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最高裁判所第一小法廷 平成元年(行ツ)103号 判決 1991年11月14日

東京都渋谷区大山町三九番八号

上告人

南部達雄

同所同番同号

上告人

南部宏子

同所同番同号

上告人

阿部晴美

東京都渋谷区大山町三九番六-二〇二号

上告人

南部禎子

右四名訴訟代理人弁護士

福本基次

斎藤方秀

東京都港区芝五丁目八番一号

被上告人

芝税務署長 淡島章一

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行コ)第六号相続税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成元年五月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  本件上告を棄却する。

二  上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人福本基次、同斎藤方秀の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治)

(平成元年(行ツ)第一〇三号 上告人 南部達雄外三名)

上告代理人福本基次、同斎藤方秀の上告理由

第一 原判決は、営業権の評価方法を定めた評価通達一六五所定の算式(第一審判決添付別紙二の算式2の「超過利益金額」を求める算式(以下算式という。))において、「前記算式中の『平均利益金額』の計算上、手形割引料をなかったものとするのは、右の具体的な額(現実の収益力)を算定するに当たり、企業の純粋な事業活動によってあげた収益を基礎とするのが営業権の評価上適切であるため営業外の費用である手形割引料をなかったものとする趣旨であって、いわゆる二重控除を防止する趣旨ではないと解するのが相当である。したがって、前記算式中の『平均利益金額』の計算上、手形割引料をなかったものとしてこれが加算されることになったからといって、手形割引残高を同算式中の「総資産額」に含めて標準利益金額を算出してさきに加算された手形割引料相当分を控除しなければならないものではないというべきである(手形割引料が「平均利益金額」に加算されたとしても、そのこと自体により直ちに評価上の不合理及び税負担の不公平が生ずるとはいいきれない。)。」とした。

しかし、原判決は、「当該企業から銀行等に所有権が移転し、企業の資産を構成するものではない割引手形の残高は「総資産額」に含まれるものではないというべきである」という一般論と本件算式という一つの算式中における、手形割引料と割引手形残高の取扱いについての矛盾・不合理・不公平とを混同するという明らかに矛盾した説示をするばかりか、一方で、本件算式中の「後半部分の「総資産価額×〇・〇八」(標準利益金額)は抽象的、観念的な額であることが明らかである」とするが、他方で、「前記算式中の「総資産額」は、課税時期における総資産の価額すなわち、現に企業に投下されている資産の額を基準としてこれらをとらえるべきものといえる」という明らかに矛盾した説示をしており、その理由は支離滅裂であって、原判決には理由不備・理由齟齬の違法があると言わざるを得ない。

上告人が主張するように、本件算式中、前半の「平均利益金額」の計算部分と後半の「総資産価額×〇・〇八」(標準利益金額)の計算部分との間には明らかな矛盾があり、明らかに合理性を欠くこと、従って、本件算式を上告人らに適用した本件課税処分は著しく不合理であり、かつ、著しく不公平な結果を生じているのであって、本件算式並びに本件課税処分は憲法一四条一項の規定に違反する違法があると言わざるを得ない。

原判決は、前記のとおり国民の公平かつ平等の租税負担という租税法と憲法一四条一項との関係を漫然と看過したばかりか、経験則違反、理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法があり、その違法が結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

以下、その理由を詳述する。

一 上告人らは、原審において、主張した骨子は次のとおりである。

1 本件算式中、前半の「平均利益金額」の計算部分において、支払利子の場合は格別、手形割引料をなかったものとして加算する合理的根拠はないこと。

なぜなら、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によれば、支払利子の発生(費用の発生)と借入金の増加(負債の増加)、手形割引料の発生(費用の発生)と割引手形残高の増加(資産の減少)との間には次のとおり明確な対応関係があるのである。

