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広島高等裁判所岡山支部 昭和60年(ネ)17号 判決 1990年4月19日

控訴人 内田萬喜治

被控訴人 国

代理人 大西嘉彦 岩佐榮夫 横山健次郎 近藤英幸 ほか一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「被控訴人は、控訴人に対し金一三七一万九六〇〇円及び内金一〇〇五万八六〇〇円に対する昭和四六年三月一三日、内金九一万一一〇〇円に対する昭和五〇年二月二五日、内金二七四万九九〇〇円に対する昭和五九年二月八日から各支払済みに至るまで日歩二銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠は、次のとおり訂正、削除、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表四行目「記載した」の次に「(右記載を以下「本件条件記載」という。)」を加え、同六枚目表五行目「同年」を「昭和四六年」と改める。

2  同一〇枚目表五行目「の事実は認否がない。」を「の主張は争う。」と改める。

3  同一六枚目裏一二行目「(一)」及び同一七枚目表六行目「(二)」から同一八枚目表三行目「いうべきである。」を削る。

4  控訴人の主張

(一)  本件更正処分は、被控訴人の杜撰な調査に基づく資産負債増減法による推計によつて過大な総所得金額及び税額を算出したことによるものであつて、その算出について重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。

即ち、被控訴人は、昭和四五年三月、税務当局による査察を控訴人になし、その際昭和四一年から同四五年までの控訴人の取引銀行に対する取立手形伝票その他の帳簿類を押収し、取引銀行からも控訴人に関する本名、仮名による取立入金状況の報告を受け、さらに控訴人を数度に亘つて広島国税局の査察係のもとに出頭させ、先に押収にかかるおびただしい数の伝票類を含む帳簿類等の整理に協力させながら、結局税務当局は、昭和四一年一二月末現在及び同四二年一二月末現在の各貸付金残高を十分調査解明することなく、資産負債増減法による推計によつて昭和四二年分の控訴人の総所得金額を、真実の総所得金額一七一一万一五一二円(控訴人に対する所得税違反被告事件の刑事判決で認定された金額であり、被控訴人が右伝票類等の押収物件、取引銀行に対する調査及び同銀行からの報告並びに控訴人の調査協力による調査解明を十分にしておれば、控訴人が後に右刑事々件手続で提出した貸付金台帳がなくても、右刑事々件判決で認定した程度の昭和四二年分の総所得金額の把握をなしえたはずである。)よりはるかに過大な金額である二九九〇万七三八九円と算定し、本件更正処分をしたものであり、このような過大な総所得金額の認定は、被控訴人の所部係官がなすべき職務の遂行を誠実になさずにこれを怠り、杜撰な調査をした結果に基づくものであるから、本件更正処分は、重大かつ明白な瑕疵があるものというべきであつて無効である。

