大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成2年(オ)1459号 判決 1991年6月13日

東京都東久留米市前沢三丁目一四番一六号

上告人

ダイワ精工株式会社

右代表者代表取締役

森秀太郎

右訴訟代理人弁護士

松井康浩

大阪府堺市老松町三丁七七番地

被上告人

株式会社シマノ

右代表者代表取締役

島野尚三

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

森島徹

豊島秀郎

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

右輔佐人弁理士

津田直久

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(ネ)第三〇三四号実用新案権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成二年七月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松井康浩の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成二年(オ)第一四五九号 上告人 ダイワ精工株式会社)

上告代理人松井康浩の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼす法律違反があり、かつ判例違反があり、さらに審理不尽で重要な判断を遺脱している。

実用新案法第二六条によって準用する特許法第七〇条によれば、権利侵害に当たるか否かを判断するについては、権利を構成する要件を基本にして考察しなければならない。

本件考案は、実用新案法第三条第二項にいう「その考案の属する技術分野」は、魚釣り用スピニングリールであるが、左の二点を要件とするドラグ調整装置である。

(1) ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けたこと

(2) その円盤に筐体に支承された操作杆で圧接自在に制動部材を形成したことしたがって、被上告人の本件魚釣り用スピニングリールが右要件に抵触するか否かについて判断をすべきであるのに、原判決はこの判断をしないで、被上告人の本件製品はドラグ調整装置ではないとして請求を棄却した。

原判決が、被上告人の本件製品をドラグ調整装置ではなく、レバーブレーキ装置である旨認定(原判決が引用する第一審判決四〇頁六行~一一行)したことの違法性は後に述べるが、右二要件を備えていれば、それをレバーブレーキ装置と呼ぶと否とにかかわりなく、本件権利を侵害するものである。すなわち原判決は、考案が「物品の形状、構造又は組合せ」(実用新案法第一条)に関する「自然法則を利用した技術的思想の創作」(同第二条第一項)であることを看過した違法がある。

また、原判決が装置名称にこだわって技術的範囲の判断を誤ったことは東京高裁昭四七・九・二八(昭和四四年(ネ)第五六九号)判例にも違反する。すなわち右判例によれば、精麦機の転軸部として登録された権利を精米機に応用したとしても、転軸部の構成において同一であり、転軸部の構成に由来して奏すべき作用効果に差異がない場合には、転軸部の構造において本件考案の技術範囲に属するとしているのである。

結局、被上告人の本件製品は本件考案の構成要件(1)(2)を異備し、また右(1)(2)の構成に由来する作用効果においても異なるところがないから、被上告人の本件製品は、本件考案の右(1)(2)の構成において、本件考案の技術的範囲に属するというべきである。

また、本件考案の作用効果の要旨は

<1> 制動調整が容易にできる。

<2> ローター回動操作が迅速かつ円滑にできる。

<3> 操作杆の操作位置も筐体部分の操作しやすい位置に設置することができる。

右三点であるが、被上告人の本件製品は、これを全部奏している。被上告人は、この点について一部争っているか、概ねこれを認めている。

しかるに原判決は、構成と効果についての審理か不尽で、かつ判断を遺脱している。

したがって、本件被上告人製品を本件考案の技術範囲外とする原判決は、右法律の解釈を誤ったものであり、右判例にも違反し、かつ重要な審理不尽と判断の遺脱があるから破棄を免れない。

第二点 原判決は、本件構成要件を証拠にもとづかず認定した違法および理由齟齬がある。

「事実の認定は証拠による」とは民事訴訟法の基本である。

しかるに原判決は、「ドラグ調整装置」の概念を、証拠にもとづかず、「予め制動をかけることだけの装置」と独断し、民事訴訟法違反の違法を侵している。

そもそも本件構成要件に「予め制動をかける」ことは記載していない。原判決は、本件構成要件を証拠にもとづかず右のように認定している。

たしかに被上告人の本件製品は、予め制動をかけておくことはできないが、本件考案も予めの制動を零とし、操作杆によって任意に、微妙な制動をかけることはできるのである。その制動操作を行う「操作杆」を本件被上告人製品のように「レバー」とするか、本件考案の一実施例のように一つまみ一にするかは、何れにせよ「操作杆」であることに変わりはなく、本件考案の技術範囲内の自由な選択事項である。

