大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(し)141号 決定 1991年5月08日

申立人 B・Y(昭44.9.18生)

D・Y(昭44.10.22生)

U・M(昭46.3.27生)

H・J(昭45.12.27生)

(少年)D・I(昭46.6.1生)

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

一  申立人B・Y、同D・Y及び同D・Iの各抗告について

本件各抗告の趣意第1のうち、憲法13条、14条、31条、32条違反をいう点は、少年法27条の2第1項は、保護処分の決定の確定した後に処分の基礎とされた非行事実の不存在が明らかにされた少年を将来に向かって保護処分から解放する手続等を規定したものであって、同項による保護処分の取消しは、保護処分が現に継続中である場合に限り許され、少年の名誉の回復を目的とするものではないとした原判断は正当であり(最高裁昭和58年(し)第30号同年9月5日第三小法廷決定・刑集37巻7号901頁、同昭和59年(し)第34号同年9月18日第三小法廷決定・刑集38巻9号2805頁、同昭和60年(し)第3号同年5月14日第三小法廷決定・刑集39巻4号205頁参照)、このように解しても憲法の右各条に違反しないことは当裁判所大法廷判例(昭和22年(れ)第43号同23年3月10日判決・刑集2巻3号175頁、昭和23年(れ)第167号同年7月19日判決・刑集2巻8号952頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がない。本件各抗告の趣意第1のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は、所論のような趣旨を判示したものではないから、所論は前提を欠き、同第2のうち、憲法31条、32条違反をいう点の実質は、単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は、本件とは事案を異にして適切でないから、所論は前提を欠き、同第3のうち、憲法31条、32条違反をいう点の実質は、単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、いずれも本件とは事案を異にして適切でないから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認の主張であり、同第4及び第5は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、すべて少年法35条1項の抗告理由に当たらない。

二  申立人U・M及び同H・Jの各抗告について

申立人U・M及び同H・Jは、本件各抗告の申立て後いずれも満20歳に達し、両名に対する保護処分の執行は終了したから、本件各抗告は、もはや不服申立ての利益を欠き不適法である。

三  よって、少年審判規則53条1項、54条、50条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 味村治 裁判官 大内恒夫 四ツ谷巖 大堀誠一 橋元四郎平)

再抗告申立書

少年 B・Y

同 D・I

同 U・M

同 D・Y

同 H・J

右少年らに対する保護処分取消申立事件につき、平成2年11月20日になした東京高等裁判所の抗告を棄却する決定は不服であるから、少年法35条により再抗告する。

1990年12月5日

附添人弁護士 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

同 ○○

最高裁判所御中

申立の趣旨

1、原決定を取消す。

2、浦和家庭裁判所が平成2年6月28日、少年らになした保護処分取消申立を却下する決定を取消す。

3、本件を浦和家庭裁判所に差戻す。

申立の理由

原決定には、憲法に違反し、若しくは憲法の解釈に誤りがあり、又は、最高裁判所の判例と相反する判断をしており、かつ少年法32条所定の事由があり、これを取消さなければ著しく正義に反するものがあるので再抗告する。

以下、詳述する。

第1、少年法27条の2第1項の解釈適用の憲法違反及び判例違反

原決定は、少年法27条の2第1項に基づく保護処分の取消は保護処分が既に継続中である場合に許され、また本条による取消は名誉回復を目的とするものでないという。

しかし、少年法27条の2第1項についての右のような解釈は、憲法13条、14条、31条、32条に違反し、最高裁判所昭和58年9月5日第三小法廷決定(以下58.9.5決定という)に違反するものである。

一、憲法違反

1、原決定の不合理性

(一) 原決定は前記解釈に基づき、まず本人B・Y及び同D・Yについて同人らがすでに成人に達し保護処分は終了したとして、保護処分の取消は認められないとする。

つぎに、少年U・M、同D・I及び同H・Jについては、原々決定を一部批判しながらも、結局窃盗の非行事実だけを基礎としても各少年院送致という保護処分に付するだけの要保護性があったとし、強姦、殺人の非行事実の存否に触れることなく、保護処分の取消は認められないとする。これは仮りに強姦、殺人という非行事実がないとしても、保護処分の結論に変更がなければ少年らの名誉回復を目的とするだけのことであるから、強姦、殺人の非行事実の存否を検討する必要がないとの趣旨と思われる。そうであれば、原々却下決定ほど明言はしていないものの、原決定もまた保護処分の継続中であっても、名誉回復を目的とする保護処分取消は認められないとしていることになる。