ところで原判決は、控訴人が秘匿していたため税務当局の査察の際に押収を免れ、その後の調査に当つても税務当局に提出せず、前記刑事々件手続において初めて提出し公表した貸付金台帳によつて、昭和四二年分の真実の総所得金額が判明したのであるから、本件更正処分当時の税務当局の収集した諸資料等による調査では、税務当局が真実の総所得金額を解明することができず、資産負債増減法による推計によつて総所得金額を算出したとしてもあながち不当とはいえず、またその算出方法についても合理性がないとはいえない旨の認定をしているが、前記のとおり、税務当局は、本件更正処分当時における手持ちの諸資料によつて、昭和四二年分の真実の総所得金額を十分に把握しえたはずであるから、原判決の右認定は誤りである。即ち、控訴人の貸付金は、主に手形貸付であり(手形不渡後は、公正証書等の証書貸付に切り換えられていた。)、その手形決済は、取引銀行の調査によつて判明しえたものである。さらに被控訴人の税務当局は、控訴人を昭和四五年三月から同年一二月末までに五、六回にわたり広島国税局に出頭させて所部係官の調査、分析、検討に協力させ、また他人名義、仮名のものについても、控訴人や関係取引銀行からの報告等を受けて、税務当局には判明しており、これらのことから控訴人の手形貸付の実体は、正確に税務当局において把握されうる状況にあつたものである。従つてこれらの貸付の実体は、控訴人が後に刑事々件で提出した貸付金台帳などがなくても十分解明しえたことは明らかである。しかるに被控訴人は、資産負債増減法により昭和四二年期首の貸付金残高を八六四六万一八八三円、同年期末の貸付金残高を七六九六万一八四二円、当期に回収した貸付金を九五〇万〇〇四一円、当期総所得を二九九〇万七三八九円と大幅に真実の金額と異なる杜撰な認定をし、これに基づいて本件更正処分をした。しかしながら、当時の税務当局の諸資料等によつても、昭和四二年期首貸付金残高は一億一八三三万三五七四円、同年期末の貸付金残高は九五九五万六九九二円、当期に回収した貸付金を二二三七万六五八二円と算出が可能であり、当期総所得が一七一一万一五一二円になることも十分算出しえたのである。このような開差は、税務当局が杜撰な調査によつて、イ 当期中に減少した預金額を一六一三万二二五七円とすべきところ、一二六三万二二五七円と三五〇万円少なく計上し、ロ 当期中に減少した前受利息を二二七万八五六五円とすべきところ、一三九万九一九四円と八七万九三七一円少なく計上し、ハ 当期中の受取手形金を九一万円とすべきところ、五六万円と三五万円少なく計上し、ニ 当期の期首、期末の真実の各貸付金残高から当期に回収した貸付金額を二二九〇万一五八二円とすべきところ、九五〇万〇〇四一円と一三四〇万一五一四円も少なく計上したことによるものであり、就中、当期に回収した貸付金額の実額に近似した金額は、税務当局の当時の手持ちの諸資料によつても十分に算出しえたものである。

そうすると、昭和四二年度の税額は、真実の総所得金額が本件更正処分において認定した二九九〇万七三八九円ではなく、一七一一万一五一二円であるから、これに対する所得税は七八四万五一〇〇円であつて、既納付額との差額一三七一万九六〇〇円は、不当利得として、返還されるべきものである。

(二)  被控訴人の後記主張に対する認否及び反論

争う。

控訴人は、<証拠略>の貸付先欄の「河原秀商店」という記載をしたことはない。<証拠略>も見せてもらつたことはない。<証拠略>で控訴人が当期末の河原秀商店に対する貸付が四五〇万円であると述べたのは、抵当権付貸付金についてのみそのように述べたものであつて、手形割引による貸付金は含まれていない。河原秀商店に対する控訴人の昭和四二年期首における貸付金残高は、一二七三万八八一〇円である。同貸付金残高には、<証拠略>の手形割引による貸付金二四九万円その他が含まれており、このような把握漏れの貸付金は、河原秀商店以外の者にも存在する。

以上のとおり、被控訴人の所部係官は、誠実になすべき職務の遂行を怠り、杜撰な調査結果に基づき本件更正処分をしたものであるから、本件更正処分は無効である。

5  被控訴人の主張

(一)  控訴人の前記主張に対する認否

争う。

(二)(1)  本件再修正申告は、納税申告として有効なものである。本件再修正申告の欄外に記載された「……所得金額の是認とは相違するものである」との記載は、本件再修正申告の効力になんらの影響もない。

そもそも納税申告は、納税者が課税標準及び税額を税務官庁に申告し、申告者に納税額を確定させることを目的とする観念の通知であり、申告者に納税申告の意思があれば足り、その申告内容である所得金額を積極的に是認する意思の存在することは必要ではなく、所得金額確定に関する申告者の内心の効果意思の表示は、申告の効力になんらの影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。このことは、国税通則法一九条が「先の納税申告書の提出により納付すべきものとして記載した税額に不足があるとき」と規定していることからも明らかであり、修正申告は、納付すべき税額の不足額の追加納付であつて所得金額の多寡ないし所得区分の確定を目的とするものではないから、所得金額が真実と合致するか否かは問題ではなく、また国税通則法施行令六条(更正の請求)の法意に徴しても、納税申告は所得金額を認識し或いはこれを確定させる効果意思が存在しないときにも有効とみるべきであり、右条件の記載は、本件再修正申告の効力になんらの影響を及ぼすものではないものといわねばならない。しかも本件再修正申告は、控訴人が、昭和四二年分の総所得金額及び税額としては、真実の総所得金額及びこれに基づく税額とは相違していることを認識しながら、敢えて税額の不足額として申告する意思を十分に有していたものである。即ち、当時控訴人は、昭和四二年分の真実の貸付金の経緯を記帳した貸付金台帳を所持し、昭和四二年分の総所得金額及び税額を知悉していたにもかかわらず、当時起訴されて審理中の前記所得税法違反被告事件において好影響を与える意図などもあり、税務当局の推計した資産負債増減法による昭和四二年分の総所得金額と真実の総所得金額との間に約一〇〇〇万円程度の開差の存在することを認識していながら、敢えて本件修正申告に及んだものである。

