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旭川地方裁判所 昭和39年(ワ)88号 判決 1964年8月28日

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人の陳述した本訴請求の趣旨及び原因は別紙のとおりである。

被告大二工業株式会社代表者は請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因のうち第一項及び第二項の事実を認め、その余の事実を否認した。

被告松田豊作及び被告旭川信用金庫訴訟代理人は各請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因のうち第一項及ぴ第二項の事実並びに第五項中被告旭川信用金庫が被告松田豊作から別紙第二目録記載の不動産につき原告主張の根抵当権設定登記を受けた事実を認め、その余の事実を否認した。

証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因第一項及び第二項の事実は当事者間に争いがなく、同第三項の事実は成立に争いのない甲第三号証の一ないし一二、証人横山一及び同大倉了の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合してこれを認めることができる。右認定のように抵当権実行としての競売手続進行中に第三者が抵当債務を代位弁済し債権者の承諾により抵当権につき債権者に代位した場合には、同競売手続は爾後代位弁済者のために続行されるものであるところ、証人大倉了の証言、被告本人尋問の結果並びに叙上の証拠によつて真正に成立したと認めうる甲第一、二号証の記載によると、訴外柴野三良は前記代位弁済後の昭和三八年七月二〇日債務者である原告外二名との間の合意により代位弁済によつて取得した抵当債務の履行期を昭和三八年一〇月三一日に延期し、右期限に支払を遅滞したときは停止条件付代物弁済契約に基づき別紙第一ないし第四目録記載の各不動産の所有権は柴野に移転する旨を協定したこと、右支払期限までに抵当債務の履行がなされなかつたこと、同年一一月一日当事者間において、原告らは停止条件付代物弁済契約の停止条件の成就により前記各不動産の所有権が柴野に移転したことを確認し、一方柴野は本件競売手続の基礎となつた抵当債権が右代物弁済によつて消滅したこと等を確認する旨の覚書が取り交されたことが認められる。

二、おもうに、不動産の任意競売の場合にあつては、競落人が競落不動産の所有権を取得するのは抵当権の効力によるものであるから、競落人の所有権取得の時期、すなわち競落代金納入時に、被担保債権の消滅その他の事由によつて競売の基礎となつた抵当権がすでに消滅していた場合には、競落人は当該不動産の所有権を取得することのできない筋合である。そこで、訴外柴野と原告らとの間の前記停止条件付代物弁済契約に付された条件の成就により、本件競売の基本債務である原告らの柴野に対する抵当債務が全部消滅したかどうかについて次に判断する。

三、債権者が同一の債権を担保するために同一の不動産につき債務者から抵当権の認定を受けるとともに期限に債務の弁済がなされないことを停止条件とする代物弁済契約を締結したときは、右停止条件付代物弁済契約は特段の事由のないかぎり代物弁済の予約と解すべきであり、期限に債務の弁済がなされないときは、債権者は抵当権を実行するか、あるいは代物弁済の予約を完結させてその本契約を成立させるかの選択の自由を有するものであるが、債権者がいつたん抵当者実行の途を選択して競売申立をなし、競売手続が開始されたときは、代物弁済の予約上の債権者の権利は、これを行使しても将来競売手続が取下又は取消により抵当権実行の目的を達しないで終了するまではその効力の発生が停止されるものと解するのを相当とする。換言すれば、債権者が競売手続進行中に代物弁済予約完結権を行使しても、競売手続が取下又は取消により終了しない限り、代物弁済契約の効力は発生するに由ないものというべきである。

