大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島地方裁判所 昭和25年(行)36号 判決 1956年2月15日

原告 四宮ヨシエ

被告 徳島県知事

訴訟代理人 越智伝 外二名

主文

別紙図面(イ)(ロ)(ホ)(ヘ)(ワ)(イ)の各点を結ぶ線に囲まれた部分に対する買収及び売渡処分の無効であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分しその三を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は第一次的請求として被告がなした別表掲記の買収及び売渡処分の無効であることを確認するとの判決を求め、第二次的に予備的請求として別表掲記の(ホ)(ヘ)(ト)の買収及び売渡処分を取消すとの判決を求め、その請求の原因として、

一、別表(二)の赤石田一一〇番地の一につきなした買収処分は無効である。蓋し、

(イ)  本件は昭和二十三年六月二十二日付公告によつて買収処分をなしたものである(甲第十七号証)然しながら右土地は当時既に埋立てて宅地となり、且つ家屋が建設されていたものであつて、もとより農地ではない。

非農地を農地(田)としてなした買収処分は無効である。この事情を詳述すれば右土地につき後に売渡を受けている田原輝雄が坂野町農地委員会と通謀し、その遡及買収を受け得ることを予期して、この内四十九坪五合を豊田茂雄に売渡す話合ができ、豊田茂雄は昭和二十二年十月六日坂野町農地委員会に農地調整法第六条による宅地変更の許可申請をなし、同委員会は、同月二十四日付をもつて承認通知を発している。そこで豊田は直ちに右農地に対して埋立工事をなし、昭和二十三年二月頃までに埋立を完了し同年五月頃には建設がなされて居り、坂野町役場の調査表によるも、同年七月に家屋竣功せるものとして処理されている。 (甲第一九号証)。

(ロ)  坂町町農地委員会は右田原輝雄が売渡を受くべき農地を宅地として豊田茂雄に売渡すものであることを知悉しながら(詐可申請書並にこれに添附の田原茂雄の承諾書により明白)同人等と通謀し、農地解放に便乗して彼等の非望達成に協力し、原告の財産権を不法に侵害せんとするものでかかる事実を看過せる本件行政処分は自創法第一条の目的に背反し、憲法第二十九条財産権の保護を無視する許すべからざる行政処分である。

なお右行政処分は昭和二十二年十月二日に遡及して買収することにより前述の非違を蔽い偽瞞せんとするものである。

二、別紙(ホ)(ヘ)(ト)即ち赤石、田一一一の一、畑一〇九の二、田一〇八の一の買収処分につきこれを見るに、

(イ)  先ず本件については昭和二十二年十月十日買収計画を樹立し(乙第九号証)、次で昭和二十三年十一月二日付公告をもつて買収処分をした(甲第四号証)。これに対して原告は、昭和二十五年十二月本訴を提起して以来本件買収は自創法第三条によつて地主に残すべき保有地(六反)を侵してなせる買収であるから、違法である旨主張して来たのであり、被告知事も右買収が、六反保有を犯していたことは認めていた。只出訴期間の経過を理由に行政処分の取消を求めることはできないと抗争していたのである。

原告は更に昭和二十三年十一月二日付の公告買収は公告の要件(自創法第九条)を欠缺して無効なりと主張したところ、被告知事も右公告買収処分の無効を認めざるを得ざるに至つた。

(ロ)  然るところ被告知事は昭和二十六年十一月十三日に至つて右物件に対して新に何等買収計画を樹てることなく、社会経済状態の急激な変遷を無視し四年余り前即ち昭和二十二年十月に坂野町農地委員会が樹立し、その頃徳島県農地委員会の承認を得ている本件農地に対する買収計画に基いて、更に公告買収をなしこれを有効なりと主張している。