すなわち、制動装置を「予め」かけるか否かは、本件考案の課題ではなく関知しないところである。また、ドラグ調整装置も「予め」制動をかけることを要件とする装置ではない。

しかるに原判決は、左のように判決し、本件実用新案を左記<1>に属する装置とし本件被上告人製品を左記<2>に属する装置として二つに区分した。

<1>「リールの制動装置において、スプール又はローター等に制動板又は摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておく装置を「ドラグ調整装置」、「ドラグ機構」あるいは「ドラグ装置」等と称していることがあるのに対し、」(A構成)

<2>「魚釣の状況に応じて任意にプレーキレバーを操作して制動片を制動盤等に接触させて、釣糸の繰出しを制動する構造のものを右のように呼ぶことはないことが認められ」(B構成)(原判決七丁裏一一行~八丁表七行)

(注)傍線およびA構成、B構成は上告人が記入した。

右<1>と<2>とを対比し、特に相違する点は「予め」と「任意に」だけであり、他の部分は実質的に相違するものではない。

原判決の右対比は、本件実用新案登録請求の範囲に記載された「ドラグ調整装置」の名称から細部的な構成まで引き出して行ったもので、その結果、原判決のA・Bの区分基準では区分不可能なリールが出るという矛盾を生じている。

原判決は、乙第二一号証を、スピニングリールの制動装置に「ドラグ式=予め」と「レバープレーキ式=任意」との区分があることの判断資料として採用した(原判決が引用する第一審判決三四頁七行~三五頁二行)。

しかしながら、乙第二一号証は、「ドラグ性能の優秀なスビニングリール」と題して説明されているとおり、レバーブレーキ式であると共にドラグ式でもある制動調整装置を設けたリールに関する説明であって、レバーブレーキ式がドラグ式と異なることを記載しているものではない。

さらに、乙第二一号証からわかることは、ドラグ調整装置(A構成)であってもB構成の「魚釣の状況に応じて任意にプレーキレバーを操作して制動片を制動盤等に接触させて、釣糸の繰出しを制動する構造」を有していることを明らかにしているのである。

したがって、乙第二一号証は、A・Bの名称を共に有するリールであるから、単純に名称上の相違点である「ドラグ」と「レバープレーキ」とをもって「予め」と「任意」とを引き出し、それによって制動装置を二つに区分することができないことを明らかにしているのである。

すなわち乙第二一号証には次のように記載されている。

<1>「ドラグ性能の優秀なスピニングリール」

<2>「ドラグ(フロントドラグとリアドラグあり)式とレバー式とがある。ドラグで糸の出を調節するのが前者であり、後者はレバーによってプレーキをかけてスプールの回転をセーブする。」(上欄匹行~八行)

<3>「ドラグを効かして魚とやり取りするため、ドラグ性能の劣るリール、ドラグ調整の効かないリールは、プレーキの壊れた車と同じで使用物にならないからだ。そこで何を選ぶべきかだが、私は最近最強のリールとして、シマノのファイティングGTシリーズを薦める。」(上欄一三行~下欄四行)

(注)傍線は上告人が記入した。以下、<1><2><3>を右記載の略号として使用する。

注目すべきは、右<2>の「スプールの回転をセーブする」の記載である。

乙第二一号証が出版される以前において、原判決がいうB構成のリールは、上告人製品と本件被上告人製品が販売されていたのみであって、この販売されたリールの構成によって回転をセーブしたのはスプールではなくローターなのである。つまり、本件被上告人製品(B構成)を説明したものではない。したがって、乙第二一号証の説明は、「レバーによってブレーキをかけてスプールの回転をセーブする」リールであるところの右<3>記載の「シマノのファイティングGTシリーズ」(A構成でもあり、B構成でもある)のことにほかならない。

