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新潟地方裁判所高田支部 昭和42年(わ)69号 判決 1968年8月07日

被告人 藤岡延三

主文

被告人は無罪。

理由

(公訴事実)

本件公訴事実は

第一、被告人は、新潟県西頸城郡青海町大字青海千百七番地の一に本社を有し、土木建築その他工事請負などを営業目的とする田辺建設株式会社の工事部工務課長として、原価管理、工程管理、技術関係書類および統計資料の作成等の基本業務を担当するかたわら、昭和四十年九月二十九日同会社と新潟県が締結し同年十月二十二日着工した「県営開拓パイロツト事業直江津地区」の直江津市大字土口字オオノケ地内の「地区外幹線用水路第一号ずい道工事」(全長八百米)の施工にあたり、同会社常務取締役兼工事部長本田守の特命により、工事の施工上技術面について必要に応じ、同工事の全般的統括管理者である同人に進言し、あるいは同工事の現場代理人である加藤良仁を指導援助する業務をも担当していたものである。

ところで、同工事現場附近一帯の地層は、石油ガス徴のある代表層ともいうべき能生谷層に属し、同現場に近い西頸城郡名立町大字東飛山地内は、かつて名立油田と呼称され採油の盛んであつた時代があり、同部落では現在でも天然ガスを燃料にしている民家があるなどガス徴があり、同部落ならびに同工事現場およびその附近一帯は、電気化学工業株式会社の石油、可燃性天然ガス採取目的の試掘鉱区内である。

しかして、昭和四十一年一月二十八日、前記第一号ずい道工事現場で作業中の労務者が西側下坑口から約百十三米地点の坑内(当時の切羽は約百十七米地点)で側溝内の水中および側壁亀裂部の湧水個所で可燃ガスらしきものを発見し、この報告により、被告人は、上司である前記本田の指示を受け翌一月二十九日、現場代理人加藤らとともに現場に赴き、ガス検知器によつて前記地点およびその附近坑内のガス検査を実施した結果、側溝直近で含有率〇・四%の可燃性天然ガス(メタン)を検知したのである。

かくの如く、天然ガス地帯といわれる新潟県下において、ずい道工事等の地下工事にたずさわつており、しかも工事中途で可燃性天然ガスの発生に逢着した場合、被告人としては、炭坑技術職員としての経験を買われ、前記本田の特命によりガス検査を実施したのであるから、工事設計書等のみに依存することなく、工事現場およびその附近一帯の地層についての専門的調査を行なうとともに、前記一月二十九日の検査時の可燃性ガス含有率が〇・四%の微量であつたとしても、可燃性ガス噴出の不安定性・掘削工事の進行に伴う地層の変化などからして、いつどこで多量の可燃性ガスの噴出があるかも知れないことを考慮し、相当期間の継続的なガス測定をつくして危険の有無を判断し、その危険ある場合には、前記本田および加藤らに進言ないし助言をし、必要に応じて工事を一時中止させて設計を変更し、あるいは工事設備を防爆装置に切りかえ、あるいは通風換気施設の改善をはかり、他面、労務者に対するガス保安教育の徹底をはかるなどガス技術面担当の直接責任者として、ガス爆発事故防止のため最善をつくすべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、不注意にも、右工事現場一帯がいわゆる天然ガス地帯であることを看過し、加えて前記検査時のガス含有率が微量であつたことに気を許し、自己のガスに対する知識経験を過信して、可燃性ガスによる危険はないものと即断し、上司である前記本田に対しては、ガスの危険はない旨報告し、現場代理人である前記加藤ら現場工事担当者に対しては、作業上支障なく、もし変つたことがあつたら、又報告して貰いたい旨指示したにとどまつたため、前記本田および加藤らをしてその判断を誤らしめ、ガス爆発事故の防止上何らの対策措置を講じないまま、漫然工事を続行させた過失により、同年三月二十三日午前四時三十分ころ、前記第一号ずい道西側の下坑口から約三百五米地点の坑内切羽附近に噴出した多量のメタンガスを同地点附近の坑内に停滞させ、同坑内から約二百七十米ないし約二百九十米地点に設置してあつた坑内照明用の白熱電球(百ワツト)の水滴等による破裂または同坑口から約二百九十米の地点に設置してあつた水中ポンプ用電磁開閉器の点滅時のアークなどの電気的諸現象にともなつて発生するスパーク熱エネルギーにより、同坑口から約二百七十米ないし約二百九十米附近の坑内でメタンガス爆発を起すに至らしめ、その爆焔、爆風によつて、同坑内で作業中の労務者藤田信雄(三十九才)外二名を別紙一覧表一のとおり、頭蓋骨骨折シヨツク等により即死させたほか、酒井岩治(五十四才)に対し入院加療約六十三日を要する頭部挫創等の傷害を負わせ、さらに、前記爆発事故によるこれら死亡者等の救出のため入坑した救護隊が救出作業をしていた同日午前六時五十分ころ、前記地点附近で前記同様の電気的諸現象により、再度メタンガス爆発を起すに至らしめ、そのため大島正利(三十七才)外一名を別紙一覧表二のとおり、爆発によるシヨツク等により即死させたほか、佐藤喜三郎(三十七才)外八名に対し、入院加療約八日ないし約五十六日を要するガス中毒、頭部、顔面火傷等の傷害を負わせた

