大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成10年(行ツ)28号 判決 1998年10月08日

東京都文京区本郷三丁目二〇番一号

上告人

株式会社シモン

右代表者代表取締役

利岡信和

右訴訟代理人弁護士

中島茂

池田彩織

同弁理士

松浦恵治

東京都渋谷区広尾五丁目四番三号

被上告人

ミドリ安全株式会社

右代表者代表取締役

松村不二夫

右訴訟代理人弁護士

田倉整

土岐敦司

同弁理士

佐藤安男

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第五〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年九月一七日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中島茂、同池田彩織、同松浦恵治の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)

(平成一〇年(行ツ)第二八号 上告人 株式会社シモン)

上告代理人中島茂、同池田彩織、同松浦恵治の上告理由

一、まとめ

原判決には、審理不尽、理由不備の違法がある。

すなわち、原判決は、本件考案に示されている「薄シート状部」は、甲第八号証、および甲第九号証から「きわめて容易に想達できる」、従って実用新案法三条二項により登録を受けることができないものと判断している。

しかし、出願されている考案が先行技術に基づいてきわめて容易に考案することができたかどうかは、出願当時の技術水準に基づいて判断されるべきであるのに、原判決は出願当時の技術水準についてなんら審理することなく、漫然と、部厚い三段山状突起(甲第八号証)や断面長方形の立上り部(甲第九号証)の構造から思い付くことができると判断しており、審理不尽、理由不備の違法がある。

二、本件の争点

本件考案は、二層底安全靴において、甲皮の下部周縁をぐるっと「薄シート状部」で覆い、歩くときに靴底が曲がっても周囲を囲んでいる「薄シート状部」が柔軟であるため、ぴったりとくっついたまま対応して容易に曲って歩きやすいようにすること、また、「薄シート状部」としたため剥がれることのないようにすること、また、その結果、剥がれた部分から水が浸入しないようにすることを狙った考案である。

このような「薄シート状部」という構造部分は本件考案出願時には存在しなかった。そこで、本件考案は特許庁において登録査定を受けたのである。

ところが、甲第八号証には「かなり部厚い三段山状に突起した立上り縁部」が、甲第九号証には「断面長方形状の立上り縁部」が、それぞれ示されている。

そこで、争点は、この甲第八号証、甲第九号証に「薄シート状部」という構造部分が、技術思想として開示されているか否かにある。

三、原判決の認定

この点について、原判決は、甲第九号証に示されている「断面長方形状の立上り縁部」は「厚手のものでなければならないことについては何らの記載もなく」(二〇頁)、「その厚さは適宜の厚さで足りることが開示ないし示唆されている」(二八頁)として、「当業者にとってきわめて容易に想達できる」と結論しているのである。

しかし、原判決の言い方を借りるならば、甲第九号証には、突起部について「その厚さは適宜の厚さで足りる」ことについては「何らの記載もない」のである。また、適宜の厚さで足りることが「示唆されている」という判決の表現自体に明確に認定することの逡巡が表れている。

四、原判決の問題点

原判決には、根本的な問題点がある。

すなわち、「きわめて容易に考案することができたときは」という実用新案法三条二項の要件を判断するためには、出願当時の技術水準を基礎として、当業者が、きわめて容易に考え出せたかどうかを検討しなければならない。

しかるところ、先行技術を当業者が見る場合は、自分たちが持っている技術情報、知識、経験、常識を基礎として、その範囲内において、考え、技術思考を巡らし、判断する。当業者の思考は、こうした技術情報によって客観的に限定されているのである。

こうした考え方は裁判例にも表れている。たとえば、大審判昭和一二年三月三日号外一七号五七頁(軸流ポンプの始動方法事件)判決は、「本件出願前当業者が本件方法より劣る方法を実施していたとすれば、特別の事情がない限り、本件方法は容易に想到しえるものであるとは認めることはできない」と判示している。つまり、当業者は「劣る方法」が脳裏に浮かぶのであり、その範囲内で思考するから、「容易に想到しえない」のである。

同様に、東京高裁判決昭和四六年九月二九日無体集三巻二号三三八頁(携帯時計の側事件)判決は、「傷つかないいわゆるスクラッチプルーフの時計側に関する業界の課題ならびに金属炭化物の製造法は周知であったとしても、金属炭化物が装飾的効果を要するものに使われた事例がなく、かつ、周知の製造法によって高い精度を要する複雑な形状を有するものを製造することが困難であると予想されていた以上、時計側の材料として金属炭化物を用いることは当業者が容易に想到しえるものではない」と判示している。

