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広島高等裁判所 昭和38年(ネ)167号 判決 1968年9月04日

第一六七号事件控訴人・第一八七号事件被控訴人(一審原告) 石橋精進

右訴訟代理人弁護士 河野将実

第一六七号事件被控訴人・第一八七号事件控訴人(一審被告) 広島印刷株式会社

右代表者代表取締役 斎藤清人

右訴訟代理人弁護士 角田俊次郎

第一六七号事件被控訴人・第一八七号事件控訴人(一審被告) 広島バス株式会社

右代表者代表取締役 奥村孝

右訴訟代理人弁護士 三宅清

右訴訟復代理人弁護士 岡田俊男

主文

原判決を次のとおり変更する。

一審被告広島印刷株式会社は一審原告に対して五三七万三、六二三円および内二八万四、五七七円に対する昭和三二年二月一三日から、内別紙第一表④欄記載の各金員に対する同⑤欄記載の時期から、内二一六万三、四八六円に対する昭和四〇年一一月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

一審原告の一審被告広島バス株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて、一審原告と一審被告広島印刷株式会社との間に生じた分は右一審被告の負担とし、一審原告と一審被告広島バス株式会社との間に生じた分は一審原告の負担とする。

この判決中第二項は二〇〇万円の限度において仮に執行することができる。

事実

一審原告(以下一審原告を原告、一審被告を被告と略称する。)訴訟代理人は、「原判決中原告敗訴部分(ただし、現実損害中二、九六六円分は減縮により除く。)を取り消す。被告らは原告に対し各三九〇万一、〇四六円および別紙第一表⑥欄記載の各金員に対する同⑤欄記載の時期から完済まで、二一六万三、四八六円に対する昭和四〇年一一月一日から完済までいずれも年五分の割合の金員を支払え(右の内二六二万五、〇四六円分は当審における拡張分である。)。被告らの各控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人らはそれぞれ「原判決中被告敗訴部分を取り消す。原告の請求(当審での拡張分を含む。)および控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次の点を付加訂正する外は、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原告訴訟代理人の主張

1、被告バス会社は自己のために自動車を運行の用に供するものであり、原告の蒙った損害を自動車損害賠償保障法三条により賠償する義務がある。

2、原告は、本件事故がなかったならば、昭和四〇年一〇月末日まで広島市役所に勤務したはずである。

3、原告は昭和三一年八月一日から昭和三二年一二月末日までは事故発生時と同額の給与手取額二万二、〇〇〇円を、昭和三三年一月一日から昭和四〇年一〇月末日までは原告と広島市役所における同格同等号級の地位にあった吏員の手取給与額(別紙第一表②欄の額)の少くとも八割に相当する額から交通費月額三三三円を控除した額(同表③欄の額)を得たはずである。

ところが、原告は本件事故によりこれを失ったもので、原告の失った労働力の喪失率は六割であるから、原告の喪失利益は前掲額の六割に当る額(ただし、原告は、昭和三二年七月一日から昭和三四年四月末日までの間は高密興業株式会社に勤務して、月額一万三、〇〇〇円の給与を得たので、昭和三二年下半期は前掲額からこれを控除した額によった。同表④欄の額)となる。

4、原告は昭和三一年七月三一日退職手当四七万〇、四二〇円を得たが、昭和四〇年一〇月末日まで勤務したとして得る筈の退職手当額を、3と同様の方法で計算したときその差額は別紙第二表のとおり二一六万三、四八六円となり、これが退職手当に関して原告の失った利益に当る。

5、したがって、原告は被告らに対して、治療費八万四、五七七円(外科治療費および諸雑費を計三万六、〇一八円に改める。)、慰藉料二〇万円と前記3、4の金額との合計五三七万三、六二三円の賠償請求権ならびに前記治療費慰藉料の計二八万四、五七七円に対しては不法行為による損害発生後の昭和三二年二月一三日から、前記3の金員については別紙第一表④欄記載の各金員に対する各年度分最終損害発生の翌日である同表⑤欄記載の日から、前記4の金員については損害発生の翌日である昭和四〇年一一月一日から各完済まで民事法定利率年五分の割分による遅延損害金債権を有することとなる。(なお、原審で原告の請求が一部認容されているので、控訴審における請求額は3の金員中別紙第一表⑥欄と4との合計額となる。)