(二) 右のような原決定の考え方は、少年事件について実質上再審を否定ないし著しく制限するものであり、到底容認できない。再審の本質は、国家による誤った認定によって課せられた汚名を晴らし、名誉を回復することにある。雪寃の時期が処分の執行中であれば、当然に不当な現実的な処分の執行からの解放が伴ってくるだけのことである。刑事再審に時期の制限がなく死後再審まであるゆえんはここにある。少年再審もその本質において何ら異なる理由はない。

ところが、原決定のような考え方をとれば、少年は保護処分の終了後はたとえ真犯人があらわれてこようと誤判を正す機会はないことになる。この不合理性は、少年が成人と共犯であった場合、成人のみ再審により無罪を宣告されることを考えれば一層明白である。

このような不合理性が基本的人権を保障した憲法のもとに存在することが許されるはずはないのである。少年手続について、再審の道を閉ざす結果になる原決定が憲法に違反することは明らかである。

2、憲法31条違反

(一) 少年審判の究極の目的は少年の保護と育成にあるが、司法機関である家庭裁判所によって行なわれる犯罪事実の認定は刑事裁判と本質的に同一であり、保護処分も少年院送致など実質的に身体、自由の拘束という内容を持つものであって、少年審判にも刑事裁判に準じたデュープロセスが保障されなければならないことは当然である。

昭和58年10月26日第一小法廷決定(以下56.10.26決定という)も「少年保護事件における非行事実の認定にあたっては、少年の人権に対する手続上の配慮を欠かせないものであって」と述べ、「非行事実の認定に関する証拠調べの範囲、限度、方法の決定も、家庭裁判所の完全な自由裁量に属するものではなく、少年法及び少年審判規則はこれを家庭裁判所の合理的な裁量に委ねた趣旨と解すべきである」としている。この決定での団藤裁判官の補足意見はより端的に「保護処分は・・・・・・人権の制限にわたるものであることは否定しがたい。したがって、憲法31条の保障する法の適正手続、すくなくともこの趣旨は少年保護事件において保護処分を言い渡す場合にも推及されるべきことは当然といわなければならない」と述べている。

(二) ところで、裁判が人間の裁定作業である以上、いかに適正な手続きを経たとしても誤判は避け得ないものである。ここに誤判を事後的に救済是正するための司法的手続が必要になるのである。

無辜の救済を基本理念とする刑事再審は、その意味でそれ自体憲法31条の要請するデュープロセスの一制度である。人間は本来自由であり、たとえ国家といえどもいかなることがあろうと誤ってこれを制限、侵害してはならないし、誤って傷つけられた個人の尊厳は必ずや回復されなければならないからである。その理は少年手続といえども全く変わりはない。

(三) 従って、少年手続においても刑事再審と同じ内容の「再審」の制度が存在することが憲法の要請であり、原決定が憲法31条に違反することは明らかである。

3、憲法32条違反

保護処分が自由の制限を伴い、人権を制限するものである限り、保護処分を受ける少年は、適正手続の保障された司法判断を受ける権利を有している。そして誤判からの救済という意味において再審制度が適正手続の一内容であるとすれば誤判の是正と救済を裁判所に要求する権利をもまた有している。

誤判の是正と救済を裁判所に求めることができないとすれば、憲法31条のみならず32条にも違反している。

4、憲法13条違反

名誉回復の機会を与えないということは憲法13条にも違反する。国家権力によって誤って非行事実を認定され、「非行少年」というレッテルを貼られながら、ようやく誤判を証明できる証拠を発見したのに、汚名を晴らす機会を持ち得ず生きていかなければならないということは人間として堪え難いことである。

無辜の者や少年が求めているものは、単なる精神的、社会的な部分的価値である「名誉」の回復ではない。人間が本来有する個人の尊厳としての価値の回復を求めているのである。主権者としての国家に対する贖罪の要求でもある。

原決定はたとえ真犯人が出てきても保護処分終了後は汚名を晴らすことはあきらめろというのと同様であり、これは「個人の尊厳」の無視である。原決定が憲法13条に違反することは明らかである。

5、憲法14条違反

(一) 少年が家庭裁判所の誤った非行事実の認定にもとづき、不当な保護処分を受けた場合、「再審」という手続によってこの不当な国家権力の行使に対し是正を求め、救済を受ける必要性は、刑事手続における成人と全く同じである。

少年手続においても少年に加えられる処分は少年の身体の自由を拘束する内容をもつものであり、「非行少年」というレッテルを貼られることによる社会生活遂行上の障害も重大であって、刑事手続におけるよりも少年手続におけるほうが不利益が小さいなどということは全くない。否むしろ若年で未成熟な少年のほうが受ける不利益はより深刻であるとも言える。

この点について58.10.26決定における中村裁判官の補足意見は、団藤裁判官の補足意見に全面的に同調するとしたうえで、「少年に対する保護処分は刑罰とは異なるとはいえ、やはり少年に対して一つの汚名を与えるものとして受け取られ、その経歴及び今後の社会生活関係に不利益を及ぼし、また当該少年の心理にも深い傷跡を残す処分であることを否定できず」と指摘している。

