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広島高等裁判所 昭和51年(う)156号 判決 1977年6月16日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人原田香留夫作成の控訴趣意書並びに控訴趣意補述書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、弁護人は控訴趣意書第二のうち審理不尽、法令違反の主張は撤回すると述べた)。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点の一について。

論旨は要するに、原審裁判官は原審第二回公判における被告人質問の際、被告人に対し乱暴な言葉を投げつけるようにして叱責し、感情的に糺問しているのであって、このような予断偏見を有する裁判官によって行なわれた原判決は、到底公平な裁判所の裁判とはいえず、憲法三一条、三二条、三七条一項に違反する、というのである。

そこで記録を精査して検討するに、原審裁判官が原審第二回公判において被告人質問をしていることは所論のとおりであるが、その際における質問及び応答を総合考察しても、原審裁判官が被告人に対し、乱暴な言葉を投げつけるようにして叱責したとも、また感情的に糺問したとも認められないところであり、その他原審裁判官が予断偏見を抱いていたことを窺わせるなんらの資料も記録上発見できず、所論違憲の主張はその前提を欠くものであって採用できない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一点の二について。

論旨は要するに、原審は「地方裁判所における審理(所論は管理というが誤記と認める)に判事補の参与を認める規則」(以下単に「規則」という)に基き、昭和五一年二月一三日本件審理に判事補Aを参与させる旨決定し、同判事補参与のうえ判決しているところ、右規則は、正当な構成の裁判所において裁判を受ける権利を定めた憲法三二条、三七条一項に違反し、また同法七六条三項で保障された裁判官である未特例判事補(参与判事補)の独立を侵すものであり、さらに参与判事補制度は、単独体審理の方法ではなく別個の裁判体の構成を定めたものというべく、この点で右規則は裁判所法二六条に違反しており、なおこのような制度を最高裁判所規則で制定することは、憲法で認められている規則制定権の範囲を逸脱し、国会の立法権をも侵害するものであるから、すべて違憲無効といわざるを得ず、従ってかような無効の規則に基づき、前記判事補を参与させて判決した原審の訴訟手続は違法である、というのである。

よって記録を検討するに、原審が規則に基き昭和五一年二月一三日、本件審理に判事補Aを参与させる旨の決定をしたことは所論のとおりであり、右参与判事補はその後の原審公判に全く立ち会っていないけれども、参与させる旨の決定が取消されたことは記録上認められないから、原審は右判事補を参与させたうえ判決したものということができる。

そこで、所論にかんがみ規則が無効か否か考察するに、参与判事補制度は、参与判事補の事件処理能力の修得向上を図り、あわせて一人制裁判所の審理の充実強化を目的としたものと解され、参与判事補は場合により参与した事件の審理に立ち会うこともあるし、また記録及び証拠物の調査あるいは判例、学説の調査等をすることにより、直接裁判所の審理に参与するものではあるが、しかし、それはあくまで右目的の範囲内にとどまるものであって、もとより受訴裁判所の構成員たる裁判官として参与するものではなく、同判事補はその参与した事件に関し、右調査等によって得た結果につき裁判所の求めに応じて意見を述べ得るにすぎず、しかもその意見は参与させた裁判所の裁判官を拘束するものではなく、また参与した事件について審判する独自の権限を有する訳でもないことは明白である。そうすると、未特例判事補を参与させたからといって、参与させた裁判所が一人制の裁判所であることになんら変更はないことに帰し、所論のいうように規則が裁判所法二六条に違反するとは考えられず、また被告人の正当に構成された裁判所において裁判を受ける権利を奪うものでもないから、右規則はなんら憲法三二条、三七条一項に反するものではない。

また所論は、参与判事補制度を最高裁判所規則で定めるのは規則制定権の範囲を逸脱すると主張する。しかしながら、最高裁判所は訴訟に関する手続等に関する事項について規則を定める権限を有するのであり(憲法七七条一項)、参与判事補制度は最高裁判所が右権限に基き制定した規則によるもので、それは訴訟に関する手続に属すると認められるから、なんら規則制定権の範囲を逸脱するものでもなく、国会の立法権を侵害するとも考えられない。