即ち、企業が借入金という他人資本の調達を行った場合、これに対応して外部負債に対する金利として支払利子が発生する。支払利子は、他人資本の調達に伴う費用である。借入金は、他人資本として総資本(=総資産)を構成する。借入金の増加は総資産を増加させるのである。これに対し、手形割引という受取手形の譲渡(資産の減少)を行った場合、これに対応して手形割引料が発生する。手形割引は、受取手形という資産の譲渡であって、他人資本の調達ではない。手形割引料は、資産の譲渡に伴い発生する費用であって、受取手形という資産の売買に伴う費用ないしは資産の売却損である。割引手形は外部負債(他人資本)ではないし、割引手形の増加は総資産を増加させないのである。割引手形残高とこれに伴い発生する費用である手形割引料とは手形割引という一つの取引によって生じたものであり、それぞれ対応関係にあるものであるから、超過利益金額を算出する算式において、手形割引料と割引手形との対応関係を正確に認識すべきである。手形割引の法的性格は、手形の売買であるとし、手形割引料が外部負債に対する金利としての性格を有するものとはいえないという以上、手形割引料は支払利子と同様の取扱いをすべきではない。

2 しかし、評価通達一六六(2)ロにおいて、手形割引料をなかったものとみなして計算、即ち手形割引料を「所得の金額」に加算する取扱を明記していること。

3 かかる場合には、後半の「総資産価額×〇・〇八」(標準利益金額)の計算部分において、手形割引残高を加算する取扱をすべきであること。

なぜなら、支払利子の場合、前半の計算部分でなかったものとみなして所得の金額の計算上加算する取扱をされるが、後半の計算部分では、支払利子に対応する借入金は総資産を構成しており総資産価額の中に含まれているから、借入金の額に対応する八パーセントに相当する支払利子は、総資産価額の八パーセントを控除するという後半の計算上控除されることが明らかである。これに反して、手形割引料の場合、後半の計算部分では、手形割引料に対応する割引手形残高は総資産を構成しないため総資産価額の中に含まれていないから、割引手形の額に対応する八パーセントに相当する手形割引料はそう資産価額の八パーセントを控除するという後半の計算上控除されることはあり得ない。即ち、「あとで控除する」仕組が予定されていないから、前半の計算部分で加算されたまま、後半の計算部分では控除されないとう著しい矛盾、不合理な結果が発生する。従って、前半の計算部分で支払利子と同じく手形割引料をなかったものとみなして加算する取扱をする場合には、後半の計算部分で『経済的視点において』割引手形残高も外部負債の性格を有するとして、借入金と同様に総資産価額に加算する旨の注記を明記すべきであった。

4 しかるに、評価通達一六六(4)の「総資産価額」において、割引手形の価額を総資産価額に加算する取扱をしていないこと。

5 したがって、本件算式という一つの算式中において、前半の計算部分と後半の計算部分との間に、明らかな矛盾があって、本件算式自体に欠陥があるばかりか、その結果は著しい合理及び税負担の不公平があると言わざるを得ないこと。

二 被上告人が従前主張した二重控除防止説は破綻した。

原判決は、「右評価通達が、前記算式中の『平均利益金額』の計算上、手形割引料をなかったものとするのは、……いわゆる二重控除を防止する趣旨ではないと解するのが相当である」とした。

しかし、これは、手形割引料につき、被上告人に従前主張した二重控除防止説に基づく説明が全く合理性を欠き、破綻したことを明らかにしたものにすぎない。

上告人らは、原審において、「被控訴人は、何らの検証手続を行わないまま、実際は、手形割引料が「あとで控除する」仕組がないにもかかわらず、後半の標準利益算出過程中に「あとで控除する」仕組があるから二重控除にならぬように、前半の所得の金額の計算過程において、手形割引料を「なかったこととし」て所得に加算する取扱をするという、欺罔行為を行っていると言わざるを得ない」旨主張し、「手形割引料は、(あとで)標準利益算出過程において、実際に控除されているのかどうか。仮に控除されているとしたら、どのような仕組で控除されているのか。」につき、釈明を求めた経緯がある。しかるに、原審は、結審に至るまでなんら釈明権を積極的に行使しなかった。被上告人も、従前、乙第二号証(相続税法基本通達・財産評価基本通達逐条解説二〇八丁)の如く、「ロでは外部負債に対する支払利子及び手形割引料は、あとで投下されている総資産の金利をまとめて控除するので二重控除にならぬようにこれらのものはなかったこととし」て所得に加算する取扱をなす旨の説明をしていたにもかかわらず、右求釈明に一切応じないばかりか、何ら具体的な釈明ないし反論もしないし、本件課税処分の根拠を具体的に明確にしなかったのである。原判決は、被上告人が依拠することが明白とも言えない、営業外費用説を判決釈明において勝手に創造して、上告人に対して十分に反論の機会も、反論も尽くさせないまま、言わば、不意打ちを食らわせた恰好により本件控訴を棄却したのであるから、著しい釈明権の不行使があるのであって審理不尽の違法があると言わざるを得ない。