第二、被告人は、前記のとおり、特命により本工事の施工上、技術面において必要に応じ、同工事の全般的統括管理者である前記本田に進言し、あるいは同工事の現場代理人である加藤良仁に指導援助する業務を担当し、労働基準法上使用者の立場にあつたものであるが、昭和四十一年一月二十九日、前記ずい道工事地下作業場で、可燃性ガスが噴出しているのを知りながら、同日以降同年三月二十三日まで同ずい道内で労務者を作業させるにあたり、毎日、可燃性ガスの含有率を検査せず、もつてガスによる危害を防止するために必要な措置を講じなかつたものである。

というのである。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(公訴事実中認定することのできる事実)

一、検察官が本件公訴事実において主張する事実中

(一)  新潟県西頸城郡青海町大字青海一一〇七番地の一に本社を有し、土木建築その他工事請負などを営業目的とする田辺建築株式会社(代表者、代表取締役田辺源之助)が新潟県との間に昭和四〇年九月二九日随意契約によつて「県営開拓パイロツト事業直江津地区」の直江津市大字土口字オオノケ地内の「地区外幹線用水路第一号ずい道工事」(全長八〇〇米)の施工を請負い、同年一〇月二二日着工したこと(以下、本件工事ということがある)

(二)  被告人は当時右会社(以下、単に会社ということがある)の工事部工務課長であり、原価管理、工程管理、技術関係書類および統計資料の作成等の基本業務を担当していたこと

(三)  右工事現場附近一帯の地層は、石油徴、ガス徴のある能生谷層に属し、同現場に近い西頸城郡名立町大字東飛山地内は明治年間に採油が行われたことがあり、同部落には現在でも天然ガスを燃料にしている民家もあるなどガス徴があり、また、同部落ならびに右工事現場およびその附近一帯は電気化学工業株式会社の石油・可燃性天然ガス採取目的の試掘鉱区内でもあること

(四)  昭和四一年一月二八日前記第一号ずい道工事現場において、作業中の労務者が西側下坑口から約一一三米地点の坑内で側溝内の水中および側壁亀裂部の湧水個所で可燃性ガスらしきものを発見し、この報告により、被告人が上司である工事部長本田守の指示をうけて翌一月二九日現場に赴き現場代理人加藤良仁らとともにガス検知器によつてガス検査を実施した結果、側溝直近で含有率〇・四%の可燃性天然ガス(メタン)を検知したこと

(五)  昭和四一年三月二三日午前四時三〇分ごろおよび同日午前六時五〇分ごろの二回にわたり、前記第一号ずい道西側の下坑口から約三〇五米地点の坑内切羽附近に噴出した多量のメタンガスが公訴事実のような電気的諸現象によつて爆発し、その結果公訴事実どおりの死傷者計一五名が出たこと

