大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(あ)434号 決定 1993年10月26日

被告人 中川徳章(昭和25.3.8生)

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人菅田文明の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお、原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、ビデオテープレコーダー用映像の企画、制作並びに販売等を目的とする株式会社九鬼の代表取締役として同社の業務全般を統括していた者であるが、同社の業務に関して、「あぶないセーラー服」と題するビデオ録画の制作、販売を企画し、斉藤久志に脚本の作成及び録画の監督を委嘱し、同人に対して事前の企画段階や脚本原案の検討段階において具体的に指示を与えるなどし、他方、マウントプロモーションの名称でモデルや女優の有料紹介業を営んでいる原正明から売り込み方を持ち込まれていた同プロモーション所属の当時15歳の児童(以下、「本件児童」という。)を、自ら書類審査し、同社の制作担当者をして面接を行わせた上で、右ビデオ録画に主演女優として出演させることを自ら最終決定し、原正明との間で、被告人及び原正明それぞれにおいてその従業者を介して、本件児童をして同社が制作するビデオ録画1本に出演料80万円で出演させる契約を締結し、その上で、本件児童をして、斉藤久志の指揮監督の下に、2日間にわたり、いずれも午前8時ころから午後10時ころまで、東京都渋谷区内のスタジオなどにおいて、同社の制作関係者が事前に立てた録画予定表に従い、男優を相手として、露骨な性戯、模擬性交などのわいせつな演技をさせるなどし、もって、右原正明および斉藤久志らと意思相通じ、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的でこれを自己の支配下に置いたというのであって、右の事実関係の下においては、被告人が児童福祉法60条3項にいう「児童を使用する者」に当たることは明らかである。

よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 味村治 三好達 大白勝)

〔参考1〕 上告趣意書平成2年(あ)第434号

上告趣意書

被告人中川徳章

右の者に対する児童福祉法違反被告事件についての上告趣意は以下のとおりである。

平成2年6月4日

右弁護人弁護士○○

最高裁判所

第一小法廷御中

第1判例違反

1 原判決(東京高等裁判所平成元年(う)第129号)は、児童福祉法第60条第3項の「児童を使用する者」の解釈について、東京高等裁判所昭和40年1月19日付判決(高刑集18巻1号1頁、昭和39年(う)第182号児童福祉法違反被告事件、同高裁第6刑事部)に相反する判断をしており、同法同項については同法が施行後最高裁判所の判例も存しないのであるから、右原判決は刑事訴訟法第405条3号により破棄を免れないものである。

以下に詳細を述べる。

2 原判決は、児童福祉法第60条3項にいう「児童を使用する者」の解釈について、単に「児童と雇用関係類似の密接な社会関係において児童の行為を利用し得る地位にある者をいう」とし、被告人を同法第60条3項の「児童を使用する者」であると判示している。

3 これに対し、東京高等裁判所昭和39年う第182号児童福祉法違反被告事件における同40年1月19日付の同高裁第6刑事部の判決は、右児童福祉法第60条第3項の「児童を使用する者」の解釈について、「児童と継続的雇用関係にある者のみ限定すべきではないけれども、少なくとも、児童の年令の確認を義務づけることが社会通念上相当と認められる程度の密接なむすびつきを当該児童との間に有する者に限定すべきである。」とし、さらに「これを広く児童の行為を利用し得る地位にある者一般殊に児童との社会的関係が比較的薄い者にまで拡張することは相当でない。」とし、本件より被告人と児童との関係がより密接と言える事案について、被告人の「使用者性」を否定しているのである。

4 原判決が右第3項の判決のような解釈を「使用者」についてなしていたならば本件被告人には使用者性は認められず、従って仮に被告人に過失があったとしても被告人は無罪となった筈である。

そこで、以下に両判決における事実関係の違いを指摘し、児童と被告人との関係が稀薄な本件被告人に同法第60条3項にいうところの「使用者」性を認めた原判決がいかに不当なものであるか明らかにする。

東京高裁昭和39年う第182号事件における被告人は、

(1) 偶々川崎市内で(直接)知り合った、面識の浅い児童に対し撮影のモデルになることを直接勧誘し(本件の被告人は、児童の所属する、即ち当該児童と直接の雇用関係に立ち児童を直接支配しているところのプロダクション経営者原正明から紹介を受けただけである。)、

(2) しかも、その報酬についての交渉をし、児童から出演についての直接の承諾を得(本件被告人はそれまで、何らこの種のトラブルのなかった右原正明を信頼し、未成年者ではないとの同人らの言を信じ学生証等の資料による確認も社員らにさせた上で児童と直接でなしに原正明との間接的な出演交渉しかしていないのである)、

(3) 撮影自体についても、自らこれをなし、(これに対し、本件被告人は、出演の諾否、撮影自体は、社員及び委託した監督にまかせている)、

(4) またカメラマンである別件の被告人は、撮影現場においても、女優である児童に対しての支配権を直接有していた(これに対し、被告人には直接の支配権等全くなく、プロダクションであるマウントプロモーションの原正明やマネージャーの意向、さらに児童である女優の意思に反することはもとより、現場の監督の意思に反してさえ作品の撮影は困難であった)のである。

