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広島高等裁判所松江支部 平成3年(行コ)2号 判決 1993年12月22日

控訴人 今岡一彦

被控訴人 松江税務署長

代理人 稲葉一人 上山本一興 中野裕道 樋野麗 ほか三名

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和六〇年三月一二日付けでした控訴人の昭和五六年分所得税の更正のうち総所得金額六二二万九九六八円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  被控訴人が昭和六〇年三月一二日付けでした控訴人の昭和五七年分所得税の更正(但し、異議決定により取り消された後のもの)のうち総所得金額六四二万三四二九円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(但し、異議決定により取り消された後のもの)を取り消す。

4  被控訴人が昭和六〇年三月一二日付けでした控訴人の昭和五八年分所得税の更正のうち総所得金額六三〇万八八七七円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

5  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の申立

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  事案の概要

次のとおり付加するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから(但し、原判決二枚目裏五行目の「営むものである。」を「営むもので、いわゆる白色申告納税者である。」と改め、同七行目の「白色」を削除し、同六枚目表五行目の「の割合)の平均値を乗じて算出所得額」を削除し、同八行目の「金額)」の次に「の割合)の平均値を乗じて算出所得額」を加える。)、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  質問検査権の行使が違法であることについて

所得税法二三四条は、税務権力の恣意的な運用から国民の権利を擁護するため、質問検査権の行使について「調査について必要があるとき」との要件を定めているのであるから、右「調査の必要」は客観的なもの、すなわち通常人が合理的と判断できるものでなければならないことは当然であるとともに、その必要(調査理由)は納税者に開示されなければならない。なぜなら、調査理由の開示が税務職員の選択に任されるというのでは、結局において客観的必要性のない税務調査がまかり通ってしまうことになるからである。

ところで、被控訴人は、控訴人に対する税務調査の必要性として、被控訴人係官が控訴人に開示した調査理由のほかに、<1>控訴人提出の確定申告書には、所得金額の記載はあったが、収入金額及び必要経費の記載がないこと、<2>従業員の給与について源泉徴収がなされていなかったことの二点を挙げるが、このような事由は税務調査において全く開示されていなかったものであるうえ(税務調査時においてはもとより、その後の異議手続及び審査手続においても全く被控訴人から主張されたことはないのであるから、被控訴人係官に右事由の存在についての認識すらなかったものと考えられる。)、当時の所得税法によると、確定申告書には、法文上は、所得金額の記載が要求されていたが、収入金額や必要経費の記載は要求されていなかったし、そもそも単に確定申告書の記載の問題であるから、税務署が確定申告書に収入金額及び必要経費の記載も必要であると考えるのであれば、その旨説明して記載を求めればよいのであり、また、源泉徴収がなされていないことについてもその必要があることを指摘して源泉徴収を求めれば足りることであるので、右<1>及び<2>の事由の存在があることをもって税務調査の必要があるということはできない。

また、税務調査に当たった被控訴人係官は、税務調査の理由として、控訴人が法人成りしているため、個人営業としての税務調査は最後のチャンスであること及び店頭を見て事業が活況を呈していることの二点を挙げ、他に税務調査の理由はない旨言明していたのであるから、仮に右<1>及び<2>の事由が税務調査の理由であったのであれば、被控訴人係官は税務調査開始に当たって控訴人に虚偽の事実を述べたことになるが、税務調査理由の告知が義務的でないとの見解をとったとしても、税務職員が納税者に虚偽の理由を告げて税務調査することまでも許容されるものではない。

したがって、被控訴人係官による本件税務調査における質問調査権の行使は違法である。

(二)  推計課税の必要性の欠如について

控訴人は、その営業に関して所得を実額で明らかにするに足りる帳簿書類を記帳し保管していたものであり、かつ、被控訴人係官から右帳簿書類の提示の要請があれば、これを提示する用意があった。

ところが、被控訴人係官は、控訴人に対し、税務調査の理由について納得のいく説明をせず、また、控訴人が税務調査に丸一日あるいは午後半日立ち会うようを要求したため、控訴人は、被控訴人係官の示した税務調査の理由について不審や異議を述べるとともに、控訴人が税務調査に丸一日あるいは午後半日立ち会うことは控訴人の営業の態様上できないと述べたけれども、税務調査自体に協力するとの立場をとっていたことから、被控訴人係官に対し控訴人の立ち会いを午後四時以降にしてほしい旨要望したところ、被控訴人係官は、控訴人が丸一日あるいは午後半日立ち会うのでなければ税務調査に協力したことにはならないとして、控訴人に対し一度も帳簿書類の提示を求めることなく、税務調査を打ち切ったものである。

しかし、税務調査に合理的な理由が必要であること及び税務調査が納税者の業務信用等に多大の影響を与えることは明らかであるから、納税者が税務調査に当たってその理由の開示を求め、開示された税務調査の理由に納得できないときにこれについて不審や異議を述べることは当然許されるのであって、控訴人が右不審や異議を述べたからといって、税務調査を拒否したことにはならないし、また、税務調査の日時や納税者の立ち会い時間については社会的通念上相当の範囲で税務職員と納税者との協議で決められるべきものであって、税務職員の一方的な選択に委ねられるべきものではないから、控訴人が、控訴人の税務調査立ち会い時間について、控訴人の業態を説明して前記のような要望をしたからといって、税務調査に協力しなかったことになるものではない。