(このリールの写真が乙第二一号証の三の右測に示されており、筐体後部に直立しているのがレバーである。)

右リールは、制動力を予めセットできるA構成であると共に筐体後部に制動操作レバーを設けているので、魚釣りの状況に応じていつでも任意にレバーを操作してスプールの回転をセーブし釣糸の繰出しを制動するB構成をも併設したものである。

ファイティングGTシリーズのリールがB構成を備えていることは、さらに甲第二二号証によって明白である。

甲第二二号証

「やり取りの最中でも、カンタンに微調整ができないか。ハリス切れの心配なくドラグを扱えないか。このような問題をみごとに解決。余裕と安心をもって自在にやりとりできるファイティングシズテムです。レバーをつかって指一本でやりとりすれば、竿さばきにも余裕が生まれます。」

(甲二二号証の二・上段)

(注)傍線は上告人で記入した。

右リールはレバーで制動を操作するドラグ調整装置であって、しかも「任意にブレーキレバーを操作」し得るものであることを示している。

してみると、原判決が右リールの制動装置を、左のようにA構成とB構成の二つに区分したことは矛盾である。

A構成……「予め」「ドラグ調整装置あるいはドラグ装置」

B構成……「任意に」「右のように呼ぶことはない」

さらに原判決は、ブレーキレバー装置(本件被上告人製品)の特徴を左のように記載している(原判決が引用する第一審判決四〇頁~四一頁)が、これによってA・B両構成を区分することはできない。

「ブレーキレバーを操作しない限りは……制動力が加わらない」「必要に応じ任意にブレーキレバーを引くことにより……ブレーキ力を加える」

つまり、右の作用はレバーをバネ(16)で一方向に付勢しているからてあって、このバネの存在が「任意に」の作用を生ぜしめる具体的構成なのである。

他方ファイティングGTシリーズは、レバーを一方向バネで付勢していないが、レバーを操作して予め制動をかけておくことも、あるいは零制動位置にしておき、任意に操作することも自由である。

第一点で述べたとおり、「つまみ」も「レバー」も構成要件でいうところの「操作杆」であるが、ファイティングGTシリーズのように筐体に設けた操作杆であれば「予め」の制動も「任意」の制動も自由にできるのである。

原判決が「予め」と「任意」とを区分する具体的構成をいうならば、レバーをバネで付勢したか否かでしかない。この貝体的構成がA・Bの構成を区分する結果となっているのである。

しかし、制動レバーをバネで付勢した構成は甲第一三号証、甲第一九号証および甲第五一号証のドラグ装置にも採用されている。これら甲号証のリール(ドラグ調整装置)は、ゼロ制動(予めかけておかない)もでき、しかもレバーがB構成と同様に下方にバネで付勢されているから指でレバーを上方に変位して任意に制動することも可能である。

つまり、右甲号証の存在は「予め」制動するものを「ドラグ調整装置」といい、「任意に」制動するものを「レバーブレーキ装置」という区分はできないことを示している。

よって、原判決は、本件考案の構成要件を証拠にもとづかず認定した違法または理由齟齬の違法がある。

第三点 原判決は、証拠にもとづかないで事実認定をして判例(最判昭六〇・一二・一三)に違反し、かつ理由に齟齬がある。

一 事実の認定は証拠に拠ることは、長事訴訟法の大原則であり、これに違反すれば違法とされることは前記判例の示すところである。

しかるに原判決は、本件考案の制動装置と被上告人本件製品の制動装置との区分を証拠にもとづかず独断で決定している。すなわち、原判決は魚釣り用リールの制動装置を二つに区分し、本件考案に属する装置(A構成)の名称を「ドラグ調整装置」「ドラグ機構」あるいは「ドラグ装置」等と称するのに対し、本件被上告人製品が属する装置(B構成)の名称は右のように呼ぶことはない旨認定した(原判決八丁)。そして被上告人の本件製品の装置は「ブレーキレバー装置」であり「ドラグ調整装置」ではないとした(原判決が引用する第一審判決四〇頁一〇行~一一行)。

