大判例

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広島高等裁判所 昭和43年(う)210号 判決 1977年2月10日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中、証人大賀徹雄、同梶山美路に支給した分は被告人らの平等負担とし、証人元広新に支給した分は被告人和気通尚、同大賀章、同福間弘、同坂本昭の連帯負担とし、証人長谷正道に支給した分は被告人中島寛の負担とし、証人大久保博司、同池田朝吉に支給した分は被告人岡村武人、同末宗明登の連帯負担とする。

理由

(中略)

弁護人の控訴趣意第二点(法律解釈の誤りがあるとの主張)について。

論旨は要するに、原判決は、

一、車両確保戦術の正当性

二、原判示第一ないし第三の事実中の各被告人の行為の正当性等

三、争議中の操業とその評価

に関し、法律の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

そこで以下順次検討する。

第二の一(車両確保戦術の正当性)に関する法律解釈の誤り。

所論は要するに、原判決はその(弁護人らの主張に対する判断)のなかで、「しかし、ストライキ中といえども経営者が操業をなしうることは前に述べたとおりであり、いわゆる車両確保戦術(交通産業のストライキにあたって、組合側が企業の営業用車両を支配下におき争議終了までこれを経営者に返還せず、争議中の操業を防止する戦術)は一般のピケッティングと異り、経営者の財産である車両を一方的に組合の支配下におき、経営者の右車両に対する支配管理権を直接に侵害し、一旦それがなされるとストライキの全期間を通じて組合側に確保された車両による操業を不可能ないし著しく困難にするものであって、交通産業の場合には通例のピケッティングによっては争議の実効をあげることが比較的困難であることを前提としてもなお原則的に正当な争議行為であるとは到底解し難く、むしろ違法な場合が多いであろうと考えられる。もっとも、争議は流動的な性格をもち、原則として違法な争議行為であっても具体的な事情によっては正当なものとされる場合がある。」と判示し、結局車両確保戦術は正当な争議行為であって違法性を阻却するとの原審弁護人の主張を排斥した。しかしながら、原判決が示した右車両確保戦術の定義は正当ではない。車両確保戦術とは、バス、タクシー等交通産業関係労働者がストライキを行う場合、主要な生産手段であるバス、タクシー等の車両を労働者がピケットラインで有効に囲み得るように、あるいは有効なシットダウンができるように、車両を一個所ないし数個所に集中させる形態の争議戦術をいうのであって、それはストライキに伴うピケッティングもしくはシットダウンの一種であり、交通産業のストライキにおいては常識となっている戦術で、かつ歴史的にも確立されたものである。しかも、本件争議における会社及び第二組合の支部組合壊滅をめざした態度に照らすと、支部組合及び支援労働者としてはこのような強力な防衛手段をとらざるを得ない緊急の必要性があり、さらにストライキの実際的効果の点からみても、かような効果的な手段が許容されないのであれば労使対等の原則も無に帰するのであって、本件車両確保行為は労働組合の正当な行為というべきである。しかるに、原判決は前記のようにこれを原則的に違法であるとしたものであるから、この点で労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤った違法がある、というのである。よって検討するに、まず原判決がいうような意味における車両確保戦術は、原判示のとおり原則的に違法というべきであり、諸般の事情によっては正当とされる場合があることも原判決の説示するとおりと考えられる。しかるに所論は、原判決の示した車両確保戦術の定義は正確ではないといい、その正確な定義を述べたうえそれはピケッティングもしくはシットダウンの一種であって正当な争議行為であると主張するのである。しかしながら、原判決はその理解したところに従って車両確保戦術の意義を示し、このような戦術は原則として違法であると判示したものであるから、これと異る意義の車両確保戦術なるものをもちだしてこれをも原則的に違法であるとしたが故に、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があるというのは前提を欠く主張であって失当といわざるを得ない。また所論は、会社及び第二組合の態度に照らし、支部組合としては車両確保戦術をとらざるを得ない緊急の必要性があり、ストライキの効果の点からみても、かような戦術が許容されないのであれば労使対等の原則は無に帰するとも主張する。しかし、原判決のいうような意味における車両確保戦術は、原則として違法であると解すべきことは先に述べたとおりであり、労使対等の原則なるものも、原則として、現実の争議の場における労使の実力が対等であることまで要求する趣旨ではないのであって、これと異なると思われる見解に立ち、車両確保戦術を正当な争議行為であるとして原判決の法律判断を攻撃するのは失当である。