(二) 本件の少年ら6人(申立外Aを含む)は強姦殺人等重大犯罪の責を問われているのである。この重大な罪名による汚名は今後少年らが社会へ巣立つなかで、就職・結婚などあらゆる生活場面で常に付きまとい、内心の精神的負担にとどまらず、謂われなき偏見差別を周囲に生み、少年らを一生苦しめ続けるのである。強姦・殺人犯の烙印が今後どんな証拠が出てこようと消せるものでないとすれば、余りに残酷である。

また、被害者遺族は殺害に関与したとされるB・Y、U・M、D・Iらの両親に対し、合計金5524万円の損害賠償請求の訴えをすでに起している。少年審判における確定した保護処分が取消されないとすると、少年らがこの民事訴訟で敗訴し、多大な賠償義務を負わせられることになる。

原決定は少年であるが故に保護処分終了後は再審をすることはできないというのである。しかし、それは少年を少年であるというだけの理由で差別する不合理極まりない差別であって、憲法14条に違反することは明らかである。

二、判例違反

1、原決定の判例解釈の誤り

原決定は58.9.5決定、同昭和59年9月18日第三小法廷(以下59.9.18決定という)、及び同昭和60年5月14日第三小法廷決定(以下60.5.14決定という)を指摘し、これら判例及びその趣旨から少年法27条の2第1項による保護処分の取消は保護処分が現に継続中である場合に限り許されること、右条項による取消が名誉回復を目的とするものでないことは明らかであるとしている。

しかし、右各判例の解釈を述べる点は、必ずしもそのように一義的に解されるものではなく、再審が憲法上の要請である点からみれば、右判例の解釈を誤っていると言わざるを得ない。

2、昭和58年9月5日決定の解釈

(一) 右決定の真意

右決定は、少年法27条の2第1項による保護処分の取消は、保護処分が現に継続中である場合に限られるとは一言も明言していない。むしろ認定文を素直に読めば、保護処分の継続中に限らないと読むのが自然であり正確である。

(二) 右決定が支持した実務の内容

(1) 右決定は、「現在、少年審判の実務においては、少年法27条の2第1項にいう『本人に対し審判権がなかったこと・・・・・・を認め得る明らかな資料を新たに発見したとき』とは、少年の年齢超過等が事後的に明らかにされた場合のみならず、非行事実がなかったことを認め得る明らかな資料を新たに発見した場合を含むという解釈のもとに、同項を保護処分の決定の確定したのちに処分の基礎とされた非行事実の不存在が明らかにされた少年を将来に向かって保護処分から解放する手続をも規定したものとして運用する取扱いがほぼ確立されており、同項に関するこのような解釈運用は前記のような観点から、十分支持することができるというものである」と判示したが、その文中の「将来に向かって・・・・・・解放する」との文言の解釈をめぐって、その判旨について様々な推論がなされている。

しかし、右決定の主旨は、少年審判の実務においては少年法27条の2第1項の解釈運用についてほぼ確立された取扱いがなされており、そのような解釈運用は十分に支持することができるということにある。

(2) ところで、ここで「十分に支持することができる」とされた少年審判の実務の中には、少年法27条の2第1項の類推解釈によって非行事実ありの確定を前提とする不処分の決定に対し、非行事実の不存在を認定して不処分決定の取消しをした数多くの家裁決定も存在している(大阪家決昭35.11.17、岡山家決昭35.9.26、大阪家決昭37.4.30、神戸家決昭44.4.12、那覇コザ支決昭50.4.23、富山家決昭51.5.6、新潟家決昭57.3.31)。

右各決定は保護処分による現実的な人権の制限はなくとも「非行事実あり」という認定自体が少年に与える名誉の侵害を含む多様かつ重大な不利益を配慮して、少年を救済する必要性を認め、憲法及び少年法の理念を踏まえ、少年の名誉回復を含め将来の社会的不利益等の解放を目的としてなされたものである。

(3) 従って、最高裁判所が右のような審判実務を支持したということは、少年法27条の2第1項による保護処分の取消しにつき、必ずしも保護処分の継続中であることを要件とするものでないという考え方を示したと言うべきである。

(三) 「将来に向かって保護処分から解放する」の意味

(1) 昭和58年9月5日決定の「将来に向かって保護処分から解放する」との文言は必ずしも明確でないため、様々な解釈がなされているが、原々却下決定はこれを「刑事の再審手続と異なり、保護処分取消決定に遡及効を認めず、不当な保護処分の執行から現実的に救済することを目的とする限度において再審的機能を果たすべきものであり、不当な保護処分を受けたことによる名誉回復を目的とするものでない」という解釈の根拠とした。