しかしながら、本件訴訟にあらわれた甲、乙全証拠を精査してみても、

<1> 「ブレーキレバー装置」なる装置名称は存在しない。

<2> B構成を特定することはできず、その名称も存在しない。

すなわち、「ブレーキレバー」なる文言は、乙第三号証に「ブレーキレバー16」、乙第一一号証に「ブレーキレバー19」、甲第一三号証(乙第一三号証の全文明細書)に「ブレーキレバー19」と記載されていることが認められるが、それらは何れも制動装置を構成する多数の部材の中の一部材の名称であるにすぎず、これ等を装置名称と認めることはできない。

原判決がB構成の名称としてあげているのは、「ブレーキレバー」、「制動装置」、「制御装置」、「ブレーキ機構」および「制動調整装置」である(原判決の引用する第一審判決三七頁一一行~三八頁二行)。しかし、これ等は「ブレーキレバー」を除けばA構成の名称としても使用されている(同上三七頁)から特にB構成のみを意味する名称とはいえない。

原判決が二つに区分した一方の区分しか特定できないのは、A・B両構成を区分する基準が無いことの証左である。もし二つを区分する基準が明確であるならば、両構成を特定する名称が存在しているはずである。

したがって、A構成を「ドラグ調整装置」または「ドラグ装置」と認定し、B構成を「ドラグ調整装置」または「ドラグ装置」ではないと認定するためには、単にB構成を右の名称で呼ぶことはない旨の消極的な理由では不充分であって、B構成を特定し得る名称が明確に存在し、現実にその名称によってA構成に対し明確に区分されている状態がなければならない。

一般的にも、発明または考案が先駆的であるほど、その出願時点でそれを何と称するかに客観的な基準が無いのが当然であろう。よって、もし名称から構成を特定する場合には、出願時点における認識の程度を充分確認し得る証拠によって判断されなければならない。

してみると、証拠から「ブレーキレバー装置」の名称が認められず、また、A・Bを区分する明確な基準も存在せず、B構成を特定する名称も認められない状況において、原判決が被上告人の本件製品を「ドラグ調整装置」ではないと判断したのは、独断であって、証拠にもとつかない事実認定をした違法があるといわざるをえない。

なお、上告人は、自己のカタログにおいて、「レバーブレーキ」なる名称を使用しているが、この名称は自分の商品の販売促進を目的として広告宣伝のために上告人だけが用いた商標的名称である。それ故に、この名称は、市場においても上告人以外の者の商品の名称として使用されたことは全く無い。被上告人のこの種の広告宣伝用の名称は、甲第三号証ないし六号証(被上告人カタログ)に記載しているとおり「バラサン・ブレーキ」である。

よって、「レバーブレーキ」の名称は、何れの者もB構成の名称と認識して使用している事実は無い。

二 原判決には、ドラグとは制動または制動装置を意味する旨の認定と、本件被上告人製品をドラグ装置と呼ぶことはない旨の認定との間に理由の齟齬がある。

原判決は、名称と構成との関係を左のように認定している。

<1>「制動板又は摩擦体による制動力を予め設定した強さでローター又はスプールに与え、その逆転を制動する構造のものについては、単にこれを、「ブレーキ装置」、「ブレーキ機構」、「制動装置」あるいは「制動調節装置」等といっているものであるが、なかにはこれを「ドラグ調整装置」、「ドラグ機構」、「ひきずり(ドラグ)装置」又は「ドラグつまみと摩擦体」等といっているものがある」(原判決が引用する第一審判決三七頁)