(ハ)  併しながら、かかる公告買収処分は絶対無効である。

即ち、

(1)  すでに昭和二十二年に樹てた買収計画に基き昭和二十三年十一月二日になした公告買収に至る一連の手続は、その瑕疵によつて無効であるから、更に買収する場合には新な買収計画から始め、所定の手続を経なければならない。殊に前述の如く買収計画と買収処分との間に四年余の長年月の間隔があり、物価だけ見ても何百倍の騰貴があり、買収価格についても重大な差異がある。それらの事情変更たるや平時の五十年百年にも比すべき社会経済状態の変遷がなされているのである。かかる事情変更を無視して四年前の計画に基く買収処分は許されない。このことは買収計画の公告、県農地委員会の承認、その他買収処分の公告等にそれぞれ期限を定めたり、遅滞なく承認を得べきことを定めあること(例自創法八条)買収計画や県農委の承認等につき異議申立の機会が与えられていること等を考えれば、四年前の買収計画に基く買収処分が無効であること当然である。

(2)  殊に本訴提起以来、右買収処分のなされた昭和二十六年十一月までの間において本件物件が原告の保有地にして自創法第三条によつて買収より除外すべき土地であることは原告において主張立証を重ねてきたところであり被告知事も必然的に右物件が保有地にして買収の誤りであることを知悉していたのである。然るに敢てこれが買収をなす如きは故意又は重大な過失に基く不法の行政処分で無効と解せざるを得ない。

(3)  原告が被告主張の代替買収で保有面積を割つて買収することに同意した事実は全然なく、又代替買収は自創法第三条を無視する違法な買収である。更に富岡簡易裁判所において原告の自作地と判定された三反二畝十七歩について被告は買収計面当時自作地か小作地か係争中であつたから、これを小作地と認めて保有面積に算入しても間違ないと主張しているが右判決に対しては控訴の申立があり徳島地方裁判所において控訴棄却の判決言渡があつて原告の自作地たることが確定したのである。これらのことは昭和二十六年十一月十三日本件買収処分当時右三反二畝十七歩が原告の自作地であることを被告知事は知悉して居り、又知らないとすれば重大な過失がある。

(4)  仮りに前述の(ホ)(ヘ)(ト)についての買収処分が無効でないとするも違法な行政処分であるから取消さるべきである。被告はこの点につき出訴期間を経過し、訴願がなされていないから、取消を求める訴は不適法であると主張しているけれども、本件の場合はすでに訴訟継続中に被告が公告を仕直したもので原告は右買収処分が無効又は取消さるべきであると主張して訴訟継続中であつた点から見て、訴願等は必要でなく、又出訴期間もすでに訴訟継続中と見るべきだからである。と述べた。

第一、坂野町大字赤石字赤石百十番地の一、田六畝二十歩に対する買収処分は無効でなく又取消の対象ともならない。

(1)  右農地の買収は昭和二十二年八月十九日の坂野町農地委員会において第三回買収計画に包含せられ、買収時期を同年十月二日として決定せられ(乙第五号証)、その計画書は即日縦覧期岡を八月二十日より三十日までとして公示された(乙第六、七号証)。右縦覧期間中に原告よりの異議申立がなく、右計画は確定した。その後買収令書の交付については令書の交付ができなかつたので、自創法第九条の規定により昭和二十三年六月二十二日徳島県報にて公告し(甲第十七号証)、令書の交付に代え、買収処分を了した。

(2)  原告は右買収処分当時、右土地は宅地として家屋が建築せられており、農地でなかつたと主張するけれども坂野町農地委員会が豊田茂雄の農地調整法第六条による農地潰廃申請(甲第十八号証の二)に対し、昭和二十二年十月二十四日付にして承認した。宅地変更承認は右農地に隣接する赤石百十一番の内の四十九坪五合に対するものにして、右の宅地変更承認は本件農地と無関係である(甲第八号証)。そのため甲第二号証の証明書により明らかな如く宅地となつた右四十九坪五合は赤石百十一番地の五、田七畝二十一歩より除外している。よつて本件農地買収当時の土地の現状が原告主張の通りであつたとしても、豊田茂雄が宅地変更承諾のない本件農地を宅地として潰廃したことは違法な行為であるので、被告行政庁としては不法な行為による現況の変更を認容し、それに拘束されねばならない道理はないから、買収当時の現況によることなく、不法な行為以前の状態(買収計画確定当時)を基礎としこれを農地として買収し、或は売渡すことは違法ではない。