三 原判決の採る、営業外費用説は全く合理的根拠がない。

原判決は、算式中の『平均利益金額』の計算上、手形割引料をなかったものとするのは、「営業外費用である手形割引料をなかったものとする趣旨である」としたが、これは全く出鱈目な説明であって、合理的根拠を欠き、失当であると言わざるを得ない。

一般に公正妥当と認められるところを要約したものである、企業会計原則(企業会計審議会、昭和二四年七月九日、最終改正昭和五七年四月二〇日)の第二、損益計算書原則によれば、「経常損益計算の区分は、営業損益計算の結果を受けて、利息及び割引料、有価証券売却損益その他営業活動以外の原因から生ずる損益であって特別損益の区分に属しないものを記載し、経常利益を計算する。」とされ、「営業外損益は、受取利息及び割引料、有価証券売却益等の営業外収益と支払利息及び割引料、有価証券売却損、有価証券評価損等の営業外費用とに区分して表示する。」とされており、経常利益は企業の経常的な収益力を示すものである。

以上、営業外費用とは、支払利息(支払利子)及び割引料(手形割引料)の外、有価証券売却損、有価証券評価損、社債利息、社債発行差金償却等繰延資産の償却、商品、製品、原材料等のたな卸資産の評価損、売上割引等をいうのである。

しかし、原判決の言う如く、「企業の純粋な事業活動によってあげた収益を基礎とするのが営業権の評価上適切であるため営業外費用である手形割引料をなかったものとする趣旨である」ならば、右「企業の純粋な事業活動によってあげた収益」は、前記企業会計原則上の「営業損益計算の区分」の「営業利益」(営業上の収益力を示すもの)をいうのが筋であるし、なぜ、すべての営業外費用を加算しないのであろうか、なぜ、営業外費用のうちの一部である、支払利子と手形割引料だけを加算するのであろうか。なぜ、営業外収益は不問にするのであろうか。営業外収益が営業外費用である支払利子、手形割引料を上回る場合はどうするのだろうか。

評価通達一六六(2)ロにおいて、なかったものとみなして計算(加算)するものとして、イ~ニの四項目が限定列挙されているが、ロの一部である支払利子、手形割引料だけが営業外費用の項目に該当するにすぎない。それ以外のものは営業外費用として処理される項目ではないのであって、営業外費用を理由とする趣旨が説明できない。

原判決の理由では、右イ~ニの四項目に営業外費用以外の項目がなぜ含まれているのか、また、なぜ、営業外費用のうちの一部である支払利子、手形割引料だけを含めるのか。それ以外の営業外費用はどうするのか、営業外収益はどうするのか等全く合理的な説明がつかないのである。なお、営業外費用を根拠にする説明に全く合理性がないことは、既に上告人ら昭和六二年四月二八日付準備書面第一、二、及び同年九月一日付準備書面第二に記載したとおりである。

原判決は、支払利子と借入金との対応関係、手形割引料と割引手形との対応関係を全く無視しており、一方、前半の計算部分で支払利子と手形割引料とを同じ性格のものとして同じ取扱をしてていること、他方、後半の計算部分でそれぞれ対応関係にある借入金と割引手形残高とを全く異なる性格のものとして異なる取り扱いをしているのであって、明らかに矛盾しており、著しい不合理、不公平な結果が生じるのである。