なお、控訴人に対する従前の税務調査では、控訴人が立ち会った時間は短時間であり、その余の時間は税務職員が控訴人の立ち会いなしで帳簿書類を調査し、無事税務調査を終えている。

したがって、被控訴人係官が控訴人に対し本件各係争年分の営業帳簿書類の提示を求めてこれを調査しさえすれば、控訴人の本件各係争年分の所得は実額で把握することができたのであり、推計課税の必要性はなかった。

(三)  推計方法が合理的でないことについて

(1) 本件各係争年分の控訴人の事業所得について、被控訴人の推計にかかる算出所得金額と控訴人の主張かかる所得金額との相違は、本判決別表2から明らかなように、一般経費額の相違によるところが大きい。

ところで、被控訴人が推計に使用した比準同業者について売上原価率、一般経費率、算出所得率を比較してみると、本判決別表1及び4のとおり、A及びC業者とB及びD業者とは類型的に大きな相違があり、控訴人の一般経費率はB及びD業者のそれに近似するといえる。

また、本件各係争年当時の卸小売業の賃金統計から右比準同業者について人件費を算出すると本判決別表5のとおり、一般経費に占める人件費の割合は極めて大きく概ね六、七割に達するが、控訴人においては本判決別表6のとおり三、四割程度であるから、このように人件費割合が著しく相違することによっても、控訴人が右比準同業者とは業態を大きく異にしていることは明らかである。

(2) 控訴人の個人事業を引き継いだマルイ総合水産株式会社の本件各係争年の直後である昭和五九年及び昭和六〇年における課税事績は本判決別表3のとおりであり、右二年分の課税事績による所得金額については被控訴人による税務調査を受けて被控訴人が承認したものであるから、本件各係争年分について控訴人の事業所得金額を推計するとすれば、右課税事績に基づいて推計する方法が右比準同業者四件の課税事績に基づいて推計するよりも合理的な推計方法である。

(四)  利子割引料の支払額について

控訴人は、昭和五六年分利子割引料(必要経費)として、被控訴人主張の利子割引料のほかに、同年四月一六日二万九五五七円、同月一九日二万二〇一一円を支払った。

2  被控訴人の主張

(一)  質問検査権行使の適法性について

税務調査においてその理由を告知するか否かは、原判決説示のとおり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているところ、被控訴人係官は控訴人に対し概括的にしろ税務調査の理由を告知したのであるから、本件税務調査おける質問検査権の行使に違法はない。

(二)  推計課税の必要性について

控訴人は、被控訴人係官からの税務調査への協力要請には当然に帳簿書類等の提示要請も含まれていることを承知しながら、被控訴人係官からの右協力要請に対し、開示された調査理由にしばしば異議を述べ、納得のいく調査理由の開示を執拗に求めて帳簿提出をせず、税務調査に協力しようとしなかったのであるから、税務調査に協力して帳簿書類を提示する意思がなかったものである。

なお、控訴人は、被控訴人係官に対し午後四時以降の調査協力を申し出たから、税務調査に協力しないということではなかったと主張するが、控訴人においては、帳簿書類を提示すると、それを課税材料にされてしまうから提示できない旨、あるいは提示した帳簿書類に基づいて取引先に対し反面調査されては困る旨発言していたのであるから、控訴人には、税務調査の時間帯を午後四時以降としたとしても、直ちに帳簿書類を提示して税務調査に協力する意思があったということはできない。

(三)  推計方法の合理性について

控訴人は、控訴審の最終段階において、本件各係争年分の控訴人の所得金額を、控訴人が本件各係争年の後に設立した会社の課税事績による売上原価率及び算出所得率によって推計する方法の方が被控訴人が採用した推計方法より合理的であると主張するが、このような主張はそもそも民事訴訟法一三九条一項、国税通則法一一六条により許されない。

また、本件各係争年分の控訴人の所得金額は個人としての事業実績による所得金額であり、法人成りした後の課税事績と同一視することができないことは当然である。

(四)  控訴人による実額反証について

納税者が帳簿等の提示を拒否したことにより、推計の必要性が認められた場合において、納税者が実額反証として自己の所得の実額を主張して課税庁のした推計の合理性を否定するためには、収入と経費の双方についてその全額を実額により明らかにすることによって所得金額のすべてについて完全に主張立証することを要するのである。

ところで、控訴人は本件訴訟において帳簿書類を証拠として提出して控訴人の本件各係争年分の所得金額が控訴人主張の所得金額であることの立証をしようとしているが、そもそも控訴人が備え付けている帳簿書類は主として損益取引のみにかかる入金伝票、出金伝票、振替伝票に基づき作成されたもので、控訴人の事業にかかるすべての取引を記載したものではなく、また、帳簿組織の基本となるのは現金出納帳であり、これに日々の現金残高を記載することによって、帳簿上の現金残高と現実の手持ち現金との一致を検証することができ、そのことにより取引全体の記録の正確性が確認しうるのであるが、控訴人は現金出納帳を記帳していないうえ、控訴人提出の帳簿書類は控訴人が備え付けている帳簿書類の一部であり、かつ、記載の裏付けとなる請求書、領収書等の提出もないのであるから、控訴人提出の帳簿書類についてはその記載の正確性を確認できず、かえって記載の正確性を疑わせる部分もあるので、正確なものとは認められない。