(六)  昭和四一年一月二九日のガス検知以後同年三月二三日までの間本件ずい道工事作業現場において、毎日、可燃性ガスの含有率の検査が行われなかつたこと

は、いずれも証拠上これを認めることが出来る。

(被告人の職務権限および本件工事に対する関与の程度)

二、そこで、まず、被告人が本件工事について、どのような職務権限を有し、どのように関与していたかを検討する。証拠によれば、田辺建設株式会社には事務担当と工事担当の二人の常務取締役の下に総務、営業、経理、工事の四部があり、工事部長は工事担当常務本田守が兼務し、その下に工務、土木、建築、機電の四課があり、被告人はそのうちの工務課長を担任していたこと、工務課の業務は工事現場とは直接関係なく原価管理、工程管理や諸官庁に対する関係書類の作成や統計等が主なものであつて、したがつて、被告人には右工務課長本来の立場上は本件工事の実施その他現場における作業等に対する監督、指揮すべき職責はなかつたこと、ただ、会社の幹部職員として、右本田工事部長の命により、昭和四〇年九月二〇日頃本件工事の入札前の現場説明に、当時会社の直江津営業所土木係長であり、後、本件工事の現場代理人となつた加藤良仁や、当時の営業部長田村亘らとともに出席したことや、同年一一、二月頃高田労働基準監督署が会社に指示事項を示す際、偶々右加藤が出張中であつたため、本田の命により加藤に代つて同署に出頭したことがあつたにすぎなかつたこと、また、被告人は、本件工事現場に臨んだのは、後述の昭和四一年一月二九日のガス検知の時までは、監督官庁の火薬庫検査の際、工事現場付近にある火薬庫まで出向いたことと、昭和四一年一月二〇日頃に現場でロツカーシヨベルの引き渡しがあつたときこれに立ち会うために出かけた、わずか二回に過ぎなかつたこと、もつとも、被告人は、本件工事開始当時、会社の竹林土木課長が二四号台風災害復旧工事の仕事に追われていた関係があつて、本田部長から、加藤の仕事をみてやつてくれ、と漠然と指示を受けてはいたが、実際には被告人が持ち合せていた炭礦での知識、経験からは単に現場代理人の加藤から掘さく方法につき相談を受けただけで他にあまり口を出す余地がなく、本件工事の施工についてはほとんど関与していなかつたこと、以上の事実を認めることができる。

(昭和四一年一月二八日の被告人の受命の内容と被告人がとつた処置の相当性)