四 原判決は、何らの計算過程・検証過程も示さずに著しい不合理、税負担の不公平を看過した。

1 原判決、「手形割引料が『平均利益金額』に加算されたとしても、そのこと自体により直ちに評価上の不合理及び税負担の不公平が生ずるとはいいきれない」とした。

2 しかし、支払利子の場合と手形割引料の場合とを具体的に比較検討することや、手形割引料が「平均利益金額」に加算された場合と加算されない場合とを具体的に計算して比較検討すること等を具体的に計算すれば、著しい不合理及び税負担の不公平が生じていることが容易に判明するにもかかわらず、原判決は、この一挙手一投足の労を惜しんで著しい不合理及び税負担の不公平が生ずることを看過したことは明らかであるし、本件課税処分が著しい合理性を欠くことは明白である。

3 上告人らは、昭和六一年一一月二六日付準備書面第三、において、計算モデルを使用して、支払利子の場合と手形割引料の場合とを比較して、手形割引料の場合は、二重控除防止にならないばかりか、著しい不合理な結果を招来すること、即ち、本件算式によれば、超過利益金額の算出にあたっては、一方、手形割引料をなかったものとみなして所得の金額の計算上加算する取扱をすること、他方、標準利益算出過程において、手形割引料に対応する割引手形残高を総資産価額の中に含めない取扱をするのであるから、割引手形の額に対応する八パーセントに相当する手形割引料は、総資産価額の八パーセントを控除するという算式上控除されることはあり得ないから、手形割引料は前半の計算部分で加算する取扱を受ける法で、他方、後半の計算部分で全く控除されないという不合理な結果を招来することを論証した。原判決は、果たして一度でも紙と鉛筆と計算機で具体的に計算を行ったり検証手続をしたりしたのであろうか。原判決はその理由中において、支払利子と借入金の場合と手形割引料と割引手形の場合とを比較することや、手形割引料が「平均利益金額」に加算された場合と加算されない場合とを具体的に計算して比較する等の具体的な計算過程・検証過程を何ら明示していないにもかかわらず、一方的に結論だけを押し付けて、「評価上の不合理及び税負担の不公平が生ずるとはいいきれない」としている点で著しい不当であって理由不備の違法があると言わざるを得ない。

4 手形割引料が「平均利益金額」に加算された場合の計算例は、被上告人の算出額であり、営業権の価額は金三四七、九〇九、九五〇円であり、本件株式の評価額は金二三〇、七一八、九九〇円である(第一審判決添付の別表二、三参照)。

5 しかし、手形割引料が「平均利益金額」に加算されない場合を具体的に計算すれば、別表一、二記載のとおりになるのであって、営業権の価額は金八〇、三一二、〇三〇円となり、本件株式の評価額に金一六五、八七二、七六〇円となるのである。この場合、右被上告人の算出額との間には、営業権の価額で金二六七、五九七、九二〇円、本件株式の評価額で金六四、八四六、二三〇円の差額が生じており、この額は常識的に見ても巨額であって、著しい不合理及び税負担の不公平が生じていると言わざるを得ない。

6 上告人らは、手形割引料を「平均利益金額」に加算する取扱いを明記する場合は、「総資産価額」に割引手形残高を加算するべきである旨主張した。この場合を具体的に計算すれば、別表三、四記載のとおりになるのであって、営業権の価額は算出されないし、本件株式の評価額は金一四六、六九三、三七〇円となるのである。この場合、右被上告人の算出額との間には、営業権の価額で金三四七、九〇九、九五〇円、本件株式の評価額で金八四、〇四六、六二〇円の差額が生じており、この額は過大評価と言うべきであって、著しい不合理及び税負担の不公平が生じていると言わざるを得ない。