〔A構成〕

<2>「魚釣りの状況に応じて任意にブレーキレバーを操作して制動片を制動盤等に接触させて、釣糸の繰り出しを制動する構造のものは、単に「制動装置」、「制御装置」又は「ブレーキレバー」、「ブレーキ機構」、「制動調整装置」等といい、これをドラグ調整装置又はドラグ装置と呼ぶことはない」(同右三七頁一〇行~三八頁二行)

〔B構成〕

<3>「被告製品におけるブレーキレバー装置、すなわち、……という構成のブレーキレバー装置は、ドラグ調整装置に含まれない」(同右四〇頁六行~一一行)

<4>「「ドラグ」とは、単にリールの制動、あるいは制動装置を意味する」(原判決八丁表七行~八行)

すなわち、甲第二四号証・同二五号証より、英語の「drag」をカナで表記した「ドラグ」の意味は、制動あるいは制動装置であって、釣り糸の繰り出しを制動する装置としての上位概念であることは原判決も承認するところ、である。

そうであれば「制動装置」を「ドラグ装置」と変換(漢字を英語に変換)しても同じ意味である。

これは社会通念上の変換用法として至極自然である。

ドラグ……英語のカナ表記 制動……漢字表記 制動装置……漢字表記 (同じ意味と認定)

ドラグ装置……英語のカナと漢字の併用表記

すなわち、ドラグ(制動)作用を奏させるための制動装置がドラグ装置なのである。

そして、原判決が右<1>および<2>に記載しているように、「制動装置」という名称が、A構成でもB構成でも用いられている名称から、「制動装置」の同意語として「ドラグ装置」をA・B両構成の名称として用いることは誤りとはいえない。

しかるに、原判決は、A構成を「ドラグ装置」と呼ぶが、B構成を「ドラグ装置」と呼ぶことはない旨認定したのは矛盾であって理由に齟齬がある。

第四点 原判決は、判決に影響を及ぼす採証法則違反、または理由不備の違法がある。

原判決は、本件被上告人製品(B構成)を「ドラグ装置」と呼ぶことはない旨判決した(原判決引用する第一審判決四〇頁一〇行~一一行)。

しかしながら、被上告人自身、甲第五四号証(本件被上告人製品のレバー部分の意匠公報)においてレバー部材の名称を「釣り用リールのドラック操作レバー」であると自称しているのである。(「ドラック」は英語の「drag」であり、「ドラグ」とも呼び同じ意味で用いている。)

すなわち、被上告人でさえも、本件被上告人製品のレバー(17)が、ドラグ効果を得るためのドラグ機構またはドラグ調整装置の操作部のレバーであるとの認識にもとづいて「ドラック操作レバー」と称とていのである。これは、被上告人自身による本件被上告人製品の直接的証拠として重要なものである。

さらに、上告人も乙第二七号証の二(上告人の商品カタログ)において左のとおり記載している。

「ダイワの開発したレバーブレーキは、自動化の進んだスピニングを意思の通うスピニングへと変身させました。自動的なドラグと異なり、レバーブレーキは釣人の指先加減によるドラグコントロールを可能にしたのです。この微妙なドラグ効果を確実に伝達するために……」(右欄四行~七行)

すなわち、右記載は、上告人が開発したバネで一方向に付勢したレバーで制動を任意に行う装置によって「ドラグ効果」を「ドラグコントロール」することが可能であることを説明しているのである。

したがって、あえて「ドラグ」の文言を用いているのは、右のように機能する装置が「ドラグ調整装置」または「ドラグ装置」であることを認識しているからである。

してみると、被上告人および上告人が、甲第五四号証および乙第二七号証において、B構成の装置に関係して「ドラグ」の文言を用いている事実は、少なくともB構成の装置を「ドラグ機構」または「ドラグ装置」であると述べているに等しい。

