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最高裁判所大法廷 昭和27年(あ)4223号 判決 1956年7月18日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人の上告趣意第一点について。

麻薬は、その用法によっては人の心身にきわめて危険な害悪を生ずるおそれがあるから、麻薬取締法(昭和二三年七月一〇日法律第一二三号)が、その取扱に厳重な規制を加え、またこれを取扱う者の資格についても特定の制限を設け、免許制度をとっていることは、公共の保健衛生の要請からいって正当な処置であり、そしてまた同法一四条が、麻薬取扱者に対し業務所ごとに帳簿を備え、麻薬に関する所定の事項の記入を命じ、この違反に対し同法五九条に刑罰制裁を定めていることは、前示のような麻薬の性能にかんがみ、その取扱の適正を確保するための必要な取締手続にほかならない。従って所論帳簿記入に関する規定そのものは、憲法三八条一項の保障とは関係がなく、この規定を適用した原判決に違憲のかどはない。所論は採用することはできない。

同第二点について。

被告人に対し懲役二年及び罰金四万円、四年間右懲役刑の執行を猶予する旨言渡した本件第一審判決は、量刑軽きに過ぎ不当であるとして、検察官から控訴の申立があったところ、原審はなんら事実の取調をしないで検察官の控訴趣意書を理由ありと認め、第一審判決を破棄し、被告人に対し、第一審判決より重い懲役八月及び罰金四万円の刑を言渡したことは所論のとおりである。論旨は、控訴審がなんら事実の取調をしないで第一審判決の刑を重く変更することは、憲法三七条の保障する公平な裁判所の裁判を受ける権利を奪うものか、少なくとも法令の解釈を誤ったもので原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであるというのである。

しかし、控訴審が検察官からの第一審判決の量刑は不当であるとの控訴趣意に基き第一審判決の量刑の当不当を審査するにあたっては、常に控訴審自ら事実の取調をしなければならないものではなく、訴訟記録及び第一審に於て取り調べた証拠によって、その量刑の不当なことが認められるときは、控訴審は自ら事実の取調をしないで、第一審判決の刑より重い刑を言渡しても刑訴四〇〇条但書の解釈を誤ったものということはできない。また裁判所の言渡した刑が被告人から見て重いと思われるものであってもその裁判を公平な裁判所の裁判ではないということはできない(昭和二二年(れ)第四八号同二三年五月二六日大法廷判決、集二巻五号五一一頁)。

弁護人神川貫一の上告趣意について。

所論の趣旨は、違憲に論及している部分もあるが、実質は原審が第一審の執行猶予を実刑としたことについてその量刑と訴訟手続とを非難するに過ぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない(なお訴訟手続に関する論旨については、被告人上告趣意第二点に説示したとおりである。)

その他記録を調べても刑訴四一一条を適用すべき事由は認められない。

よって刑訴四〇八条に従い主文のとおり判決する。

この判決は、被告人の上告趣意第二点及び弁護人神川貫一の上告趣意について裁判官栗山茂、同真野毅、同小谷勝重、同谷村唯一郎、同小林俊三の後記少数意見があるほか裁判官の一致した意見である。

裁判官栗山茂、同真野毅、同小谷勝重、同谷村唯一郎、同小林俊三の少数意見は次のとおりである。

原判決は、第一審が本件被告人に言渡した懲役二年執行猶予四年罰金四万円の判決を破棄自判し、右罰金刑とともに懲役八月の実刑を言い渡したのであるが、記録によれば、その手続は書面上の調査のみによったのであって、事実の取調を行った形跡は認められない。このように第一審の執行猶予を附した判決を第二審において破棄し自判によってこれを実刑に改めるには自ら事実の取調を行うことを要し、さもなければ第一審に差し戻すべきものである。この点において原判決は違法たるを免れないから破棄すべきものである。

なお裁判官栗山茂、同小谷勝重、同谷村唯一郎、同小林俊三は、昭和二六年(あ)第一六八八号同三〇年六月二二日大法廷判決(判例集九巻八号)において述べた少数意見をそれぞれここに引用するほか、裁判官小林俊三は昭和二七年(あ)第五九七号同二九年六月八日第三小法廷判決(判例集八巻六号八二一頁)において述べた少数意見を引用する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田 克 裁判官 垂水克己)

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