五 原判決は、一方、本件「算式中、前半部分の「平均利益金額」は……具体的な額であるのに対し、後半部分の「総資産額×〇・〇八」(標準利益額)は……『抽象的、観念的な額』であることが明らかである。」とするが、他方、本件「算式中の(後半部分の)「総資産刈る」は、課税時期における総資産の価額すなわち、現に企業に投下されている資産の額を基準としてこれらをとらえるべきものといえるのである」としてこれを具体的な額として把握する等支離滅裂な説示をしているが、仮に原判決のように『抽象的、観念的な額』を基礎にして相続税の評価がなされている場合には、極めて不安定、かつ不確実な結果を招来することは見易い事理であってそのこと自体著しく合理性を欠き強い違法性を帯びるものと言わざるを得ない。

本件算式、それに基づく相続税評価は、具体的に算出されたものでなければならず、具体的な評価額に対して本件課税処分がなされなければならないことは明白である。

営業権を評価するに当たり、本件算式中の「平均利益金額」は、評価対象企業の作成した損益計算書に基づき算出されるし、「総資産価額」は貸借対照表に基づき算出されるのである。元来、貸借対照表と損益計算書とは有機的に関連するものである。「貸借対照表は、企業の財政状態を明らかにするため、貸借対照表日におけるすべての資産、負債及び資本を記載し、株主、債権者その他の利害関係者にこれを正しく表示するものでなければならない。」し、「損益計算書は、企業の経営成績明らかにするため、一会計期間に属するすべての収益とこれに対応するすべての費用とを記載して経常利益を表示し、これに特別損益に属する項目を下限して当期純利益を表示しなければならない。」のである。期間損益計算においては、収益と費用と比較して利益を算出するのである。収益・費用は収入・支出に基づいて測定されるが、当該会計期間の収益・費用の計算は当該会計期間の収支計算とは一致しない。これらの一致しない項目ないし未解消項目を資産、負債として貸借対照表に計上するのである。つまり、貸借対照表は、収益・費用計算と収支計算との期間的食い違いを調整して、これを期間的に結び付ける、期間損益計算の連結機能を有するのである。

相続税法を含む租税法全体がこのような貸借対照表と損益計算書との有機的関連を基礎ないし前提にして、課税要件等の課税規定を定めており、これら課税規定に基づく具体的な課税処分も企業が作成した損益計算書、貸借対照表を基礎にして行われていることは公知の事実である。

したがって、後半部分の「総資産額×〇・〇八」(標準利益金額)は、原判決の言うような、『抽象的、観念的な額』ではない。即ち、右「総資産額」は、原判決が一部でいうように、「課税時期における総資産の価額すなわち、現に企業に投下されている資産の額を基準としてこれらをとらえるべきものといえるのである」から抽象的、観念的なものではないこと、右「八パーセント」は、「経営学上企業収益率(総資本利益率、総資産利益率)に依拠するもの」であるところ、本件の如く、相続税法という「課税実務において一般に」利用されている外、法人税法等租税全体において例えば貸付金の利子率や認定借地権における利益率として、「課税実務において一般に」利用されているのであるから、抽象的、観念的なものではないこと、以上、「総資産額」、「八パーセント」、いずれもが抽象的、観念的なものではない以上、両者の積である「総資産額×〇・〇八」(標準利益金額)は『抽象的、観念的な額』ではないこと明白である。

六 原判決は、本件算式自体に欠陥があること、即ち、前半の計算部分で損益科目である支払利子と手形割引料を同じ営業外費用であるとして同様に加算して取り扱うが、後半の計算部分で支払利子に対応する借入金は総資産中に含まれるが手形割引料に対応する割引手形残高を総資産中に含めないという異なった取り扱いをすることを認容してこれを放置したばかりか、本件算式を本件に具体的に適用した本件課税処分を認容した。

しかし、これは、企業の資金調達方法として、商担手借を行う者と商手割引を行う者との区別するものである。営業外費用を考慮するならば、営業外収益も考慮すべきであること、特に南部商会は営業外収益の額が多額になっているから、この点でも取り扱いを区別するものである。損益計算上の損益科目と貸借対照表上の残高科目とはそれぞれ明確な対応関係があるから、その対応関係に応じた取り扱いをすべきである。本件算式を本件に適用すれば、前記のとおり著しい不合理な結果が発生することが明らかであり明らかに合理性を欠くものであり、少なくとも、本件算式を本件に適用される限度で憲法一四条一項の規定に違反するものと言わざるを得ない。