5 結局原判決は、児童福祉法第60条3項にいう「児童を使用する者」の解釈を単に「児童と雇用関係類似の密接な社会関係において児童の行為を利用し得る地位にある者をいう」とだけ解し、前記東京高等裁判所昭和40年1月19日付判決が指摘するところの、「これを広く児童の行為を利用し得る地位にある者一般殊に児童との社会的関係が比較的薄いものにまで拡張することは相当でない」との点を無視したために被告人を「児童を使用する者」としたとしか言えず極めて不当な判決と言えよう。

6 立法論として、児童に関与する者一般に年令確認を義務づけ、過失により年令を知らないときでも全て処罰する旨を定めることも、児童の福祉を考えたとき必要であるとの考えもあろう。

しかしそれはあくまでも立法論である。

現行の児童福祉法が、何故例外として年令について過失しかない「使用者」を処罰することにしたのかは、前記東京高等裁判所昭和40年1月19日付判例が指摘するように、「使用者」は、児童と密接な社会的関係にあり、当該児童の健全なる育成を担うに相応しい地位を有するにほかならないからである。

本件被告人のように、単発で、しかも一定時間だけ、結果として児童であった者をその女優が属するプロダクションとの契約に基づいてビデオに出演させることになっただけの児童との社会的関係が比較的薄い者に「使用者」性を認めることは、まさに「使用者」という言葉についての社会通念を変えてしまうことになろう。

本件における児童の「使用者」は児童を継続的に雇用し、事務所に居住させていたマウントプロモーションの原正明であり、被告人のように児童との関係が極めて薄い者にまで「使用者」性を認めることは「使用者性」の概念の前壊となろう。

7 これまで判例において、児童福祉法第60条3項の「使用者」であるとされた者は、

(1) 貸席業者である者が児童を接客婦として自宅に寄寓せしめ、同女が売淫行為によって得た利益の中から一部を寄寓の費用として受け取っていた者とか(広島高裁松江支部昭和26年10月22日判決、集4巻11号112頁)、

(2) 児童を自己の店に雇い入れて住み込ませ、淫行のための一定の場屋その他の設備を提供する等間接的にせよ児童の淫行に原因又は影響力を与えた者とか(東京高裁昭和27年9月22日判決、判決特報37号12頁)、

(3) 接客婦を下宿させ、衣装等を整えさせ、連絡のあるサロンで客待ちをし、客との交渉に依って待合に行って売淫行為をさせその待合業者から売淫料を受け取り被告人に交付した者(大阪高裁昭和31年2月21日判決、集9巻2号147頁)、

のように、「児童」の日常生活を全面的と言える程に支配し、児童との関係が極めて密接で、法的に雇主と被用者との関係にならずとも、それと同等か、それ以上の関係に立つ者にしか、「使用者」性を認めていないのである。

8 これに対し本件における被告人は、児童との関係で言えば、児童との間で専属契約をしている訳ではないのであるから継続的関係等全くなく、単に1本のビデオに出演交渉をプロダクションとしただけの者であり、児童とも1回だけ道で会ったというだけの者である。児童との密接性は極めて薄いのである。

もし、本件被告人を「使用者」であるとするならば、いかに奇弁を弄しようとも、「使用者」について一般人が有する意味(社会的通念)を、変更することになろう。本来その言葉が有する意味内容を変えてまで無理な内容を盛り込むというのであれば、まさにそれは刑法の基本原則であるところの罪刑法定主義の一派生原理である類推解釈の禁止を無視しこれをなす暴挙と言えよう。

第2原判決は、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる「判決に影響及ぼすべき重大な事実の誤認」がある。

1 原判決は被告人をして、児童福祉法第60条3項にいう「使用者」である旨の事実認定をしているが、被告人は同法同条同項の使用者とは言えない。

以下にその理由を述べる。

2 まず被告人は、児童の雇主である原正明との間で、ビデオ1本の出演契約を締結した者でしかなく、児童に対し継続的、社会的関係等全くない者である。

3 撮影現場においても、女優である児童に対し、支配権を直接に有していたのは、児童に対しまさに使用者と言えるマウントプロモーションの関係者であり、監督である。決して被告人にはなかった。

4 被告人は道路上で「児童」を一瞥しただけであり、何ら密接な関係は全くない。

5 本件における雇主はマウントプロモーションの原正明であり、被告人ではない。「使用者」の概念と被告人は極めて遠い距離にある。

〔参考2〕 上告趣意書(二)

平成2年(あ)第434号

上告趣意書(二)

被告人中川徳章

右の者に対する児童福祉法違反被告事件についての上告趣意は以下のとおりである。

平成2年6月12日

右弁護人弁護士○○

最高裁判所

第一小法廷御中

第1 憲法第31条違反

1 原判決(東京高等裁判所平成元年(う)第129号)は、児童福祉法第60条第3項の「児童を使用する者」の解釈について、「児童と雇用関係類似の密接な社会関係において児童の行為を判用し得る地位にある者をいう」とし、被告人を同法第60条3項の「児童を使用する者」であると判示しているが、右判断は、同項の「児童を使用する者」の解釈において、言葉が通常持つ意味内容の範囲から明白に逸脱しており、類推解釈により実質新たなる法規を創出したもの、即ち法律によらずして被告人を処罰したものといえ、憲法第31条が国民に保障しているところの「何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないとの規定に反するものである。

従って刑事訴訟法第405条1号に反するので破棄を免れない。

被告人が、児童福祉法第60条3項にいう「児童を使用する者」に該当しないことについては、平成2年6月4日付上告趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

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