大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島地方裁判所 平成7年(行ウ)5号 判決 1997年2月07日

徳島県阿波郡市場町大字山野上字白坂二三四-一

甲・乙事件原告

中西巧

右訴訟代理人弁護士

早渕正憲

徳島県麻植郡川島町宮島七四七-二

甲事件被告

川島税務署長 久門紀夫

東京都千代田区霞ヶ関一丁目

乙事件被告

右代表者法務大臣

松浦功

右両名指定代理人

早川幸延

三宅勝治

田所一徳

中村司

島田功

近藤康文

三谷博之

黒田保俊

川村勲

大喜多山治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

被告川島税務署長が、平成六年五月二六日付けでした平成五年分の所得税に係る原告に対する還付金の充当処分はこれを取り消す。

二  乙事件

原告の昭和六三年分所得税確定申告書に基づく昭和六三年分所得税に係る延滞税四九〇〇円及び平成元年分所得税第一期分の予定納税額に係る延滞税一八〇〇円の各債務は存在しないことを確認する。

第二事案の概要

本件は、歯科医師である原告が、神奈川県内の歯科医師の下で勤務していた際、勤務先の医師が新たに開業する歯科診療所の経営者として名義を貸したところ、原告名義の昭和六三年分の所得税確定申告書が税務署長に提出され、被告国から、昭和六三年分の所得税に係る延滞税四九〇〇円及び平成元年分所得税第一期分の予定納税額に係る延滞税一八〇〇円の合計六七〇〇円(以下、双方併せて「本件延滞税債務」という。)を請求されているとして、本件延滞税債務の不存在確認を求めて訴えを提起した(乙事件)が、被告川島税務署長は、平成六年五月二六日付けで、原告に対する平成五年分の還付金及び還付加算金合計四三万一五六〇円の一部で本件延滞税債務に充当する処分(以下「本件充当処分」という。)を行ったので、右債務が存在しないことを理由に右処分の取消しを求めた(甲事件)事案である。

(争いのない事実等)

一  原告は歯科医師であるが、昭和六二年五月から同年一一月末ころまで、神奈川県足柄上郡中井町に所在する三宅正医師(以下「三宅医師」という。)経営の中井歯科診療所で歯科医師として勤務していた。(争いがない)

二  原告は、同年一一月ころから、同県中郡二宮町所在の中西歯科医院で治療を行うようになった。(争いがない。同医院の経営者が原告か三宅医師かについては争いがある。)

三  原告は、昭和六三年一二月、神奈川県での治療活動を止めて徳島県の実家に戻った。(争いがない)

四  矢部洋治税理士(以下「矢部税理士」という。)は、中西歯科医院の事業所得につき、いずれも原告名義で、昭和六二年一一月二八日に所得税の青色申告承認申請書を、昭和六三年三月一四日昭和六二年分の所得税の確定申告書を、平成元年三月一五日に昭和六三年分の所得税の確定申告書を作成して、平塚税務署長に提出した(以下、昭和六三年分の所得税の確定申告を「本件確定申告」という。)。(乙二、四、六)

五  原告は、本件確定申告書に基づいて、本件延滞税債務の支払を請求された。(争いがない)

六  ところが、被告川島税務署長は、平成六年五月二六日付で、本件充当処分を行った。(争いがない)

七  原告は、平成六年七月二五日、被告川島税務署長に対して、本件充当処分の取消しを求めて異議申立をしたところ、被告川島税務署長は、同年九月二二日、右申立てを棄却した。原告は、同年一〇月六日、国税不服審判所長に対して審査請求したが、同審判所長は、平成七年一月二六日、審査請求を棄却する旨の裁決をした。(乙九、争いがない)

八  原告は、平成五年二月一六日に乙事件につき、平成七年三月二三日に甲事件につき、それぞれ訴えを提起した。

(争点)

一  本件確定申告の意思(本件確定申告の効力一)

1 原告

本件確定申告は、原告の雇主であった三宅医師が、神奈川県医師会で禁止されている県内での複数の診療所開設を行い、これを隠す目的で、経理を担当していた矢部税理士に指示して原告名義の確定申告書を作成のうえ提出したもので、三宅医師及び矢部税理士が、原告に無断で行ったものであり無効である。

2 被告ら

原告は、昭和六二年一一月ころ、自分が中西歯科医院の経営者で、同医院の経営による事業所得が全て自分に帰属することを前提に、その税務代理を矢部税理士に委任しており、本件確定申告も右委任に基づくものである上、原告が、三宅医師に確定申告を依頼し、これを受けて三宅医師が矢部税理士に本件確定申告を行うように依頼して行われたものであるから、原告の意思に基づきなされたものである。