第二 「経営学上の企業収益率」について

一 原判決も当事者双方も、評価通達一六五の営業権評価の算式中、通常の企業の収益力を年率八パーセントとみなしたのは経営学上の企業収益率に依拠するものである」とする。

そうであるならば、会計学で手形割引料を他人資本調達に伴う費用と考える立場では、割引手形残高を総資産額に含めて計算しなければならないこと、経営学、経営分析の通説・実務においては、経営分析における総資本利益率の計算式は総資本の額に割引手形の額を含める次の計算式を使用するのが通例であり、かつ、常識であるから、相続税の営業権評価においても、「経営学上の企業収益率」、即ち、総資本利益率の計算式を使用する以上、総資産額に割引手形を含めるべきである。

即ち、経営学、経営分析においては、総資産利益率の算式の分母の総資本の額に割引手形の額を含めるべきであるとする考え方が通説・実務である。経営学、経営分析の通説・実務では『経済的視点において』、「割引手形を負債及び資本に合計したものを総資本とする」(甲第五号証、甲第一〇号証)取扱をしており、次の算式で算出している。

総資本利益率(%)=A÷B×100

A=計上利益+支払利子・割引料

B=総資本(負債及び資本の合計)+受取手形割引残高+同裏書譲渡高

営業権の評価としての超過利益金額は、正確な計算結果として算出されなければならない。

原判決の如く、『経営学上の企業収益率に依拠する』以上、右企業収益率は、正確なものを使用すべきことは当然の要件である。

日本経済新聞社発行の全国上場会社「日経経営指標」(昭和六三年〔秋〕)(甲第九号証)において、企業利潤率の算式の分母の資産合計に、受取手形割引残高を加算して次の算式により算出している。

企業利潤率(%)=A÷B×100

A=当年度税引益+超過償却額+法人税等充当額+支払利子割引料

B=(資産合計+受取手形割引残高+同裏書譲渡高)の当・前年度末の平均値

右「日経経営指標」は、日本経済新聞社の総合企業データバンクに蓄積された上場会社のデータをコンピュータで加工、編集したもので、掲載会社は全国八証券取引所上場一七九七社であり、有価証券報告書に掲げられた財務諸表は、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(財務諸表規則、大蔵省令第五九号)に基づいて正確な開示がおこなわれており、財務諸表規則第五八条の二において、「受取手形を割引に付し、又は債務の弁済のために裏書譲渡した金額は、受取手形割引高又は受取手形裏書譲渡高の名称を付して注記しなければならない」とされて、受取手形割引残高は正確に開示されている。経営分析の基礎資料たる財務諸表が正確であることから、正確な企業利潤率の算出も可能となるのである。

二 しかるに、原判決は、「仮に経営学上の通説実務として控訴人主張のような計算式が行われているとしても、相続税課税のための評価は、前記のとおり税額の評価という独自の立場でなされるものであって、これまでの課税実務において一般に行われてきた方式であり、被控訴人が総資産に割引手形の額を含める計算式を採用すべきであるとまでいうことはできないから、控訴人等の主張は直ちに採用出来ない」した。

しかし、原判決のいう「税額の評価という独自の立場」を認めるとしても、前記のとおり被上告人は、再三にわたる求釈明にも故なく応じないで、本件算式中、前半の計算部分で手形割引料をなかったものとして加算する取扱の合理的な根拠ないし本件課税分の根拠を明確にする義務を放棄しているから、右「独自の立場」は、上告人は勿論、租税負担者である国民に対して全く明白にならないばかりか、原判決は、行政の民主化ないし司法の民主化という民主主義に反する無神経な対応である。

原判決の「これまでの課税実務において一般に行われてきた方式である」という説示は、本件算式の合理性の検討を裁判所自らが放棄したものに等しく、明らかに合理性を欠くものであって、理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法があると言わざるを得ない。