本件についてこれをみるに、債権者旭川信用金庫は原告から順位第三番の根抵当権の設定を受けてその旨登記すると同時に、その補強策として同一の債権担保のために同一の抵当不動産について停止条件付代物弁済契約を結び、所有権移転の仮登記を経由したが、弁済期に債務の弁済がなかつたため根抵当権実行の申立をなしたものであつて、以上の経過にかんがみると、他に特段の事情の認められない本件においては、右停止条件付代物弁済契約なるものは、その実は代物弁済の予約であつたと認めるべきである。しかして訴外柴野は代位弁済後債権者旭川信用金庫の承諾を得て同金庫から前記所有権移転仮登記上の権利(すなわち、代物弁済の予約上の権利)の譲渡を受け、代位弁済による移転の付記登記を経由し、ついで原告ら債務者に対し抵当債務の弁済期を昭和三八年一〇月三一日まで延期し、右期限までに債務の弁済のないときは抵当不動産の所有権は柴野に移転する旨を協定したものであるが、その後原告らの債務不履行によつて抵当不動産の所有権が柴野に移転した旨原告らと柴野との間で互いに確認し合つている事実に徴すれば、前記協定は、これによつて柴野が代物弁済の予約完結権を行使して原告らとの間に停止条件付代物弁済契約の本契約を成立させたものと解するのが相当である(もし右協定が代物弁済の予約完結権の行使でなく、全く別個の新しい停止条件付代物弁済契約であるとすれば、競売開始決定により抵当不動産に差押の効力が生じた後に債務者が債権者との間でかかる代物弁済契約をしても、その効果をもつて競落人に対抗することはできないのであるから、原告は右代物弁済契約の効力の発生によつて別紙第一、第二目録記載の不動産所有権が柴野に移転したことを競落人である被告大二工業株式会社及び被告松田豊作に対して主張することができない筋合である。)。ところで右停止条件付代物弁済契約の本契約成立当時は勿論原告らの債務不履行により同契約に付された停止条件の成就した昭和三八年一一月一日当時も本件競売手続は別紙第一、第二目録記載の不動産に関する限り有効な競売取下がないために手続進行中であつたことは弁論の全趣旨により明らかであるから、原告らが約定期限までに抵当債務の弁済をしなかつたため前記協定による停止条件付代物弁済契約の本契約に付された停止条件が成就し、かつ、その直後原告が抵当不動産の所有権が柴野に移転したことを確認したところで、これによつて直ちに別紙第一、第二目録記載の不動産につき代物弁済の効力が発生するいわれはなく、前段説示のように競売手続が取下又は取消により終了し、抵当権の実行が本来の目的を達しなかつたことが確定してはじめて右代物弁済の効力が生ずるものであるところ、別紙第一、第二目録記載の不動産に対する競売手続は各競落人である被告大二工業株式会社及び被告松田豊作が競落代金を納付することにより抵当権実行の目的を達して終了するにいたつたのであるから、結局右競落代金納付時までに別紙第一、第二目録記載の不動産については代物弁済の効力はついに発生せず、その所有権は柴野に移転しなかつたものであつて、従つて右競売の基本債務である原告の柴野に対する抵当債務も、その全部が消滅していたということはできないのである。

四、しかのみならず、代物弁済により債務消滅の効力を生じさせるためには債務者が本来の給付に代えて他の給付を現実に為すことを必要とし、債務者の為す他の給付が不動産所有権の移転である場合には、債務者が債権者に対し所有権移転の意思表示をするだけでは足りず、更に進んで登記その他の引渡行為を終了し、法律行為をして当事者間のみならず第三者に対する関係においても完全に対抗力を備えるにいたらしめなければ代物弁済として債務を消滅させる効力を生じないものと解すべきところ、本件において別紙第一、第二目録記載の不動産につき原告が訴外柴野に所有権移転の意思表示をしたことは認められるけれども、柴野に所有権移転登記をしていないことは原告の本訴請求自体に徴して明らかであるから、この点においても原告の柴野に対する抵当債務が全部消滅したものといえないことは明瞭である。

五、前記第三項、第四項のいずれの理由からしても、原告主張の柴野との間の停止条件付代物弁済契約に付された条件の成就により本件競売手続の基礎となつた順位第三番の根抵当権又はその抵当債務が消滅したものとはとうてい認め難いところであつて、他に被告大二工業株式会社及び被告松田豊作の競落代金納付当時、右根抵当権又はその抵当債務が消滅していたものと認めるに足りる資料は存しない。しからば、右被告両名はそれぞれ有効に競落不動産の所有権を取得したものというべく、同被告らがその所有権を取得していないことを理由として同被告らに対し競落による所有権移転登記の抹消を求める原告の本訴請求は理由がない。次に被告旭川信用金庫が被告松田豊作から別紙第二目録記載の不動産について原告主張の根抵当権設定登記を受けていることは当事者間に争いがないが、被告松田豊作の右不動産についての所有権の取得が前述のように有効なものである以上、その無効であることを前提として被告旭川信用金庫に対し右根抵当権設定登記の抹消を求める原告の請求もまた理由がない。

よつて原告の本訴各請求はいずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

請求の趣旨

被告会社は原告に対し別紙第一目録記載の不動産に付き旭川地方法務局昭和三九年一月二四日受附第二〇七三号を以て同三七年一二月三日競落を原因とする所有権移転登記の抹消手続をせよ。

被告松田は原告に対し同第二目録記載の不動産に付き同局昭和三九年一月二四日受附第二〇七二号を以て同三七年一二月三日競落を原因とする所有権移転登記の抹消手続をせよ。

被告金庫は原告に対し同第二目録記載の不動産に付き同局昭和三九年二月二四日受附第五四〇七号を以て同月一七日根抵当権設定契約を原因とする根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