しかし、「将来に向かって保護処分から解放する」という文言は名誉回復の目的と結びつけて一義的に読まなければならないものではない。

(2) まず「保護処分から解放する」というのは、「保護処分の執行から解放する」ということと当然同義ではない。「保護処分をうけたことからの様々な不利益から解放する」というふうに読むことも十分に可能であり、名誉回復を目的とする場合も含みうるのである。

(3) 「将来に向かって・・・・・・解放する」というのも同様である。これが仮に保護処分取消決定に遡及効を認めない趣旨としても、そのことから当然に保護処分取消は不当な保護処分の執行から現実的に救済することを目的とする限度にとどめることになる訳ではない。遡及効の有無は保護処分終了後の取消の実益の有無とは無関係である。 すでに課せられた保護処分がそれ自体遡及して取消されないとしても、取消を宣告し、将来に向かって汚名を晴らし名誉を回復する実益は十分にあるからである。従って、「将来に向かって」との文言も又、名誉回復の目的を否定する理由にはならない。

そもそも少年法27条の2の取消決定には遡及効がある。少年法46条但書は、「27条の2の規定により保護処分を取消した事件についてはこの限りではない」とし、いわゆる一事不再理あるいは二重の危険の禁止の例外とする。これは取消決定に遡及効を認め、保護処分決定がなかったものとみなし、本文の適用がないものとしたと解されている。

従って、最高裁判所で敢て「将来に向かって」という文言において遡及効を認めない趣旨を述べたとすれば右条項と整合しないことになる。「将来に向かって」という文言の趣旨は、単に過去の法律関係に影響を及ぼすものではないことを注意的に宣言したにすぎず、不利益からの救済は将来に向かってなされるにとどまらざるを得ないということを意味するにすぎないと言うべきである。

もし、最高裁判所が特に意識して遡及効を認めない趣旨で述べたとすれば、法46条の存在を考える限り、法27条の2の取消制度の中に遡及効のある取消決定の他に、新たに遡及のない取消決定を認めたものと言わざるを得ない。とすれば、規定の本来的効果を解釈をもって例外を創設したことになる。その真意は明確でないが、例えば、処分を取消した場合の刑事補償等の問題に対する配慮であったとすれば、名誉回復のための宣告だけの取消決定を念頭においていたとも考えられる。

(四) 「保護処分継続中」に関する合理的限定解釈

27条の2第1項には「保護処分の継続中」との文言が存在する。原決定は「保護処分の取消は、保護処分が現に継続中である場合に限り許されることは、同条同項の明定するところ」というが、これは誤っていると言わざるを得ない。

そもそも右条項は、立法の沿革上は、成人を少年と誤認して審判してしまった場合にその保護処分を取消すために作られた規定である。そのために、少年と確認された成人の人権保護のために「保護処分の継続中」を要件とすることで保護処分終了後には不利益再審を禁じ、もって過剰な不利益が生じることのないように配慮したのである。

ところで58.9.5決定が支持した解釈運用は、少年法27条の2第1項の取消制度を、非行事実の誤認による無辜を救済するための利益的再審として意義づけられるものであり、本件も同じである。

「保護処分の継続中」という文言が前述のような目的をもって付加されたものとすれば、本件のような利益再審の解釈運用にあたっては全く不要の要件であり、これを厳格に解する合理的根拠は全くないばかりか、有害である。

従って、少年法27条の2第1項における「保護処分の継続中」の要件は、不利益再審の場合にのみ要件として限定的に解釈すべきであり、それこそ再審制度を欠落させている少年法の合憲的解釈として求められることである。

(五) 他の条項との整合性

(1) 58.10.26決定における団藤裁判官の補足意見は少年再審における適正手続保障の根拠に関し「実に法1条の宣明する少年法の基本理念から発するものであると信じるのである。少年に対して、その人権の保障を考え納得の行くような手続をふんでやることによって、はじめて保護処分が少年に対して所期の改善効果を挙げることができるのである」と指摘している。「自分が法に従って適正に審判された」と納得のできない手続によって少年に下された保護処分や、事実誤認によって下された保護処分が真の教育効果をもたらすことのできないことは自明である。汚名を晴らす証拠があっても「時間切れでだめ」といわれるような少年手続は、少年の健全な育成を期する少年法1条の理念と明らかに矛盾するものである。

(2) 保護処分が終了する事由は成人に達した場合の他、本退院や少年法27条の場合が考えられる。同法27条は保護処分が競合する場合、いずれか一方を取消すことができると規定している。27条の2第1項による保護処分取消が「保護処分継続中」に限るとすると、競合した場合27条をもって取消されてしまえば、27条の2第1項による取消はもはやできないことになってしまう。