三、次に、昭和四一年一月二八日、本件工事現場におけるガス発見と、その翌日に行われた被告人による検知の経緯、結果等の詳細は、証拠によれば次のとおりであることが認められる。すなわち、本件工事は、現場代理人加藤良仁を中心に、現場主任技術者は島津敏明が担当し、藤田土木にトンネルの掘進作業を下請させ、前述のように昭和四〇年一〇月二二日着工したが、昭和四一年一月二八日本件工事現場(当時の切羽は西側下坑口から約一一七米地点)で作業中の労務者が約一一三地点の坑内で側溝内の水中および側壁亀裂部の湧水個所で可燃性ガスのようなものを発見し、現場にいた島津はこの旨を直江津にいる加藤に知らせ、加藤は自己の立場上の判断から帝石大潟鉱業所に電話して事情を説明し現場を調査方依頼したが断られ、一方、会社の本田部長にもガスが出たことを報告した。本田は同日夕刻自宅に来た被告人に対し同人が永年炭礦勤めをし、ガスについての知識経験があることを買い、現場に出向いてガスの危険の有無等につき調査をするよう命じた。被告人は、本田の指示にもとづき電気化学工業株式会社青海工場から光明式ガス検知器一台を借り受け、翌二九日午後二時頃現場に到着すると、島津や加藤とともに右ガス発生地点において検知器を用いてガスの測定に当つたが、西側の坑口から東の方に向かつて一一三米位入つた地点の排水溝からぷくぷくと断続的に噴き出していた気泡の割れる至近のところでメタンガス〇・四%が検知されたほか、側壁の湧水個所や、付近の天井等の気流からはガスは検知出来なかつた。このように、噴出ガスが可燃性メタンガスではあつたが、その噴出量もきわめて少く、メタンガス含有率も、〇・四%という微量であつたため、被告人をはじめ、検知に立会つた加藤らは拍子抜けし、被告人は加藤らに対して、作業上支障ないこと、今後変つたことがあつたらまた報告して貰いたい旨等を告げ、検知器を持つて引き上げるとともに、本田工事部長に対しては「ガスの出ているところで測つて〇・四%位で切羽や空気中ではガスは検知出来ません。これ位だつたら危険はないし問題はないと思います。作業は再開してもよいと通達してきました。現場の者には今度と同じようなことがあればまた報告するようにと話して来ました」と報告した。なお、右地点で発見されたガスの噴出はその後しばらく同程度の規模で続き、翌二月上旬現場を視察に来た県の現場監督員佐藤正夫もこれを目撃したが、間もなくいつの間にか消えてしまいその後はガス噴出の気配は全然現われなかつたものである。そこで、以上認定のような経緯、経過から考えると、右一月二九日に行なつた被告人の本件現場におけるガス検知それ自体は方法の上で適切であつて、測定を誤つたものとは認められず、また、被告人が右当日本田部長から指示された事柄は右噴出現場におけるガスの性質、量その他の現況とそのまま作業を継続した場合の危険の有無の報告であつたと認められ(このことは、右のような被告人の検知の方法、程度と本田に対する結果報告の内容自体から十分うかがわれる)、これにつき被告人が右検知の結果をもとにして右一月二九日の現場で認められたような噴出状況のもとではそのまま作業を続けることに支障はないとしたこともその限りにおいて判断を誤つたものとすることは出来ない。結果的にも、本件爆発事故に至るまでは右ガスの噴出は何らの対策なしにまつたく作業の支障とならなかつたのである。

(被告人に対する注意義務の有無)

四、検察官は、被告人は本件工事の施工にあたり工事部長の特命により工事の施工上技術面について必要に応じ同工事の全般的統括管理者である本田守に進言し、あるいは同工事の現場代理人である加藤良仁を指導援助する業務をも担当していたものであると主張し、本件現場附近一帯がその主張するような石油徴ガス徴のある地層に属しており、工事作業途中に前記のようにガスの発生噴出を検知したのであるから、被告人にはガス技術面担当の直接責任者として公訴事実摘示のような、将来起り得べきガス爆発事故防止のため最善をつくすべき業務上の注意義務がある旨主張する。

そこで、このような将来のガス爆発の予見ないしこの予見にもとづく進言や助言をすべき義務が被告人にあつたかどうかを証拠上から左に検討する。

(一)  まず、本件工事現場附近一帯が前記一、(三)で認定したような特徴のある地層に属し、いわゆる天然ガス地帯におけるずい道工事であることについての被告人の認識如何をみてみると、被告人は永年炭礦における業務経験を有してはいたが、昭和四〇年一月から本件会社に勤務するようになつて初めて新潟県内に居住するにいたつたもので、職務内容も前記のように事務的なものであり、本件工事前ずい道工事に関与したりガス噴出等を経験したこともなく、したがつて本件現場の前記特徴はまつたく知らなかつた。このことは被告人のみならず本件会社で永年の経験を積んでいる本田工事部長やずい道工事経験者である加藤良仁、さらには下請負人藤田秀義らまでも前記特徴に気付いていなかつただけでなく、そもそも本件工事は新潟県から詳細な実施設計書、仕様書あるいは現場地質図に基いて会社が受註したものであるところ、本件工事の発註者新潟県の計画責任者である新潟県庁農地部農地建設課長や実際に計画の調査立案をした高田耕地出張所および同谷浜現場事務所の関係技術員らも全然気付かなかつたものであり、ことに右農地建設課では本件ずい道計画立案にあたつて県の地質専門技術師岩永伸をして本件ずい道予定地の地層地質の実地調査をさせ、予定地においてボーリング調査まで行つたが、その際、本件現場に石油徴、ガス徴を見出していなかつたのである。

