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新潟地方裁判所長岡支部 昭和52年(わ)38号 判決 1977年6月17日

被告人 山口勲

昭二〇・三・二一生 自動車運転手

主文

被告人は無罪。

理由

本件の公訴事実の要旨は、

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五一年一二月一日午後八時三〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、長岡市下々条一丁目一〇二番地先道路を、国道八号線方面から北園町方面に向い時速約四〇キロメートルで進行中、約一四メートル前方の自車進路上を同方向に向かい歩行中の永田秀雄(当四七年)を発見し同人の右方を追抜こうとしたのであるが、かかる場合自動車運転者としては、同人の動静を注視して警音器を鳴らし、右によつて同人との間隔を十分にとつて進行し、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同人はその進路を変えることはないものと軽信し、同人の動静注視不十分のまま警音器を鳴らさず同人との間隔を十分とらないで同進路のまま進行接近した過失により、約五メートル先で同人が右によつたのを見てあわてて急制動の措置をとつたが及ばず、同人に自車左前部付近を衝突させてボンネツト上にはね上げて停車後路面に転落させて頭蓋骨々折、脳挫傷などの傷害を負わせ、よつて同人をして同月四日午前二時七分ころ、三条市三ノ町二五三番地三之町病院において、前記傷害により死亡するに至らしめたものである。

というのである。

よつて証拠を検討して考察するに、右の公訴事実中被告人が同記載の日時場所において自車左前部付近を被害者永田秀雄(当四七年)に衝突させて、同人をボンネツト上にはね上げて、停車後、路面に転落させて、同人に同記載の傷害を負わせて死亡するに至らせたことを認めることができる。

そこでこの事故が被告人の過失によるものかどうかについて検討するに、被告人は司法警察員に対する供述調書中で、「それまで歩行者の姿が見えなかつたので、遠くの方を望見していたのですが、約一五~六メートル位前方左側の部分に同じ方向に向つて歩いている歩行者を発見したのであります。瞬間的の感じとしてトボトボ歩いている様子でした。私の車の位置からすると接近はしているが、ぶつからない位置ですので、警音器は鳴らしませんでした。速度もそのままでした。そして五~六メートル位に接近したと思うころ、その人が急に横断を始めたので驚きましてブレーキをかけたのですが………間に合いませんでした。………」と供述し、また検察官に対する供述調書中では「約四〇キロ位で北西に向つて進行中、約一五メートル先に道路左側を同方向に向け歩行中の被害者を発見しました。私はその方がそのまま右による事はないものと思つてクラクシヨンを鳴らさず、そのまま進行したところ、その方が歩きながら少し右によつてきたのです。そこで私は危いと思いいそいで……」と供述している。

これによれば、被害者は被告人車の制動距離内で急に道路を横断しはじめたことが認められるがその前に道路横断のそぶりを見せるとか、被告人に合図をしたとかして、自分が横断の行為に出ることを被告人に予測せしめるような態度を示した事実は認められない。また道路の状況からみても被害者が進路を急に変えるような状況も認め難い。なるほど検察官がいうように実況見分調書をみると本件道路は簡易舗装で若干の凹凸があり両側には積雪があるが水溜りがあつて被害者がそれをさけるために道路の中央へ進路を変えたという事実は認めるに足りない。そうだとすれば被告人が時速約四〇キロメートルで進行し前記地点まで被害者を発見せず(発見がややおくれていることと事故との間には因果関係は認められない。)減速徐行せず、警音器を鳴らさず、被害者との間隔を保つためにさらに自車の進路を道路中央にとらずに(被害者との間隔は五、六〇センチメートルであつたが被害者は衝突するまで約八〇センチメートル道路内側へ進出した。)同じ速度のまま被害者を追い越そうとした点に、自動車運転者としての被告人に過失があつたとすることはできない。自動車運転者としてはその者が事理弁別能力に乏しい幼者や泥酔者など特に危険な行動にでることが十分予想される者であることを認識すれば格別、そうでない正常な成人であると見たならば、当然その者が不用意に道路を横断することはないと信頼して運転すれば足りるのであり、結局被告人に対して公訴事実記載の如き注意義務を課することは相当でない。附言するに、たしかに被告人が被害者を発見し、同人に衝突するまで、実況見分調書によると<A>から<C>までの約二メートルの間を歩いており<A>から少し道路の内側へ進路をかえ、さらに<B>で急に横断をはじめているようにみえ、<A>から<C>まで歩くのに要する時間を約二秒とすると、被告人が被害者を発見したのは時速四〇キロメートルであるから衝突地点より約二二メートル手前即ち<1>地点より手前になる計算になる。とすると、被告人は被害者が進路を変えはじめるのを早期に発見し急停止又は少なくとも衝突をさけるため進路を変えることができるのではないかと思われないでもない。しかし、<A><B><C>地点は被告人の指示によるものであるが、それらの地点の距離が<A>―<C>間で二メートルであるかどうかは確認し難い(被告人の捜査官に対する供述調書をみると、その距離が正確であるかどうかはきわめて疑わしい)。その他被告人に本件事故を惹起するに至つた過失を認める資料はない。

よつて、本件公訴事実は証明がないことに帰するので、刑訴法三三六条後段により、被告人に対して無罪の言渡をする。

(裁判官 丸山喜左エ門)

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