(3) 退院についても同様である。

少年法の規定では抗告、再抗告、27条の2第1項による保護処分の取消のいずれにも保護処分執行の停止をする効力はない。

従って、審理が長びけば、審理中において保護処分が終了してしまうこともあり、その結果もはや取消しができないという場合が当然起りうる。本件においても保護処分決定に対する原抗告審は3年も費やしている。

これでは「保護処分の決定の確定したのちに処分の基礎とされた非行事実の不存在が明らかとされた少年を将来に向かって保護処分から解放する手続」が全く審理期間の長短という偶然に左右されるものになってしまうのである。

これでは、汚名を晴らすチャンスの有無は裁判官や少年院の長など行政機関の判断に左右されることになってしまい、再審の目的からしてその不合理性、不公正は明らかである。27条の2第1項が一定の場合裁判所に取消の義務を課したことと明らかに矛盾する。少年が偶然的事由や第三者の判断によって公正な裁判を受けられなくなるとすれば、まさに憲法32条の裁判を受ける権利の侵害であり、少年であるが故の不当な差別である。

56.9.5決定の宣明した右手続は、少年審判における人権の尊重の趣旨からして、そのような偶然的事由により再審の申立の可否が左右されるような不合理な結果を容認したものとは考えられない。

(六) 原決定の判例違反

以上のとおり、58.9.5決定は、「27条の2第1項による保護処分取消は保護処分の継続中に限り許される」という考えは宅頭持っていなかったと言うべきである。

原決定は右最高裁判所判例に違反している。

3、昭和59年9月18日決定の解釈

(一) この決定のもとになった事案は中学校在学中に窃盗の非行事実で初等少年院送致の決定を受けた申立人が、保護処分の執行が終了した約20年後の「再審請求書」と題する書面により、非行事実の不存在と審理手続の違法を理由として右初等少年院送致決定の取消を求めたというものである。

右事案の詳細が不明であるが、執行終了後20年という期間が経過していることなど、事案の特殊性が右決定の基礎にある。

前述したように58.9.5決定では取消の申立につき「保護処分の継続中」に限るというようなことは考えていなかったはずであるが、右決定の及ぼす実務への影響を配慮し、最高裁判所をして再審申立の濫訴防止という観点から27条の2第1項に「保護処分の継続中」という文言による適用の限定という急ブレーキがかけられたと推察する他ない。この昭和59年9月18日決定は、少年の人権保護の拡張という立場を最大限尊重してきた前記昭和58年の2判例とは明らかに一貫していない。

(二) しかし、再審申立の濫訴の防止は仮に必要であるとしても、それは証拠の明白性、新規性といった実質的要件で考えるべきであって、申立時期な限定するというようなことは憲法上許されないことである。真犯人が出てきても「時間切れであきらめろ」というのは再審の本質を没却してしまうことだからである。従って、59.9.18決定は事例判断としての価値しかないものと考えるべきである。もし、そうでなければ、最高裁判所の少年審判制度に関する少年の人権尊重という基本的流れに反する右決定は変更されるべきである。

4、昭和60年5月14日決定の解釈

(一) 原決定は「27条の2第1項による取消が名誉回復を目的とするものでないことは60.5.14決定の趣旨からも明らかである」というが誤りである。

60.5.14決定は「非行事実あり不処分」という決定に対する抗告はできないとしたものであるが、決定文は「原審の判断は正当であり」というだけで理由は何一つ述べていない。

そこで原審である東京高等裁判所昭和59年12月24日決定を見ると、「抗告の対象にできる決定は、右規定の文理に照らすと、本来同法24条1項所定の保護処分の決定に限られていると解すべきものであって、法の趣旨とするところは、まさに保護処分のみが少年にとって不利益な処分であるとし、これに対してのみ少年に上訴による救済を与えるというにあると思われる」と述べているにとどまる。要するに、少年法32条の文理から抗告することのできる決定は限定されており、その中に不処分決定が定められていないことを否定の理由としているのであって、どこにも名誉回復の目的を否定する文言はない。

(二) さらに60.5.14決定は抗告の対象となった不処分決定を「決定主文に示された結論に着目する限り、少年らにとって利益な裁判といわなければならないから、ただちに少年に上訴の利益を認めることの合理性は乏しい」としている。これに対し本件で取消の対象となった決定は初等(中等)少年院送致の保護処分決定があり、不利益処分そのものであって、対象となった決定の質が全く異なると言うべきである。

(三) 以上のとおりであって、60.5.14決定の趣旨と「27条の2第1項の取消が名誉回復を目的とするものでないこと」とは直接的な関連性を有するものではなく、60.5.14決定が原決定の結論に何らかの論拠を与えるものでもない。