このように、本件工事現場付近一帯が前記のような特徴のある、いわゆるガス徴地帯であるということは、ひとり被告人のみならず、本件工事に直接、間接に関係あるすべての者が認識していなかつたことであるから被告人がこれに気付かなかつたからといつてその責めを問うことは酷に過ぎるものといわねばならない。

(二)  次に、被告人は一月二九日本田工事部長の特別の指示を受けて本件現場におけるガス検知を行い、具体的にガスの発生を知つたのであるから、この段階においては、工事がずい道工事であつて工事の進行に伴い地層が変化すること、ガスの噴出はその性質上不安定であること、被告人は炭礦の甲種保安技術職員の資格を有し、本田からその専門知識、経験を買われて検知に当つたものであること等の諸点から考え、被告人は単に当日のガス検知を行うだけでなく、あわせて将来のガス爆発の危険のあるべきことを予見し、これに備えて自ら専門的な調査の依頼、相当期間にわたる継続的なガス測定、あるいはガス保安教育の徹底を図る等し、または少くともこれを進言ないし助言すべきではなかつたか、との点については次のように考える。

すなわち、まず被告人にこのような予知、予見の義務(その他の対策義務や進言、助言の義務はこの義務が肯認されてはじめて出てくるものである)があつたとするためには、被告人にその予見が可能であつた場合でなければならない。検察官指摘の右諸点はこれを本件工事現場が前記のようなガス徴のある特殊な地層地質のところであるという客観的事情を被告人において認識していたか、認識を欠いていたことに過失があつたような場合にはじめて、これと関連させて考え予知、予見の義務を肯定することが出来るものといわなければならない。而してもし被告人に右認識が欠如していた場合には、本件のように当日のガス噴出が定量的にもきわめて微量であつたことでもあるので、単に地層の変化、ガス噴出の不安定性あるいは被告人の資格、経験というようなことだけでは、右のような予知、予見の義務を引き出す事情としてはまだ不十分であるというべきである(一月二九日に発見されたガス噴出がその後消失せず、かえつて、量を増したとか、他の場所にも噴出したというような事情は本件の場合はなかつたのである)ところ、被告人に本件現場の地層地質的特徴を認識しなかつたことにつき落度があつたとすることができないこと前述のとおりであり、その他、当時、被告人が本件工事に対する関係で見聞することが出来た資料等の点から考えてみても、被告人には検察官主張のような予見義務があつたということは出来ない。

(三)  なお、検察官は、被告人は本件工事の施工にあたり工事部長の特命により工事の施工上技術面について必要に応じ同工事の全般的統括管理者である本田守に進言し、あるいは同工事の現場代理人である加藤良仁を指導援助する業務をも担当していたとも主張するが、この点も次のような諸事情、すなわち

(イ)  本田の指示による、被告人の加藤に対してなすべき協力、援助は、主として炭礦における経験にもとづいて、ずい道工事における火薬の取扱い方、その量、穴の掘り方、発破や支保工等の技術面にあつたと認められ(事実これらの点については被告人は加藤から実際に相談を受けていた)、ガス問題は、一月二八日本田からあらためて検知を命ぜられたのが最初であり、また最後でもあつたこと

(ロ)  本件工事の現場代理人加藤は、一月二八日のガス発生を知ると、自らの判断でただちに帝石大潟鉱業所に調査を依頼しており(すなわち、被告人に対しては調査等の協力援助を要請しなかつた)、同人が現場における第一責任者であつたと認められること

(ハ)  被告人は、前記検知の結果報告後、本田から引き続きガス対策をするよう命ぜられたり、現場に出向き、あるいは留まるよう指示されたことはなく、本田自ら現場の島津に、今後ガスが出たら作業を中止するよう電話で指示を与えており、さらに本田は自身で二回程電話で異常がないかどうかを確かめていること