したがって、控訴人提出の帳簿書類によっては、実額反証としての立証が尽くされているということはできない。

二  争点に対する当裁判所の判断

1  争点1(質問検査権の行使の適法性)について

(一)  <証拠略>によれば、控訴人が被控訴人に提出した本件各係争年分の確定申告書には、所得金額欄に所得金額及び専従者控除額の記載はあったが、所得金額の算出に必要な収入金額及び必要経費の記載がなかったこと、また、控訴人には複数の従業員がいて、支払った給料等については源泉徴収義務があったのに、源泉徴収をしておらず、したがって右確定申告書にその旨の記載もなかったこと、控訴人は、昭和五九年八月一日、それまで「マルイ総合水産」の商号のもとに個人で営んでいた鮮魚販売業を会社組織とする目的からマルイ総合水産株式会社を設立したこと、被控訴人の部下職員であった佐藤一三(以下「佐藤係官」という。)は、右各確定申告書の記載状況を確認するとともに、控訴人がその事業を法人組織にする以前から多数の車両を所有して活発に営業を展開している外観があり、会社設立も営業規模の拡大の結果であるように窺えたが、控訴人の確定申告額にはその実情か十分に反映していないのではないかと考え(もっとも、申告漏れについての具体的な疑いがあったわけではない。)、上司と相談して、本件各係争年分の控訴人の確定申告額の適否を確認する目的で、控訴人について本件各係争年分の所得税に関する本件税務調査を実施することとしたこと、佐藤係官は、本件税務調査のため控訴人の居宅兼事務所(以下「控訴人方」という。)を訪れ、控訴人に対し、本件各係争年分の控訴人の所得税に関する税務調査に来た旨告げて、税務調査に対する協力を要請した際、控訴人から調査理由の開示を求められたため、その理由として、控訴人の個人営業について所得税調査をする最後の機会であること及び控訴人がその事業を法人組織にする以前から多数の車両を所有して活発に営業を展開している外観があることを告げたことが認められる。

なお、控訴人は、佐藤係官が控訴人に虚偽の調査理由を告げた旨主張するが、佐藤係官が控訴人に対し積極的に虚偽の調査理由を告げた事実は認められない。

(二)  ところで、所得税に関する税務調査における質問検査は、「調査について必要があるとき」に限って許されるのであるが(所得税法二三四条一項)、右「調査について必要があるとき」とは、権限のある税務職員において、具体的事情のもとにおいて客観的な必要があると判断される場合をいい、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、それが適正公平な課税目的の実現という質問検査制度の目的にかんがみ、過少申告の疑い等が具体的に認められる場合だけに限らず、広く申告の真実性あるいは正確性を調査するために必要がある場合も右「調査について必要があるとき」に含まれるものと解される。

右の点を本件税務調査についてみるに、右(一)認定の事実によれば、控訴人がなした本件各係争年分にかかる所得税の確定申告について控訴人に対し質問検査を行う客観的な必要があったことは明らかであり、佐藤係官は、前認定の調査理由の告知により、控訴人に対し、本件各係争年分の控訴人の所得税に関する確定申告の適否の確認が調査の理由であることを説明したものということができる。

したがって、本件税務調査の違法をいう控訴人の主張はいずれも採用できない。

2  争点2(推計の必要性)について

所得税課税は、納税義務者の実際の所得(実所得)に対してなされるのを本則とするから、税務署長が、所得税法一五六条所定の推計の方法によって納税義務者の所得額を算定し、その結果に基づいて更正又は決定すること(推計課税)が許されるのは、納税義務者が収支を明らかにする帳簿書類を備え付けていないとか、帳簿書類の備え付けはあるがその記載内容が不正確であって信頼できないものであるとか、あるいは納税義務者が税務署長の行う税務調査に非協力的であるため帳簿書類を検査できないとか等の事情があって納税義務者の実所得の把握が不可能又は著しく困難な場合、すなわち推計の必要性がある場合に限られ、このような場合でないのに推計の方法によってなされた更正等の課税処分は、これによる所得額が実額によって支持される場合を除き、違法な課税処分として取消を免れないものというべきである。

そこで、控訴人が被控訴人係官による税務調査に協力せず、帳簿書類を提出しなかったため、本件各係争年分の控訴人の所得額について推計の必要があった旨の被控訴人の主張について検討する。

(一)  控訴人の営業形態等

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は、本件各係争年度当時「マルイ総合水産」の商号で魚介類の販売業を個人で営んでいた。なお、右営業は、控訴人がこれを会社組織にするため昭和五九年八月一日マルイ総合水産株式会社を設立し、同会社が右営業を引き継ぐまで続いた。