(2) 次に、本件更正処分には重大かつ明白な瑕疵はなく、本件更正処分は適正かつ有効である。

被控訴人の所部係官は、当時収集した資料(但し、前記貸付金台帳は、収集資料には存在しなかつた。)に控訴人を立ち合わせて調査検討し、昭和四一年一二月三一日現在の控訴人の手形割引の方法による貸付金の大部分を把握し、貸金先別カード(<証拠略>参照)を作成し、昭和四五年一二月二五日これを控訴人に示して修正すべき点を修正し、昭和四二年期首貸付金残高の大部分を把握し、しかも控訴人の確認のもとに同貸付金残高を八六四一万一八八三円と認め、資産負債増減法により当期総所得を三三四八万三六八二円と認定したものである。

因に、控訴人の昭和四二年期首の貸付金残高のうち河原秀商店(サンゴ商会)についてみると、被控訴人が昭和四二年期首残高を四五〇万円と認定したのは、所部係官が控訴人の取引銀行調査により、控訴人の仮名預金を含む普通預金等の入金状況から手形等の取立状況を調査し、預金の銀行取立伝票へ記入し、これを控訴人に示して貸金先が河原秀商店であることを記入させ、さらに同商店を調査して貸金先別カードを作成し、昭和四五年一一月二〇日、控訴人の上申書等により昭和四二年期首貸付金残高を四五〇万円と認定したものである。ただ当時の資料では、<証拠略>記載の岡山建材株式会社の仮名は把握されておらず、また河原秀商店にかかる控訴人の多数の取立手形の大部分は、振出日の記載がなく、河原秀商店及びサンゴ商会は、昭和四三年に相前後して倒産し、控訴人との間の取引についての帳簿等も保存されていないため調査も十分にすることができず、個々の貸付年月日が不明であり、河原秀商店に対する昭和四二年期首貸付金残高として把握しえないものが多く存在していた。しかも同商店に対する控訴人の貸付方法は、一定額の枠内で常に限度一杯の貸付けをし、その見返りとして手形等を担保として受け取つており、昭和四二年期首貸付金残高は、その貸付限度額のみで把握せざるをえなかつた。なお控訴人が受け取つた手形等は担保ないし返済のためのものであるから、直ちにこれを右残高に組み入れることはできないものである。そこで、被控訴人は、控訴人の河原秀商店に対する昭和四二年期首貸付金残高を河原秀商店が被控訴人に対する書面によつて肯認する貸付限度額の四五〇万円と算出し、さらに控訴人の確認を得たうえ認定したものである。

控訴人のその他の者に対する貸付けについても右同様の調査を遂げているものであるから、所部係官としては、本件更正処分当時、手持ちの資料を十二分に調査検討を加え、なすべき職務を誠実に遂行して本件更正処分をしたものである。

ところで、行政処分に瑕疵があり、その瑕疵のために当該行政処分が無効であるというには、その処分に外形上客観的に明白な誤りが認められるか否かによつて決すべきものであり、行政庁がその処分手続において調査すべき資料が存在したのにこれを見落して処分をしたとしても、その事をもつて直ちに当該処分に明白な瑕疵があるものとして、当該処分が無効とされるものではない。

6  当審における証拠 <略>

理由

一  原判決摘示の請求原因1の事実は、本件条件記載に関する本件再修正申告の効力の点を除いて、当事者間に争いがなく、同2の事実もまた当事者間に争いがない。

二  そこで、本件条件記載に関する本件再修正申告の効力について考察することとする。

本件再修正申告書に本件条件記載がされていることは当事者間に争いがない。本件条件記載によると、本件再修正申告は、一見控訴人において昭和四二年分の所得金額及び所得税額を確認して申告する意思を有していなかつたもののように見受けられる。しかしながら、以下に述べるとおり、本件再修正申告は、控訴人において同年分の所得金額及び所得税額を確認し、当該所得税債務を確定させたうえ、それを納付する意思を有していたものと認めるのが相当である。