さらに所論は、前記のとおり、右規則は憲法七六条三項で保障された裁判官である参与判事補の独立を侵すものであるとも主張する。しかし、既に説示したように、参与判事補は受訴裁判所を構成する裁判官として参与するものでも、また参与した事件について審判する独自の権限を有するものでもなく、さらにその述べる意見も受訴裁判所の裁判官を拘束しないのであるから、参与判事補の方にいかなる事由があろうとも、そのことは受訴裁判所になんらの影響を及ぼすものではない。従って所論違憲の主張について判断するまでもなく、原審の訴訟手続に所論のような違法はない。

以上説示したとおり、規則が無効であることを前提とする論旨はすべて理由がない(なお控訴趣意補述書中には、参与させた裁判所の裁判官の職権の独立を侵す旨の主張とも解される論旨があるが、右補述書は控訴趣意書差出最終日を経過したのちに提出されたものであり、かつ右論旨は控訴趣意書に記載のない新たな主張であるから、これについては判断しないことにした)。

控訴趣意第二点の一ないし四について。

論旨は要するに、原判決はその第一の事実において、被告人に前方を十分注視しないで漫然時速約六〇キロメートルの速度で進行した過失があり、右過失により被害者三好真由美(以下単に「真由美」という)を衝突の衝撃により路上に転倒させ、よって同女に対し傷害を負わせたと認定し、またその第二の事実において、当時被告人が酒に酔い、その影響により正常な運転ができないおそれのある状態であった旨判示しているが、被告人の過失は右と異り、先行車の後方を約一五メートルの車間距離しか保たないで進行していた点にあり、また被害者真由美に転倒、受傷の事実はなく、さらに被告人は当時酒酔いの状態ではなかったもので、その飲酒の程度は血液一ミリリットルにつき〇・四ミリグラムにすぎず、経験則上一見しただけでは素面と変らない状態であるのに、捜査官は被害者三好孝(以下単に「孝」という)が警察官であり、真由美も亦交通巡視員であったため、被告人の状況につき「酒の臭いがきつく、ふらついており、酒酔い状態である」などと作文した捜査状況報告書を作成し、その他捜査上明らかに偏頗な歪曲を行ない、もって事案の真相を誤らせているのであって、これらの点で原判決には事実の誤認がある、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を精査して検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば原判示各事実を認めるに十分である。

所論はまず、被告人は原判示日時に暗闇のなかで自車を運転して、一台の先行車の後方を約一五メートルの車間距離を保って追従進行中、右先行車が突然進路を右側に寄せて前進をはじめ、被告人はそのまま数メートル進行し、そのときはじめて前方道路上に非常点滅表示燈も尾燈も、さらにはスモールライトもつけないで停止している被害車を発見し、急制動したが間に合わず衝突したものであって、被告人に車間距離不保持の過失はあるけれども、前方注視不十分の過失はないと主張する。しかしながら、被告人は原審第一回公判において、右過失の点も含めて公訴事実を全面的に認めただけでなく、その後の原審公判は勿論当審においても、右過失を否定する旨の供述は全くしていないのであって、原判決挙示の関係各証拠によると、被告人に前方注視不十分の過失があったことは明らかであり、当審における事実取調の結果によるも右認定を左右するに足りない。

また所論は、被害者真由美は衝突後二、三秒ぐらいで、修理を手伝っていた中原正一と共に被告人のところに来て、二人は大丈夫だと述べており、同女が衝突の衝撃により路上に転倒したことはなく、負傷したこともないと主張する。しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によると、右真由美が衝突の衝撃で路上に転倒し、そのため受傷したことを優に肯認でき、当審における事実取調の結果に徴してもこのことは明白である。被告人は前記のとおり、原審第一回公判で公訴事実を認めながら、その後に至って真由美の受傷の点を争いだしたものであるが、被告人は同女が受傷していないことを確認している訳でもなく、単に事故後における同女の行動からそのように推測しているにすぎず、この点は被告人の当審における供述に照らし疑問の余地がない。しかし、当時真由美は、夫である孝が本件事故で重傷を負ったためその介抱等に必死で、自己の身をかえりみる余裕などはなかったものと推認され、同女の事故後の行動から受傷していないと即断することはもとより困難であって、所論に添う被告人の原審及び当審における各供述はいずれも措信しがたい(但し、当審における事実取調の結果によると、被害者真由美の傷害の程度は全治約一〇〇日間であることが明らかで、これを全治約五か月間と認定した原判決には結果的に事実の誤認があることになるが、この程度の誤認は未だ判決に影響を及ぼさないということができる)。