第三 営業権の持続年数について

一 原判決は、評価通達が営業権の持続年数を「原則として一〇年とする」としていること、評価通達を本件に適用して本件課税処分をしたことを認容したばかりか、この点について、判決理由の中において一言も触れていないのであって理由不備の違法があると言わざるを得ない。

二 そもそも、営業権は、企業の持続性を前提にする、超過収益力であるが、繰延資産と同様に、不安定、かつ不確実な資産であり、その経済的価値はいつまでも確実でないから、商法二八五条の七は、五年以内に償却を要するとしているのである。右評価通達が、営業権の持続年数を一〇年とすることは、右商法の規定との関係で明らかに整合性を欠き、かつ著しく不合理である。

法人税法においては、営業権の償却期間をかつては一〇年としていたが、昭和四三年の改正において、税法と商法との取扱を一致させた経緯があるのであるから、相続税法上の取扱も右商法の規定に一致させるべきであったにもかかわらず、漫然と放置しているのにすぎない。右評価通達は、昭和三九年四月二五日付で発せられた古い通達であり、相続税法上の取扱も、商法の規定に合わせ、両者を一致させるべきであって、営業権の持続年数を五年とすべきであったのである。同じく国税である、法人税法と相続税法との間において、営業権の償却期間につき取扱上の区別があって、著しく不合理であり、この点においても、憲法一四条一項の規定、租税法律主義を定めている憲法三〇条、憲法八四条の規定に違反するものと言わざるを得ない。

第四 本件算式に矛盾、欠陥があって営業権評価の制度自体に欠陥があるばかりか、被上告人は上告人を含む国民に対し本件課税処分の趣旨、根拠を具体的に明確にしないで本件算式を本件に適用したのであって、本件課税処分は憲法三〇条、憲法八四条の規定に違反する。

憲法三〇条、憲法八四条の規定は租税法律主義を定めているところ、課税要件及び租税の賦課聴衆の手続はすべて法律で明確に定めることが必要である。租税法律主義の趣旨によれば、租税に関する法律の規定はできる限りその意義、趣旨、根拠が明確に規定されることを要請される。租税法律主義の下においては、課税処分庁は国民に対してその意義、趣旨、根拠を具体的かつ積極的に説明する義務があると思料する。しかるに、本件算式には前半の計算部分と後半の計算部分との間に明らかな矛盾、著しい不合理があることが明らかであって、本件算式自体に欠陥があるばかりか、本件算式中、前半の計算部分で手形割引料をなかったものとして加算する取扱の趣旨、根拠については、前記のとおり、本件課税処分をした被上告人は再三にわたる求釈明にも故なく応じないで、右趣旨、根拠を具体的に明確にする義務ないし積極的に説明する義務を放棄していると言わざるを得ないこと、原審も被上告人に対しては積極的に釈明権を行使しなかったばかりか、合理的な理由付になり得ない「営業外の費用」とか「独自の立場」とかを説示するばかりであって、右趣旨、根拠について上告人は勿論、租税負担者である国民に対して一向に明確にならないから、租税法律主義を定めた憲法三〇条、八四条の規定に違反するものと言わざるを得ない。

以上

別表一

営業権の価額(相続開始日現在)

<省略>

付表

「<12>総資産価額(相続税評価額)」の計算明細

<省略>

別表二

本件株式の評価額(相続開始日現在)

(相続税評価額によって計算した1株当たりの純資産価額)

<省略>

付表 左表の<2>、<3>、<4>及び<5>の計算明細

(一)資産

<省略>

(二)負債

<省略>

別表三

営業権の価額(相続開始日現在)

<省略>

付表

「<12>総資産価額(相続税評価額)」の計算明細

<省略>

別表四

本件株式の評価額(相続開始日現在)

(相続税評価額によって計算した1株当たりの純資産価額)

<省略>

付表 左表の<2>、<3>、<4>及び<5>の計算明細

(一)資産

<省略>

(二)負債

<省略>

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