すなわち、<証拠略>によると、以下の事実が認められ、右各証言及び本人尋問の結果中これに反する部分は、前顕その余の証拠に対比してにわかに信用することができない。

1  控訴人は金融業等を営んでいた者である。広島国税局査察部(以下「査察部」という。)は、控訴人に対し昭和四二年ないし同四四年分の所得税につき脱税の嫌疑をかけ、同四五年三月以降、控訴人の取引銀行に対する取立手形伝票等を控訴人から押収し、さらに、控訴人の取引銀行からも控訴人の本名もしくは仮名による取立入金関係の書類を押収したり、あるいは調査報告を受け、なお、控訴人を同年末ころまでの間に五、六回査察部に出頭させて押収書類の記載内容を説明させるなどして、約一年にわたり調査した結果、控訴人を所得税法違反の嫌疑で岡山地方検察庁に告発し、検察官は取調べの結果、昭和四六年三月五日控訴人を同法違反のかどで起訴し、岡山地方裁判所は、同五七年八月一六日控訴人に対し有罪判決を言い渡し、右判決は確定した。

2  査察部が調査し、告発した所得税法違反の嫌疑は、控訴人の昭和四二年分ないし同四四年分の所得に関してであるが、査察部は、資産負債増減法により右各所得を推計し、昭和四二年分の所得金額が三三四八万三六八二円、所得税額が一七六七万四一〇〇円である旨の調査結果を岡山地方検察庁に対し資料とともに報告し、右起訴も右各金額をもつて行われたが、控訴人が刑事裁判手続においてそれらを争つて反証活動をし、昭和五二年に入つて新証拠として貸付台帳を提出するなどした結果、訴因変更手続がされ、前記刑事判決においては、昭和四二年分の所得金額は一七一一万一五一二円、所得税額は七八四万五一〇〇円であると認定された。控訴人は、査察部の右推計による所得金額及び所得税額は事実に反してかなり高額であると思つたが、裁判手続の段階で争えばよいという考えのもとに、検察官の起訴前における取調べの段階では、右各金額を認める旨の供述をした。しかも、控訴人は、所得税を納付しないでいると、普通預金等の利子に比較して高い率の延滞税を賦課されることになることなどを考慮して、検察官に対し、再修正申告をして所得税を納めたいが、ついては押収中の預金証書類の預金の払戻しを受け、それで右所得税を納めたいので、右預金証書類の還付をしてほしい旨申し述べた。そして、昭和四六年二月二六日控訴人は検察官より右預金証書等の仮還付を受けた。

3  そこで、査察部は、そのころ、検察官より、控訴人が右所得税を納入する意思があることの連絡を受け、早速岡山税務署所得税第一課長頼本浩二に対して、控訴人の再修正申告を指導するよう指示した。その結果、昭和四六年三月七日ころ同税務署において、頼本課長は、控訴人及びその代理人である頼定聡税理士に対し、査察部から連絡のあつた昭和四二年分ないし同四四年分の所得金額を告げて、そのとおりの再修正申告をするようにしようようした。ところが、当時、控訴人の帳簿書類等が査察部等に押収されていたため、頼定税理士としては右所得金額が正しいものであるかどうかを確かめることができなかつたので、頼本課長に対して右所得金額の根拠を明らかにするよう求め、控訴人もまたそれらが過大であつて承認することができない旨回答した。しかし、頼本課長は、右所得金額の根拠については査察部に問い合わせてほしい旨回答すると同時に、延滞税の関係で所得税を早期に納付する方が得策であることや納税により刑事裁判が有利になることや、租税債務は納税者の申告等がなければ確定せず、それが確定しなければ税金を納付することができないことや、納税額が過大であつた場合には更正処分等により過納付分を還付するという事後の法的措置があることなどを説明し、特に昭和四二年分の所得税の消滅時効の期間が同四六年三月一五日に切迫しているので、同年分の所得金額及び所得税額だけは査察部から連絡のあつたとおりを承認して再修正申告をしてほしい旨強く勧告した(昭和四三年分と同四四年分の所得税については再修正申告手続をしないで後日更正処分がされている。)。そこで、控訴人は、頼定税理士と相談の結果、昭和四六年三月一〇日、頼定税理士が本件再修正申告書(<証拠略>)に同年分の所得金額として査察部から連絡のあつたとおりの数額である三三四八万三六八二円、所得税額として一七六七万四一〇〇円、その他の必要事項を記入して同書類を完成し、頼本課長に直接交付した。その際、頼定税理士は本件修正申告書に本件条件記載を行つた。