6、本件自動車に構造上の欠陥、機能の障害がなかったことは認める。

二、被告ら訴訟代理人らの答弁

被告印刷会社訴訟代理人は、原告の給与予定額および退職手当予定額が原告主張の額であることは否認する、と述べ、被告バス会社訴訟代理人は、右の点は知らない、本件自動車(バス)には構造上の欠陥、機能の障害がなく、被告バス会社および運転者山根岩三は本件事故発生に際して自動車運行に関し注意を怠ったことはない、と述べた。

三、証拠関係≪省略≫

理由

第一、被告印刷会社に対する請求について

一、原判示の事情のもとに、訴外水野測の過失により本件事故が発生したこと、同訴外人の使用者である被告印刷会社が本件事故により原告の受けた損害を賠償する義務のあること、原告は従来広島市役所吏員として勤務していたが、本件事故による傷害が所定の療養期間内に完治しなかったため退職の止むなきに至ったこと、その間原告の受けた治療費等の積極的損害額が原判示のとおりであり、原告が本件事故によって蒙った苦痛に対する慰藉料を二〇万円と算定するのが相当であることについては、当裁判所の判断も原判示のとおりである(なお、積極的損害については、原判決掲記の証拠により、昭和三一年三月一日から翌三二年二月一二日までに生じたことが認められる。)から、これを引用する。≪証拠判断省略≫

二、そこで、原告が本件事故により失った利益額について検討する。

1、≪証拠省略≫を綜合すると、広島市役所を退職した昭和三一年七月三一日当時の原告の給与手取額は月額二万二、〇〇〇円であったこと、本件事故当時の広島市役所においては吏員の停年制はなく、その職員の中には六〇才以上の年令の者が約一〇〇名おり、原告は明治三七年一一月五日生れであること、原告と昭和二九年一月一日当時に同格同等号級の職員二名の昭和三三年から昭和四〇年一〇月までの平均給与手取額は別紙第三表②欄のとおりであること、右二名の平均給与月手取額は昭和三〇年四月一日二万二、八〇〇円、昭和三一年七月一日二万三、六〇〇円と上昇しておるのにかかわらず、原告のそれは二万二、〇〇〇円にとどまっていること、原告は昭和三一年七月三一日退職手当四七万〇、四二〇円の支給を受けたが、前記職員二名が昭和四〇年一〇月三一日退職したときの手取手当額平均は三五六万四、四五〇円であることが認められる。

2、そうすると、原告は本件事故がなかったときは、広島市役所に少なくとも昭和四〇年一〇月末日まで勤務して、その間少くとも昭和三一年三二年中は月額二万二、〇〇〇円、昭和三三年一月一日から昭和四〇年一〇月末日までの給与手取額および昭和四〇年一〇月末日の退職手当手取額として前掲同等号級の吏員の取得額の八割(別紙第三表の③欄および第四表の②欄の額)を得る筈であったのに、退職の結果右給与は得られず、前掲少額の退職金を得たにすぎないこととなったものと認められるところ、原告としては交通費として月額三三三円を要するが退職によってこれを免がれ、更に昭和三二年七月一日から昭和三四年四月末日までの間高密興業株式会社から月額一万三、〇〇〇円の給与を得ていることを自認しているので、前掲失った給与額から右額を控除した額計四六三万二、〇五二円(別紙第三表④欄の額)および前掲失った退職金差額から中間利息を控除した別紙第四表⑥欄の二一六万三、五七一円が原告の本件事故により失った利益と認めるのが相当である。

三、そうすると、原告の被告印刷会社に対する請求は右範囲内の金額およびこれに対する損害発生後の民法所定率による遅延損害金の支払を求めるものであるからすべて認容すべきであり、これと異なる原判決は変更を免れない。