さらに所論は、被告人は当時酒酔いの状態ではなかったといい、前記のとおり主張する。しかし、原判決挙示の関係各証拠によると、被告人は本件事故の二〇分ないし三〇分後において、呼気一リットルにつき〇・四ミリグラムのアルコールを身体に保有していたこと等の事実が認められ、酒酔いの状態にあったことは否定しがたく、当審における事実取調の結果によるも右認定を動かすことはできない。所論は血液一ミリリットルにつき〇・四ミリグラムにすぎなかったというけれども、これを認めるに足る証拠は全くないし、また捜査官が捜査状況報告書を作文したとも認めがたく、所論に添う被告人の原審及び当審における各供述は、いずれもにわかに信用できない。

なお所論は、被害者らが同じ警察関係者であったため、捜査官が捜査に際し偏頗な歪曲をしているといい、例えば、中原正一の司法巡査に対する供述調書によると、被害車は「道路右端にライトを消し、ボンネットを開き止まっていた」のであって、完全な違法停車である旨述べているのに、これを追及して確定する当然の捜査を行なっていないなどと主張する。なるほど、被害者らが警察関係者であったことは所論のとおりであるが、記録を精査しても捜査官が偏頗な歪曲をした形跡は認められず、所論はひっ竟臆測の域を出ないものであって採用できない。ただ右の主張について説明しておくと、まず被害車が故障したため道路右端に停止していたことは別に違法とは考えられない。蓋し、記録によれば中原正一は被害車の反対側道路を走行していたのであって、同人から見て右端ということは、つまり道路左端に被害車が停止していたことになるからである。次に夜間ライトを消したまま停止していた点であるが、右にいうライトとは前照燈の意味であって、小さいライトはついていたことは当審証人中原正一の証言によって明らかであり、原審証人三好孝の証言によっても尾燈はついていたことが肯認でき、所論のいうように完全な違法停車とはいいがたく、仮にこの点の捜査をしていないとしても、それが偏頗な歪曲であるとは即断できない。

以上説示したとおり原判決の判断は正当で、所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の五について。

論旨は要するに、被告人を実刑に処した原判決の量刑は重きにすぎ不当である、というのである。

そこで記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件は、被告人が原判示日時場所において、酒酔いの状態で普通乗用自動車を運転中、前方を十分注視しないで漫然時速約六〇キロメートルの速度で進行した過失により、前方道路左側に修理のため駐車していた普通乗用自動車とその後部に佇立していた被害車孝を、その約一六メートル手前ではじめて発見し、急制動したが間に合わず自車を同車に衝突させ、同人を両車両の間にはさんで路上に転倒させ、また被害車の左側に手をかけて佇立していた被害者真由美を衝突の衝撃で同じく路上に転倒させ、よって右孝に対し全治約六か月間の、右真由美に対し全治約一〇〇日間の、各傷害を負わせたという事案である。被告人は酒酔いの状態でありながら自車を運転し、その際運転者として最も基本的な注意義務である前方注視を十分にせず、そのため本件事故を惹起して被害者二名にそれぞれ重傷を負わせたものであり、その過失の程度及び発生した結果はいずれも重大で犯情悪質というべきところ、被告人は示談に誠意がなく、現在においても未だ完全に示談が成立しているとはいいがたい状況で、反省の態度もさまで認められず、これらを総合勘案するときその責任は重く、被害者に対し原判決後においてある程度の金員を支払っていること、その他被告人の家庭事情等を十分斟酌しても、原判決の量刑はやむを得ないところで重きにすぎ不当であるとは認めがたい。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 谷口貞 横山武男)

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