そして、控訴人は、同月一二日、仮還付を受けた預金証書等によつて当該預金の払戻しを受け、それにより、本件再修正申告にかかる所得税から既納付税額を控除した一一七五万一三〇〇円の所得税と延滞税を納付した。

以上のとおりであつて、本件再修正申告書は控訴人だけでなく、頼定税理士が関与して、昭和四二年分の所得金額を三三四八万三六八二円、所得税額を一七六七万四一〇〇円とそれぞれ具体的に記入するなどして完成し、引き続き本件再修正申告にかかる所得税等が納付されたことや、本件再修正申告にあたり、控訴人及び頼定税理士に対し、再修正申告をして租税債務を確定させたのちでなければ、所得税を納付することはできない旨の税務当局の説明がされ、控訴人及び頼定税理士はそのことを了解したうえで本件再修正申告及び所得税等の納付をしたものであることなどの諸事情に照らすと、控訴人は、延滞税賦課の関係等も考慮したうえで、昭和四二年分の所得金額及び所得税額を一応確認して本件再修正申告を行つて租税債務を確定させ、引き続き本件再修正申告にかかる所得税を納付するに至つたものであり、本件条件記載は、帳簿書類等が査察部等に押収されているため、控訴人側においてそれに基づいて自ら算出した所得金額でないことを記録するとともに、控訴人側において、右納税額が後日過納付と判明する蓋然性があることについて税務当局の注意を喚起し、それが判明した場合には、申立て(国税通則法二三条二項三号、同法施行令六条一項三号による更正の請求)、または職権により更正の措置をとられたいことをあらかじめ表明した趣旨のものであつたと認めるのが相当である。したがつて、本件条件記載をもつて本件再修正申告における所得金額及び所得税額を確認する意思を欠いていたものとすることはできないし、また、それが本件再修正申告と一体となつて何らかの意味でその条件となつていたものと解することもできない。

ところで、右所得金額が当該年分の所得金額に客観的に合致していたかどうかは本件再修正申告の効力に直接影響を及ぼすものでない。また、右所得金額が査察部から連絡のあつた金額そのままであつたことも、控訴人においてそれをもつて再修正申告する意思があつた以上、本件再修正申告としてなんらの支障を生ずるものでもない。

なお、<証拠略>によると、控訴人に対し昭和四六年四月一二日重加算税賦課処分がされた後である同年五月三日、頼定税理士は本件修正申告にもとづいて納付した所得税が過大であることなどを記載した異議申立書(<証拠略>)を岡山税務署長あてに提出したが、税務当局より、本件再修正申告は異議申立の対象となる処分でないから取り下げ、嘆願書を提出するように指導を受けたため、右異議申立書を取り下げ、それに代えて嘆願書を右税務署長あてに提出したところ、なんらの応答がなかつたこと、そこで、控訴人は同年一〇月一九日、本件再修正申告の無効を理由とする審査請求書を広島国税局長あてに提出したことが認められるが、右事実をもつて前記認定を覆すこともできない。

したがつて、本件再修正申告は、本件条件記載があつても、有効であるといわねばならない。

三  控訴人は、本件再修正申告は強制によるものであるか、心裡留保であるか、もしくは要素の錯誤があるから無効である旨主張する。

しかしながら、右主張を肯定するに足りる証拠はない。かえつて、前記認定の事実関係によると、控訴人主張のような無効事由はなかつたものというべきである。

もつとも、本件再修正申告書に記載された所得金額は、前記判決において認定された所得金額と著しく異なるものであることは既に認定したところである。しかしながら、所得税再修正申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、所得税法や国税通則法が定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、許されないものと解すべきところ、本件の場合は、同法の定めた過誤是正の方法をもつて足り、右の特段の事情があるものとは認められない。

