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広島高等裁判所 昭和46年(う)165号 判決 1973年6月14日

被告人 岡野英司

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人中川哲吉、同博田東平共同作成名義の控訴趣意書並びに控訴趣意補充書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(事実誤認並びに法令の解釈適用の誤りの主張)について

なるほど、いわゆる「解散電報」と称される原判示の電報も、それが立候補予定者のため選挙運動に従事すべき者に対し、内部的な連絡等立候補の準備行為として打電されるかぎりにおいては、選挙運動のため使用する文書に該らないことは所論の指摘するとおりである。しかしながら、たとえ解散電報の体裁を備えるものと雖、特定の知人や真の支持者に対する、国会解散についての挨拶の域を超え、広く一般選挙人に対して、特定の立候補予定者に当選を得させる目的をもつて、投票ないし選挙運動そのものを依頼する趣旨で打電されるときは、公職選挙法一四二条が頒布することを禁止する選挙運動のために使用する文書たる性質を帯びるものと解するのが相当である。

そこで、いまこれを本件についてみると、原判決が原判示第一、一、(一)の事実について挙示する各証拠を総合すると、被告人は佐藤守良後援会事務所の事務員や、これに雇入れた数名のアルバイト学生に命じて、佐藤守良後援会々員名簿と、尾道市内及び同島地区内に居住する選挙人全員の氏名を記載した名簿などにもとずき、右後援会々員名簿に記載された者全員と、右選挙人名簿に記載された者の中、すべての世帯主に宛てて、尾道電報局など五ヶ所の電報局から合計二一、九一九通に及ぶ原判示の解散電報を打電した事実、そして、右解散電報の名宛人は、原判示佐藤守良の選挙運動の準備についての関係者ではなく、単なる選挙区の選挙人ないしは右佐藤守良の支持者にすぎないものであつて、右佐藤守良との親疎関係など全く検討されないで打電されていることが明らかである。

してみれば、原判示の解散電報は、当時立候補を予定されていた佐藤守良のため内部的な立候補の準備行為として打電されたものではなく、専ら広く一般選挙人に対し、佐藤守良に当選を得しめる目的をもつて投票ないし選挙運動を依頼する趣旨で打電されたものと認めるのが相当である。

さらに、また検察官が行なう解散電報に関する同種事犯の事件処理について、もし所論のような不公平があるとするならば、いやしくも公益の代表者たる検察官としてその裁量において適正を欠くものがあつたというべきで、検察行政の運用上非難を受ける余地はあるとしても、そのことのために本件公訴提起の手続が無効とされるべきいわれは存しない。すなわち、右裁量の当否は、公訴提起の効力とは別個の問題に属し、裁判所は公訴の受理にあたり、起訴が不当偏頗であるか否かを調査するものでないことはいうまでもなく、また公訴の受理後、起訴が不当偏頗であることを理由として公訴を棄却すべきものでないことも訴訟法上明らかである。しかも、記録を精査しても、本件公訴提起の手続がその規定に違反したため、無効であると認むべき廉は存しない。

したがつて、原判決が原判示解散電報を打電して頒布した所為につき、被告人を公職選挙法違反罪に問擬したことは正当であつて、所論のような違法はない。

それゆえ論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を斟酌して検討するに、本件各犯行の動機、罪質、態様、原判示解散電報を頒布した枚数、並びに原判示報酬を供与した回数、金額および被告人の経歴、前科とくに被告人には昭和四〇年六月四日広島高等裁判所において、公職選挙法違反罪により懲役五月、四年間執行猶予に処せられた本件と同種事犯の前科があるにもかかわらず、右執行猶予中、再び本件犯行に及んだものであることなど諸般の情状に徴すると、その犯情は悪質といわざるを得ない。してみれば肯認しうる所論指摘の被告人に有利な諸事情を斟酌しても、被告人を懲役二年の実刑に処した原判決の量刑はやむを得ないものであつて、これが重きに過ぎるものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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