三、憲法の理念に基づく少年再審の実現を

原決定は「保護処分の取消をいかなる場合に認めるかは本来立法政策の問題である」として、現実に生起している少年寃罪の救済の必要性に目を閉じている。

国家によって加えられた汚名を晴らし、名誉の回復を目的とする再審制度の存在は、憲法の上の基本的人権に基づく要請であり、昨年11月第44回国連総会において採択された「子どもの権利に関する条約」にも定められたものである。

原決定が指摘するところの少年保護制度、手続の特質、保護処分の本質のいずれに鑑みても少年手続における再審制度の意義は刑事手続における刑事再審制度の意義と何一つ変わるところはない。

従って、少年手続に再審制度がない状態は違憲状態であり、最高裁判所もかかる違憲状態を解消するために、少年法27条の2第1項の解釈適用をもって補完してきた実務を支持したのであって、現実的な必要性を認めたからに他ならない。少年法27条の2第1項の解釈をもって、刑事再審と同様の救済制度としてこれを活用することは憲法上何ら支障がなく、却ってその要請に応えるものである。しかし、もし仮に条文解釈の限界を問題とするならば、直接憲法31条を根拠にして、少年手続に再審を認めるべきであって、決して立法政策の問題として回避すべきでない。

ただ、刑事再審においても再審事由の要件があるように、再審の性格をもつ保護処分の取消についても、申立を認めるための要件をどの程度広くするか狭くするかについては立法政策の余地もあろう。しかし、それは再審の本質を損なうものであってはならない。真犯人の出現のような、新規かつ明白な証拠が発見されたような場合には、いつでも雪寃のための機会が与えられなければならないはずである。

幸い少年法27条の2第1項は、十分に名誉回復を目的とした再審機能をもつ条項として合憲的に解釈できるものと考える。最高裁判所が58.9.5決定の基本的な趣旨に忠実になればよいだけのことである。

最高裁判所はいつまで再審制度のない少年手続を放置しておくのか。

最高裁判所の勇断が今こそ求められるのである。

第2、保護処分の相当性判断の憲法違反及び判例違反

一、原決定の原々決定却下決定批判とその内容

1、原決定は、現在も未成年である少年U・M、同D・I、同H・Jに関し、浦和家庭裁判所の却下決定(以下、「原々却下決定」という)が「新たな保護処分の執行が残存するから現実的な救済にならないとして少年法27条の2第1項による前者の保護処分の取消を否定」したことについてこれを批判し、先後の保護処分が競合する場合でも、前者の保護処分が存続する限り、「これによる心理的な強制や生活上の束縛を受けることは否定できない」と少年の人権保護に理解を示し、誤ってなされた前者の保護処分を取消す「利益と必要」を認めている。

原々却下決定に対する右批判は当然であり、この点に関し原決定が示した保護処分の不利益性や少年に対する人権保護の見地には一応賛同できるところである。

2、さらに、原決定は、原々却下決定が「当該保護処分決定において認定された非行事実の一部が不存在であることが判明しても、残余の非行事実を基礎にして少年に対し何らかの保護処分が必要で(註、傍点は附添人)」あったと判断した点についても批判を加え、「保護処分取消の要否を判断するにあたっては、保護処分一般ではなく、その種類の点をも含め当該保護処分から解放すべきかどうかを判断すべき」とする。そのうえで、当該保護処分の基礎となった複数の非行事実のうち、一部の事実が存在しないことが判明した場合の判断について、原決定は、「残余の非行事実だけでは当該保護処分に付するだけの要保護性に欠け、当該保護処分を維持することができないときに、全部につき審判権がなかったものとして保護処分を取り消すことができるものと解するのが相当」と判示した。

3、原決定は、原々却下決定に対し「その理由において適切を欠く」と厳しく批判しながらも、結局のところ、本件各保護処分の核心的な非行事実である強姦、殺人の審理を巧妙に回避し、「強姦、殺人の非行事実を除いた」窃盗の非行事実について、その要保護性を自ら改めて審理したうえ、少年U・M、同D・I、同H・Jに対する各少年院送致の本件保護処分が相当であったとして、原々却下決定の結論を支持したものである。

二、原決定の相当性判断の憲法31条、32条違反と判例違反

1、この原決定が示した保護処分取消の要否に関する処分の相当性判断は、少年再審事件として争われている本件の「強姦、殺人の非行事実の存否」という最も肝心な論点を形式論理をもってすり替えたにすぎず、そればかりか、非行事実の不存在を主張し新証拠の審理を求める少年らの公正な裁判を受ける権利(憲法32条)を奪い、少年審判における憲法31条(適正手続きの保障)の適用を認めた昭和58年10月26日最高裁第一小法廷に反するものである。

