大判例

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最高裁判所大法廷 昭和43年(オ)179号 判決 1970年7月15日

上告人

三戸八重子

代理人

古谷判治

復代理人

戸倉嘉市

黒川厚雄

被上告人

検事総長

竹内寿平

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を山口地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人古谷判治の上告理由について。

およそ、父母と子との間の親子関係存否確認の訴は、右三者がいずれも生存している場合はもとより、父母のいずれか一方が死亡した場合においても、その生存者と子との間において親子関係存否確定の利益がある以上、人事訴訟手続法、ことに第二章親子関係に関する手続規定を類推適用して右訴を認めるべきことは、当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和二四年(オ)第九七号、同二五年一二月二八日第二小法廷判決、民集四巻一三号七〇一頁参照)。

ところで、親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとつて、、身分関係の基本となる法律関係であり、それによつて生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、その解決のために右の法律関係につき確認を求める必要がある場合があることはいうまでもなく、戸籍の記載が真実と異なる場合には戸籍法一一六条により確定判決に基づき右記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益が認められるのである。人事訴訟手続法で、婚姻もしくは養子縁組の無効または子の認知の訴につき、当事者の一方が死亡した後でも、生存する一方に対し、死亡した当事者との間の右各身分関係に関する訴を提起し、これを追行することを認め、この場合における訴の相手方は検察官とすべきことを定めている(人事訴訟手続法二条三項、二四条、二六条、二七条、三二条等)のは、右の趣旨を前提としたものと解すべきである。したがつて、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、右人事訴訟手続法の各規定を類推し、生存する一方において死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴を提起し、これを追行することができ、この場合における相手方は検察官とすべきものと解するのが相当である。この点について、当裁判所がさきに示した見解(昭和二八年(オ)第一三九七号、同三四年五月一二日第三小法廷判決、民集一三巻五号五七六頁)は変更されるべきものである。

ところが、原判決は、これと見解を異にし、上告人が訴外亡宮内発との間の母子関係の存在の確認を求める本件訴を、過去の法律関係の確認を求めるものであるから不適法であり検察官を相手方として提起することは許されないとして、却下した第一審判決を、相当として、上告人の控訴を棄却しているのであつて、その判断の違法をいう論旨は、理由がある。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、原判決を破棄し、第一審判決を取り消したうえ、さらに審理を尽くさせるため本件を第一審裁判所に差し戻すべきものとし、裁判官大隅健一郎の補足意見、同入江俊郎、同松田二郎、同岩田誠、松本正雄、同村上朝一の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官大隅健一郎の補足意見は、次のとおりである。

およそ確認の訴は、その対象とする法律関係につきいわゆる確認の利益がある場合においてのみ許されるものであるが、かかる利益は、当該法律関係に関して当事者間に法律上の紛争が存し、これがためその訴の原告の法律上の地位に不安、危険があり、判決をもつてその法律関係の存否を確定することが、右の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合において認められる。そして、このような法律関係の確定は、事の性質上、右の目的のために最も直接的かつ効果的になされることを要するのであつて、通常は、紛争の存する現在の法律関係について確認を求めるのが適当であるとともに、それをもつて足り、その前提となる過去の法律関係に遡つてその存否の確認を求めることは、その利益を欠くものと解せられる。しかしながら、このことは、現在の法律関係において確認の利益が定型的に顕著に認められるから、それが確認の訴の通常の対象とされることを意味するものであつて、過去の法律関係であれば当然に確認の訴の対象としての適格を欠くことを意味するものではない。過去の法律関係であつても、それによつて生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、その解決のために右の法律関係につき確認を求めることが必要かつ適切と認められる場合には、確認の訴の対象となるものといわなければならない。すなわち、現在の権利または法律関係の個別的な確定が必らずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえつて、それらの権利または法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが、現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合のあることは否定しがたいところであつて、このような場合には、過去の法律関係の存否の確認を求める訴であつても、確認の利益があるものと認めて、これを許容すべきものと解するのが相当である、と考える。

本件においても、このような見解に立つてのみ、本判決のとる理論が是認されうるものといわなければならない。けだし、親子関係は、親または子の一方もしくは双方が死亡した後は、過去の法律関係となるものと解せられるが、過去の法律関係は、とくに法の認める場合を除き、一般に確認の訴の対象となりえないとする従来の判例のような見解をとるならば、たとえ人事訴訟手続法において、婚姻もしくは養子縁組の無効または子の認知の訴につき、当事者の一方が死亡した後も、生存する一方に対し、死亡した当事者との間の右各身分関係に関する訴が認められていても、それは当該の訴にのみ関するものにすぎず、これに関する規定をみだりに本件における親子関係存否確認の訴のごときに類推適用することは許されないものと解せられるからである。したがつて、本判決も、その前提において前記のような見解に立つものといわざるをえないが(もつとも、本判決が、過去の法律関係でも、これにつき確認の利益が認められる場合には、一般に確認の訴の対象となりうるとする趣旨であるか、それとも、本件におけるような場合に限つてこれを肯定する趣旨であるか、一見、必ずしも明らかでないようであるが。)、そうであるならば、従来の判例の見解に重要な変更を加えるものであつて、判決においてその点を明らかにしておくのが適当であると考える。

裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。

(一)  本件における原告(上告人)の主張によれば、戸籍上、宮内発は大正一〇年三月一六日高村チカの庶子として父宮内団之助より出生届出があり、同年三月二六日同人の子として入籍され、その後チカと団之助が婚姻したことにより、発は嫡出子となつたとされているが、発は団之助とチカとの間に出生した子でなく、実際は原告と原田証圓との間に出生した子であるところ、発は昭和一九年七月一日マリヤナ島において戦死したので、原告は人事訴訟手続法二条三項により検察官を被告として「宮内発は原告の子であることを確認する」との判決を求めるというのである。これに対し、第一審判決は「原告と発との母子関係は過去の法律関係に属しているから、その確認を求める訴はいわゆる確認の利益のない不適法な訴であり、かつ、かかる場合、検察官を相手として訴を提起し得る成法上の根拠に乏しくその性質上からも人事訴訟手続法二条三項を準用ないし類推適用すべきものと解し得ない」として原告の訴を却下した。原審も亦同様の見解に立つものなのである。しかるに、多数意見は、原審判断を違法とし、原判決を破棄して第一審判決を取消し、本件を第一審裁判所に差戻すべきものとする。

多数意見はいう。「親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとつて、身分関係の基本となる法律関係であり、それによつて生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、その解決のために右の法律関係につき確認を求める必要がある場合があることはいうまでもなく、戸籍の記載が真実と異なる場合には戸籍法一一六条により確定判決に基づき右記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益が認められるのである。人事訴訟手続法で、婚姻もしくは養子縁組の無効または子の認知の訴につき、当事者の一方が死亡した後でも、生存する一方に対し、死亡した当事者との間の右各身分関係に関する訴を提起し、これを追行することを認め、この場合における訴の相手方は検察官とすべきことを定めている(人事訴訟手続法二条三項、二四条、二六条、二七条、三二条等)のは、右の趣旨を前提としたものと解すべきである。したがつて、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、右人事訴訟手続法の各規定を類推し、生存する一方において死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴を提起し、これを追行することができ、この場合における相手方は検察官とすべきものと解するのが相当である。この点について、当裁判所がさきに示した見解(昭和二八年(オ)第一三九七号、同三四年五月一二日第三小法廷判決、民集一三巻五号五七六頁)は変更されるべきものである」と。

この多数意見は、広く過去の法律関係確認の訴を肯定する見解に立つて本件確認の訴を認めるのか、あるいは本件におけるがごとき場合に限つて過去の法律関係の確認を肯定するのか、必ずしも明らかではないが、いずれにせよ、本件におけるがごとき過去の法律関係につき存在確認の訴を認め、しかも、この訴につき人事訴訟手続法二条三項の準用を認めるものである。そして、この準用を認めることは、本件における原告勝訴の判決が単に当事者のみならず、広く第三者に対しても及ぶことを認めるものに外ならない。私は、以下述べる理由により、多数意見のとる本件の結論に賛成できないのである。

(二)  思うに、わが国の判例は、大審院以来今日に至るまで、過去の法律関係の確認の訴は許さないものとしている。このことは、余りにも顕著であつて、これについての判例を挙げる必要すらないのである。もつとも、近時は、右の判例に対し反対説を生じているのであるが、今や多数意見はこの点に関しいとも簡単に大審院以来の伝統的な見解を一挙に変更し、いわば百八十度的な転換を敢てし、過去の親子関係につき存在確認の訴をすら認めるに至つた。。私は、このことに対して少なからざる疑をいだくものである。この多数意見によるときは、今後、裁判実務上、多くの混乱の生ずることなきを保し得ない。私は、このことを危惧して止まないのである。