第二の二(原判示第一ないし第三の事実中の各被告人の行為の正当性等)に関する法律解釈の誤り。

(一)  原判示第一ないし第三の事実について(全被告人の関係)。

所論は、原判決は前記のように車両確保戦術は原則的に正当な争議行為とは解し難いが、具体的事情によっては正当なものとされる場合があると述べ、それに引続いて「しかし、判示各所為はいずれも多数人による暴力をともなう威力の行使によってバスを取りあげたものであって、本件ストライキが会社の工作が有力な原因となった組合の分裂状態を背景とし、勢い争議行為が過激化しやすかったこと、特に判示第二の所為の場合、被告人中島の証拠上認定される加功行為は比較的軽微であることなど諸般の事情を考慮しても、到底正当な争議行為とすることはできない。」と判示して原審弁護人の主張を排斥したが、本件各事案はいずれも暴力といえないもので正当な争議行為であるから、原判決には労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤った違法がある、というのである。しかしながら、被告人らの各所為は原判示第一ないし第三記載のとおりであり、いずれも多数の者と共謀のうえ威力を用いて会社のバスを取りあげたのであって、いかに諸般の事情を考慮しても法秩序全体の見地からして到底許容されるものではなく、これを正当な争議行為でないとした原判決の判断に誤りはない。

(二)  原判示第一の事実について(被告人和気、同大賀、同福間、同坂本の関係)。

所論はまず、被告人らは既に述べたとおり福冨現治運転手に傷害を与えたことはないのであるが、仮に同人になんらかの医学的な意味での傷害があったとしても、それが刑法の傷害罪における「傷害」に当るか否かは問題であり、本件の如き程度では未だもって刑法上の「傷害」とはいえず、原判決は刑法二〇四条(所論は二〇八条というが誤記と認める)の解釈適用を誤っていると主張する。しかし、被告人らが他の者と共謀のうえ、右福冨に対し原判示のとおり暴行を加え、よって同人に全治約二週間を要する左手拇指捻挫の傷害を与えたことは既に説示したところであり、これが刑法二〇四条所定の「傷害」に当ることは多言を要しない。

また所論は、被告人らは福冨運転手の犯した業務上過失傷害という犯罪に抗議し、その真相を究明しようとしたものであり、法に許容された正当な行為で、かつ社会的にも相当な行為であって違法性を阻却すると解すべきところ、原判決はこれを認めなかったから、この点で労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤った違法があると主張する。しかし、被告人らは右福冨に対し単に抗議しようとしただけではなく、バスを取りあげようとして原判示第一記載の所為に及んだものであることは既に説示したとおりであるから、所論はその前提を欠き失当である。また仮に抗議・究明のためであるとしても、そのためには社会通念上相当と認められる手段方法によることが要求されるのは当然であるのに、被告人らは右福冨に対し前述のとおり傷害まで負わせたものであって、かような行為が正当行為として違法性を阻却するとは解されないところであり、これと同旨にでた原判決の判断に所論のような誤りはない。

さらに所論は、被告人らの行為は前述のように福冨運転手の犯罪行為に対する抗議・究明をしたもので、ひき逃げを頑強に否定する同人に受傷部位を見せることなどは当然であり、その他その当時における諸般の事情を検討すると、他の適法行為に出ることは期待できず無罪というべきであるのに、原判決はこれを有罪としているから、この点で期待可能性に関する法律の解釈適用を誤っているとも主張する。しかしながら、被告人らの行為が所論のとおり右福冨のひき逃げに対する抗議・究明のためであるとしても、期待可能性がなかったといえないことは原判決が正当に判示しているとおりである。