のみならず、豊田茂雄は潰廃申請の農地につき農地調整法第六条所定の権限を有するものではないから、同条による申請権がないのに拘らず、坂野町農地委員会は申請権ありとして承認を与えた疑があるほか、面積五十坪以下の承認は市町村農地委員会の専権に属するものにして、被告知事の関与するところでないので、前記の如き本件買収計画確定後の事情は、被告知事において明白でなく、原告主張の如き事情ありとしても本件買収処分を当然無効とすべき事由とはならない。更にまた原告主張事実が買収処分取消事由となるとしても公告による買収処分は昭和二十三年六月二十二日であるので、本件訴の提起は出訴期間を徒過せられているので却下せられるべきである。

第二、坂野町大字赤石字赤石百十一番地の一、田五畝十五歩五合

同 百九番地の二、畑六畝九歩

同 百八番地の二、田二反一歩

(合計三反一畝二十五歩五合)

(1)  右農地については、坂野町農地委員会は昭和二十二年十月十日同年十二月二日を買収時期とする第四回買収計画を樹立し、乙第九号証の如く告示した(乙第八、九、一〇号証)而して買収令書は交付不能であつたので、昭和二十三年十一月二日告示五四六号を徳島県報にて公告し(甲第四号証)買収処分を了した。その後本訴係属中右公告には一部内容に不備があつたので、昭和二十六年十一月十三日附徳島県告示第六百十一号(乙第十五号証)にてその内容を補足すると共に同日付告示第六一二号(乙第一四号証)により昭和二十三年十一月二日付の前記公告を取消した。

(2)  原告は右告示第六百十一号を新な公告による買収処分なるに拘らず、新たな買収計画がなく、買収計画と買収処分との間に四年余の経過があり、その間事情の変更があるから当然無効と主張するけれども、買収処分の瑕疵はその前手続たる買収計画の適否に何等の影響を及ばすものでなく、買収処分のみのやり直しは当然可能であるので、買収計画と買収処分との間に年月の経過があるというだけでは買収処分が当然無効となるものではなく、保有小作地の限度を割る買収処分と雖も当然に無効ではない。

(3)  右買収により原告の小作地法定保有面積六反歩を割ることについては当事者間に争がないが、その程度については右買収処分当時においては原告所有の小作地と認むべきものは三反二畝十七歩(内二反三畝八歩は後判決により原告の自作地と確定しているが、当時その判決は未確定)であつたので、右農地買収当時二反七畝十三歩の小作地を残しておけばよかつた計算になるこれに反し、原告の取消を求める右三筆の農地の合計は三反一畝二十五歩五合であるからその差四畝十二歩五合については原告の主張は理由がない。

よつて本件農地処分を原告主張の理由により、取消すべきものとしても、その請求全部を認容すべきものではなく、面積その他を考慮し、右三筆中百十一番地の一、田五畝十五歩五合の買収は少くとも適法であるので取消すべきものではない。