いうまでもなく、人は裁判によつて真実が確定されるべきことを求める。ことに親子関係のごとき身分関係についてはしかりである。したがつて、これに反する見解は、ややもするといわれなき形式論であり、真実の探究を拒否するものとさえ思われがちであろう。私は、心情として、このことを理解し得ないのではない。しかし、裁判上より見るとき、過去の法律関係、ことに過去の身分関係存否の確認の訴を許すべきか否かについては、慎重な考慮が要求されるのである。第一に、過去の事実関係、ことに、現在より時間的に距りのあるものほど、証拠は既に多く喪失し、かつ、証拠として訴訟上提出されるものについても、その信憑性を容易に決し得ないことが多いのである。これは、裁判実務上、われわれの常に経験するところである。もつとも、人事訴訟手続法による訴訟においては、裁判所が職権をもつて事実関係を調査するにしても、これのみに万全を期待し得ないといい得よう。このように考えるとき、過去の身分関係の存否確認の訴については、そこに自ら制限があるべきことを感ずるのである。第二に、過去の事実関係に基づいて、今まで法律上認められていなかつたところの新たな身分関係を新たに認めるということは、きわめて微妙な問題を含むのである。ことに、その身分関係についての判決の効果が当該訴訟当事者以外の第三者にも及ぶものとするときは、第三者は、予期しない身分関係が生じたことにより当惑を感じ、さらに衝撃を受けることすらあり得よう。このように考えると、過去の身分関係の存否確認の訴については、そこに自ら一定の制限があるべきことを感ずるのである。かかる見地に立つとき、原判決、そして従来の判例は、一見形式的の観を呈するが、その背後には叙上のごとき深い考慮が存するとして理解すべきものなのである。

(1)  よつて、進んで、本件について人事訴訟手続法二条三項の準用ありや否やを考えるに、大別すると、同法は、同条同項に関して二つの種類の場合を規定しているものと解される。その第一種は婚姻の無効若くは取消の訴について規定するごとく、相手方とすべき者が死亡し、又は訴訟繋属中被告が死亡した場合に関する。そして、本来、身分関係の設定、変更は当事者本人のみがなし得るところであり、右のごとき本人死亡の場合には、訴の提起は不可能となり、又は訴訟は当然終了すべきであるが(ドイツ民事訴訟法六四〇条一項、六二八条参照)、人事訴訟手続法は身分関係の変更を目的とするかかる訴について、特に例外を認め、検察官をもつて相手方とするとしたのである(父を定めることを目的とする訴(同法三〇条)については、同法二条三項が準用されるが、これは二重の嫡出推定を受ける場合における一方の嫡出を否定するのであつて、身分関係の変更を目的とするものであり、右の第一種に属するものといえよう。次に人事訴訟手続法の定める他の種類のものは子の認知の訴(同法三二条二項)におけるごとく、訴提起当時既に相手方が死亡しているのに拘らず、検察官を相手方として訴を提起し得る場合である。これは、相手方死亡後、相手方との間に従来認められなかつた身分関係を法律上新たに創設する場合に関する。しかし、注目すべきことは、この認知の訴は、父又は母死亡の日より三年内にこの訴を提起すべきものとし(民法七八七条)、訴提起の期間が制限されていることである。すなわち、既に死亡した者の間に、証拠上、明白に父子、母子の関係が認められても、この期間を徒過すれば、もはやこの訴の提起により認知を求めることはできないのである。これは、一定の期間経過後においては、真実の身分関係も度外視されることを示すのである。このことは極めて注目すべきである。すなわち、法は、死亡した者との間に、法律上新たに身分関係を創設することにつき甚だ控目なのである。

しかるに、多数意見――既に引用したところであるが――は曰く、「父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、右人事訴訟手続法の各規定を類推し、生存する一方において死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴を提起し、これを追行することができ、この場合における相手方は検察官とすべきものと解するのが相当である」と。多数意見は、かかる見解に立脚して、本件につき上告人が提起した訴、すなわち、昭和一九年七月一日死亡した宮内発が上告人の子であることの確認を求める訴を肯定しているのであるが、この訴は昭和四二年三月二六日の提起にかかり、発の死亡後既に二十数年を経過していることを看過すべきではないのである。すなわち、多数意見は、母より死亡した子に対して母子母子関係の存在の確認を求めることを認め、しかも、その訴提起につき何等期間の定めを必要としていないものと思われる。しからば、かかる多数意見の見解によるときは、本件、すなわち、母より死亡した子に対して確認を求めるとは逆に、子より死亡した母に対して母子関係の存在確認の訴を提起することも、同様の理由により肯定せざるを得ないわけである。しかし、このように解することは、明らかに民法七八七条の認知の訴の趣旨と矛盾し撞着するものといわざるを得ないのである。けだし、認知の訴については、父又は母の死亡後三年を経過したときは、この訴を提起することを得ないからである。