(三)  原判示第三の事実について(被告人岡村、同末宗の関係)。

所論は要するに、会社のなした原判示大和町駐車場の閉鎖は違法な先制的ロックアウトにほかならないから、これに対抗してストライキ権を防衛するため、平穏に車両確保の目的で右駐車場に立入った被告人らの行為は正当な行為であり、バス確保行為も同様でこれを違法とする根拠は全くないにもかかわらず、原判決はこれらを有罪としているから、この点で労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤っていると主張する。しかしながら、会社において先制的ロックアウトをした事実が認められないことは既に説示したところであり、右駐車場の閉鎖も先制的ロックアウトに当らないことは原判決が正当に判示しているとおりであるから、所論はその前提において誤っているというほかはない。また被告人らの右駐車場への立入り、バス確保行為はいずれも所論のように平穏なものではなく、正しくは駐車場への侵入、威力によるバスの取りあげというべきことも既に述べたとおり明らかであって、被告人らの行為が正当な行為であるとは解されず、原判決の法律判断に誤りはない。

第二の三(争議中の操業とその評価)に関する法律解釈の誤り。

所論は要するに、原判決はその理由中で「右の情勢をみた会社は、同年五月二五日ごろから、前年の春季闘争におけるような車両確保戦術によってストライキ中のこれに参加しない第二組合員によるバス運行の業務が阻害されるのをさけるため」とか、「しかし、ストライキ期間中であっても経営者はその営業を中止する義務はなく第二組合員その他によって操業を継続する自由を有するものと解すべきである。(中略)会社が本件ストライキ中の操業を実施するためには、支部組合側によって会社のバスを取りあげられることを防ぐ必要があることは明らかで、会社のなしたバスの分散や駐車場閉鎖はそのためのものであることは前に認定したとおりであって、右判示各所為の場合のバスも支部組合側の本件のようなバス取りあげ行為がなければ旅客運送の業務に使用されたものと考えられる。」と判示しているのであって、右判示に照らすと、原判決はストライキの期間中、会社は第二組合員等就労の意思のある従業員を使用して操業を継続する自由ないし権利があることを自明の理としており、従ってその操業及びその準備行為は刑法上の保護法益である「業務」であると結論づけているものと解されるところ、右にいう操業の「自由」とは「権利」の意味かどうか明らかでないが、結果において「業務」として刑法上の保護を与えた点からみると「操業の権利」性を認めたものと思われる。しかしながら、争議行為の本質は経営者に経済的打撃を加えることにあり、ストライキは集団的労務提供の拒否には違いないが単にそれだけでは必ずしも経営者に打撃を与えることができるとは限らず、ストライキをしても経営者が正常な業務運営を行い得る条件がある場合には、ストライキは一方的に労働者に賃金の喪失をもたらすだけであるから、憲法が勤労者に対し実質的な自由と平等とを確保するための手段として労働三権を保障した趣旨に徴し、争議中は経営者に「操業の権利」を認めず、経営者は単に法的保護を受けない自由放任行為としての「操業の自由」のみを有すると考え、労働者はその操業を阻止する手段を講ずることが認められると解しても、決して財産権の保障と労働基本権の保障とが均衡を失することにはならないというべきである。従って原判決が前記のように争議中も会社が操業の自由ないし権利を有するとし、被告人らの原判示第一ないし第三の所為が会社の「業務」を妨害したというのは、憲法二八条、二九条、労働組合法一条、刑法二三四条等の解釈を誤ったものである、というのである。しかしながら、使用者は同盟罷業の対抗手段として自ら業務を遂行することができるのであり(最判・昭和二七、一〇、二二、民集六-九-八五七参照)、従って労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するためにとられた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には威力業務妨害罪の成立を妨げるものではなく、この点については既に多数の判例の存するところである(最判・昭和三三、五、二八、刑集一二-八-一六九四、最決・昭和四五、一二、一七、判例時報六一八号九七頁等)。されば、原判決が被告人らの原判示第一ないし第三の所為につき、会社の「業務」を妨害したものと判断したことに誤りはなく、争議中、使用者は単に法的保護を受けない自由放任行為としての「操業の自由」を有するのみであるという所論は、独自の見解であって採用できない。

以上説示したとおり、原判決の判断は正当で所論のような違法はない。論旨は理由がない。

(中略)

よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文、一八二条により主文掲記のとおり被告人らに負担させることとして、主文のとおり判決する。

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