控訴人の右営業形態は、控訴人が、朝、魚市場で鮮魚等を仕入れ、これを旅館や料亭、飲食店からの注文により、水洗いや内蔵処理等の下ごしらえ、あるいは焼き魚にして注文先に配達するというもので、店頭販売はせず、また、得意先は固定的継続的であり、一般消費者に直接販売することはなかった。

(2) 本件各係争年度当時、控訴人の右営業には控訴人夫婦のほか、控訴人の弟夫婦やパート五、六名が従事していたが、魚市場での仕入、仕入れた鮮魚等の注文取りのための得意先回り等の営業活動には控訴人がほとんど一人で従事していたため、控訴人は、朝七時ころ仕入れのため魚市場に出掛けてから、午後三時過ぎに得意先回り等の営業活動を終えるまでの時間は極めて多忙であるうえ、営業活動にはその場での値決め交渉も含まれていたため従業員には代替してもらい難く、また、取扱商品が鮮魚等の生物であり、得意先との間に継続的な取引を行っていた関係から、控訴人が営業活動に従事できないことは控訴人の営業に大きな支障をもたらす状況にあった。

(3) 控訴人の営業に関する会計事務は、本件各係争年以前から、主として控訴人の妻が担当し、会計帳簿等の記入作成は昭和五六年七月までは女子事務員が、その後は控訴人の妻がしていたところ、帳簿書類等としては、現金出納帳は作成されていなかったが、売上、仕入、経費支払については、その事由が発生した都度(当日あるいは翌日)、請求書や納品書、領収書の控え等に基づいて、入金伝票、出金伝票あるいは振替伝票を作成し、ただ売上及び仕入のうち掛売上及び掛仕入については、掛売上又は掛仕入が発生した都度及び掛売上の支払を受けあるいは掛仕入の支払をした都度、得意先別の売掛台帳又は買掛台帳にその旨の記入をするが、月末にこれに基づいて掛売上、掛仕入毎の得意先別月別集計表を作成したのち、掛売上、掛仕入毎にその月の合計額を一括記入した振替伝票を作成する扱いをし、掛売上又は掛仕入発生等の都度には伝票を作成することはしていなかった。そして、月末あるいは翌月初めには、右のようにして作成された入金伝票、出金伝票及び振替伝票に基づき、営業に関する収入及び支出内容を一覧表にした月別科目別集計表を作成していた(なお、掛売上の支払、掛仕入の支払、預貯金の出し入れ等所得計算に直接関係しない現金の授受あるいは移動についてはその全部につき伝票が作成されていたわけではないが、そのような所得計算に直接関係しない伝票が作成されていた場合には、その伝票は右月別科目別集計表の作成の際には集計の対象から除外した。)。

そして、控訴人は、島根県商工事業協同組合(通称・松江民商)に依頼して、右月別科目別集計表を集計した合計残高試算表、更に月別科目別集計表及び残高試算表から、家事関連費等必要経費とならない支払分を控除して損益計算書を作成してもらい、右損益計算書に基づいて確定申告をしていた。

なお、控訴人は、本件各係争年分を通じて期首及び期末における商品の棚卸しを実施していなかった。

(4) 控訴人は、本件税務調査時において、本件各係争年分につき、帳簿書類等として、右のようにして作成された得意先別の売掛台帳及び買掛台帳、掛売上及び掛仕入の得意先別月別集計表、各種伝票、月別科目別集計表、残高試算表、損益計算書、更には請求書や納品書、領収書の控え等をダンボール箱に入れて保管していた。

(二)  本件税務調査の経過

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(1) 佐藤係官は、控訴人の本件各係争年分の所得税の調査のため、昭和五九年八月二九日控訴人方を訪問したが、控訴人が不在であったため、控訴人の妻に対し、税務調査のために訪問した旨を告げたうえ、同月三一日再度訪問するので在宅してくれるよう、控訴人への伝言を依頼して帰署したところ、同日になって、控訴人から、その日の調査を延期してほしい旨の電話があったので、これを承諾するとともに、調査に協力できる日時を同年九月八日まで連絡してほしい旨依頼した。

(2) しかし、右約束の期日までに控訴人から何の連絡もなかったため、佐藤係官は、昭和五九年九月一〇日の午前中、再度控訴人方を訪問したが、控訴人は不在であった。

その後、控訴人から佐藤係官に対し、調査日時を同月一八日の午後四時としてほしい旨の電話があったので、佐藤係官は、右日時に控訴人方を訪れ、控訴人が依頼した松江民商の事務員である五十嵐潤同席のもとで、控訴人と面談した。

(3) 右面談において、佐藤係官は、控訴人及び五十嵐から調査理由について質問されたため、控訴人が最近事業を法人組織に変更して、営業規模を拡大していること及び事業所に多数の自動車が駐停車するなど営業が活況を呈している外観があることを調査理由として告げたが、控訴人らは、これに納得せず、右調査理由では控訴人について税務調査するための合理的な調査理由とはいえないなどと反論した。