(2)  さらに進んで、人事訴訟手続法二条三項の性質を考えるに、私の解するところによれば、前述の同条同項に関する二種類のうち第一種のもの、すなわち、婚姻の無効、取消や離婚の取消の訴のごとき身分関係の遡及的変更を目的とするものは形成の訴であり、第二種のもの、すなわち認知の訴のごときは、身分関係を新たに創設する形成の訴であり、両者いずれも形成の訴なのである。判例上、認知の訴が形成の訴と解されるのは(当裁判所昭和二六年(オ)第八六六号同二九年四月三〇日第二小法廷判決、民集八巻四号八六一頁)、このことを示すのである。そして、これらの訴につき言渡した判決が第三者に対してもその効力が及ぶとされるのは(同法一八条、二六条、三二条一項参照)、これらの訴が形成の訴であるからである。

もとより、身分関係は、単に訴訟当事者間のみでなく、広く第三者との関係においても画一的に定められることが望ましいのである。しかし、既に述べたごとく、身分関係についての判決の効力が訴訟当事者以外の第三者にも広く及ぶものとするときは、第三者にとつては、全く自己の予期せざる身分関係が新たに認められるに至り、そのためにあるいは衝撃を感ずることもあろう。この故に、人事訴訟手続法は同法の規定する身分関係についての形成判決に限つて、その効果が第三者に及ぶものとし、すなわち、その第三者に及ぶ場合を限定的に認めたものと解される。このように考えてくるとき、充分の合理性なく同法二条三項を他の場合に準用ないし類推適用するについては、きわめて慎重の態度が要求され、ことに身分関係の確認の訴に準用ないし類推適用する場合において、しかりであろう。したがつて、確認の訴である本件につき、形成の訴の規定である人事訴訟手続法二条三項を準用することは、充分の根拠なき限り、困難と思われる。しかも、多数意見は、この点を明らかにしていないのである。

もつとも、生存する者の間において、親子関係や夫婦関係の存否確認の訴を提起した場合、これらの訴訟は身分関係に関するから、、その性質上、自白、裁判上の和解や請求の認諾のごとき行為は、そこでは行われるべきでなく、職権による調査を必要とする。この点において、これらの訴訟は民事訴訟法になじまずして、人事訴訟手続法によつて審理されるべきものなのである(人事訴訟手続法一〇条、一三条、三一条、三二条参照)。しかし、そのことは、これらの訴訟には、自白の規定などの適用なく、職権調査の行われるべき点において人事訴訟手続法によるべきことを意味するに止まり、同法の規定を全面的に準用することを意味するものではない。したがつて、かかる訴訟に同法二条三項を当然準用すべきこととはならないのである。このことは、既に述べたごとく、同条同項は形成の訴に関するものであつて、確認の訴に関するものでないことからも理解し得よう。もつとも、この点に関し多数意見がその主張の根拠として援用する判例は、一見多数意見を支持するがごとき観を呈している。その判例の要旨は曰く、「父母一方の死亡後は生存者単独で嫡出親子関係不存在確認の訴訟を提起することができる」とし、この訴には人事訴訟手続法の各規定、ことにその第二章の規定の類推適用ありとしているからである(当裁判所昭和二四年(オ)第九七号同二五年一二月二八日第二小法廷判決、民集四巻一三号七〇一頁)。しかし、この判例は、私が右に述べた限度において、人事訴訟手続法の類推適用ありとしたものと解されるのである。このことは、最高裁判所の右の判例がその所論の根拠として引用する大審院判決(昭和一一年六月三〇日判決、大審院民事判例集一五巻一五号一二八一頁)が、判決要旨として「親子関係の確認を求める訴は人事訴訟手続法に依るべきものとす」としながら、その理由として、「前叙親族法上ノ権利関係ヲ訴訟物トスル確認ノ訴ハ之ヲ通常民事訴訟事件トシテ取扱フヘキヤ将タ人事訴訟ナルカト云ヘハ開ハ殆ント多言ヲ俟ツヘカラス蓋シ若シコレヲ前者ナリトセハ或ハ自白或ハ請求ノ抛棄認諾等力其ノ効力ヲ生シ身分関係ヲシテ所謂処分権主義ノ下ニ立タシムルニ至ルハ免ルヘカラサル勢ナレハナリ豈斯ル理アラムヤ本訴ノ人事訴訟ヲ以テ之ヲ律スヘキハ疑ヲ容レス」といつて、人事訴訟手続法によるべき理由を詳論していることからも理解し得るのである。要するに、多数意見の引用する判例は、多数意見の根拠となり得ないものといい得よう。