甲第五四号証および乙第二七号証を採用するか否かについては、証拠の取捨判断が原審の専権に属することとはいえ、上告人と被上告人とが自己の製品そのものに関して表明している直接的で重要な証拠であることを考慮すれば、これ等の証拠を無視することは採証法則に違反し、また証拠として採用できないならばその理由について判示されてしかるべきことであるのに、その理由が示されていない。

よって、第五点で述べる「調整」の解釈にまで影響を及ぼし、結論を誤らせている。原判決のこの採証法則違反または理由の不備は判決に大きな影響を及ぼしているから、破棄を免れない。

第五点 原判決は、「調整」の意味を証拠にもとづかないで認定した違法および理由不備の違法があって判決に影響を及ぼしている。

原判決は、「ドラグ」と「ドラグ調整装置」との相違を左のように認定している。

「「ドラグ」とは、単にリールの制動、あるいは制動装置を意味するのに対し、「ドラグ調整装置」といわれる場合は、スプール又はローター等に制動板または摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておくという、制動装置における一形態のものを示しているものであると認められる。」(原判決八丁表七行~同表二行)

(注)傍線は上告人が記入した。

原判決の「ドラグ」についての右傍線部分の認定は、甲第二四号証および甲第二五証を採用したものであって、右事項以外に何ら限定的文言は付加されていない。ところで、第三点で詳述したとおり、「ドラグ」とは制動装置またはドラグ装置の意味である。

してみると、「ドラグ」と「ドラグ調整装置」の相違は、「調整」の文言の有無の点にある。

ところで、左の甲乙各号証によれば、A構成であっても、B構成であっても共に釣糸を繰り出す場合の制動を<1>調整、<2>調節、<3>加減、<4>制御(辞典によれば「調整すること」の意味としている。)、<5>コントロール等の文言で表されている。この<1>ないし<5>の文言は同じ意味であることは明らかである。

「調整」の記載……甲号証(※一三、※一七、二一、二二、二七、二八、三〇ないし三一、三二、三四、三五、四三、四四)

乙号証(※一、※一二、一七、一九、二二、三一、三三)

「調節」の記載……甲号証(一九、二六、四五ないし四九)

乙号証(二一)

「加減」の記載……甲号証(三三、四三)

乙号証(二七)

「制御」の記載……甲号証(三三、四三、四四)

乙号証(※二、※一一、二八)

「コントロール」の記載……乙号証(二七)

(注)番号の上に※印をつけた証拠は、原判決がB構成であると認定したものである。別紙一および二の色つけ部分参照

右のとおり、魚釣り用リールにおいて、釣糸の繰り出しを制動する装置においては、A・B何れの構成であっても、全てが制動を調整するための装置であることは明白である。事実、被上告人は、本件被上告人製品についての実用新案登録願の明細書(甲第一三号証)においても、「前記回転枠(8)の逆転量を調整し、スプール(12)から繰出される前記釣糸の繰出量を調整するのである」(一二頁・一六行~一八行)と明記している。

そうしてみると、魚釣用リールの制動装置においては、名称中に前記<1>ないし<5>の文言が挿入されているか否かによって、その名称の意味する構成が相違することは実質的にはないのである。

さらに、原判決は、A構成の名称を「ドラグ調整装置」あるいは「ドラグ装置」と称し、B構成を「制動調整装置」あるいは「制動装置」と称する旨認定している。つまり、「調整」の文言は、両構成に使用されていること、およびその文言の有無の相違があっても同じ意味であることを認めている(原判決の引用する第一審判決三七頁~三八頁)。

したがって、原判決が「調整」の文言の存在をもって「ドラグ調整装置」と「ドラグ」との意味が相違する旨の判断をしたことは、矛盾であって理由齟齬ないし理由不備の違法があるのみならず証拠にもとづかずして事実を認定した違法がある。

以上

(添付書類省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例