そして、佐藤係官がともかく一日とか半日とかまとまった時間をとって控訴人が立ち会う形で調査に協力してほしい旨要請したのに対して、控訴人は、控訴人の営業活動状況(前記(一)のとおり)を具体的に説明したうえ、控訴人の営業活動が終わる午後四時以降なら調査に協力してもよいが、一日とか半日とか調査に立ち会っていては商売に支障が生ずるので、右のような調査理由程度では佐藤係官の求める長時間にわたる立ち会い調査には応じられない旨述べ、さらに五十嵐において、最近の税務調査の方法には種々異議があり、近じか松江税務署に申し入れをする予定になっているから、調査に協力するか否かは同月二四日までに返答する旨申し立てたので、佐藤係官もこれを了承して退去した。

なお、五十嵐からは、その際、最近の税務調査方法一般に対する不満として、佐藤係官に対し、税務調査に協力して帳簿書類等を提出しても、税務署がそれを課税の判断材料にしたり、さらに取引先その他にいちいち確認して回って反面調査するので商売に差し支えが出るなどの不当な税務調査を行っている状況がある旨の、帳簿書類等の提出に消極的な印象を与えるような趣旨の発言があった。

(4) しかし、昭和五九年九月二四日になっても控訴人から何の連絡もなかったので、佐藤係官は控訴人に問い合わせの電話を入れると、同年一〇月三日まで返答を待ってほしいとのことであったので、これを了承した。

そして、佐藤係官は、控訴人からの連絡を受けて、同月二九日(あるいは三〇日)の午後四時ころ、控訴人方を訪問し、五十嵐と同席のもとで控訴人と二回目の面談をした。

(5) 右面談において、佐藤係官は、控訴人及び五十嵐から調査理由について再度質問され、前回面談の際にした調査理由の説明を繰り返し、控訴人らが合理的な調査理由とはいえないなどと反論するやりとりがあった後、佐藤係官が控訴人に対し、ともかく一日とか半日まとまった時間をとって控訴人が立ち会う形で調査に協力してほしい旨要請したところ、控訴人らは、前回同様、控訴人の営業活動状況を説明したうえ、商売に支障が生ずるので一日とか半日立ち会っての調査には応じられない、しかし、控訴人の営業活動が終わる午後四時以降なら時間をとって立ち会って調査に協力してもよい旨の返答をしたが、佐藤係官は、そのような協力では調査に協力してもらったことにはならないから、税務署の方で独自に調査し、調査結果が控訴人の申告内容と異なっていれば改めて訪問する旨告げて退去した。

(6) 佐藤係官は、右二回の面談を通じて、控訴人に対し、控訴人が一日とか半日時間をとって控訴人が立ち会う形で調査に協力するよう求めるにとどまり、具体的に帳簿書類等の提出を求めたことはなく、また、控訴人の調査立ち会いの時間を控訴人の要望に沿うように調整するような申し入れもしなかったが、これは、佐藤係官が、能率的な税務調査の観点から、控訴人が立ち会った状態において帳簿書類等を検討し、疑問の点は即座に控訴人に質問できる態勢での税務調査を念頭においていたため、帳簿書類等の検討と控訴人の調査立ち会い及び控訴人に対する質問とに時間を分ける方法で税務調査を実施することを考慮しなかったためであった。

他方、控訴人は、佐藤係官から告げられた調査理由に十分納得していなかったことに加え、昭和五四年に所得税に関する税務調査を受けた際には、控訴人自身は最初事業の概況説明等のために短時間調査に立ち会って被控訴人係官の質問に答え、その後は被控訴人係官が、控訴人の立ち会いなしで(但し、松江民商の事務員が立ち会った。)、控訴人の提出した帳簿書類等を検討し、更に最後に控訴人が短時間立ち会って、被控訴人係官からの質問に答える方法で税務調査がなされ、特に被控訴人係官から苦情等もなかったことから、佐藤係官から要請されたような、控訴人自身が一日とか半日まとまった時間をとって立ち会う形での調査には、控訴人の営業活動に支障が生ずることとなるため応ずるつもりはなかったけれども、佐藤係官から、控訴人の提案に副うような方法あるいは昭和五四年のときのような方法での税務調査の提案があればこれに応じ、営業に関する帳簿書類等を提出して調査に協力する方針でいたものであり、実際にも税務調査に備えて取引先の金融機関等から預貯金の残高証明書の交付を受け(これら残高証明書は書証として提出されている。)、また、本件各係争年分の帳簿書類及び請求書や領収書控えなどの証拠書類の提出準備もしていたが、佐藤係官が、控訴人に対し一日とか半日時間をとって控訴人が立ち会う形で調査に協力するよう求めるのみであり、かつ、具体的に帳簿書類等の提出要請もなかったため、結局控訴人が調査に立ち会うことを前提に午後四時以降の税務調査にしか応じられない旨返答し、用意していた帳簿書類等も佐藤係官に提出しなかった。

なお、控訴人は、昭和六二年及び平成三年には、マルイ総合水産株式会社の代表者として法人税に関する税務調査を受けたが、その際の税務調査も、昭和五四年の所得税に関する税務調査と同様に、控訴人自身はごく短時間立ち会って被控訴人係官の質問に答える等したが、その余の調査時間は松江民商の事務員が立ち会って、被控訴人係官が帳簿書類等の検討をする方法でなされ、特に被控訴人係官からの苦情等はなかった。