五、出願当時の技術水準

しかるに、本件考案出願当時の技術水準では、射出成形した際、周縁部に突出する部分を「薄シート状部」にしようとしたら、第一に「薄シート状部」に対応する金型を精密に削りださなければならない。第二に、その金型内の中空部に満遍なく樹脂等を射出するために、<1>充填する樹脂等の粘性を下げる、<2>特に高圧で射出する、<3>金型を高温に保つ、といった、特殊技術を用いなければならない。さもないと、樹脂など充填剤が薄シート状部に対応する金型先端部まで達するための通路は狭いため、充填剤が金型の温度の影響を受けて冷却され、途中で固まってしまうからである。

従って、射出成形によって製造しようとする場合、なんらかの特別な目的がないかぎり、こうした特殊技術を使ってまで射出成形によって突出した部分を「薄シート状部」として成形しようとする発想は思い浮かばない。

六、甲第八号証、甲第九号証

1、甲第八号証

本件考案出願当時、当業者は、右に述べた技術基盤に立って先行技術を見たのである。その場合に甲第八号証、甲第九号証をどのように見たか。

甲第八号証は射出された樹脂が、甲皮と靴底との間から自然に突出しているが、外観上、いかにもみっともないので、デザイン的な意味で「かなり部厚い三段山状に突起した立上り縁部」としたのである。

当業者としては、射出成形で必然的にでてしまう突出部分をデザイン的に処理しようとするこの方法に関心はしたことであろう。しかし、それ以上のものではない。

しかも、原判決が甲第八号証には、詳細に論及していないことから判るように、「かなり部厚い三段山状に突起した立上り縁部」はどう見ても「薄シート状部」を連想させるものではない。

当時の技術水準、技術基盤に立つ当業者が、ここから右に述べた技術的困難性を乗り越えて、「これを薄シート状部としたら、すばらしい効果が得られる」と「きわめて容易に想達できた」筈がない。

2、甲第九号証

また、甲第九号証には「断面長方形状の立上り縁部」が示されている。

しかし、これは甲第九号証自体に説明されているように、「オーバーシューと内層との結合を高めるため」であって、要するに、外層と内層との接着面積を、より広くするために、周縁部を立ち上がらせたのにすぎない。この構造部分を見た当時の当業者は、当然、右に述べた技術的基盤の範囲内で考えているのであるから、そこから「なるほど、こうすれば外層と内層とを、より、しっかりと接着できるな」と理解はできる。しかし、その場合、右に述べた特殊技術を用いてまで、「これを薄シート状部として、屈曲容易性という素晴らしい効果が得られる」などと、「きわめて容易に想達できた」筈がないのである。

七、審理不尽

しかし、原判決は、当時の射出成形技術の状況、当業者の常識、技術的基盤などについてまったく審理することなく、安易に「当業者であれば、甲第八号証、甲第九号証から、きわめて容易に本件考案に想達できた」と認定している。この点に、審理不尽の違法があるといわざるを得ない。いわば、その認定は「部厚い構造部分は、より薄い構造部分を含む」といった程度の、「大は小をかねる」という考え方である。大と小との技術思想の違いはまったく問題にしていない。また、常識的には「大」しか発想しない当業者が、あえて「小」を思い付くかどうかについては、なんら審理を行っていないのである。

しかも、記録をご精査いただければ判明するように、原判決における審理は、「薄シート状部とすれば、厚いシート状部の場合よりも、本当に、容易に曲がるのか、剥がれにくいのか、水漏れがしないのか」という点に、終始、重点が置かれていた。甲第二四号証、甲第二七号証、甲第二八号証、甲第三二号証は、すべてそうした物理的実験に関する報告である。原審における審理の大半で、こうした点を巡って原告、被告の間で真剣なやりとりが行われていた。

原裁判所が、争点は甲第八号証、甲第九号証に「薄シート状部の技術思想が開示されているかどうか」であると考えていたのならば、早期に訴訟指揮を行って争点整理をなすべきであった。

ところが、原判決は、いたずらに物理的実験に時間を費やし、弁論兼和解手続き最終の一回前の期日において、突然「甲第八号証、甲第九号証に薄シート状部の技術思想が開示されているかどうかが争点である。その点についての被告の準備書面の次回提出を待って結審する」と言い渡したのである。

その結果、射出成形の技術や当業者の認識について、何ら事実審理を行うことなく結審し、原判決に至った。

この点に重大な審理不尽があると言わざるを得ない。

以上

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