二  中西歯科医院の経営主体(本件確定申告の効力二)

1 原告

中西歯科医院は三宅医師によって経営され、原告はこの医院を開設するについて名義を貸したにすぎず、その事業から生ずる収益は全て三宅医師に帰属していたのであるから、実質所得者課税の原則(所得税法一二条)から、課税要件を充足しておらず、本件確定申告は効力を有しない。

2 被告ら

原告は、中西歯科医院を経営しており、本件確定申告に係る事業所得が原告に帰属することは明らかである。

仮に、原告の主張するとおり、中西歯科医院の実質的な経営者が三宅医師であっても、直ちに本件確定申告の効力に影響を及ぼすものではない。すなわち、自己の意思によって確定申告書を提出した以上、課税要件を充足していないのであれば、更正の請求により是正を求めるべきであって、更正の請求以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がない限り、課税要件の充足の有無は、確定申告の効力に当然には消長を来すものではないというべきである。そして、本件確定申告が原告の意思に基づくものであることは一2のとおりであるし、原告が中西歯科医院の経営者であり、同医院の経営による事業所得が全て自分に帰属するものとして、その税務代理を矢部税理士に委任し、原告自身、本件確定申告によって自ら負うべき納税義務が確定することを積極的に是認したものであるから、本件において、右特段の事業は存在しない。

第三判断

一  争いのない事実、平成五年(行ウ)第二号事件の乙一ないし三、六ないし一二、一四ないし二一、平成七年(行ウ)第五号事件の乙三、四、証人三宅正、同矢部洋治、原告本人及び弁論の全趣旨からすると、以下の事実が認められる。

1  原告の中井歯科診療所での勤務

原告は、大学卒業後、一旦兄の経営する徳島県内の歯科医院で勤務し、昭和六一年四月から母校である神奈川歯科大学の付属病院で一年間勤務した。その後、大学の同僚の紹介で、昭和六二年五月ころから中井歯科診療所に勤めるようになった。

2  中西歯科医院の開業

三宅医師の企画で、中井歯科診療所から車で一〇分以内の近い場所にある中西歯科医院が、昭和六二年一一月ころ開設され、原告はそのころから三宅医師の勧めで中西歯科医院で診療行為を行うことになった。原告には開業資金はなく、場所の選択や、家主との交渉、敷金の負担等の手続は全て三宅医師が行った。

中西歯科医院では、原告の外中井歯科診療所から派遣された二人の医師が勤務し、その他歯科衛生士一、二人、助手が五、六人いたが、中井歯科診療所の近藤事務員が中西歯科医院に派遣されて事務全般を行い、原告以外の二人の医師と近藤に対しては中井歯科診療所から給料が支払われていた。

3  中西歯科医院の税務代理人の選任

(一) 矢部税理士は、昭和六〇年一一月ころから、中井歯科診療所の税務代理をしていた。矢部税理士は、個人的な付き合いはなかったものの、原告が昭和六二年五月に中井歯科診療所の勤務医をするようになったころから同人と顔見知りとなり、月に二、三回の割合で帳簿類の調査のため中井歯科診療所に出向いていたが、その際、原告とはあいさつ程度の話をしていた。

(二) 三宅医師及び原告は、昭和六二年一一月ころ、中井歯科診療所で、矢部税理士に対し、原告が経営者として申告することを前提に、中西歯科医院の税務関係の処理を依頼し、同税理士はこれを応諾した。矢部税理士は、原告の税務代理をするに当たって、通常どおり契約書などは交していない。

矢部税理士は、昭和六三年一二月まで、月に二、三回の割合で中西歯科医院へ税務関係の帳簿を見に行っており、同医院における報酬は、同税理士が同医院の給与計算を行ったうえ、近藤から受領していた。

4  矢部税理士の中西歯科医院の税務処理

(一) 青色申告承認申請

矢部税理士は、昭和六二年一一月ころ、原告に対して青色申告を勧め、原告が了解したため、同税理士は、青色申告承認申請書を作成して、中西歯科医院の事務員に対し、原告の押印をもらったうえ税務署に出すように言って渡した。

(二) 昭和六二年分の確定申告

矢部税理士は、原告の昭和六二年分の確定申告書を作成し、中西歯科医院の事務員に対し、原告の押印をもらって税務署に出すよう言って渡した。右申請書の添付書類には、中井歯科診療所における原告の給与所得源泉徴収票と原告の簡易生命保険保険料払込証明書がある。