2、保護処分を決定するための要保護性について、複数の非行事実を個別化して、その一部で判断評価できるとする原決定の一般的な考え方は、少年の健全な育成、保護を目的とする少年審判及び保護処分制度からみて二重、三重の基本的な誤りを冒している。

まず第1に、この考え方は非行事実の事実認定を不明瞭にし形骸化させるものである。非行事実は保護処分の前提の条件であり、要保護性の主要な要素である。原決定のように、複数の非行事実を個別化分断して要保護性を判断できるとすれば、例えば、A乃至Dの4つの非行事実があった場合、ABの非行事実が認定され、それだけで中等少年院送致が相当と判断されれば、残るCDの非行事実の認定はどちらでもよいとの考え方を招きかねないし、困難な事実認定手続きを回避する逃げ道を与えるおそれがある。

この考え方は、単に事後審的な保護処分取消制度だから許されるというものではなく少年審判の根幹にかかわる問題である。保護処分の相当性にかかわる非行事実の個別化分断的評価方法は、まさに少年審判の司法的機能を弱める結果を生み、少年の人権保護を重視しようとする最高裁判例や実務の流れに逆行するものであって許されない。

3、第2に、要保護性の判断は、当該処分の決定時における少年をとりまく環境等諸事情の総合的評価のうえに立つものである。複数の非行事実の存在は、その1つ1つが当該少年に対する要保護性の重要な要素であり、逆にその一部の不存在は単に要保護性の量的な減少を意味するだけではない。非行事実不存在との認定に至る審判過程も又その要素として考慮されるべきものである。その過程とともに自分の無辜が認められたことの結果は、大きな感銘力をもって当該少年のおとな社会への不信感を解消する方向に導くこともあろうし、本人の更生意欲を促すきっかけを生み、あるいは両親・家族らの見方にも変化を与えるなど、要保護性評価のうえで重要な諸事情を新たに生み出す可能性がある。このことは、昭和58年10月26日最高裁第一小法廷決定における団藤裁判官の補足意見が「少年に対してその人権の保障を考え納得の行くような手続きをふんでやることによって、はじめて保護処分が少年に対して所期の改善効果を挙げることができる」と指摘しているところも全く同趣旨であろう。

従って、原決定が「強姦、殺人の非行事実を仮に除いたとしても」として、あるいは原々却下決定が「強姦、殺人保護事件が非行なしとしても」として、最も重大な非行事実の認定をいずれも棚上げして、窃盗の非行事実からのみ本件各保護処分の相当性を検討することは適正な評価方法ではなく、憲法31条に反する不公正なやり方である。

4、特に本件における少年らの非行事実とされているものは、窃盗と強姦、殺人という全く異質の犯罪行為である。

少年U・M、同D・I、同H・Jらのこれまでの非行は概して消極的非行といわれるもので、強姦・殺人といったいわゆる粗暴な積極的犯行は全く存しない。そのこと自体本件殺害事件と少年らとの無関係を示す重要な資料であるが、そのような非行傾向の少年らであればこそ、全く質的に異なる強姦、殺人の非行事実の存否は要保護性に重大な影響を及ぼし、その保護処分決定は勿論、その後の教育、処遇方法にも大きな違いがでてくる。例えて言えば、多数の窃盗の非行事実のうち1件の存在が否定された場合とは根本的に異なるものである。しかし、原決定はこの根本的差異を看過している。

5、多数の非行事実認定のうえでなされた保護処分決定に対し、抗告審で内何件かの非行事実が不存在とされたケースについて、実務ではその多くが「決定に影響を及ぼす重大な事実誤認」にあたるとして、取消ないしは、差し戻し後元の決定より軽い処分になっている(平成2年10月30日付原審への抗告申立補充書5頁乃至9頁及び添付一覧表参照)。

これらの実務の傾向は、非行事実を要保護性の重要なファクターとみ、前記3、4の審判過程及び非行事実の質的差異などの事情を重視する考え方からくるものである。

従って、原決定の量的比較による安易な要保護性の見方は、この実務の傾向にも反する。

6 (一) 原決定は、原々却下決定より更に詳しく前記少年3名の非行歴や生活環境などを摘示し、保護処分浦和決定を相当とする根拠にしている。

しかし、この原決定の挙げる事由は、保護処分浦和決定やその抗告審たる東京高裁決定における各少年院送致の処分事由とはその基礎が全く異なるものである。原決定の手法は、今まで対象とされてきていない理由を突然列挙して強引に処分の相当性を論拠づけようとするもので、いわば不意打ちともいうべく、不公正かつ適正手続きにもとる審判といわざるを得ない。