(ニ)  本件ガス爆発事故の直前である同年三月二〇日発破直後切羽付近から大量の湧水があつたが、島津現場主任はこれにつき竹林土木課長に報告をしたのみで、被告人には何らの報告もしなかつたこと

(ホ)  本件会社の工事現場の安全管理の指導、監督については社長直属の安全室という制度があり、現場主任に対する指示、監督を営業所長と本社の右安全室で行う組織になつていること

等から考えると、被告人の本件工事現場に対する役割は、ガス対策の点を含めて一月二九日の検知以外はきわめて薄い、弱いものであつたものとみられ、検察官主張のように認めることは出来ない。

右のようにみてくると、昭和四一年一月二九日当時の被告人の立場と、被告人の用い得た判断資料や知識、経験からは、被告人には現実に検知したガスの量、含有率等その危険性および当時の状況下における工事続行の可否の判断をするだけにとどまらず、さらにこれに加え、将来の危険性の予知、予見をする業務上の注意義務までもあつたとすることは出来ないというべきであり、したがつて、それ以上にガス対策一般を調査、検討したりあるいはこれを進言する等検察官指摘のようないろいろな義務があつたとすることも出来ないことになるのはいうまでもない。検察官主張の注意義務の前提となる予見を可能とする能力は、本件事故の様相が、公訴事実のように発破の直後切羽付近から短時間に多量に噴出した濃度の高いガスの爆発という、前記一月二八日のガス噴出とは、日時、場所的に離れているだけでなく、その程度もまつたく異なつたものであつたこととも関連させて考慮するときは、本件現場の前記のような特徴を特殊の知識によつて予め知ることの出来る者にしてはじめて認められるきわめて専門的な高度の能力に属するものと思われる、これを要するに本件事故の結果は、被告人が業務上の注意義務を欠いたために発生したものであると認めることは出来ない。

(労働基準法違反の責任)

五、最後に、労働基準法違反の公訴事実について検討すると、以上に説明したような被告人の職責と本件工事に対する関与の程度から考え、本件工事については被告人は労働基準法上使用者の立場にあつたものとは認められないばかりでなく、本件当時の労働安全衛生規則第一五三条に「可燃性ガスが存在する地下作業場」とあるのは、可燃性ガスが地下作業場の空間気流中に滞留して存在する場合をいい、単に地下作業場のある地点から発生はしていても、それが微量のためただちに流失し空間気流中に滞留を認められない場合はこれに該らないといわなくてはならない(このことは、同条が、可燃性ガスが存在する……場合には……毎日可燃性ガスの含有率を検査する……メタンガスの含有率が一〇〇分の一・五以上の場合には云々……と規定しており、文理上からみても地下作業場の気流中における存在の意味に理解しなくてはならないし、また、本件事故後である昭和四一年一二月二八日に改正され、同四二年四月一日から施行された同条規則が……可燃性のガスが発生するおそれがある地下作業場において云々……と、従来「存在する」場合のみを規制していたのを「発生するおそれがある場合」まで規制の対象とすべく改めた点に徴しても明らかである。)から、本件の場合、一月二九日に被告人が検知したガスの含有率が、側溝内の水中から発生していた気泡の破れる直近でわずか〇・四パーセントにとどまり、側壁亀裂部の湧水個所や切羽面それに坑道内の上部気流中からはまつたくガス徴を検知出来なかつたのであるから、本件工事現場は右の程度のガス気泡の発生があつたからといつて前記規則に定められた、可燃性ガスが存在する地下作業場には該らなかつた、といわねばならず、したがつて、本件ずい道工事現場が昭和四一年一月二九日以降右規則第一五三条所定の可燃性ガスが存在する地下作業場に該ることを前提とする労働基準法違反の点もこれを認めることが出来ない。

(結論)

六、以上のとおりであつて、本件公訴事実はいずれもその証明がないことに帰し、被告人は各公訴事実につき無罪であるので、刑事訴訟法第三三六条によりその旨の言渡をすべきものである。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺桂二 萩原昌三郎 佐野昭一)

別紙一、二<省略>

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