矢部税理士が、右申告書の提出後、原告に対し、「八三万円くらい税金が還付になります。」と伝え、原告は、これを了承した。

(三) 昭和六三年分の確定申告

矢部税理士は、平成元年二月ころ、原告の昭和六三年分の確定申告書を作成したが、その経緯は次のとおりである。

原告は、昭和六三年一二月一〇日ころ、三宅医師や矢部税理士に断ることなく、中西歯科医院での仕事を放棄して、徳島に帰った。三宅医師は、同月二〇日ころ、原告と原告の父が足柄農協に来た際、中井歯科診療所の上のマンションの三階で両名と話合いをし、昭和六三年の所得税の処理を含め後の処理は全て三宅医師に任せることとなった。

三宅医師は、右の話合いの結果に基づき、矢部税理士に対し、自分が全責任を持っているからとして、原告名義の昭和六三年分の確定申告書の作成を依頼し、矢部税理士は、右依頼に基づき、昭和六三年分の確定申告書を作成して事務員に渡した。

5  本件延滞税の発生

(一) 昭和六三年分の所得税に係る延滞税の発生

本件確定申告に係る所得税は、七〇万〇七〇〇円で、法定納期限である平成元年三月一五日を経過した後の同年四月一九日に完納され、国税通則法六〇条一項一号及び同条二項、同法一一八条三項により、四九〇〇円の昭和六三年分の所得税に係る延滞税が発生した。

(二) 平成元年分の所得税の予定納税額の第一期分に係る延滞税の発生

原告は、平成二年三月一五日、鳴門税務署長に対し、平成元年分の所得税の確定申告を行ったが、これにより還付されるべき予納税額を、未納であった平成元年分の予定納税額の第一期分に充当したところ、右予定納税額の第一期分の残額は二万七七〇〇円となり、法定納期限である同年七月三一日を経過した後の同年四月一六日に完納され、国税通則法六〇条一項一号及び同条二項、同法一一八条三項により、一八〇〇円の平成元年分の所得税の予定納税額の第一期分に係る延滞税が発生した。

6  本件充当処分

原告は、平成六年三月一五日、被告川島税務署長に対し、源泉徴収税額四二万五六六〇円の還付を求める内容の、平成五年分の所得税の確定申告書を提出した。これに対し、被告川島税務署長は、平成六年五月二六日、本件充当処分を行った。

二  本件確定申告の意思(本件確定申告の効力一)について

右に認定した事実によると、原告は、昭和六二年一一月ころ、中西歯科医院が開業されるにあたり、矢部税理士に対し、同院の事業所得については自己の所得とする税務代理を依頼しており、また、昭和六三年一二月二〇日ころ、昭和六三年分の所得税の処理を含めた全ての中西歯科医院の処理を三宅医師に依頼し、三宅医師は、これに基づいて矢部税理士に昭和六三年分の原告の確定申告書の作成を依頼し、矢部税理士は、原告名義の昭和六三年分の確定申告書を作成して中西歯科医院の事務員を通じて平塚税務署長に提出したことが認められ、したがって、本件確定申告は、原告においてその具体的な申告額等は了知していないとしても、なおかつ原告の意思に基づいてなされたものであるというべきである。

原告は、中西歯科医院の経営者は三宅医師で、原告は名義は貸したにすぎず、本件確定申告は三宅医師及びその経理を担当していた矢部税理士が、原告の意思によらず無断で行ったものであると主張し、これに沿う供述をするが、中西歯科医院の経営者名義が原告となるのであるから、当然に確定申告も原告名義でなされることが予想されるところであるし、現に昭和六二年分の確定申告に必要な資料を原告自ら取り寄せて矢部税理士に提出していること、また、本件確定申告も原告が中西歯科医院で仕事をしていた期間に係るものであって、原告としても原告名義で申告がされることは予想される状況下で三宅医師に事後処置を任せたものであるから、これら諸点に照らして原告の供述は採用できない。

三  中西歯科医院の経営の経営主体(本件確定申告の効力二)について

本件確定申告が原告の意思に基づいてなされたことは右に判断したとおりであるから、中西歯科医院の事業所得が自己に帰属しない旨の原告の主張は、内容虚偽の申告書を提出したことになり、心裡留保の主張に尽きることになる。

しかしながら、納税申告は、課税標準及び税額等の基礎となる要件事実を納税者自身が確認し、一定の方式で租税債務の内容を具体的に確定してこれを租税行政庁に通知する公法行為であり、民法の心裡留保に関する規定は、取引の相手方の保護のために設けられているのであるから、納税申告には適用されないというべきである。そうすると、中西歯科医院の経営主体が誰であるかにかかわらず、本件確定申告は有効というべきであり、原告としては国税通則法一九条、二三条等の法定の方法により是正する他なかったのであって、原告の主張は失当である。

第四結論

以上のとおりで、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからいずれも棄却する。

(裁判長裁判官 松本久 裁判官 大西嘉彦 裁判官 善元貞彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例