したがつて、控訴人の右各主張を採用することはできない。

四  次に、控訴人は、本件更正処分が無効である旨主張する。

ところで、本件再修正申告が有効であることは既に説示したとおりであるから、本件の場合、本件更正処分が無効であるということになれば、本件再修正申告における所得税額が確定していることになるだけである。これは控訴人にとつて不利な事態になるわけであるから、控訴人の右主張は抗弁たり得ないものというべきである。ただし、念のため、控訴人の右主張についても順次考察しておくこととする。

1  控訴人は、本件更正処分は不服申立ての教示を欠いているから無効であると主張する。

しかしながら、本件更正処分は減額更正処分であつて、本来これに対する不服申立てが許されていないものであるから、控訴人の右主張は理由がない。

2  控訴人は、本件更正処分は調査手続を欠いているから無効である旨主張する。

しかしながら、本件更正処分が岡山税務署長によつてあてずつぼうにされたものであることや、検察官のした捜査結果をうのみにして行われたものであることを肯定するに足りる証拠はなく、他に本件更正処分が調査手続を欠く無効のものとすべき事由は見当らない。

したがつて、控訴人の右主張を採用することはできない。

3  控訴人は、本件更正処分は無効の本件再修正申告を前提とするものであるから当然に無効である旨主張する。

しかしながら、本件再修正申告が有効であることは既に説示したとおりであるから、控訴人の右主張も理由がない。

4  控訴人は、本件更正処分は所得金額の認定に重大かつ明白な瑕疵があるから無効である旨主張する。

ところで、所得税については申告納税制度がとられているが、それは納税の民主化と税務行政経費の節減等をはかるためのものである。右制度の趣旨よりして、そもそも税務当局は納税申告についてその申告の当否を調査する権限を有しているけれども、遂一それを調査すべき義務を納税者に対し負つているものではない。そして、減額更正処分の場合、税務当局は、納税申告について、減額事由の存否と減少すべき金額を調査して減額更正処分を行うものであつて、所得税を減少すべき金額が決定されると、納税申告によつて確定した所得税額から右金額が控除され、その残額が納税者において納付すべき所得税額となるわけである。当該残額に対応する所得金額について、税務当局が調査をしたかどうかは減額更正処分の必要的要件ではないと解すべきである。控訴人はこれと異なる見解に立つて、減額更正処分である本件更正処分について、本件更正処分後における所得税額に対応する所得金額に関して税務当局に調査義務があるものとし、その調査義務の履行過程において右所得金額の認定について重大かつ明白な瑕疵があつたと主張するが、右主張はその前提が間違つており理由がない。

しかも、本件更正処分後の所得金額及び所得税額が前記刑事判決における各認定金額と著しく異なつているのは、控訴人が刑事裁判手続において右の点に関する検察官の起訴事実を争つて反証活動を展開し、昭和五二年に至つて新証拠として貸付台帳を提出するなどしたため、訴因変更手続がされるに至つたことによるものであることは前述のとおりである。なるほど、<証拠略>によると、本件の昭和四二年分の所得金額に関し、査察部の調査に不備があつたことを否定することはできないが、貸付先の査察部に対する回答が不完全であつたことや控訴人の査察部に対する供述内容が正確さを欠いていたことも原因して、査察部の突つ込んだ調査がなされなかつたものと推認されると同時に、検察官の捜査段階においても右不備が気付かれなかつたことが認められ、それらの諸事情を総合すると、査察部の右調査に重大かつ明白な瑕疵があるとまでは断定することができないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

五  控訴人は、控訴人と岡山税務署長との間において、昭和四二年分の所得税について過納付の事実が明らかになつたという条件が成就したときには、国は控訴人に対し右過納付分を返還する旨の合意があつたとか、もしくは、それが条件付でなかつたとしても、同様、国は控訴人に対し右過納付分を返還する旨の合意があつたと称して、それらにもとづいて右過納付分等の返還請求権を有する旨の主張をする。

しかしながら、控訴人主張の条件もしくは合意は、租税の課税要件や徴収手続等はすべて法律をもつて定められるべきであるとする租税法律主義に反するのみならず、それらの事実が存在したことを肯定するに足りる証拠もない。

したがつて、控訴人の右請求はいずれも失当である。

六  以上のとおりであつて、控訴人の本件各請求は失当として棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山健三 相良甲子彦 廣田聰)

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