(三)  私のごとき見解をとつても、親子関係の存在を主張して特定の権利を主張し得るものと考える。この点につき当裁判所の判例が「財産上の法律関係に関する紛争は、親子関係の存否を前提とする場合でも、人事訴訟事件ではなく、当該親子関係の存否に関する審理判断も民事訴訟法の定めるところに従つて処理すれば足りる」(当裁判所昭和三八年(オ)第一一〇五号同三九年三月一七日第三小法廷判決、民集一八巻三四七三頁)としていることを想起すべきであろう。そして、本件において、原告が本訴によつて遂げんとするところは、必ずしも明らかではないが、あるいは財産権上の請求の前提として母子関係の存在の確認を求めるものであるかと窺われる。しからば、本件の上告人は親子関係存在確認の訴を提起せずとも、右の判例の示すごとき方法によつて、その目的を遂げ得るものといい得よう。

(四)  今、叙上の見地に立つて本件を見るに、一審判決および原判決が原告の請求を認めなかつたのは、一見きわめて形式的であり、身分関係についての真実探究を軽視するがごとくでありながら、その背後に十分の合理性を有するものである。このことに思を致すとき、従来の判例の態度は長い過去の間における裁判上の貴重な体験の積み重ねによつて生じたところの「裁判の知慧」とも称すべきものといい得るものである。しかるに多数意見は、これを採用しないのである。そして、もし身分関係の真実を追求することに徹すれば、あるいは数代前の者の親子関係存在確認の訴さえ、訴としての利益ありということになりかねないであろう。そして、その判決は対世的効力を認められるに至るであろう。私は、かかることに到底賛し得ないのである。

叙上の理由により、私は多数意見に反対するものである。

裁判官入江俊郎、同岩田誠、同松本正雄は、裁判官松田二郎の反対意見に同調する。

裁判官村上朝一の反対意見は、次のとおりである。

婚姻無効の訴を身分関係の遡及的変更を目的とする形成の訴であるとする点を除き、かつ、戸籍訂正の点につき付加するほか、裁判官松田二郎の反対意見に同調する。

無効な婚姻は、裁判による無効宣言をまつて遡及的に無効となるのではなく、当然無効と解すべきであるから、婚姻無効の訴は形成の訴ではなく、確認の訴と解するのが相当である。しかし、婚姻無効の訴が確認の訴であるからといつて、多数意見のいうように、親又は子の一方が死亡した後の過去の親子関係の存否確認につき人事訴訟手続法二条三項の類推適用があるということにはならない。けだし、婚姻の有効無効は、婚姻当事者のみならず、当事者以外の第三者にも直接重大な影響を及ぼすのであるから、同法は特にそれ自体過去の事実である婚姻という身分行為の無効確認の裁判を求めることを許し、相手方となるべき者の死亡後は検察官を被告とする訴の提起追行を許容したものと解すべきであつて、婚姻無効の訴は、単なる身分関係存否の確認の訴とは性質を異にするものと解すべきだからである。

なお、多数意見は、「戸籍の記載が真実と異なる場合には戸籍法一一六条により確定判決に基づき右記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益が認められる」とし、親子関係に関する戸籍の記載が真実と異なる場合には確定判決に基づいてのみ戸籍の訂正が許されることを前提としているようである。これは、訂正すべき事項が親族法又は相続法上重大な影響を及ぼすべき場合には確定判決によらなければ戸籍の訂正は許されないという旧戸籍法(大正三年法律二六号)の下における大審院判例(大正五年(ク)第一〇五号同年四月一九日決定、民録二二輯七七四頁)の趣旨を踏襲したものと解されるのであるが、現行戸籍法一一六条一項は、「確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは、訴を提起した者は、判決が確定した日から一箇月以内に、判決の謄本を添附して、戸籍の訂正を申請しなければならない。」と規定し、確定判決によつて戸籍を訂正すべき場合の訂正申請の手続を定めているに過ぎない。いかなる場合に戸籍訂正につき確定判決を必要とするかは、同条の規定するところではないのである。しかるに、同法一一三条は、戸籍の記載が法律上許されないことを発見した場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる旨を規定しており、親子関係に関する戸籍の記載が真実と異なるときは、法律上許されない戸籍の記載であることは、いうまでもない。親子関係に関する戸籍の記載が真実と異なるにかかわらず、親又は子の一方が死亡したため親子関係存否確認の判決を得られない場合に、前記大審院判例の趣旨に従い戸籍訂正の道がないというのは不合理であるから、このような場合には、戸籍法一一三条による家庭裁判所の許可を得て戸籍の訂正を申請することができるものと解するのが相当である。したがつて、戸籍訂正のため確認判決が必要であることを前提として確認の利益があるとする多数意見は、この点からも失当であるといわなければならない。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隈健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

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