的解釈は前記のごとく「災害」「盗難」「横領」を一体として広く解し詐欺・横領罪の被害にも雑損控除を適用するものでなければならないと確信する。

第二 万一、原判決のごとく「横領」を刑法上の「横領」と同義と狭く解し、「盗難」を刑法上の「窃盗・強盗」と解する解釈が正しいとするならば何ら合理的理由もなく、恐喝や詐欺罪の被害者と窃盗罪・強盗罪の被害者を課税行政上差別することになる。

憲法一四条一項は、特定の者に合理的な理由なしに特別の利益を与えることをも禁止する趣旨であり、所得税法第七二条は租税負担公平の原則、平等取扱原則に違反し、憲法違反である。

この差別を単に恐喝・詐欺の被害は「暇疵はあっても納税者の意思に基づく損失」といいうるだけでは合理化することはできない。

前述のごとく強盗と恐喝、詐欺と横領はその区別が微妙であり、被害者側の落度という点を考えてみても、窃盗と恐喝を比較すれば、戸じまりが不十分で窃盗被害にあったときなど恐喝の被害者より窃盗被害者の方が落度が多いこともあり、恐喝の被害者の方が脅されただけよりひどい目にあったとも言いうる。

詐欺と横領は、被害者が共に犯罪者を信用したために被害を受けるに至ったのであり、落度に差はないのであり、その差別の不合理なことは明白である。

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