(7) 被控訴人は、第二回面談後、控訴人の取引先等に対する反面調査を実施し、本件各係争年分について、控訴人の仕入額及び控訴人が支払った利子割引料の実額を把握したが、売上額やその他の必要経費を実額で把握することができなかったため、右仕入額等を基に同業者比率法によって本件各係争年分につき原判決別表一の更正等欄記載のとおり控訴人の総所得額及び所得税額を算出した。

そして、佐藤係官及びその上司は、昭和六〇年三月一一日午後三時ころ、松江税務署において、被控訴人の求めに応じて来庁した控訴人及び五十嵐と面接し、被控訴人の調査を基礎として推計した本件各係争年分の控訴人の総所得額及び所得税額を示して、これに従って修正申告するよう促したところ、控訴人らは、右総所得額等が申告額を大幅に上回ることから、佐藤係官との間に、申告額が被控訴人による調査の結果と異なるときには改めて調査に来る約束があったから、控訴人備え付けの帳簿書類を提示するのでもう一度調査してほしい旨申し入れたが、佐藤係官らは、修正申告に応じないならば、直ちに右総所得額等を内容とする更正処分をする旨述べて、右申し入れには応じなかった。

被控訴人は、翌一二日本件各処分をした。

(8) なお、控訴人は、本件各処分を不服として被控訴人に対する異議申立て、次いで広島国税不服審判所に対する審査請求をしたが、広島国税不服審判所の審理の過程において、担当審判官から再三、本件各係争年分の帳簿書類等の提出を求められたけれども、控訴人が審査請求において判断を求めているのは、本件各処分が推計の必要性がないのに推計により課税したことの違法及び推計方法が合理的でないことの二点であるので、右帳簿書類等の提出は必要でないとの考えに基づき、昭和五六年分の確定申告についての収支内訳書を提出したのみで、右提出要請には応じなかった。

(三)  右(一)及び(二)の事実に基づいて、被控訴人主張の推計の必要の有無について考察する。

(1) 控訴人が、被控訴人係官の指定した態様による税務調査、すなわち被控訴人係官のする税務調査に控訴人が一日とか半日の時間をとって立ち会う形での税務調査には応じられないとしてこれを拒否したこと、控訴人が被控訴人係官に対し本件各係争年分の事業に関して作成していた帳簿書類を提出しなかったことは明らかである。

しかし、控訴人は、被控訴人係官の指定した態様による税務調査にこそ応じなかったが、税務調査自体には協力する意思のもとに、被控訴人係官に対し、控訴人の営業活動が終わる午後四時以降なら時間をとって被控訴人係官が求める態様、すなわち控訴人が立ち会う形での税務調査に協力する旨を申し入れるとともに、被控訴人係官からの要請があれば、当時保存していた本件各係争年分の帳簿書類等も被控訴人係官に提示する準備をしていたこと、ところが、被控訴人係官は、税務調査の能率を重視するあまり、控訴人からの営業上の支障を理由とする右申し入れに耳を傾けず、控訴人に対し、控訴人が一日とか半日の時間をとって控訴人が立ち会う形で調査に協力するよう求めるだけで、控訴人の申し入れの午後四時以降からの調査協力では税務調査に協力してもらったことにはならないとして、控訴人に対し具体的に帳簿書類等の提出を求めたり、営業内容について質問したりするなどの質問調査権を実際に行使することなく、したがって控訴人から右帳簿書類等の提示を受けることなく、取引先に対する反面調査の結果に基づいて本件各係争年分の控訴人の所得額を推計したものであり、しかも、被控訴人係官は、控訴人に対し右所得税額等を内容とする修正申告をするよう促した際、控訴人から、控訴人備え付けの帳簿書類等を提示するのでもう一度調査してほしい旨の申し入れがあったのに、これに応ずることなく本件各処分に及んだのである。

(2) ところで、所得税法二三四条に基づく質問検査の時期、方法等実定法上特段の定めのない実施細目については、質問検査の必要とこれを受ける納税義務者の私的利益との衡量において社会通念上相当の範囲に止まる限りは、権限ある税務職員の合理的な選択もしくは裁量に委ねられているものと解されるから、税務調査の対象となった納税義務者が、税務調査を担当する税務職員が指定する税務調査の時間や方法に対し、正当な理由もなく異議を述べる等してこれに従わないときには、税務調査に対する協力を拒否するもの、あるいはこれに協力しないものと判断されてもやむを得ないものというべきであるけれども、他方、税務調査を担当する税務職員の指定する税務調査の時間や方法が、質問検査の必要との関連において、その時間や態様等においてこれを受ける納税義務者の私的利益との衡量において社会通念上相当の範囲を逸脱するものである場合には、納税義務者においてこれに異議を述べたり、税務調査の時間や態様について変更を申し入れたりしたからといって、直ちに税務調査に対する協力を拒否するもの、あるいはこれに協力しないものと速断することは許されないのであって、このような場合において、税務職員の求める時間や態様での税務調査に対する納税義務者の協力が得られず、その結果当該納税義務者の所得金額を実額で把握できなかったとしても、前記推計の必要の要件を満たすものではないというべきである。