と述べた。

<立証 省略>

理由

一、別表(二)字赤石一一〇番地の一、田六畝二十歩の内別紙図面(イ)(ロ)(ホ)(ヘ)(ワ)(イ)の各点を結ぶ線に囲まれた部分に対する買収及び売渡処分は無効である。蓋し一見宅地であることの明白な土地を農地としてなされた買収及び売渡処分は無効と解するところ、被告が字赤石一一〇番地の一につき自創法第九条の規定により昭和二十三年六月二十二日徳島県報にて公告し、令書の交付に代えて買収処分を了したものであることは当事者間に争なく、成立に争ない甲第十八号証の一、二、同第十九号証と、証人田原輝雄の証言、検証の結果を綜合すると、家屋の所有者豊田茂雄は、昭和二十二年十月二十四日地目変換の承認を得てその頃埋立工事をなし坂野町役場の家屋調査表によるも、昭和二十三年七月三十一日には建築及び増築が竣成せるものとして取扱われていることが認められるから、前記買収処分当時赤石田一一〇番地の一の内前記(イ)(ロ)(ホ)(ヘ)(ワ)の各点を結ぶ線で囲まれた土地が宅地(非農地)であつたことが明かである。もつとも前記各証拠によると、右豊田が地目変換の申請をしたのは赤石一二番地の内四十九坪五合についてであるが、現実に埋立工事がなされているのは、右赤石一一一番地に隣接する一一〇番地であり然もその範囲は四十九坪五合以上であることが認められるから、右埋立工事は不法になされたものというほかはない。この点につき被告は不法な行為による現況の変更を認容し、それに拘束されねばならない道理はないから、買収当時の現況によることなく不法な行為以前の状態(買収計画確定当時)を基礎とすべき旨主張するけれども、仮令不法になされた宅地化と雖も本件における如く社会通念上原状復旧が著しく困難と認められるに至つた場合にはそのまま法的評価の対象となるものと解するから、被告の右主張は採用しない。なお面積五十坪以下の農地潰廃は被告知事の関与するところではないので本件買収計画後の事情の変更は被告に明白でなく、本件買収処分を無効ならしめるものではないと主張するけれども十分な理由がない。蓋し、本件土地が農地か否の判断は客観的に決定すべきであるからである。

次に別表(ホ)(ヘ)(ト)即ち字赤石、田一一一番地の二畑一〇九番地の一、田一〇八番地の一について坂野町農地委員会が昭和二十二年十月十日買収計画を樹て同二十三年十一月二日交付に代る公告により買収処分を了したこと、その後本訴係属中昭和二十六年十一月十三日前の買収計画に基き更に公告をなしたことは当事者間に争ない。原告は後の公告買収は新な買収処分なるに拘らず新な買収計画がなく、買収計画と買収処分との間に四年余の経過があり、その間事情の変更があるから、当然無効であると主張するので按ずるに、法律上買収処分のみのやり直しというのは可能であり、本件における如き経過で買収計画と買収処分との間に四年余の経過があり、その間一般の社会経済情勢の変遷があるというのみでは当然に無効又は取消の瑕疵を帯有させるものではないと解する。次に右買収により原告の小作地法定保有面積六反歩を割ることについては当事者間に争ない。もつともその程度については二反三畝八歩に関して争が存するが原告に対する農地買収処分は本訴において審理の対象となつているものに止らず他に同時並異時に数次に亘る買収処分が存し、その結果法定保有面積を削除するに至つたものであることは、弁論の全趣旨に徴して明かである。そもそも法定保有面積を割る買収と雖も当然無効ではなく、単に取消し得べきものたるに過ぎないと解する。蓋し無効の場合は形式上行政処分が存するに拘らず、何人も当然に該処分を無視し得べき場合であるからである。しかし取消し得べき瑕疵が存するとしても、そもそも自作農創設特別措置法による農地買収において農地所有者はその買収せらるべき農地について選択権を有するものではない。そこで農地買収において法定の保有面積を削除する違法がある場合に農地所有者が任意にその一部の農地を選択し、該農地に対する買収処分の取消を訴求し得べきものとせんが、買収せらるべき農地について選択権を行使したと同一の結果となるから、許されないといわなければならない。よつて原告の本訴請求は前叙説示の限度において正当として認容しその余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川豪 宮崎福二 高木積夫)

別表及び目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例