(二) 保護処分浦和決定がなした各少年院送致の処分決定の理由は、明らかに本件強姦、殺人に関する非行事実の重大性にあり、審判での少年らの否認態度を悪性と重視し、罪障感及び更生の意欲の著しい欠如の根拠としていることが明白である。

すなわち、例えばU・Mについては、「本件強姦及び殺人の非行の態様はまことに残虐非道のものであり、その前後に犯した窃盗の手口も大胆かつ積極的なものであるが、少年の反省悔悟の念は薄く、ことに捜査官の取調べの際に、本件殺人の非行については早くから自供しながらも、事件の全貌については、いい加減な供述をするなど不誠実な態度をとり、さらに本件強姦及び殺人の事件につき当庁に送致されてきた後、上記のとおり裁判官に対し自供しながら、最終審判が近づくや一転して、不自然な否認を固執し、反省はもとより殺人、強姦の被害者に対し一片の憐憫の情も示さない態度をとり続けていたのであって、その罪悪感及び更生の意欲の欠如はまことに著しく、後記性格上の偏りと相俟って、犯罪的傾向は極めて進んでおり、かつ根深いものと認めざるを得ない」との決定理由で明らかなとおり、強姦、殺人の非行事実の存在こそが少年院送致の中核的事由になっている。このことは、B・Y、D・Iについても、若干の表現は異なるものの全く同様の内容である。

H・J、D・Yの二人に対する決定は、前記三人ら程に露骨には表現されていないが、結局は強姦、殺人に関与した非行事実とそれを全面的に否認したことが実質上決定的な理由となって少年院送致の処分となっていることに変わりはない。

(三) この保護処分浦和決定の抗告審たる東京高裁決定も、まさに強姦、殺人の非行事実の存否を唯一の争点として審理したうえ、その存在を積極的に認定して原保護処分を正当としたのである。

従って、本件各保護処分の基礎が強姦、殺人の非行事実であることは明らかであるから、その保護処分取消申立においても処分の相当性を評価するためには、この基礎となった非行事実の認定の正誤が判定されなければならないことは当然であろう。

特にD・Yに関していえば、他に非行歴も少なく、本件強姦、殺人との関係がなければ、到底中等少年院送致の処分を受けるはずもない。原決定は、D・Yについては保護処分取消の地位そのものを否定し、処分相当性の判断を回避したが、その判断の恣意性、不公性さは明らかである。

原決定にいう「強姦、殺人の非行事実を仮に除いたとしても」との棚上げ論理は、右非行事実に関する事実審理を回避する意味で、少年らの憲法32条の公正な裁判を受ける権利を害するものである。

7 (一) 原決定がU・M、D・I、H・Jの各少年に対して摘示した非行歴等の各事実については、前記のとおり原保護処分決定の各審判、抗告審においては争点とならず、審理の時間的制約からも十分な検討がされていない。原決定が採用したと思われる各社会記録の内容についても同様であり、附添人らはこれに対する意見を述べてもいない。その理由は、強姦、殺人の非行事実の存否こそ、少年らの一生を左右する重大事であり、要保護性の決定的ファクターとして審判に関係した誰しもが考えていたからである。

もし仮に、原決定のような処分の相当性に関する評価方法をとるとしても、改めて原々審に要保護性についての審理をさせるべく差戻すのが公正なやり方である。これらに関する少年ら側の意見等を述べる機会すら与えず、保護処分決定時とは異なる理由をその根拠とすることは憲法31条及び少年法の目的(第1条)から保障された適正手続きに著しく反するものであり、昭和58年10月26日最高裁第一小法廷決定にも反する。

三、浦和家庭裁判所への差戻しが必然

1、仮に原決定の立場に立つならば、少なくとも未成年者である少年U・M、同D・I、同H・Jについては強姦、殺人に関する各少年院送致の保護処分が継続している限りこれを取消す「利益と必要」がありうることになる。

当該保護処分が相当であったか否かの要保護性については、決定当時の諸事情を総合して評価判定されなければならず、その中には最も重大なファクターであった強姦、殺人の非行事実の存否の認定は不可欠である。

従って、本来、原決定は、少年の人権を重視した見方、論理を一貫させるならば、処分の相当性の評価を誤った原々却下決定を破棄し、非行事実の存否も含め事実調べをさせるために浦和家庭裁判所に差戻すことが、憲法31条、同32条及び少年法1条から必要であった。これをせず自ら要保護性について拙速に判断した原決定は、右憲法及び裁判所の合理的裁量による羈束を認めた最高裁判例に反し、いずれも決定に影響を及ぼす重大な誤りである。

第3証拠の新規性と決定に影響を及ぼすべき憲法及び判例違反と重大な事実誤認(編略)

第4著しく正義に反する重大な事実誤認(編略)

第5第三者の犯行を示す三大物証と捜査当局の証拠隠匿(編略)

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