(3) これを本件税務調査についてみるに、本件税務調査においては前記のとおり本件各係争年分の控訴人の総所得額に具体的に申告漏れを窺わせるような事情はなかったのであるから、被控訴人係官が控訴人に対し、当初から控訴人が一日とか半日の時間をとって立ち会う形での調査協力が必要であったとするには疑問があるのであって、かえって、一般に所得税に関する税務調査においては、営業に関して作成された帳簿書類等の検査が基本的かつ中心的な調査方法であることは当裁判所に顕著な事実であること及び控訴人に対する従前実施された税務調査の実情に照らして、被控訴人係官において、控訴人の立ち会いがなくとも控訴人から本件係争年分の帳簿書類等の提示を受けてこれを検査したうえ、その結果等に基づいて控訴人に対し立ち会いを求めて必要な質問等をすることによっても控訴人に対する本件税務調査は十分に可能であったものというべきであり、少なくとも当初から一日ないし半日の継続した控訴人の立ち会いがなければ本件税務調査が困難であったとする事情は認められず、他方、前認定の控訴人の営業形態や控訴人の従事していた業務及びその態様等に照らすと、控訴人が、被控訴人係官からの控訴人自ら一日とか半日の時間をとって立ち会う形での税務調査への協力要請に対し、これを全面的に受け入れることなく、営業活動が終わる午後四時以降なら時間をとって協力する旨の申し入れをしたことには、控訴人の営業上の必要に基づく相応の理由があったということができるのである。

してみれば、被控訴人係官においては、控訴人から営業の実情等を説明されて午後四時以降の調査協力の申し出を受けた時点において、自己の勤務時間や他の税務調査の必要などの執務状況等を含む諸般の事情を考慮し、かつ、本件税務調査に支障を生じない範囲で、控訴人の営業に配慮し、控訴人の営業にできるだけ支障のない税務調査の時間及び方法を検討して選択する必要があったものというべきであるところ、被控訴人係官は、控訴人から営業の実情等を説明されて午後四時以降の調査協力の申し出を受けた後も、右申し出に一顧だにも与えず、ただに前記態様での税務調査への協力要請のみを固執したことは質問検査の方法についての合理的な選択もしくは裁量を誤り、許された裁量の範囲を逸脱したものというべきである。

そして、被控訴人係官は、控訴人が自己の申し入れた前記態様での税務調査に応じない態度をとったことをもって控訴人が本件税務調査に協力する意思がないものと速断して、控訴人に対し本件各係争年分の帳簿書類等の提出を求め、あるいは控訴人に対し質問する等の質問調査権を実際に行使するに至らなかったものであり、しかも、被控訴人係官は、本件各処分前に、控訴人から、備付の帳簿書類等を提示するので調査してほしい旨申し入れられていたのにこれに応じなかったのであるから、被控訴人が、控訴人からその営業に関する帳簿書類等の提示を受けられず、具体的事項について控訴人に対する面接調査をしなかったのは、控訴人が本件税務調査に協力的でなかったためであるというよりは、被控訴人係官による控訴人に対する質問検査権の行使が適切になされなかったためであったというほかない。

(4) なお、被控訴人は、被控訴人係官からの税務調査への協力要請には当然に帳簿書類の提示要請も含まれていたのであり、控訴人は、このことを承知しながら、被控訴人係官からの税務調査協力要請に対し、開示された調査理由に異議を述べて帳簿書類を提出しなかったのであるから、本件税務調査に協力する意思がなかったものというべきであると主張するけれども、前記のとおり佐藤係官が控訴人方を訪ねて控訴人と会ったのは昭和五九年九月一八日及び同年一〇月二九日の二度であるが、いずれも午後四時ころであったところ、佐藤係官は、控訴人自ら一日とか半日の時間をとって立ち会う形での税務調査への協力を要請し、控訴人からの午後四時以降の調査協力の申し出に対してはそれでは調査に協力したことにはならないとの態度をとっていたのであるから、佐藤係官には右両日において帳簿書類等を実際に検査する意思まではなかったといわざるを得ないのであって(むしろ、佐藤係官においては、右両日を正式の税務調査のための日時を決める交渉日として位置付けていたものと窺われる。)、したがって佐藤係官が右両日において控訴人に対し税務調査に対する協力を要請したからといって、その日に帳簿書類を実際に提示するよう要請したとみることは困難であるうえ、そもそも税務調査の範囲及び方法は税務調査に当たった税務職員がその合理的な裁量によって選択決定すべきものである以上、納税義務者等の調査対象者に対し検査のための資料あるいは物件の提示を求めるときはこれをできるだけ特定して求めるべきであり(もちろん、一般には「昭和五六年度の営業に関する帳簿書類全部」などとの概括的な特定で足りるものと解する。)、また、調査対象者に対し質問するときには質問事項をできるだけ特定して発問すべきものであるから、単に税務職員から税務調査に協力してほしい旨求められたにすぎない納税義務者が、税務職員に対し進んで積極的に帳簿書類等を提示するなどの具体的な行動に出なかったからといって、直ちに税務調査に協力する意思がなかったと解すべきものではなく、かえって、控訴人は、被控訴人係官から告げられた調査理由には納得がいかず、これに異議を述べていたものの、税務調査自体には協力する方針のもとに帳簿書類等の提出準備をしていたものであったこと等は前認定のとおりであるから、被控訴人の右主張は採用できない。