第二、被告バス会社に対する請求について

一、先ず、本件バスの運転者である山根岩三に本件事故発生につき責任があるかどうかについて検討する。

1、山根岩三は、昭和三一年二月一八日午後三時頃、被告バス会社所有のバス(広二―二〇六九〇)を運転して、広島駅から八丁堀を経て、時速約二五粁で紙屋町に向って進行し、同バス停留所の約三〇米手前で駐車中の小型トラックを追い越したあと、右停留所に停車して乗客を乗降させるため、速度を落してチェンジを外し、更に停車信号のために左方向指示器をあげ警笛を鳴らしながら、時速一〇粁位で車道の中央部から左側に寄ろうとしたこと、他方、水野測は、同時刻頃八丁堀方面から被告印刷会社所有のスクーター(広八―二三六九)を運転して、時速約二〇粁で同じく紙屋町に向って進行し、前記駐車中の小型トラックを追い越したあと、紙屋町の交叉点に近づいたので、速度を約一〇粁に落して、車道の左側にある被告バス会社所属のバス停留所の手前に差しかかったところ、前方約五米の地点に前記バスが右停留所に停車しようとして左に方向を傾けて進行するのを認めたこと、水野は、右バスのすぐ後方の左側寄りを追随して進行していたが、バスの左側を通り抜けるだけの時間的、距離的の余裕があると考えて、やや速度を加えて右バスの左側を追い越そうとしたことは、原審判決の事実認定のとおりであるから、これを引用する。

2、ところで、このような場合に、後者の水野としては、前者の山根の運転するバスとの追突又は接触を避けるため、速度および距離を調節し、右バスを追い越そうとするときは、その右側を通過すべきであって、その左側を通過してはならない(当時施行の道路交通取締法一三条、同法施行令二二条、二四条参照)。

3、しかるに、水野は、山根の運転する前記バスが速度を落して車道左端に寄る態勢を示したのを認めながら、軽率にも、右バスの左側を通過する余裕があると即断し、前車のバスに警笛吹鳴等による警告を与えず、進路の安全をも確認しないまま、やや速度を加えて右バスの左側を追い越そうとしたため、右バスの左側ボデー中央やや後部とスクーターの右側ボデーの後部とが側面接触し、その反動でスクーターが停留所の歩道上に乗り上げ、原告が負傷するに至ったことは、原判決の判示するとおりである。≪証拠判断省略≫

4、そして≪証拠省略≫によれば、山根岩三は、前記駐車中の小型トラックの右側を通過してバスを車道左端に寄せた頃および停留所の手前約一五米に近づいた頃に、左側バックミラーで左後方を注視したけれども、後続する車輛は認められなかったので、停留所で待っている乗客の方を注視して徐行したところ、停留所に停車する直前に本件事故が発生したものであることが認められる。

5、本件のように、進行中のバスがバス停留所に停車するため車道中央から左に寄って徐行する際には、自動車運転者としては特別の事情のない限り、後続する他の車輛が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りるのであって、前期水野のように、あえて交通法規に違反し、自車の左側を追い越そうとする車輛のありうることまでも予想して左後方に対する安全を確認し、もって事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。そして、他に何ら特別の事情にあたる事実の認められない本件においては、本件事故の発生は専ら水野測の過失に起因するものであって、山根岩三には何ら過失はなかったものといわなければならない。

二、前認定の事実からするとき、被告バス会社は自己のために自動車を運行の用に供する者にあたることはいうまでもないが、本件自動車(バス)に構造上の欠陥、機能の障害がなかったことは当事者間に争いないところであり、自動車損害賠償保障法三条但書の場合にあたるものとして、原告の同被告に対する本訴請求は他の点について判断するまでもなく失当として棄却しなければならない。

したがって、右請求を一部認容した原判決を変更すべきものである。

第三、結論

よって、民訴法九六条、八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 辻川利正 丸山明)

<以下省略>

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