請求の原因

一、別紙第一乃至同第三目録記載の不動産は原告の所有、同第四目録記載の不動産は、訴外遠藤勉の所有の処、訴外遠藤木材株式会社は被告金庫から営業資金の貸付を受くるに当り、原告及訴外勉は連帯保証人となり昭和三五年八月二六日その所有に係る別紙目録記載の不動産に順位第三番の根抵当権を設定する契約を結び、同月二七日旭川地方法務局受附第一四九二〇号を以て、債権元本極度額金三百万円也、遅延損害金百円也に付き日歩六銭也とする根抵当権設定登記をした。

尚原告はその所為に係る不動産に左記内容の根抵当権設定登記をして、既に右訴外会社に資金の供給を受けてあつた関係上、被告金庫の要求に依り次の如き仮登記の設定登記手続をして支払確保の措置をした。即ち別紙目録記載の不動産に付き同日停止条件付代物弁済契約を原因に旭川地方法務局同年同月二七日受附第一四九二一号を以てする所有権移転の仮登記をした。

(イ) 順位第一番根抵当権

債権元本極度額 金弐百万円也

設定年月日番号 昭和三〇年一二月五日同局受附第一一九四二号

原因      同日根抵当権設定契約

(ロ) 順位第二番根抵当権

債権元本極度額 金百万円也

設定年月日番号 同三一年一一月二一日同局受附第一三九三七号

原因      同月二〇日根抵当権設定契約

前記仮登記は順位第三番根抵当権の補強策である。

二、債務者である訴外会社は昭和三六年一一月一四日被告金庫から手形割引を以て借受けた、約束手形金四三六万円也に付き、支払期日である昭和三六年一二月五日その支払をせず、連帯保証人である原告及訴外勉も手許不如意のため、遅滞した結果、被告金庫は同三七年七月一七日御庁に同庁昭和三七年(ケ)第四一号事件を以て根抵当権実行の申立をした。

右競売手続に於て同年一一月二六日行なわれた競売期日に被告会社は別紙第一目録記載の不動産を、被告豊作は同第二目録記載の不動産を夫々競落し、競落許可決定は同三八年一一月七日頃確定し、代金納付手続完了上、請求の趣旨記載の如く所有権移転登記を受けた。

三、これより先、昭和三八年一月二二日柴野三良は原告、訴外勉、訴外会社の三名の承諾を得て、債権者である被告金庫に対する前記、即ち元金四三六万円也及別口金一六六万円也合計金五三二万円也に付き、代位弁済をした。代位弁済の内容は、順位第一番根抵当権金弐百万円也、同第二番根抵当権金百万円也、同第三番根抵当権金二三二万円也で次の如く同月二三日付記登記を受けた。即ち順位第一番は同日旭川地方法務局受附第一一七七号、順位第二番は同日同局受附第一一七八号、順位第三番は同日同局第一一八〇号を以て夫々付記登記を了した。

尚訴外柴野は同日、前記仮登記の譲渡を受け、同日同局受附第一一七九号を以て付記登記手続を受けた。

四、訴外柴野は昭和三八年七月二〇日債務者である原告、訴外勉、同会社の三名と前記債権の支払に付き延期の協定をした。

(イ) 支払期限  同年一〇月三一日

(ロ) 右期限に支払を遅滞のときは、停止条件付代物弁済契約に基づき、条件成就を以て別紙目録記載の不動産の所有権は柴野に移転する。

処が債務者である訴外会社、同勉、原告の三名は右延期を受けた支払期限に、訴外柴野にその支払をしなかつた結果前記協定に基づき別紙目録記載の不動産の所有権は条件成就に依り訴外柴野に移転し、順位第三番根抵当権の基本債権金二三二万円也は消滅に帰した。同年一一月一日此の事実は当事者間に確認すると同時に訴外柴野は順位第一、二番根抵当権の基本債権合計金三百万円也の免除をした。

五、以上の如く本件根抵当権の実行は被告松田、同会社の競落許可が確定する以前に、その基本債権が全部消滅に帰したから、法律上無効で被告会社、同松田が本件不動産の所有権を取得するに由ない訳である。

尚被告金庫は別紙第二目録記載の不動産に請求の趣旨に記載の如き根抵当権の設定登記を受けたが被告松田の所有権取得が否定せらるる以上之れまた無効である。依而原告は之が抹消登記を求めるため本訴請求をする。

別紙

第一目録

<省略>

第二目録

<省略>

第三目録

<省略>

第四目録

<省略>

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