(四)  そして、控訴人は、その営業に関して、現金出納帳こそ作成していなかったが、前記帳簿書類等を作成し、本件各処分当時これを保存していたものであるところ、前記(一)掲記の各証拠によれば、右帳簿書類等は、少なくとも控訴人の事業所得を算定する上で不可欠の総収入金額及び必要経費については、その事由の発生した都度(当日あるいは翌日)会計担当者によって記帳あるいは作成されていたものであり、従って、これら帳簿書類等の検査と補充的な質問検査権の行使により、控訴人の本件各係争年分の事業所得について、その総収入金額及び必要経費を実額で把握することができ、ひいては所得額を実額で把握することが可能であったものと窺われる。

なお、被控訴人は、控訴人の実額反証の主張に対する反論としてではあるが、控訴人はその営業に関して現金出納帳を記帳していないから、控訴人の右帳簿書類等が控訴人の営業のすべてを正確に記載しているものかどうか確認できず、したがって右帳簿書類等の記載を正確なものとは認められないなどと主張する。しかし、なるほど会計帳簿としての現金出納帳の記帳は、それによって現金出納帳残高と実際の手持ち現金額との照合が可能となることからして、他の会計帳簿等の誤記や記録漏れの有無を確認するための有効かつ重要な手段であるけれども、その記帳がなされていないからといって、納税者の作成している帳簿書類等の正確性が当然に疑われなければならないわけではなく、現金出納帳の記帳がなくとも、営業の形態(たとえば、現金取引の多少や取引先の多寡及び種類等)、作成されている会計帳簿等の種類、記帳担当者の有無や記帳の時期等の記帳状況などを総合して、納税者の作成している会計帳簿等について記帳の正確性が認められれることも当然に有り得るものというべきである。そして、控訴人の営業の形態、作成されている帳簿書類等、記帳状況などは前記(一)に認定したとおりであって、特に作成されている帳簿書類等の正確性を疑うべき事由は認められないうえ、<証拠略>によれば、控訴人の昭和五六年度分及び昭和五八年度分の掛仕入についての得意先別月別集計表の仕入額は、被控訴人が控訴人の取引先に対する照会によって把握した仕入額を総額において上回るうえ、取引先毎の仕入れ額についてもおおむね合致していること認められる(各月の仕入額をみると不一致のものも相当数存在するが、その場合でも数か月分を合算した額あるいは年間仕入額としては合致しているときは―たとえば株式会社吉廻商店からの右両年度分の仕入額、有限会社吉川商店からの昭和五八年度分の仕入額など―、右不一致は、控訴人と仕入先との月毎の締め日が異なっていることや仕入先から送付される記帳原因となる書類(納品書等)の受領時期等によって生じたもの推認される。なお、坪倉功からの仕入額については、右得意先別月別集計表には記載がないが、科目を「仕入」とする振替伝票が作成されているし、被控訴人が有限会社野津善助商店及び有限会社山本本店からの仕入であると主張する金額についても、右得意先別月別集計表には記載がないが、有限会社野津善助商店分は発泡スチロールの魚箱の購入代金であって、販売目的の商品の仕入代金ではなく、かつ、科目を「消耗品費」とする出金伝票が作成されており、また、有限会社山本本店分も同様に販売目的の商品の仕入代金ではなく、かつ、科目を「雑費」とする振替伝票が作成されているから、それぞれ適正な会計処理がなされていることが推認される。)。もっとも、控訴人が昭和五六年度分及び昭和五八年度分の掛仕入についての得意先別月別集計表の仕入額と被控訴人が控訴人の取引先に対する照会によって把握した仕入額とに不一致のものも相当数存在するのであるが、本件に顕われた証拠だけからは(控訴人は、本件訴訟において、控訴人がその営業に関して作成している右帳簿書類等の全部を証拠として提出しているわけでないことは証人五十嵐の当審証言及び弁論の全趣旨によって認められる。)、右得意先別月別集計表の仕入額と被控訴人が控訴人の取引先に対する照会によって把握した仕入額とのいずれが正当な額であるかを判定することは困難である。結局、本件に顕われた証拠だけからは、右帳簿書類等は、その記載が全面的に正確であると断定することはできないけれども、他方その記載が正確性に欠けるため、これを検査し、かつ、必要に応じて補充的な質問調査権を行使しても本件各係争年分の所得額が実額で把握できないものと断定することは到底できない。

(五)  以上によれば、本件各処分当時において推計の必要があったとまでは認められないから、本件各処分は推計の必要がないのに推計の方法でなされた課税処分であり、かつ、これを支持するに足りる実額についての主張立証もないから、違法であるというべきである。

したがって、本件各処分は、その余の点について判断するまでもなく取消を免れない。

四  結論

よって、本件控訴は理由があるので、原判決を取り消して控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷喜仁 渡邉安一 長門栄吉)

<別表略>

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